【水】(V)o¥o(V)【観】出張所
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879 百尺竿頭に坐する人よ真理(さとり)を求め、更に歩一歩を進めよ 2020/06/12(金) 23:47:17.02 ID:Rt8nPwmR
ミックスリスト - 須磨寺小池陽人の随想録 − 真言宗 真言密教
https://www.youtube.com/watch?v=EGfxoSy1kyA&list=RDCMUCerl5qprPtAhh3S1lSb8IIg&start_radio=1&t=27 1.(男女和合の)恍惚たる快楽(surata)が実は清浄であるという境地。
これがすなわち菩薩の境地である。
2.偏見があるのが実は清浄であるという境地。
これがすなわち〜( 以下同じ)。
3.(男女)の快楽(rati)が実は清浄であるという境地。
4.愛執があるのが実は清浄であるという境地。 5.装飾するのが
6.歓喜して恍惚たらしめるのが
7.(欲心をもって異性を)眺めるのが
8.身体で快感を味わうのが(以下略)
どれも「実は清浄である」。
「一切のものが、その本性では清浄でる」
そして「一切の有情は如来蔵なり」
(第12 有情加持の法門)
「欲望を持ち、煩悩に悩まされている凡夫の暮らしのなかに、
真理に生きるその姿を認めようというのが、この理趣経の立場」
(中村元博士:訳) 理趣経は、般若経典の一種とされ、すべての欲望は、清く美しいものであると説きます。
空海が最澄にこの本だけは貸さなかった。
なぜならば、正しく理解しないならば風俗に陥る危険があるから、という理由であるとされています。 基本となるのが、如実知見(にょじつちけん)
あるがままにものごとを見、洞察する智慧。
なにごとにもとらわれず、あるがまま、そのままにものごとを見ると、
世界をそのままに受け取ることができるようになる。
「如実知見」とは、
肉眼ではなく、智慧の力によって現実をとらえること。
それは、現実そのものとの一致によって得ることができるという八正道の「正見」 『一理に達すれば万法に通ず』(宮本武蔵「五輪書」)
ひとつの道を究めれば、すべてのことに活かせる。 947 キチャナイいぬ、くちからでまかせ栄進を蹴り上げ ◆8JriGAJJSs 2020/06/18(木) 01:57:50.16 ID:c5fIr5E9
中村元 - 原始仏典 スッタニパータ の解説 - 2.29.23
https://www.youtube.com/watch?v=_RTb1sC7Yg0&list=PLERGeJGfknBQ5l6kTs05lLYDa_4FGOlAF&index=2 563 ニクス(岡山県) [ニダ] [sage] 2020/06/19(金) 02:38:21.82 ID:D0ppzbjX0
何だろうね〜?
https://youtu.be/KpqSj_XGrik 497 ワタシの教えは優しい必ず受け入れらる一人歩み行くアハ犀の一本角の如く 2020/06/20(土) 15:50:41.88 ID:M8u3AtZ0
自宅で出来る7分間の胸筋用トレーニング - 10.24
https://www.youtube.com/watch?v=7e-8TWQ8d8w
大胸筋を大きくする自重トレ!胸全体に効かせる2分半の胸トレ - 5.40
https://www.youtube.com/watch?v=BMwXyc1yomA
たった3setで胸筋パンパンにする腕立て - 4.13
https://www.youtube.com/watch?v=VKdEbdKrhA0
小胸筋と前鋸筋の関係を知れば「巻き込み肩」は自分で治せます! - 8.22
https://www.youtube.com/watch?v=50AkKdRhAIs 摩訶止観には、
大悲、大慈、師子無畏、大光普照、天人丈夫、大梵深遠
とあるから、どっちも大悲は有り得ない。
地獄と餓鬼で聖観音と千手観音が入れ替わっている事が
よくあるのは、「大悲」にどちらを当てるかによるもの
で、大悲=千手観音が多数派な様に思う。 941 宇宙 2020/06/26(金) 10:41:50.89 ID:MW5r+B4s
瞑想による神秘体験について
https://www.youtube.com/watch?v=jBhUURij0KY
この方は、スピ系?で瞑想会とかセッションやって
人に教えてお金とってますが、
まあ人の勝手で、遣りたいようにやればいいですが、
神秘体験と悟りを一緒くたにしてます。
この方の体験なら日々瞑想すれば
短期間で誰でも体験できると思います。
人に教えながら学んでいると言われるでしょうが。
悟ってないでしょうねw オーム ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディ スヴァーハー
歌うように。
https://www.youtube.com/watch?v=5Xh7Yrj1yNU ┏━┯━┯━┯━┯━┯━┯━┯━┯━┯━┯━┯━┯━┯━┯━┯━┯━┯━┯━┓
┃般│ │羯│ │故│是│故│依│無│菩│亦│無│無│不│空│度│観│ │ ┃
┃若│ │諦│ │説│無│知│般│有│提│無│眼│色│生│即│一│自│ │ ┃
┃心│ │ │ │般│等│般│若│恐│薩│老│界│無│不│是│切│在│ │摩┃
┃経│ │羯│ │若│等│若│波│怖│陀│死│乃│受│滅│色│苦│菩│ │訶┃
┃ │ │諦│ │波│呪│波│羅│遠│依│盡│至│想│不│受│厄│薩│ │般┃
┃ │ │ │ │羅│能│羅│蜜│離│般│無│無│行│垢│想│舎│行│ │若┃
┃ │ │波│ │蜜│除│蜜│多│一│若│苦│意│識│不│行│利│深│ │波┃
┃ │ │羅│ │多│一│多│故│切│波│集│識│無│浄│識│子│般│ │羅┃
┃ │ │羯│ │呪│切│是│得│顛│羅│滅│界│眼│不│亦│色│若│ │蜜┃
┃ │ │提│ │即│苦│大│阿│倒│蜜│道│無│耳│増│復│不│波│ │多┃
┃ │ │ │ │説│真│神│耨│夢│多│無│無│鼻│不│如│異│羅│ │心┃
┃ │ │波│ │呪│実│呪│多│想│故│智│明│舌│滅│是│空│蜜│ │経┃
┃ │ │羅│ │曰│不│是│羅│究│心│亦│亦│身│是│舎│空│多│ │ ┃
┃ │ │僧│ │ │虚│大│三│竟│無│無│無│意│故│利│不│時│ │ ┃
┃ │ │羯│ │ │ │明│藐│涅│掛│得│無│無│空│子│異│照│ │ ┃
┃ │ │諦│ │ │ │呪│三│槃│礙│以│明│色│中│是│色│見│ │ ┃
┃ │ │ │ │ │ │是│菩│三│無│無│盡│聲│ │諸│色│五│ │ ┃
┃ │ │菩│ │ │ │無│提│世│掛│所│乃│香│ │法│即│蘊│ │ ┃
┃ │ │提│ │ │ │上│ │諸│礙│得│至│味│ │空│是│皆│ │ ┃
┃ │ │ │ │ │ │呪│ │佛│故│故│無│觸│ │相│空│空│ │ ┃
┃ │ │薩│ │ │ │ │ │ │ │ │老│法│ │ │ │ │ │ ┃
┃ │ │婆│ │ │ │ │ │ │ │ │死│ │ │ │ │ │ │ ┃
┃ │ │訶│ │ │ │ │ │ │ │ │ │ │ │ │ │ │ │ ┃
┗━┷━┷━┷━┷━┷━┷━┷━┷━┷━┷━┷━┷━┷━┷━┷━┷━┷━┷━┛
為 心願成就 諸願成就 満願成就 也 三浦崇宏 GO
@TAKAHIRO3IURA
頑張ってる人が報酬を得るのではなく、リスクをとった人が報酬を得る。
頭がいい人に人がついてくるのではなく、使命感のある人に人が集まる。
答えを出す人が組織の中心になるのではなく、問いを見つける人が真ん中にくる。
負けない人が生き残るのではなく、負けても立ち上がる人が生き残る。 疫病撲滅
臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前(。-人-。) 魔軍撲滅
臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前(。-人-。) 神足通(じんそくつう)
機に応じて自在に身を現し、思うままに山海を飛行し得るなどの通力。
天耳通(てんにつう)
ふつう聞こえる事のない遠くの音を聞いたりする超人的な耳。
他心通(たしんつう)
他人の心を知る力。
宿命通(しゅくみょうつう)
自分の過去世(前世)を知る力。
天眼通(てんげんつう)/死生智ししょうち(ししょうち)
一切衆生の過去世(前世)を知る力。
漏尽通(ろじんつう)
自分の煩悩が尽きて、今生を最後に、生まれ変わることはなくなったと知る力。 神通力(じんつうりき)
何事も自由自在になしうる力。通力。 自力の行と他力の行
心の執着を取り除き、
全き自由を得て、
何ものにもとらわれない。 観自在菩薩は、
サンスクリット語(梵名)では
「アヴァローキテーシュヴァラ・ボーディサットヴァ」
昔から広く民衆に親しまれている菩薩様、観音さまです。
観自在菩薩の別名
・観音さま
・観音菩薩(かんのんぼさつ)
・観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)
・観自在菩薩(かんじざいぼさつ)
・救世菩薩(くせぼさつ) 『観音経』は
法華経の中の「観世音菩薩普門品第二十五」という一章。
ここで、 観世音菩薩が、
私たちが人生で遭遇するあらゆる苦難に際し、
観世音菩薩の偉大なる慈悲の力を信じ、
その名前を唱えれば、必ずや観音がその音を聞いて救ってくれると説いている。 「念彼観音力(ねんぴかんのんりき)」
観音様のお力を念じれば
「妙音観世音、梵音海潮音、勝彼世間音」 観世音菩薩は、
衆生が苦しみ悩む音声を観じて救済する菩薩。
アヴァローキテーシュヴァラ・ボーディサットヴァ
オン・アロリキヤ・ソワカ 観音の修行がどんなに優れているかをよく聞くがよい。
広き誓願は海のように深く、どれ程の時間をかけても人間の知恵には思いもおよばない。
何千億の仏たちのもとで、大いなる清らかな願いを起こした。 この菩薩の名を聞き、その姿を見て、心にしっかりとどめて空しく生きることがなければ、あらゆる苦しみは消滅する。 たとえ悪人が、悪意をもって燃えさかる火の穴に落とされても、観音の救いを心から念ずれば、火の穴はたちまち池に変わる。 あるいは大海の中を漂流して、龍や怪魚や鬼などに襲われても、この観音の救いを心から念ずれば、波の中に溺れることはない。 あるいは人に高い山の項きから落とされても、観音の救いを心から念ずれば、太陽のように空中にとどまることが出来る。 あるいは悪人どもに追われ、高い山から落ちても、この観音の救いを心から念ずれば、髪の毛一本傷つかない。 また強盗に囲まれ刀で殺されそうになっても、観音の救いを心から念ずれば、彼らの心はたちまち優しくなってしまう。 あるいは国王に捕えられ、刑場で処刑されそうになっても、この観音の救いを心から念ずれば、刀がばらばらに折れてしまう。 あるいは牢屋に入れられ、鎖につながれても、この観音の救いを心から念ずれば、たちまちに鎖は解けて自由となる。 あるいは呪いや毒薬のために命が危険にあっても、この観音の救いを心から念ずれば、殺そうとした人にそれらが戻っていく。 あるいは悪鬼や毒龍といったさまざまな怪物に出会っても、この観音の救いを心から念ずれば、どれもが害を与えないようになる。 もし猛獣に囲まれて、牙や爪で殺されそうになっても、この観音の救いを心から念ずれば、どこかへ走り去ってしまう。 とかげ、ヘび、まむし、さそりなどが毒気を吐いても、この観音の救いを心から念ずれば、念ずる声を聞くやたちまちいなくなってしまう。 天が轟き、稲妻が光り、雹が降り、大雨が降っても、この観音の救いを心から念ずれば、たちまちそれらは消散してしまう。 人々が困難にあい、様々な苦しみに苛まれるとき、この観音の優れた力が、人々の苦しみを救ってくれる。 神通力を全部備え、智恵に富んだ様々な手段によって、あらゆる方角にある国に姿を現わし、どんな国でも現われないことはない。 観音菩薩は様々な悪趣に出向き、地獄・餓鬼・畜生等による苦しみと、生老病死の苦しみを、神通力と方便によって滅ぼしていく。 観音菩薩は真実の観、清浄の観があり、広大な智恵の観、憐れみと慈しみの観が備わっている。だからいつも観音菩薩の出現を願い、その姿を仰ぎ観るべきである。 観音菩薩は汚れなく清らかな光に包まれ、太陽の如き智恵の輝きが全ての闇を取り除き、よく炎の風や火を吹き消し、世間を照らす。 憐れみの心は雷のように人々を守り、慈しみの心が雲のように人々覆う。 永遠の教えの雨を降らし、人々の煩悩の炎を鎮める。争いに巻き込まれ法廷に連行され、戦場で死の危険に晒された時、この観音の力を念ずれば、あらゆる敵はみな逃げてしまう。 観音菩薩は優れた音、世間を観る音、梵天の音、大海の音を持ち、世界のあらゆる音に勝る音を持っている。
したがって常にこの観音を念ぜよ。
一念一念に念じて決して疑ってはならない。 この観世音という浄い聖者は、苦しみや死の苦難が訪れた時に、最後の拠り所となるのである。
あらゆる功徳を持ち、慈悲の目をもって人々を眺めている。
その福の集まる姿は無量であり、だからこそ礼拝すべきである。 南無大慈大悲観世音菩薩
南無大慈大悲観世音菩薩
南無大慈大悲観世音菩薩 観世音菩薩
「観」はみる、ただ見るのではなく、よく観る。
「世」は世間の世であり、世の中の意味。
「音」は衆生の悩みや苦しみの声とか救いの音声。
観音様は無相であり、無我であるから
宇宙のあらゆるところに縦横無尽、
円融無碍(えんゆうむげ)に現れることができる。 悪い友と交わるな。
卑しい人と交わるな。
善い友と交われ。
尊い人と交われ。
ブッダのことば 「自灯明・法灯明」
私がいなくなっても真理の法は生きている。
自らを灯明とし自らを拠り所としなさい。
法を灯明とし法を拠り所としなさい。
仏陀 最期の言葉 レス数が950を超えています。1000を超えると書き込みができなくなります。