菅政権誕生を決定づけたのは、間違いなく安倍首相の病状説明だった。世間の同情を引いた安倍氏の病状だが、その後官邸や医師団からの客観的な説明は一切ない。ノンフィクション作家の森功氏がレポートする。(文中敬称略)

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吐血情報は本当か

 首相の病状を最初に報じたのは、8月4日発売の写真週刊誌『FLASH』だった。7月6日に首相官邸で吐血したとし、これ以降、各メディアが安倍の病気情報を追いかけてきた。

「潰瘍性大腸炎を抑え込み、政権にカムバックさせた特効薬、アサコールが効かなくなった」
「潰瘍性大腸炎は自己の免疫が暴走して炎症を起こすので、免疫抑制剤のレミケードに切り替えたが、それが効かない」
「炎症を防ぐ血液中の白血球を体外に取り出して入れ替える最新鋭のGCAP(顆粒球吸着除去療法)まで使い始めた。いよいよ危険な状態だ」

 そんな情報が漏れ伝わり、『週刊新潮』や『週刊文春』もGCAP使用と書いてきた。病気情報はどんどんエスカレートし、なかにはすい臓がん説まで唱える“情報通”までいる。

 だが、伝えられているそれらの病状はかなり曖昧というほかない。たとえば先の動静によると、吐血したとされる7月6日の1週間後には公邸にエコノミストたちを招いて会食している。

「最初の吐血情報は嘔吐に過ぎないという説もあれば、間違いだともいわれています。その後の様子からしても、この時点でそれほど病状が悪化していたとは思えません」

 官邸の関係者が説明してくれた。

「ただ8月17日と24日に慶応病院に行ったあとは、『あれ(治療)はきつかった』と総理が話していた。だから何らかの治療をしていたのは間違いない。たぶん投与されたのはレミケードじゃないでしょうか」

 自己免疫の暴走を防ぐレミケードはリウマチや膠原病などにも投与される。血液検査を受けたあと、体重に応じて最低でも2時間以上、点滴をおこなう。点滴後、頭痛や発熱、眠気などの副作用を伴うケースもある。安倍首相の場合、慶大病院の治療に1回あたり4〜7時間かかっているが、休憩や問診などを含めると、レミケードの治療時間はそのくらいになる。

「出元は安倍側近」説

 潰瘍性大腸炎では、よく使われる新薬でもある。首相が折に触れ、普段から使っていた可能性もある。だが、GCAPを使っていたかどうか、については疑わしい。先の官邸関係者の見方はこうだ。

「文春や新潮の報道を受けた総理は、『さすがにGCAPはやっていない』と否定していました。あれはコロナ治療の切り札のECMOのように、一度体外に血液を取り出して体内に戻す。最終手段に近い。8月の初め頃、総理はたしかに辛そうで、壁に手を突いて歩いていましたけど、GCAPまではやっていないと思う。最近の復活ぶりを見ていると、レミケードが辛かったんじゃないかな」

 吐血情報からGCAPにいたるまで、ことさら深刻な病状が出回ってきた。それにつけても、なぜレミケードだ、GCAPだ、という具体的な治療方法まで漏れるのだろうか。そこについては、ある政治部記者がこう打ち明けてくれた。

「病状の出元は政務秘書官の今井(尚哉)さんだと聞いています。総理につきっきりの今井さんは最大の相談相手。今井情報を元に記者たちは慶大病院に付いていき、絵(写真や映像)までばっちり撮れる。つまり今井さんは病気による退陣のシナリオを印象付ける役割を担ったのではないでしょうか」

 そして8月20日を過ぎると、首相の側近議員たちまで、「休みをとってほしい」と半ば公然と病気を認めるようになる。

 安倍晋三は道半ばにして病に倒れ、断腸の思いで退陣せざるを得なかった。深刻な病状リークは、そんな安倍から菅への政権禅譲のシナリオに欠かせなかったのかもしれない。去りゆく首相の病状はいまだに判然としないが、それでいて世間は同情し、新たな宰相は高い支持率を得て船出する。

 すべては菅首相誕生に向けた筋書きだ。これまで菅との確執が囁かれていた今井が政権禅譲に力を貸したのは、自らのコロナの失政に加え、岸田文雄では石破茂に勝てないという「総理の意向」が働いたのであろう。菅もそれを利用した。

2に続く


※週刊ポスト2020年10月2日号
2020.09.19 07:00
https://www.news-postseven.com/archives/20200919_1596604.html