>>126
 棚上げ以外に策はあるのか
 こうした状況の下での田中首相と周恩来総理がとった決断は,日中国交回復という大きな目的のために尖閣列島の領有問題を棚上げするというものであった。
このことは田中首相が講演で明言したことであり,多くの人が聞いている。古賀誠自民党元幹事長は,『毎日新聞』の松田喬和専門編集委員の質問に答えて,次のように述べている。
 「『棚上げ合意』は我々がまだ若手の頃,田中角栄先生自らが講演でお話になったことです。
なのに野中さん〔野中広務元官房長官〕が勝手に言ったというような報道があったので,誤解のないようにしないといけないと考えた」と。
私も田中角栄氏等による棚上げのことは聞いていたので,当然棚上げだと思っていた。
 私は「田中角栄氏等」と書いた。「等」のうちには同席した大平正芳外務大臣,二階堂進内閣官房長官もいる。
さらに外務省の職員,中国大使もいよう。日中平和友好条約を手掛けたのは中江要介氏である。
氏は二〇一四年三月六日になくなった。
外務省条約局法規課長として日韓国交正常化交渉に当たり,アジア局で参事官,次長,局長として多くのアジア外交を主導したが,日中平和友好条約も手掛けたのである。退官後も日中友好関係に尽力している。
問題棚上げは,この人を含め,同意の上であったはずである。
 中国側は,七二年の日中国交回復交渉や,七八年の日中平和友好条約協定時に領有権問題を棚上げにするということで合意されたと主張している。
だが日本の外務省は,現在これについて何も言わず,日中間に領土問題はないというのが公式見解だという。
なぜかは推測する以外ないが,棚上げを認めないという考えを明らかにしたのは一九九六年というかなりの歳月が経ってからのことに注意する必要がある。
橋本龍太郎内閣の外務大臣池田行彦氏の国会答弁があり,以後歴代政府の見解となっている。
二四年間問題はなかったものを問題にした背景には,アメリカと日本外務省の思惑が感じられる。このことが,その後の日中関係の緊張を強めさせていくのである。
引き金を引いたのは両国のナショナリストたちであり,右翼である。中国は一九九二年二月に領海圏を設定し,その中で尖閣列島を中国の領土であると記した。
九六年には日本の右翼が灯台を設置して日本の領有を示そうとした。
香港の活動家や台湾の人間が上陸しようとするなどがつづき,二〇一二年四月,石原慎太郎東京都知事が,その土地を都が購入するとした。