千歌「え?梨子ちゃんの地元では全身に塩を塗って女の子同士で舐め合う風習ないの?」
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オレンジジュースの入ったグラスをテーブルに置くと、千歌ちゃんは信じられないものを見るような目で私を見てきた。
「本当に一回も塩舐め祭りしたことないの?」
首を傾げる仕草で、オレンジ色の髪が揺れる。
「全身に塩を?舐め合う?そんな風習あるわけないよ」
からかわないで。私がうんざりした口調でそう言うと、またもや千歌ちゃんは「本当にしたことないの?」と繰り返した。
彼女の表情は真剣そのものだったので、私は少しだけ狼狽した。 千歌ちゃんとの付き合いは一年にも満たないけれど、彼女の考えていることは目を見れば大体わかる。
今の千歌ちゃんはおそらく本気で不思議がっているのだ。
塩舐め祭りとやらに参加したことのない私を、まるでエイリアンのような異質な存在に感じている。
「あれだよ?顔からお尻や足の先まで塩を塗り込んで舐め合うやつだよ?知らないの?」
「知らないって」
繰り返される彼女の質問は、例えばクリスマスを祝わないキリスト教徒に「あなたは本当にクリスチャンなの?」と尋ねるような自然さを伴っていた。
どうやら塩舐め祭りとやらは実在するらしい。 「あのね」
私は千歌ちゃんに説明する。
「たしかにこの地域の伝統的な風習でそういう祭りがあるのかもしれないけれどね、普通はそんなことしないよ。
もしその祭りがどこででも普遍的に行われている国民的な行事だと思っているのなら、それは勘違い。
普通は全身に塩を塗ったりはしないし、ましてはそれを女の子同士で、な、な、舐め合うなんて素晴らしいことはしないのよ」
それに対して千歌ちゃんは「う〜ん」と唸り声を上げる。
彼女のあどけない顔は困惑の色に染まっていた。
私の言葉に納得がいかない様子だ。 「でもね」
ストローでグラスの氷をつつきながら千歌ちゃんは口を開いた。
「塩舐め祭りは、梨子ちゃんが思っているよりも一般的だと思うよ?
この街で生まれ育ったチカや曜ちゃん、果南ちゃんは昔から舐め合った仲だし、話を聞くにルビィちゃんやダイヤさん、花丸ちゃん、善子ちゃんも毎年塩舐めしてるらしい。
それに鞠莉ちゃんだってアメリカでやってたってよ?向こうではソルトリッキングって言うらしいけど」
困惑した。
アメリカでやっていた、という部分もそうだが、それ以上に毎年塩舐めをしているという点が気になった。
「あの、もしかして塩舐めって今もやってるの?七五三やひな祭りみたいに子供だけの行事じゃなくて?」
私は恐る恐る尋ねた。 「もちろんそうだよ?」
何をバカなこと言ってるの?と続きそうなぐらい千歌ちゃんの答えは力強かった。
「それって、いつやるの?」
「普通はお正月明けて、一月の中頃くらいだよ」
「どこで?」
「小さい子は学校でやったりするけど、高校生にもなれば友達んちに集まってやることが多いかな」
「……ほんと?」
「うん。胸とかお尻とかに丁寧に塩を揉み込んで、それをみんなで舐め合うの。今年もやったよ」
千歌ちゃんと曜ちゃん、果南さんが自宅で全裸になり体を舐め合っている図を想像し、即座にかき消す。
あまりにも刺激が強過ぎた。 ただ、一方で納得し始めている自分もいた。
字面だけを追うと非常にエロティックな響きを孕んでしまうが、古い風習というのは得てして現在の常識で考えると異質なものが多い。
例えば今もなお残る風習としては巨大な男根を模した神輿を担いで練り歩く祭りがある。
冷静に考えると狂気の沙汰としか思えないが、子種を作物の種に見立て、豊穣を願う儀式だそうだ。
この塩舐め祭りも同じようなものだろう。
塩は世界中で魔除けの意味を持つ。
それを女体に塗り、舐め回す行為はおそらく健康な子供の出産を願うとか、そういう感じの意味があるのだろう。
もしそうだとすれば英語圏で行われていたとしても違和感はない。
少なくとも、最初にこれを考えた人間は変態だろうが。 >少なくとも、最初にこれを考えた人間は変態だろうが。
いや>>1が一番変態である 「そうなのね。そんな風習知らなかった」
「知らなかったのかぁ」
千歌ちゃんの間延びした声に呼応するように、グラスの中の氷がカランと鳴った。
夕暮れ時の喫茶店は閑散としていた。
誰も座っていない座席にはオレンジ色の夕日がかかり、そら寂しい雰囲気が漂っている。
そうだ。知らないのだ。
千歌ちゃんたちが常識だと考えていることすら、私は知らない。
思えば、私はこの町について知らないことばかりだ。もちろん、この町の人についても。
私以外のAqoursのメンバーは、この町が故郷で、沢山の思い出を共有している。
でも、私にだけそれがない。 私だけがよそ者。
そう考えると途端に、暗い深海に沈んでいくような冷たさと孤独感を覚えた。
こんなに楽しい毎日なのに、みんなから見れば私はこの町の物語に途中参加したサブキャラクターなのだ。
それが、たまらなく寂しい。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています