ケータハムがシリーズ3タイプのスーパーセブンで成功するとその後種々のレプリカが生まれました。

バーキン7はロータスの創始者であったコーリンチャップマンの死後コーリンの妻であった
ヘーゼルチャップマンが南アのバーキンに作らせたレプリカです。

日本では90年代の始め頃にM社がバーキン7の輸入販売を始めました。
M社はバーキン7こそチャップマンの遺志を受け継ぐ本物のセブンであるとして「正統セブン」
「純粋血統」「蘇るチャップマンの遺志」と唄いました。

その要旨はチャップマンは南アでシリーズ3タイプのセブンを造る計画でいたが、急死したためにその妻である
ヘーゼルがチャップマンの遺志を継いでバーキンにシリーズ3タイプのセブンを造らせたというものです。

ケータハムについてはケータハムがロータスから受け継いだのはシリーズ4だけであるからシリーズ3タイプの
ケータハムはレプリカであるとし、ケータハムを良しとする人に関しては「いわしの頭も信心から」と侮辱しました。
これではケータハムの人が怒るのも無理はないと私は思いました。
ここにケータハムとバーキンとの間で「本物論争」が勃発しました。

M社の言い分は矛盾に満ちています。まずセブンの権利を持っていたのはロータス社でありチャップマン
個人でも、ましてやその妻のヘーゼルでもありません。
そのロータスから1973年にセブンはケータハムに引き継がれたのです。
これはセブンと言う車そのものが引き継がれたという事であり、シリーズ4だけが引き継がれたという事ではありません。
その証拠にケータハムがすぐにシリーズ3タイプに変更したときにロータスからは何もクレームは来ておりません。

ケータハムとバーキンの裁判は南アで行われましたが、セブンと言う名称はケータハムのみが使うことが
決まりましたが、ケータハムが要求したバーキンの製造中止は決まりませんでした。

これは元々ケータハムはセブンの意匠登録などはしていなかったことと南アの裁判所が南アの希少な自動車産業を
守りたい考えたためとみられます。
イギリスでケータハムがウェストに対して行った裁判ではケータハムの主張が認められウェストはケータハム
との違いを出すために形状を大きく変更しました。
こうしたこともあってヘーゼルはイギリスを避けて南アに目を付けたのでしょう。
なおバーキン以前から輸入されているウェストとの間では論争のようなものはありません。