>>135
もう一歩踏み込んで考えてみることはできるかな?
廃棄が出るのは「供給>需要」だからだ。
「供給≦需要」であれば廃棄は生じない。そうするためには@供給の縮小A需要の拡大の二通り(あるいはその両方の併用)が考えられる。いずれにせよ需要が常に供給を上回るなら廃棄は存在し得ない。買い控えは第一義的には需要の縮小だからこれに逆行することになる。
買い控えで需要が縮小すれば供給も縮小するが、それだけではいずれにせよ余剰供給は存在し続ける。
廃棄による損失が、需要に応えきらないことで販売の機会を逃すことによる損失を上回らない限り、生産者側にとって余剰供給は必要なコストと考えられるからであり、当然そのコストは商品価格に見込まれている。
ということは、需要の縮小により廃棄が増大したところでそれが予め見込んだ余剰供給の範囲にあるうちは直ちに供給側に痛手はなく、
それが継続あるいは進行する間に供給側は新たな供給量と価格のスキームを調整するわけだが、当然その新しいスキームにも余剰供給が見込まれることになるからだ。
廃棄によるコストを価格に転嫁して需要が続く限りはこのようにして余剰供給すなわち廃棄は生じ続ける。理論的には需要がゼロにならない限り廃棄は存在し続けるということだ。
需要がゼロになれば供給が無意味なので供給は停止し需給がともにゼロとなり廃棄もゼロとなる。
あるいは他方では、需要が常に最大であればそれ以上の生産は無意味なので供給もそこで頭打ちになり需給がイコールとなって廃棄が存在しなくなる。ということは理論的には消費者側が常に購買力の限りをもって供給に応じるのであれば廃棄はゼロになると考えることもできる。
これらは共に、廃棄をゼロにするという目的に対する方法論としては等価であるはずだ。
しかしいずれにせよこれらは現実的ではない。人の嗜好が恣意的である以上需要がゼロになることは見込めないからであり、他方で需要が常に最大であることもまたあり得ないからだ。
従って、現実的には供給側が見込む需要量であるところの実際の供給量と実際の消費者による需要が均衡するか、あるいは後者が前者を上回る場合を考える以外にない。
しかし基本的には、供給側は機会損失を下回る程度の廃棄による損失には寛容なので一般的にこれらの場合は考えにくい。
要するに、受注生産や稀少品のような特殊なケース、極めて市場が小さい商品の場合を除けば、そして特に市場が大きな商品については尚更、廃棄がゼロになる場合というのはあくまで偶然の産物と考えるべきである。
そしてこのことは何も食肉産業に限った問題ではない。