新型コロナウイルスの危機管理対応で迷走する安倍晋三政権。緊急経済対策を出すその前後の重要な局面。私の取材で官邸のキーマンの名前が2度も出てきた。今井尚哉首相補佐官兼秘書官だ。

 緊急経済対策は事業規模で108兆円(その後117兆円に修正)だったが、安倍首相に近く閣僚経験もある与党ベテラン議員が官邸の様子をこう明かした。

「108兆円には条件付きの1世帯30万円の現金支給も入っていて評判は散々だったが、方向性を決めたメンバーは4人だった。それは安倍首相、麻生太郎財務相、財務官僚、そして、今井氏だ。この4人が官邸に集まって最終的にすり合わせたようだ」

 また、3月中旬、自民党若手議員勉強会のメンバーが「消費税減税」「中小企業への全額補償」など大胆な独自の政策をまとめ、安倍首相に直接手渡したいと官邸に申し入れた。するとしばらくして、新型コロナ担当大臣の西村康稔経済再生担当相から若手議員のところに連絡があったという。

「安倍首相には直接会えない。今井さんの判断だ。私が会ってみなさんの提案について話を聞く」

 結局彼らは西村氏に政策を手渡したのだった。

 なぜ会わせなかったのか。「緊急経済対策を取りまとめようとしていたまさにさ中で、若手の要望を首相が直接受け止めるとそれが世論を喚起し、まとめようとしている中身に影響すると困るというのが今井氏の判断」(西村氏周辺)

 その緊急経済対策は4月7日に出された。そもそもこの対策は、新型コロナ感染で7都府県に最初の緊急事態宣言を出す大きな節目に、安心材料として同時に打ち出す大型の対策という意味があった。極めて重要で予算総額や内容は安倍政権の危機管理の勝負どころでもあった。その主導的な立場だったのが何度もその名前が出た今井氏であったのは明らかだ。

 これまで安倍内閣は別名“経産省内閣”とも言われてきた。今井氏は経産省出身。政権の看板も1億総活躍など生産性をメインにしたものばかり。本来政権運営では財布を握っている財務省が発言力を持っているのだが経産省優位の構図だった。ところが、今回の経済対策は、本来は対立関係にある経産省系譜の今井氏と財務省は歩調を合わせたという。首相への面会を拒否された自民党若手議員が言う。

「108兆円というが、社会保険の猶予や昨年の補正予算の残りなどがカウントされ真水は20兆円行かない。現金給付も30万円と大きく見せているが条件を付けて結果的に抑えるというのはいかにも財務省的。今井さんも官僚出身だからその辺のノウハウは同じ。しかも、いま新型コロナの陰に隠れているが、森友問題で自殺した職員の遺族が訴えを起こした。今後の裁判で安倍首相は財務省にまた守ってもらうことになる。今井さんが経済対策で財務省の声を聞き入れたのはそんな背景があると思う」

 一方でこの30万円は、与党である自民党と公明党に火をつけた。官邸主導に甘んじてきた与党だが、「二階幹事長も公明党も、今井氏主導の中身に怒った」(二階派幹部)のである。二階幹事長が一律10万円の給付を政府に申し入れることを発表。続いて連立を組む公明党も声を上げ所得制限なしで一律10万円を主張。山口那津男代表は官邸に乗り込んだ。安倍首相も、布マスク配布や星野源とのコラボ動画などで支持率も下がってきていたことからこれに乗ったのである。そう言えば、マスクも動画も「今井氏のお墨付き」(前出若手)とされる。今井氏の打った手は悉く世論の批判の対象になってしまったということだ。前出二階氏幹部は「今井氏の新型コロナでの失策は1年半以内に(任期が切れて)必ず来る選挙にももろに影響する。与党としてどんどん動いて官邸にモノを言う。自民党vs今井だ」と話す。

 このように経済対策は一見今井氏と財務省の完全な敗北だがもちろん黙っているはずはない。自民党ベテラン議員がこんな見方をした。

「今井氏や財務省は、30万円政策は失敗ではなかったという大義を作った。それが安倍首相が突然全国一斉に出した緊急事態宣言ではないか。つまりこれからはすべての国民に外出自粛をお願いすることになる。だから国民一人一人に一律10万円給付することに政策が変わっただけだと。全国には感染者が少ない県などもあるのになぜ一斉に出したのか疑問の声があちこちで上がっていたが、そうした狙いがあるんじゃないか。そんな芸当ができるのは今井氏しかいない」

 新型コロナをめぐって今後も官邸中枢と与党の対立は続くだろう。

2につづく

週刊新潮
2020年4月30日掲載
https://www.dailyshincho.jp/article/2020/04300634/