【SS】千歌「我ら天駆亜九人集、参る!」
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時は天正18年(西暦1590年)――
世に聞こえる天下人、豊臣秀吉が関東の北条を攻めんとし、天下統一を間近に控えた時代。
伊豆国を治めるいち大名に過ぎなかった小原家――
父の死後、家督を継いだ小原家当主・小原鞠莉は、突如として乱心し、暴虐の限りを尽くしていた。
果てには「悪亜集」なる軍門を組織し、秀吉の首を獲らんと野望を抱く。
終わらぬ破壊と略奪に、伊豆の民は絶望の底へと落とされていた。
しかし、地獄の中でも、希望を捨てぬ者がいた。
侍に憧れる、ひとりの少女。
彼女が、小原家に対抗を続ける水軍の棟梁、そしてひとりの謎めいた旅の浪人と邂逅した時、
歴史の影に埋もれた、とある九人の物語が幕を開ける――
VIPQ2_EXTDAT: checked:vvvvv:1000:512:----: EXT was configured 〜亥の刻 伊豆国の外れ 十国峠付近〜
メラッ
パチパチ…
――日が落ち、夜の闇に包まれた山中。
陣を張る、北条方の武将とその家臣たち――
武将「・・・・・・・・・」
家臣「――殿。この山を越えた先が、豆州にございまする」
武将「うむ。この先が、彼奴等の本拠地」
武将「かつては我らが主・御本城様(北条氏)の臣下でありながら――」
武将「謀反を起こし、果てには秀吉にまで喧嘩を売らんとしている、小原家当主――」
武将「――小原鞠莉!」
家臣「正気の沙汰とは思えませぬな」
家臣「“悪亜(あくあ)集”なる軍門を率いると聞きますが、所詮は無法者の野武士や行き場をなくした浪人の寄せ集め」
家臣「そのような者共が、秀吉は勿論、我ら関東武者に太刀打ちできるとは思えませぬ」
武将「左様だ。しかし小原は、南蛮仕込みの面妖な妖術を使うとも聞く」
武将「万全を期し、今宵はここに陣を敷き、明朝をもって一斉攻勢をかける!」
家臣「御意――!」
ザワッ…
武将「――?」ピクッ
家臣「殿?」
武将(気のせいか? 何かの気配が――)
ザワザワ…
ザザザッ!!
闇の中から浮かび上がるように現れたのは、
黒い鋼の鎧に身を包んだ、不気味な兵達――
兵「なっ!?」
兵「いつの間に――囲まれていた!? 忍びの者か!?」
家臣「何奴、名を名乗れ!!」
ザッ
悪亜兵「――我ら、“悪亜集”」 武将(こ奴ら――どいつも鋼の鎧を着込んでいながら、まるで気配を感じさせぬとは)
武将(ただの無法者集団ではない――!)
悪亜兵「北条氏政が家臣、松田康直殿とお見受けする」
悪亜兵「我らが主君のため、その首頂戴いたす――!」
兵「何を小癪なっ!」
兵「切り捨てい――!!」
ワアアッ!
シャキンッ
ズバッ! ザスッ! 家臣「殿、こちらへ!」
武将(くっ、こ奴らの硬い鎧、身のこなし、やはり只者ではない!)
武将「だが我らも関東に聞こえた氏政公の軍門!!」
武将「無法者共に遅れを取るなどということは――!」
ザワッ…!
武将「・・・・・・・・・っ!?」ゾクッ
武将(何だ、この気配は――殺気!?)
???「極楽も――地獄も先は――有明の」
武将「!!!」
月の光に照らされて。
闇の中より、現れたのは――
ザッ
???「月の心に、懸かる雲なし――」
家臣「貴様は――!?」
武将「南蛮造りの、純白の鋼の鎧――顔半分を覆う、髑髏の面」
武将「そして、異人の如く鮮やかな、金色(こんじき)の髪――!」
武将「――小原鞠莉かっ!!」
カッ!
鞠莉「――いかにも」
鞠莉「我こそが豆州の支配者――淡島城城主、小原鞠莉」 家臣「大将首自ら、のこのこ現れるとは! 痴れ者がっ!!」
武将「小原――! 豆州は汝のものにあらず!」
武将「もとは貴様の父親が御本城様の大恩により、領地を与えられていたに過ぎぬ!」
武将「ここで貴様を討ち取り、豆州を再び北条家の許に取り戻してくれるわ!!」
鞠莉「」クスッ
鞠莉「――何やら、勘違いをされているようデース」
鞠莉「豆州だけが我が領地にあらず。いずれは、関東――」
鞠莉「否。この天下全てが、私のものとなるのだから」
スラッ…
武将(刀を抜いた――何だ、あの刀は!?)
武将(紫色に光る刀身――妖刀だとでも言うか!?) 家臣「貴様――世迷言を!!」
家臣「構わん! 斬れぇぇーー!!」
ワアッ!!
鞠莉「―――」
ニヤッ…
スゥッ
鞠莉「GOOD LUCK♥」
ブワッ
シャキシャキシャキンッ!!
兵「――!!?」
ズバズバズバッ!! 家臣「が・・・・・・あ・・・・・・?」
バタバタッ
武将(馬鹿な・・・・・・今のは・・・・・・一体・・・・・・!?)
ガクッ ドサッ
鞠莉「く・・・・・・く・・・・・・くくくくく」
鞠莉「あはははははははっ!!」
鞠莉「北条も――秀吉も!! この力の前には、恐るるに足らず!!」
鞠莉「私が――悪亜集が、新たな天下を作り上げてやるわっ!!」
――空に浮かぶ、不気味な程に美しい、白く輝く月に。
狂ったような哄笑が、谺(こだま)する――
ゴオオッ…
妖魔の如き力で、その行く手を阻む者を蹴散らす小原鞠莉――
そして、その力を分け与えられた悪亜集。
彼らの前に、周辺の大名たちは手をこまねき、
そして伊豆国の民は、なすすべなく耐え忍ぶのみ。
悪亜集は、来るべき北条軍、そして秀吉軍との戦いに備え、
今日も民から略奪を行っていた――
〜昼 内浦の村〜
村人「悪亜集だぁ!! 悪亜集が来たぞぉーー!!」
ワアアアッ
ドドドドッ
悪亜兵「我ら、悪亜集なり!!」
悪亜兵「世直しの為、ぬしらの金品貰い受ける!!」
ワーワー
キャー
そんな、村を荒らす悪亜集の暴虐を、
村はずれの高台から見つめる、ふたりの少女――
百姓の娘「・・・・・・・・・」ギリッ…
百姓の娘「許せない。何が“世直し”だ・・・・・・!」
漁師の娘「え!? ちょ、ちょっと・・・・・・」 悪亜兵「チッ。これっぽっちしかねえのかぁー!!」
悪亜兵「隠し立てするとただではおかんぞ!!」
美渡「か、勘弁しておくんなませ。もう村には、これくらいしか・・・・・・!」
志満「これ以上お銭や食べ物を差し上げてしまいますと、村人が飢え死にしてしまいます・・・・・・!」
悪亜兵「黙れい! 我ら悪亜集は、世直しの為、自ら“悪”の文字を掲げる義勇の兵!!」
悪亜兵「世直しの為、秀吉を打倒する為ならば犠牲も覚悟の上! ぬしらも世直しの贄となれ!!」
志満「ですが・・・・・・!」
ザッ…
???「――百姓風情が、きゃんきゃん喧しい」 悪亜兵「!」
悪亜兵「理亞様!」
理亞「・・・・・・我々の崇高な使命も理解できない、馬鹿な人たち」
ザッ
大柄な悪亜集の兵達の後ろから現れたのは、
穂長(刀身)二尺(約60cm)余り、全長十尺(約3m)はあろうかという長大な槍を担いだ、
髪を二つ結(ついんてえる)にした、ひとりの小柄な女武者。
志満「・・・・・・!」
美渡(悪亜集の幹部――“鹿角理亞”!)
美渡(小柄な体躯に似合わぬ、身の丈よりはるかに長い大身槍(おおみやり)を使う侍――!)
理亞「来る秀吉軍との戦いに備えた、今は火急の時」
理亞「主君のため、食い扶持を減らしてでも尽くすのが民の役目じゃないの」
志満「そんな・・・・・・! 村には子供もいます!」
志満「これ以上は、みな飢え死にしてしまいます・・・・・・!」
理亞「・・・・・・あくまで逆らうというのね」
理亞「――ならば」 パチッ
目に冷徹な光を宿したまま、理亞は指を鳴らすと――
理亞「ここにいる村人――」
理亞「半分減らせ」
悪亜兵「」ニヤッ…
志満「――!?」
美渡「なっ・・・・・・!?」
理亞「食い扶持が減って困るのならば、“母数”を減らせばいい――簡単なことでしょ?」
理亞「あ、お前たち。殺すのは年寄りにしといてよ」
理亞「若い人は、これからまだまだ働いてもらうんだから」
ニィッ…
美渡「な、なんて、ことを・・・・・・!!」
志満「・・・・・・っ!!」
理亞「さあ――」
スゥッ
理亞「我らが、贄となれっ!!」
ウオオオオッ!!
理亞の号令と共に、雄叫びを上げた荒武者たちが、
刀を抜いて村人に襲いかかろうとした、その刹那。
???「――待てぇい!!」
ダダダダッ!
理亞「!?」
???「どりゃあっ!」
シャキンッ
ドカッ!
悪亜兵「ぐあっ!」
そこに、刀を振り回しながら乱入してきたのは、
橙髪の、ひとりの少女――!
理亞「――女!? 何奴!!」
???「お前たち悪亜集の乱暴狼藉――」
???「たとえお天道様が許したとしても、私は決して許さない!!」
カッ!
千歌「内浦の侍、かんかんみかんの千歌とは、私のことだぁ!!」
志満「ち――千歌ちゃん!?」
美渡「あんた、何して・・・・・・!!」
曜「ちょちょちょ、ちょっと千歌ちゃん!!」
タタタタ
曜「まずいって――!!」
さらにもうひとりの娘が、千歌と呼んだ少女のもとに走り寄る。
千歌「曜ちゃん!」
曜「悪亜集に逆らったりしたら・・・・・・!!」
千歌「だからって、目の前で村の人が殺されそうになってるのに、見て見ぬふりをするなんて・・・・・・!」
千歌「そんなの、女じゃないよ! 侍じゃないよ!!」
曜「千歌ちゃんは百姓の子で、私は漁師の子だよ!」
理亞「なにが侍よ。百姓の娘じゃない」
理亞「百姓風情が我々に逆らうとは片腹痛い。やれっ、お前たち!」
ウオオオッ! カキンッ!
ズバッ!
襲い来る悪亜集の剣撃を、かろうじて避け、刀で受け止める千歌。
千歌「うわうわうわ、やばい!! 曜ちゃん、手伝って!!」
ガキッ!
曜「千歌ちゃん!! くっそー、こうなったらヤケだ!!」
曜「武器は使えないけどっ・・・・・・!!」
そして曜は、ぎゅっと拳を握り込むと、
タタタタッ
曜「喰らえー!!」
ドカッ!
ブンッ ドサッ!
素早い動きで悪亜兵の懐に飛び込み、
顔面に掌底を入れ敵の姿勢が崩れた隙に、腕を取って投げ飛ばす――!
悪亜兵「!? 体術か!!」
ワアアアアッ 理亞「へえ・・・・・・あの子たち、百姓の癖になかなかやるみたいね」
理亞「――だけど」
ドカッ!
千歌「ぐぅっ!!」
バコッ!
曜「うあっ!!」
数に勝る悪亜集に囲まれ、
殴られた千歌と曜が、羽交い締めにされる。
理亞「――所詮は、多勢に無勢」
理亞「それに、鞠莉様から授かった我らが鎧、あの程度では効きはしない」
曜「くっ・・・・・・!!」
千歌「このっ・・・・・・!! 離せ、離せっ!!」 理亞「――無様。所詮あんたたちなんて、この程度」
理亞「粋がってみせても、結局は無力。馬鹿じゃないの」
千歌「ちくしょー! 離せー!!」
理亞「だけど、私たちに歯向かう根性は認めてあげてもいい」
理亞「どう? なんなら、悪亜集に入ってみない?」
理亞「我ら悪亜集、志を同じくして天下獲りのため戦うならば、拒みはしない」
曜「・・・・・・!! 誰が・・・・・・!!」
千歌「絶対にごめんだねっ!!」
理亞「・・・・・・でしょうね」
ニィッ…
理亞「ならば、貴様らはここで――」
シャキッ
理亞は――
その長い大身槍の穂先を、千歌の眼前に、突きつける。
理亞「――我が大槍の露と消えろ!!」 美渡「千歌っ!!」
志満「千歌ちゃああああん!!」
千歌「――っ!!」ギュッ
千歌が、思わずぎゅっと、目を閉じた――
――その刹那。
???「――酷いねぇ」
ズパッ
悪亜兵「ぐむぅっ・・・・・・!?」
ガクッ
ドサッ
千歌「え!?」
曜「な、何?」
???「酷い酷い。どいつもこいつも、寄ってたかってさ」
不意に、千歌と曜を押さえつけていた悪亜集の兵が倒れ、
その背後から、現れたのは――
浪人「義勇の兵が、聞いて呆れるね」
長い髪を総髪(ぽにいてえる)に結い、
背中に、身の丈近くもある大太刀を背負った、ひとりの浪人―― 悪亜兵「貴様、何者だ!!」
悪亜兵「名を名乗れ!!」
浪人「――生憎と、悪党に名乗るような名は持ち合わせていないんでね」
そう言って彼女は、手に持った、小振りの脇差を構える――
悪亜兵「構わねえ! やっちまえ!!」
ウオオオッ!
浪人「遅いんだよ」
シャキシャキッ!
ズババッ!!
理亞「・・・・・・!!」
理亞(あの、小振りな脇差だけで立ち回り――)
理亞(しかも、鎧の隙間に的確に刃を入れている――だと!?) 悪亜兵「くっ・・・・・・おのれ!! なぜ背中の大太刀を抜かん!?」
浪人「お前らの相手なんざ、この大太刀を抜くまでもない」
浪人「脇差(こいつ)だけで、十分だ」
悪亜兵「おっ・・・・・・おのれぇーー!!」
ダッ!
浪人「甘い」
ズバッ!
悪亜兵「ぐ・・・・・・う」
ドサッ
理亞「――!」ハッ
理亞「その背中に負った、身の丈ほどもある大太刀」
理亞「そして決して大太刀を抜くことなく、一尺ばかりの脇差のみで戦う、流浪の浪人」
理亞「まさか貴様――“無太刀の果南”」
理亞「――松浦果南かっ!!」
果南「――だったらどうした」
悪亜兵「り、理亞様・・・・・・!」
理亞「ぐっ・・・・・・」
理亞「ここは――引くわ」
悪亜兵「え!? しかし――!」
理亞「ここにあの松浦果南が現れるとは、想定外」
理亞「兵も損害を受けた――このまま奴と戦うのは得策じゃない。ここは一旦引く」
果南「へえ――」
果南「悪党にも、考える頭はあるんだね」
理亞「くっ・・・・・・!」ピキッ
理亞「・・・・・・だけど、覚えておくことね。悪亜集に歯向かった以上、ただでは済まない」
理亞「覚悟しておけ。国盗りは、遊びじゃない」
果南「ふん。言ってろ、絵空事を」
理亞「撤収! 撤収ーー!!」
ザザザザッ 千歌「・・・・・・・・・」ポカーン
曜「行っ・・・・・・ちゃった・・・・・・」
果南「――たまたま、この村に立ち寄ったら、何だかとんでもないことになってたからさ」パチンッ
果南「しかし、無茶するね。君、大丈夫? 怪我はない?」
千歌「・・・・・・・・・!」ピクッ
千歌「もしかして・・・・・・果南、ちゃん?」
果南「!」
果南「まさか・・・・・・千歌・・・・・・?」
出会いは、新たな出会いを生む。
新たな縁(えにし)が、まだ見ぬ縁を導く。
ごく普通の百姓の子、千歌の、この出会いは――
新たな出会いと縁を生み、やがてその連鎖は大きなうねりとなって、
彼女の運命を飲み込んでいく――
すでに面白いんだ
落ちたらしたらばで続き書いてほすい これは期待
今度出来た移住先の方なら落ちないしSS書きやすいと思う 過疎+ngワードでss向いてないぞそこ
ss総合の方がマシ
速報はゴミ なんか読んだことある気がする
速報で同じようなの書いてエタってなかった? 千歌「果南ちゃん・・・・・・果南ちゃん!」
曜「まさか、果南ちゃんが・・・・・・!」
千歌「久しぶり! 何年ぶりかな!?」
果南「千歌・・・・・・曜も! 大きくなったね!」
千歌「果南ちゃんこそ! すごーい、立派なお侍さんだ!」
果南「そんな大層なものじゃないよ。ただの旅の浪人だし」
千歌「果南ちゃんが、どうして――」
その時。
千歌のもとに、姉の美渡が走り寄り――
ダダダッ!
美渡「――千歌っ!!」
バチンッ!!
千歌「っ!!」 曜「千歌ちゃん!?」
千歌「・・・・・・!! 美渡ねえ、何を、」
美渡「あんたは・・・・・・この馬鹿!! 悪亜集に喧嘩を売るなんて・・・・・・!!」
美渡「殺されるところだったんだよ!!」ジワッ
千歌「だって、あのままじゃみんな・・・・・・!!」
美渡「うるさい! あんたって子は・・・・・・!!」
志満「――美渡ちゃん、待って!」
果南「・・・・・・・・・」
志満を始め、生き残った村人たちが、
果南の前で座り込み、頭を下げる。
志満「――お侍様。助けて頂いて、ありがとうございます」
村人「ありがとうございます!」
村人「ありがとうございます・・・・・・!」
志満「ほら、美渡ちゃんと、千歌ちゃんも」
美渡「ありがとうございます・・・・・・」
千歌「あ、ありがとう・・・・・・ございます」 志満「お侍様がいなければ、村のみんなの命はありませんでした・・・・・・」
果南「・・・・・・いや、礼には及ばないよ。頭を上げてください」
果南「私も、たまたま旅の途中でここに立ち寄って、連中の横暴に腹が立っただけだからね」
志満「それでも・・・・・・!」
ダダダダッ
その時――村に、徒党を組んで、駆け込んできた一団。
水軍の旗印を掲げ、武装した兵達――
???「悪亜集が現れたとの報せを受けましたが――!」
???「村人たちは無事かっ!?」 千歌「あれは――」
曜「――“黒澤水軍”!!」
水軍の兵達の先頭に立つのは――
艶やかな黒髪が見事な、水軍の頭領。
カッ!
ダイヤ「黒澤水軍頭領、黒澤金剛(ダイヤ)ですわ!!」
ダイヤ「悪亜集は、何処(いずこ)に――!?」
果南「悪亜集なら、とっくの昔に尻尾を巻いて逃げてったよ」
果南「遅刻だね――ダイヤ」
ダイヤ「――!!」
ダイヤ「貴方は・・・・・・果南、さん・・・・・・?」 〜その夜、村はずれの寺〜
ホー…ホー…
果南「・・・・・・・・・」
――村はずれにある、小さな寺の離れ。
一夜の宿をとり、行灯の明かりのもと、ひとり座る果南――
その時、外から、雨戸を叩く音。
トントン
果南「!」ピクッ
果南「――誰?」
カララ…
千歌「えへへ・・・・・・果南ちゃん。来ちゃった」
曜「こんばんはー・・・・・・」
果南「千歌――それに曜も」
果南「こんな夜更けに、家を抜け出して来たの? 姉君に怒られるよ」
千歌「いいんだもん。美渡ねえはわからずやなんだもん」プクー
果南「・・・・・・まったく」フッ 〜同じ頃、千歌の家〜
美渡「志満ねえ、千歌は!?」
美渡「布団がもぬけの殻だよ!」
志満「そうねえ。私は気がつかなかったけど・・・・・・」
美渡「まさか、昼間の侍のところへ・・・・・・!?」
美渡「あの馬鹿・・・・・・! ただでさえ、夜中に出歩くなんて危ないのに・・・・・・!」
志満「きっと曜ちゃんも一緒だから、大丈夫じゃないかしら?」
志満「それに、久しぶりに会った昔の友達なんだから・・・・・・今晩くらいはいいじゃない」
美渡「志満ねえは千歌に甘すぎるの!」
美渡「昼間も、悪亜集に喧嘩を売るような馬鹿をやったし」
美渡「私たちは、ただの百姓なんだよ。あの子が本気で、侍を目指すなんて言い始めたら・・・・・・!!」
志満「・・・・・・・・・」 志満「・・・・・・美渡ちゃんは、千歌ちゃんが侍を目指すこと、やっぱり反対なの?」
美渡「当たり前だよ! 忘れたの、お父さんとお母さんのこと!」
美渡「お父さんも・・・・・・お母さんも。ごく普通の百姓だったのに、足軽として、戦(いくさ)にとられて・・・・・・!」
美渡「結局、ふたりとも死んじゃった・・・・・・!」
志満「・・・・・・・・・」
美渡「所詮、百姓は百姓なんだよ。秀吉公みたいに、武勲を上げて偉くなるなんて無理なの」
美渡「千歌に・・・・・・馬鹿な夢を、見てほしくないの・・・・・・!」
志満「美渡ちゃん・・・・・・」 〜時は遡り、昼間、内浦の村〜
ダイヤ「果南さん・・・・・・貴方がここにいるなんて」
果南「久しいね、ダイヤ。何年ぶりかな」
バタバタ
その時、ダイヤたちのもとに駆け寄り、
三人の水軍の兵が武器を構える。
ザザッ
よしみ「我ら、黒澤水軍!」
いつき「か弱き民草は我らが守る・・・・・・!」
むつ「悪亜集はいずこに!?」
曜「・・・・・・果南ちゃんがとっくにやっつけちゃったよ」
よいつむ「「「なんと!?」」」
果南「所詮水軍は、陸(おか)の上じゃ役に立たないってことかなん?」ニマニマ
ダイヤ「ぐぬぬ・・・・・・!!」 ダイヤ「・・・・・・確かにわたくしたちが出遅れたため、村の人たちが危ない目に遭ってしまった。それは認めますわ」
ダイヤ「ですが果南さん、なぜ貴方がここに?」
果南「私は、ただの根無し草だよ」
果南「旅の途中で、たまたまこの村に立ち寄ったら、あの悪亜とかいう連中が暴れてて、ムカついただけさ」
ダイヤ「“無太刀の果南”――貴方の武勇伝は、風の噂で聞きますわ」
ダイヤ「たまたま――ですか。ですが、貴方は――」
ダイヤ「――鞠莉さんに、会いに来たのではなくて?」
果南「・・・・・・・・・!」
フッ
果南「・・・・・・さてね」
千歌「・・・・・・?」 果南「ところで、その・・・・・・」
???「・・・・・・」コソッ
果南「ダイヤの後ろに、隠れてる子は?」
???「ピギッ!?」ビクッ
ダイヤ「もう、まったく――ほら、出てきなさい、ルビィ!」
ソーッ
ダイヤの背後から、恐る恐る顔を出したのは――
小柄な、赤髪の可愛らしい少女。
ルビィ「あ、あぅ・・・・・・おねいちゃ・・・・・・」
ダイヤ「この子は、黒澤紅玉(ルビィ)。わたくしの妹ですわ」
果南「へえ、ルビィちゃんか〜! おっきくなったねえ、私のこと覚えてる?」
ルビィ「ぴっ!」ササッ
果南「・・・・・・ありゃ、隠れちゃった」
ダイヤ「まったく、この子ときたら、極度の人見知りなんですの」
ダイヤ「こら、ルビィ! 黒澤水軍頭領の妹たるもの、もっと堂々となさい!」
ルビィ「ご、ごめんなさい・・・・・・お姉ちゃん・・・・・・」ビクビク よしみ「ダイヤ様」
いつき「怪我をした村人には、薬草を配りました」
むつ「薬草は、今や貴重品ではありますが・・・・・・」
ダイヤ「仕方がないですわ。怪我をした村の人たちを、放っておくわけにはいきませんし」
ダイヤ「では、わたくしたちは撤収しましょう」
よいむつ「「「御意!」」」
ダイヤ「――果南さん」
果南「ん?」
ダイヤ「わたくしたちと・・・・・・共に、戦いませんか?」
ダイヤ「貴方が力を貸してくれるなら、百人力ですわ」
果南「・・・・・・・・・」
フッ
果南「・・・・・・私は、根無し草だからさ」
果南「そういう柄じゃないよ――今更、誰かとつるむなんてさ」
ダイヤ「果南さん・・・・・・」 千歌「あ・・・・・・あの!」
ザッ
ダイヤ「・・・・・・? 貴方は・・・・・・」
千歌「だったら・・・・・・私を、仲間に入れて頂けませんか!?」
曜「ち、千歌ちゃん!?」
美渡「千歌、あんた何言って・・・・・・!!」
千歌「私、百姓の子ですけど、侍になりたいんです!」
千歌「戦って、村を守りたいんです――私も!」
ダイヤ「・・・・・・・・・」
フウ
ダイヤ「・・・・・・貴方、確か前も悪亜集に、無謀にも喧嘩を売ろうとしていましたわね」
ダイヤ「やめておきなさい。貴方たち素人が下手に手を出して、どうこうできるものではありません」
千歌「で、でも・・・・・・!」
ダイヤ「貴方のような素人が、侍になるなど――」
ダイヤ「――認められません!」
千歌「・・・・・・・・・!」 志満「あのう・・・・・・お侍様」
果南「え、私?」
志満「もしよろしければ、今夜は私たちの村にお泊りください」
志満「何も無い村ですが・・・・・・助けて頂いたお礼に、精一杯のもてなしをいたします」
果南「・・・・・・・・・」
果南「いや、やめときます。その気持ちだけで。もてなしてもらうなんて、私の柄じゃないし」
ザッ…
果南「村の外れに、寺があった。今夜は、そこにでも泊めてもらいます」
志満「あ、お侍様・・・・・・!」 ダイヤ「――果南さん」
果南「」ピタッ
ダイヤ「鞠莉さんは――」
ダイヤ「――もう、昔の鞠莉さんではありませんわよ」
果南「・・・・・・・・・」
果南「わかってるよ――そんなこと」
ザッ…ザッ…
ダイヤの言葉に、すげない言葉を返すと――
果南は、そのまま振り返ることなく、立ち去ってしまった。
千歌「・・・・・・・・・?」
曜「果南ちゃん・・・・・・?」 ダイヤ「行ってしまわれました――か」
ダイヤ「わたくしたちも、引き上げましょう」
ダイヤ「ほら、置いていきますわよ、ルビィ!」
ルビィ「うゅ!? ま、待ってよぉ、おねぃちゃぁ〜!」
タタタタ
千歌「・・・・・・・・・」
曜「みんな・・・・・・行っちゃったね」
美渡「・・・・・・!!」
スタスタ
美渡「――千歌!!」
グイッ
千歌「痛っ!? 美渡ねえ、何するの!?」 美渡「侍になりたいだなんて・・・・・・馬鹿なことは言わないで!」
千歌「なんで・・・・・・!」
美渡「侍になんかなったって! 悪亜集みたいに、落ちぶれて悪党になるか!」
美渡「戦って――死ぬだけなんだよ!?」
千歌「そんなこと、」
美渡「お母さんたちのこと、忘れたの!?」
千歌「・・・・・・!」
美渡「とにかく・・・・・・もうやめて。侍の真似事なんて」
千歌「美渡ねえ・・・・・・」
千歌「美渡ねえは・・・・・・侍のこと、嫌いなの?」
美渡「・・・・・・・・・」
クルッ
美渡「・・・・・・嫌いだよ。侍なんて」
曜「・・・・・・・・・」
志満「美渡ちゃん・・・・・・」 〜再び夜、村はずれの寺〜
千歌「・・・・・・嫌い、だって。美渡ねえのわからずや」プクー
果南「姉君の気持ちもくんでやりなよ。ろくなもんじゃないさ、侍なんて」
果南「千歌の、親御さんだって・・・・・・戦にとられて、命を落としたんだろう?」
千歌「そうだけど・・・・・・でも私は、お母さんとお父さんのことも、誇りに思ってるもの」
果南「曜は・・・・・・親御さんは?」
曜「うん・・・・・・おっ母(かあ)は、三年前に、流行り病で」
曜「おっ父(とう)は、漁師船の船頭だったけど・・・・・・」
曜「黒澤水軍と一緒に、村を守るため、悪亜集と戦って・・・・・・死んじゃったよ」
果南「・・・・・・すまない」
曜「ううん、いいの! 私だって、おっ父のことは、誇りに思ってるもの!」 果南「そう言えば――黒澤水軍は、頭(かしら)が代わったんだな」
曜「うん。黒澤水軍は、もともと小原家の臣下の水軍だったけれど――」
曜「今の、鞠莉様が家督を継いで、豆州で暴れまわるようになってから、小原家に背いたんだ」
曜「悪亜集との戦いの中で、前のお頭様は亡くなって――」
曜「今は、娘のダイヤさんが、頭領になって戦ってるよ」
千歌「まだ若いのに、悪亜集に負けずに戦ってて、カッコいいんだよ!」
果南「ふうん――あの、ダイヤがねえ・・・・・・」
曜「果南ちゃん・・・・・・ダイヤさんのこと、知ってるの?」
ゴロン
果南「・・・・・・さてね」
トントン
???「あのー・・・・・・お茶をお持ちしました」
ようちか「「!?」」ビクッ 曜「ま、まずいよ千歌ちゃん、誰か来た!」ボソボソ
千歌「こっそり入り込んだのがバレちゃう! 隠れなきゃ・・・・・・!」ボソボソ
果南「はーい、どうぞー」
ようちか((果南ちゃん!?))アセアセ
???「失礼します」
ふすまを開け、姿を見せたのは――
袈裟をまとってはいるものの、まだ年端もいかぬように見える、少女。
千歌「あっ・・・・・・」
曜「あの、私たち・・・・・・!」
???「・・・・・・あれっ!? お客さんが増えてる?」
???「面妖ずら・・・・・・!」 果南「ははは、気にしなくていいよ。昔なじみだ」
千歌「お、お邪魔してます・・・・・・」
曜「すみません、こんな夜更けに」
花丸「なーんだ、狐か狸かと思ったずら〜」
花丸「オラ、このお寺の住職、国木田花丸といいます。よろしくお願いするずら」
千歌「・・・・・・え!? 住職!?」
曜「見たとこ、私たちよりも年下に見えるのに・・・・・・!?」
花丸「前まではおじいちゃんとおばあちゃんがいたんだけど・・・・・・去年、流行り病で亡くなったずら」
花丸「それからは、オラがこのお寺を守ってるんだ!」エヘン
曜「そう・・・・・・なんだ」
千歌「偉いね・・・・・・花丸ちゃん」 果南「成る程ねえ・・・・・・皆がそれぞれ、色んな境遇の中で、頑張ってるって訳だね」
花丸「あの・・・・・・お侍さんと、そこのおふたりさんの・・・・・・えーと」
千歌「かんかんみかん侍の千歌だよっ!」
曜「宜候(よーそろー)! 漁師の娘、曜っていいます!」
花丸「千歌さんと曜さんは・・・・・・お侍さんと、どういう関係なんですか?」
千歌「果南ちゃんはねっ・・・・・・私の、剣の師匠なんだっ!」
花丸「師匠?」
果南「・・・・・・そんなご大層なもんじゃないよ」フッ 曜「昔ね、私たちが小さかった頃――果南ちゃんは、自分のお父さんたちと一緒に、長浜のお城にいたことがあるんだ」
曜「まだ、小原家が長浜のお城を捨てる前の話だね」
千歌「果南ちゃんも小さかったから、よく村まで降りてきてたんだけど――」
千歌「その時、私、果南ちゃんから剣術を教わったの!」
果南「ちょっとちょっと、大したことは教えてないよ」
果南「せいぜい、剣の握り方とか、構え方、振り方くらいだよ」
千歌「それでも私、感動したんだよ!」
千歌「私と年も少ししか違わないのに、果南ちゃんは剣術を身につけてて、なんてカッコいいお侍なんだろうって!」
花丸「へ〜、すごいずら!」 曜「あの頃は、毎日のように一緒に遊んで、千歌ちゃんは暇さえあれば果南ちゃんに稽古をつけてもらってたね」
千歌「うん。そのうち果南ちゃんは、お家の都合で、他国に行っちゃったけど・・・・・・」
千歌「私、果南ちゃんみたいな侍になれるように、一日も欠かさず、剣の稽古をしてたんだよ!」
果南「まったく――大げさなんだから、千歌は」
曜(あれ――そう言えば、果南ちゃんは今、流浪の浪人だって言ってたけれど)
曜(あの時一緒にいた、果南ちゃんのお父さんや、一族の人たちは、どうしてるんだろう・・・・・・?)
千歌「ねえ、果南ちゃん! また私に、剣術を教えてよ!」
千歌「私、もっともっと強くなりたいの! 強い侍になって、この村を守りたいの!」
千歌「だから――!」
果南「・・・・・・・・・」 果南「いや――それは出来ない」
千歌「・・・・・・え?」
千歌「な、なんで・・・・・・」
果南「さっきも言ったでしょ。侍になんかなったって、ろくなことがない」
果南「ろくなもんじゃないんだ、侍なんて。私だって、大した人間じゃない」
千歌「そんな、果南ちゃんは違うよ!」
千歌「果南ちゃんは・・・・・・!」
曜「・・・・・・・・・」
曜「果南ちゃんが、自分のことをそういう風に言うのと・・・・・・」
曜「流浪人をしていることは、関係があるの?」
果南「・・・・・・・・・」
曜の問いかけに対して、果南は視線を落とし――
そして、ふっ、と口許に自嘲するような笑みを浮かべ――そのまま、寝転がった。
果南「――さてね」 〜同刻 淡島城〜
オオオオ…
――淡島城、天守。
南蛮風の椅子に掛け、頬杖をつきながら、
杯の中の赤黒い葡萄酒を傾ける、小原鞠莉――
鞠莉「・・・・・・・・・へぇ?」
クスッ
鞠莉「現れたと言うの? ――果南が」
理亞「――はっ」
理亞「あの背中に背負った大太刀」
理亞「そして、脇差のみで悪亜集と渡り合う技量」
理亞「音に聞こえた、“無太刀の果南”――松浦果南に相違ございません」
鞠莉「そう――果南が」
鞠莉「く――く、く」
鞠莉「あははははははははっ!!」 理亞「鞠莉様――?」
鞠莉「来てくれたのね、果南っ・・・・・・!!」
鞠莉「また、私のもとへっ!!」
鞠莉「うふふふ・・・・・・楽しいパーティが始まるわっ・・・・・・!」
鞠莉「あはははははっ!!」
???「――鞠莉様」
スウッ
――その時。
音も無く、まるで闇から生まれ出でた影のように、現れた者。
鞠莉「あら――どうしたんデスか、聖良?」
理亞「姉様!」
聖良「申し上げます。先刻、城内にくせ者が紛れ込み――」
聖良「――“煉獄の書”のひとつを、盗まれました」
理亞「なんですって・・・・・・!?」
聖良「面目次第もございません」
聖良「ただ今――“追手”を差し向けております故」
鞠莉「へぇ・・・・・・」クスッ 〜同刻 内浦の村の近く、森の中〜
――その頃。
内浦の村に程近い、森の中。
黒い鎧を身にまとい、闇の中を疾駆する悪亜集の兵たち――
悪亜兵「逃がすなっ!!」
悪亜兵「追えぇーー!!」
ザザザザ
そして、森の中を必死に逃げる、ひとりの少女。
その手には、一本の巻物――
少女「はぁっ・・・・・・はぁっ・・・・・・!!」
ダダダダ
少女「捕まったらっ・・・・・・殺されるっ・・・・・・!!」
少女「なんとしても・・・・・・逃げなきゃ・・・・・・!!」
ダダダダッ 悪亜兵甲「逃げ足の速い奴だ・・・・・・!」
悪亜兵乙「おのれ、我らから逃げられると思うな・・・・・・!!」
と――その時。
森の中の悪亜集の元に現れた――ひとつの人影。
ザッ
???「――ふっ。彷徨える哀れな子羊が」
???「闇の祝福を受けし、この私から逃れられると思っているのかしら?」
闇よりも深い、漆黒の外套(マント)を身にまとった――少女。
悪亜兵丙「貴方は――」
悪亜兵甲「――善子様!!」 善子「――」ピクッ
善子、と呼ばれた黒衣の少女は――
一瞬、不快そうに眉を上げ、
善子「――ねぇ、貴方」
ポイッ
悪亜兵甲(――? 何かを投げ、)
悪亜兵甲「!!」
カッ
ドカァァン!! モクモク
悪亜兵甲「かっ・・・・・・げほっ・・・・・・!?」
バタッ
悪亜兵のひとり、その足元で激しい音と爆煙が巻き起こり、
巻き込まれたその兵が、ばったりとその場に昏倒する。
悪亜兵乙「!!?」
悪亜兵丙(ば、爆発、した・・・・・・!?)
善子「――“夜羽根(よはね)”」
善子「間違えるな。私の名は、夜・羽・根」
悪亜兵乙「はっ・・・・・・ははっ!」
悪亜兵丙「夜羽根様!!」
善子「くくく・・・・・・」
善子「・・・・・・この、“堕天使の夜羽根”から、逃げられると思わないことね」ギランッ
追う者、追われる者。
森の中を逃げるひとりの少女。
彼女を追う、黒衣の刺客。
彼女たちもまた、物語の舞台へと上がる。
呑み込まれる運命の先に待つのは、
果たして希望か、絶望か。
〜森の中〜
ダダダッ
少女「はあっ、はあっ!」
<アソコダ!
<マワリコメ!
少女(駄目、このままじゃ逃げ切れない・・・・・・!)
少女(でも、捕まる訳には・・・・・・!)
少女「!」ピクッ
少女(あそこに見えるのは・・・・・・明かり?) 〜花丸の寺〜
千歌「あはは、それでねー!」
花丸「ふわぁぁ・・・・・・」
曜「花丸ちゃん、眠そうだよ」
花丸「あっ・・・・・・失礼したずら。オラ、普段は朝が早いから、こんなに夜更かしすることもなくて・・・・・・」
果南「そろそろ、丑三つあたりか」
千歌「あ、ごめんなさい! 私すっかり、おしゃべりに夢中になっちゃって・・・・・・」
曜「千歌ちゃん、そろそろ帰ろう?」
花丸「もう遅いし、危ないずら。良かったら、今夜はここに泊まっていくずら」
千歌「ほんと? うーん、どうしようかなぁ・・・・・・美渡ねえに怒られそうだけど・・・・・・」
果南「――!」
ピクッ
曜「・・・・・・? 果南ちゃん、どうかした?」
果南「いや――」
果南(この気配――)
果南(森の中から――か?) 果南が、何かの気配を察した――その時、
ドンドンッ!
千歌「うひゃあっ!?」
曜「な、何!? 誰かが、外から戸を叩いてる!?」
千歌「よ、妖怪!?」
花丸「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏・・・・・・!」
果南「・・・・・・」スッ
ガラッ!
動揺する三人を尻目に、果南は黙って立ち上がり、
戸を開けると――そこに立っていたのは、
少女「・・・・・・!!」
ハァハァ
曜「え・・・・・・あれ?」
千歌「お、女の子・・・・・・?」
梨子「わ、私・・・・・・梨子、って言います・・・・・・!」
梨子「た、助けて――かくまってください!」 ガラガラッ ピシャッ
部屋に迎え上げられた、梨子と名乗る娘。
その顔面は蒼白で、服も身体も泥だらけ、呼吸も荒い。
梨子「・・・・・・・・・」ハァハァ
千歌「大丈夫!? 落ち着いて!」
花丸「服も格好もボロボロずら・・・・・・!」
曜「梨子ちゃん、だっけ・・・・・・? 何があったの?」
梨子「わ、私・・・・・・武蔵国から、逃げてきたの・・・・・・」
千歌「ええっ、武蔵――ってことは、関東から!?」
曜「山を越えてきたの!? なんでまた・・・・・・!」
梨子「・・・・・・・・・」
梨子「私・・・・・・故郷の村を、無くしたの」
梨子「みんなみんな、焼かれて・・・・・・」
千歌「・・・・・・!」
梨子「関東にいても駄目だ、他国に逃げよう、と思って」
梨子「ひたすら逃げ続けて、気づけばここまで来てたんだけど・・・・・・」
梨子「そうしたら・・・・・・」 〜梨子の回想 淡島城の近辺〜
梨子『・・・・・・』ハァハァ
梨子『逃げ続けて、ここまで来たけれど・・・・・・ここ、どこだろう・・・・・・?』
梨子が、夜の闇に包まれた、海岸通りを見渡す。
その時、道の脇の草叢が、にわかにさざめき――
ザッ…
男『待たれ・・・・・・そこのお人・・・・・・』ヨロッ…
梨子『!? だ、誰!?』ビクッ
梨子『・・・・・・!? 酷い怪我・・・・・・!』
現れたのは、黒装束に身を包み、
身体から血を流した、ひとりの男。
男『お主に・・・・・・頼みが、ある・・・・・・』
男『これを・・・・・・!』
スッ
梨子『・・・・・・!? 巻物・・・・・・?』 男は、梨子に向かって一本の巻物を差し出し、
息も絶え絶えに、語る。
男『これは、淡島城より奪いし、“煉獄の書”・・・・・・!』
男『この中に、奴らの、小原の秘術の秘密が・・・・・・』
ガハッ!
梨子『!! 大丈夫ですか!?』
男『俺は・・・・・・もう、駄目だ・・・・・・』
男『しかし・・・・・・! この書は、この世にあってはならぬ・・・・・・!』
男『頼む・・・・・・! この書を、奴らの手に渡さぬよう・・・・・・!』
スッ
梨子『・・・・・・? この、巻物を・・・・・・?』
男『!!』ゲボッ!
梨子『!? しっかり!!』
男『頼む、この書を・・・・・・!!』
ガクッ
男が倒れ、こと切れた――その時。
<アッチダ!
<ニガスナ!
バタバタ
遠くから近づいてくる、男たちの怒号と、複数の足音。
梨子『・・・・・・!? もしかして、この巻物を奪いに・・・・・・!?』
梨子『に、逃げなきゃ・・・・・・!!』 梨子「――そんなことがあって。もう、訳がわからない・・・・・・!」
千歌「“レンゴクの書”・・・・・・!?」
曜「その男の人は、他の国の大名の、隠密か何かだったのかな・・・・・・?」
梨子「これが、その巻物なんだけど・・・・・・」
スッ
曜「それじゃもしかして、これを狙って、悪亜集が・・・・・・!?」
果南「・・・・・・・・・」
果南(気のせいか? この娘――)
秘かに、果南が眉をひそめた――
――その時。
ザワッ…
果南「!」ピクッ
花丸「か、果南さん?」
果南「・・・・・・どうやら、もう逃げ場はなさそうだよ」
花丸「ええっ!?」
梨子「・・・・・・・・・!!」 〜花丸の寺 境内〜
ザザッ…
――暗闇に紛れて、花丸の寺を取り囲む者たち。
悪亜集の兵たちと、黒衣の少女――
悪亜兵「夜羽根様。寺の周りは、完全に囲みました」
善子「ふっ。籠の中の鳥とは、このことね」
ドンドンッ!
悪亜集の兵たちが、閉ざされた本堂の戸を乱暴に叩く。
悪亜兵「この戸を開けられいっ! 我ら、淡島城城主、小原鞠莉公の配下、悪亜集である!!」
悪亜兵「ここに逃げ込んだ娘を出せ! 隠し立てするとためにならんぞ!!」 すると、堂の中から、か弱い少女の答える声。
花丸「・・・・・・お侍様方、このお寺には住職のオラ以外、誰もいないずら」
花丸「夜も遅うございますし、お引き取りしてほしいずらー」
悪亜兵「たわけたことをっ! ここに逃げ込んだのはわかっているぞ!!」
悪亜兵「なめくさりおって!! 構わん、戸を破れぃ!!」
ワアアッ!!
ドンドカッ!
果南「――やれやれ」 ズパッ
バカッ!
悪亜兵「――!?」
悪亜兵「戸が、中から斬られ――!?」
そして、真っ二つに斬られた戸の向こうから、
悠然と現れたのは――
果南「ゆっくり、寝かせてもらいたいんだけどねぇ」
ザッ
悪亜兵「・・・・・・!! 松浦果南!!」
悪亜兵「なぜ貴様がここにっ!?」
花丸「か、果南さん・・・・・・」
果南「任せといて、マル」
花丸「・・・・・・後で、戸の直し賃を頂戴するずら」ジトッ
果南「・・・・・・う。貸しにしといてくれ」タラッ 果南「――さて」
果南「娘がどうとか、どーでもいい」
果南「私は気持ちよく寝ようとしてたんだ。その寝込みを襲おうっていうんだから――」
スラッ…
果南「――覚悟は出来てるな?」
悪亜兵「く・・・・・・!」
悪亜兵「そ・・・・・・そんな短い脇差一本で何が出来る! かかれっ!!」
ワアアッ!
果南「――上等」ニッ
シャキンッ!
ズパッ!
悪亜兵「ぐわっ!」
悪亜兵「ひでぶっ」 一方、堂の中に隠れ、
境内で戦う果南と悪亜集の様子を窺う、千歌たち。
千歌「・・・・・・梨子ちゃんは、部屋の奥に隠れてて」
梨子「・・・・・・!!」
梨子「すごい、あの果南さんっていうお侍、強い・・・・・・!」
梨子「あんな短い脇差一本で、何人もの鎧武者と渡り合ってる・・・・・・!」
千歌「当たり前だよ! 果南ちゃんはすごいんだから!」
曜「でも・・・・・・昼間の時より、相手の数が多い」
曜「流石の果南ちゃんも、この数が相手だと・・・・・・」
悪亜兵「かかれかかれ! 所詮は多勢に無勢!」
悪亜兵「いかに“無太刀の果南”といえども、この数にかなうと思うなよ!!」
果南「・・・・・・言ってろ」
ガキン!
ズパッ!
――数に勝る悪亜集に、一歩も退かず渡り合う果南であったが、
四方八方から次々と襲い来る兵たちに、手こずっているのは明らかであった。
曜「このままじゃ・・・・・・!」
千歌「・・・・・・!」 千歌「・・・・・・曜ちゃん」
曜「え?」
千歌「美渡ねえや果南ちゃんは、侍になんかなるな、って言ってた・・・・・・」
千歌「確かに、侍の中には酷い人だっている。そのくらい、私にだってわかってる・・・・・・」
曜「千歌ちゃん・・・・・・」
千歌「だけど・・・・・・だけどね」
千歌「本当の、侍って・・・・・・誰かが困ってる時、力になってくれる」
千歌「そんな人のことを言うんじゃないかなって、千歌は思うの」
千歌「そう・・・・・・果南ちゃんみたいに」 グッ
千歌「ね・・・・・・曜ちゃん」
千歌「もし私と一緒に、侍になろうって言ったら・・・・・・」
千歌「曜ちゃんは・・・・・・一緒に、やってくれる?」
曜「・・・・・・・・・」
曜「本気・・・・・・なんだね」
クスッ
曜「私、小さい頃からずっと思ってた。千歌ちゃんと一緒に、何かやってみたいって」
曜「だから・・・・・・」
千歌「・・・・・・!!」
千歌「曜ちゃん・・・・・・!」 キイン!
ガンッ!
悪亜兵「ふふふ、流石だな、松浦果南」
悪亜兵「しかし貴様とて、この数を一度に相手にするのは容易ではあるまい」
果南(くっ・・・・・・! 一人一人は雑魚だけど、いかんせんこの数は・・・・・・)
悪亜兵「さあ、どんどんかかれっ!!」
ウオオオッ!
カキン! ギンッ!
悪亜兵「その隙に、寺の中へ押し入るのだ!!」
ワアアアッ!
果南が見せた、一瞬の隙を逃さず、
兵の何人かが、堂に向かって突進する。
果南「くっ!! しまっ・・・・・・」 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています