自民党総裁選挙期間をロシア・ウラジオストックで行われた東方経済フォーラム(9月11〜13日)出席のための訪ロ日程と重ねたのは、安倍晋三総理にとっては、名案だったのかもしれない。

まず、総裁選における石破茂氏との論戦を避けることができる。論戦したら、石破氏の方が頭はいいし、はるかに論理的だということがすぐにわかる。しかも、じっくり時間をかけて見られると、人間的にも好戦的で厚みのない安倍総理に比べて、穏健で丁寧、嘘をつかない感じがする石破氏の方がはるかに好感度は上がるのは間違いない。ならば、なるべく論戦の機会は減らし、時間も短くするに限る。安倍総理にとって、これは極めてよい作戦だ。

 もう一つメリットがある。このフォーラムには各国首脳が集まることだ。そこで首脳たちと並ぶ姿を報道させれば、「外交の安倍」をあらためてアピールできる。特に、中国の習近平国家主席と会談できれば、中国との関係改善を大きくアピールでき、総裁選に有利だ。実際、両国首脳会談の映像は各テレビ局でしっかりと流された。

 ロシアのプーチン大統領との会談でも、領土問題に進展は期待できないものの、進展があったと勝手に宣伝すれば、マスコミがその通り書いてくれるから、これも自分に有利。しかも、石破氏は、その間地方を行脚するだろうが、そんなことは面白くないから自分の方がはるかにnews coverage(ニュース報道)が上がる。

 そんな計算で、ウラジオストクに飛んだ安倍総理だが、ことはそううまくは運ばなかった。

 まず、プーチン大統領との首脳会談後の共同記者会見で、安倍総理は、「我々の新しいアプローチは日ロの協力の姿を確実に変化させている。双方の法的立場を害さず、できることから実現する先に平和条約がある。私たちの手でこの問題に終止符を打つ」と自慢げに述べた。プーチン大統領は、平和条約について「すぐに解決できるものではない」としつつ、「日ロ両国の国民が受け入れ可能な解決方法を模索する用意はできている」と述べたというのがAFP=時事などの報道だ。もちろん、これだけでは、平和条約への道筋が見えたとは全く言えない。しかし、マスコミ各社の第一報では、ネガティブに報じる姿勢は乏しかった。安倍総理の注文通りにいかにも進展がありそうだという報道さえあった。

 ところが、その後驚くようなニュースが飛び込んできた。フォーラムの全体会合で、プーチン大統領が、多数の参加者が見守る中で、「年末までに前提条件なしで平和条約を結ぼう」と安倍総理に呼びかけたのだ。私が見た映像では、虚を突かれた安倍総理は、苦笑いのような表情を浮かべるのが精いっぱいだったが、内心、これはまずいと思ったのではないだろうか。

 プーチン氏の発言は、明らかに、まず平和条約を結んで、それから領土問題を議論しようという意味になるからだ。領土問題の棚上げだ。日本が平和条約の締結前に領土問題を解決するとしているのとは真逆の話になる。もちろん日本がこれを受け入れる義務はないが、プーチン氏がこの態度を撤回しない限り、領土問題の話を進めるのは困難になる。これまで、プーチン氏との信頼関係を築いたとしていた安倍総理としては、大観衆の前で大恥をかかされたという感じだ。また、今回の訪問全体としても、安倍総理よりも中国の習近平主席を厚遇する映像が世界中に配信されて、プーチンにフラれた哀れな安倍総理というイメージを世界に与えてしまった。外交上の大失態だと言っても良い。

 せめてもの救いは、中国に負けた日本というトーンで厳しく報道したのは、日本では、TBSのニュース23くらいだったことだ。他局を見ていた人たちは、そんなことになっているとは、全く気付いていないだろう。

 帰国後、安倍総理は、この大失態について、「平和条約が必要だという意欲が示されたのは間違いない。11、12月の首脳会談が重要になっていく」と言い訳をした。あの言葉は、プーチン大統領の平和条約への本気度を示すもので、日本としても歓迎すべきものだったというように聞こえる。しかし、もし本当に安倍総理がそう思ったのであれば、プーチン発言のあった現場で、拍手でこれを賞賛する態度を示していたはずだが、実際には固まってしまって、ただ苦笑いでその場を取り繕う安倍総理の姿が大きく映し出されていた。


つづく

AERA.dot
2018/9/17 07:00
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