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海未「五月雨と月影」 [無断転載禁止]©2ch.net
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2017/06/18(日) 23:28:16.99ID:snaWLqzb0
ザアアァーッ…

 

――体に打ち付ける冷たい雨。

刀を抜いた、五、六人のやくざ者が、

海未を取り囲み、じりじりと迫る。

 

その刹那、

 

ザスッ!

「ぐあっ!?」

 

一瞬で手を斬りつけられたやくざ者が、刀をその場に取り落とす。

 

シュバッ!

ザンッ!

「ぎゃあっ!?」

「ああっ!!」

 

腕を、脚を、目に映る間もなく、次々に海未の刀が斬り裂き。

瞬く間に、取り囲むやくざ者を、海未は斬り伏せる。

 

海未「―――・・・」

 

ザアアァーッ…

 

 

「流石だね――海未ちゃん」

 

 

雨はまだ、止まない。
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2017/06/18(日) 23:29:16.31ID:snaWLqzb0
――遡ること一日前。

とある、小さな宿場町――

 

ザーッ…

 

ザッ…ザッ…

 

降り続く五月雨の中、

傘を差して歩く、ひとりの浪人。

 

海未(雨・・・・・・止みませんね)

海未(宿場町――ですか)

海未(丁度いい。そこの飯屋で、ひと休みしましょう)
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2017/06/18(日) 23:30:18.86ID:snaWLqzb0
ガララッ

ミカ「いらっしゃーい」

 

飯屋の中は人もまばらで、娘がひとり、切り盛りをしている。

 

ミカ「お侍様、何にします?」

海未「お茶と・・・・・・とろろ飯をひとつ」

ミカ「はーい、ただ今ー」

 

ヒソヒソ…

一息ついた所、隅の席の二人組の会話が、聞こえてくる。

 

「山向こうの町で・・・・・・賄賂を働いていた侍連中が・・・・・・殺られたらしい」

「ひとり残らず斬られたとか・・・・・・この辺りにも、やって来たのか・・・・・・?」

「噂に聞く、人斬り・・・・・・“隻腕の甚内”・・・・・・」

ヒソヒソ

 

海未「・・・・・・・・・」
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2017/06/18(日) 23:31:29.01ID:snaWLqzb0
ミカ「おまちどうさまー」

海未「ありがとうございます。おお、これは美味しそうですね」

ミカ「お侍様、旅のお方?」

海未「はい。諸国を渡り歩く、根無し草ですよ」

海未「この町には、雨宿りで立ち寄ったのです」

ミカ「ああ、この長雨、ずっと続いていますものね」

ミカ「私はてっきり、お侍様も芸妓(げいこ)さん目当てでやって来たのかと」

海未「芸妓さん?」

ミカ「寂れた小さな町ですけど、唯一、この町の芸妓さんはちょっと有名なんですよ」

ミカ「中でも、町の芸妓さんを取り仕切る“花鳥太夫”の容姿と舞は絶世の美しさで・・・・・・」

ミカ「はるばる、太夫目当てでこの町にやって来る人が、後を絶たないんですよ」ペラペラ

海未(この娘、随分とお喋りですね・・・・・・)

海未(ふむ。芸妓さん、ですか・・・・・・)
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2017/06/18(日) 23:32:39.64ID:snaWLqzb0
ミカ「ところで、お侍さんは、なぜ旅を?」

海未(そろそろ、とろろ飯を食べたいのですが・・・・・・)

海未「――そうですね」

海未「人を――探しています」

ミカ「人を・・・・・・?」

 

ガララッ!

やくざ「おい、娘!!」

 

その時、荒々しく戸を開けて入ってきたのは、

見るからに柄の悪い、三人のやくざ者。

 

ミカ「い、いらっしゃい・・・・・・」

やくざ「いらっしゃいじゃねえよ。今月の分、どうなってんだ」

ミカ「今月は、もう少し待って頂けませんか・・・・・・? 何分、色々苦しくて・・・・・・」

やくざ「ああ!? 舐めてんじゃねえぞコラ!!」

グイッ!

やくざ「だったらこの店で飯売るだけじゃなく、体でも売ったらどうだ、ああ!?」

ミカ「うう・・・・・・」

 

海未「待ちなさい」

ザッ
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2017/06/18(日) 23:33:46.18ID:snaWLqzb0
不意に海未が立ち上がり、

飯屋の娘の胸ぐらをつかむ、やくざ者共の前に立つ。

 

やくざ「ああ? なんだお前ェは」

やくざ「浪人風情が、邪魔立てするとためにならんぞ」

海未「私は昼飯を食べに来たのです」

海未「貴方がたに目の前で暴れられると、飯が不味くなる」

やくざ「ああん!? すっこんでろこの、」

 

ドグッ

やくざ「!!?」

 

海未に向かおうとしたやくざ者の鳩尾を、海未の刀の鞘が突く。

さらに間髪入れず、

 

ボゴッ

 

さらにもう一人の男の腹にも鞘の先を食らわせ、

思わず男たちが、その場に膝をつく。
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2017/06/18(日) 23:34:58.57ID:snaWLqzb0
やくざ「てめえ、」

 

残ったひとりが刀を抜こうとした瞬間、

 

ヒュンッ!

 

尋常でない剣速で抜刀された海未の刀の剣先が、

腰の刀に手をかけた男の、胸元をかすめる。

そして、男の胸元の着物だけが切り裂かれ、肌が覗いた。

 

パチン…

海未「――私は、とろろ飯が食べたいのです」

海未「失せなさい」

 

やくざ「ひっ・・・・・・ひええっ・・・・・・」

やくざ「ひえええ!!」

バタバタ
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2017/06/18(日) 23:36:13.44ID:snaWLqzb0
――やくざ者共が、我先にと退散した後。

飯屋に残り、悠々ととろろ飯を食す海未と、その傍らに立つ、飯屋の娘。

 

ミカ「お侍様、ありがとうございます・・・・・・なんとお礼を言ったら良いか」

海未「礼には及びません。私は昼飯が食べたかっただけですから」

海未「うむ、なかなか美味ですね」

ズルルッ

海未「――ふう、ご馳走様です」

海未「ときに、あの者たちは?」

ミカ「この宿場町を縄張りにする、やくざの一家の下っ端です・・・・・・」

ミカ「以前は、矢澤一家というのがこの町を取り仕切ってたんだけど、しばらく前に潰されちゃって」

ミカ「矢澤を潰して、新たに町を仕切ってるのが綺羅一家っていうんだけど、こいつらがとんでもなくてね」

ミカ「みかじめ料も馬鹿高いし、逆らえば容赦なく殺されるし、役人にも裏で金を回してやりたい放題」

ミカ「この前も、向かいの酒屋の主人が、高いみかじめ料に文句を言っただけで斬られちゃったの」

海未「・・・・・・ほう。なかなかの悪党ですね」

ミカ「最近じゃ、無法者をたくさん取り入れて、“悪来主(あらいず)”なんて名乗ってちょっとした軍団気取り・・・・・・」
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2017/06/18(日) 23:37:37.13ID:snaWLqzb0
ミカ「・・・・・・でも、まだ大丈夫」

ミカ「私たちには、太夫がいてくれるから・・・・・・」

海未「・・・・・・太夫が?」

海未「それは、一体――」

 

ガララッ

 

「――邪魔するよ」

 

ザッ…ザッ…

 

ミカ「――!!!」ビクッ

ミカ「お・・・・・・親分・・・・・・!!」ガタガタ

 

ツバサ「“悪来主”頭目――綺羅ツバサ」

ツバサ「貴方が、うちの三下を軽くいなしたっていう、お侍さん?」

 

海未「ほう――」

海未「噂をすればなんとやら。貴方が、綺羅とかいう一家の親分ですか」

ツバサ「親分、という呼び名は好きじゃないわ」

ツバサ「頭目とか首領、という方が好みね」
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2017/06/18(日) 23:42:16.92ID:snaWLqzb0
英玲奈「」ギロッ

あんじゅ「」ジロッ

 

ミカ(綺羅親分が自ら・・・・・・!? おまけに、幹部の統堂英玲奈や優木あんじゅまで・・・・・・!?)

ミカ(駄目だ・・・・・・この店も潰される・・・・・・おしまいだぁ・・・・・・!)ガタガタ

 

あんじゅ「聞けば、随分と剣の腕が立つみたいじゃなぁい」

英玲奈「――まさか貴様。この辺りのやくざ者や侍を次々に襲っているという、“隻腕の甚内”ではあるまいな」

ツバサ「落ち着きなさい。見たとこ、このお侍さんはちゃんと腕は二本ついているわ」

海未「・・・・・・・・・」

ツバサ「でも、三人を相手にして軽くあしらう剣の腕は見事」

ツバサ「どう? なんなら、用心棒として、うちの組で雇い入れてもいいわよ?」
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2017/06/18(日) 23:43:06.36ID:snaWLqzb0
海未「・・・・・・断ると言ったら?」

ツバサ「・・・・・・とろろ飯が、貴方の最後の食事になるかもね」

海未「・・・・・・・・・」グッ

英玲奈「!」

あんじゅ「」クスッ

ザッ

 

海未が腰の刀に手をかけ、

英玲奈とあんじゅの二人が身構えた――その時。

 

「――お待ちください」

 

まるで、殺気立った飯屋の中に、

華やいだ風が舞い込んだようであった。

鈴を転がすかのような声につられ、海未が入口に目を向けると――

そこに立っていたのは、着物の美しい麗人と、その脇で付き従う娘。

 

ツバサ「太夫・・・・・・!」
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2017/06/18(日) 23:43:38.86ID:/PWqfqZH0
噛ませ犬感異常
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2017/06/18(日) 23:44:03.73ID:snaWLqzb0
ミカ「花鳥太夫・・・・・・! 貴方まで・・・・・・!」

 

フミコ「太夫、こちらへ」

太夫「大丈夫です。ありがとう」

 

太夫と呼ばれた美人は、目が不自由なのか――

その両目は閉じられたままで、脇の娘が、太夫の手をとっている。

しかし、両目が閉じられたままでも、隠しきれぬ美しさと気品が、その場の人間を黙らせる。

 

太夫「――綺羅親分」

太夫「ここは、私の顔に免じて、刀をお納めくださいませ」

 

ツバサ「・・・・・・・・・」

ツバサ「――行くわよ、お前たち」

英玲奈「・・・・・・・・・」

あんじゅ「ふん」

ザッザッ…
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2017/06/18(日) 23:45:00.35ID:snaWLqzb0
綺羅一家が立ち去り――

太夫は、涼やかな微笑を浮かべ、海未の許へと歩み寄る。

 

太夫「貴方が――」

太夫「この飯屋の娘を助けてくださった、お侍様?」

 

海未は――

動くことが出来なかった。

答えることが出来なかった。

何故なら、太夫のその顔は、年月が経っているといえど、見間違う筈もなく――

 

海未(貴方は・・・・・・)

海未(ことり・・・・・・なのですか・・・・・・!?)
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2017/06/18(日) 23:47:16.55ID:snaWLqzb0
――その夜。

花鳥太夫や、芸妓たちが詰める置屋――

 

海未「・・・・・・・・・」

ソワソワ

 

ヒデコ「どうぞ、御遠慮なくおくつろぎください」

 

昼間、太夫についていたのとは別の芸妓が、

海未の前に、茶を置く。

 

海未「しかし・・・・・・良いのでしょうか」

海未「一介の浪人風情が、お邪魔させて頂いて・・・・・・」

ヒデコ「勿論、並のお客じゃここに上がらせりゃしません」

ヒデコ「しかし、太夫のたっての願いですからね」

海未「はあ・・・・・・」
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2017/06/18(日) 23:48:30.42ID:snaWLqzb0
フミコ「――太夫をお連れしました」

 

――その時。

芸妓に手を引かれ、奥の間から、太夫が姿を現す。

 

海未「・・・・・・・・・」

 

海未はしばし、その美しさに見惚れた。

髪を結い、小鳥と花の模様の、鮮やかな着物を身に纏い。

静かな微笑をたたえた、太夫の姿は――成程、この太夫目当ての客が絶えることがないのも、頷けた。

 

太夫「――花鳥太夫と申します」

太夫「改めて――ありがとうございました」

 

海未の前に座った太夫は、深々と頭を下げる。

 

海未「あ、頭をお上げください。私は、そんな――」

太夫「かつて、身寄りのない私を受け入れてくれたこの町の人たちは、私にとっては第二の家族も同然」

太夫「その町の人を助けて頂いた、心ばかりのお礼として」

太夫「今夜は、ここで風雨をお凌ぎくださいませ」

 

そう言って――顔を上げ、にこりと微笑む。
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2017/06/18(日) 23:49:49.56ID:snaWLqzb0
太夫「お名前を――教えて頂けますか」

海未「な、名前、ですか?」

海未(気づいていないのですか、ことり? 目が見えないから?)

海未「わ、私は、その――」

海未「――園崎、海右衛門(かいえもん)と申しますっ!」

 

なぜか海未は――正直に名乗ることが出来ず。

咄嗟に、名を偽った。

 

太夫「海右衛門――様?」

ニコリ

太夫「海右衛門様と、おふたりで話がしたいです」

太夫「ヒデコとフミコは、下がってよいですよ」

フミコ「え? ですが――」

ヒデコ「太夫が、そう言うなら。ほら、行くよ、フミコ」

 

スッ…

パタン
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2017/06/18(日) 23:51:09.30ID:snaWLqzb0
ザアアァー…

 

海未「・・・・・・・・・」

太夫「・・・・・・・・・」

 

しばし、ふたりきりとなった海未と太夫は、黙り込み。

部屋の中には、外で降り続ける雨の音だけが聞こえている。

 

海未(やはり――この顔、声。年月が経とうとも、見誤る筈がない)

海未(間違いない――ことり。何故貴方が、この町に――?)

 

やっと見つけた。やっと会えた。

それなのに、海未は、その喜びをどう表せば良いか、考えあぐねていた。

戸惑っていた。

ことりに、“あれ”から何があったのか――知るのが、怖かった。

海未が、“あれ”から変わってしまったのを――知られるのが、怖かった。
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2017/06/18(日) 23:52:10.28ID:snaWLqzb0
太夫「――海右衛門様は」

海未「!」

太夫「なぜ、旅をされておりますの?」

海未「・・・・・・・・・」

 

しばし、口をつぐんだのち――

海未は、正直に、答える。

 

海未「人を、探しております」

太夫「人を?」

海未「大切な――ふたりの、幼馴染です」

太夫「幼馴染――」
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2017/06/18(日) 23:53:23.69ID:snaWLqzb0
海未「ひとりは――」

海未「生きております」

太夫「・・・・・・・・・」

海未「そして、もうひとりは――」

 

 

――お父さん・・・・・・! お母さん・・・・・・! 雪穂・・・・・・!

――酷い・・・・・・こんなの・・・・・・酷すぎるよ・・・・・・!!

――あいつら・・・・・・許さない・・・・・・!

――絶対に・・・・・・仇(かたき)を、とってやる・・・・・・!!

 

 

海未「――死にました」

 

ザーッ…
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2017/06/18(日) 23:54:40.54ID:snaWLqzb0
海未「太夫は・・・・・・なぜ、この町に?」

太夫「・・・・・・・・・」

太夫「私は、かつて・・・・・・家族と、故郷を失いました」

太夫「間もなく、病にかかり・・・・・・光まで、失ってしまった」

海未「・・・・・・・・・」

太夫「流れに流れて――気づけば、この町にたどり着きました」

太夫「先程も申し上げましたが、この町の人たちは、身寄りのない私を迎え入れてくれた」

太夫「大切な、家族――ですから私は、この町を守らねばならないのです」

海未「・・・・・・・・・」 

海未(ことり・・・・・・私の知らぬ間に、貴方は、大変な苦労を・・・・・・)
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2017/06/18(日) 23:56:08.57ID:snaWLqzb0
海未「貴方は――この町の人たちを守る、と申されましたが」

太夫「・・・・・・・・・」

太夫「今、この町を取り仕切る綺羅一家――その横暴ぶりは、私もよく知っております」

太夫「ですが、綺羅の親分は、私にだけは手出しが出来ないのです」

海未「それは、一体――」

太夫「――惚れているからです。この私に」

海未「ああ――」

海未(合点がいった。惚れた女に強く言われれば、やくざの親分も無茶は出来ぬという訳か――)

 

海未は、わからなくなった。

ずっと会いたかったはずだ。実際、とても嬉しいはずなのだ。

しかし、年月は、自分とことりを変えてしまった。

ことりは、昔よりも随分、美しく、そして強くなったように見える。

しかし、自分は――

そう思うと、心に木枯らしが吹くような、一抹の寂しさが拭えないのだ。
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2017/06/18(日) 23:57:09.12ID:snaWLqzb0
太夫「――海右衛門様」

太夫「せめてもの御礼に――」

太夫「舞を、舞わせては頂けませんか」

海未「―――」

海未「――是非」

 

す、と、太夫が立ち上がり。

雨の音を音色代わりに、舞を舞う。

目の見えぬ、太夫の舞は――

この上なく美しく。

そして――どこか、悲しげだった。
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2017/06/18(日) 23:58:36.35ID:snaWLqzb0
海未「――見事な舞でございました」

 

舞い終え、跪いて深々と頭を下げる太夫に、海未は手を叩く。

 

太夫「――ありがとうございました」

海未「さて――もう夜もふけて参りましたし」

海未「私は、客間で休ませて頂きます――」

スッ

 

立ち上がり――海未が、太夫に背を向けた時。

すとん――と、海未の背中に、太夫が体を預ける。

 

太夫「海右衛門様――」

太夫「私は――・・・」

海未「・・・・・・・・・!」

 

海未は――す、と、体を離し。

 

海未「梅雨の長雨は、体を冷やします」

海未「ゆめゆめ、風邪などひかれぬよう――」

 

カララッ…

パタン

 

太夫「・・・・・・・・・」
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2017/06/18(日) 23:59:48.88ID:snaWLqzb0
部屋を出た海未は――

中庭越しに、空を見上げる。

黒く曇った空からは、星などひとつも見えず、

涙を流すように、雨粒がひっきりなしに落ちてくる。

 

海未(あの日から――)

海未(私の中では、ずっと雨が降り続いているような気がします)

 

海未は、自らの手を見る。

本当は、抱きしめたかった。

抱きしめ、自分こそが海未だと、園田海未であると、叫びたかった。

だが――

 

海未(ことりを、抱きしめるには――)

海未(私の手は――血で濡れすぎてしまった)

 

ザァァーッ…
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2017/06/19(月) 00:01:05.97ID:EmDJQILV0
――同じ日の、深夜。

町外れを、賭場帰りと思しき、二人組のちんぴらが歩く。

 

ザーッ…

 

男1「へへへ・・・・・・たんまり儲けたぜ」

男2「どうせなら酒屋をたたき起こして、しこたま飲むか」

男1「いいじゃねえか。芸妓も呼んでよ」

男2「俺たちゃ、天下の“悪来主”なんだからよぉ・・・・・・!」

ヒャハハハ

 

 

ザッ
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2017/06/19(月) 00:02:14.43ID:EmDJQILV0
男1「・・・・・・・・・!?」

 

そんな男たちの前に――

現れた、影。

 

「お前たち――」

「やくざ者か。悪党か」

 

男1「ああん? なんだてめぇは!!」

男2「だったらどうし、」

 

ザシュッ!!

 

男2「おごあっ!?」

ガクッ

ドサッ

 

突然――影は、刀を振るい。

男を、一刀のもとに、斬り捨てる。
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2017/06/19(月) 00:03:23.96ID:EmDJQILV0
男1「ひゃっ・・・・・・ひゃあああっ!?」

 

残る男が、手に持った提灯を取り落とし、

濡れた地面に落ちて灯が消える間際、一瞬、影の姿を照らす。

 

男1「かっ・・・・・・片腕・・・・・・!?」

男1「お、お前、まさか・・・・・・人斬りの・・・・・・!!」

男1「“隻腕の甚内”・・・・・・!?」

 

「―――」

 

ヒュンッ

ズバッ!!
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2017/06/19(月) 00:16:38.89ID:EmDJQILV0
――翌日。

置屋の芸妓から、人斬りがあったという話を聞き、

海未は、急ぎ町外れへと向かった。

 

ザーッ…

 

ザワザワ…

ヒソヒソ…

 

野次馬がひそひそと囁き合う中。

すでに死体は運ばれた後であったが、その場所の地面には、生々しく血の跡が残っている。

 

「斬られたのは綺羅一家のちんぴらだとよ」

「綺羅一家が、血眼(ちまなこ)で下手人を探してるって話だぜ」

ヒソヒソ

 

海未「・・・・・・・・・」

海未(まさか・・・・・・“隻腕の甚内”が、ここに・・・・・・?)
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2017/06/19(月) 00:18:04.69ID:EmDJQILV0
ミカ「あ! 昨日の、お侍様!」

海未「貴方は、飯屋の・・・・・・」

ミカ「こんな所にいたんですか!? 大変、大変なんですよ!!」

海未「一体、何が――」

ミカ「綺羅一家が、下手人はお侍様なんじゃないかと言って――」

ミカ「先刻、芸妓の置屋に乗り込んできたそうなんですよ!!」

海未「なんですって――!?」

ミカ「お侍様を出せと言って、暴れてるらしくて――」

ミカ「早く、早く行ってあげてください!!」

海未「・・・・・・!!」

ダッ!!
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2017/06/19(月) 00:18:58.90ID:EmDJQILV0
海未は――

傘を投げ捨て、雨に濡れることも厭わず、走る。

 

海未(なんということですか・・・・・・私としたことが、迂闊でした)

海未(私がもう少し、置屋にとどまっていれば――!)

ギリッ

海未(お願いです。間に合ってください――!)

 

ダダダダッ
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2017/06/19(月) 00:20:27.30ID:EmDJQILV0
海未「――!!」

 

たどり着いた置屋は――

入口の戸は壊され。

嵐が過ぎ去った後のように、静まり返っていた。

 

海未「くっ・・・・・・!!」

ダダッ

 

置屋の中に駆け込む。

中は、土足で踏みにじられたらしく泥だらけで、荒らされ放題であった。

 

海未「誰かいないか!! 誰か――!!」

 

ヒデコ「く・・・・・・お・・・・・・」

フミコ「お・・・・・・お侍、様・・・・・・?」

 

――その時。

太夫の座敷の前で、血まみれになって倒れているふたりの芸妓が、

弱々しい声で、海未を呼ぶ。
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2017/06/19(月) 00:21:51.04ID:EmDJQILV0
海未「――しっかり!!」

ミカ「うわぁ、うわ、血が・・・・・・!!」

 

後から追いついた飯屋の娘が、血を見て思わずたじろぐ。

 

ヒデコ「お、お侍、様・・・・・・」

フミコ「太夫が・・・・・・連れて、行かれました・・・・・・」

海未「――なんですって!?」

ヒデコ「下手人探しは、ただの、口実・・・・・・」

フミコ「本当は、これをいい機会とばかりに・・・・・・意に沿わない太夫を、無理矢理、自らのものにしようと・・・・・・!」

海未「・・・・・・!!」

ヒデコ「お願いです・・・・・・お侍様・・・・・・」

フミコ「太夫を・・・・・・助けて・・・・・・ください・・・・・・」

海未「・・・・・・っ!!」

ギリッ

海未「――娘さん。貴方は、この方々の手当てを」

ミカ「は、はい・・・・・・! お侍様は・・・・・・!?」

海未「綺羅一家のもとに――」

海未「――乗り込みます」
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2017/06/19(月) 00:24:59.18ID:EmDJQILV0
――かつて海未は、音ノ木藩という小さな藩の城下町に住んでいた。

父親は、奉行所に勤める下級武士。

慎ましやかではあったが、父と母と三人、幸せな日々を過ごしていた。

 

海未には、幼馴染と呼べる友がいた。

ひとりは、町一番の呉服屋の娘、ことり。

そして――もうひとり。

ことりの呉服屋の隣にあった、和菓子屋の娘。

 

名を――穂乃果。
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2017/06/19(月) 00:26:06.26ID:EmDJQILV0
三人は、武士や町人という身分を越え、共に過ごし、共によく遊んだ。

 

穂乃果が、海未の父に、剣の稽古をつけてもらったり。

海未が、ことりの呉服屋で、綺麗な着物を着させてもらったり。

海未とことり、そして穂乃果の三人で、穂乃果の店の饅頭を食べたり。

 

そんな、平凡で、幸せな日々が、ずっと続くと信じてやまなかった。

――あの日までは。
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2017/06/19(月) 00:27:41.28ID:EmDJQILV0
ことりの呉服屋が、野盗の集団に襲われたのは、

梅雨の、冷たい雨が降る日のことだった。

 

町の人の話では、ことりの呉服屋は城下町一の店であったから、狙われたのだろうということだった。

夜半に野盗が忍び込み、家人に気づかれ――

野盗集団は、家中の人間を、次々と斬った。

そして、金品を粗方盗み出したのち――

店に、火を放った。

燃え盛る火は、冷たい五月雨をものともせず、

隣の穂乃果の和菓子屋を巻き込んで――全てを焼き尽くした。

 

ことりの呉服屋も、穂乃果の和菓子屋も、全てが燃え落ち。

生き残ったのは――偶然、海未の家に泊まりに来ていた、穂乃果とことりだけだった。
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2017/06/19(月) 00:29:06.11ID:EmDJQILV0
海未『父上・・・・・・父上ぇーー!!』

 

海未もまた、父を亡くした。

呉服屋が野盗に襲われた報を聞いた海未の父は、同心として誰よりも早く呉服屋に向かい、

火を放った野盗に出くわし、奮戦するも、斬り殺されたのだった。

 

ことり『お母さん・・・・・・お父さん・・・・・・』

穂乃果『ああ・・・・・・あ、あ・・・・・・!!』

 

ザァァーッ

 

ことりと穂乃果もまた、炭の山と化した自分たちの家と、

焼き殺された家族の亡骸を前にし、悲嘆に暮れていた。

一夜にして、全てを失った三人の涙雨が――

とめどなく、流れ続けていた。
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2017/06/19(月) 00:30:22.94ID:EmDJQILV0
穂乃果『お父さん・・・・・・! お母さん・・・・・・! 雪穂・・・・・・!』

穂乃果『酷い・・・・・・こんなの・・・・・・酷すぎるよ・・・・・・!!』

穂乃果『あいつら・・・・・・許さない・・・・・・!』

 

ガッ…!

 

穂乃果は――焼け跡に落ちていた、

誰のものとも知れぬ、焼け焦げた刀を手にし――

 

穂乃果『絶対に・・・・・・仇(かたき)を、とってやる・・・・・・!!』

 

ダッ!!

 

雨の中を――走り出した。

 

海未『穂乃果っ・・・・・・! どこへ行くのですか!?』

海未『穂乃果ぁ――!!!』
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2017/06/19(月) 00:31:48.91ID:EmDJQILV0
それから、遺された海未と母親は、遠い血縁を頼って、音ノ木を離れた。

家と家族、全てを失ったことりが、その後どうなったのかは、杳として知れなかった。

刀を持ち、飛び出した穂乃果は、そのまま二度と戻っては来なかった。

噂では、野盗に返り討ちに逢い、死んだのだろう――とのことだった。

 

その日から、三年の月日が経ち。

今から、二年前――海未の母が、死んだ。

病床の母を看取ったのち――海未は自ら、世話になっていた当時の家を出奔し、浪人となって旅に出た。

自らの、幼馴染を――探すために。
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2017/06/19(月) 00:33:30.46ID:EmDJQILV0
ザァァーッ…

 

海未「五月雨の――」

 

雨の中。

海未は、ぽつりと、呟く。

 

海未「空だにすめる月影に――」

海未「涙の雨は――はるるまもなし」

 

海未(あの日から――ずっと、降り続いている)

海未(私の中の――五月雨は)

 

そして――

海未は、綺羅一家の屋敷の、門前に立った。
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2017/06/19(月) 00:59:29.32ID:EmDJQILV0
――綺羅一家の屋敷。

猪口を傾ける、綺羅の親分が――

傍らの太夫に、語りかける。

 

ツバサ「――もういい加減、観念したら」

ツバサ「貴方は、うちの組の者を斬り殺した下手人を匿った――」

ツバサ「その、償いをしてもらわないとね」

太夫「・・・・・・・・・!」キッ

太夫「あのお侍様は、下手人などではありません」

ツバサ「ふん。どうだか」

ツバサ「ただ、貴方がそう言い張っても、血の気の多いうちの組の者たちは納得しないでしょうね」

ツバサ「貴方が償わなければ、あの侍を血祭りにあげてしまうかも――」

太夫「貴方は・・・・・・卑怯者です・・・・・・!!」

ツバサ「・・・・・・ふふっ」

英玲奈「――ツバサ」

スッ

ボソボソ

 

幹部の統堂英玲奈が、何かをツバサの耳元で囁き――

一瞬、表情が険しくなったのち――

ツバサは、口の端を上げる。

 

ツバサ「ほぉ・・・・・・?」
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2017/06/19(月) 01:00:41.49ID:EmDJQILV0
やくざ「相手はひとりだ!!」

やくざ「斬り殺せぇ!!」

ウォォォッ!!

 

――矢継ぎ早に斬りかかる、やくざ者達の刀を。

 

キキンッ!

ギンッ!

 

海未は――尽く、受け止め。

 

ザッ!

ザシュッ!

やくざ「ぎゃっ!!」

やくざ「ぐわっ!!」

 

腕や脚を斬りつけ、叩き伏せる。

 

海未「命までは、獲りません」

海未「しばらくは、大人しくしていてもらいますが――」
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2017/06/19(月) 01:01:50.24ID:EmDJQILV0
バンッ!

 

あんじゅ「――はぁい♪」

 

海未が襖を蹴り破り、

乗り込んだ広間の中に――いた者は。

 

海未(確か――幹部の、ひとり)

あんじゅ「強いわね、貴方。雑魚じゃ相手にならなそうだし」

あんじゅ「私が――お相手してあげるわっ!!」

ダッ!!

 

海未「!!」

ギンッキィンッ!!

 

両手に小太刀を持った優木あんじゅが、左右の刃で斬りかかり、

海未がそれを、かろうじて刀身で受ける。

 

海未(小太刀の・・・・・・二刀流・・・・・・!?)
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2017/06/19(月) 01:03:23.38ID:EmDJQILV0
あんじゅ「へえ・・・・・・私の二刀流を、受けるなんて」

あんじゅ「でも、いつまでかわせるかしらっ!?」

ギンッ! キキンッ!

あんじゅ「貴方の剣も、随分速いみたいだけど――」

あんじゅ「私の小太刀も、速いわよっ!!」

キキンッ! ギンッ!

 

矢継ぎ早に左右から小太刀を繰り出すあんじゅの剣撃を、海未はかろうじて受ける。

そして――

 

ギインッ!

 

あんじゅ(そこ――)

 

右の小太刀を、刀で受けた海未の――

左に、隙が生まれる。

 

あんじゅ(もらった!!)

 

ヒュッ!!

 

ガキィッ!!
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2017/06/19(月) 01:04:41.44ID:EmDJQILV0
あんじゅ「・・・・・・っ!?」

 

左の小太刀で、脇腹を突いたと思ったあんじゅは――目を見張る。

海未は、咄嗟に刀から右手だけを離し――

左手の刀で、あんじゅの右の小太刀を受け止めたまま。

右手で脇差を抜き、左の小太刀を、防いでいた。

 

あんじゅ(この一瞬の攻防で、咄嗟に刀から片手を離すなんてことが――!?)

あんじゅ(そんな馬鹿な、)

 

海未「うあああっ!!!」

グワッ

 

海未はそのまま、力任せにあんじゅを押し返す。

あんじゅの体が海未から離れた、その一瞬を突き、

 

ザスッ!!

 

あんじゅ「うああっ!?」

 

脇差で――あんじゅの、両手の指を、斬りつける。
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2017/06/19(月) 01:05:34.95ID:EmDJQILV0
あんじゅ「ぐぅぅ・・・・・・ゆ、指が・・・・・・!!」

あんじゅ「お、おのれ、」

 

ガンッ!

 

あんじゅ「―――」

ドサッ

 

海未は刀の峰であんじゅの頭を殴りつけ、

あんじゅは、その場に昏倒する。

 

海未「死にはしない――」

海未「しかし――もう、そんなものは、振り回せなくなるでしょうね」
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2017/06/19(月) 01:06:51.85ID:EmDJQILV0
スタ…スタ…

バンッ!

 

さらに奥へと、歩みを進め――

海未は、奥の間の襖も、蹴り破る。

そこにいたのは――

 

太夫「海右衛門、様・・・・・・!?」

ツバサ「あら――いらっしゃい」

ツバサ「あんじゅを倒してきたみたいね――流石だわ」

 

綺羅ツバサ――そして、花鳥太夫。

その周りの、護衛役のやくざ者達。

 

やくざ「て、てめぇっ!!」

やくざ「ぶっ殺してやらぁっ!!」

海未「――やめておいた方がいい」

海未「命までは獲りませんが――」

海未「不自由な身の上になるやもしれませんよ」ギロ…

やくざ「・・・・・・っ!!」
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2017/06/19(月) 01:08:18.12ID:EmDJQILV0
海未が凄むと、周りのやくざ者達は、縮み上がる。

 

ツバサ「あー、駄目駄目。あんた達じゃ、相手にならないわ」

ツバサ「だから、“相手”は――」

 

海未「――!」ピクッ

バッ

 

ドカッ!!

 

海未が一瞬、殺気を感じて、その場から飛び退いた瞬間、

残っていた襖から、勢い良く槍の穂先が飛び出した。

 

英玲奈「ほぉ・・・・・・?」

英玲奈「気づかれたか」

 

襖の裏から現れたのは、

長い穂先の槍を携えた、幹部の統堂英玲奈――!
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2017/06/19(月) 01:09:47.54ID:EmDJQILV0
英玲奈「退(の)いていろ」

 

英玲奈が、周りのやくざ者達に一言呟いた次の瞬間、

 

ブンブンッ!

バキドカッ!

 

英玲奈は槍を振り回し、周りの襖や障子ごと破壊しながら、海未に向かってくる――!

 

太夫「海右衛門様っ!?」

ツバサ「ははっ。見えないだろうが、じきにあの侍は細切れになる」

ツバサ「全く、仕様の無い奴だ。英玲奈、あまり周りの物を壊すなよ!」

 

海未(くっ、周りの物ごと・・・・・・! 何という馬鹿力!)

海未(それに、ああ振り回されては、うかつに間合いに入ることも出来ない――!)
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2017/06/19(月) 01:12:02.34ID:EmDJQILV0
海未「・・・・・・・・・」

英玲奈「・・・・・・・・・」

 

両者は、しばし、睨み合う。

しかし、海未の間合よりも、英玲奈の間合の方が広いのは、自明の理。

英玲奈も、それがわかっていて――

僅かに口元に笑みを浮かべ、動こうとした、その刹那。

 

ドカッ!!

 

英玲奈「――あっ」

英玲奈「ああああああっ!!?」

 

見る者が――目を疑る。

英玲奈の、左肩に――

海未の握っていた刀が、突き刺さっていた。
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2017/06/19(月) 01:13:46.23ID:EmDJQILV0
英玲奈(投げた、だと!? 自らの刀を!?)

英玲奈(そんな、馬鹿なことが、)

 

ダダッ!

 

英玲奈の体勢が崩れた隙を逃さず、

 

ドガッ!

 

一瞬で英玲奈との間合を詰めた海未が、英玲奈の眉間目掛け、

脇差の柄を直撃させる。

 

英玲奈「―――」

 

そのまま英玲奈は、ものも言わずに昏倒した。
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2017/06/19(月) 01:15:10.03ID:EmDJQILV0
ズプッ…

バッ!

 

英玲奈の肩から、刀を引き抜いた海未が、

刀を振るい、刀身の血を払う。

 

海未「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」

ギロッ

 

そして――

視線を、綺羅ツバサと、残ったやくざ者達に向ける。

 

ツバサ「・・・・・・・・・!」

やくざ「ひ、ひえっ・・・・・・!!」

やくざ「え、英玲奈さんまで・・・・・・!!」

ツバサ「怯むんじゃねぇ・・・・・・何やってやがる!!」

ツバサ「相手はもうボロボロだ!! 囲め!!」

ツバサ「全員でぶち殺せ!!」

やくざ「う、う、」

やくざ「うおおおおおっ!!!」
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2017/06/19(月) 01:16:44.76ID:EmDJQILV0
ザアアァーッ…

 

――体に打ち付ける冷たい雨。

刀を抜いた、五、六人のやくざ者が、

海未を取り囲み、じりじりと迫る。

 

海未「」ブツ…ブツ…

やくざ「・・・・・・!? な、なんだ、こいつ・・・・・・!?」

 

海未「・・・・・・ああ・・・・・・無情・・・・・・」

海未「この、世界は・・・・・・」

 

やくざ「こ、こいつ・・・・・・唄って、やがる・・・・・・!?」

やくざ「舐めやがって!! ぶっ殺せ!!」

 

その刹那、
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2017/06/19(月) 01:19:27.88ID:EmDJQILV0
ザスッ!

やくざ「ぐあっ!?」

 

一瞬で手を斬りつけられたやくざ者が、刀をその場に取り落とす。

 

海未「悲しみに・・・・・・満ち、てる・・・・・・」

 

シュバッ!

ザンッ!

やくざ「ぎゃあっ!?」

やくざ「ああっ!!」

 

海未「それでも、いい・・・・・・出会えた、ことが・・・・・・」

 

腕を、脚を、目に映る間もなく、次々に海未の刀が斬り裂き。

瞬く間に、取り囲むやくざ者を、海未は斬り伏せる。

 

海未「喜びなの・・・・・・そうでしょう―――・・・?」

 

ザアアァーッ…

 

その時――

屋敷の陰から――血濡れの舞台を、窺う影。

 

「流石だね――海未ちゃん」
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2017/06/19(月) 02:36:28.01ID:EmDJQILV0
ツバサ「浪人んんんんっ!!!」

 

と――その時。

座敷にいた綺羅ツバサが、立ち上がり――

傍らの太夫に、銃を突きつけている。

 

海未「貴様・・・・・・!!」

 

太夫「海右衛門様っ・・・・・・!!」

ツバサ「虚仮にしてくれてっ・・・・・・だがこれなら手出し出来ないでしょう!?」

ツバサ「そこを動くなよ!? 動いたら太夫の命は無い!!」

ツバサ「今こそ、我が“悪来主一刀流”の剣技、見せて――」

 

ズブッ

 

ツバサ「―――」

ツバサ「・・・・・・・・・え?」
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2017/06/19(月) 02:37:52.16ID:EmDJQILV0
海未「――!?」

 

海未は、目を見張る。

綺羅ツバサの、胸から――

血濡れの、刀身が生えていた。

 

プッ

プシュウウッ

 

ツバサ「あっ・・・・・・あがあぁぁぁぁっ・・・・・・!!?」

 

胸を貫いた刀身の先から、血が勢い良く吹き出し。

 

ズボッ

 

一気に背中から引き抜かれた後――

綺羅ツバサは倒れ、絶命した。

 

太夫「あ・・・・・・ああ・・・・・・!!」

ガクッ

ドサッ

 

見えなくとも――血の匂いと、断末魔の声に、察したのであろう。

太夫が、意識を失い、その場に倒れた。
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2017/06/19(月) 02:39:37.55ID:EmDJQILV0
ザァァーッ

 

海未「あ・・・・・・」

海未「貴方は・・・・・・!!」

 

「ふ、ふふ、ふ・・・・・・」

 

倒れたツバサの背後から、影のように、現れた者。

ボロボロの着流しを着込み。

左手は――着物の裾に、隠れ。

右手に――血濡れの、焼け焦げた刀を握っている。

 

海未「矢張り――貴方だったのですね」

海未「“高坂甚内”などと言う、かつての盗賊の名を名乗っていることで、ピンときました」

海未「“隻腕の甚内”――否――」

 

海未「――高坂穂乃果っ!!」

 

穂乃果「久しぶりだね――海未ちゃん」
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2017/06/19(月) 02:40:58.59ID:EmDJQILV0
穂乃果「それにしても――流石だね、海未ちゃん」

穂乃果「誰の命も奪ってない。斬ってるのは、腕とか脚とかばかり」

穂乃果「ひとりも殺さず、ここまで来るなんて――だけど」

 

ヒュンッ

バッ

 

穂乃果が、刀を振るい――

刀身についた血が、座敷の襖に飛び散る。

 

穂乃果「甘いよ――悪党は、ちゃんと殺さなきゃ」

 

海未「穂乃果っ・・・・・・!」ギリッ
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2017/06/19(月) 02:42:18.69ID:EmDJQILV0
海未「昨夜、やくざ者を殺したのも――貴方の仕業ですね」

穂乃果「そうだよ」

海未「“隻腕の甚内”などと呼ばれ――あちこちで、盗賊ややくざ者、侍を殺めているのも」

穂乃果「そうだよ」 

海未「貴方はっ・・・・・・!」ギリッ

チャキッ

 

海未は――穂乃果に向け、刀を構える。

 

海未「“隻腕の甚内”が貴方なのではないかと考えてから――私は、貴方の足取りを追っていたのです」

海未「貴方を――止めるために」

穂乃果「誤解だよ、海未ちゃん。穂乃果が殺してるのは、悪党だけ」

穂乃果「盗賊や町の人を苦しめるやくざ、そして裏で汚いことをしている腐った役人や侍共だよ」

海未「――それでもっ!!」
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2017/06/19(月) 02:43:43.71ID:EmDJQILV0
海未「私は――貴方を止めねばならない」

海未「例え、貴方の心が――憎しみで、満ちていようとも」

穂乃果「なんだ――わかってるじゃない、海未ちゃん」

ギロッ…

海未「・・・・・・っ!!」ゾクッ

 

穂乃果「穂乃果は――憎いの。憎くて、憎くて、たまらないの」

穂乃果「穂乃果たちから、全てを奪った、悪党も、盗賊も――侍も」

 

それは――かつての、無邪気な頃とは、似ても似つかない。

冷え切った氷のようで、相手を射殺すかのような、眼差し――

 

穂乃果「止められるものなら――」

穂乃果「止めてみなよ。海未ちゃん」

ニィィ…

海未「・・・・・・・・・!!」
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2017/06/19(月) 02:44:47.17ID:EmDJQILV0
と――

不意に、穂乃果が、床に倒れていることりのもとへ、屈みこみ。

そっと、頬を撫でる。

 

穂乃果「生きてたんだね――ことりちゃん」

穂乃果「良かった・・・・・・」

ニコ

穂乃果「・・・・・・さようなら」

 

海未「・・・・・・!」ピクッ

 

そして穂乃果は、再び立ち上がり――海未に、向かい合い。

 

穂乃果「じゃあ、待ってるよ――海未ちゃん」

 

ダッ!

ババッ!

 

そのまま、驚異的な身のこなしで、

中庭を走り、塀を駆け上がり、外に飛び降りて行ってしまった。

 

海未(穂乃果――・・・!!)
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2017/06/19(月) 03:31:55.50ID:EmDJQILV0
ザァァーッ…

 

ザッ…ザッ…

 

海未は、雨の中、歩く。

穂乃果と、決着をつけるために。

 

海未(穂乃果・・・・・・)

 

穂乃果が――どこに消えたのか。

しかし海未には、見当がついていた。

 

海未(昔は、よく――私たち、三人で)

海未(近所の神社の境内で――遊んでいましたからね)

 

海未が、たどり着いたのは――

町外れの、寂れた神社。
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2017/06/19(月) 03:34:08.02ID:EmDJQILV0
海未「貴方が消えた、“あの日”からの五年間――」

海未「貴方の身に、何があったのかは――あえて、問いません」

海未「その、失われた左腕と――貴方の、凄まじいまでの剣力を見るだけで」

海未「貴方が、どんなに過酷で、壮絶な日々を過ごしていたのか――わかりますから」

穂乃果「・・・・・・・・・」ニッ…

穂乃果「海未ちゃん――あの後、穂乃果はことりちゃんの店を襲った野盗を探し出して――」

穂乃果「ひとり残らず、斬った」

海未「・・・・・・・・・」

穂乃果「まあ、その時、この左手も斬られちゃったんだけどね」

穂乃果「でも――穂乃果の復讐は、それで終わらなかった」

海未「・・・・・・・・・」 
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2017/06/19(月) 03:35:23.15ID:EmDJQILV0
穂乃果「知ってる――? 海未ちゃん」

穂乃果「あの時の、野盗がことりちゃんの店を襲った一件――」

穂乃果「町の役人は、“襲われること”を知っていながら、知らんぷりしてたってこと」

海未「・・・・・・・・・」

穂乃果「穂乃果が斬った野盗から、殺す前に聞き出したの」

穂乃果「あの城下町では――頻繁に、役人に対して、商人と、その裏にいるやくざから賄賂が送られていた」

穂乃果「だけど、ことりちゃんのお父さんとお母さんが、もうこんなことはやめようって言い出した」

穂乃果「周りの商人たちは、ことりちゃんの呉服屋が城下町一の店だということも手伝って――」

穂乃果「ことりちゃんの店を、“消そう”と考えた」

海未「・・・・・・・・・」 
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2017/06/19(月) 03:36:53.63ID:EmDJQILV0
穂乃果「そうだよ。あの野盗を雇って、ことりちゃんの店を襲わせたのは、町の商人と、その裏のやくざたち!!」

穂乃果「そして町の役人と奉行所には、あらかじめ金を渡して、見て見ぬふりをするように仕向けた!!」

穂乃果「だから――知ってたんだよねぇ!?」

穂乃果「奉行所に勤めてた――海未ちゃんの、お父さんも!!」

海未「・・・・・・・・・」

海未「ええ――知っていました」

海未「しかし父は、むざむざ野盗に襲われることを知っていながら、それを黙っていることに、最後まで苦しみ――」

海未「上の役人からの禁を破り、ことりの呉服屋へ駆けつけ、そこで命を落とした」

海未「このことは――病床の母が、亡くなる間際に話してくれました」
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2017/06/19(月) 03:38:13.97ID:EmDJQILV0
穂乃果「だからと言って――海未ちゃんのお父さんの罪が、消える訳じゃない」

穂乃果「それから――穂乃果は、思ったの」

穂乃果「この世から、“悪党”をひとり残らず消してやる――!!」

穂乃果「盗賊も、やくざも、役人も、侍も!!」

穂乃果「誰かが傷つく前に――私が、この手で」

海未「穂乃果、貴方は――!」

穂乃果「ねぇ、海未ちゃん知ってる?」

ニヤッ

穂乃果「近くの町で、侍連中が斬り殺された、って」

穂乃果「あれやったのも穂乃果。そして、その侍連中は、あの時の城下町にいた役人たちなんだよ!!」

穂乃果「すごいでしょ? 穂乃果、復讐果たせたんだよ? なのに――」

チャキ…

穂乃果「私の中の、“憎しみ”は――まだ、晴れない」
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2017/06/19(月) 03:39:17.65ID:EmDJQILV0
海未(穂乃果――)

海未(貴方は――変わってしまったのですね)

海未(あの頃の、貴方は――もう、いないのですね)

海未「――ならば」

 

チャキッ

 

海未「貴方の中の、憎しみごと――」

海未「私が、斬る」

 

穂乃果「出来るかな――?」

ダッ!

穂乃果「――海未ちゃんにさぁ!!」

 

ギイインッ!!
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2017/06/19(月) 03:40:15.16ID:EmDJQILV0
海未「ぐぅっ・・・・・・!!」

 

一瞬で間合を詰めた、穂乃果の刀を――

海未は、かろうじて受け止める。

 

ギリギリッ

穂乃果「どうしたの・・・・・・?」

キインッ!

穂乃果「――海未ちゃんっ!!」

ヒュッ

ガキィッ!!

海未「うっ・・・・・・ああっ!!」

キィィン!

 

鍔競りから弾かれ、間髪入れずに襲い来る穂乃果の刀を、

これもかろうじて受け、打ち払う海未。

 

海未(なんという速さ――そして、重さ!!)

海未(これが、隻腕の剣――!?)
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2017/06/19(月) 03:41:16.31ID:EmDJQILV0
海未「はぁ、はぁ・・・・・・」

穂乃果「――所詮、人も殺せない海未ちゃんの剣は、その程度」

穂乃果「海未ちゃんに――穂乃果の気持ちは、わからない」

海未「・・・・・・・・・」

 

ザァァーッ…

 

海未「わかりますよ――私にも」

海未「私も――」

 

スッ

 

海未「人を殺めたことが、あります」

 

穂乃果「―――」

 

ザァァーッ
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2017/06/19(月) 03:42:14.64ID:EmDJQILV0
海未「母から、事の真実を聞き――」

海未「父もまた、あの一件に少なからず加担していたことを知り」

海未「出奔し、浪人となった私は、わからなくなっていた」

海未「正義とは――悪とは、なんなのか」

穂乃果「・・・・・・・・・」

海未「貴方のように、悪人を憎みもした」

海未「そして、ある時――訪れた貧しい村で、村人たちに請われ」

海未「村を襲う、山賊たちを――斬り殺しました」

穂乃果「・・・・・・・・・」 
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2017/06/19(月) 03:43:17.31ID:EmDJQILV0
海未「しかし、私は――怖くなってしまったんです」

海未「どういった形であれ――自らが、他人の命を奪ったということに」

海未「そういった意味では、確かに私は、貴方の言う通り、弱い人間なのかもしれません」

海未「ですが、私は――弱い人間でいい」

穂乃果「・・・・・・・・・」

海未「私が、村人を守るため、人を殺めたこと――正しかったのかどうか」

海未「未だに、答えは出ていません」

海未「だから、私は――会って、相談したかった。話をしたかった」

海未「貴方と――ことりに」

穂乃果「ふうん・・・・・・」

クスッ

穂乃果「優しいんだね――海未ちゃんは」
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2017/06/19(月) 03:44:21.76ID:EmDJQILV0
穂乃果「だけど――穂乃果は。海未ちゃんみたいには、なれない」

穂乃果「穂乃果の中に、優しい気持ちは――」

穂乃果「――もう、残っていないから」

海未「穂乃果――」

穂乃果「さ――」

穂乃果「決着をつけよう。海未ちゃん」

海未「・・・・・・・・・」

 

パチン

 

海未は――無言で。

刀を、腰の鞘に収める。

 

穂乃果「へぇ――」

穂乃果「居合、だね」
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2017/06/19(月) 03:45:32.10ID:EmDJQILV0
ザァァーッ…

 

雨の中。

暗い、神社の境内で。

二人の、剣士が――対峙する。

既にお互い、間合に入っている。

どちらかが動けば――

一瞬で、終わる。

それ故――動けない。

なんの切欠(きっかけ)も無ければ――

この膠着が、永遠に続くかと思われた――

その刹那。

 

「――もうやめてっ!!」

「穂乃果ちゃん!! 海未ちゃん!!」

 

穂乃果「!!」

海未「!!」
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2017/06/19(月) 03:46:43.18ID:EmDJQILV0
その叫びと、同時に――

穂乃果は刀を振り。

海未は刀を抜く。

穂乃果の刀が、逆袈裟に振るわれる――

それより、一瞬速く。

海未の刀が、下から、刀を持つ穂乃果の右腕を斬る。

雨中に、ぱっと、鮮血が飛び散り――

穂乃果の刀は、海未に致命傷を与えるには至らず。

海未の肩を、斬り裂くに留まる。

海未の血飛沫もまた、花を咲かせるように飛び――

二人は同時に、地に膝をついた。
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2017/06/19(月) 03:48:04.29ID:EmDJQILV0
穂乃果「ぐ・・・・・・うぅ・・・・・・!!」

海未「右腕の・・・・・・腱を、斬りました」

海未「もう、貴方は・・・・・・今までのように、刀は振るえない」

穂乃果「海未ちゃん・・・・・・私を、殺すつもりじゃなく・・・・・・」

穂乃果「最初から、腕だけを狙って・・・・・・!!」

海未「貴方から、剣を奪うことは――」

海未「今の貴方を殺すことと、同義でしょう」

穂乃果「・・・・・・・・・!!」

 

ことり「海未ちゃん、穂乃果ちゃん・・・・・・!!」

ことり「もう・・・・・・もう、やめて!!」

バシャバシャ

 

花鳥太夫――否、ことりが、その場に駆け寄り。

うずくまる、二人の体を――かき抱いた。

目の見えない中、雨中を、何度も転びながら駆けつけたであろうことりの体は、泥にまみれていた。
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2017/06/19(月) 03:49:13.85ID:EmDJQILV0
ことり「せっかく、また会えたのに・・・・・・こんなこと・・・・・・!!」

海未「こ・・・・・・ことり・・・・・・」

海未「貴方は・・・・・・気づいて、いたんですか・・・・・・?」

ことり「本当は・・・・・・昨日、飯屋で会った時から。気づいてた――海未ちゃんだって」

ことり「当たり前だよ。海未ちゃんの声を、忘れるはずない――」

ことり「穂乃果ちゃんだって――!」

穂乃果「・・・・・・!!」

ことり「私・・・・・・この、五年間・・・・・・」

ことり「ずっと、二人に会える時のことを夢見て、頑張ってきたんだもの・・・・・・!!」

穂乃果「ことり、ちゃん・・・・・・」
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2017/06/19(月) 03:50:34.77ID:EmDJQILV0
ことり「ね、穂乃果ちゃん――もう、やめよう?」

ことり「もう――休んで、いいんだよ?」

 

ことりの、閉じられた両目から――

大粒の涙が、零れ落ちる。

 

穂乃果「ことり、ちゃ・・・・・・」

穂乃果「でも・・・・・・私は・・・・・・」

ことり「穂乃果ちゃんだけが、憎しみに縛られることない」

ことり「つらいなら、ことりがそばにいてあげたい。話を聞いてあげたい」

ことり「だって――ことりだって、つらいから」

ことり「それに――」

ポロポロ…

ことり「穂乃果ちゃんと、海未ちゃんは・・・・・・ことりの、大切な友達だもの・・・・・・!!」

穂乃果「――!!」
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2017/06/19(月) 03:52:28.77ID:EmDJQILV0
穂乃果「だけど。だけど、もう、私は――」

海未「――穂乃果。貴方は、自分の中に優しさは・・・・・・もう、残っていないと言いました・・・・・・」

海未「ですが――」

 

――生きてたんだね、ことりちゃん。

――良かった・・・・・・

――さようなら。

 

海未「あの時の、ことりに語りかけた時の表情は――」

海未「とても、優しかった」

穂乃果「・・・・・・・・・!!」
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2017/06/19(月) 03:55:02.03ID:EmDJQILV0
穂乃果「・・・・・・」

穂乃果「・・・・・・・・・」

穂乃果「ねえ・・・・・・海未ちゃん」

穂乃果「もう、私たち・・・・・・あの頃には・・・・・・戻れないのかな?」

海未「・・・・・・・・・」

海未「人は――昔に、戻ることは出来ません」

海未「ですが――」

海未「前に進むことなら、出来るのですよ」

穂乃果「―――」

 

空を見上げた、穂乃果の両目から。

つつ――と。

涙が、頬を伝った。

 

穂乃果「その、言葉――」

穂乃果「五年前に――聞いときたかったな」
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2017/06/19(月) 03:56:43.83ID:EmDJQILV0
――その時。

 

穂乃果「あ――」

 

雨が――

 

海未「――やんだ」

 

そして――雲が切れ。

その、隙間から――

月が、顔を覗かせる。

 

ことり「月が――」

 

海未(――五月雨の)

海未(空だにすめる月影に――)

 

月の、柔らかい光に照らされながら――

海未の、意識は――深淵深く、消えていった。
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2017/06/19(月) 04:00:16.41ID:EmDJQILV0
――五日のち――

 

ヒデコ「――調子はどうですか、お侍様?」

海未「ええ――もう動けますし、大丈夫そうです」

海未「貴方の方こそ、大丈夫なのですか?」

海未「私の看病などさせてしまって、申し訳ない」

ヒデコ「なんのなんの。血は出たけど、かすり傷でしたし」

ヒデコ「あの位でくたばってちゃ、芸妓は務まりませんや」

海未「はは――頼もしいですね」

 

と、布団の上で起き上がる海未のもとへ、

芸妓のフミコに手を引かれ、ことりがやって来る。

 

ことり「海未ちゃん――おはよう」
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2017/06/19(月) 04:01:12.57ID:EmDJQILV0
ことりは、海未の布団の傍らに、すとんと腰を落とす。

 

海未「ことり――おはようございます」

ことり「ふふっ」

海未「何か、おかしいですか?」

ことり「ううん。昔みたいに、海未ちゃんとお喋り出来るのが、嬉しくて」

海未「はは――そうですね」

海未「ところで――何故ことりの方は、黙っていたのですか?」

海未「最初から、私が園田海未だと、気づいていたのなら――」

ことり「海未ちゃん――何か、隠したがってるみたいだったから」

ことり「だから、海未ちゃんから話してくれるまで、黙ってようかな、って――」

海未「全く――」

海未「かないませんね、ことりには」
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2017/06/19(月) 04:02:16.46ID:EmDJQILV0
海未「・・・・・・・・・」

海未「――何も、穂乃果だけではありません」

海未「私の手も、血に濡れている――」

ことり「・・・・・・・・・」

海未「だから私は、変わってしまった自分を知られるのが怖かった」

海未「変わってしまった貴方と、どう接すればよいのか、わからなかった」

海未「ですが――違ったんですね」

ことり「・・・・・・・・・」 

海未「変わったとしても――」

海未「しっかり、話せばいいのだと。わかり合えばいいのだと」

ことり「――そうだね」クスッ
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2017/06/19(月) 04:03:26.95ID:EmDJQILV0
海未「――ことり」

海未「あれから、穂乃果は――」

ことり「・・・・・・・・・」

ことり「気を失った海未ちゃんを、置屋に運び込んで――」

ことり「気づいた時には――もう、いなくなってたんだ」

 

ことりは、顔を伏せ、

悲しげな表情を浮かべる。

 

海未「そう・・・・・・ですか・・・・・・」

ことり「穂乃果ちゃん、海未ちゃんよりも、酷い怪我だったのに・・・・・・」

ことり「もっと、色んなお話、したかったのに・・・・・・」

海未「・・・・・・・・・」
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2017/06/19(月) 04:04:32.30ID:EmDJQILV0
ことり「ねえ――海未ちゃん」

ことり「穂乃果ちゃんの中の憎しみは――晴れることは、ないのかな?」

ことり「また――誰かの命をとるようなこと、しないかな?」

海未「・・・・・・・・・」

海未「――それは、わかりません」

海未「憎しみが、易々と消えることのない感情であることも事実」

海未「ですが――」

海未「私は、穂乃果の涙を、信じたい」

海未「そしてまた、穂乃果が暴れるようなことがあれば――」

海未「――私が、必ず止めてみせますよ」

ニコ

ことり「海未ちゃん・・・・・・」
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2017/06/19(月) 04:05:39.95ID:EmDJQILV0
海未「ところで、この町は、これからどうなるのですか?」

ヒデコ「綺羅一家の親分が死んで、一家もほぼ壊滅状態」

フミコ「正直、町はまだ、混乱しています」

ヒデコ「だけど――みんな、張り切ってますよ。“悪来主”は、もういない」

フミコ「これから、やくざ者に負けないような町を、作っていくんだってね」

海未「そう――ですか」

海未「前に進んでいるんですね――この町も」
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2017/06/19(月) 04:07:17.62ID:EmDJQILV0
――そして、その日の午後。

出立の支度を整えた海未を、ことり達が見送る。

 

ヒデコ「もう、行ってしまわれるのですか?」

フミコ「もう少し、ゆっくりされていても・・・・・・」

海未「皆さんが大変な中、あまり長居もしていられませんからね」

海未「それに――私は、雨宿りをしようと、立ち寄っただけですから」

ミカ「あの――お侍様、ありがとうございました!」

ミカ「お侍様のお陰で、この町は・・・・・・!」

海未「いえ――私は、大したことはしていない」

海未「せいぜい、とろろ飯の、御礼程度ですよ」

ニコ
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2017/06/19(月) 04:08:43.34ID:EmDJQILV0
ことり「・・・・・・・・・」

ことり「――あの、海未ちゃん」

ことり「海未ちゃんさえいいなら、私・・・・・・!」

海未「・・・・・・・・・」

海未「穂乃果を――迎えに行かなければなりません」

海未「もう一度、穂乃果と、しっかり語り合ってみたいんです」

ことり「海未ちゃん・・・・・・」

海未「そして、穂乃果を見つけた、その時は――」

海未「捕まえて、ふん縛って。一緒に、帰ってきますよ」

海未「――また、ここに」ニコッ

ことり「・・・・・・!!」

ことり「うん・・・・・・うん・・・・・・!」
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2017/06/19(月) 04:10:06.01ID:EmDJQILV0
ザッ…ザッ…

 

フミコ「さようなら〜!」

ヒデコ「お達者でー!」

 

町を後にする、海未の背に向けて、

各々が、声をかける。

 

ことり(海未ちゃん・・・・・・穂乃果ちゃん)

ことり(待ってるからね。ことり・・・・・・!)

 

ひょいと、飯屋の娘が、

雲の晴れた、空を見上げる。

 

ミカ「ああ――」

ミカ「雨も、上がった」
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2017/06/19(月) 04:11:43.99ID:EmDJQILV0
――人は、昔には戻れない。

しかし、前に進むことは出来る。

 

どんなに長雨が続いても、

止まない雨は無い。

 

五年前のあの日から、ずっと五月雨が降り続いていた海未の心に、

久方ぶりに、爽やかな風が吹いた気がした。

 

雲が晴れ、太陽が照りつける空を、

海未は、眩しそうに見上げる。

 

海未「ああ――」

海未「もう、夏なのですね」

 

 

 

――了――
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2017/06/19(月) 20:04:21.55ID:bd0p0bxz0

人を選ぶ作品だと思うけど個人的にはなかなかの良作だった
地の文ありでも読みやすかった
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