歩夢 「水筒の中から侑ちゃんの声がする」
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やらかした。所持品は拾った猫じゃらしのみ。
そして今、鍵のかかったコインロッカーに閉じ込められている。
「しず子、もうちょっと端っこに寄ってよ」
かすみさんと一緒に。
「いやいや、かすみさんがスペース占領しすぎだよ。もしかして太っ──」
「言わせないからね!?」
怒鳴るかすみさんの声には覇気がない。当然だ、ここに閉じ込められてからもう二十分は経過している。季節が夏ということもあり、ロッカー内の気温はみるみる上昇していき、私たちから生気や思考力を奪っていく。 「だいたい、どうしてロッカーなの。隠れるならもっといい居場所があったでしょ」
「仕方ないじゃん! 隠れんぼで愛先輩に見つからないような場所なんて、ここしか思いつかなかったんだから」
確かに私もかくれんぼの最中、鬼役の愛さんから隠れ切れるような場所を考えあぐねていたところだった。そこをかすみさんに見つかり、手を引かれるままにロッカーの中へと押し込まれた。二人で同じ場所に隠れても意味がないのですぐに出ようとしたが、なぜか鍵が閉められてしまい、そして今に至る。
「最悪だよ。かくれんぼとは言え、練習時間中だったから携帯も何も持ってないし」
「私も完全に手ぶら。かすみさん他に何か持ってない?」
「……これなら」
そう言って、かすみさんが申し訳なさそうに取り出したのは一本の猫じゃらし。
暑さにうなだれる私たちと同じように、先端が力なくフニャりと折れる。 「なんで猫じゃらし?」
「後でイタズラに使おうと思ったの! 突然首とかくすぐったら、面白い反応するかなぁって」
「たとえば誰に?」
「果林先輩とか」
「うん、実行できなくてよかったと思う」
もったいなさそうに猫じゃらしの先端を弄るかすみさんは、急に何かを思いついたかのように、ロッカーの扉の隙間に猫じゃらしをゆっくり差し込んだ。
「何してるの?」
「ほら、よく針金とかで鍵を開けるシーンあるじゃん」
「まさか猫じゃらしで開けようとしてる?」 その通り、とでも言いたげな瞳で、猫じゃらしを私に向ける。しかしそんなかすみさんの意気込みとは裏腹に、猫じゃらしは力無く萎れる。まるで己の力不足を詫びて首を垂れるように。
「だぁめだぁぁ」
「当たり前でしょ……」
それにしても、かすみさんがやけに張り切ったせいか、余計に蒸し暑くなってきた。
全身から吹き出た汗が、制服を湿らせていくのが肌感覚でわかる。
「あっつぃ……」
耐えかねた私はシャツのボタンを一つ、おもむろに外す。開放された胸元からわずかな風がが入り込み、その場しのぎにすぎないが、少しは涼しくなる。
ゴクリ。
静寂した密閉空間に、生唾を飲むような音が鳴った。 「…………何?」
「い、いやぁ、べべべ別に?」
かすみさんが目線を逸らし、わざとらしく口笛を吹くそぶりを見せる。ちなみに音は鳴らせていない。
「……えっち」
「なななななななな何言ってるのしず子!?」
「胸元見過ぎだから。バレバレだよ」
「見てない! 絶対見てないから!」
分かりやすく慌てふためいて、狭い空間の中でジタバタと暴れる。そんなところも可愛いけれど、正直暑くなる一方だからやめてほしい。
「あーあ、余計に暑くなっちゃった。もう一つボタン外そうかなぁ」
「…………。」
「ほら、また見た」 「今のは明らかにしず子が誘ったじゃん!」
「人聞きの悪いこと言わないでよ! 私そんなに卑しくないから」
「いーや、しず子はいつもいやらしいもん。掲示板とか見たことないの?」
「掲示板?」
「気になるなら見てみなよ。スクールアイドルについてファンが語り合ってる掲示板」
「いや、今携帯持ってないし」
「そうだった……」
ふとした私の一言で現状を思い出したのか、かすみさんは両足を伸ばしてうなだれる。
「あーもう、どうすれば」
その伸ばした足先が
「んっ」
私の秘部をなぞった。 「…………。」
「……い、いや、その今のはちが……」
思わず漏れてしまった吐息と嬌声を空間からかき消すように、両手を開いて顔の前で振る。指の隙間から覗いたかすみさんの顔は、驚いたような、しかし新たな楽しみを見つけたような。複雑な感情を、かすみさん自身も処理しきれていないようだった。紅潮した顔が、二人の汗や吐息で曇った景色の向こうに見える。
かすみさんが裸足になる。蒸れて湿った足先が、先ほど不意に当てられたその場所を今度は的確に、丁寧に。下からなぞり上げる。
「ふぁ……っ、ぁあっ……ん」
声と表情を隠すように、両手で顔を覆う。ぐっしょりと濡れた額や頬から、汗が指の隙間を縫って滴り落ちる。 かすみさんの足を払い除けようとするが、そんな力はすでにこの暑さに奪われている。裸足に添えられた力無い手のひらは、まるで弄ばれるのを悦び、受け容れているように見えるだろう。拒絶の意思など、伝わろうはずもない。
「ほら、暑いんでしょ。はずしなよ、ボタン」
壁に手をつき体を支えながら、かすみさんがもう片方の手で私の第3ボタンを外す。水色のフリルが、外界に晒された。
「かすみ……さん」
鼻先が触れそうなほど迫ったかすみさんの吐息が、酸素を取り込もうとした口内に流れ込んでくる。 「ふぁぁあっ、あぁっ」
あらわになった胸元を、猫じゃらしがなぞった。線を、丸を、文字を描くように、肌の上でかすみさんが猫じゃらしを滑らせる。しかし、いちばん敏感な場所へは一向に到達しない。そのもどかしさに、下半身が疼いた。
あぁ、何をしているんだろう。私は抵抗するつもりじゃなかったのか。
いつの間にか、足に添えていた手のひらはかすみさんの背中に回され、彼女の行動を全て受け容れるが如く腰を浮かせ、されるがままにカラダをくねらせていた。
「あっ……」
かすみさんの指が、ブラジャーのカップ上部にかけられる。既に膨らみきった桃色の頂が、徐々に姿を見せようとする。 とうとう肩紐さえも肘まで落ちそうになったその時、かすみさんの瞳がチカチカと瞬き、そして色を失っていった。
「ぇ……」
そのままぐらりと、体が大きく傾いた。私にもたれかかったかすみさんは、息苦しそうな呼吸を小刻みに繰り返した。
「か、かすみさんっ」
いけない、極度の脱水症状だ。
しかし事態がいくら深刻になろうとも、密室である状況は変わらない。かく言う私も、意識が朦朧としてきた。
興奮で火照り切った体の暑さを突然意識させられて、その落差に体が悲鳴を上げた。 ガタン。
大きな音とともに、冷たいくらいの風が吹き込んでくる。
「二人とも、大丈夫!?」
ロッカーの扉を開けた璃奈さんが、手に持っていたドリンクを私たちの口に流し込んだ。
助かった。
その安堵感に支配された体は、わずかに残った力さえも途端に失い、視界を黒に染めた。
※ ※ ※ ※
「あともうちょっとだったんだけどなぁ」 下校道。りな子と一緒に歩きながら、空に向かって悔いを放つ。
「かすみちゃんの生体反応が危険信号を出してた。あそこで助けに行かなきゃ、取り返しのつかないことになってた」
「それはそうだけど」
しず子を押し込んだロッカー。あれはりな子がオートロック式の扉に改造したものだ。唯一開けられるのは、りな子の持っている端末を使用したときだけ。
今回の隠れんぼに乗じて、しず子と一緒に密室に入り、今度こそかすみんが主導権を握ろうと思ったんだけど。
「やっぱり敵わなかったなぁ」
ずっと持ち続けていた猫じゃらしを見つめる。しず子の肌をなぞったその先端は、まだ微かに湿っていた。
その味を確かめるように、先端に唇を添えた。 【次回のランダム単語】
1.アンドロイド
2.赤い液体
3.サンドバッグ 官能表現って難しい
本日もお付き合いありがとうございました 校舎裏にいるアンドロイドが、人を殴った。
その噂を耳にした天王寺璃奈は、冷や汗が全身を伝うのを感じた。
校舎裏に住まうアンドロイドを製作したのは、他でもない璃奈だったからだ。璃奈は慌てて、校舎裏へ駆けつけた。そこで目にしたのは、まるで血涙のように、瞳から赤い液体を流し続ける、人型アンドロイドの姿だった。
「どうして、こんなことに」
そもそも、このアンドロイドを製作するにあたって、涙を流すようなプログラミングは施していないし、それ以前に赤い液体など使用した覚えはない。だが現実問題、そのあり得ない事象が起きてしまっている。璃奈は気味が悪くなり、そのアンドロイドを処分することに決めた。シャットダウンボタンを押そうとした時、静止していたアンドロイドが突然顔を上げ、璃奈に視線を向ける。赤い液体の流出は止まり、その代わりに瞳のパーツに埋め込んだ赤色のLEDが眩く発光する。 「うわわっ」
これもまたあり得ない行動だった。このアンドロイドが、人に対して何かしらのアクションを起こすはずなどなかった。
「やめてっ、痛い……!」
とてつもない腕力で押し倒され、芝生に背中を打ちつけられる。
部活を始めたことである程度鍛えられ始めたが、なおも未だ貧弱で小さな体が悲鳴をあげる。抑えられた肩の骨が軋むような音が、体内を伝って直接耳に届く。
「どうしてっ、どうして……!」
ピチョン、と頬に滴が垂れてくる。アンドロイドは再び赤い液体を流して、それを璃奈の顔に落としていた。 自分の製作者を押さえつけ、見つめるその瞳は一体何を考えているのだろう。アクションどころか、何かを思考するはずさえないアンドロイドに、一体何が芽生えたというのだろう。
「あなたは……どうしたかったの?」
その問いかけに、うめき声のようなものをあげながらアンドロイドは拳を振り上げる。璃奈は覚悟して、目をキュッと瞑る。
暗くなった視界で、璃奈はアンドロイドを製作した時のことを思い出していた。
※ ※ ※ ※
「……できた。アンドロイド型サンドバッグ」
璃奈はとある生徒からの依頼で、アンドロイドの製作をしていた。その日、それがついに完成した。 自立型サンドバッグ式アンドロイド。名前は特にない。機能としては、壊れたり外れたりした部品の事故修復、ただそれだけ。
サンドバッグとある通り、このアンドロイドの仕事は人から殴られることだけだ。
「それじゃ、これを人目につかないところに配置しなきゃ」
使用目的は至って単純、いじめ撲滅が目的だ。つまりは人をいじめる代わりに、感情も、反撃する意志もないアンドロイドをサンドバッグにして憂さ晴らしをすれば、いじめの撲滅につながると依頼者は考えたのだ。
「校舎裏、ここでいいかな」 しかし、いくらアンドロイド相手とはいえ、公衆の面前で危害を加えることができないのが人間のなんとも卑しい部分だ。アンドロイドには、人目につかないところで人々の憎悪を一身に受けてもらうことになった。
しばらく様子を見たが、周りからの反応は良好だった。良好と言っても、暴力を振るっているわけだが。
だがアンドロイドは傷つかない。傷つく心はそもそも持ち合わせていないし、壊れた体もたちまち事故修復してしまう。
校内のいじめも減少傾向にあるらしい。
発明は大成功だった。
大成功な、はずだった。
※ ※ ※ ※ 振り上げられた拳が、璃奈に届くことはなかった。その拳は、颯爽と現れた宮下愛に掴まれていた。そしてそのまま、首の後ろにあるシャットダウンボタンを押す。アンドロイドは、璃奈に覆いかぶさるように力を失って崩れた。
「あ、愛さん」
「大丈夫? りなりー」
愛に差し伸べられた手を掴み、璃奈はアンドロイドの下から体を抜く。
音沙汰なくなったアンドロイドは、自己修復の機能も同時に失い、ポロポロとパーツを本体から崩していく。既にその体は限界を迎えていたらしい。なんとかその自己修復機能で、その姿を首の皮一枚という状態で保っていたに過ぎなかったのだ。
数分も経たないうちに、校舎裏にはスクラップのような残骸だけが残された。
「こんなに傷ついてたんだね、この子」 愛は残された残骸に向けて手を合わせ、パーツを拾い上げていく。
「穴も掘って、埋めてあげないとね。ちゃんと弔わないと」
「弔う?」
「うん。アンドロイドだって、生きてたんだから」
璃奈も、愛に習ってパーツを拾い集め始める。
一部のパーツは、アンドロイドの流していた赤い液体で濡れていた。
結局最後まで、アンドロイドが赤い液体を流した理由も、人を襲い始めた理由もわからなかった。
ただ、その赤い液体はまるでオイルのように、そして血液のように。少し、粘着質だった。 【次回のランダム単語】
1.独身
2.アメリカンドッグ
3.ラーメン屋 3月に頒布予定のあいりな小説執筆追い込み時期になるため、少し投稿頻度が落ちるかと思います
息抜きで短編はしっかり更新しますので、よろしくお願いします なんかちょっと悲しい結末でしたね。
でもこういう雰囲気も好き。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています