さて筆者は、このCJ機構が東南アジアにおける日本文化の発信拠点として重視しているマレーシア連邦の首都・クアラルンプールの一等地にある、民間百貨店との共同出資物件「ISETAN The Japan Store(以下、The Japan Store)」を現地視察するに至った。このThe Japan Storeは、クアラルンプールの象徴であるツインタワーを望む同市内ブキットビンタンの一等地に面しており、正確に言えば「lot 10」という大型複合商業ビルの一部、地下1Fからグランド階・1Fを挟んで4Fまでの実質5フロアーを有する総売り場面積1万平方メートルを越える大規模なものである。
さて各階ごとにThe Japan Storeの簡潔な雑感を記しておこう。まず地下一階は日本の百貨店と同じで食品コーナーである。しかし当然のことこれは単なる食品コーナーでは無い。日本の農産品、日本酒、日本米、果ては日本産魚介類、日本産肉類、加工食品等などがずらりと並び、農林水産省が主導する「攻めの農林水産業」の見本市と言って差し障りがない。
さて本来なら順番的には一番最初に入るのがこのグランドフロア(地上階)である。The Japan Store開業時には現地人らの列も出来たという記事もあったが、私が訪れたときは全く人がおらない。念のため断って置くが、筆者はこのThe Japan Storeを、4日間連続で訪問したが、すべてに於いて閑古鳥が鳴いていた。同店で撮影した写真は、筆者がわざわざ客が居ない時間帯や場面や角度を狙って撮ったのでは無い。恒常的にこのような状態なのである。
ほとんど無人の店内を、エスカレーターで2Fに昇るとそこは日用雑貨フロアである。ここに至って、私ははっきりとこのThe Japan Storeに不快感を通り越して嫌悪感を感じるに至った。2Fの中心には、一応日本製のインテリアらしきモノが置いているのだが、その値付けが凄まじい。謎?の仏像110,000円、皇室の紋章をかたどった?30センチほどの置物14,000円也。皇室の紋章であり日本の国章を、こんな風に安直に、しかも誰も買わないようなインテリアにしていいものだろうか。
まあこれの賛否はさておくとして、もっとも驚愕したのはこのコーナーのメインは仏像でも菊花でもなく、スターウォーズのインテリアで占められていたところだ。ダースベイダーやルークスカイウォーカー、R2D2の合金製インテリアが躊躇無く展示されている。え、ここって日本文化、クールジャパンの前衛たるThe Japan Storeですよね?
しかし、さても無残なThe Japan Storeも、いよいよ3Fは日本文化のコーナーである。すなわち漫画やアニメのコーナーである。ここまで地下から1F、2Fと失望が続いたが、ここで挽回してくれるだろうと筆者は甘い期待を持った。
なにせ、このThe Japan Storeは、マレーシアにおけるクールジャパンの拠点として10億円の公費が投入されているのだ。まあ、なれない南方の土地。官にも多少の不手際はあろう。しかし、流石にクールジャパンの中心となる日本のアニメや漫画のコーナーは、相応充実しているに違いないと筆者は確信した。私は3F行きのエスカレーターに乗る。
日本のアニメ・漫画の勇姿は、このThe Japan Storeの中にまったく、影も形も無いのである。私の怒りはやがて諦観へと移行する。マレーシアにおけるクールジャパンの中心と「お上」が位置づけているThe Japan Storeの中には、日本文化など存在しないのである。愕然と膝から落ちる感覚が筆者の全身を襲ったのである。
意図は分からないが、マレーシアが世俗的イスラーム教国というのを忖度してか、漫画大賞を受賞した森薫さんの『乙嫁語り』がほぼ全巻揃っている。しかし、『乙嫁語り』の舞台は中央アジアであってマレーシアとは関係が無い。そら寒い。余りにも酷い。The Japan Storeは、日本とだけ名を冠した無人展示室であり、その内実も日本文化の紹介とは無縁の物体だけが転がっている。ここに血税が10億円弱も投入されたのだ。
付け加えると、The Japan Storeの最上階(4F)は日系飲食店のレストラン街だが、ここには辛うじてまばらに客が入っている。ただ単価が高いので客層は現地の富裕層か外国人(日本人含む)に限られているようだ。
その根底には、日本の文化や産品は世界一素晴らしく、幾ら高くとも現地人は買うに違いない、という傲慢と無知が存在するのでは無いか。日本の高付加価値商品は確かに、海外で高い評価を受けている。だがそれは、現地の市場の皮膚感覚に合致して初めて成功するものである。日本で数百円で売っているモノをマレーシアで数倍〜数十倍の値段をつけても売れるに違いない、なぜならそれは高品質の日本産品だからである、という傲慢な自意識が、The Japan Storeの全てから漂ってくる。
経済成長著しいマレーシアには多くの日系企業が進出している。中でもユニクロは平日早朝から黒山の人だかりであり、同じく日系のファミリーマートは現地の人々の経済感覚に沿った、低価格の日本流おにぎりやおでんを展開して極めて盛況である。市場経済から遊離した、似非社会主義ともいえる計画的観念の悪しき真骨頂こそが、ここクアラルンプールの一等地にあるThe Japan Storeである。
ちなみに、このThe Japan Storeのお隣(同じビル内)にある『H&M』は朝10時の開店から現地人が列をなす。しかしThe Japan Storeの開店時刻は、そもそも午前11時。人々は、The Japan Storeと同じ階にある中華フードコートで腹を満たす(一食300円程度の大衆店舗)が、決してThe Japan Storeには入ろうとしない。いやそもそも、開店時間が遅すぎるので、入りたくても客はシャットダウンされているのである。ここでも官製クールジャパンの居丈高な、市場経済無視の設計的発想が現れている。
Isetan The Japan Store Lot 10 ttps://www.tripadvisor.jp/Restaurant_Review-g298570-d13345677-Reviews-Isetan_The_Japan_Store_Lot_10-Kuala_Lumpur_Wilayah_Persekutuan.html
Isetan The Japan Store Lot 10 ttps://www.tripadvisor.jp/Restaurant_Review-g298570-d13345677-Reviews-Isetan_The_Japan_Store_Lot_10-Kuala_Lumpur_Wilayah_Persekutuan.html