人は本物ではないので誰かを不必要に貶める必要はないよ。

ただ真理を知っていることと、自己実現、自己の浄化は必ずしもセットではないということ。
自分が教えを探していたり、人に紹介するときは慎重さと検証が必要であるということ。

伝統的な教えもしくはその系譜は、努力と恩寵のパラドックスをきちんと説明して
異なる次元の真理を調和させている。

そもそもラメッシどうこうじゃなくて、ネオアドヴァイタと呼ばれる
不備が指摘されている教えは良くないよって話だったからね。