エマ「女同士、離島」彼方「何も起きないはずがなく……」果林「何もないわよ」
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>>64
あ、それは読んだわ
ちょっとカオス系だったから頭から消してた >>58
感染騒ぎがおさまったらぜひ
海関係レジャーだけじゃなく温泉もいい
時間に相当余裕あったら青ヶ島行くのもいいかもしれない 八丈島出身八丈島に住んでるラ板民はおらんのか?
地域表示くさやってあるけど、東京の離島の地域表示なの? >>70
可愛すぎて感激しました、ありがとうございます!
私たちの方に手を振ってくる人の影が。
はは〜ん、あれが果林ちゃんのお父さんだな〜?
果林ちゃんと同じ濃紺の髪だからすぐ分かった。
「おかえり、果林」
「うん。お父さん、ただいま」
果林ちゃんはお父さんと会って、ほどよく力が抜けてるのが分かる。
読者モデルをしてるときや、私たちと喋ってるときとはまた違う表情の果林ちゃん。
なんというか、いつもより少し幼くて、自然体な感じ。
「あんな感じの果林ちゃん、なんかちょっと新鮮だね〜」
こっそりエマちゃんに呟く。
親子の会話を済ませた果林ちゃんは私たちの方をくるっと振り返って、
「紹介するわね、エマと彼方よ」
私たちは果林ちゃんのお父さんにご挨拶をして、快く迎えてもらった。
そのあと、すぐに私たちは車に乗せてもらって。
助手席には果林ちゃん、後部座席は私とエマちゃん。
窓を開けて南国の風を感じながら――いざ出発! 八丈島内の移動は車がほとんど必須と言ってもよくて、観光に来る人たちもレンタカーやバイク、原付を借りるのがスタンダード。
一応町営バスはあるみたいだけどね。
車に揺られながら、
「わぁ〜っ!ねえ見て、不思議な木だね〜!」
エマちゃんは景色を撮ってる。
うんうんとうなずいて、私も外を見てみる。
私たちが普段にいる世界とは違って、高い建物が全くなくて開放感がすごい。
道の左右には本土では見ないような植生が生け垣みたいに鬱蒼と生茂ってて空の青との対比がいい。
しかも、そこにハイビスカスの赤のアクセントですよ。
「……遥ちゃんにも見せたいなぁ」
いい気分で思わず言葉がこぼれちゃう。
遥ちゃんも秋田、楽しんでるかな?
観光シーズンみたいだけど、道路は全然混んでなくて快適で、
私が免許を持ってたとして、こんな道を走れたら気持ちいいだろうな〜……。
なんでも八丈島はその昔、海外旅行が気軽にできなかった時代に「日本のハワイ」なんて言われて人気があったんだとか。 果林ちゃんが座る助手席のシートに手をかけながら
「これからどこに行くの?果林ちゃんのお家?」
と尋ねるのはエマちゃん。
「……♪」
するとちょっと得意げな顔に変わった果林ちゃんは、
「その前に、軽く島内を案内してあげるわ♪」
「えっ、そうなの!?嬉しい〜!」
「おおっ……!」
果林ちゃん、ノリノリである。
どんなスポットに連れて行ってくれるのかな。
現地の人しか知らないような穴場スポット?それともベタで王道な場所だったり?
他の人に計画を立ててもらうのって……彼方ちゃん好きだなぁ。
それに、何につけてもセンスのいい果林ちゃんなら間違いなしだよ。
5分ほど揺られていると、車は市街地からそれて山道へと入っていく。
民家らしい民家はほとんど見当たらないけど、道路はちゃんと舗装されてる。
車は勢いよく山を登っていく。 深い森の中を割るようにはしっていた道がだんだんと曲りくねった道に変わっていって。
――左にゆらり。
――右にゆらり。
カーブに差し掛かるたびに果林ちゃんもエマちゃんもゆらゆらゆらゆら。
険しい山道を車はどんどん登っていく。
「……♪」
そのうち楽しくなってきた彼方ちゃんは、左に揺られたタイミングでわざとエマちゃんの肩に頭をぶつけてみたり。
ふふっと笑ったエマちゃんも右に揺られるタイミングで私に仕返しをしてきたり。
「くすっ」
私たちのじゃれあいを、車のルームミラー越しに見て微笑む果林ちゃん。
そんな感じでまた5分ほど経つと、急に木々がなくなって視界が開けて、車は見晴台に停まった。
ここは登龍峠(のぼりょうとうげ)って言うみたい……すごい名前だよね。
来るまでの道があんなにうねうねしていたのにも納得。
「おぉ〜、綺麗……」
水平線まで続く海と八丈島の大きな山、その麓にさっきまで私たちがいたはずの港が小さくなって見える。
雲ひとつない青空と島を一望できる眺望に、爽やかな気分にさせられてしまう。
「あそこがさっきわたしたちがいたところ?」
「そうね。で、あの山が八丈富士。その向こうにあるのが八丈小島で、今私たちがいるのは三原山ね」
果林ちゃんにガイドされながら、ふんふんと勉強熱心なエマちゃん。
八丈島は八丈富士と三原山の、二つの火山が合体してできた島なのです。 車は三原山をぐるっと周り、朝香親子に運ばれるがまま、次に彼方ちゃんたちがやってきたのは裏見ヶ滝。
また特徴的なネーミング、どういう意味なんだろう?
裏見ヶ滝……うらみがたき……恨み、敵……。その昔、流刑でこの島に流された罪人が……まあ嘘なんだけど。
彼方ちゃんの話を信じるか、信じないかはあなた次第だよ〜。
案内板には裏見ヶ滝と温泉の方向を指し示す矢印が2つ。
滝方面は簡素な階段が森へと続いていて奥はどうなっているのか入り口からはよく見えない。
(彼方ちゃん、どっちかって言うと温泉の方が行きたいけどなぁ〜)
と心の中で呟きながら、三人でシダに囲まれた南国のジャングルを冒険する。
「ふぅっ、ふぅっ……」
山道に悪戦苦闘する彼方ちゃんをよそに、果林ちゃんとエマちゃんはどんどん進んでいく。
エマちゃんのお家は牧場らしいし、なんとなく分かるけど……果林ちゃんももしかしてワイルドなタイプなのかい?
「ほらほら、頑張って彼方」
「ちょ、ちょっと待ってよぉ〜……」
息を切らしながらも二人についていくと、だんだん道が平坦になってきて少しだけ余裕が出てきた。
さっきから島のあちこちで見かけるこのミニチュアヤシの木みたいな植物はなんだろう?
「ねえ果林ちゃん、この木さ、よく見かけるんだけど」
「あぁ、それはロベって言うのよ」
「ロベ……」
「正式にはフェニックス・ロベレニーだけどね」
「フェニックス……」 草木が生い茂るエリアを抜けて、裏見ヶ滝に到着。
滝が流れてる岩肌がえぐれていて、滝の内側に歩ける道ができてて……文字通り、滝が裏から見られるってわけだね。
「わぁっ、気持ちいいなぁ」
水しぶきを浴びて、クールダウン……♪
マイナスイオンを感じる……!
「マイナスイオン放出〜ってやってほしいなぁ」
「いいよ〜……すぅ〜っ」
エマちゃんはすぅっと新鮮な空気を吸って気合をためて、
「マイナスイオン、放出〜♪」
滝を背景に両手を前に広げて笑う。
水しぶきに光が乱反射してエマちゃんに後光が差してるみたいに見える。
神々しさと彼方ちゃんの許容値を遥かに超えるマイナスイオンにひざまずかずにはいられない!
――パシャリ。
そして、そんなシーンを撮る果林ちゃん。
「同好会のグループに送るわね」
……えっ、それはちょっと聞いてないなぁ。
――――――――
――――――
――――
,,(d!.•ヮ•..)
樹皮や土の香りを感じながら森を抜けたそのあとは、
果林ちゃんの好きなカフェに連れていってもらうことになりました。
「まだ歩くのぉ〜……?」
少しお疲れ気味の彼方ちゃんをリフレッシュさせるためにも早くゆっくりしたいね。
緑と石垣に挟まれた小道を歩いて、
長く続いた石垣が途切れて、そのカフェが姿を現します。
「古民家を改装したお店なの。行きましょ?」
敷地に入ると、苔むした地面に長い年月を感じさせる古民家がぽつり。
木々に囲まれたお店は、どの障子も開け放たれていて、まるで京都のお寺みたい。
中にはちゃぶ台や囲炉裏があって、座布団に座ってお食事ができます。
お客さんはわたしたちだけ。
と思ってたら後から果林ちゃんのお父さんもやってきて、わたしたちが囲むちゃぶ台の空いてる座布団に座ります。
わたしたちの荷物を果林ちゃんのお家に置いてきてくれたみたい。
「……ちょっと、あっちで食べてよ」
うざったそうに文句を言う果林ちゃんに素直に従うお父さん。
後ろ姿は少し寂しそうでした……。 人捨て穴と7人坊主の怪談と7人人骨火葬事件も出るかな? 時間はお昼前で、お腹ももうぺこぺこ。
果林ちゃんは「私はもう決めてるから」と見ずにメニューを譲ってくれました。
というわけで、しばし彼方ちゃんと一緒にメニューとにらめっこをします。
「悩ましいねぇ、エマちゃん……」
「うん……」
お昼時だからがっつり食べたい気持ちもあって、でも甘いデザートも捨てがたくて……。
トーストもいいなぁ、スコーンもいいなぁ。
一つだけなんて選べないよ〜と思ったとき、
「みんなで注文して少しずつ分けたらいいじゃない」
わたしの気持ちを察してか、果林ちゃんが鶴の一声。
ナイスアイディアだよ♪
注文を済ませてテーブルに並んだのは、ハーブティーにパッションフルーツのジュースが2つ。
そして、トーストにチーズケーキ2つに明日葉のスコーンが3つ。
まずは渇いた喉をジュースで潤します。
「ちゅーっ……ん!おいしい!」
パッションフルーツは甘い香りがして、でも味わってみると甘酸っぱくて。
種も食べられるみたいで、カリカリとかじる食感が楽しい。
島の人はパッションフルーツのことをパッションって呼んでるらしいんだ〜。 そしてトーストをがぶり。
「ん〜♪トーストもとってもボーノ……!」
彼方ちゃんもスコーンを割って、ぱくり。
果林ちゃんもチーズケーキをぱくり、チーズケーキは果林ちゃんとわたしではんぶんこで一緒に食べます。
店内は風通しがよくて、軒先に映る緑色の景色もあいまってとっても落ち着く空間。
車で移動してるときも思ったけど、お洒落なお店が結構あってどこも気になっちゃう。
今日も含めてあと3日しかいられないのがもうすでに心惜しくなってて。
ゆったりと、時々会話をはさみながら、食べ進めます。
そういえば、八丈島は大きく分けて三根(みつね)、大賀郷(おおかごう)、樫立(かしたて)、中之郷(なかのごう)、末吉(すえよし)っていう地区があるんだって。
今わたしたちがいるのが中之郷で、果林ちゃんのお家もこのエリアにあるみたい。
だから次こそは果林ちゃんのお家に行くのかな?と思って聞いてみると、
「あー、そうね。エマはともかく……彼方、水着って持ってきてる?」
そうだ、果林ちゃんと海で遊びたかったんだよね。
一緒に相談してたときからそれはお話してたの。
ということは、このあとは海に行くのかな?
「ふっふっふ。彼方ちゃん、こういうこともあろうかときちんと持ってきたよ〜」
「そうなの?良かったわ」
抜かりない彼方ちゃんに安心した顔の果林ちゃん。
「このあとは一旦うちに寄るつもり。……で水着に着替えて、それからダイビングに行きましょう」
Che cosa? (なんて?)
今、果林ちゃん、ダイビングって言った……? 驚いたのはわたしだけじゃありません。
「えっ……!?」
彼方ちゃんも思わずスコーンを食べる手を止めて目を見開いています。
「わたし、てっきり浜辺でちょっと遊ぶくらいかと思ってた……!」
「ふふっ……」
笑って、ウインクをわたしに送る果林ちゃん。
わたしの生まれ故郷、スイスは陸に囲まれた内陸国で、日本に来るまでわたしにとって海は縁遠い存在だったの。
一応、スイスには沢山湖があって、そこで遊ぶ人も多いんだけど……わたしが住んでる場所は気軽に湖に行ける場所でもなくて。
そんなわたしは、浜辺に打ち付ける波を見るだけでも楽しいのに、このあと潜っちゃうの……!?
南国の海だから、きっとカラフルなお魚の群れが綺麗なんだろうな……。
だけど、わたしそんなに泳ぎが得意なわけじゃないし、大丈夫かな?
「かっ、彼方ちゃん、ダイビングなんてできるほど泳げないよ……?」
わたしと同じ不安を抱える彼方ちゃん。
「大丈夫よ。海の中でも呼吸はできるしインストラクターの人がしっかり教えてくれるから」
「そ、そうなの……?でもダイビングってライセンスが必要なんじゃないの?」
「ライセンスがなくてもできるダイビングがあるのよ。私も持ってないし」
「へ、へえ……そう、なんだ……!」
ドキドキとワクワクが入り混じった表情の彼方ちゃん。
わたしも今からドキドキで……! お食事を済ませたわたしたちは、車に乗せてもらって果林ちゃんのお家へ向かいます。
小道を抜け、一旦大通りへ。
信号機も少なくて、車は快調に真夏の八丈島を駆け抜けていきます。
そしてまた、曲がって坂道。
そこをしばらく進んで、
「あれが私の家よ」
果林ちゃんのお家が見えました。
昔ながらの木造の平屋建てで、でも全然古いっていう感じがしなくて、とっても綺麗なお家です。
ヤシの生け垣やプランターに植えられたたくさんのお花のお陰で真夏でも気分はとっても涼しくなれそう!
「でっか……!贅沢な土地の使い方だねぇ」
と小さく呟く彼方ちゃん。
「田舎の特権よ」
それをしっかり聞いていた果林ちゃんが答えます。
そんなやり取りを聞いて果林ちゃんのお父さんがくすりと笑って。
優しそうに、穏やかに笑う姿は果林ちゃんに似てて、やっぱり親子なんだなぁ……と思ったり。 果林ちゃんのお母さんはちょうど買い物に行っていたみたいで、この時は出会うことができませんでした。
きっと美人なんだろうな。
「お邪魔しまーす」
他人の家の香りって普通ならあんまり落ち着かないけど、果林ちゃんのお家はとってもいい香り!
すーっと鼻で深く呼吸しちゃう。
そんなこんなですっかりリラックスモードになったのに果林ちゃんが、
「予約の時間もあるから急がないとダメね」
なんて言うから家の様子もあまり見れないまま、
水着を下に着たわたしたちはまた車に乗って移動です。
果林ちゃんのお部屋とか見たかったんだけど……それは夜までおあずけみたい。
車は住宅地を抜けて、また緑に囲まれた自然豊かな道に入って、そしてトンネルに入って――。
それを抜けると、凪いだコバルトブルーの海が目に飛び込んできました。
「わぁっ……あの海に潜るのかな?」
わたしがそう言うと、助手席の果林ちゃんが「そうよ」って答えてくれて。
道路のガードレールもトビウオ(かな?)のデザインが施されていて、車から眺めているとまるでそこに泳いでるみたいに映ります。
坂道を下ってわたしたちはどんどん港へと近づいていきます。 海沿いのダイビングショップに到着すると、日焼けして肌が浅黒くなったお姉さんがお迎えしてくれました。
「久しぶり、果林ちゃん!エマちゃんも彼方ちゃんもここじゃ暑いだろうから早く入って入って!」
お姉さんに促されるままに中へ入ると、
クーラーが効いていて涼しい店内には、壁中にダイビングの機材やウェットスーツが所狭しと並べられています。
これからダイビングすることも、そしてなぜかわたしたちの名前も伝わってて、全ては承諾済みという感じであれよあれよという間に機材や泳ぎ方のレクチャーが始まりました。
「ではこれから事前説明をしていきますね!しっかり守らないと命にも関わっちゃうからちゃんと聞いててね!」
わたしたちは海に潜るとき、水圧の影響を受けて耳や副鼻腔の空気が圧縮されて……。
ふむふむ、耳抜き……鼻を押さえて……。
マスクは……なるほど、耳にかからないように、ね……。
呼吸器を口にくわえて、口で呼吸をする……うんうん。
へえ〜、そっかぁ……海水が入ってきても大丈夫なんだ。
そして、ハンドサインや実際に呼吸器をくわえてみる練習をして講習は終了です!
海で溺れても絶対に助けるって胸を張って言うお姉さんに乗せられて、わたしも彼方ちゃんも少し緊張がほぐれます。
お店の更衣室を貸してもらって、水着の上にウェットスーツを着て、
「海女さんみたい」
と言うのは彼方ちゃん。 ウェットスーツ姿でお店の外に出ると、改めて目の前に海が飛び込んできます。
ついに潜っちゃうんだな、と胸が高鳴って……!
(えま〜)
「……?」
わたしの名前を呼ばれたような気がして振り返ってみると、タンクもマスクも呼吸器もフル装備の果林ちゃん!
呼吸器を咥えたままだから綺麗に発音できないけど、一応言葉を喋ることもできるんだよね。
せっかくの可愛い顔がほとんど見えなくて、ちょっとおかしくて彼方ちゃんと笑っちゃった。
「あはははっ!」
「ふふっ、ふふふっ……!」
「何がおかしいのよ」
呼吸器を外してわたしたちを咎める果林ちゃん。
そうは言っても、目の奥は優しくて、おどけながら怒る果林ちゃんでした。
わたしも彼方ちゃんも器具を装着して準備を整えます。
タンクは10kg以上あって、背負うとぐっと背中に重みを感じます。
これでも浮くんだから不思議だよね。
「じゃあロープに捕まりながらゆっくり潜降していって!」
傾斜のついたコンクリートの道が、そのまま海面へと続いていて、そこにロープが垂らされています。
クライミングの懸垂下降みたいに、ロープに捕まって後ろ歩きをしながら海に潜っていくんだ〜。
(つめたっ……!)
海水に足が触れると、真夏の海でも冷たくて背筋がきゅっとなって。 海の中を見ると、遠くの方は淡い青、近くの方はエメラルドグリーンのグラデーション。
しかもすっごく透明で、遠くの方までよく見えるの!
(ふお〜い!)
――ゴボゴボゴボッ。
海中の景色を見た彼方ちゃんが思わず「すごい」って感動の声をあげて、口から泡がぶわっと立ちのぼる。
(ふおいね〜)
わたしも返事をして、口からこぽこぽ泡を吐く。
そして、お姉さんに連れられて浅瀬から少しずつ離れていくと……徐々にお魚の姿が見えてきて。
海底の岩にむした海藻を食べているのか、小さなお魚の群れが。
群れ全体が同じ方向に泳いでいくのはとっても壮観!
すると、とんとんっと果林ちゃんに背中を叩かれて。
呼吸器をつけてるのにすっごい笑ってる。そんなに口を開けて大丈夫かな……?
と思いつつ、果林ちゃんの指差す方向を見ると――。
ぷかぷかと優雅に泳ぐウミガメが!
(お〜っ!)
こぽこぽと泡がゴーグルにあたっちゃう。 初めて見るウミガメに感動していると、その子は方向転換してわたしたちの方へ泳いできます。
ウミガメって人が怖くないのかな?ダイバーに慣れてるのかも。
甲羅についた海藻や傷が、長生きな貫禄を出していて。
まるでわたしたちに付いて泳いでくれてるみたい!
わたしたちのすぐ真下を真っ赤な南国っぽいお魚や背中にすっと黄色いラインの入ったお魚の大群が行ったり来たりしていて。
海の中ってこんなに幻想的なんだ……感動だよ。
すると突然、一緒に泳いでいたウミガメが……
――パクリ、パクリ
と、首を突き動かして彼方ちゃんを突っつきました。
びっくりした彼方ちゃん。
(彼方ちゃんは餌じゃないよ〜!)
(ぶっ……!)
笑ってしまった私と果林ちゃん。
沢山海水が口に入ってきたけどすかさず水抜き……ううっ、しょっぱい! 海の中を見てると、わたしでも分かるお魚が時々いたり。
――あれはミノカサゴだよね?近づかないようにしなきゃ。
――あっ、クマノミ!かわいいな。
わたしたちはライセンスを持っていないから深いところまで行けないけど、浅いところでもこんなにお魚ってたくさんいるんだね……!
果林ちゃんと目が合うと、ゴーグル越しにウインクをしてくれます。
わたしはそれにピースで返して。
彼方ちゃんもわたしたちを見てにっこり。
――ぽこぽこ。
本当に感動……!
わざわざ予約してくれた果林ちゃんには感謝しなきゃね。
ターコイズブルーの海に、色とりどりの鮮やかなお魚。
水面を見上げると、波がぶつかりあって白いしぶきを上げて、それがまるで雲みたいなの!
泡と泡の間から太陽がきらっと差していて、海の中なのに空を泳いでるみたいな感じで――。
――ぽこぽこ。
30分の潜水時間はあっという間に終わってしまいました。
楽しい時間って一瞬で過ぎちゃう……。
お姉さんに先導されながら、浅瀬に戻っていってゆっくり浮上していきます。 陸に上がって着替えたわたしたちはお姉さんにお礼を伝えて、お店を後にしました。
海を見ると、夕焼け空に落ちた太陽が水面を黄金色に彩っていて……なんだかとってもエモエモな気分。
そして、再び果林ちゃんのお父さんの車に。
もしかしてずっと待っててくれたのかな?
「果林ちゃん、ありがとね……!わたしすっごい感激だよ〜」
「ふふっ、良かったわ♪」
「果林ちゃんのお父さんも、ありがとうございます!」
最高に楽しかったけど、重たいタンクを背負いながら30分間泳いでたわけだから……くたくたに疲れちゃって。
車に乗ったわたしたちは、お喋りもせずに眠りこけてしまいました。
「くー……」
「すやあ……」
「すー……」
――車は来た時よりも控えめな速度で、三人は心地よく揺さぶられながら家路に就きました。 橘号だっけ?
船内の様子が詳しく描かれてるし、島の雰囲気もよく伝わってきて面白い
もしかして出身者? >>84,86
この辺のはしゃぎ感が年相応で最高だな
描写上手いわ こういう情景が思い浮かぶ文章を書ける人ってすごいなぁ >>70
深夜に絵描きまくってた最高級しまむら兄貴やないか… >>107
ハチコ ハチヒラ ハチノコか
丁度今くらいがシーズンだね 昔捕り行ったわ このあと果林ちゃんにそっくりの影が現れたり彼方とエマが土着信仰のヒルコ様伝説の話を聞くんだよね… >>116
滝を背景にマイナスイオン放出〜
古民家カフェでチーズケーキをぱくり
海中の景色に思わずふお〜い(すご〜い)!
のシーンかな?
最高だわ 彼方ちゃんはどうやって特一等に乗る金を捻出したのかねえ(ニチャア >>119
もちろんハチジョウノコギリのことや
黒が強くて大型化しないやつ
石ひっくり返すと結構出る >>106
出身者ではないです
旅行で訪れた記憶と色々なものを参考にしながら書いてます
>>116
素晴らしい絵をありがとうございます
頭の中のイメージがそのまま絵になったみたいで嬉しいです!
あれこれ言うのも野暮なのでこれ以上の返信のレスは控えようかと思いますが
沢山の反応をいただき本当にありがとうございます
お家に戻ると、果林ちゃんのお母さんが迎えてくれました。
予想通りの美人さんで、果林ちゃんの青い瞳はお母さん譲りなんだね。
「お母さん、魚は買ってきてくれた?」
「もちろん。見る?」
広々としたキッチンには両手でもたないといけないくらい大きなお魚がニ尾!
カンパチとメダイって言うそうです。
「おぉっ、これはすごいねー」
と海水で濡れてうねった髪の彼方ちゃん。
「今日はこれで島寿司を作るのよ?」
「わぁ〜っ……!」
島寿司は八丈島の郷土料理。
寿司種を醤油漬けにして、わさびの代わりにからしを塗った握り寿司です。
絶対においしいに決まってるよ。
わたしたちは交代でお風呂をいただくことになって、その時々でお風呂に入ってない二人が役割分担をしながらお寿司作り。
お魚を捌く役目になった彼方ちゃんは一番風呂の権利を得て、その間、わたしと果林ちゃんが酢飯を作ることになりました。
と、その前に。
お部屋を移動して、わたしの荷物の中からとあるものを取り出します。 取り出したのは――ピッツォッケリ。
出発する前に輸入食品店で買ってきたんだ。
イタリアのパスタの一種で、蕎麦粉を使っているのが特徴です。
お世話になっちゃうから、これはわたしのちょっとした気持ち。
「あのっ、これ、もしよかったら!」
そう言って、果林ちゃんのお母さんに差し出します。
「えぇ〜っ、いいの!?エマちゃんっていい子ね!」
「もう、エマ?そんなに気を遣わなくてもいいのに」
スイスの名物と言えば本当ならラクレットあたりになるんだろうけど、チーズを持ち運ぶわけにもいかなくて。
いろいろ考えたんだけど、持ち運びのことや日持ちを考えてこれに。
もともとはイタリアのものだけど、地域的に近いからわたしの故郷でもときどき食べるの。
「ありがとね、エマ」
「いえいえ♪」
ではでは気を取り直して、島寿司作りのスタート! まずは酢飯を作っていきます。
ほかほかに炊けたお米をボウルに移して、お砂糖と混ぜて軽く煮立てたお酢を振りかけます。
「さあ、混ぜて混ぜて!」
お米に向かってうちわを扇ぐ果林ちゃんに促されて、しゃもじを急いで持ちます。
「どんなふうにしたらいいかな?」
「こう、こんな感じで……お米を切るようなイメージで」
うちわをしゃもじに見たててデモンストレーションしてくれて。
果林ちゃんがしてくれたように、見よう見まねでお米を切るようにほぐしていきます。
「こう?」
お酢がかかったお米はくっつかず、はらはらと簡単に混ざってくれます。
「そうそう、上手よ」
ぱたぱたと扇ぐ果林ちゃん。
お米の熱気が飛んでいってわたしの手も涼しい。
そんなこんなで、酢飯を作る工程は完了。
ラップをかけて、しばらくお米を休ませます。
するとタイミングよく、彼方ちゃんがお風呂から上がってきて――。
「じゃあ次はわたしね、行ってくるよ!」
早く髪の毛についた塩水を流しちゃいたいな。
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(ζル ˘ ᴗ ˚ル
「いいお湯だったよー」
お風呂を済ませた彼方の髪はいつも通りのふわっとなびく髪質に戻っていて。
羊の絵の上に、「Sheep」と某ブランドを彷彿とさせる赤いボックスロゴのTシャツ。それと紺色のショートパンツ。
……そんなのどこで買ってくるのよ。
「それじゃあ、お手並み拝見ね?」
彼方に柳刃包丁を手渡す。
「ふっふっふ……フードデザイン専攻を舐めるでないよ、果林ちゃん。彼方ちゃん、時々youtubeで魚を捌く動画を見てるからねー」
それって専攻とは何も関係なくない?と突っ込みたくなる気持ちを抑えて。
流石の彼方とはいえ、この大きさの魚を捌く機会は滅多にないはず。
捌き切れたら本当に大したものだけど……どうかしら?
「……」
漬けダレのためのお醤油と味醂を煮立たせながら彼方を見守る。
「まずはねぇ、梳き引きっていうのをしていくんですよ」
得意げに解説する彼方は、カンパチのヒレを落として順調な滑り出し。
包丁を横にして、鱗ごと薄く魚の皮を削いでいく。
「これで、こうやって……う、けっこう難しいな。ガタガタになっちゃった」
ところが力加減が難しいのか、苦戦してる様子。
――ぺたり、よれよれの皮がシンクに落ちる。 すると、助け舟を出したのは私のお父さん。
カンパチを彼方に代わって捌いていく。
「ふむふむ……」
彼方はお父さんにコツを聞きながら熱心に観察している。
鱗や内蔵を落とし、三枚おろしにしてさく取りが終わるまでそう長い時間はかからなかった。
そのまま、お父さんはメダイのぬめりの処理をしていく。
メダイの名前ってそのまま、目が大きいことが由来なのよね。
つぶらな瞳がじっと虚空を見つめてる。
私はそれが少し苦手で。
下処理が終わって、包丁が渡った彼方はそんなメダイの懇願するような表情を気にもせず、再び台所へ立つ。
「ありがとうございます。……よーし、もう一回」
要領の良い彼方はお父さんのアドバイスをきちんと守って魚に切れ込みを入れていく。
何かコツを掴んだのか、さっきとはうって変わって筋の良い包丁さばき。
あっという間に四角い切り身ができてしまった。
「……すごいわね」
素直に感心してしまう。
「果林ちゃんのお父さんの教え方が上手だからだよ」
「果林は全く魚が捌けないのにな」
「余計なこと言わなくていいから」
「そうなの〜?果林ちゃん」
にまにまとこちらを見てくる彼方。
それに加えて、親子のやり取りを友達に見られるのも恥ずかしいし……。 彼方がさくに包丁を入れていって、寿司種ができあがっていく。
「へへっ、彼方ちゃん、結構センスあるかも。鮮魚コーナーに移動させてもらおうかな」
そのかたわらで、引き続き、私はそれらを漬け込むためのタレを作る。
「……♪」
ひと煮立ちしたお醤油と味醂に削り節を入れて、少し煮込む。
しばらくすると、アクが出てくるから、それを取り除いて……最後にざるで濾せばだし醤油のできあがり。
島寿司はだしを使わずに醤油と味醂の合わせ調味料で漬けることもあるけど、うちはだし醤油なの。
お刺身に火が入っちゃうと良くないから、冷蔵庫に入れて冷ましちゃいましょう。
そして、それが冷めたら彼方が切ってくれた種を入れて漬けにする。
漬け込む時間は1日や2日なんて、そんなに長くなくても大丈夫。
多分、私がお風呂に入っている間に酢飯も漬けもちょうどいい感じになるんじゃないかしら。
廊下の方から音が聞こえて――エマもお風呂から上がったみたい。
すぐに、ノースリーブのルームウェアを身に着けたエマがキッチンに戻ってきて、
「お風呂ありがと〜!気持ちよかったぁ」 酢飯と漬けの様子見は二人に任せることにして、私も脱衣所に。
廊下は二人のボディーソープの香りと、実家のにおいが混在して漂っている。
最後に帰ってきたのは去年の年末だったかしら、洋服を脱ぎながらそんなことを考える。
旅行用の小さな詰替えボトルに入れてきた、私の行きつけの美容室がプロデュースしてるシャンプーとコンディショナーを持ってお風呂場に入る。
そうそう、このお風呂――懐かしい。
と、言っても八ヶ月ぶりだから、そこまで感慨深くなっちゃうほど久しぶりってわけじゃないんだけどね。
実家のお風呂は寮のそれよりも広々としてるし、私が中学生の時にリフォームしたらしい檜の浴槽の香りも落ち着く。
「……♪」
海水できしきしになった髪を手櫛で梳きながらお湯を当てる。
「ゆっくりしたいけど……待たせるのも悪いし、急がないとね」
と、ぽつり。
ニ回シャンプーして、傷んだ毛先に浸透するように丁寧にコンディショナーを付ける。
濯いでしまう前に少しだけお風呂につかって。
「ふぅ……」
「……♪」
のんびりするつもりはなかったけど、いろいろ済ませてたら結局いつもと同じくらいの時間をかけちゃったわ……。
撮影でもらったルームウェアを着て、手早く髪を乾かして、そして二人のもとへ。
『かわいい〜!』
『かわいいかわいい!』
廊下を歩いていると、賑やかな二人の声がする。
……何かしら?
扉を開けると、テーブルに腰掛けた二人は楽しげに何かを見つめていて――。
「ってそれ私のアルバムじゃない!」
お母さんとお父さんが撮影した私が記録されてる水色のアルバム。
私が赤ちゃんだったときの写真から小学校を卒業するまでの写真が数えきれないほど。
駆け寄って二人からアルバムを取り上げる。
「ああっ〜!」
名残惜しそうに手を伸ばすエマ。
「見せろ見せろ〜!お友達のお家に泊まったら、ちっちゃい頃の写真を見るのはお約束でしょ〜?」
彼方も手を伸ばして取り返そうとしてくる。 「だーめ!」
アルバムをリビングの棚に戻す。
はぁ、恥ずかしいわ……。
ふと見ると、棚には、いつの間にか私が出ている雑誌やスクールアイドルのグッズが沢山追加されていて。
「もう……」
思わずそんな声が漏れてしまう。
きっと二人にアルバムを見せたのはお母さんね。
不満そうな二人は後ろでぶつくさ。
「せっかくかわいかったのにね。まだ小4だったのに」
「保存用の写真、小2までしか撮れてなかったよ〜……」
「あっ、わたしにも後でちょうだいね!」
――他人の写真を勝手に複製しないでほしいんだけど。
具材は全部準備が整ったから、あとは握るだけ。
「見せてくれるまで動かない」なんてテーブルにしがみついて二人がボイコットするから、こっちが持ってきちゃうわね。
漬けた魚、酢飯、からし、大皿、お酢を混ぜた水、手拭き用の布巾をテーブルに用意して、エプロンをつけて。
お酢を混ぜた水は握る前につけて、お米が手にくっつかないようにするためのもの。
片方の手のひらにネタを置いて、もう片方の手の人差し指でからしを少しだけすくって塗る。
そして、お米を潰さないようにふわっと拾って、ネタの上に。
形を整えて、くるっと回転させるとよく見るお寿司の形に。
最後に一手間、指をつかって形をもう一度整えたら――できあがり。
でも、正しい握り方なんてそんなのどうでもよくて、楽しく美味しく作れたらそれでいいの。
「エマちゃん、酢飯取りすぎじゃない?」
「ふふっ」
エマの手元には、ネタの幅と同じ大きさのシャリのお寿司が。
いかにも家で作りましたっていう感じで、これはこれで悪くないんじゃない?
「彼方ちゃんは上手だね」
「ふふ〜、でしょ?もっと褒めていいよ〜?」
リズムに乗って無駄に体を上下させながらお寿司を握る彼方。
本職でもそんな握り方はしないと思うけど……でも出来上がったお寿司の見た目は綺麗。
「果林ちゃんも上手!」
「そうかしら?」
私のお寿司の見栄えはエマと彼方の中間くらい。
テレビのバラエティをBGMに、雑談しながら作り進める私たち。
最後の方になってくるとエマも勝手が分かってきたみたいで、楽しそうに握ってて。
「いい感じね!」
だし醤油で照ったカンパチとメダイ、ニ色の島寿司が食卓に並んだ。 島寿司を食べる二人の姿を見る。
彼方はワクワクした表情で一思いにぱくり。
しばらく味わうように咀嚼して、
「うんうんうん……うん!」
「すごくおいしい!私、なんなら普通のお寿司よりこっちの方が好きかもしれないよ」
そんなに言ってもらえるなら、一緒に作った甲斐もあったというもの。
彼方の食べる様子を見ていたエマは、
お箸で島寿司を持つと、目を輝かせながらしばらく眺めて……大きく口を開けてぱくっ。
「ん〜!!」
「とっても、とーってもボーノ〜♪」
「……んっ!んー!」
頬にあてていた手が鼻に移動する。
ふふっ、からしが効いたのね。
そんな様子を見ていて、私もたまらず箸を動かしてしまう。
――はむっ。
口に入れた瞬間に、だし醤油の香ばしさと新鮮な魚介の旨味が口の中に広がる。
少し甘い酢飯に、からしが程よくめりはりをつけてくれて。
大好きないつもの味。
「ん〜……」
「うんまきゃ〜♪」
……あっ。 「「うんまきゃ〜?」」
つい口を滑らせてしまった私の方言をリピートして言う二人。
次の瞬間には鬼の首を取ったような喜びようで、
「ねえ、それって方言!?それって方言!?」
「うんまきゃ〜、かわいい!」
顔が熱くなる……。
はぁ、さっきからこんなのばかり。
二人にペースを乱されてる。
「他にはないの?方言……あむっ」
と島寿司をぱくぱく食べながら聞いてくる彼方。
「あ、あるけどそんなに使わないの。お爺さんやお婆さんの世代が使うくらいで」
「へえ〜、そうなんだ。確かにお店の人たちも標準語だったもんね」
と、エマも反応する。
実際、八丈方言を若い人達はほとんど使わない。
私の「うんまきゃ」はなぜか出てしまう、数少ない方言の一つ。
方言がなくなっていくのはもったいない気もするけど、移住してくる人にとってはその分ハードルが低くなるんじゃないかしら。
二人は島寿司をぱくぱく食べて……。
「「うんまきゃ〜♪」」
夕食を食べ終わって、エマが
「わたし、果林ちゃんのお部屋がみてみたいな」
なんて言い出すから――不承不承案内してあげる。
それに、こういうときのエマの意思は結構堅いから……私が本気で嫌がりでもしない限りは取り下げてくれないだろうし。
本気で嫌だと思わないのは、アルバムも方言も見られてしまって、私の中のハードルが随分下がってしまったからかしら。
リビングを出て廊下を歩いて、いくつかの部屋を通り過ぎた先のドア。
「汚くても幻滅しないでよ?ちょっと埃っぽいかもしれないから」
ドアを開けて、二人と一緒に中に入る。
一人で帰省したときはこの部屋で寝てるんだけど、本当に帰省するタイミングでしか使わないから小学生のときの私をそのまま閉じ込めたような部屋で。
薄い水色の壁紙に、白を基調にした勉強机とベッドと棚がいくつか。
やっぱり机の上には少し埃が溜まってて。
でもクモの巣なんかは張ってないみたいで一安心。
「わぁっ」
「おぉ〜。全然綺麗だよね?エマちゃん」
「うんうん!」
二人は早速、私の部屋を物色し始めた。 そんなに沢山見るものがあるとは思えないけど。
二人が満足するまで、ベッドに座ってスマホでも見てようかしら。
……と思ったけれど、二人の反応が気になってしまってスマホよりも二人の背中に視線が行っちゃう。
机の脇の書棚にある小学校の頃の教科書を見つけて、
「うわっ、懐かしい……。これ彼方ちゃんも使ってたなー。ごんぎつねとか、うわぁ」
と、なぜか私の部屋はそっちのけで国語のお話を読み出す彼方。
私も私で、ついつい整理するのが面倒で、古い教科書を捨てられずに残してるのよね。
久々の帰省に、わざわざ掃除しようだなんてモチベーションも湧かないし。
「ねえ果林ちゃん、これは?」
エマがガラス戸のローシェルフの中身を指して私に聞いてくる。
中には着せかえ人形と、その人形のために作った衣装や裁縫道具、「はじめての○○」、「おさいほうの基本」といった子ども向けの裁縫の教則本。
「これはね――」
エマに、私の小さな時のこの着せかえ人形との思い出を語ってあげる。
細かい相づちを打ちながら興味深そうにエマは私の話を聞いてくれた。
「――じゃあこれは果林ちゃんの原点なんだね」
「そうかもしれないわね」
教科書を読んでいたはずの彼方もいつの間にか私の話を聞いていたみたいで、
「いよいよほんとにアナザースカイみがでてきたね」
なんて言ってきたりして。
「誰のせいよ……。あとあの番組って確か第二の故郷を紹介する番組じゃなかったかしら」
紹介するとしたらあなた達かもね。
私の部屋じゃ狭いし、今日三人で眠るのは家の一角にある和室。
ふすまを引いて入ると畳のい草の香りがふわり。
お母さんが掃除してくれたみたいで、床の間の隅まで埃一つ見当たらない。
まだ眠らないけど布団を敷いて、エマ、私、彼方で川の字になって寝転ぶ。
サラサラとしたシーツの感触が心地いい。
「明日は何するの?」
と、くるっと寝転んで私を覗くエマ。
「二人はどういうことがしたいかしら?夜は花火大会があるから、それに行けたらと思ってるけど……それまではまだノープランよ」
本当にノープランってわけじゃないけどね。
頭の中にいくつかプランがあって、二人のやりたいことにあわせて案内してあげられたらいいなと思ったの。
八丈島では毎年8月に納涼花火大会がある。
打上数は本土の有名な花火大会に比べたら雀の涙かもしれないけど、至近距離で見れる分、意外と迫力があるのよ?
花火が始まるまでは露店もあるし、島の人達が催し物をしたりして、アットホームな雰囲気で。
「花火大会……夏の思い出全部乗せだねぇ」
枕を抱き抱えながら喋る彼方。 「あっ、じゃあね、わたし……八丈富士に登りたいな」
「元気だね〜……エマちゃんは」
彼方は目で何かを訴えようとしてる。
お疲れだものね、彼方は――けど、そうは言っても私はあなたに意外とタフな体力があることを知ってるのよ?
エマに聞き返す。
「でもどうして?結構大変よ?」
エマはスマホを弄って何かを検索していて――、
「えっとね……これ!『君の名は』のモデルになったみたいなの。とっても綺麗な山だから登ってみたいなぁって」
映画の中の風景と、八丈富士の火口が左右に並んだ画像を見せてくる。
……そうだったかしら?
「青ヶ島じゃなくて?」
「ん〜、そっちも言われてるみたいだけど、こっちもそうみたいなの」
「ふふっ、何よそれ。こじつけじゃない?」
青ヶ島は八丈島から南に70kmほど離れた場所にある孤島で、
ここからは船かヘリコプターを使って行くことができる。
青ヶ島がモデルだっていう噂は聞いたことがあるような気がするけど……いつの間に八丈富士にそんな話ができたのかしら。 「どうする?彼方」
今度は彼方に。
「う〜ん……」
彼方は両手を使って枕をもふもふ弄りながら悩んで、
「いいけど、登るんなら彼方ちゃん、何がご褒美がほしいかも」
「ご褒美ね」
ご褒美、ご褒美……そうね。
八丈富士の中腹、登山口からも遠くない場所――。
「ふれあい牧場のジェラートやプリンはどう?」
「牧場?」
牧場っ子のエマがすかさず投げかける。
「ええ。乳牛が放牧されてるの。エマのところもそんな感じなのかしら?」
故郷のことを尋ねられたエマはいつも嬉しそうな顔をするのよね。
「うんっ!わたしの家でもね、大自然の中でストレスを与えないように育ててあげてるの♪」 「牛さんと触れ合って、ジェラート、プリン……じゃあ、しょうがないね」
「やったぁ♪」
甘いものに釣られたようで、でも本当は、エマの熱量にほだされちゃったんじゃないかしら。
エマからとてつもない「自然に囲まれたい」っていう緑色のオーラが伝わってくるもの。
――花火のことも考えると、明日は結構早くから行動しないと間に合わないかも。
もう何年も登ってないけど……山を登って降りるのに3時間くらい見た方がいいわよね。
それから牧場へ行って、家に戻って――朝の10時くらいには山の入り口に到着していないと後が辛くなる。
「となると、明日は早めのスタートになるから、今日は早めに寝ましょ?」
それから、私たちは他愛ない話に花を咲かせたり、
なぜか家にあったジェンガで遊んだりして過ごしたり。
一日中、島を回って――そもそも船の上でそこまで長い時間眠れていたわけでもないし、
極めつけにダイビングの疲れもあって、22時を回る少し前には私たちみんな、エネルギーが切れて気絶するように寝入ってしまった。
――――――――
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ん〜だめだ!かわいすぎる!
描写ごとに3人の風景が想像できてすっごい濃密
3年生組がよりいっそう好きになってしまうよ… ハチジョウヒラタクワガタ「聞いたか!?エマ・ヴェルデだぞ!エマ・ヴェルデ!」
ハチジョウノコギリクワガタ「乳にぶら下がれる!」 やっと追いついた。
素晴らしいとしか言いようがない。
すごく楽しく読んでる。>>1さんありがとう。
あと、これまた素晴らしい挿絵を描いてくれるしまむら氏もありがとう。
ノレcイ´=ω=)
――もぞもぞ。
「よく眠れた?」
目を開けると果林ちゃんの顔が飛び込んできました。
軒先に繋がる障子戸からは、さんさんと太陽の明かりが差し込んできています。
「うん……でもまだちょっと眠いよ」
寝ぼけ眼をこすりながら、スマホに手を伸ばします。
目の前に画面をもってくると――!!
近江 遥: 画像を送信しました。
近江 遥: 画像を送信しました。
近江 遥: 画像を送信しました。
そんな通知を出されちゃったら、彼方ちゃん起きるしかないよ。
視界がいっきにクリアになって、しゃっきりさんに。
遥ちゃんの満面の笑みとピース。
スワンボートに乗ってて……ここはどこなんだろう?
かわいいなあ。
かわいすぎるよ……! ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています