スピリチュアル・真理とは一体何なのか?よくわからないけど語ろう。
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この世の真理といわれるもの
スピリチュアルとは
思うことをなんでも語ろう おう、大先輩じゃないですかいろいろ教えてよ
ちなみに信仰なんて今のところいらんw >>220
高さ3mから背中を下にして落下
地面はコンクリート
一瞬意識を失い、ドンッという大きな音で気がつくと、無痛だし無傷
科学的に説明のつかない何かの力が働いたとしか思えない >>220
すごい、経験ですね。2つの質問に答えてください。
これまでの自分の経験した体験で、
質問1 他人に大いに自慢できるし、是非同じ体験をしてほしい事?
質問2 もう2度と、他人には絶対してほしくないと忠告したい事?
あれば、教えてください。 >>220
他人の感情に同調して自分も同じ感情を経験する
繋がりが深い人ほど同調しやすく、距離は関係ない 222です PCから売ってるのでIDかわりますごめんなさい
>>222
それは本当に幸運なことですね。普通だったらケガするところだと思います。
でも、例えば自分は次の様なことを想ってしまい信仰的には捉えられないんです。
・5階建てのビルから落っこちてかすり傷だった人が知人にいます。
・あと、赤ちゃんがマンションの最上階から落っこちて無傷だった話とかTVでやってました。
「九死に一生」とかの低確率の幸運に恵まれたことは事実だとしても、
宗教的な奇跡の証明としては恐らく統計的なラッキーに当たったという話で、
物理法則を捻じ曲げたとは思えないんです。
↑自分のこんな風な思考がこびりついてしまってます >>223
質問1→
ないです。今は全てヤバい奴の戯言体験にしか思えません。
ただし、強いて言うならば、クンダリニーヨーガをやってた時は確かに
尾てい骨から火が出るような感覚とかチャクラの強烈な知覚(痛い)とかはありました。
ただそれでもかなり懐疑的でしたが、瞼の裏に内部視覚(幻覚)を見られる様になった時と、
霊的覚醒(の様な)体験です
ある日、「おれは明日完全に覚醒する」という予感だけとてつもない臨場感でやってきて
案の定、次の日の瞑想時に、身体が吹っ飛ぶくらいの渦巻く流体に巻き込まれ、見たことのない
寺院みたいなところで瞑想している視覚が見え、身体に戻った後、頭の中にある文字列が
ぽんと降りてきました。まさかと思ってネットで調べると実在のチベット仏教総本山みたいな
ところの寺院名で、瞑想ヴィジョンと細部まで同じ(装飾模様から、何階建てでどの道があるとか)で
驚愕しました。次の日の早朝に彼女が電話をかけてきて、「あんたが知らないアジアの宗教の部屋
に入っていく変な夢を見た」と報告され(彼女は宗教的なことに一切興味ないし私も一切そんな話は
したことはないです)その時ばかりは神秘体験を認めました。
が、時間が経つにつれ「それが一体何なんだ」としか思えなくなりました。ただの未発見のテレパシー的な
物理現象かもしれないし、頭が記憶の二重想起をして偶然が重なったともなんとでも解釈できます
質問2→
神秘体験をベースに現実的な生活を考えることです。自分の信仰は、結局、現実の人生の
めんどくささに対するスケープゴートにしかなってないんじゃないかと疑い続けるとかです
>>224
波動とか引き寄せ的な、力学思考はよく存じてます。
但し、それが何故正しいとか、再現性を持って現れるとかの証明とまで言わずも論拠を
今の自分は欲しがってしまいます。 1 夢で、翌日の授業を受けていた。
問題の見ただけ、解き方を、はっきり学んでいたよ。
2 大学入試で、前日に宿坊で見ていた問題がそのまま主題されていた。
3 渋滞で、遅れそうなのに、時間ピッタリに到着したとか
4 まったく知らない待ち合わせ場所に、誰にも尋ねずに地下街から出た着いた。
それはおかしな思考じゃないように感じるけど?
むしろ、なんでもかんで神秘的にとらえるほうがどうかと思う。 >>227
3と4は結構、誰でもありそうにも思えますが
1と2はどれくらいの精度かで結構面白いですね
1は例えばどれくらいの具体性の一致なんですか?
例えば、オイラーの定理関連がでそうと思ってオイラーの定理関連の問題が出る程度か、
219×87= みたいな、中身の数まで一致していたのかとかです
場合によっては、1も2も、テストの出題範囲の中では意外にその形式の問題しか出ないみたいなやつだったりする可能性もあるかと思います。無意識の山勘が当たったとか
>>228
凄く思うのは神秘体験でも奇跡(のように思える体験)でも、自分の人生にほぼほぼ役に立っていないと思った時に「俺は完全に空虚な妄想に人生の多くの時間を費やしてしまったのだ」という後悔と共に
でも、神も何もないのなら何を目的にわざわざ生きるのかみたいなジレンマで苦しいです
端的に、フェルマーの最終定理の証明が頭に浮かんで証明出来ましたみたいなことが事実としてないのがこの世界は現実的だな、と萎えてしまうポイントみたいです
※その意味で、自分が一時期、奇跡かな?と思ってたのは数学者ラマヌジャンの夢のお告げと数学の証明ラッシュです。
但し、彼はもともと、数学マニア且つサヴァン症候群が疑われたこと、そして、夢で音楽家が作曲する的な芸当は結構人類に普遍的にある現象みたいなので今はただの天才としか思えません 見れるし聞こえるし触れるけど医者には病気認定されてます
自分も霊感自体はかなり懐疑的になってますが(ほとんど信用できません)
霊能力より気功や魔術の方がまだまだましじゃないかなぁと
霊能力って訓練方法確立されてませんよね
瞑想みたいに科学者が研究してるわけでもないし
気功やヒーリングは訓練できますし
魔術は本が出てるぐらいですし
実際は霊能者はほとんどが詐欺師です
趣味で修行してますが
訓練対象としてはダメダメです 5 阪神大震災の時。その5分前に起きて、トイレいった。
6 不吉予感で、外に出たら二階が家事だった。
7 合格できないはずの大学に受験したら、
古典でたまたま知っていた問題がとけて合格できた。
8 軽自動車が、雨の高速道でスリップし、
1回転し前部が大破したのに、家族全員無傷だった
まだまだありそうですが... ◆ 自分の生まれてきた目的を知る方法
このことを、自分で考えることで、
あなたが、今回生まれてきた目的が明らかになります。
これまでの自分の経験した体験で、
質問1 他人に大いに自慢できるし、是非同じ体験をしてほしい事?
質問2 もう2度と、他人には絶対してほしくないと忠告したい事?
あれば、教えてください。 >>225
背中から落ちて無痛っていうのは常識では考えにくいけどね
ただのラッキーと片付けてる事象も、未科学的な力が働いていたのかもしれないし
運については突き詰めて考えたことはある?
何も考えずに運で片付けてたら、それこそ物理法則に向き合ってないんじゃないかな
運に関しても科学的な考察はあるし、テレパシーも量子もつれの影響かもしれない
結局科学的に解明されていないだけで、目に見えるものも見えないものも、全ては完全な物理法則に支配されていると思うよ
偶然に起こることなんて何一つない
信仰心なんて持つ必要はないと思うけど、それでも神と呼ばれるようなエネルギーは存在するだろうし、それを実生活でどう利用するかは自分次第じゃないかな >>229
1は、すごいですよ。授業そのものが、完全なデジャブ現象ですよ。
9 初めてお海外短期留学で(アメリカ)で、高校時代の同級性に会うか確率は?
10 震災の復興援助の申し込み時に、
申し込み有効最終日の午後に、他の用事で、偶然出向いた市役所でそのことを知り、
すべての書類資料の手続きが完了、申し込みが受理された。 11、初対面で出会った瞬間に
「ああ、この人結婚するのか、どうしよう」...と思い、結婚したけど、...
. >>230
気功は自分もやってました。
ヨガをマイルドにした感じで、気感を回すとか
突き上げて頭頂から出すとかは確かに強烈な体験として起きるんだなと思いました
※但し、神経系のバイオフィードバック的な操作方法でしかない気もしないでもないです
霊的な意味での不思議というよりも、意識と神経系の不思議みたいな
魔術は密教関連、マントラとかなら経験があります
でも、例えば、体調よくなったとかテストに受かったとかはあっても、
魔術書の本に魔術が書いていて、それを自分で試して宝くじ1億円が当たるとか
(黒だと人を殺めるとか)みたいなことは、現に自分でどんな魔術書に従おうが、
絶対無理と気が付いて結局、偶然の一致に意識的になるだけかなというところで進展なしです 12 夢なのに、今も覚えてる夢がいくつかある。
そ例外のほとんどは、完全に忘れているのに... 13 自分が初めて立ち上げた、2CHのスレッドが
投稿者が急増し、
たた3日で、1000スレッドに達したというのは、どうですか。 このスレッドもそうですが、
急に一般、隠れ読者が投稿し、急増したのも..奇跡でしょうか。偶然ですか >>229
みんな無駄だらけの人生だろうよ
これじゃなかったってわかったのも新たな発見じゃん。
人の特性にはばらつきがあるから、その分だけ生き方もある。
人生こうあればならないという、唯一の答えはない。
自分が好きなこと、やりたいこと、なければいろいろ挑戦してみりゃいいと思うよ。
人生ゲームみたいなもんだ >>231
やっぱり、どれも偶然の一致に意識を向けただけと言えなくもない
と思ってしまいます
5 日航機123便墜落の時には、普段乗り合わせないのに
その日に限って乗らなかった人が結構いたりしました。
同じく震災の直前に何故か屋外に出た人とかもいると思います。
結構九死に一生系は誰しも何度かするのかなとか思います。
やっぱり、統計的に運がよかった体験なのかなとか思ってしまいます
6 同じく、火事だったので熱、匂い、音とかで起きただけかもしれません
そうでなくとも、日常会話ベースでは運がよかったのかなくらいの形で理解
されるものに思えます
7 それは結構な受験生が体験すると思います
8 これも結構あるかなと思います 大き目の交通事故で生き残った人は
皆言うかと思います
9 これは結構確率低いと思います。ただ、自分も、就職先の事業所の住所が
番地まで含めて姉と同じ場所になったことがあります
姉は自分と違う外資の会社で、偶然、自分が就職した会社の事業所に駐在していました
そして、私がその事業所に入る前日に姉は異動で出ていきました(姉の異動日は私の配属
が決まる前に決まっていましたので調整などは有り得ません)。
姉と自分は九州の人間で、その事業所は中部にあったので、同じ家族のメンバーが一日違いで
番地まで一緒の住所で働くというのは結構な確率だと思いました。
但し、やはり、確率論でしかなく、物理法則がねじ曲がったとかではないと思います
あと川でなくしたサッカーボール(名前入り)を、他市に住む従妹が1か月後に川で拾ったと持ってきたこと
同級生と遠い就職先のオフィスで一緒になるとか、意外に普段忘れてるだけでびっくりするような低確率な
事象は誰でもたくさん起きるんだと思います。
10と11は比較的、あるかなと思います
ただ、たとえば「6」が神の何かしらの配慮による力が働いたと仮定して別のことを考えてみると結構面白いです
神の意志或いはその力の解読的なやつです。
@そもそも、火事を起きないようにする
A火事になる前に教える
ではない理由というのは宗教的にどんな意味を持つのか考えていく神とは何なのか凄く不思議になります
敢えて、神を気づかせるためにB火事が起こった後、最良なタイミングで知らせた→奇跡の証明
という意味合いという線で考えると、もし奇跡を起こすのならファティマの予言並みのことを現代社会
でやればいいのにとか思います
結局、神にも力の限界があるとかいう結論になるのでしょうか?
何か自分は神に恨みを持ってしまっている人間のように思えてきました・・・
>>232
心理学でも個人の体験から行動目的を導くというのはあると思います。
同じくスピリチュアルでもその方法論 >>241
やはり信仰は「自明」なものでなく「信じる」ものだからこそ
信仰であって成立するというものなんでしょうかね
スピリチュアルも諸宗教掘れば掘る程、神秘体験or奇跡(の様に超確率の一致
に思える体験)の意味付けとしての思想の一つでしかないのかな、とか思うと
凄くやるせなくなってきます でも、それがまぁ、人生なのかという諦めも大事かも
しれないです 霊的な体験は、
必然のものもあれは、偶然もあります。
そのことを気にして、自分や他人の霊性ランクなどを評価しても、
あまり意味がなくて、
日常で誰もが経験し体験することから、
霊性の本質を考察する方が、重要な秘密(法則)が見つけやすいのでは..
例えば、霊性の本質は、
自分と他者との自由意識のコミュニーケーションの中にある
本音トークの意識と環境、相手を見抜く洞察と信頼...
人の性格や悩み、今後の人生も、真剣本音トークなら、
誰でも30分でも、解決糸口でが見つかるのかな?
>>236
自分はヒーリングや統一体や瞑想で能力が実際に有ることがわかりました
普通の人は超能力なんかないと言うでしょう
自分も霊能力ではわかりませんでした 瞑想は訓練し始めです
個人的には↓
世界の肯定は
世界の存在自体が奇跡で意味がある
と考えてます
人生の目的は
足るを知る事だと思います
頂点を取ることが必須でも
諦めて自殺するのでもなく
なんですが難しいです >>245
霊性の本質は、
自分の才能だけでなく、その才能が、
自分と他者との関係で、どうのように生かされるのか
を考えると、見つかる予感がするけど..
これも、また本当かなと、疑いながら自問自答してみる。 >>247
瞑想や気功や魔術を学び始めてる段階なのでたいしたことはないです
創作の魔法みたいなこと出来ません
霊感はないほうがいいです
見えて聞こえてもそれだけでは日常では役に立たないです >>245
霊能力じゃなくて霊感です
霊視出来ないです >>249
どもです。
瞑想気功魔術と霊感ですか。 偶然は織り込まれているように感じる
具体的に何が起こるかはわからんけど >>220
14 新幹線に乗って、午後4時ごろ、
名古屋から、関ヶ原を通過した時に、窓から外をな眺めていた。
急に雨雲の天から、一条の光がさ、山の上に降りてきた。
後日、地図で調べたれ 霊仙山という名前がついていた。
15 神社の境内をあるいていると、通行止めの標識があり、
その先に行けない。 目には見えないし、匂いもしないが
黄色の硫黄のような感が漂い、「こちらに来る」ないう空気を感じた
その先は、墓地であった。 >>220
16 友人がある日から、急に気分が悪い、吐き気がするという。
原因不明で、何かに憑依された雰囲気だったので、
般若心経を写経さえたら、急に気分が楽になったという。
まだまだ、いくらでもありそう。
人間の強い恐怖、願望、思い込みは、妄想を引き寄せる。 >>220
17 子供が5歳のころ、超能力の練習といって、
1円玉をおでこに10こほど重ねて、
仰向けるに寝かせ「くっつけ。くっつけ」と10秒ほど念じさせたら、本当にくっついた。
立っても落ちないし、おでこから、重なった1円を取って、
一つずつ剥がそうとしたが、本当に「のり」でくっつけかのように
固くはくっついて、すぐには剥がれなかった。
人間は一人の人間として、その一生を生きていけばいいだけ..
コウモリやイルカのような、超音波を発信し、獲物を探す必要はない。
電気ウナギのような、電気を作り、外敵から身を守る必要はない。
悟りを開くために、山にこもって修行しテレパシーを感じるより、
携帯で電話する方が、確実に連絡できる。 医者は、どのような症状にも、病名つけたがる。
最後には、病気でない症状にも、「生活習慣病」という病名をつける。
糖尿病だという診断され、
血糖値が400を超える人でも、一人で生活しているがいる。
高血圧で血圧が、200をいつも超えている人でも、
頭痛もなく、生きれている人もいる。
癌治療で有名な医者なのに、
自分の定期検診で、胃がんが見つかり、半年でなくなる医者もいる。
エイズで余命3か月と言われながら、
10年以上生きられて、仕事をしてる人もいる。 人には、そえぞれに生まれた運命と宿命があると言われている。
それを、自分で見つける方法もある。 瞑想は魔境に注意してください
気功は偏差に注意することです
魔術は悪魔と関わらないように いろいろ見えすぎる人は、その分気苦労も多くなってしまうのかな?
ただし、そのインプットをすべて対処できるようになったら真価を発揮しそうだけど。
そのまま苦しめられる人もいるんだろうなぁ。 周りに答えを探すのもいいけど
自分自身の中を探るということを忘れがちだね、
自身の経験ほど確実なものはないだろう。
経験をたくさんつめばサンプル数も増えるし確証がたかまる。 >>260
魔境、偏差
言葉の意味がわかりません。説明してください。 霊感は、自分から感じようとすると、ちょっと..危険かも
そして、自分に得しないものには、無関心がいい。 両方とも念のために検索してください
(気功 偏差)
偏差は気の使いすぎで疲労しきることです
ひどいと調子がおかしくなりすぎて精神病になったりします
合わない訓練などでもなります
(瞑想 魔境)
魔境は幻視幻聴幻覚です
瞑想の過程で出会う場合があります
全部無視しなければいけません
でなければ統合失調症になります
病人(自分)が言うことではないですが 瞑想とか気功とかスピリチュアルとかいろんあプロの人に会ってみたいな
どういう人なのか気になる。
やってる人に興味があるw >>267
神智学研究会
ここで会えますが、普通の一般のお年寄りですよ。
知識はすごいですよ。
大阪 2月22日 午後14時から16時
会費 1000円
テーマはありますが、テキストは使用しない場合が多い。
今回は「パタンジャリのラジャヨガの教典」になってます。
東京(2月25日) 13時〜16時 「ヒンディイズム」
京都(2月20日)18時〜20時 「千鳥学説」 >>267
大阪は5人以内で、お茶とお菓子は持参です。 神智学勉強会 (8人以下の少人数です)
2日で会費 2500円 〜3000円
九州 2月13日〜14日
大阪 2月17日〜18日
東京 2月24日〜25日
「臓器と肉体の機能他」 、内容は。大学の理学部の勉強の近いです。 >>268
おー、教えていただきありがとうございます!
東京関西遠いな いろんな知識持ってる人とはお近づくきになっておきたいね。
本だけよりも効率的だろうし。
あとは、変わり者好きだからそういった人たちと仲良くなっていこう。w ◆ 霊性の本質(神が作った世界とは)その1
霊性(スピリチュアル)の本質は、神の法則(公理)によって成立しています。これらを「約束」、「制約」とも呼べます。その基本となる6つの法則過程があり
1 @ すべての存在に、自由を与えた。
2 すべての生きる存在に、関係性を与えた。
A 生死の継続性と連続性
B 他の生物との「命の相互依存」
C 個としての「生きる判断力」を与えた。
↓
3 物理的な法則環境を作る
D 生き物が、生きるための環境を作った。
↓
4 個として生きる魂を作る
E 生きる指令部になる、「生物の魂」を作った。
これが基本になってこの世という世界が生まれています。 ◆ 霊性の本質(神が作った世界とは)その2
神の作った生命環境と魂の存在は、人間にとっては、非常に厄介な問題を抱えることになるのです。
その問題とは、人間に与えられ知恵から生まれる
「恐怖」と「欲望」なのです。
そして、さらに生まれる「希望」「絶望」
さらに、「支配」「強制」「自他の区別」「家族愛」「命の保証」
さらに 「向上欲」「知恵」「戦争」「権利」「殺戮」….
などの膨大な「生きるための知識と知恵」の体系 ◆ 霊性の本質(神が作った世界とは)その3
膨大な知識を与えた結果、これら知識と知恵に関する制御(コントール)が必要になったのです。
つまり人間に与えた知恵があまりにも大きかったのです。
霊性の本質と「悟り」、「愛」、「瞑想」「霊感」とは、目的と手段の関係になります。
本来、「悟り」や「愛の実践」などは、霊性を実感として知るための手段でしかないのです。
「悟り」や「愛の実践」は、個人として「生きる目的」ではないのです。
しかし、これらの概念は、神の作った生命環境を最適に維持し発展するためには、
不可欠になるのです。 >>273->>275
これらのことは、常識すぎて
誰も気づかず、、気づけず
今まで明らかされることはなかったのです。
(この世にある、いかなる本にも書かれていません)
たとえ、明らかにしても、それを理解して、
人間とが、その知己を十分活用ができる社会ではなかったかもしれませんが... >>271
お住まいは、どちらですか?
大阪には、名古屋、徳島、鳥取などから、
2時間以上かけて、来られてました。
(私に、その行動力はありませんが.) ◆ 「悟り」や「愛」の概念の必要性(その1)
「悟り」や「愛」の概念は、社会の底辺で生きる人には不要なのです。これらを遵守し行動すべきは、特権階級の恵まれた人達であり、彼らの守るべき行動規範なのです。
社会の底辺で生きる多くの人にとって、
@ 日々生きることが必死であり
A 他人を助ける時間も余裕もない
のです。特に、「悟り」など論外の概念といえます。
しかし、底辺の人にも、これらの教えが広がりました。その理由は
@ 苦しみからの逃亡
A かすかな生きる希望
として必要だったです。でもこれでは、あまりにも惨めですね。 ◆ 自己紹介
私は予言者でのなく、宗教家でもありません。
お仕事は、「弱いアマの碁の先生」です。
でも、
碁の5CHでは、なぜかプロより有名人になってしまいました。 気づいた人はきっかけになればいいし
取返しのつかない人は見て見ぬふりするだけやな
それもまた人生 自分で考え抜くもよし
誰かの教えに従うもよし
信じ込むというのもそれはそれでいいのかもしれない
死後のことだけを考えていきるならなんでもありかもしれない。
ただし、命ある時にそれなりにやりたいことあるなら
先人たちの知恵のを借り、客観的事実に基づき行動しないといかんかな。 因果律、原因と結果
これは本質を掴めるようになった人ならこっちのもん。
それまでは試行錯誤が必要。
奉仕、利他的
無意識にやれるようになるといい
別に目的にする必要もないと思う。 ◆ 宗教と真理の追究(研究テーマ)
研究テーマ1
インドで生まれた仏教が、なぜ現在はインドでは広まらず、
東南アジアで広まったのか?
研究テーマ2
為政者は宗教を時に弾圧し、時に擁護するのはなぜ?
研究テーマ3
弱者の救い希望が、現世での幸せではなく、
死後の世界と生まれ変わりになった理由は? 今までに生きてきた人たちが様々に考えつくしてきたこと
それでも自分で考えることがどれだけ大切か。 ◆ 過去意識から、未来意識へ
過去から未来妄想という、意識旅行に、出かけませんか?
人間にとって、
過去の歴史は、過去の事実ではなく、
未来の方向性と光を照らすものなのです。
なぜなら、同じ過ちが繰り返されるからです。
先人の知恵と経験は、
「過去の歴史に自分を置く」
妄想することで気づけ、多く学ぶことができるのです。
霊性という意識は、
衣食住が満たされ環境内でしか生まれないこと
そして、
どうして、食住が満たされ環境の感謝し
さらに、あなたを「未来の妄想」へ導きます。 愛に目覚めた。
奉仕に目覚めたと感激している人は
もともと共感性の低い人だったのかもしれんな。
その感情は多くの人がごく当たり前に普段から感じていたもの
特別なものを発見したようでみんな普通にもっているもの
だから意識的に何かをする必要もない。
経験を通じて新たなものを手に入れたのはいいことだ。 あるいは自分の苦悩が大きすぎて
周りをぜんぜんみていなかったか。
私にも経験が山ほどある。 >>1
“スピリチュアル・真理”とは、もし世に正しいとされる生き方、幸福になれる生き方が存在するならば、
その生き方を知り、良い意味で効率的に幸福に生きること。
よく言われるのが、真理を知らないで生きる事は、
ルールを知らないでゲームに興じるような“損・迷路モード”だという事。 >>290
一見、正論に見えるけれど、
私には、矛盾と違和感を感じます。
独り言として、書いてみました、
その1
正しい生き方 = 幸福になれる生き方
と同一(類似)のようにみている?
その2
良い意味での効率とは何か?
ならば
悪い意味での、効率との違うは何か。
または
効率は、すべて悪なのか?
その3
「ルールをしならいで」という表現の、「あなたのルール概念」が
が、私には理解不能。
これは、私の価値観ですが....
人生をゲームとして考える場合、
そこから何か意識して学ぼうとする必要があるのでしょうか。
囲碁のような高度で高尚なゲームであっても、
ゲームする目的は、単純に「勝った時の快楽」と「時間つぶし」
かって学んだ道徳的な言葉が、
「負けたという悔しい現実」によって
「なるほどね」と納得しと自信喪失させられることはよくあります。
また、いつまでたっても、迷路から出たという現実はなく、
新しい迷路の障害が生まれるだけに思える。
ただ、それでも真理を追究しながら模索する意識は、
これ以外に逃げ道はなく、価値があると自己納得しているようです。
みんなが同じゲームをしているならありそうだけど
特に現代なんかはみんな違うゲームしてるように見える オンラインゲームとかだと、
ゲームの攻略じゃなくて、プレイヤー同士で馴れ合うのを目的にする人もいる。 >>292
ゲームは単なる手段、きっかけでしかなく、
自分の人生目的を、ゲームとして求めるべきでないと思います。
ゲームはあくまで、精神的な苦痛からの逃避。気ばらし、時間つぶし。
私にとって
囲碁だけは、教える「お仕事」なので少し違います。 >>294
なるほど。
一つの見方としては面白いとおもうけど
ゲームをそう位置付ける人もいたかw
万能な見方とはいかないようだね。 バシャールってエンターテイメントとしてみればいいのかな?w あーやっとやる気がもどってきた。
最近脱線気味だったからなぁ
(失礼、独り言です) いろんな人がいる、だから面白いし。悲しいこともある。
高い低いで判断するより、違う方向性に伸びていると認識したほうがいい。 神の公理
神は、人間に自由意志は約束したが、平等は約束しなかった。
なぜなら、すべての環境を平等にすることができないから。
他と異なった環境に生まれて、自由を高めるチャンスを与えた。
その手段として、平等という概念と交換法則の知恵を与えた、
このことが
物資的、精神的な自由を高めつことを可能にした。
◆ 意識の間違い、認識の間違いしてませんか...
1 耐えるのは修行?..... これは嘘です。
2 逃げると繰り返す?... .これも嘘です。
3 逃げるのは悪?........... これも嘘です。
4 我慢は必要?.............. 耐えることは、場合によって必要です。
5 他人にいいことをすると、自分にいいことが起こる?....嘘です。悪いことが起こりにくくはなります。
6 悪いことすると、罰せられる.......... 神は罰しませんが、見つかると他人から罰せられます。
7 悪いことすると、悪いことが起こる?.... 起こりません。起こりやすくはなります。
8 自分に正直に生きるのは正しい?....... 正しいのですが、問題があります。
「どの自分」か本当の自分かを見極めることが必要です。
9 嘘は悪? ...... 自分の心(魂)への嘘は、ダメです。自己崩壊します。
...... 他人への嘘は、基本的にOKです。
ただ、嘘がみつかると、罰せられます。
10 利益の追求は悪? .................. 追求は悪ではありません。保有意識は悪です。 >>300
囲碁でこいうことも学べたりするんですか?
面白いですね、 囲碁では、
盤上に打たれた、互いに石は生きるという制約が生まれます。
この制約をいかにして解除(解放)すかを競っています。
相手の制約が大きいと、自分の地が増え
自分の制約が大きいと、相手の地が増えます。
ゲームルールとしては、
@ どこにで自由に打てる
A 平等に交互に打つ
のですが、この制約の大きさの差と量が、地の差になるのです。
人生とよく似ていませんか?
なので、神の作ったゲームと言われるのです。 >>304
いろいろ考えさせられるw
能動的に人生を歩む人には参考になりそうですね。 このサイトは 「サマーディ」(三昧)という
ゲームサイトです。(特定の宗教サイトではありません)
http://www.igosoft.co.jp/samadhi/index.html
私に「神の言葉」(霊性レベル10の妄想)が下りた時に作った、
楽しい自己診断サイトです。無料ですので、お楽しみください。 ◆ 神と愛について
神は人間に、
愛を追求しろと「馬鹿げたおとぎ話」の現実化を、強制してはいません。
苦しいみから逃げられない弱い人を救う方法の一つとして、
愛という手段があることを、気づかせましたが...、
人間の生きる目的には、
「愛などという偽善行為」を意識して生きなさいなどとは
一切、言ってません。
嫌いは、嫌いでいいのです。
憎しみは、憎しみでいいのです。そのままで...
もし、あなたがそれが「嫌なら」
その解決方法の一つに、
愛という麻薬があるとを教えただけです。
この麻薬は副作用は少ないのですが、
向上心、欲望、やる気という意欲を損ねる劇薬でもあるのです。
このため、支配者にとっては、都合のいい麻薬であると言えます。 ◆ 神と真理
神は、人間に真理を探究しなさいと強制はしません。
真理と嘘という区別意識、差別意識さえ持っていないのです。
真理や科学という言葉は、「人間が神になりたい」という思いによって作られた妄想の言葉なのです。
神は、人間の心(魂)に自由は約束ましたが、
人間はこの「神の自由」といものが理解できないのです。
そのため、
「愛と苦しみ」「真理と嘘」
「自己と他人」「悪魔と天使」
「平等と偏見」
という対立した概念(言葉)によって、
自己中心で生きる人間の制約概念を排除し、
もっと自由な思考や自由な感情を理解し取り戻させようとしているのです。 触れられたくなかったことから、そろそろ解放しても良いのでね?
何となく、自分でも思ってんじゃない? ◆ 神への感謝
神への感謝も、存在しません。真っ赤な嘘です。
人間が、「神の愛」に感謝しようが、「神を憎む」場合であろうが、その人の心を自由にさせているのです。そこには、何らの「罰」も、「強制」も「ご褒美」のないのです。
憎しむなら、「自分自身」や「他人」や「社会」ではなく、「神を憎め」と言っています
神が求める感謝の対象は、神への感謝ではなく、人間社会への感謝、隣人の他人、家族への感謝なのです
互に他人への感謝、社会への感謝がなければ、個人の自由で快適に暮らす保証がなくなり、殺し合い、盗み合い世界になるからです。
自分が自由に生きたければ、
他人の苦しみを自分の欲望の達成より、
注意し意識しいきなさい
と警告しているのです。 それが実在するということよりも
わかりやすく例えるために言語やイメージで表現しているにすぎない >>268 >>270
神智学研究会
ここで会えますが、普通の一般のお年寄りですよ。
知識はすごいですよ。 言語化するのが得意な人はうらやましい。
だいたい感覚的に済ますから人に説明するの苦手だ ◆ 死についての考察
(1)2つの死と寿命
人間を構成しているものは、
人間 = 肉体 + 意識
であるため、死には、肉体死と意識死の2つがあることになります。また、生命体には、寿命が存在しています。寿命とは、生死を繰り返す循環の期間になります。
(2)肉体の寿命と権利と解法
肉体にも寿命があり、その肉体の役割には、
@ 生命体の継続 (子供の誕生)
A 3次元の空間内での「意識体」の保有
の2つがあります。
人間の肉体は成長し、老化し、やがて死を迎えるのですが、
肉体の死には、苦痛と恐怖を体から解放するという機能があります。
人間の肉体として生きる環境があまりにも厳しい状況下において、
@ 人間が死を迎える(自然死)
A 自殺しようと選択する(人為選択死)
も、神が許可した苦痛からの解放であり、
神と宇宙との、自由契約(公理のルール)による人間の権利であるといえます。 (3)肉体死の必要性
肉体死の必要性、必然性について述べます。
@ 外的な環境への適応
肉体としての生命を維持しようとするには、外的な環境への適応が不可欠になります。外的な刺激(紫外線や放射能)などの肉体異常への適応には、新陳代謝という機能によってこわれた部位を修理し体外に排除するという機能があります。
A 体内での受精期間
子供を生むという期間において、特別な生産機能が高くなり(高いエネルギーの集積)が必要になります。この時期は女性にとって非常に危険な時期になり、多くの雌の生命体が出産後のその命を落とす危険が生まれています。
出産という作用は、生命体の維持においては、過酷で特殊状態であり、女性の肉体は、通常状態と特殊状態を繰り返していることになります。 B 老化、異常物の蓄積、肉体死
癌細胞のような、異常細胞は絶えず体内で生まれ、排出されています。異常細胞が生まれ、それを分解し排出できなくなると、機能復旧ができず、機能不全死になります。
この危険性は、いかなる環境でも起こり、徐々に機能不全に細胞が蓄積されら老廃物となり、体全体の再生能力が低下することになります。
再生機能の低下(老化)は、時間経過とともに大きくなり、再生機能の低下(老化)によって、癌細胞の異常発生が抑制され、老化によってエネルギーの消費そのものを抑えています。この結果、全体の機能低下が起こり、肉体死を迎えることになります (4)死の意識が起こる原因追求
死ぬ(石が取られる)ことへの存在理由(必要な原因)追求では、死への恐怖回避思考、安全志向が重要になります。
つまり、死の恐怖(碁では石が取られる)という恐怖回避思考は
現在の状況から未来への希望思考が生まれます。
それは、いつ死ぬかもしれない死の恐怖(制約)から、現在を最善(ベスト)に生きる、(生きる使命や目的を探究)を求める続ける死という思考が生まれ、未来構想の計画と実現する意志が生きるエネルギー(意識変換)されるのです。 (5)死の意識(恐怖)による、プラスの意識効果
死の恐怖は
@ 目的達成のための決断を促す。(余命、離婚)
A 重要な使命に気づかせる。
過去の失敗なのど無為な思考を中断させ(諦める)、重要な未来思考に意識を戻す。
B 過剰な欲望の支配欲を制御する。(ブレーキ役)
C 健康に気をつける。
太りすぎへの警告、エイズや梅毒への防止
D 自己と他者との、人間関係の重要性に気づかせる。
D プラス効果とマイナス効果を同時調整する。
プラス効果は、恐怖による生きたい思い、
マイナス効果とは、死への危険回避による強欲、意識過剰の防止
F 共生意識の芽生え
死によって、互に相手の生きる権利を受け入れる。このことで相手の立場を認め、強盗によって得られる利益よりも、余剰利益を交換する共存効率を優先するになる。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています