「政治とカネ」の問題はうやむやに終わるのか―。参院選広島選挙区を巡る大規模買収事件は、安倍晋三首相ら自民党本部主導で新人の河井案里被告(46)=参院広島=を擁立したことに端を発した。党本部が案里被告と夫の克行被告(57)=衆院広島3区=側に提供した1億5千万円にも国民の疑念は深い。だが、首相からは具体的な言葉は聞かれず、説明責任がなおざりなままの退陣となった。

 「広島の政界をめちゃくちゃにした責任は首相にもあるはず」。参院選前に克行被告から現金を受け取った自民党所属の広島市議は28日、首相の辞任意向を報道で知り、吐き捨てた。現金授受の前には首相の秘書団が事務所を突然訪ねて来て、案里被告への支援を求めてきたという。「地元議員だけが責められているが、結局、党本部は何も責任を取っていない」

 事件の舞台となった昨年7月の参院選広島選挙区。党本部は改選2議席独占を狙い、現職の溝手顕正氏に加え、案里被告を擁立した。案里被告は立候補の記者会見で「2人立てるべきだというのは安倍総裁の強いお考え」と発言した。

 選挙戦に入ると、安倍首相をはじめ政権幹部が次々に案里被告の応援に入り、演説でマイクを握った。選挙前には、党本部が溝手氏分の10倍に当たる計1億5千万円を河井夫妻側に提供していた。「自民党で2議席独占」の看板をよそに、地元の自民党県連が推す溝手氏と案里被告が票を奪い合う分裂選挙となっていた。結果的には、野党系の現職と案里被告が当選し、溝手氏は落選した。

 「案里さんの応援演説の時、安倍さんはとても元気そうな声だった」。当時、広島市中区の本通り商店街そばで首相の街頭演説を聴いた女性(75)は振り返り、こう訴える。「体調不良は気の毒だけど、1億5千万円の使途がうやむやな退陣は納得いかない」

 参院選後、昨年9月の内閣改造で克行被告は法相として初入閣する。しかし翌10月末、車上運動員に法定を超える報酬を払ったとの報道を受けて法相を辞任。検察当局の家宅捜索が入り捜査が進む。案里被告を当選させるため、広島県内の自民党の地方議員や後援会員ら100人に2901万円を配ったとして、今年7月に両被告は起訴された。

 今月25日の初公判。検察側は「党県連が党本部の方針に強く反発し、案里被告を支援しない方針を打ち出し、(克行被告が)選挙戦が非常に厳しいものになると予想した」と指摘。この対決構図が現金ばらまきの一因になったと強調した。

 広島市の市民団体「河井疑惑をただす会」の山根岩男事務局長(69)は「克行被告の法相への任命責任と1億5千万円の問題は、首相を辞めたから消えるものではない」と指摘した。

 被爆75年を迎えた8月6日の広島市。安倍首相は平和記念式典後の記者会見で大規模買収事件や1億5千万円の問題を問われると「国民から厳しいまなざしが注がれていることを意識し、批判を真摯(しんし)に受け止めながら、緊張感を持って政権運営に当たる」と述べたが、踏み込んだ発言はなかった。それから20日余り。政治不信への対応は見えないまま長期政権は幕を下ろす。(和多正憲、今井裕希)

中国新聞
2020/8/28
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