【ss】善子「……ふぇっ!?ほ、本当に……!?」
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雲から金色が滴り、山肌にはっきりと陰影が浮かぶ。
「私と、付き合って下さい」
金木犀の香りのように甘い酸っぱい声で、彼女は言う。
胸に殴られたような衝撃が走る。澄んだ空高くまで響き渡る無音。たった一言、一言にどれだけ強い力があるのかと思い知らされる。 いや、彼女が発した言葉は一言でも、言外からその意思が感じられたからなのかもしれない。
声は真っ直ぐに、手を腹部の前で結び、真っ直ぐに私を見つめてはいるが、手足の震え、固く力んだ唇から彼女自身の不安が隠しきれない、痛いほどに伝わってくる。
もし私が彼女と同じ行動をとったとして、一体どうなってしまうのだろうか?経験が無いから分からない?でもきっと……。 思い出す、何度も自分自身に約束した、でも同じ数だけ自分自身に破られた。ああ、彼女は何て強いのだろう。私には作れなかった、私が貴女のピアノの音色を初めて聴いたときからずっと思い描いていた、美しいシチュエーション。 私ね、覚えているのよ。初めて貴女が私の前で弾いた曲。ジムノペディって曲でしょ?
クラシックなんかに全く興味が無いのに、貴女が聴かせてくれたから覚えたのよ。貴女との話の種になるかなって思って、他にも色々聴いてみたの。ショパン、ラヴェル、ラフマニノフ……。画家の名前だって少し覚えてみたのよ? でも結局、話の種には出来なかった。だって私、貴女の前だと何も分からなくなっちゃうの。パニックになっちゃって……。
それでも、色んな曲を聴き続けたわよ、貴女と同じ事を知れるのが嬉しくて。一ミリでもあなたに近づきたくて……。 夕日が頬を濡す、秋風がそれを拭い去る。私の中を吹き抜ける。心地が良い。ざわめくみかん畑。潮風の香り。すべてが美しい。全てが尊い。貴女から広がるこの想い出が消えるまで、世界は余りにも眩しい。 貴女のせいで泣いたこともあった。貴女の笑顔が私以外に向いたから。貴女が他の人の話をするから。ああ、やっぱり私は貴女の人には成れないんだって、怖くて怖くて。でもそれじゃ、まるでストーカーみたい。それに、そんな彼女の行動もきっと深い意味は無いんだって分かってるから、私は恥ずかしさと挟まれて……。
もうずっと貴女に振り回され続けてる、何でそんなに弄ぶの?貴女に怒りたくなっちゃうなんて、理不尽だけど。 でも、たった今それは過去になった。全てがハッピーエンドに向ってる。私はただ貴女の想いを聞けて、それだけで、それだけで。ああ、言葉が出ない、なにも思いつかない。やっぱりあなたの前に居ると何も分らなくなっちゃう。貴女に振り回されちゃう。なんて大物なんだろう。 こんなに人の気持ちを振り回して。それとも、私を振り回してるのは私自身?どうでも良い。全てが、どうでも良い。彼女の言葉さえも。ああ、いや、すごく大事な言葉だ。私の人生を変えるほどに。でも、どうでも。頭が追いつかない。そうだ、彼女に返事をしないと。 ああ、でもどんな風に応えれば?こちらこそ。私も好きでした。そんなの前から気がついてたわ。どれも違う、安っぽい。もっと、もっと語彙力が欲しい。絞り出しても出て来ない。ああ、もっと本でも読んでいれば。違う。今はそれじゃ無い。何か返事をしないと。そうだ、何も言わずにキスをして。駄目だ、私にそんな度胸は無い。じゃあやっぱりシンプルに……。 ……。
……。
「……よっちゃん、ありがとう。これからもよろしくね。」 吃りながらも笑みを隠せない私を見兼ねた彼女は、安心したような笑顔でそう言った。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています