「ぼくらが、このことで求めているのは、自分のことを考えずにすませてくれるような
激しく勢いのよい活動にすぎない。
そのためにこそ、ぼくらは、人を幻惑し熱烈に惹きつける魅力的なものごとを目標に祭り上げるのだ」

『パンセ(上)』断章 136

また、「気晴らし」がみじめであるもう一つの理由は、
「気晴らし」は絶対的な満足を与えてくれないため、際限なく、「気晴らし」を求めてしまうことです。
例えば、「この仕事が終わったら休める…」と思って、仕事を頑張っても、
いざ、休みになるとやることがなくなって耐えられなくなってしまうなんてことがあると思います。

そして、遊びにせよ、予定をどんどん詰めて、結局、休日はゆったりできていないということもあるかもしれません。