<検証・コロナ対策 A>

 国内に入ってきた新型コロナウイルスをどう封じ込めるのか。

 2月25日、首相の安倍晋三(65)は「クラスター(感染者集団)が発生している自治体をしっかりと支援する」と表明。厚生労働省はクラスター対策班を設置する。政府専門家会議は「感染者の8割は他人に感染させていない」と分析していた。残る2割を見つけて行動の自粛を求めれば、感染は拡大しないとみた。

 班には、世界保健機関(WHO)で重症急性呼吸器症候群(SARS)対策を担った東北大教授の押谷仁(61)と、感染の数理モデルを専門とする北海道大教授の西浦博(42)が参加。各地のデータを集めて感染傾向を分析し、深刻な地域に専門家を派遣する。

 現場で調査を担うのは自治体の保健所だ。感染者から聞き取り、だれからうつされ、だれにうつしたかを見つける。3月上旬まで感染者は多くなかった。保健所の人員で追跡でき、中国由来のウイルス対策は一定の効果が出ていた。

◆「見えないクラスター」が頻発

 「クラスター対策だけでは感染拡大を抑えきれないかもしれない」

 3月14日、東京駅の近くにあるビルの1室で、押谷は発言した。日本公衆衛生学会の専門家らが顔をそろえていた。東京を中心に、感染経路が分からないケースが出現。これが増えると、見えないクラスターの可能性が出てくる。

 追跡調査は記憶のあいまいさや協力拒否もあり、時間や労力がかかる。保健所は新型コロナの受診相談や検査の判断、入院先の手配も担っていた。「労務が過剰で疲弊している」。専門家会議副座長の尾身茂(71)は19日の会見で訴えた。

 このころ、欧州由来の感染が広がり始めていた。押谷は27日、保健所の負担軽減を「明日にでもやる、という気持ちでやらないと破綻する」と政府に注文する。東京では既に、限界に近い状況だった。

◆過労死ラインの2倍の労働も

 感染者が急増した3月末、都内の北区保健所では連日のように職員が午後11時まで居残った。日中は電話相談への対応、午後5時を過ぎると追跡調査へ。「今の体制ではやっていけません」。定例会議で担当者の1人は訴えた。

 4月に入ると、都や区から増員があったが、調査は追いつかない。過労死ラインの倍、月173時間に達する職員や、精神的な不調を訴える職員も。都には各保健所から「ずっと調査する必要があるのか」との問い合わせが相次いだ。

 感染経路を追えないケースが増えても、厚労省はクラスター対策重視の旗を振り続けた。「調査も検査も入院も全部、全速力でやれ」。都幹部は政府の姿勢をそう受け取った。都医師会長の尾崎治夫(68)は厚労政務官の自見英子(44)に「保健所の業務が多すぎる。調査を止めさせてくれ」と電話で求めた。

 緊急事態宣言が解除された5月下旬、安倍は「日本モデルの力を示した」と誇らしげに話した。その柱だったクラスター対策について、尾身は6月の会見でこう振り返った。「3月末〜4月下旬は機能しなくなった」(敬称略、肩書は当時)

東京新聞
2020年07月15日 06時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/42600