曜「水深五メートルに沈んだ私は」 [無断転載禁止]©2ch.net
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夏休みのある一日。うだるような暑さの中、私は富士市にある水泳場へ向かっていた。とは言っても、タクシーで移動しているので冷房が効いていて今はすっかり涼しく、汗も引いているのだけど。
家から一番近い飛び込み台のある水泳場までバスや電車、富士駅からはタクシーを利用して、片道一時間以上かかるので、行き帰りだけでかなり体力を使う。 いつもはママが車を出してくれるおかげで楽に行くことができるのだけど、どうしても予定ができてしまうことがある。そんなときはこうやって一人で水泳場まで向かうんだ。
高飛び込みはマイナーな競技だし、そもそも沼津が田舎なのだから仕方ない。わざわざこんな所まで通わせてくれる両親に感謝しないと。
「お客さん、着きましたよ」
「ありがとうございます」 料金メーターを確認する。二千円ほどだ。朝、ママが渡してくれたお金を取り出して、ちょうどの金額を渡した。
タクシーを降りると蒸し暑い空気が私を包む。コンクリートの照り返しが暑くてたまらない。駐車場から入口までの短い距離で汗がにじんだ。それを持ってきたスポーツタオルで適当に拭ってから会場に入った。 受付に軽く挨拶をして、横にある販売機でチケットを購入し、ゲートを抜ける。チケットを持ったまま更衣室へ入り、それを入れてロッカーを開ける。エナメルバックから水着を引っ張り出す。ぼうっとどこか機械的に着替えていると後ろから声をかけられた。
「曜、おはよ」
「おはヨーソロー!」 ビシッと敬礼を決める。今日は専用使用の日だから、私の所属するチームしか利用者がいない。
水泳と飛び込みの合同チームだからそこそこ人数がいるようだけど、飛び込みを中心に活動してるのは私含めて三人だけ。もう一人の子は、どうしてもはずせない用事があるために休みらしい。
だから今日はほとんど貸切状態で使える。
この頃はスクールアイドルの練習や衣装作りで、すっかり時間がなくなってしまっていたので、今日は集中して練習しないと。時間は無限じゃないんだから。 「――ということで、くれぐれも怪我をしないように。今日は各自で練習メニューを考えること。休息も練習の一環であることをを忘れずに」
各々、適当な返事のあと、競泳プールと飛び込みプールへ別れて移動し始める。ほとんどが向こう側で、私ともう一人、ひとつ年上の女の子だけ。
ジュニア教室を始めた頃から一緒だったので、一年と少しで辞めてしまった千歌ちゃんとも顔見知りで、試合の度に話したりしているし、Aqoursも応援してくれている。 「曜? どうかしたの?」
「え?」
「いや、なんか顔色悪くない? やっぱりアイドルって大変なんだね」
「そんなことないよ。私が好きでやってるんだし、楽しいよ」
「うーん……でも、曜はすぐ無理するからなー。今日は軽めにしといたら? 疲れてるときにいつもと同じメニューやったって身にならないし、怪我に繋がるよ」 本当にその通りなんだけど、もう大会も近いし多少無理してでも練習したい。明日は丸一日オフだから、明日ゆっくり休めるし。だから、なんとなく誤魔化すように
「心配かけてごめんね。ちゃんとほどほどにするよ。一本目、フォーム見ててもらってもいい?」
そう言って飛び込み台に上がる。目を閉じて、イメージを固めた。
小さく深呼吸をして目を開けた。高さ十メートルから飛び込む。ぐらり。体が揺れた。まずい。フォームを直そうにも何故か体がうまく動かなかった。それから一秒と少しで、水面へぶつかった。 パキン。まるで、みかんアイスを二つに割ったときのような音が響く。痛みと、体のだるさで動けずに、そのまま五メートルのプールの底へどんどん沈んでいった。
世界は少しずつ暗闇に飲まれていく。ぼんやりと、なんだかあたたかい何かに包まれているような安心感の中、私は眠りに落ちた。 ふわりと世界に呼び戻されたとき、見知らぬ場所にいた。でもどこかで見たような。起きたばかりでうまく回らない脳を無理やり起こして考える。特徴的な白い壁と天井。消毒液の匂い。ピッピッと定期的に鳴る心電図の音。それから、やけに息苦しい酸素マスク。
あぁ、病院だ。目だけを動かして辺りを見渡す。どうやら、個室みたいだ。
右腕が固定されているようでまったく動かない。麻酔が効いているのか痛みに鈍感になっているのか、痛みはなかった。まさに入院患者というような格好だ。 少しずつ脳が覚醒していき、ぼんやりしていた記憶がクリアになっていく。そうだ。私、失敗したんだ。体が揺れて、動かなかった。あんなこと、今まで一度だってなかったのに。
それにしても息苦しい。酸素マスクなのにうまく呼吸ができないって、どういうこと? こっそりはずそうにも体は重く動かない。そのせいでナースコールを押すことさえもできない。さてどうしようかと悩んでいたら、控えめなノックのあとドアが開いた。 「曜ちゃん、来たよ」
そこにいたのは、千歌ちゃんだった。
「え、曜ちゃ、起きて…? えっと、どうすれば……あ、ナースコール!」
近づいてから私が起きていることに気が付いた千歌ちゃんはワタワタとしながらもナースコールを押して、お医者さんを呼んでくれた。彼女の目は、潤んでいた。 「渡辺さん、聞こえますか? 聞こえたらまばたきを二回してください」
パチパチと言われた通りにまばたきをする。少し強張っていたお医者さんの表情が少しだけ和らいだような気がした。
それから体は動くか、自分が誰かわかるか、などのyesとnoだけで答えられる簡単な質問をいくつかされた。どうやらもう夕方らしく、詳しい検査は明日するようだ。 お医者さんが出てから少しして、ママと海に出ていたはずのパパが来てくれた。小さいときに「海の男は涙なんて見せないんだぞ」だなんて言っていたくせにボロボロ泣いていて。
一ヶ月も起きなかった。一度心臓が止まりかけた。など、嗚咽混じりにママが説明していく。どうも信じられなかった。
千歌ちゃんは部屋の隅にある椅子に体育座りをしたまま、動かなかった。 ママが「飲み物を買ってくるから、よろしくね」って言ってパパと一緒に病室を出て行った。多分、気を遣ってくれたんだと思う。
二人っきりになってしばらくはそのままだったけれど、落ち着いてきたのか、私のベッドの隣にある椅子へ来てくれた。
「曜ちゃん。曜ちゃん」って何度も存在を確認するみたいに呼ばれて、私はここにいるよ、って応えたくて声を出そうとしたけど、喉から微かに息が漏れただけだった。 「曜ちゃん、私この一ヶ月ずっと怖かったんだよ。このまま曜ちゃんがいなくなっちゃうのかも、って。もしもそうなっちゃったら、私も曜ちゃんのところに行こうって本気で思っちゃうくらい怖かったんだからね」
まるで子どもに絵本を読み聞かせているような穏やかな声でそう、言った。そんな感情なんて一ミリも見えない。それから、ゆっくりと私のグレイの髪を撫でた。 「でもね、曜ちゃんも怖かったでしょ? 痛かったでしょ? だからね、今回は許してあげる。でも、もう二度とこんなことになっちゃ駄目だよ。そうなったらもう許さないから」
きゅうと私よりも少しだけ小さい手が重ねられる。声色も表情も穏やかなのに手だけが震えていて、その不恰好さとあたたかさで胸がいっぱいになった。なぜか涙が頬を伝っていく。拭おうにも体が動かないから自然に身を任せた。 「曜ちゃん……」
その手が頬を撫でる。
「みんなはさ、明日呼ぼうね。今日はもう、疲れてるでしょ? みんな、泊まるとか言いそうだし……」
明日の朝にまた来るね、って言って千歌ちゃんは部屋を出て行った。外からママとパパと千歌ちゃんがなにか話しているのが聞こえたけど、急激な眠気に襲われて、気持ちのいい方へ身を委ねた。 どうするの、曜に伝えるの? 今はまだつらいだろう。落ち着いてからでも……。落ち着いてからって…それじゃあ、二度傷つくじゃない。
なんの声? 傷つく? つらい? これは夢なのか現実なのか。ぼんやりして、わからない。昨日よりはマシで、ちょっとだけ、本当にちょっとだけは動けるようになったけど、なんだか自分の体じゃないみたいで怖い。
「曜、起きたの?」
「おはよう、具合はどうだ?」 答えようにも、やっぱりうまく言葉が出せなくて。それでも小さく掠れた声で「おはよう」って言えた。ただそれだけなのに二人ともまた泣きそうな顔してる。自分でも少し驚いてるけど、そんなにかな。やっぱり一ヶ月って、大きいのか。
外からわらわらと話し声が聞こえた。コンコンとノックのあと、Aqoursのみんなが入ってきた。反応はそれぞれだった。 嬉しそうに目を細めている梨子ちゃんと鞠莉ちゃん。
涙を隠すように手で顔を覆う花丸ちゃん。斜め下を見つめたまま肩を震わせている善子ちゃん。
頬に涙が伝っている果南ちゃん。
ダイヤさんに抱きついて泣いているルビィちゃんと、ルビィちゃんの頭を撫でながらもすすり泣くダイヤさん。
そして、落ち着いた表情の千歌ちゃん。
パパとママはまた病室を出てくれた。みんなが二人にお礼を言ってから、ベッドに近づいてくる。 「曜、おはよう」
鞠莉ちゃんが優しい笑みで声をかけてくれる。「おはよう」小さく答えた。そうしたら目をまん丸にさせて驚かれて。
「生きててくれて、よかった」
ふわり、包まれる。あたたかい。
「ちょっと、曜ちゃん痛がってない?」
涙で潤んだ声のまま果南ちゃんのツッコミが入る。それをみんなが笑い飛ばして、いつも通りのAqoursだ。 しばらく、みんながいろんな話をしてくれた。私は「うん」とか、それくらいの返答しかできなかったけど、みんな嬉しそうにしてくれていて、安心できた。ただ、千歌ちゃんだけは一言も話さないままだったけれど。
検査が始まる時間の少し前に、みんな用事があると言って出て行った。千歌ちゃんも行こうとしたけど、果南ちゃんに止められて、今、二人きりだ。 「……曜ちゃん」
「な、ぁに?」
ぎゅうと頭を抱えるようにされる。千歌ちゃんの微かな柑橘類の匂いがした。
「バカ曜」
「あの子から聞いた。無理してたんでしょ? 飛び込みとか水泳もシーズンで特に忙しいのに、Aqoursの練習して、衣装も作ってくれて。そんなの、怪我しちゃうに決まってるよ。バカ」
でも、と小さく呟く。 「でも、もっとバカなのは、曜ちゃんが疲れて、無理してることに気付けなかった千歌なんだよ……ごめん、ごめんね」
千歌ちゃんのせいじゃない、私が勝手にしたことなんだから。言いたかったけど、検査の時間になったらしく、お医者さんが入ってきた。今日と、明日の午前中までは検査をたくさんするらしい。
「また明日の夕方くらいに来るね。また明日」
千歌ちゃんはどこか寂しそうな表情で病室を出て行った。呼び止めたかったけれど、その声は届かなかった。 「曜、起きてる?」
「うん、おはよう」
何度目かの朝が来た。たしか、十回くらいだったかも。少しは回復してきて、話す分には問題ないんだけど、どうしてか体は動かない。
いや、動くには動くんだけど、左腕が微かに動くだけ。右腕はまだ固定されているから動かないけれど、多少の感覚はある。
だけど、両足の感覚はまったくない。なんとなく、半身不随とか、嫌な言葉が浮かぶ。
「あのね、曜」
検査の結果が、出たらしい。それはまるで、死刑宣告だ。 「あなたはもう高飛び込み、できないの」
「それだけじゃない。水泳も、スクールアイドルも……あなたが今まで頑張っていたものが、できなくなる」
「……そっか」
「いきなり言われても困るよね…」
申し訳なさそうな顔をするママ。私の自業自得なのに。どうして謝るの?
「千歌ちゃんには……?」
「うん、もう言ってあって……そろそろ来るころだと思うんだけど…」 「ねぇ、ママ」
「なあに?」
「ごめんね」
「曜のせいじゃない。だから、謝らないで」
「ママのせいでもないんだから、謝らないでよ」
「……うん」
少し沈黙の流れたあと、「よーちゃーん」って、聞きなれた声が聞こえた。千歌ちゃんだ。病室に入るとママが千歌ちゃんに一言「もう伝えてあるから…」って言って出て行った。 「曜ちゃん、おはよう」
「おはよう。千歌ちゃん、その……ごめん」
「なんで?」
「だって、もう私、スクールアイドルできない。せっかく千歌ちゃんが誘ってくれて、うまくいってたのに、私……」
千歌ちゃんは俯いた。表情が見えないまま言葉だけが伝わってくる。 「……あのままずっと無理してたら、曜ちゃん、今ここにいれなかったかもしれないんだよ…? 私は、アイドルができなくなったからって、謝って欲しくなんかない。生きててくれれば、それでいいの」
顔をあげた千歌ちゃんの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。私が起きてから一度も涙を見せなかった彼女は、今、たしかに泣いている。決壊したダムのように。私にすがりついてしばらく、泣きっぱなしだった。 「…もう、平気。ごめんね」
「ううん、嬉しかった」
「へ?」
「だって、千歌ちゃんが初めて私に弱い姿を見せてくれたから」
「なに、それ……ずるいよ、曜ちゃん」
また瞳が潤むけど、それはせき止めたらしい。
それからたくさんのことを話した。 これからの生活のこと、Aqoursのこと。飛び込みと水泳、ダンスなんかも、もうできないけど、なにか生きがいにできるようなことを探そうという話になった。もちろんリハビリはするけれど、脊髄損傷? だとかで治る見込みはほぼゼロらしい。
まずはリハビリをして、退院を目標にすることにした。
「私もたくさんサポートするから、頑張ろうね」
その言葉で、いくらでも頑張れるような気がした。 リハビリは思っていたよりもつらいものがあった。車イスに乗るだけでも、足がまったく動かないから大変だし、下半身の感覚がないから排出も時間を決めてしなければいけない。しかも、一人でできないから、年頃の女の子としてはつらい。
感覚はある腕だって、ちゃんと動かせるわけじゃないから、少しずつ動かしていく。それだって簡単にできるわけじゃない。
ペンを持つことだって難しく、何度もカランカランと軽い音が病室に響いた。 何度も嫌になったけれど、千歌ちゃんが応援してくれてる、みんなが待っててくれてる。それを思えば頑張れる。
二ヶ月ほどのリハビリで、なんとか一人で車イスに乗れるくらいにはなった。字を書くことだってできるようになったし、空いた時間で衣装のラフ案を考えるのが楽しみになっていた。
お医者さんにも「頑張ってますね」ってたくさんほめられた。みんなも喜んでくれている。 「曜ちゃん」
「千歌ちゃん、おはよう」
千歌ちゃんはどんなに忙しくても毎日私に会いに来てくれている。それで、今日はこんなことがあったよ、とかを話してくれる。あれだけやる気のなかった勉強も、私に教えるために、ってたくさんしてるみたい。
それがすごく嬉しかった。一人じゃないって心の底から思えるから。それに、なにより。 「ふふ、もうすぐだね」
「うん。お昼にパパが迎えに来てくれるんだ」
「すごいよ、曜ちゃん。こんなに早く退院できるなんて!」
「みんなが応援してくれてるから、頑張れたんだよ」
小さい子をほめるみたいに頭をわしわしと撫でられる。それからいつもみたいに話をしてたらパパが来てくれた。
「曜、帰ろうか」
「うんっ!」 車イスに乗って病院を出る。お世話になったお医者さんと看護師さんにお礼を言って。たくさんのおめでとうとか、ありがとうをもらった。
約三ヶ月ぶりの外。すごくキラキラしてるように見えた。キョロキョロと辺りを見渡してるのを千歌ちゃんとパパが嬉しそうに見つめている。
「……あれ、車変えたの?」
「あぁ、これなら車イスのまま乗れるんだ」
「ありがとう、パパ!」 折り畳み式のスロープを使って車内へ。樹脂やゴムなどの新車特有の匂いがする。車の中でこれからのことを話した。今日はこのまま家に帰って、明日はAqoursのみんなと会う。退院おめでとうのパーティをしてくれるみたい。
千歌ちゃんはこのままうちに泊まる。
そんな話をしていたらうちに着いた。見慣れた景色に心が跳ねる。二人に手伝ってもらって車を降り、車輪カバーを付けてから、玄関を開けた。そこには、見慣れない景色があった。 「な、なにこれ?」
「どうだ。すごいだろう? パパが作ったんだぞ」
腕を組んで自慢気に話すパパを見て思わず笑ってしまった。所々にあった段差がスロープになっていて、壁には手すり。二階にあった私の部屋は一階の空いていた部屋に移動してくれた。
「曜、おかえり」
台所からママが顔を出す。いい匂いがする。なんの匂いだろう……わかった。ハンバーグだ! 「ハンバーグ!?」
「もう。帰ってきて一番にそれ?」
ハハハ、と明るい声が響く。まだできないから、と言われ、千歌ちゃんと部屋へ。見慣れないソファがあるのと、ベッドのマットレスが新しいものに変わっていた。
「これ、ポケットコイル、って言うんだって! 体に負担がいかないように、パパさんとママさんと一緒に選んだんだ!」
「そうなんだ……ありがとう、千歌ちゃん」 二人で話をしていると、電話の音がしばらく鳴っているのに誰も出なかった。二人ともいるのに、なんでだろう。
「……また」
「え?」
「う、ううん。なんでもない」
千歌ちゃんの顔も暗いものになっていた。
「千歌ちゃん、教えて」
じっと見つめると、小さな声で話し始めた。聞き逃さないように集中する。 「曜ちゃんのこと、取材したいって、テレビ局とかから毎日のように電話がくるの。でも、パパさんもママさんも、Aqoursのみんなだってよく思ってない」
「取材?」
「うん。曜ちゃんが高飛び込みできなくなったのをわざわざテレビのネタにしたいなんて、いやだ。」
「不幸の事故、なんてさ。不幸かどうかを決めるのは他人じゃなくて曜ちゃん自身なのに」
「不幸かどうかは、私が……」
いつの間にか電話は切れていて、ママがご飯だと呼びに来ていた。
「曜ちゃん、いこ!」
「うん!」 「よーちゃーん! 支度できたー?」
「うん!今行くー!」
昨日からずっと考えていた。私にとっての幸せってなんだろう。リハビリをしても治らない。もう二度と歩けない。大好きだったスポーツもできないし、船長になる夢だって途絶えた。これは、不幸だろう。 やりたかったことが全部できなくなって、それでも幸せだとは言いがたい。家族や友達が明るく振る舞ってくれるから楽だけど、それがなかったら私はどうなっていたんだろう。
ガラガラと車イスで千歌ちゃんの待つ車まで向かった。
しばらく休暇を取ったらしいパパが学校まで車で送ってくれるらしい。スロープを使って車へ乗った。
車の中で二人とも楽しい話をたくさんしてくれた。そのおかげで笑いが絶えなかった。 「よし、着いたぞ。楽しんでおいで」
「うん。終わったら連絡するね」
わしゃわしゃと頭を撫でられる。優しい笑顔で見送ってくれた。千歌ちゃんに車イスを押してもらって部室へ。入った瞬間にパンッパンッ! と音。びっくりして固まってしまった。
七つのクラッカーが同時に鳴る音だった。部室の中は綺麗に装飾されていて、ホワイトボードには「曜、退院おめでとう!」と書かれている。 「ほらほら、曜はこっちだよ」
果南ちゃんに促されて誕生日席へ。
「じゃあみんな、かんぱーい!」
いつの間にか席についていた千歌ちゃんが合図をしてみんながグラスを打ち合わせる音が響く。私も慌ててグラスを合わせる。カツンと軽い音がした。
それから、ワイワイと自由に話し始める。ルビィちゃんと花丸ちゃんが大きなお皿に乗った料理を持ってきた。 「わ、おいしそう」
「えへへ、みんなで作ったんですよ」
嬉しそうにはにかむ二人。奥から黒いローブを身に纏った善子ちゃんが生クリームたっぷりのケーキを持ってくる。ルビィちゃんと花丸ちゃんがお皿を机に乗せたあたりで、何もないところで転んだ。
「えぶっ」って思いっきりケーキに顔をつっこんで。 「え、えーと……大丈夫?」
「なんでヨハネはいつもこう不幸に…」
動かないままの善子ちゃんはしくしくと肩を震わせながら泣いていた。周りのみんなもまた、肩を震わせていた。ただ、その意味は違うけれど。
「あっはは! さすがヨハネ!おいしいところを持っていくじゃない!」
耐えきれず吹き出した鞠莉ちゃんに続いて、部室は笑いの渦に包まれた。みんなで笑いながらも善子ちゃんを救出。
「曜のためのケーキがぁ…ごめんなさい……」だなんて号泣されて、本当善い子だなぁ。 善子ちゃんの救出が終わり、一段落ついたので、あらためてみんなで「いただきます」を言う。机の上にはから揚げから始まって、サンドイッチやみかんまである。各々好きなものを取って、話しながら食べていく。
たくさんあった料理もすぐになくなっていった。一通り片付けたあと、みんながもう一度席へ戻る。
「じゃあ、曜ちゃんのこれからについて話そうか」 千歌ちゃんが真面目な顔をして言った。これからのこと。もうアイドル活動はできない。それはわかっていたことだけど、胸がしめつけられるように痛い。やっぱり大好きだから、諦めきれてないんだ。
「私、Aqours…やめたくない」
泣きそうな声で絞り出したのに、みんなは揃って「へ?」と。
「え、よ、曜ちゃんやめちゃうの…?」
明らかに動揺している梨子ちゃん。え、だって。
「私、ダンスだって、もうできないし…」 「ダンスできなくても、他にできることを探そう、って話だよ…?」
みんなは前向きに考えているのに、私だけがマイナスに考えてしまっていたんだ。まだ私には歌がある。衣装だって作れるし、着れる。みんなのダンスを指導することだってできるのに。それを全部足が動かないからって諦めてた。
「ねぇ、曜ちゃんはAqours続けてくれる?」 千歌ちゃんに聞かれて周りを見渡す。みんな優しい顔をしてくれていた。足が動かなくなったときは、神様はなんて残酷なんだろうって思っていたけど。
「私……まだ、Aqoursにいて、いい…かな」
「まだじゃない。ずっとAqoursにいてよ」
「うん…うん……っ」
神様。今、私は幸せです。 乙
雰囲気良いんだが、読みにくい
1レスの分量増やしたほうがいいのと一行の長さがある程度いったら改行したほうがいい おっつおっつ。こういうの大好き
高飛込は普通に危険な競技だから、言い方悪いけどこういうのやりやすくて良いね
曜ちゃんの7月、8月の日程考えたらこうなってもなんらおかしくないし おつ!
途中不思議な悪寒がしたが
胸糞SSに毒されてるからかどうも悪い方に考えちゃう ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています