>>52
> 動物が人間と同じ意味で痛みを感じているとは述べていないけれどそれは何処から出てきた?

はぁ?
>>41->>43で「動物は痛みを感じるから殺してはならない」という提起があった。
それに対して>>46が「植物も刺激を感じる」と言い、>>47が「痛みを感じないとしても殺していいかどうかはまた別の問題」と言った。で>>48が「動物を殺すより植物を殺したほうがマシだ」と言った。
この流れを受けた>>49が「動物が人間と同じ意味の痛みを感じていることは不確かだ」と言ったわけだ。

この>>49は、
>>46の「植物が感じる刺激」が、動物が感じる「痛み」と区別されるべき理由がなければ、>>41-43の「痛みを感じるから殺してはならない」に当て嵌めて「植物も同様の刺激を感じるから殺してはならない」となるため、
>>48の「動物を殺すより植物を殺す方がマシ」という判断の根拠がなくなる、ということについて、
「もし動物が感じる『痛み』ということの意味が単に痛覚刺激のことに過ぎず、
つまり例えば人間の『苦痛』のような心的作用を伴うような概念でなく、単なる特定の感覚器に対する刺激という概念でしかないならば、その意味では植物の感じる刺激と区別すべき理由があるとは言えない」
ということを言っている。

つまり「動物が人間と同じ意味で痛みを感じているかどうか」という論点は、
「動物は痛みを感じるので、植物を殺す方がマシだ」という主張について、“例えば”『動物は人間と同じ意味で痛みを感じているが、植物はそうでない』とはいえない」
というあくまで「動物の感じる痛みと植物の感じる刺激が区別されるべきであるとはいえない」という例示として生じている。

で、何か問題が?