敬意を持った殺しは存在する。
これは対人間の武士道でも今の戦場でもある。
駆除や狩りでもある。
それは、直接的な憎しみや残虐性とは違う殺生が存在するということ。
それは暴力的かもしれないが、同じ暴力ではない。
だからこそ優れた倫理観が必要になる。
それを二元論でくだらないとする人間こそ命をわかっていない。
今は生産性が上回ってしまった。
おそらく「いただきます」は敬意持った殺しの上に成り立ってたハズなのに、それが何やっても許される免罪符みたいな価値観にすり替えられた。
問題の本質はここだと思う。