>>758
光に満ちた世界は、訪れることもあり、ないときもあり
それはイメージであり、わたしにとっては、それは足枷となったのだ
無であれ、空性であれ、光であれ
なんであろうと現れたものを堅固にしようとすれば崩壊するからである
だからと言って光に満ちた世界にある人が、救われているならなんの問題もない
わたしは、現れたものを取らないこと捨てないことが、つまり、動きがやむことが、静寂であり、眠りの顕在化であり救いなのだ
世界が美しいとしても、世界が美しいとは見たくないのだ
そう言ったときに、美は消えてしまうからだ