海未「五月雨と月影」 [無断転載禁止]©2ch.net
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五月雨の 空だにすめる月影に
涙の雨ははるるまもなし
――赤染衛門(新古今和歌集)
VIPQ2_EXTDAT: checked:vvvvv:1000:512:----: EXT was configured ザアアァーッ…
――体に打ち付ける冷たい雨。
刀を抜いた、五、六人のやくざ者が、
海未を取り囲み、じりじりと迫る。
その刹那、
ザスッ!
「ぐあっ!?」
一瞬で手を斬りつけられたやくざ者が、刀をその場に取り落とす。
シュバッ!
ザンッ!
「ぎゃあっ!?」
「ああっ!!」
腕を、脚を、目に映る間もなく、次々に海未の刀が斬り裂き。
瞬く間に、取り囲むやくざ者を、海未は斬り伏せる。
海未「―――・・・」
ザアアァーッ…
「流石だね――海未ちゃん」
雨はまだ、止まない。 ――遡ること一日前。
とある、小さな宿場町――
ザーッ…
ザッ…ザッ…
降り続く五月雨の中、
傘を差して歩く、ひとりの浪人。
海未(雨・・・・・・止みませんね)
海未(宿場町――ですか)
海未(丁度いい。そこの飯屋で、ひと休みしましょう) ガララッ
ミカ「いらっしゃーい」
飯屋の中は人もまばらで、娘がひとり、切り盛りをしている。
ミカ「お侍様、何にします?」
海未「お茶と・・・・・・とろろ飯をひとつ」
ミカ「はーい、ただ今ー」
ヒソヒソ…
一息ついた所、隅の席の二人組の会話が、聞こえてくる。
「山向こうの町で・・・・・・賄賂を働いていた侍連中が・・・・・・殺られたらしい」
「ひとり残らず斬られたとか・・・・・・この辺りにも、やって来たのか・・・・・・?」
「噂に聞く、人斬り・・・・・・“隻腕の甚内”・・・・・・」
ヒソヒソ
海未「・・・・・・・・・」 ミカ「おまちどうさまー」
海未「ありがとうございます。おお、これは美味しそうですね」
ミカ「お侍様、旅のお方?」
海未「はい。諸国を渡り歩く、根無し草ですよ」
海未「この町には、雨宿りで立ち寄ったのです」
ミカ「ああ、この長雨、ずっと続いていますものね」
ミカ「私はてっきり、お侍様も芸妓(げいこ)さん目当てでやって来たのかと」
海未「芸妓さん?」
ミカ「寂れた小さな町ですけど、唯一、この町の芸妓さんはちょっと有名なんですよ」
ミカ「中でも、町の芸妓さんを取り仕切る“花鳥太夫”の容姿と舞は絶世の美しさで・・・・・・」
ミカ「はるばる、太夫目当てでこの町にやって来る人が、後を絶たないんですよ」ペラペラ
海未(この娘、随分とお喋りですね・・・・・・)
海未(ふむ。芸妓さん、ですか・・・・・・) ミカ「ところで、お侍さんは、なぜ旅を?」
海未(そろそろ、とろろ飯を食べたいのですが・・・・・・)
海未「――そうですね」
海未「人を――探しています」
ミカ「人を・・・・・・?」
ガララッ!
やくざ「おい、娘!!」
その時、荒々しく戸を開けて入ってきたのは、
見るからに柄の悪い、三人のやくざ者。
ミカ「い、いらっしゃい・・・・・・」
やくざ「いらっしゃいじゃねえよ。今月の分、どうなってんだ」
ミカ「今月は、もう少し待って頂けませんか・・・・・・? 何分、色々苦しくて・・・・・・」
やくざ「ああ!? 舐めてんじゃねえぞコラ!!」
グイッ!
やくざ「だったらこの店で飯売るだけじゃなく、体でも売ったらどうだ、ああ!?」
ミカ「うう・・・・・・」
海未「待ちなさい」
ザッ 不意に海未が立ち上がり、
飯屋の娘の胸ぐらをつかむ、やくざ者共の前に立つ。
やくざ「ああ? なんだお前ェは」
やくざ「浪人風情が、邪魔立てするとためにならんぞ」
海未「私は昼飯を食べに来たのです」
海未「貴方がたに目の前で暴れられると、飯が不味くなる」
やくざ「ああん!? すっこんでろこの、」
ドグッ
やくざ「!!?」
海未に向かおうとしたやくざ者の鳩尾を、海未の刀の鞘が突く。
さらに間髪入れず、
ボゴッ
さらにもう一人の男の腹にも鞘の先を食らわせ、
思わず男たちが、その場に膝をつく。 やくざ「てめえ、」
残ったひとりが刀を抜こうとした瞬間、
ヒュンッ!
尋常でない剣速で抜刀された海未の刀の剣先が、
腰の刀に手をかけた男の、胸元をかすめる。
そして、男の胸元の着物だけが切り裂かれ、肌が覗いた。
パチン…
海未「――私は、とろろ飯が食べたいのです」
海未「失せなさい」
やくざ「ひっ・・・・・・ひええっ・・・・・・」
やくざ「ひえええ!!」
バタバタ ――やくざ者共が、我先にと退散した後。
飯屋に残り、悠々ととろろ飯を食す海未と、その傍らに立つ、飯屋の娘。
ミカ「お侍様、ありがとうございます・・・・・・なんとお礼を言ったら良いか」
海未「礼には及びません。私は昼飯が食べたかっただけですから」
海未「うむ、なかなか美味ですね」
ズルルッ
海未「――ふう、ご馳走様です」
海未「ときに、あの者たちは?」
ミカ「この宿場町を縄張りにする、やくざの一家の下っ端です・・・・・・」
ミカ「以前は、矢澤一家というのがこの町を取り仕切ってたんだけど、しばらく前に潰されちゃって」
ミカ「矢澤を潰して、新たに町を仕切ってるのが綺羅一家っていうんだけど、こいつらがとんでもなくてね」
ミカ「みかじめ料も馬鹿高いし、逆らえば容赦なく殺されるし、役人にも裏で金を回してやりたい放題」
ミカ「この前も、向かいの酒屋の主人が、高いみかじめ料に文句を言っただけで斬られちゃったの」
海未「・・・・・・ほう。なかなかの悪党ですね」
ミカ「最近じゃ、無法者をたくさん取り入れて、“悪来主(あらいず)”なんて名乗ってちょっとした軍団気取り・・・・・・」 ミカ「・・・・・・でも、まだ大丈夫」
ミカ「私たちには、太夫がいてくれるから・・・・・・」
海未「・・・・・・太夫が?」
海未「それは、一体――」
ガララッ
「――邪魔するよ」
ザッ…ザッ…
ミカ「――!!!」ビクッ
ミカ「お・・・・・・親分・・・・・・!!」ガタガタ
ツバサ「“悪来主”頭目――綺羅ツバサ」
ツバサ「貴方が、うちの三下を軽くいなしたっていう、お侍さん?」
海未「ほう――」
海未「噂をすればなんとやら。貴方が、綺羅とかいう一家の親分ですか」
ツバサ「親分、という呼び名は好きじゃないわ」
ツバサ「頭目とか首領、という方が好みね」 英玲奈「」ギロッ
あんじゅ「」ジロッ
ミカ(綺羅親分が自ら・・・・・・!? おまけに、幹部の統堂英玲奈や優木あんじゅまで・・・・・・!?)
ミカ(駄目だ・・・・・・この店も潰される・・・・・・おしまいだぁ・・・・・・!)ガタガタ
あんじゅ「聞けば、随分と剣の腕が立つみたいじゃなぁい」
英玲奈「――まさか貴様。この辺りのやくざ者や侍を次々に襲っているという、“隻腕の甚内”ではあるまいな」
ツバサ「落ち着きなさい。見たとこ、このお侍さんはちゃんと腕は二本ついているわ」
海未「・・・・・・・・・」
ツバサ「でも、三人を相手にして軽くあしらう剣の腕は見事」
ツバサ「どう? なんなら、用心棒として、うちの組で雇い入れてもいいわよ?」 海未「・・・・・・断ると言ったら?」
ツバサ「・・・・・・とろろ飯が、貴方の最後の食事になるかもね」
海未「・・・・・・・・・」グッ
英玲奈「!」
あんじゅ「」クスッ
ザッ
海未が腰の刀に手をかけ、
英玲奈とあんじゅの二人が身構えた――その時。
「――お待ちください」
まるで、殺気立った飯屋の中に、
華やいだ風が舞い込んだようであった。
鈴を転がすかのような声につられ、海未が入口に目を向けると――
そこに立っていたのは、着物の美しい麗人と、その脇で付き従う娘。
ツバサ「太夫・・・・・・!」 ミカ「花鳥太夫・・・・・・! 貴方まで・・・・・・!」
フミコ「太夫、こちらへ」
太夫「大丈夫です。ありがとう」
太夫と呼ばれた美人は、目が不自由なのか――
その両目は閉じられたままで、脇の娘が、太夫の手をとっている。
しかし、両目が閉じられたままでも、隠しきれぬ美しさと気品が、その場の人間を黙らせる。
太夫「――綺羅親分」
太夫「ここは、私の顔に免じて、刀をお納めくださいませ」
ツバサ「・・・・・・・・・」
ツバサ「――行くわよ、お前たち」
英玲奈「・・・・・・・・・」
あんじゅ「ふん」
ザッザッ… 綺羅一家が立ち去り――
太夫は、涼やかな微笑を浮かべ、海未の許へと歩み寄る。
太夫「貴方が――」
太夫「この飯屋の娘を助けてくださった、お侍様?」
海未は――
動くことが出来なかった。
答えることが出来なかった。
何故なら、太夫のその顔は、年月が経っているといえど、見間違う筈もなく――
海未(貴方は・・・・・・)
海未(ことり・・・・・・なのですか・・・・・・!?) ――その夜。
花鳥太夫や、芸妓たちが詰める置屋――
海未「・・・・・・・・・」
ソワソワ
ヒデコ「どうぞ、御遠慮なくおくつろぎください」
昼間、太夫についていたのとは別の芸妓が、
海未の前に、茶を置く。
海未「しかし・・・・・・良いのでしょうか」
海未「一介の浪人風情が、お邪魔させて頂いて・・・・・・」
ヒデコ「勿論、並のお客じゃここに上がらせりゃしません」
ヒデコ「しかし、太夫のたっての願いですからね」
海未「はあ・・・・・・」 フミコ「――太夫をお連れしました」
――その時。
芸妓に手を引かれ、奥の間から、太夫が姿を現す。
海未「・・・・・・・・・」
海未はしばし、その美しさに見惚れた。
髪を結い、小鳥と花の模様の、鮮やかな着物を身に纏い。
静かな微笑をたたえた、太夫の姿は――成程、この太夫目当ての客が絶えることがないのも、頷けた。
太夫「――花鳥太夫と申します」
太夫「改めて――ありがとうございました」
海未の前に座った太夫は、深々と頭を下げる。
海未「あ、頭をお上げください。私は、そんな――」
太夫「かつて、身寄りのない私を受け入れてくれたこの町の人たちは、私にとっては第二の家族も同然」
太夫「その町の人を助けて頂いた、心ばかりのお礼として」
太夫「今夜は、ここで風雨をお凌ぎくださいませ」
そう言って――顔を上げ、にこりと微笑む。 太夫「お名前を――教えて頂けますか」
海未「な、名前、ですか?」
海未(気づいていないのですか、ことり? 目が見えないから?)
海未「わ、私は、その――」
海未「――園崎、海右衛門(かいえもん)と申しますっ!」
なぜか海未は――正直に名乗ることが出来ず。
咄嗟に、名を偽った。
太夫「海右衛門――様?」
ニコリ
太夫「海右衛門様と、おふたりで話がしたいです」
太夫「ヒデコとフミコは、下がってよいですよ」
フミコ「え? ですが――」
ヒデコ「太夫が、そう言うなら。ほら、行くよ、フミコ」
スッ…
パタン ザアアァー…
海未「・・・・・・・・・」
太夫「・・・・・・・・・」
しばし、ふたりきりとなった海未と太夫は、黙り込み。
部屋の中には、外で降り続ける雨の音だけが聞こえている。
海未(やはり――この顔、声。年月が経とうとも、見誤る筈がない)
海未(間違いない――ことり。何故貴方が、この町に――?)
やっと見つけた。やっと会えた。
それなのに、海未は、その喜びをどう表せば良いか、考えあぐねていた。
戸惑っていた。
ことりに、“あれ”から何があったのか――知るのが、怖かった。
海未が、“あれ”から変わってしまったのを――知られるのが、怖かった。 太夫「――海右衛門様は」
海未「!」
太夫「なぜ、旅をされておりますの?」
海未「・・・・・・・・・」
しばし、口をつぐんだのち――
海未は、正直に、答える。
海未「人を、探しております」
太夫「人を?」
海未「大切な――ふたりの、幼馴染です」
太夫「幼馴染――」 海未「ひとりは――」
海未「生きております」
太夫「・・・・・・・・・」
海未「そして、もうひとりは――」
――お父さん・・・・・・! お母さん・・・・・・! 雪穂・・・・・・!
――酷い・・・・・・こんなの・・・・・・酷すぎるよ・・・・・・!!
――あいつら・・・・・・許さない・・・・・・!
――絶対に・・・・・・仇(かたき)を、とってやる・・・・・・!!
海未「――死にました」
ザーッ… 海未「太夫は・・・・・・なぜ、この町に?」
太夫「・・・・・・・・・」
太夫「私は、かつて・・・・・・家族と、故郷を失いました」
太夫「間もなく、病にかかり・・・・・・光まで、失ってしまった」
海未「・・・・・・・・・」
太夫「流れに流れて――気づけば、この町にたどり着きました」
太夫「先程も申し上げましたが、この町の人たちは、身寄りのない私を迎え入れてくれた」
太夫「大切な、家族――ですから私は、この町を守らねばならないのです」
海未「・・・・・・・・・」
海未(ことり・・・・・・私の知らぬ間に、貴方は、大変な苦労を・・・・・・) 海未「貴方は――この町の人たちを守る、と申されましたが」
太夫「・・・・・・・・・」
太夫「今、この町を取り仕切る綺羅一家――その横暴ぶりは、私もよく知っております」
太夫「ですが、綺羅の親分は、私にだけは手出しが出来ないのです」
海未「それは、一体――」
太夫「――惚れているからです。この私に」
海未「ああ――」
海未(合点がいった。惚れた女に強く言われれば、やくざの親分も無茶は出来ぬという訳か――)
海未は、わからなくなった。
ずっと会いたかったはずだ。実際、とても嬉しいはずなのだ。
しかし、年月は、自分とことりを変えてしまった。
ことりは、昔よりも随分、美しく、そして強くなったように見える。
しかし、自分は――
そう思うと、心に木枯らしが吹くような、一抹の寂しさが拭えないのだ。 太夫「――海右衛門様」
太夫「せめてもの御礼に――」
太夫「舞を、舞わせては頂けませんか」
海未「―――」
海未「――是非」
す、と、太夫が立ち上がり。
雨の音を音色代わりに、舞を舞う。
目の見えぬ、太夫の舞は――
この上なく美しく。
そして――どこか、悲しげだった。 海未「――見事な舞でございました」
舞い終え、跪いて深々と頭を下げる太夫に、海未は手を叩く。
太夫「――ありがとうございました」
海未「さて――もう夜もふけて参りましたし」
海未「私は、客間で休ませて頂きます――」
スッ
立ち上がり――海未が、太夫に背を向けた時。
すとん――と、海未の背中に、太夫が体を預ける。
太夫「海右衛門様――」
太夫「私は――・・・」
海未「・・・・・・・・・!」
海未は――す、と、体を離し。
海未「梅雨の長雨は、体を冷やします」
海未「ゆめゆめ、風邪などひかれぬよう――」
カララッ…
パタン
太夫「・・・・・・・・・」 部屋を出た海未は――
中庭越しに、空を見上げる。
黒く曇った空からは、星などひとつも見えず、
涙を流すように、雨粒がひっきりなしに落ちてくる。
海未(あの日から――)
海未(私の中では、ずっと雨が降り続いているような気がします)
海未は、自らの手を見る。
本当は、抱きしめたかった。
抱きしめ、自分こそが海未だと、園田海未であると、叫びたかった。
だが――
海未(ことりを、抱きしめるには――)
海未(私の手は――血で濡れすぎてしまった)
ザァァーッ… ――同じ日の、深夜。
町外れを、賭場帰りと思しき、二人組のちんぴらが歩く。
ザーッ…
男1「へへへ・・・・・・たんまり儲けたぜ」
男2「どうせなら酒屋をたたき起こして、しこたま飲むか」
男1「いいじゃねえか。芸妓も呼んでよ」
男2「俺たちゃ、天下の“悪来主”なんだからよぉ・・・・・・!」
ヒャハハハ
ザッ 男1「・・・・・・・・・!?」
そんな男たちの前に――
現れた、影。
「お前たち――」
「やくざ者か。悪党か」
男1「ああん? なんだてめぇは!!」
男2「だったらどうし、」
ザシュッ!!
男2「おごあっ!?」
ガクッ
ドサッ
突然――影は、刀を振るい。
男を、一刀のもとに、斬り捨てる。 男1「ひゃっ・・・・・・ひゃあああっ!?」
残る男が、手に持った提灯を取り落とし、
濡れた地面に落ちて灯が消える間際、一瞬、影の姿を照らす。
男1「かっ・・・・・・片腕・・・・・・!?」
男1「お、お前、まさか・・・・・・人斬りの・・・・・・!!」
男1「“隻腕の甚内”・・・・・・!?」
「―――」
ヒュンッ
ズバッ!! ――翌日。
置屋の芸妓から、人斬りがあったという話を聞き、
海未は、急ぎ町外れへと向かった。
ザーッ…
ザワザワ…
ヒソヒソ…
野次馬がひそひそと囁き合う中。
すでに死体は運ばれた後であったが、その場所の地面には、生々しく血の跡が残っている。
「斬られたのは綺羅一家のちんぴらだとよ」
「綺羅一家が、血眼(ちまなこ)で下手人を探してるって話だぜ」
ヒソヒソ
海未「・・・・・・・・・」
海未(まさか・・・・・・“隻腕の甚内”が、ここに・・・・・・?) ミカ「あ! 昨日の、お侍様!」
海未「貴方は、飯屋の・・・・・・」
ミカ「こんな所にいたんですか!? 大変、大変なんですよ!!」
海未「一体、何が――」
ミカ「綺羅一家が、下手人はお侍様なんじゃないかと言って――」
ミカ「先刻、芸妓の置屋に乗り込んできたそうなんですよ!!」
海未「なんですって――!?」
ミカ「お侍様を出せと言って、暴れてるらしくて――」
ミカ「早く、早く行ってあげてください!!」
海未「・・・・・・!!」
ダッ!! 海未は――
傘を投げ捨て、雨に濡れることも厭わず、走る。
海未(なんということですか・・・・・・私としたことが、迂闊でした)
海未(私がもう少し、置屋にとどまっていれば――!)
ギリッ
海未(お願いです。間に合ってください――!)
ダダダダッ 海未「――!!」
たどり着いた置屋は――
入口の戸は壊され。
嵐が過ぎ去った後のように、静まり返っていた。
海未「くっ・・・・・・!!」
ダダッ
置屋の中に駆け込む。
中は、土足で踏みにじられたらしく泥だらけで、荒らされ放題であった。
海未「誰かいないか!! 誰か――!!」
ヒデコ「く・・・・・・お・・・・・・」
フミコ「お・・・・・・お侍、様・・・・・・?」
――その時。
太夫の座敷の前で、血まみれになって倒れているふたりの芸妓が、
弱々しい声で、海未を呼ぶ。 海未「――しっかり!!」
ミカ「うわぁ、うわ、血が・・・・・・!!」
後から追いついた飯屋の娘が、血を見て思わずたじろぐ。
ヒデコ「お、お侍、様・・・・・・」
フミコ「太夫が・・・・・・連れて、行かれました・・・・・・」
海未「――なんですって!?」
ヒデコ「下手人探しは、ただの、口実・・・・・・」
フミコ「本当は、これをいい機会とばかりに・・・・・・意に沿わない太夫を、無理矢理、自らのものにしようと・・・・・・!」
海未「・・・・・・!!」
ヒデコ「お願いです・・・・・・お侍様・・・・・・」
フミコ「太夫を・・・・・・助けて・・・・・・ください・・・・・・」
海未「・・・・・・っ!!」
ギリッ
海未「――娘さん。貴方は、この方々の手当てを」
ミカ「は、はい・・・・・・! お侍様は・・・・・・!?」
海未「綺羅一家のもとに――」
海未「――乗り込みます」 ザァァーッ…
ザッ…ザッ…
降り止まぬ雨の中――
傘も差さずに、海未はひとり、歩く。
海未(――無情)
海未(この世は――悲しみに、満ちている)
海未(そう。あの日から――) ――かつて海未は、音ノ木藩という小さな藩の城下町に住んでいた。
父親は、奉行所に勤める下級武士。
慎ましやかではあったが、父と母と三人、幸せな日々を過ごしていた。
海未には、幼馴染と呼べる友がいた。
ひとりは、町一番の呉服屋の娘、ことり。
そして――もうひとり。
ことりの呉服屋の隣にあった、和菓子屋の娘。
名を――穂乃果。 三人は、武士や町人という身分を越え、共に過ごし、共によく遊んだ。
穂乃果が、海未の父に、剣の稽古をつけてもらったり。
海未が、ことりの呉服屋で、綺麗な着物を着させてもらったり。
海未とことり、そして穂乃果の三人で、穂乃果の店の饅頭を食べたり。
そんな、平凡で、幸せな日々が、ずっと続くと信じてやまなかった。
――あの日までは。 ことりの呉服屋が、野盗の集団に襲われたのは、
梅雨の、冷たい雨が降る日のことだった。
町の人の話では、ことりの呉服屋は城下町一の店であったから、狙われたのだろうということだった。
夜半に野盗が忍び込み、家人に気づかれ――
野盗集団は、家中の人間を、次々と斬った。
そして、金品を粗方盗み出したのち――
店に、火を放った。
燃え盛る火は、冷たい五月雨をものともせず、
隣の穂乃果の和菓子屋を巻き込んで――全てを焼き尽くした。
ことりの呉服屋も、穂乃果の和菓子屋も、全てが燃え落ち。
生き残ったのは――偶然、海未の家に泊まりに来ていた、穂乃果とことりだけだった。 海未『父上・・・・・・父上ぇーー!!』
海未もまた、父を亡くした。
呉服屋が野盗に襲われた報を聞いた海未の父は、同心として誰よりも早く呉服屋に向かい、
火を放った野盗に出くわし、奮戦するも、斬り殺されたのだった。
ことり『お母さん・・・・・・お父さん・・・・・・』
穂乃果『ああ・・・・・・あ、あ・・・・・・!!』
ザァァーッ
ことりと穂乃果もまた、炭の山と化した自分たちの家と、
焼き殺された家族の亡骸を前にし、悲嘆に暮れていた。
一夜にして、全てを失った三人の涙雨が――
とめどなく、流れ続けていた。 穂乃果『お父さん・・・・・・! お母さん・・・・・・! 雪穂・・・・・・!』
穂乃果『酷い・・・・・・こんなの・・・・・・酷すぎるよ・・・・・・!!』
穂乃果『あいつら・・・・・・許さない・・・・・・!』
ガッ…!
穂乃果は――焼け跡に落ちていた、
誰のものとも知れぬ、焼け焦げた刀を手にし――
穂乃果『絶対に・・・・・・仇(かたき)を、とってやる・・・・・・!!』
ダッ!!
雨の中を――走り出した。
海未『穂乃果っ・・・・・・! どこへ行くのですか!?』
海未『穂乃果ぁ――!!!』 それから、遺された海未と母親は、遠い血縁を頼って、音ノ木を離れた。
家と家族、全てを失ったことりが、その後どうなったのかは、杳として知れなかった。
刀を持ち、飛び出した穂乃果は、そのまま二度と戻っては来なかった。
噂では、野盗に返り討ちに逢い、死んだのだろう――とのことだった。
その日から、三年の月日が経ち。
今から、二年前――海未の母が、死んだ。
病床の母を看取ったのち――海未は自ら、世話になっていた当時の家を出奔し、浪人となって旅に出た。
自らの、幼馴染を――探すために。 ザァァーッ…
海未「五月雨の――」
雨の中。
海未は、ぽつりと、呟く。
海未「空だにすめる月影に――」
海未「涙の雨は――はるるまもなし」
海未(あの日から――ずっと、降り続いている)
海未(私の中の――五月雨は)
そして――
海未は、綺羅一家の屋敷の、門前に立った。 ――綺羅一家の屋敷。
猪口を傾ける、綺羅の親分が――
傍らの太夫に、語りかける。
ツバサ「――もういい加減、観念したら」
ツバサ「貴方は、うちの組の者を斬り殺した下手人を匿った――」
ツバサ「その、償いをしてもらわないとね」
太夫「・・・・・・・・・!」キッ
太夫「あのお侍様は、下手人などではありません」
ツバサ「ふん。どうだか」
ツバサ「ただ、貴方がそう言い張っても、血の気の多いうちの組の者たちは納得しないでしょうね」
ツバサ「貴方が償わなければ、あの侍を血祭りにあげてしまうかも――」
太夫「貴方は・・・・・・卑怯者です・・・・・・!!」
ツバサ「・・・・・・ふふっ」
英玲奈「――ツバサ」
スッ
ボソボソ
幹部の統堂英玲奈が、何かをツバサの耳元で囁き――
一瞬、表情が険しくなったのち――
ツバサは、口の端を上げる。
ツバサ「ほぉ・・・・・・?」 やくざ「相手はひとりだ!!」
やくざ「斬り殺せぇ!!」
ウォォォッ!!
――矢継ぎ早に斬りかかる、やくざ者達の刀を。
キキンッ!
ギンッ!
海未は――尽く、受け止め。
ザッ!
ザシュッ!
やくざ「ぎゃっ!!」
やくざ「ぐわっ!!」
腕や脚を斬りつけ、叩き伏せる。
海未「命までは、獲りません」
海未「しばらくは、大人しくしていてもらいますが――」 バンッ!
あんじゅ「――はぁい♪」
海未が襖を蹴り破り、
乗り込んだ広間の中に――いた者は。
海未(確か――幹部の、ひとり)
あんじゅ「強いわね、貴方。雑魚じゃ相手にならなそうだし」
あんじゅ「私が――お相手してあげるわっ!!」
ダッ!!
海未「!!」
ギンッキィンッ!!
両手に小太刀を持った優木あんじゅが、左右の刃で斬りかかり、
海未がそれを、かろうじて刀身で受ける。
海未(小太刀の・・・・・・二刀流・・・・・・!?) あんじゅ「へえ・・・・・・私の二刀流を、受けるなんて」
あんじゅ「でも、いつまでかわせるかしらっ!?」
ギンッ! キキンッ!
あんじゅ「貴方の剣も、随分速いみたいだけど――」
あんじゅ「私の小太刀も、速いわよっ!!」
キキンッ! ギンッ!
矢継ぎ早に左右から小太刀を繰り出すあんじゅの剣撃を、海未はかろうじて受ける。
そして――
ギインッ!
あんじゅ(そこ――)
右の小太刀を、刀で受けた海未の――
左に、隙が生まれる。
あんじゅ(もらった!!)
ヒュッ!!
ガキィッ!! あんじゅ「・・・・・・っ!?」
左の小太刀で、脇腹を突いたと思ったあんじゅは――目を見張る。
海未は、咄嗟に刀から右手だけを離し――
左手の刀で、あんじゅの右の小太刀を受け止めたまま。
右手で脇差を抜き、左の小太刀を、防いでいた。
あんじゅ(この一瞬の攻防で、咄嗟に刀から片手を離すなんてことが――!?)
あんじゅ(そんな馬鹿な、)
海未「うあああっ!!!」
グワッ
海未はそのまま、力任せにあんじゅを押し返す。
あんじゅの体が海未から離れた、その一瞬を突き、
ザスッ!!
あんじゅ「うああっ!?」
脇差で――あんじゅの、両手の指を、斬りつける。 あんじゅ「ぐぅぅ・・・・・・ゆ、指が・・・・・・!!」
あんじゅ「お、おのれ、」
ガンッ!
あんじゅ「―――」
ドサッ
海未は刀の峰であんじゅの頭を殴りつけ、
あんじゅは、その場に昏倒する。
海未「死にはしない――」
海未「しかし――もう、そんなものは、振り回せなくなるでしょうね」 スタ…スタ…
バンッ!
さらに奥へと、歩みを進め――
海未は、奥の間の襖も、蹴り破る。
そこにいたのは――
太夫「海右衛門、様・・・・・・!?」
ツバサ「あら――いらっしゃい」
ツバサ「あんじゅを倒してきたみたいね――流石だわ」
綺羅ツバサ――そして、花鳥太夫。
その周りの、護衛役のやくざ者達。
やくざ「て、てめぇっ!!」
やくざ「ぶっ殺してやらぁっ!!」
海未「――やめておいた方がいい」
海未「命までは獲りませんが――」
海未「不自由な身の上になるやもしれませんよ」ギロ…
やくざ「・・・・・・っ!!」 海未が凄むと、周りのやくざ者達は、縮み上がる。
ツバサ「あー、駄目駄目。あんた達じゃ、相手にならないわ」
ツバサ「だから、“相手”は――」
海未「――!」ピクッ
バッ
ドカッ!!
海未が一瞬、殺気を感じて、その場から飛び退いた瞬間、
残っていた襖から、勢い良く槍の穂先が飛び出した。
英玲奈「ほぉ・・・・・・?」
英玲奈「気づかれたか」
襖の裏から現れたのは、
長い穂先の槍を携えた、幹部の統堂英玲奈――! 英玲奈「退(の)いていろ」
英玲奈が、周りのやくざ者達に一言呟いた次の瞬間、
ブンブンッ!
バキドカッ!
英玲奈は槍を振り回し、周りの襖や障子ごと破壊しながら、海未に向かってくる――!
太夫「海右衛門様っ!?」
ツバサ「ははっ。見えないだろうが、じきにあの侍は細切れになる」
ツバサ「全く、仕様の無い奴だ。英玲奈、あまり周りの物を壊すなよ!」
海未(くっ、周りの物ごと・・・・・・! 何という馬鹿力!)
海未(それに、ああ振り回されては、うかつに間合いに入ることも出来ない――!) ダダッ!
ザァーッ
海未は、部屋を飛び出し、縁側から中庭に降りる。
英玲奈「ふん――広い場所に逃げたか」
英玲奈「それでも、同じだ」
ザッ!
雨が体を打つ中――
槍を構えた英玲奈と、刀を構えた海未が、対峙する。 海未「・・・・・・・・・」
英玲奈「・・・・・・・・・」
両者は、しばし、睨み合う。
しかし、海未の間合よりも、英玲奈の間合の方が広いのは、自明の理。
英玲奈も、それがわかっていて――
僅かに口元に笑みを浮かべ、動こうとした、その刹那。
ドカッ!!
英玲奈「――あっ」
英玲奈「ああああああっ!!?」
見る者が――目を疑る。
英玲奈の、左肩に――
海未の握っていた刀が、突き刺さっていた。 英玲奈(投げた、だと!? 自らの刀を!?)
英玲奈(そんな、馬鹿なことが、)
ダダッ!
英玲奈の体勢が崩れた隙を逃さず、
ドガッ!
一瞬で英玲奈との間合を詰めた海未が、英玲奈の眉間目掛け、
脇差の柄を直撃させる。
英玲奈「―――」
そのまま英玲奈は、ものも言わずに昏倒した。 ズプッ…
バッ!
英玲奈の肩から、刀を引き抜いた海未が、
刀を振るい、刀身の血を払う。
海未「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
ギロッ
そして――
視線を、綺羅ツバサと、残ったやくざ者達に向ける。
ツバサ「・・・・・・・・・!」
やくざ「ひ、ひえっ・・・・・・!!」
やくざ「え、英玲奈さんまで・・・・・・!!」
ツバサ「怯むんじゃねぇ・・・・・・何やってやがる!!」
ツバサ「相手はもうボロボロだ!! 囲め!!」
ツバサ「全員でぶち殺せ!!」
やくざ「う、う、」
やくざ「うおおおおおっ!!!」 ザアアァーッ…
――体に打ち付ける冷たい雨。
刀を抜いた、五、六人のやくざ者が、
海未を取り囲み、じりじりと迫る。
海未「」ブツ…ブツ…
やくざ「・・・・・・!? な、なんだ、こいつ・・・・・・!?」
海未「・・・・・・ああ・・・・・・無情・・・・・・」
海未「この、世界は・・・・・・」
やくざ「こ、こいつ・・・・・・唄って、やがる・・・・・・!?」
やくざ「舐めやがって!! ぶっ殺せ!!」
その刹那、 ザスッ!
やくざ「ぐあっ!?」
一瞬で手を斬りつけられたやくざ者が、刀をその場に取り落とす。
海未「悲しみに・・・・・・満ち、てる・・・・・・」
シュバッ!
ザンッ!
やくざ「ぎゃあっ!?」
やくざ「ああっ!!」
海未「それでも、いい・・・・・・出会えた、ことが・・・・・・」
腕を、脚を、目に映る間もなく、次々に海未の刀が斬り裂き。
瞬く間に、取り囲むやくざ者を、海未は斬り伏せる。
海未「喜びなの・・・・・・そうでしょう―――・・・?」
ザアアァーッ…
その時――
屋敷の陰から――血濡れの舞台を、窺う影。
「流石だね――海未ちゃん」 ツバサ「浪人んんんんっ!!!」
と――その時。
座敷にいた綺羅ツバサが、立ち上がり――
傍らの太夫に、銃を突きつけている。
海未「貴様・・・・・・!!」
太夫「海右衛門様っ・・・・・・!!」
ツバサ「虚仮にしてくれてっ・・・・・・だがこれなら手出し出来ないでしょう!?」
ツバサ「そこを動くなよ!? 動いたら太夫の命は無い!!」
ツバサ「今こそ、我が“悪来主一刀流”の剣技、見せて――」
ズブッ
ツバサ「―――」
ツバサ「・・・・・・・・・え?」 海未「――!?」
海未は、目を見張る。
綺羅ツバサの、胸から――
血濡れの、刀身が生えていた。
プッ
プシュウウッ
ツバサ「あっ・・・・・・あがあぁぁぁぁっ・・・・・・!!?」
胸を貫いた刀身の先から、血が勢い良く吹き出し。
ズボッ
一気に背中から引き抜かれた後――
綺羅ツバサは倒れ、絶命した。
太夫「あ・・・・・・ああ・・・・・・!!」
ガクッ
ドサッ
見えなくとも――血の匂いと、断末魔の声に、察したのであろう。
太夫が、意識を失い、その場に倒れた。 ザァァーッ
海未「あ・・・・・・」
海未「貴方は・・・・・・!!」
「ふ、ふふ、ふ・・・・・・」
倒れたツバサの背後から、影のように、現れた者。
ボロボロの着流しを着込み。
左手は――着物の裾に、隠れ。
右手に――血濡れの、焼け焦げた刀を握っている。
海未「矢張り――貴方だったのですね」
海未「“高坂甚内”などと言う、かつての盗賊の名を名乗っていることで、ピンときました」
海未「“隻腕の甚内”――否――」
海未「――高坂穂乃果っ!!」
穂乃果「久しぶりだね――海未ちゃん」 穂乃果「それにしても――流石だね、海未ちゃん」
穂乃果「誰の命も奪ってない。斬ってるのは、腕とか脚とかばかり」
穂乃果「ひとりも殺さず、ここまで来るなんて――だけど」
ヒュンッ
バッ
穂乃果が、刀を振るい――
刀身についた血が、座敷の襖に飛び散る。
穂乃果「甘いよ――悪党は、ちゃんと殺さなきゃ」
海未「穂乃果っ・・・・・・!」ギリッ 海未「昨夜、やくざ者を殺したのも――貴方の仕業ですね」
穂乃果「そうだよ」
海未「“隻腕の甚内”などと呼ばれ――あちこちで、盗賊ややくざ者、侍を殺めているのも」
穂乃果「そうだよ」
海未「貴方はっ・・・・・・!」ギリッ
チャキッ
海未は――穂乃果に向け、刀を構える。
海未「“隻腕の甚内”が貴方なのではないかと考えてから――私は、貴方の足取りを追っていたのです」
海未「貴方を――止めるために」
穂乃果「誤解だよ、海未ちゃん。穂乃果が殺してるのは、悪党だけ」
穂乃果「盗賊や町の人を苦しめるやくざ、そして裏で汚いことをしている腐った役人や侍共だよ」
海未「――それでもっ!!」 海未「私は――貴方を止めねばならない」
海未「例え、貴方の心が――憎しみで、満ちていようとも」
穂乃果「なんだ――わかってるじゃない、海未ちゃん」
ギロッ…
海未「・・・・・・っ!!」ゾクッ
穂乃果「穂乃果は――憎いの。憎くて、憎くて、たまらないの」
穂乃果「穂乃果たちから、全てを奪った、悪党も、盗賊も――侍も」
それは――かつての、無邪気な頃とは、似ても似つかない。
冷え切った氷のようで、相手を射殺すかのような、眼差し――
穂乃果「止められるものなら――」
穂乃果「止めてみなよ。海未ちゃん」
ニィィ…
海未「・・・・・・・・・!!」 と――
不意に、穂乃果が、床に倒れていることりのもとへ、屈みこみ。
そっと、頬を撫でる。
穂乃果「生きてたんだね――ことりちゃん」
穂乃果「良かった・・・・・・」
ニコ
穂乃果「・・・・・・さようなら」
海未「・・・・・・!」ピクッ
そして穂乃果は、再び立ち上がり――海未に、向かい合い。
穂乃果「じゃあ、待ってるよ――海未ちゃん」
ダッ!
ババッ!
そのまま、驚異的な身のこなしで、
中庭を走り、塀を駆け上がり、外に飛び降りて行ってしまった。
海未(穂乃果――・・・!!) ザァァーッ…
ザッ…ザッ…
海未は、雨の中、歩く。
穂乃果と、決着をつけるために。
海未(穂乃果・・・・・・)
穂乃果が――どこに消えたのか。
しかし海未には、見当がついていた。
海未(昔は、よく――私たち、三人で)
海未(近所の神社の境内で――遊んでいましたからね)
海未が、たどり着いたのは――
町外れの、寂れた神社。 すでに、すっかり日は落ち。
辺りは、澱んだ澱のような闇に包まれている。
そして、その神社の境内に――
ザァァーッ
海未「・・・・・・穂乃果」
穂乃果「待ってたよ・・・・・・海未ちゃん」
穂乃果「――会いたかった」 海未「貴方が消えた、“あの日”からの五年間――」
海未「貴方の身に、何があったのかは――あえて、問いません」
海未「その、失われた左腕と――貴方の、凄まじいまでの剣力を見るだけで」
海未「貴方が、どんなに過酷で、壮絶な日々を過ごしていたのか――わかりますから」
穂乃果「・・・・・・・・・」ニッ…
穂乃果「海未ちゃん――あの後、穂乃果はことりちゃんの店を襲った野盗を探し出して――」
穂乃果「ひとり残らず、斬った」
海未「・・・・・・・・・」
穂乃果「まあ、その時、この左手も斬られちゃったんだけどね」
穂乃果「でも――穂乃果の復讐は、それで終わらなかった」
海未「・・・・・・・・・」 穂乃果「知ってる――? 海未ちゃん」
穂乃果「あの時の、野盗がことりちゃんの店を襲った一件――」
穂乃果「町の役人は、“襲われること”を知っていながら、知らんぷりしてたってこと」
海未「・・・・・・・・・」
穂乃果「穂乃果が斬った野盗から、殺す前に聞き出したの」
穂乃果「あの城下町では――頻繁に、役人に対して、商人と、その裏にいるやくざから賄賂が送られていた」
穂乃果「だけど、ことりちゃんのお父さんとお母さんが、もうこんなことはやめようって言い出した」
穂乃果「周りの商人たちは、ことりちゃんの呉服屋が城下町一の店だということも手伝って――」
穂乃果「ことりちゃんの店を、“消そう”と考えた」
海未「・・・・・・・・・」 穂乃果「そうだよ。あの野盗を雇って、ことりちゃんの店を襲わせたのは、町の商人と、その裏のやくざたち!!」
穂乃果「そして町の役人と奉行所には、あらかじめ金を渡して、見て見ぬふりをするように仕向けた!!」
穂乃果「だから――知ってたんだよねぇ!?」
穂乃果「奉行所に勤めてた――海未ちゃんの、お父さんも!!」
海未「・・・・・・・・・」
海未「ええ――知っていました」
海未「しかし父は、むざむざ野盗に襲われることを知っていながら、それを黙っていることに、最後まで苦しみ――」
海未「上の役人からの禁を破り、ことりの呉服屋へ駆けつけ、そこで命を落とした」
海未「このことは――病床の母が、亡くなる間際に話してくれました」 穂乃果「だからと言って――海未ちゃんのお父さんの罪が、消える訳じゃない」
穂乃果「それから――穂乃果は、思ったの」
穂乃果「この世から、“悪党”をひとり残らず消してやる――!!」
穂乃果「盗賊も、やくざも、役人も、侍も!!」
穂乃果「誰かが傷つく前に――私が、この手で」
海未「穂乃果、貴方は――!」
穂乃果「ねぇ、海未ちゃん知ってる?」
ニヤッ
穂乃果「近くの町で、侍連中が斬り殺された、って」
穂乃果「あれやったのも穂乃果。そして、その侍連中は、あの時の城下町にいた役人たちなんだよ!!」
穂乃果「すごいでしょ? 穂乃果、復讐果たせたんだよ? なのに――」
チャキ…
穂乃果「私の中の、“憎しみ”は――まだ、晴れない」 海未(穂乃果――)
海未(貴方は――変わってしまったのですね)
海未(あの頃の、貴方は――もう、いないのですね)
海未「――ならば」
チャキッ
海未「貴方の中の、憎しみごと――」
海未「私が、斬る」
穂乃果「出来るかな――?」
ダッ!
穂乃果「――海未ちゃんにさぁ!!」
ギイインッ!! 海未「ぐぅっ・・・・・・!!」
一瞬で間合を詰めた、穂乃果の刀を――
海未は、かろうじて受け止める。
ギリギリッ
穂乃果「どうしたの・・・・・・?」
キインッ!
穂乃果「――海未ちゃんっ!!」
ヒュッ
ガキィッ!!
海未「うっ・・・・・・ああっ!!」
キィィン!
鍔競りから弾かれ、間髪入れずに襲い来る穂乃果の刀を、
これもかろうじて受け、打ち払う海未。
海未(なんという速さ――そして、重さ!!)
海未(これが、隻腕の剣――!?) 海未「はぁ、はぁ・・・・・・」
穂乃果「――所詮、人も殺せない海未ちゃんの剣は、その程度」
穂乃果「海未ちゃんに――穂乃果の気持ちは、わからない」
海未「・・・・・・・・・」
ザァァーッ…
海未「わかりますよ――私にも」
海未「私も――」
スッ
海未「人を殺めたことが、あります」
穂乃果「―――」
ザァァーッ 海未「母から、事の真実を聞き――」
海未「父もまた、あの一件に少なからず加担していたことを知り」
海未「出奔し、浪人となった私は、わからなくなっていた」
海未「正義とは――悪とは、なんなのか」
穂乃果「・・・・・・・・・」
海未「貴方のように、悪人を憎みもした」
海未「そして、ある時――訪れた貧しい村で、村人たちに請われ」
海未「村を襲う、山賊たちを――斬り殺しました」
穂乃果「・・・・・・・・・」 海未「しかし、私は――怖くなってしまったんです」
海未「どういった形であれ――自らが、他人の命を奪ったということに」
海未「そういった意味では、確かに私は、貴方の言う通り、弱い人間なのかもしれません」
海未「ですが、私は――弱い人間でいい」
穂乃果「・・・・・・・・・」
海未「私が、村人を守るため、人を殺めたこと――正しかったのかどうか」
海未「未だに、答えは出ていません」
海未「だから、私は――会って、相談したかった。話をしたかった」
海未「貴方と――ことりに」
穂乃果「ふうん・・・・・・」
クスッ
穂乃果「優しいんだね――海未ちゃんは」 穂乃果「だけど――穂乃果は。海未ちゃんみたいには、なれない」
穂乃果「穂乃果の中に、優しい気持ちは――」
穂乃果「――もう、残っていないから」
海未「穂乃果――」
穂乃果「さ――」
穂乃果「決着をつけよう。海未ちゃん」
海未「・・・・・・・・・」
パチン
海未は――無言で。
刀を、腰の鞘に収める。
穂乃果「へぇ――」
穂乃果「居合、だね」 ザァァーッ…
雨の中。
暗い、神社の境内で。
二人の、剣士が――対峙する。
既にお互い、間合に入っている。
どちらかが動けば――
一瞬で、終わる。
それ故――動けない。
なんの切欠(きっかけ)も無ければ――
この膠着が、永遠に続くかと思われた――
その刹那。
「――もうやめてっ!!」
「穂乃果ちゃん!! 海未ちゃん!!」
穂乃果「!!」
海未「!!」 その叫びと、同時に――
穂乃果は刀を振り。
海未は刀を抜く。
穂乃果の刀が、逆袈裟に振るわれる――
それより、一瞬速く。
海未の刀が、下から、刀を持つ穂乃果の右腕を斬る。
雨中に、ぱっと、鮮血が飛び散り――
穂乃果の刀は、海未に致命傷を与えるには至らず。
海未の肩を、斬り裂くに留まる。
海未の血飛沫もまた、花を咲かせるように飛び――
二人は同時に、地に膝をついた。 穂乃果「ぐ・・・・・・うぅ・・・・・・!!」
海未「右腕の・・・・・・腱を、斬りました」
海未「もう、貴方は・・・・・・今までのように、刀は振るえない」
穂乃果「海未ちゃん・・・・・・私を、殺すつもりじゃなく・・・・・・」
穂乃果「最初から、腕だけを狙って・・・・・・!!」
海未「貴方から、剣を奪うことは――」
海未「今の貴方を殺すことと、同義でしょう」
穂乃果「・・・・・・・・・!!」
ことり「海未ちゃん、穂乃果ちゃん・・・・・・!!」
ことり「もう・・・・・・もう、やめて!!」
バシャバシャ
花鳥太夫――否、ことりが、その場に駆け寄り。
うずくまる、二人の体を――かき抱いた。
目の見えない中、雨中を、何度も転びながら駆けつけたであろうことりの体は、泥にまみれていた。 ことり「せっかく、また会えたのに・・・・・・こんなこと・・・・・・!!」
海未「こ・・・・・・ことり・・・・・・」
海未「貴方は・・・・・・気づいて、いたんですか・・・・・・?」
ことり「本当は・・・・・・昨日、飯屋で会った時から。気づいてた――海未ちゃんだって」
ことり「当たり前だよ。海未ちゃんの声を、忘れるはずない――」
ことり「穂乃果ちゃんだって――!」
穂乃果「・・・・・・!!」
ことり「私・・・・・・この、五年間・・・・・・」
ことり「ずっと、二人に会える時のことを夢見て、頑張ってきたんだもの・・・・・・!!」
穂乃果「ことり、ちゃん・・・・・・」 ことり「ね、穂乃果ちゃん――もう、やめよう?」
ことり「もう――休んで、いいんだよ?」
ことりの、閉じられた両目から――
大粒の涙が、零れ落ちる。
穂乃果「ことり、ちゃ・・・・・・」
穂乃果「でも・・・・・・私は・・・・・・」
ことり「穂乃果ちゃんだけが、憎しみに縛られることない」
ことり「つらいなら、ことりがそばにいてあげたい。話を聞いてあげたい」
ことり「だって――ことりだって、つらいから」
ことり「それに――」
ポロポロ…
ことり「穂乃果ちゃんと、海未ちゃんは・・・・・・ことりの、大切な友達だもの・・・・・・!!」
穂乃果「――!!」 穂乃果「だけど。だけど、もう、私は――」
海未「――穂乃果。貴方は、自分の中に優しさは・・・・・・もう、残っていないと言いました・・・・・・」
海未「ですが――」
――生きてたんだね、ことりちゃん。
――良かった・・・・・・
――さようなら。
海未「あの時の、ことりに語りかけた時の表情は――」
海未「とても、優しかった」
穂乃果「・・・・・・・・・!!」 穂乃果「・・・・・・」
穂乃果「・・・・・・・・・」
穂乃果「ねえ・・・・・・海未ちゃん」
穂乃果「もう、私たち・・・・・・あの頃には・・・・・・戻れないのかな?」
海未「・・・・・・・・・」
海未「人は――昔に、戻ることは出来ません」
海未「ですが――」
海未「前に進むことなら、出来るのですよ」
穂乃果「―――」
空を見上げた、穂乃果の両目から。
つつ――と。
涙が、頬を伝った。
穂乃果「その、言葉――」
穂乃果「五年前に――聞いときたかったな」 ――その時。
穂乃果「あ――」
雨が――
海未「――やんだ」
そして――雲が切れ。
その、隙間から――
月が、顔を覗かせる。
ことり「月が――」
海未(――五月雨の)
海未(空だにすめる月影に――)
月の、柔らかい光に照らされながら――
海未の、意識は――深淵深く、消えていった。 ――五日のち――
ヒデコ「――調子はどうですか、お侍様?」
海未「ええ――もう動けますし、大丈夫そうです」
海未「貴方の方こそ、大丈夫なのですか?」
海未「私の看病などさせてしまって、申し訳ない」
ヒデコ「なんのなんの。血は出たけど、かすり傷でしたし」
ヒデコ「あの位でくたばってちゃ、芸妓は務まりませんや」
海未「はは――頼もしいですね」
と、布団の上で起き上がる海未のもとへ、
芸妓のフミコに手を引かれ、ことりがやって来る。
ことり「海未ちゃん――おはよう」 ことりは、海未の布団の傍らに、すとんと腰を落とす。
海未「ことり――おはようございます」
ことり「ふふっ」
海未「何か、おかしいですか?」
ことり「ううん。昔みたいに、海未ちゃんとお喋り出来るのが、嬉しくて」
海未「はは――そうですね」
海未「ところで――何故ことりの方は、黙っていたのですか?」
海未「最初から、私が園田海未だと、気づいていたのなら――」
ことり「海未ちゃん――何か、隠したがってるみたいだったから」
ことり「だから、海未ちゃんから話してくれるまで、黙ってようかな、って――」
海未「全く――」
海未「かないませんね、ことりには」 海未「・・・・・・・・・」
海未「――何も、穂乃果だけではありません」
海未「私の手も、血に濡れている――」
ことり「・・・・・・・・・」
海未「だから私は、変わってしまった自分を知られるのが怖かった」
海未「変わってしまった貴方と、どう接すればよいのか、わからなかった」
海未「ですが――違ったんですね」
ことり「・・・・・・・・・」
海未「変わったとしても――」
海未「しっかり、話せばいいのだと。わかり合えばいいのだと」
ことり「――そうだね」クスッ 海未「――ことり」
海未「あれから、穂乃果は――」
ことり「・・・・・・・・・」
ことり「気を失った海未ちゃんを、置屋に運び込んで――」
ことり「気づいた時には――もう、いなくなってたんだ」
ことりは、顔を伏せ、
悲しげな表情を浮かべる。
海未「そう・・・・・・ですか・・・・・・」
ことり「穂乃果ちゃん、海未ちゃんよりも、酷い怪我だったのに・・・・・・」
ことり「もっと、色んなお話、したかったのに・・・・・・」
海未「・・・・・・・・・」 ことり「ねえ――海未ちゃん」
ことり「穂乃果ちゃんの中の憎しみは――晴れることは、ないのかな?」
ことり「また――誰かの命をとるようなこと、しないかな?」
海未「・・・・・・・・・」
海未「――それは、わかりません」
海未「憎しみが、易々と消えることのない感情であることも事実」
海未「ですが――」
海未「私は、穂乃果の涙を、信じたい」
海未「そしてまた、穂乃果が暴れるようなことがあれば――」
海未「――私が、必ず止めてみせますよ」
ニコ
ことり「海未ちゃん・・・・・・」 海未「ところで、この町は、これからどうなるのですか?」
ヒデコ「綺羅一家の親分が死んで、一家もほぼ壊滅状態」
フミコ「正直、町はまだ、混乱しています」
ヒデコ「だけど――みんな、張り切ってますよ。“悪来主”は、もういない」
フミコ「これから、やくざ者に負けないような町を、作っていくんだってね」
海未「そう――ですか」
海未「前に進んでいるんですね――この町も」 ――そして、その日の午後。
出立の支度を整えた海未を、ことり達が見送る。
ヒデコ「もう、行ってしまわれるのですか?」
フミコ「もう少し、ゆっくりされていても・・・・・・」
海未「皆さんが大変な中、あまり長居もしていられませんからね」
海未「それに――私は、雨宿りをしようと、立ち寄っただけですから」
ミカ「あの――お侍様、ありがとうございました!」
ミカ「お侍様のお陰で、この町は・・・・・・!」
海未「いえ――私は、大したことはしていない」
海未「せいぜい、とろろ飯の、御礼程度ですよ」
ニコ ことり「・・・・・・・・・」
ことり「――あの、海未ちゃん」
ことり「海未ちゃんさえいいなら、私・・・・・・!」
海未「・・・・・・・・・」
海未「穂乃果を――迎えに行かなければなりません」
海未「もう一度、穂乃果と、しっかり語り合ってみたいんです」
ことり「海未ちゃん・・・・・・」
海未「そして、穂乃果を見つけた、その時は――」
海未「捕まえて、ふん縛って。一緒に、帰ってきますよ」
海未「――また、ここに」ニコッ
ことり「・・・・・・!!」
ことり「うん・・・・・・うん・・・・・・!」 ザッ…ザッ…
フミコ「さようなら〜!」
ヒデコ「お達者でー!」
町を後にする、海未の背に向けて、
各々が、声をかける。
ことり(海未ちゃん・・・・・・穂乃果ちゃん)
ことり(待ってるからね。ことり・・・・・・!)
ひょいと、飯屋の娘が、
雲の晴れた、空を見上げる。
ミカ「ああ――」
ミカ「雨も、上がった」 ――人は、昔には戻れない。
しかし、前に進むことは出来る。
どんなに長雨が続いても、
止まない雨は無い。
五年前のあの日から、ずっと五月雨が降り続いていた海未の心に、
久方ぶりに、爽やかな風が吹いた気がした。
雲が晴れ、太陽が照りつける空を、
海未は、眩しそうに見上げる。
海未「ああ――」
海未「もう、夏なのですね」
――了―― μ'sの二年生組主演のなんちゃって時代劇風演劇でした
お目汚し失礼しました SS祭り企画集計用スレ [無断転載禁止]c2ch.net
http://fate.2ch.net/test/read.cgi/lovelive/1497151430/
遅れてしまいましたがこの企画に便乗して書き始めました
次は間に合わせたい 乙
人を選ぶ作品だと思うけど個人的にはなかなかの良作だった
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