歩夢 「水筒の中から侑ちゃんの声がする」
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今朝から行方不明だった侑ちゃんの声が、水筒の中から聞こえた。
侑ちゃんが恋しすぎて聞こえた幻聴かと思ったけど、部室に置かれた水筒に近付けば近付くほど声が大きく聞こえるから間違いない。侑ちゃんはこの水筒の中に囚われている。
「……侑ちゃん?」
「その声、歩夢! 助けて。目が覚めたらよくわからない場所にいてさ、暗いし水の中だし」
「落ち着いて聞いて。侑ちゃんは水筒の中にいるんだよ」
「通りで。だからこの水、ちょっとしょっぱくて甘かったんだ」
ということは中身はスポーツドリンクだ。 蓋を開けて飲み口を覗くと、侑ちゃんのツインテールがチラリと見えた。私の名前を呼ぶ声が、まるで洞窟の中にいるかのように反響して聞こえてくる。
水筒の中にいることは確かなようだ。しかも水筒のサイズに合わせて体が縮んでいる。ミニマムな侑ちゃんが水面でバシャバシャと音を立ててもがいている。まだ練習が始まったばかりだから、中身がまだたくさん残っていて、底に足がつかないんだろう。
「ていうか歩夢、水筒の中身っていつもお茶じゃなかったっけ」
「そうだよ。今侑ちゃんは、せつ菜ちゃんの水筒の中にいるんだよ」
「だからお茶じゃなかったのか。それに言われてみれば、ほんのりせつ菜ちゃんの家の匂いがするかも」
なぜか胸がズキッと痛む。
どうしてせつ菜ちゃんの水筒なんだろう。私の水筒の中より、侑ちゃんはこっちの方が気に入ったのかな。 >なぜか胸がズキッと痛む。
>どうしてせつ菜ちゃんの水筒なんだろう。私の水筒の中より、侑ちゃんはこっちの方が気に入ったのかな。
ええ… 「ねぇ、どうして私の水筒じゃなくてせつ菜ちゃんのなの? せつ菜ちゃんの方が大事なの?」
「歩夢、多分今はその話をしてる場合じゃないと思うんだ。早く助けてよ、そろそろ溺れちゃう」
「話逸らした。やっぱり侑ちゃん……」
「違うって。ここから出たらゆっくり話そう? お願いだから早く出して。あ、待って足つりそう」
自分のことばかり。私のことは二の次なんだろうか。でも確かに侑ちゃんのいう通りだ、一刻も早くここから出してあげなくては。問いただすのはその後ゆっくりできるから。 だが助けてあげようとした時、部室の扉が勢いよく開かれて、
「ふぅ、疲れました! 水分補給をしなくてはいけませんね!」
最悪のタイミングでせつ菜ちゃんが来た。言葉とは裏腹に、その表情は快活そのもので疲れを感じさせない。
「あれっ、歩夢さん。その水筒私のですよね?」
「えっとその、うん。せつ菜ちゃんに持っていってあげようと思って」
慌てるあまり、つい嘘をついてしまった。
「そうですか、ありがとうございます! ではいただきますね」 せつ菜ちゃんは私の手から水筒を受け取って、そのまま飲み口に口をつけ──。
「あっ」
「うわぁぁぁぁっ!」
そのまま真っ逆さまに水筒を傾け、喉を派手に鳴らしながら中身を飲み始めた。
天地を突然ひっくり返された侑ちゃんの悲鳴が部室に響いたが、せつ菜ちゃんは全く気付いていない。もしかして、私にしか侑ちゃんの声は聞こえていないのだろうか。
「やっぱり汗をかいた後はスポドリですね。それでは、私は戻りますね」
水分補給を終えたせつ菜ちゃんが、水筒を手に持ったまま練習部屋へ戻ろうとする。水筒の中からは、いまだに侑ちゃんが「歩夢ー、助けてー!」と叫ぶ声が微かに聞こえてくる。どうやらせつ菜ちゃんに飲み込まれるという惨劇は回避されたようだ。 好きな女の子がちっちゃくなっちゃった・・・このパターンは・・・。 ⎛(cV„Ò ᴗ ÓV⎞ヤキモチ焼きな歩夢もかわいいよ! 「ま、待ってせつ菜ちゃん」
「どうしたのですか、歩夢さん」
「実は今日、水筒を忘れてきちゃって。一口もらってもいいかな」
こんな短い間に、二回もせつ菜ちゃんに嘘をついてしまった。
「そういうことでしたら、全然構いませんよ。どうぞ」
せつ菜ちゃんは水筒を私に快く渡してくれた。せつ菜ちゃんに聞こえないよう、こっそりと侑ちゃんに語りかける。
「侑ちゃん、大丈夫?」
「手足で水筒の淵に突っ張ってたから、なんとか。今は中身が減って足がつくから楽だよ」
「今から私が飲むから、侑ちゃんは私の口の中に入って」
「えぇっ、嘘でしょ」 露骨に嫌がる侑ちゃんに、頬を膨らませる。
「じゃあずっとこのままだよ」
「ごめん、ごめんって」
水筒を傾ける。侑ちゃんに邪魔されて、スポドリはちょっとしか入ってこない。
「だ、だめだ歩夢。飲み口が狭くて出られない」
「あぁもう!」
水筒の蓋を丸ごと外して、一気に傾ける。ミニマムな侑ちゃんをなんとか口内に収めて、水筒をせつ菜ちゃんに返す。
「歩夢さん、そんなに喉が乾いていたんですか」
「ほへんへ、ほんほほほふはは(ごめんね、今度奢るから)」
「大丈夫ですよ、気にしないでください。それじゃあ、歩夢さんも早く来てくださいね」 そう言ってせつ菜ちゃんは練習部屋へ戻っていった。
私はすぐさま化粧室に駆け込んで、洗面台に侑ちゃんを吐き出した。私の唾液でベトベトになった侑ちゃんが、蛇口の下にコロコロと転がる。センサーが反応して出てきた水が侑ちゃんの汚れた体を洗い流した。
すると侑ちゃんの体はみるみる大きくなっていって、ついに元通りの姿に戻った。
「やったぁ、助かったよ」
「うぅ、まだ侑ちゃんの髪の毛が口の中に残ってる」
「歩夢の口の中、いい香りだったよ」
「変なこと言わないで。また水筒に詰めるよ」
「今度は普通の水がいいなぁ」 その後はせつ菜ちゃんに飲んじゃった分の飲み物を奢って、何事もなかったかのように練習に戻った。侑ちゃんがずぶ濡れだったのを皆んな不思議がってたけど。
──翌朝。
「助けて、歩夢」
「なんで今度は私の水筒の中にいるの」
「やっぱりここ、歩夢の水筒の中か。香りがそんな感じしたもん」
まだ中身を入れていない水筒の中に、侑ちゃんがいた。
どうしようかな、すぐに助けてあげてもいいんだけど。そう考えたところで、私より先にせつ菜ちゃんの水筒に入ったことに対する仕返しがまだだったことを思い出した。
「わわっ、歩夢何するの」 侑ちゃんのお望み通り真水を入れて、それと一緒に、衣装作りの時に出た端材で小さなビニールの浮き輪を作って、それを投入した。
「今日はずっと一緒だよ、侑ちゃん」
「そんなぁ」
授業の合間、練習の休憩時間。
水筒を覗いては、ぷかぷか浮いているミニマムな侑ちゃんを眺められた、幸せな一日でした。 【今回のランダム単語】
1.水筒
2.君の声
3.愛するもの 南くんの恋人を思い出した
設定知ってるだけで見たことないけど 小説の練習として、これから不定期に短編を更新していきます
毎回ランダムに3つランダムで単語を出題してくれるサイトを使用して、出てきた単語を元に物語を創ります
>>2 さんも仰っているとおり、pixivでも書いているのですが、継続のためこちらでも投下させていただきます。身勝手な理由で申し訳ありませんが、宜しければお付き合いください 【次回のランダム単語】
1.麻婆豆腐
2.成長
3.避難警報 設定をそこまでランダムにするならキャラもなるべく被らないようにすると面白そう >>24
なるほど・・・想像力が試される感じですね。
今回の話しはファンタジーっぽくて面白かったので次回も期待。 キャラはできる限りバラバラにしますが、pixivではタイトルを『虹ヶ咲短編集』としているので、虹ヶ咲の子達がメインになります キャラはできる限りバラバラにしますが、pixivではタイトルを『虹ヶ咲短編集』としているので、虹ヶ咲の子達がメインになります 「ほんの出来心だったんです」
優木せつ菜は涙ぐんで語る。
その体にはトロッとした赤茶色の液体がところどころに付着していて、その味が容易に想像できるほど、鼻腔を貫くような辛味を帯びた香りを放っていた。
「いつも練習を頑張っている皆さんに、差し入れで料理を振る舞おうと思いまして。たまには、みんなでガッツリ晩ごはんでもと、麻婆豆腐を作っていたんです」
見るも無惨な姿となった校内の調理室にチラリと目線を向ける。
「レシピを見ながら作っている途中、感じたんです。これでは皆さんの活力を復活させるには何かが足りないと」 「何か。そう、言うなれば元気の源となるものです」
そう言いながらせつ菜は懐から薬品のようなものを取り出す。よく、観葉植物の土に刺さっている栄養剤だった。
「それで思いついたのがこれです。よく歩夢さんが、元気になぁれと言いながら、これを植物に与えていたのを思い出しまして」
事情聴取をしていた現生徒会長である栞子の口角が引き攣る。まさかそれを投入した麻婆豆腐を自分たちに食わそうとしていたのか。
──以下、聴取した事件当時の記録である。 麻婆豆腐だからしずく辺りかと思ったが食べ物ネタならせつ菜になるか ※ ※ ※ ※
さぁ、これはまずいことになった。
鍋から溢れ出た麻婆豆腐が、まるで濁流のような風体となって、調理室の窓を突き破り外へ流れ出ていく。
いくら料理に疎いせつ菜といえど、この状況が非常に危機的であることは理解できた。割れた窓ガラスの弁償額が一瞬脳裏をよぎったが、もはや状況はそれどころではなく、拡大する一方の被害を目の当たりにしたせつ菜は、考えるのをやめていた。
校舎の三階にある調理室から飛び出した麻婆豆腐はそのまま壁を這って中庭へ着地した。尚も勢いは止まらず、植木やらベンチやらを無慈悲に飲み込んでいく。校内放送は、まるで避難警報のようなサイレン音をけたたましく鳴らし続けていた。
「まさか、栄養剤にこんな力があるとは」 空になった栄養剤の容器が、手から滑り落ちる。これを投入した瞬間、麻婆豆腐は著しい成長を遂げ、その体積を何百倍にも膨れあがらせた。鍋に収まりきらなくなった麻婆豆腐は、まるで意志を持っているかのように一直線に外へ向かっていったのだ。
人智を超えた脅威に相対した時、人はかえって冷静になるのだなとせつ菜は学んだ。あれこれ対応策を考えてはいるが、圧倒的な光景を前に「おー」という声しか出なくなっていた。
完成してからまだそれほど年月の経っていない校舎が、中国四千年の歴史に塗りつぶされていく。
「せつ菜ちゃん!」
突然調理室の扉が開かれ、そこに姿を見せたのはエマだった。相当走ったのだろう、額や頬に汗が道を作っている。 「よかった、無事だったんだね。せつ菜ちゃん、調理室に行くって言ってたから心配で」
「まさか、助けに来てくれたんですか。こうなったのは私のせいなんです、放っておいてください」
「そんなのいい。とにかく早く逃げよう、みんな屋上に避難してるから」
せつ菜の腕を強引に掴んで、エマは屋上に向かって駆け出した。するとそれに反応したのか、麻婆豆腐がクルッと進行方向を変え、二人を追いかけ始めた。
「な、なんでついてくるんですか!」
階段を上っても、麻婆豆腐は自分の豆腐を器用に積み重ね、その上を這って追いかけてくる。どこまでも、どこまでも。 「もしかして、これを狙って……」
せつ菜の制服のポケットには、まだ栄養剤が一本残っていた。せつ菜がそれを取り出すと、まるで磁力で引っ張られているかのように、栄養剤めがけて麻婆豆腐が飛びかかってきた。すんでのところで避けるが、せつ菜の足は麻婆豆腐に絡め取られてしまった。足元を掬われ、階段の踊り場で盛大に転ぶ。地面に転がった栄養剤を、慌てて拾い胸に抱いた。体全体を丸めて、全身で栄養剤を守る。
「これは渡しませんよ……!」
麻婆豆腐の熱が背中を襲う。熱さと、尚も響き続ける避難警報のつん裂くような音で、頭がおかしくなりそうだった。 「せつ菜ちゃん、その栄養剤を早く!」
確かにこの栄養剤を明け渡せば、せつ菜は解放されるだろう。だがそうしたらどうなる。麻婆豆腐はさらにその体積を増して、被害はより一層拡大するだろう。最悪の場合、このお台場全体を巻き込む未曾有の大災害になりかねない。
たとえこの身が朽ちても。大好きなこの街は守る。
それがせつ菜なりのケジメだった。
「……ごめん、せつ菜ちゃん」
だが、せつ菜の体はエマに突き飛ばされた。麻婆豆腐はせつ菜の体から引き剥がされ、新たに前に立ちはだかったエマに標準を定める。
「エマさん、どうして」
エマが麻婆豆腐に立ちはだかるのを見て、せつ菜は自分の手から栄養剤が消えていることに気がついた。その栄養剤は、エマが握っていた。 「ダメです、エマさん!」
伸ばした手が、エマに触れることは叶わなかった。麻婆豆腐の濁流は、情け容赦なく栄養剤をエマの体ごと飲み込む。エマの体は次第に見えなくなっていき、そして栄養剤を摂取した麻婆豆腐はさらにその体積を増やす。もはや階段の姿が見えなくなるほど、せつ菜の眼前を麻婆豆腐が完全に支配した。
最後まで見えていたエマの右手が、親指を立てる。
──必ず戻ってくる。
そう言っているようだった。
だがそんなエマの意志も虚しく、麻婆豆腐は目の前のせつ菜にまで襲い掛かる。
エマを失った悲しみ、そして己の無力さに打ちひしがれたせつ菜の号哭が、踊り場に響いた。
その瞬間。まるでせつ菜の叫びに呼応するかのように、麻婆豆腐の中心が緑色に輝き出した。
※ ※ ※ ※ ことの顛末を話し終えたせつ菜は、その場で項垂れた。
「せつ菜さん。あなたには一年間の調理室への出入り、そして栄養剤の使用を禁止措置を下すと、職員会議にて決定しました」
「調理室が使えない……。それは困りますね」
「どうしてです?」
せつ菜はフッと自嘲するような軽い笑みを見せた。不思議に思う栞子の体が、突然揺れた。
いや、揺れたのは栞子の体だけではない。学校全体、地面そのものが揺れている。
「地震……?」
一瞬その可能性が脳裏をよぎるが、定期的な地響きと揺れがその説を否定する。
揺れと共に聞こえてくるその地響きは、まるで大怪獣の足跡のようだった。
「だって、調理室も栄養剤も使えないと」 教室全体に影が落ちる。太陽光を取り入れていた窓が何かによって塞がれた。
窓へ目を向けた栞子は、その場に尻餅をついて倒れた。
「エマさんの食事を、作れないじゃないですか」
窓から二人を覗き込んでいたのは、エマの巨大な顔だった。その身長は校舎を優に越している。
「麻婆豆腐、とってもボーノだったよ」
「じゃあ次は、青椒肉絲でも作りますか。栄養剤満点で」
数日後、エマは徒歩でスイスに帰郷したという。 【次回のランダム単語】
1.熱中症
2.コインロッカー
3.猫じゃらし あり得ない設定を当然のようにキャラが受け入れてて、突拍子もない展開なのに淡々と話が進んでいくギャップが面白い 1つ目が大正から昭和にかけてのホラーに似通ってて半端ない恐ろしさがある やらかした。所持品は拾った猫じゃらしのみ。
そして今、鍵のかかったコインロッカーに閉じ込められている。
「しず子、もうちょっと端っこに寄ってよ」
かすみさんと一緒に。
「いやいや、かすみさんがスペース占領しすぎだよ。もしかして太っ──」
「言わせないからね!?」
怒鳴るかすみさんの声には覇気がない。当然だ、ここに閉じ込められてからもう二十分は経過している。季節が夏ということもあり、ロッカー内の気温はみるみる上昇していき、私たちから生気や思考力を奪っていく。 「だいたい、どうしてロッカーなの。隠れるならもっといい居場所があったでしょ」
「仕方ないじゃん! 隠れんぼで愛先輩に見つからないような場所なんて、ここしか思いつかなかったんだから」
確かに私もかくれんぼの最中、鬼役の愛さんから隠れ切れるような場所を考えあぐねていたところだった。そこをかすみさんに見つかり、手を引かれるままにロッカーの中へと押し込まれた。二人で同じ場所に隠れても意味がないのですぐに出ようとしたが、なぜか鍵が閉められてしまい、そして今に至る。
「最悪だよ。かくれんぼとは言え、練習時間中だったから携帯も何も持ってないし」
「私も完全に手ぶら。かすみさん他に何か持ってない?」
「……これなら」
そう言って、かすみさんが申し訳なさそうに取り出したのは一本の猫じゃらし。
暑さにうなだれる私たちと同じように、先端が力なくフニャりと折れる。 「なんで猫じゃらし?」
「後でイタズラに使おうと思ったの! 突然首とかくすぐったら、面白い反応するかなぁって」
「たとえば誰に?」
「果林先輩とか」
「うん、実行できなくてよかったと思う」
もったいなさそうに猫じゃらしの先端を弄るかすみさんは、急に何かを思いついたかのように、ロッカーの扉の隙間に猫じゃらしをゆっくり差し込んだ。
「何してるの?」
「ほら、よく針金とかで鍵を開けるシーンあるじゃん」
「まさか猫じゃらしで開けようとしてる?」 その通り、とでも言いたげな瞳で、猫じゃらしを私に向ける。しかしそんなかすみさんの意気込みとは裏腹に、猫じゃらしは力無く萎れる。まるで己の力不足を詫びて首を垂れるように。
「だぁめだぁぁ」
「当たり前でしょ……」
それにしても、かすみさんがやけに張り切ったせいか、余計に蒸し暑くなってきた。
全身から吹き出た汗が、制服を湿らせていくのが肌感覚でわかる。
「あっつぃ……」
耐えかねた私はシャツのボタンを一つ、おもむろに外す。開放された胸元からわずかな風がが入り込み、その場しのぎにすぎないが、少しは涼しくなる。
ゴクリ。
静寂した密閉空間に、生唾を飲むような音が鳴った。 「…………何?」
「い、いやぁ、べべべ別に?」
かすみさんが目線を逸らし、わざとらしく口笛を吹くそぶりを見せる。ちなみに音は鳴らせていない。
「……えっち」
「なななななななな何言ってるのしず子!?」
「胸元見過ぎだから。バレバレだよ」
「見てない! 絶対見てないから!」
分かりやすく慌てふためいて、狭い空間の中でジタバタと暴れる。そんなところも可愛いけれど、正直暑くなる一方だからやめてほしい。
「あーあ、余計に暑くなっちゃった。もう一つボタン外そうかなぁ」
「…………。」
「ほら、また見た」 「今のは明らかにしず子が誘ったじゃん!」
「人聞きの悪いこと言わないでよ! 私そんなに卑しくないから」
「いーや、しず子はいつもいやらしいもん。掲示板とか見たことないの?」
「掲示板?」
「気になるなら見てみなよ。スクールアイドルについてファンが語り合ってる掲示板」
「いや、今携帯持ってないし」
「そうだった……」
ふとした私の一言で現状を思い出したのか、かすみさんは両足を伸ばしてうなだれる。
「あーもう、どうすれば」
その伸ばした足先が
「んっ」
私の秘部をなぞった。 「…………。」
「……い、いや、その今のはちが……」
思わず漏れてしまった吐息と嬌声を空間からかき消すように、両手を開いて顔の前で振る。指の隙間から覗いたかすみさんの顔は、驚いたような、しかし新たな楽しみを見つけたような。複雑な感情を、かすみさん自身も処理しきれていないようだった。紅潮した顔が、二人の汗や吐息で曇った景色の向こうに見える。
かすみさんが裸足になる。蒸れて湿った足先が、先ほど不意に当てられたその場所を今度は的確に、丁寧に。下からなぞり上げる。
「ふぁ……っ、ぁあっ……ん」
声と表情を隠すように、両手で顔を覆う。ぐっしょりと濡れた額や頬から、汗が指の隙間を縫って滴り落ちる。 かすみさんの足を払い除けようとするが、そんな力はすでにこの暑さに奪われている。裸足に添えられた力無い手のひらは、まるで弄ばれるのを悦び、受け容れているように見えるだろう。拒絶の意思など、伝わろうはずもない。
「ほら、暑いんでしょ。はずしなよ、ボタン」
壁に手をつき体を支えながら、かすみさんがもう片方の手で私の第3ボタンを外す。水色のフリルが、外界に晒された。
「かすみ……さん」
鼻先が触れそうなほど迫ったかすみさんの吐息が、酸素を取り込もうとした口内に流れ込んでくる。 「ふぁぁあっ、あぁっ」
あらわになった胸元を、猫じゃらしがなぞった。線を、丸を、文字を描くように、肌の上でかすみさんが猫じゃらしを滑らせる。しかし、いちばん敏感な場所へは一向に到達しない。そのもどかしさに、下半身が疼いた。
あぁ、何をしているんだろう。私は抵抗するつもりじゃなかったのか。
いつの間にか、足に添えていた手のひらはかすみさんの背中に回され、彼女の行動を全て受け容れるが如く腰を浮かせ、されるがままにカラダをくねらせていた。
「あっ……」
かすみさんの指が、ブラジャーのカップ上部にかけられる。既に膨らみきった桃色の頂が、徐々に姿を見せようとする。 とうとう肩紐さえも肘まで落ちそうになったその時、かすみさんの瞳がチカチカと瞬き、そして色を失っていった。
「ぇ……」
そのままぐらりと、体が大きく傾いた。私にもたれかかったかすみさんは、息苦しそうな呼吸を小刻みに繰り返した。
「か、かすみさんっ」
いけない、極度の脱水症状だ。
しかし事態がいくら深刻になろうとも、密室である状況は変わらない。かく言う私も、意識が朦朧としてきた。
興奮で火照り切った体の暑さを突然意識させられて、その落差に体が悲鳴を上げた。 ガタン。
大きな音とともに、冷たいくらいの風が吹き込んでくる。
「二人とも、大丈夫!?」
ロッカーの扉を開けた璃奈さんが、手に持っていたドリンクを私たちの口に流し込んだ。
助かった。
その安堵感に支配された体は、わずかに残った力さえも途端に失い、視界を黒に染めた。
※ ※ ※ ※
「あともうちょっとだったんだけどなぁ」 下校道。りな子と一緒に歩きながら、空に向かって悔いを放つ。
「かすみちゃんの生体反応が危険信号を出してた。あそこで助けに行かなきゃ、取り返しのつかないことになってた」
「それはそうだけど」
しず子を押し込んだロッカー。あれはりな子がオートロック式の扉に改造したものだ。唯一開けられるのは、りな子の持っている端末を使用したときだけ。
今回の隠れんぼに乗じて、しず子と一緒に密室に入り、今度こそかすみんが主導権を握ろうと思ったんだけど。
「やっぱり敵わなかったなぁ」
ずっと持ち続けていた猫じゃらしを見つめる。しず子の肌をなぞったその先端は、まだ微かに湿っていた。
その味を確かめるように、先端に唇を添えた。 【次回のランダム単語】
1.アンドロイド
2.赤い液体
3.サンドバッグ 官能表現って難しい
本日もお付き合いありがとうございました 校舎裏にいるアンドロイドが、人を殴った。
その噂を耳にした天王寺璃奈は、冷や汗が全身を伝うのを感じた。
校舎裏に住まうアンドロイドを製作したのは、他でもない璃奈だったからだ。璃奈は慌てて、校舎裏へ駆けつけた。そこで目にしたのは、まるで血涙のように、瞳から赤い液体を流し続ける、人型アンドロイドの姿だった。
「どうして、こんなことに」
そもそも、このアンドロイドを製作するにあたって、涙を流すようなプログラミングは施していないし、それ以前に赤い液体など使用した覚えはない。だが現実問題、そのあり得ない事象が起きてしまっている。璃奈は気味が悪くなり、そのアンドロイドを処分することに決めた。シャットダウンボタンを押そうとした時、静止していたアンドロイドが突然顔を上げ、璃奈に視線を向ける。赤い液体の流出は止まり、その代わりに瞳のパーツに埋め込んだ赤色のLEDが眩く発光する。 「うわわっ」
これもまたあり得ない行動だった。このアンドロイドが、人に対して何かしらのアクションを起こすはずなどなかった。
「やめてっ、痛い……!」
とてつもない腕力で押し倒され、芝生に背中を打ちつけられる。
部活を始めたことである程度鍛えられ始めたが、なおも未だ貧弱で小さな体が悲鳴をあげる。抑えられた肩の骨が軋むような音が、体内を伝って直接耳に届く。
「どうしてっ、どうして……!」
ピチョン、と頬に滴が垂れてくる。アンドロイドは再び赤い液体を流して、それを璃奈の顔に落としていた。 自分の製作者を押さえつけ、見つめるその瞳は一体何を考えているのだろう。アクションどころか、何かを思考するはずさえないアンドロイドに、一体何が芽生えたというのだろう。
「あなたは……どうしたかったの?」
その問いかけに、うめき声のようなものをあげながらアンドロイドは拳を振り上げる。璃奈は覚悟して、目をキュッと瞑る。
暗くなった視界で、璃奈はアンドロイドを製作した時のことを思い出していた。
※ ※ ※ ※
「……できた。アンドロイド型サンドバッグ」
璃奈はとある生徒からの依頼で、アンドロイドの製作をしていた。その日、それがついに完成した。 自立型サンドバッグ式アンドロイド。名前は特にない。機能としては、壊れたり外れたりした部品の事故修復、ただそれだけ。
サンドバッグとある通り、このアンドロイドの仕事は人から殴られることだけだ。
「それじゃ、これを人目につかないところに配置しなきゃ」
使用目的は至って単純、いじめ撲滅が目的だ。つまりは人をいじめる代わりに、感情も、反撃する意志もないアンドロイドをサンドバッグにして憂さ晴らしをすれば、いじめの撲滅につながると依頼者は考えたのだ。
「校舎裏、ここでいいかな」 しかし、いくらアンドロイド相手とはいえ、公衆の面前で危害を加えることができないのが人間のなんとも卑しい部分だ。アンドロイドには、人目につかないところで人々の憎悪を一身に受けてもらうことになった。
しばらく様子を見たが、周りからの反応は良好だった。良好と言っても、暴力を振るっているわけだが。
だがアンドロイドは傷つかない。傷つく心はそもそも持ち合わせていないし、壊れた体もたちまち事故修復してしまう。
校内のいじめも減少傾向にあるらしい。
発明は大成功だった。
大成功な、はずだった。
※ ※ ※ ※ 振り上げられた拳が、璃奈に届くことはなかった。その拳は、颯爽と現れた宮下愛に掴まれていた。そしてそのまま、首の後ろにあるシャットダウンボタンを押す。アンドロイドは、璃奈に覆いかぶさるように力を失って崩れた。
「あ、愛さん」
「大丈夫? りなりー」
愛に差し伸べられた手を掴み、璃奈はアンドロイドの下から体を抜く。
音沙汰なくなったアンドロイドは、自己修復の機能も同時に失い、ポロポロとパーツを本体から崩していく。既にその体は限界を迎えていたらしい。なんとかその自己修復機能で、その姿を首の皮一枚という状態で保っていたに過ぎなかったのだ。
数分も経たないうちに、校舎裏にはスクラップのような残骸だけが残された。
「こんなに傷ついてたんだね、この子」 愛は残された残骸に向けて手を合わせ、パーツを拾い上げていく。
「穴も掘って、埋めてあげないとね。ちゃんと弔わないと」
「弔う?」
「うん。アンドロイドだって、生きてたんだから」
璃奈も、愛に習ってパーツを拾い集め始める。
一部のパーツは、アンドロイドの流していた赤い液体で濡れていた。
結局最後まで、アンドロイドが赤い液体を流した理由も、人を襲い始めた理由もわからなかった。
ただ、その赤い液体はまるでオイルのように、そして血液のように。少し、粘着質だった。 【次回のランダム単語】
1.独身
2.アメリカンドッグ
3.ラーメン屋 3月に頒布予定のあいりな小説執筆追い込み時期になるため、少し投稿頻度が落ちるかと思います
息抜きで短編はしっかり更新しますので、よろしくお願いします なんかちょっと悲しい結末でしたね。
でもこういう雰囲気も好き。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています