更に理解が深まったよん♪\(^0^)/

●「聖帝十字陵はどうやって建設されたのか?」については、十字陵はよく見ると割と小さい石板の組み合わせで出来て
おり、子供達が引いてきた巨石を切断加工して一枚一枚積み上げていったのだろう。 旋盤は電気が要るし、切断役は南斗
聖拳のリゾがやっていたのかも知れない。あくまで「巨石の組み合わせだ」と言い張るなら「ギザのピラミッドのウーダン説
(直線傾斜路&傾斜4度の内部トンネル利用説)」も考えられなくはないが、 それだと20年以上掛かってしまうし、画面に
傾斜路もヘリもクレーンも映っていないので「巨石そのまま利用説」はどうも考えにくい。
●聖帝十字陵は「階段ピラミッド」。古代エジプトで階段ピラミッドは、王の死後「北の星空(永遠の命の象徴)」に登っていく為
のもの。古代エジプトでは北天(北の星々)は特別視されていた。逆に南の星からは暦と時間が生まれた。7月下旬シリウス
が地平線に現れるのがエジプトの雨期の始まりのサイン。紀元前50年頃作られた「クレオパトラの天体図」ではシリウスの下
の絵は「暦の始まり」である。1年365日と割り出した最初と言われている。南の星は地平線から現れる。「10日×36の
神々」で360日を表わし、残りの5日は祭礼の日と定められていた。古代エジプト文明の知恵の結晶なのである。シリウス
(天狼星)はやはり南斗なのだ。シリウスはまた時間の基準にもなった。水時計を使って時間を把握していたエジプト人は昼
12、夜12の1日24時間と定めた。世界基準の最初である。紀元前30年ローマとの戦争により古代エジプト、プトレマイオス
朝滅亡。最後のファラオはクレオパトラ7世。「北は永遠の神、南は人の生活」という古代エジプトの考え方は、以前説明した
「カッバーラ(ユダヤ密教の奥義)」の「7は神の数字、6は人の数字」という考え方に合致する。 だから「北斗七星、南斗六星」
なのである。