ここで、ソクラテスは、

自分が法を破るという行為を犯してまで国外へと逃亡した場合、
そのような正義を踏みにじる恥ずべき行為を犯した自分が道徳や正義について語っても、
そのことに聞く耳を待つ人はもはや誰もいなくなってしまうであろうし、

何よりも、そのようなことをしてまで生きのびても、ソクラテス自身の生き甲斐であり、生きることの最大の目的である善美なるものについての探究と、
善く生きることの追求が果たせなくなってしまうということを問題にしていると考えられることになります。