エマ「女同士、離島」彼方「何も起きないはずがなく……」果林「何もないわよ」
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「わぁ〜、おっきい!」
船を見て目を輝かせるエマ。
私たちが乗る船は大型の客船で、船体が真っ黄色に塗装されていてとても目を引くデザインになっている。
観光シーズンなのもあって、毎年この時期は汽船の会社も羽振りがよさそうで。
私みたいに帰省する人から、観光、そして釣りのために来る人まで客層は様々。
離島というだけあって、八丈島はダイビングや釣りといった海のレジャーも盛んなの。
シマアジやカンパチがよく釣れるらしくて、一年を通して釣り人がやってくる。
私たちの前にも釣り竿を持った集団がいて……あら?茶髪の華奢な女の人がいるわね。こういう人も釣りをするなんて、少し意外だわ。
なんて、お客さん達の姿を観察していると、
「ねえねえ果林ちゃん、早く乗ろうよー」
彼方に袖を掴まれた。
「ふふっ。そうね、行きましょ!」
楽しそうな二人を引き連れて乗船の待機列に加わった。
待機列と言ってもその流れはとてもスムーズで、続々とタラップに人が消えていく。
喋る間もなく、私たちも乗船した。 今の時間は22時を少し回ったところ。
これからおよそ10時間半の船旅になる。
客船はいくつかの伊豆諸島の島に寄港したあと、終点の八丈島には朝9時頃に到着する。
船内は綺麗な印象で、廊下はちょっとしたビジネスホテルと比べても遜色ない。
「これからどうするの?」
とエマ。
「まずは部屋の鍵をもらって、荷物を置きに行きましょ」
客船には2等室、特2等室、1等室、特1等室、特1等和室、特等室が用意されている。
2等室は簡易な仕切りがあるだけの雑魚寝だからあまり私たち向きじゃないのよね。
特等室はシティホテルのような造りで、とても快適に過ごせそうだけど2人用の部屋だからこれも今回は却下。
ということで、私たちの泊まるのは特1等室。
「すごいね!彼方ちゃん!」
「すごいね〜!」
小学生みたいな会話をしながら船内のあちこちを見回す二人を背にして、
「ほ〜ら、早く来ないと置いてっちゃうわよ?」 入り組んだ船内の廊下を抜けて――ピッ。
カードキーをドアに挿して解錠する。
「はい、着いたわ」
ドアを開けて二人に入るよう促す。
部屋は左右に二段ベッドがあって、正面の窓際にテーブルと椅子が4脚という内装になっている。
簡素だけど、きちんとシャワーやトイレも付いてるし、1泊するだけなら全然悪くない。
なんとなく、修学旅行や林間学校を思い出すような部屋ね。
「彼方ちゃんここにするね〜」
部屋につくやいなや、左側の二段ベッドの下段を陣取って寝転びだす彼方。
「ちょっと、まだ寝ちゃだめよ?」
「え〜?」
「じゃあわたしはこっちにするね」
と右側の下段に座るエマ。
「空いてるんだから二人とも上の方に行けばいいじゃない……」
本当は私も下の方がいいんだけど、譲らない二人に根負けして渋々上で寝ることに。 荷物を置いて、部屋の椅子に座って少し休憩する。
今のうちにお父さんにも連絡しておかなきゃ。
外海に出ると圏外になっちゃうし。
お父さんの車は確か4人乗りだし、実家の部屋も狭いわけじゃないし、彼方が増えても問題ないはずだけど。
報連相は大切なの。
モデルのお仕事を始めてからこうした予定の変更には昔より気を遣うようになった。
「……」
トークを開いて、人差し指で文字を入力していく。
――お父さん、もう一人増えそうなんだけどいい?
すると、すぐに既読がついて『OK』のスタンプが返ってきた。
「ふふっ」
エマと彼方には内緒だけど、二人に八丈島を楽しんでもらいたいから、島内のいろんなスポットに連れていく予定なの。
最近はお父さんに、二人――といっても相談していたときはエマだけを想定していたんだけど――をどこに連れていくのがいいか、そんな相談をしていたわ。
昔は東京都のくせに人がまばらでおしゃれなお店もない島が退屈で、出たい出たいとばかり思っていたけど、
いざ島を出ると、やっぱり良い場所だったな、なんて時々思うこともあって。
二人が喜びそうな場所やグルメを考えるのは島民の私にとっては朝飯前で……二人の反応が早くも楽しみな自分がいたりする。
とりあえず島寿司はマストね。
そうこうしていると、カンカンと出航を知らせる鐘が鳴り始めた。
そろそろ甲板に出て、ナイトクルージングの醍醐味を堪能しなきゃね。
「二人とも、デッキに出ない?」 部屋を出て甲板につくと、ちょうど船が動き出して、波止場が遠ざかっていくのが見えた。
船は少しずつスピードをあげてお台場の海を進んでいく。
右手を見ても左手を見ても、東京のビル群の明かりが夜空を飾っていて、東京タワーやニジガクの校舎も見える。
前方には青く照らされたレインボーブリッジが。
「わぁっ!」
手すりに捕まって身を乗り出して景色を眺めるエマ。
落ちちゃわないかしら……?と少し危なっかしく思う。
「夜景も綺麗だし涼しくていいねぇ……遥ちゃんに送ってあげよう」
彼方は彼方で夜景を背に自撮りを撮っている。
こっそり近づいて……彼方のカメラにフレームイン。
「おぉっ……エマちゃん、エマちゃん!」
すると、私の意図に気付いた彼方がエマを呼び寄せて、
「なに〜?――あっ!」
エマも画角に収まりに小走りで駆け寄ってくる。
三人で肩を寄せ合って、可愛く撮れるように、そして夜景もきちんと入るように角度を試行錯誤して……。
――パシャリ。
「うん、いい感じだよ。あとで送るね〜?」 しばらくすると、船はレインボーブリッジの真下に差し掛かった。
私たちにとってレインボーブリッジはそんなに珍しい光景でもなんでもないけど、真下から見るのは二人にとっては初なんじゃないかしら?
私はこの橋をくぐるときが、旅行のスタートラインを切るっていうような感じがして好きなの。
「おお〜っ」
「レインボーブリッジの下ってこんな感じなんだ〜!」
橋を見上げる二人の首が一緒に動いてなんだか面白い。
ライトアップされて綺麗な橋だけど、真下から見上げると無骨な鉄の構造やコンクリートが見える。
だから何?っていう感じだけど、私も初めて見たときはテンションが上がったのを覚えてる。
「これも撮っちゃお」
「あっ、彼方ちゃん、わたしにも後でそれ欲しいな〜」
「もちろん、送るね?」
その後も夜景を見ながら思い思いの時間を過ごした。
お台場を出発してしばらく経つと、街の灯りも遠くに消えて潮風に当てられた体が肌寒さを感じ始める。
私たちと同じように甲板に出て夜景を見ていた人が食堂や部屋に引き返し始めた頃……
「私たちもそろそろ部屋に戻らない?」
「うん、そうだねー」 部屋に戻る前に、船内の自販機コーナーで道草。
お茶やジュース、お酒、スナックや菓子パンの軽食が売られている。
とはいえ、種類はそこまで。
特にお酒はビールばっかりでチューハイとかほろよいとかその類のものは皆無で……もちろん飲まないわよ?
ただちょっと……オヤジ臭いって……言ったら失礼になっちゃうかしら?
アメニティとして部屋にお水が用意されているんだけど、それだけでは心もとないし私も飲み物を買っておくことにする。
「何にしようかしら」
少し迷って、烏龍茶のボタンを押す。
烏龍茶って脂肪の吸収を抑えたり、むくみを解消する効果があるって聞くし……いつでも体型には注意を欠かさないようにしたい。
「わたしは……ちょっとお腹空いちゃったし」
と、誰かに弁明するように独り言を呟くのはエマ。
菓子パンを買ったみたい。
「じゃあ私も何か買っちゃおうかな」
エマにつられて彼方もスナックに手が伸びる。
……二人とも、こんな時間に食べて大丈夫なのかしら? 私たちが部屋に戻ったのは日付が変わる少し前。
シャワーはエマと彼方が先に入って、私が一番最後。
シャワールームに入ると、むわっとした湿気とシャンプーやボディーソープの良い香りに包まれた。
ゆったり入るほどくつろげる空間でもないし、体の汚れを落とす程度にさくさくっと済ませてしまう。
「……♪」
ドライヤーで髪を乾かして、歯磨きを済ませて部屋に戻ると……
「すや〜……」
彼方はすでに夢の中。
パジャマ姿のエマは少し困ったように私を見つめて笑った。
「彼方ちゃんもう寝ちゃったの……。お菓子も食べてないのに」
「ふふっ……まあいいじゃない。船の揺れって眠たくなっちゃうし。そういえばエマ、船酔いとかは大丈夫?」
「大丈夫、酔い止め飲んできたから」
「用意周到ね」
冷蔵庫で冷やしておいた烏龍茶を取り出して口に含む。
火照った体をほどよく冷ましてくれる。
「でしょ?……あっ、そういえばこれ、面白いね」 昔フェリーで超満員、超キャンセル待ちで結果的に2等の雑魚寝すら出来ず
2階に上がる階段の踊り場に陣取って寝たことあったな エマが指差す方向に目を向けると、壁にかけられたモニターが。
モニターには日本地図と船の位置情報が表示されている。
北緯35度、東経139度……客船は鎌倉を過ぎ、横須賀を過ぎ、もうしばらくで房総半島を抜けて外海に出ようかというところだった。
「でも八丈島はまだまだ先だね」
日本地図から数センチ離れて、ポツンと表示されている私の故郷。
「そうね。でも眠って朝になればすぐよ?」
「えへへ、待ち遠しいなぁ」
そう言うエマは本当に待ち遠しそうに目を細める。
もう少しエマとお喋りしたいんだけど……そろそろ寝させた方がいいかもしれない。
というのも、明日の朝5時には三宅島に、6時には御蔵島に到着する。その騒ぎで船旅に慣れてない人だと目が覚めてしまうかもしれないから。
せっかく島内のスポットを散策するのに、眠くなったら本末転倒でしょ?
「エマ、そろそろ寝たら?」
私がそう促すと、少し眠たそうな顔のエマはゆっくり私の方を向いて、
「……うん、そうだね。歯磨きしてもう寝ることにするよ。果林ちゃんは?」
「エマが寝るなら私も寝るわ」
「そっか、じゃあ急ぐね」
エマはすくりと立ち上がって洗面台の方へ歩いていった。 二段ベッドの梯子を上がって横になる。
船旅というと眠れるのかどうか気になる人もいるでしょうけど、
船の揺れとエンジンの音が意外と心地よくて、目を閉じても変な考え事が頭に思い浮かんでこなくて、安眠できるのよ?
その分早く起こされがちなのは……まあ、置いておいて。
歯磨きを終えたエマは、ベッドの上で改めて化粧水や美容液で顔のケアをしている。
「……よし、ごめんね果林ちゃん。お待たせ」
「全然いいわよ。じゃあ、電気消してくれる?」
「うん」
カチリと電気が消え、非常灯だけが足元をほのかに照らす。
「じゃあおやすみ、果林ちゃん」
「おやすみなさい、エマ」
二人の寝息を聞きながら目を閉じると、あっという間に眠りに落ちてしまった。
――――――――
――――――
――――
ノレcイ´=ω=)
――ゴンッ。
「ん、んぅ……」
あれ?彼方ちゃん、遥ちゃんに美味しいお料理をたくさん食べさせてあげてたのに……。
甘くて楽しい夢は、大きな振動で突然「。」を打たれて。
そうだ、今は果林ちゃんとエマちゃんと一緒なんだった。
今、何時だろう?とスマホを見ると朝の6時。
『――次の寄港地はとなりますのは、終点八丈島で――』
部屋の外からは足音とアナウンスが聞こえていて、中継地点の島に到着したことが分かった。
……あれ?
昨日、エマちゃんと一緒に果林ちゃんがお風呂から上がるのを待って、それで……寝ちゃった?
「よいしょ、っと」
まだ眠っていたいと駄々をこねる体を無理やり動かして、歯磨きと洗顔をしに向かう。 朝のあれこれを済ませた私は、すっかり目がさめて外の空気を浴びたくなった。
「おはよ〜……二人とも」
二人を起こさないようにこっそりと朝の挨拶をして、部屋の外へ出る。
デッキへ出ると、澄んだ空気とどこまでも続く青くうねった海がお出迎えをしてくれた。
「おぉ〜、すごい」
さっきまで停留していたであろう島はもうすっかり遠くの方に消えそうになっていて。
清々しい景色にますますしゃきっとしてくる。
つい深呼吸したくなる。
「すぅ〜、はぁ〜……」
椅子に座って一休みしていると、またアナウンスが。
『八丈島に向けまして航行中でございます。入港地は底土港を予定しております――』
底土港。
底土港って、そこどこー?
愛ちゃんが言いそうなセリフNo.1を私の中で受賞だよ。
でも私が果林ちゃんに言ったらはたかれちゃうかも。 ――彼方ちゃんの物語は数日前に遡る。
ある日の食卓、遥ちゃんが不意に、
「今度のお盆休みなんだけどね、東雲のお友達の実家にお泊まりさせてもらうことになったの」
なんて。
こんなこと、前もあったような気がするなぁ。
「いいなぁ、どこなの?」
「秋田に行ってね、2日間お世話になるんだ〜!」
秋田!?
秋田っていうと、なんだい、あの東北の秋田かい?
……いや、それ以外にないだろうけど。
彼方ちゃんは今回もまた、遥ちゃんに置いていかれることになったのです。
部屋に戻り、椅子に座って考える。
「……ふむ」
遥ちゃんと久しぶりにどこかにでかけて遊ぼうかと思っていた私の計画は儚くも潰え、手持ち無沙汰なお盆休みになることが確定してしまいました。
同好会のみんなもそれぞれ実家に帰省したり用事があるだろうし、声をかけづらいなぁ。
う〜ん、誰かいるかな。
「あっ……エマちゃんなら」
エマちゃんの故郷はスイス。
スイスにはお盆休みの概念もないだろうから、もしかして空いてるかも?
そう思った彼方ちゃんはエマちゃんにお盆の間に遊べないか打診をしたのです。 ところが、
『ごめんね〜、わたし、お盆は果林ちゃんのご実家に行くんだ』
なんと。
エマちゃんと果林ちゃんはもうそんな関係に?
……というのは冗談で、エマちゃんのお話を聞いてみると、思い出づくりの旅行も兼ねてのことらしい。
「っていうか、果林ちゃんって八丈島出身だったんだ」
いかにも洗練された都会っぽい印象のある果林ちゃんからはかけ離れたワード。
いや、あの実はぐうたらで道に迷いやすい果林ちゃんのおおらかさから連想すると、意外とマッチしてる?
果林ちゃんは八丈島出身で、エマちゃんは二人で八丈島で遊ぶ……予期しない新情報に呆気にとられていると、
『彼方ちゃんも来る?きっと果林ちゃんならオッケーしてくれるよb』
次の瞬間、彼方ちゃんはチケットの予約ページを見ていました。
あ……ありのまま、今、起こった事を話すぜ!
『おれは エマちゃんとLINEしていると
思ったら いつのまにかチケットを予約していた』
な……何を言っているのかわからねーと思うが
おれも何をされたのかわからなかった……(以下略) よくよく考えてみたら、同好会の三年生で改まって遊んだりする機会なんて意外となくて。
エマちゃんに誘われて、ものすごく心が踊った。
……遥ちゃんと遊ぶのも良いけど、いやそれ以上に、エマちゃんと果林ちゃんと一緒に八丈島は……。
「魅力的すぎるよ……」
ごめんね、遥ちゃん。
浮気症なお姉ちゃんを許しておくれ……!
そして、去る昨日、エマちゃんと竹芝客船ターミナルで落ち合ったのです。
果林ちゃんがやってくるまで、何気ない会話をエマちゃんと積み重ねていました。
「いやぁ、それにしても果林ちゃんも寛大だよねぇ。飛び込み参加の私も連れてってくれるなんて」
「そうだね〜……あっ、果林ちゃんにはお話したの?」
「えっ?エマちゃんが話を通しておいてくれたんじゃないの?」
「えっ?」
二人で顔を見合わせます。
おいおいおい、ちょっと待ってくれよ。
「彼方ちゃん、果林ちゃんに言ってなかったの……!?」
……突然の参加を許してくれた朝香果林大先輩には本当に頭が上がりません。
果林ちゃんをちょっとからかいたくて、エマちゃんと口裏を合わせてそんな素振りは隠したけどね。
恩返しはまた別の機会にたっぷりさせてもらうよ。 回想はここまで。
時刻は7時を回って、腹の虫が食糧を求めてぐうぐうと騒ぎ出した頃、部屋に戻ると二人ももう起きていた。
「あっ、おはよう彼方ちゃん!」
「おはよう、彼方。どこ行ってたの?」
「おはよー。ちょっとデッキの方にね。海がすごい綺麗だったよー」
「そうだよね、青くてとっても綺麗で」
二人は朝ごはんを食べながら部屋の窓越しに海を眺めていたみたい。
果林ちゃんの隣に座って、私も朝ごはんを食べることに。
「……それ、朝ごはんにするつもり?」
「む〜、だってねぇ……食べそびれちゃったから」
私は昨日寝落ちして食べそびれてしまったスナックを朝食代わりにお腹を満たすことにした。
モニターの位置情報を見ると、私たちは日本近海の黒潮の真上にいて、少し不思議な気持ちになる。
文明の利器ってすごいなぁと、朝には似つかわしくない食感と味を噛み締めながら人類の歴史に思いを馳せる彼方ちゃん。
朝食を済ませた私たちは下船に向けて、出した着替えや荷物を整理してスーツケースに荷詰めする作業に取り掛かった。
さらにそれが終わると、それぞれ髪をセットしたりお化粧をしたり……到着までそんなことをして時間を潰した。 しばらくして、窓には二つの島が映るように。
一つは小さくぽつんと海の上に浮かび、もう一つは大きくて、ラクダの背中みたいに二つの曲線を描いている。
「わぁ〜っ、あれが八丈島だよね……!」
窓に張り付いて楽しそうに言うエマちゃん。
「そう。隣の小さいのが八丈小島っていう無人島。で、あれが八丈本島よ」
へえ、あっちは無人島なんだ。
「ねえ、そろそろ出ない?わたし待ちきれなくって!」
窓越しの景色にしびれを切らしたエマちゃんが提案する。
私も果林ちゃんもノータイムで賛成。
潮風でセットした髪が乱れないようにキャップを被って、スーツケースに手をかける。
「二人とも、忘れ物はない?」
「わたしは大丈夫!」
「私も大丈夫だよ〜、果林ちゃんも大丈夫?」
「ええ、いつでもいいわよ」
「じゃあ行こっ!」
ドアに手をかけて飛び出したのはエマちゃん。
嬉しそうな後ろ姿にこっちまで嬉しくなっちゃうよ。
果林ちゃんもそんな感じだね。 波止場では船員の人たちが船を係留するためにせわしなく動いているのが見える。
あの鉄の杭って、なんて言うんだっけ?
エマちゃんと二人で島の雄大な山の景色に見惚れていると……。
『――本日はご乗船誠にありがとうございました。またのご利用を心より――』
「さ、着いたわ。行きましょ?」
「うんっ!」
他のお客さんの列に混じって、タラップの上をカタンコトンと歩く。
そして、陸地の、揺れてない地面に足がついた。
「うわっ……なんだが久々の陸で変な感じだよ……」
陸地なのにまだ揺れてるような……そんな感覚。
「陸酔いかしら?大丈夫?」
果林ちゃんは全く大丈夫なご様子……流石島民、強し。
そして、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会、三年組、八丈島、上陸。
岸辺で少しだけ休んだあと、私たちは駐車場へ向かった。
道中、南国のヤシの木みたいな木(多分ヤシの木だよね?)が道に沿って植わってて……同じ日本、同じ東京なのにまるで他の国に来たみたいな。
「……ここが果林ちゃんのアナザースカイかぁ」
「バカにしてるでしょ、彼方」
「してないしてない!数年後には本当に出るかもよ〜?先に練習しちゃう?」
「もう!エマもなんとか言ってやってよ」
「えぇ〜?」
三人で横になって歩きながら笑い合う。私たちの八丈島の旅はそんな幕開けだった。
駐車場には果林ちゃんのお父さんがいて、私たちを迎えにきてくれてるらしい。 Wikipediaの八丈小島とマレー糸状虫症の記事はすごいぞ
一度読んでどうぞ 今日はここまでで
連休中の暇潰しにのんびりやっていきます
もしよければお付き合いください >>19
茶髪の華奢な女の人…
その人なっ釣れとか釣りいったーとか言ったりしません? ノコギリクワガタとるんけ?
八丈島はノコギリクワガタの顎の形が面白い 船旅における非日常のワクワクを思い出した
文章上手いなぁ 八丈島で果林彼方凛がヤギと死闘を繰り広げるSSなら見たことある >>64
あ、それは読んだわ
ちょっとカオス系だったから頭から消してた >>58
感染騒ぎがおさまったらぜひ
海関係レジャーだけじゃなく温泉もいい
時間に相当余裕あったら青ヶ島行くのもいいかもしれない 八丈島出身八丈島に住んでるラ板民はおらんのか?
地域表示くさやってあるけど、東京の離島の地域表示なの? >>70
可愛すぎて感激しました、ありがとうございます!
私たちの方に手を振ってくる人の影が。
はは〜ん、あれが果林ちゃんのお父さんだな〜?
果林ちゃんと同じ濃紺の髪だからすぐ分かった。
「おかえり、果林」
「うん。お父さん、ただいま」
果林ちゃんはお父さんと会って、ほどよく力が抜けてるのが分かる。
読者モデルをしてるときや、私たちと喋ってるときとはまた違う表情の果林ちゃん。
なんというか、いつもより少し幼くて、自然体な感じ。
「あんな感じの果林ちゃん、なんかちょっと新鮮だね〜」
こっそりエマちゃんに呟く。
親子の会話を済ませた果林ちゃんは私たちの方をくるっと振り返って、
「紹介するわね、エマと彼方よ」
私たちは果林ちゃんのお父さんにご挨拶をして、快く迎えてもらった。
そのあと、すぐに私たちは車に乗せてもらって。
助手席には果林ちゃん、後部座席は私とエマちゃん。
窓を開けて南国の風を感じながら――いざ出発! 八丈島内の移動は車がほとんど必須と言ってもよくて、観光に来る人たちもレンタカーやバイク、原付を借りるのがスタンダード。
一応町営バスはあるみたいだけどね。
車に揺られながら、
「わぁ〜っ!ねえ見て、不思議な木だね〜!」
エマちゃんは景色を撮ってる。
うんうんとうなずいて、私も外を見てみる。
私たちが普段にいる世界とは違って、高い建物が全くなくて開放感がすごい。
道の左右には本土では見ないような植生が生け垣みたいに鬱蒼と生茂ってて空の青との対比がいい。
しかも、そこにハイビスカスの赤のアクセントですよ。
「……遥ちゃんにも見せたいなぁ」
いい気分で思わず言葉がこぼれちゃう。
遥ちゃんも秋田、楽しんでるかな?
観光シーズンみたいだけど、道路は全然混んでなくて快適で、
私が免許を持ってたとして、こんな道を走れたら気持ちいいだろうな〜……。
なんでも八丈島はその昔、海外旅行が気軽にできなかった時代に「日本のハワイ」なんて言われて人気があったんだとか。 果林ちゃんが座る助手席のシートに手をかけながら
「これからどこに行くの?果林ちゃんのお家?」
と尋ねるのはエマちゃん。
「……♪」
するとちょっと得意げな顔に変わった果林ちゃんは、
「その前に、軽く島内を案内してあげるわ♪」
「えっ、そうなの!?嬉しい〜!」
「おおっ……!」
果林ちゃん、ノリノリである。
どんなスポットに連れて行ってくれるのかな。
現地の人しか知らないような穴場スポット?それともベタで王道な場所だったり?
他の人に計画を立ててもらうのって……彼方ちゃん好きだなぁ。
それに、何につけてもセンスのいい果林ちゃんなら間違いなしだよ。
5分ほど揺られていると、車は市街地からそれて山道へと入っていく。
民家らしい民家はほとんど見当たらないけど、道路はちゃんと舗装されてる。
車は勢いよく山を登っていく。 深い森の中を割るようにはしっていた道がだんだんと曲りくねった道に変わっていって。
――左にゆらり。
――右にゆらり。
カーブに差し掛かるたびに果林ちゃんもエマちゃんもゆらゆらゆらゆら。
険しい山道を車はどんどん登っていく。
「……♪」
そのうち楽しくなってきた彼方ちゃんは、左に揺られたタイミングでわざとエマちゃんの肩に頭をぶつけてみたり。
ふふっと笑ったエマちゃんも右に揺られるタイミングで私に仕返しをしてきたり。
「くすっ」
私たちのじゃれあいを、車のルームミラー越しに見て微笑む果林ちゃん。
そんな感じでまた5分ほど経つと、急に木々がなくなって視界が開けて、車は見晴台に停まった。
ここは登龍峠(のぼりょうとうげ)って言うみたい……すごい名前だよね。
来るまでの道があんなにうねうねしていたのにも納得。
「おぉ〜、綺麗……」
水平線まで続く海と八丈島の大きな山、その麓にさっきまで私たちがいたはずの港が小さくなって見える。
雲ひとつない青空と島を一望できる眺望に、爽やかな気分にさせられてしまう。
「あそこがさっきわたしたちがいたところ?」
「そうね。で、あの山が八丈富士。その向こうにあるのが八丈小島で、今私たちがいるのは三原山ね」
果林ちゃんにガイドされながら、ふんふんと勉強熱心なエマちゃん。
八丈島は八丈富士と三原山の、二つの火山が合体してできた島なのです。 車は三原山をぐるっと周り、朝香親子に運ばれるがまま、次に彼方ちゃんたちがやってきたのは裏見ヶ滝。
また特徴的なネーミング、どういう意味なんだろう?
裏見ヶ滝……うらみがたき……恨み、敵……。その昔、流刑でこの島に流された罪人が……まあ嘘なんだけど。
彼方ちゃんの話を信じるか、信じないかはあなた次第だよ〜。
案内板には裏見ヶ滝と温泉の方向を指し示す矢印が2つ。
滝方面は簡素な階段が森へと続いていて奥はどうなっているのか入り口からはよく見えない。
(彼方ちゃん、どっちかって言うと温泉の方が行きたいけどなぁ〜)
と心の中で呟きながら、三人でシダに囲まれた南国のジャングルを冒険する。
「ふぅっ、ふぅっ……」
山道に悪戦苦闘する彼方ちゃんをよそに、果林ちゃんとエマちゃんはどんどん進んでいく。
エマちゃんのお家は牧場らしいし、なんとなく分かるけど……果林ちゃんももしかしてワイルドなタイプなのかい?
「ほらほら、頑張って彼方」
「ちょ、ちょっと待ってよぉ〜……」
息を切らしながらも二人についていくと、だんだん道が平坦になってきて少しだけ余裕が出てきた。
さっきから島のあちこちで見かけるこのミニチュアヤシの木みたいな植物はなんだろう?
「ねえ果林ちゃん、この木さ、よく見かけるんだけど」
「あぁ、それはロベって言うのよ」
「ロベ……」
「正式にはフェニックス・ロベレニーだけどね」
「フェニックス……」 草木が生い茂るエリアを抜けて、裏見ヶ滝に到着。
滝が流れてる岩肌がえぐれていて、滝の内側に歩ける道ができてて……文字通り、滝が裏から見られるってわけだね。
「わぁっ、気持ちいいなぁ」
水しぶきを浴びて、クールダウン……♪
マイナスイオンを感じる……!
「マイナスイオン放出〜ってやってほしいなぁ」
「いいよ〜……すぅ〜っ」
エマちゃんはすぅっと新鮮な空気を吸って気合をためて、
「マイナスイオン、放出〜♪」
滝を背景に両手を前に広げて笑う。
水しぶきに光が乱反射してエマちゃんに後光が差してるみたいに見える。
神々しさと彼方ちゃんの許容値を遥かに超えるマイナスイオンにひざまずかずにはいられない!
――パシャリ。
そして、そんなシーンを撮る果林ちゃん。
「同好会のグループに送るわね」
……えっ、それはちょっと聞いてないなぁ。
――――――――
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――――
,,(d!.•ヮ•..)
樹皮や土の香りを感じながら森を抜けたそのあとは、
果林ちゃんの好きなカフェに連れていってもらうことになりました。
「まだ歩くのぉ〜……?」
少しお疲れ気味の彼方ちゃんをリフレッシュさせるためにも早くゆっくりしたいね。
緑と石垣に挟まれた小道を歩いて、
長く続いた石垣が途切れて、そのカフェが姿を現します。
「古民家を改装したお店なの。行きましょ?」
敷地に入ると、苔むした地面に長い年月を感じさせる古民家がぽつり。
木々に囲まれたお店は、どの障子も開け放たれていて、まるで京都のお寺みたい。
中にはちゃぶ台や囲炉裏があって、座布団に座ってお食事ができます。
お客さんはわたしたちだけ。
と思ってたら後から果林ちゃんのお父さんもやってきて、わたしたちが囲むちゃぶ台の空いてる座布団に座ります。
わたしたちの荷物を果林ちゃんのお家に置いてきてくれたみたい。
「……ちょっと、あっちで食べてよ」
うざったそうに文句を言う果林ちゃんに素直に従うお父さん。
後ろ姿は少し寂しそうでした……。 人捨て穴と7人坊主の怪談と7人人骨火葬事件も出るかな? 時間はお昼前で、お腹ももうぺこぺこ。
果林ちゃんは「私はもう決めてるから」と見ずにメニューを譲ってくれました。
というわけで、しばし彼方ちゃんと一緒にメニューとにらめっこをします。
「悩ましいねぇ、エマちゃん……」
「うん……」
お昼時だからがっつり食べたい気持ちもあって、でも甘いデザートも捨てがたくて……。
トーストもいいなぁ、スコーンもいいなぁ。
一つだけなんて選べないよ〜と思ったとき、
「みんなで注文して少しずつ分けたらいいじゃない」
わたしの気持ちを察してか、果林ちゃんが鶴の一声。
ナイスアイディアだよ♪
注文を済ませてテーブルに並んだのは、ハーブティーにパッションフルーツのジュースが2つ。
そして、トーストにチーズケーキ2つに明日葉のスコーンが3つ。
まずは渇いた喉をジュースで潤します。
「ちゅーっ……ん!おいしい!」
パッションフルーツは甘い香りがして、でも味わってみると甘酸っぱくて。
種も食べられるみたいで、カリカリとかじる食感が楽しい。
島の人はパッションフルーツのことをパッションって呼んでるらしいんだ〜。 そしてトーストをがぶり。
「ん〜♪トーストもとってもボーノ……!」
彼方ちゃんもスコーンを割って、ぱくり。
果林ちゃんもチーズケーキをぱくり、チーズケーキは果林ちゃんとわたしではんぶんこで一緒に食べます。
店内は風通しがよくて、軒先に映る緑色の景色もあいまってとっても落ち着く空間。
車で移動してるときも思ったけど、お洒落なお店が結構あってどこも気になっちゃう。
今日も含めてあと3日しかいられないのがもうすでに心惜しくなってて。
ゆったりと、時々会話をはさみながら、食べ進めます。
そういえば、八丈島は大きく分けて三根(みつね)、大賀郷(おおかごう)、樫立(かしたて)、中之郷(なかのごう)、末吉(すえよし)っていう地区があるんだって。
今わたしたちがいるのが中之郷で、果林ちゃんのお家もこのエリアにあるみたい。
だから次こそは果林ちゃんのお家に行くのかな?と思って聞いてみると、
「あー、そうね。エマはともかく……彼方、水着って持ってきてる?」
そうだ、果林ちゃんと海で遊びたかったんだよね。
一緒に相談してたときからそれはお話してたの。
ということは、このあとは海に行くのかな?
「ふっふっふ。彼方ちゃん、こういうこともあろうかときちんと持ってきたよ〜」
「そうなの?良かったわ」
抜かりない彼方ちゃんに安心した顔の果林ちゃん。
「このあとは一旦うちに寄るつもり。……で水着に着替えて、それからダイビングに行きましょう」
Che cosa? (なんて?)
今、果林ちゃん、ダイビングって言った……? 驚いたのはわたしだけじゃありません。
「えっ……!?」
彼方ちゃんも思わずスコーンを食べる手を止めて目を見開いています。
「わたし、てっきり浜辺でちょっと遊ぶくらいかと思ってた……!」
「ふふっ……」
笑って、ウインクをわたしに送る果林ちゃん。
わたしの生まれ故郷、スイスは陸に囲まれた内陸国で、日本に来るまでわたしにとって海は縁遠い存在だったの。
一応、スイスには沢山湖があって、そこで遊ぶ人も多いんだけど……わたしが住んでる場所は気軽に湖に行ける場所でもなくて。
そんなわたしは、浜辺に打ち付ける波を見るだけでも楽しいのに、このあと潜っちゃうの……!?
南国の海だから、きっとカラフルなお魚の群れが綺麗なんだろうな……。
だけど、わたしそんなに泳ぎが得意なわけじゃないし、大丈夫かな?
「かっ、彼方ちゃん、ダイビングなんてできるほど泳げないよ……?」
わたしと同じ不安を抱える彼方ちゃん。
「大丈夫よ。海の中でも呼吸はできるしインストラクターの人がしっかり教えてくれるから」
「そ、そうなの……?でもダイビングってライセンスが必要なんじゃないの?」
「ライセンスがなくてもできるダイビングがあるのよ。私も持ってないし」
「へ、へえ……そう、なんだ……!」
ドキドキとワクワクが入り混じった表情の彼方ちゃん。
わたしも今からドキドキで……! お食事を済ませたわたしたちは、車に乗せてもらって果林ちゃんのお家へ向かいます。
小道を抜け、一旦大通りへ。
信号機も少なくて、車は快調に真夏の八丈島を駆け抜けていきます。
そしてまた、曲がって坂道。
そこをしばらく進んで、
「あれが私の家よ」
果林ちゃんのお家が見えました。
昔ながらの木造の平屋建てで、でも全然古いっていう感じがしなくて、とっても綺麗なお家です。
ヤシの生け垣やプランターに植えられたたくさんのお花のお陰で真夏でも気分はとっても涼しくなれそう!
「でっか……!贅沢な土地の使い方だねぇ」
と小さく呟く彼方ちゃん。
「田舎の特権よ」
それをしっかり聞いていた果林ちゃんが答えます。
そんなやり取りを聞いて果林ちゃんのお父さんがくすりと笑って。
優しそうに、穏やかに笑う姿は果林ちゃんに似てて、やっぱり親子なんだなぁ……と思ったり。 果林ちゃんのお母さんはちょうど買い物に行っていたみたいで、この時は出会うことができませんでした。
きっと美人なんだろうな。
「お邪魔しまーす」
他人の家の香りって普通ならあんまり落ち着かないけど、果林ちゃんのお家はとってもいい香り!
すーっと鼻で深く呼吸しちゃう。
そんなこんなですっかりリラックスモードになったのに果林ちゃんが、
「予約の時間もあるから急がないとダメね」
なんて言うから家の様子もあまり見れないまま、
水着を下に着たわたしたちはまた車に乗って移動です。
果林ちゃんのお部屋とか見たかったんだけど……それは夜までおあずけみたい。
車は住宅地を抜けて、また緑に囲まれた自然豊かな道に入って、そしてトンネルに入って――。
それを抜けると、凪いだコバルトブルーの海が目に飛び込んできました。
「わぁっ……あの海に潜るのかな?」
わたしがそう言うと、助手席の果林ちゃんが「そうよ」って答えてくれて。
道路のガードレールもトビウオ(かな?)のデザインが施されていて、車から眺めているとまるでそこに泳いでるみたいに映ります。
坂道を下ってわたしたちはどんどん港へと近づいていきます。 海沿いのダイビングショップに到着すると、日焼けして肌が浅黒くなったお姉さんがお迎えしてくれました。
「久しぶり、果林ちゃん!エマちゃんも彼方ちゃんもここじゃ暑いだろうから早く入って入って!」
お姉さんに促されるままに中へ入ると、
クーラーが効いていて涼しい店内には、壁中にダイビングの機材やウェットスーツが所狭しと並べられています。
これからダイビングすることも、そしてなぜかわたしたちの名前も伝わってて、全ては承諾済みという感じであれよあれよという間に機材や泳ぎ方のレクチャーが始まりました。
「ではこれから事前説明をしていきますね!しっかり守らないと命にも関わっちゃうからちゃんと聞いててね!」
わたしたちは海に潜るとき、水圧の影響を受けて耳や副鼻腔の空気が圧縮されて……。
ふむふむ、耳抜き……鼻を押さえて……。
マスクは……なるほど、耳にかからないように、ね……。
呼吸器を口にくわえて、口で呼吸をする……うんうん。
へえ〜、そっかぁ……海水が入ってきても大丈夫なんだ。
そして、ハンドサインや実際に呼吸器をくわえてみる練習をして講習は終了です!
海で溺れても絶対に助けるって胸を張って言うお姉さんに乗せられて、わたしも彼方ちゃんも少し緊張がほぐれます。
お店の更衣室を貸してもらって、水着の上にウェットスーツを着て、
「海女さんみたい」
と言うのは彼方ちゃん。 ウェットスーツ姿でお店の外に出ると、改めて目の前に海が飛び込んできます。
ついに潜っちゃうんだな、と胸が高鳴って……!
(えま〜)
「……?」
わたしの名前を呼ばれたような気がして振り返ってみると、タンクもマスクも呼吸器もフル装備の果林ちゃん!
呼吸器を咥えたままだから綺麗に発音できないけど、一応言葉を喋ることもできるんだよね。
せっかくの可愛い顔がほとんど見えなくて、ちょっとおかしくて彼方ちゃんと笑っちゃった。
「あはははっ!」
「ふふっ、ふふふっ……!」
「何がおかしいのよ」
呼吸器を外してわたしたちを咎める果林ちゃん。
そうは言っても、目の奥は優しくて、おどけながら怒る果林ちゃんでした。
わたしも彼方ちゃんも器具を装着して準備を整えます。
タンクは10kg以上あって、背負うとぐっと背中に重みを感じます。
これでも浮くんだから不思議だよね。
「じゃあロープに捕まりながらゆっくり潜降していって!」
傾斜のついたコンクリートの道が、そのまま海面へと続いていて、そこにロープが垂らされています。
クライミングの懸垂下降みたいに、ロープに捕まって後ろ歩きをしながら海に潜っていくんだ〜。
(つめたっ……!)
海水に足が触れると、真夏の海でも冷たくて背筋がきゅっとなって。 海の中を見ると、遠くの方は淡い青、近くの方はエメラルドグリーンのグラデーション。
しかもすっごく透明で、遠くの方までよく見えるの!
(ふお〜い!)
――ゴボゴボゴボッ。
海中の景色を見た彼方ちゃんが思わず「すごい」って感動の声をあげて、口から泡がぶわっと立ちのぼる。
(ふおいね〜)
わたしも返事をして、口からこぽこぽ泡を吐く。
そして、お姉さんに連れられて浅瀬から少しずつ離れていくと……徐々にお魚の姿が見えてきて。
海底の岩にむした海藻を食べているのか、小さなお魚の群れが。
群れ全体が同じ方向に泳いでいくのはとっても壮観!
すると、とんとんっと果林ちゃんに背中を叩かれて。
呼吸器をつけてるのにすっごい笑ってる。そんなに口を開けて大丈夫かな……?
と思いつつ、果林ちゃんの指差す方向を見ると――。
ぷかぷかと優雅に泳ぐウミガメが!
(お〜っ!)
こぽこぽと泡がゴーグルにあたっちゃう。 初めて見るウミガメに感動していると、その子は方向転換してわたしたちの方へ泳いできます。
ウミガメって人が怖くないのかな?ダイバーに慣れてるのかも。
甲羅についた海藻や傷が、長生きな貫禄を出していて。
まるでわたしたちに付いて泳いでくれてるみたい!
わたしたちのすぐ真下を真っ赤な南国っぽいお魚や背中にすっと黄色いラインの入ったお魚の大群が行ったり来たりしていて。
海の中ってこんなに幻想的なんだ……感動だよ。
すると突然、一緒に泳いでいたウミガメが……
――パクリ、パクリ
と、首を突き動かして彼方ちゃんを突っつきました。
びっくりした彼方ちゃん。
(彼方ちゃんは餌じゃないよ〜!)
(ぶっ……!)
笑ってしまった私と果林ちゃん。
沢山海水が口に入ってきたけどすかさず水抜き……ううっ、しょっぱい! 海の中を見てると、わたしでも分かるお魚が時々いたり。
――あれはミノカサゴだよね?近づかないようにしなきゃ。
――あっ、クマノミ!かわいいな。
わたしたちはライセンスを持っていないから深いところまで行けないけど、浅いところでもこんなにお魚ってたくさんいるんだね……!
果林ちゃんと目が合うと、ゴーグル越しにウインクをしてくれます。
わたしはそれにピースで返して。
彼方ちゃんもわたしたちを見てにっこり。
――ぽこぽこ。
本当に感動……!
わざわざ予約してくれた果林ちゃんには感謝しなきゃね。
ターコイズブルーの海に、色とりどりの鮮やかなお魚。
水面を見上げると、波がぶつかりあって白いしぶきを上げて、それがまるで雲みたいなの!
泡と泡の間から太陽がきらっと差していて、海の中なのに空を泳いでるみたいな感じで――。
――ぽこぽこ。
30分の潜水時間はあっという間に終わってしまいました。
楽しい時間って一瞬で過ぎちゃう……。
お姉さんに先導されながら、浅瀬に戻っていってゆっくり浮上していきます。 陸に上がって着替えたわたしたちはお姉さんにお礼を伝えて、お店を後にしました。
海を見ると、夕焼け空に落ちた太陽が水面を黄金色に彩っていて……なんだかとってもエモエモな気分。
そして、再び果林ちゃんのお父さんの車に。
もしかしてずっと待っててくれたのかな?
「果林ちゃん、ありがとね……!わたしすっごい感激だよ〜」
「ふふっ、良かったわ♪」
「果林ちゃんのお父さんも、ありがとうございます!」
最高に楽しかったけど、重たいタンクを背負いながら30分間泳いでたわけだから……くたくたに疲れちゃって。
車に乗ったわたしたちは、お喋りもせずに眠りこけてしまいました。
「くー……」
「すやあ……」
「すー……」
――車は来た時よりも控えめな速度で、三人は心地よく揺さぶられながら家路に就きました。 橘号だっけ?
船内の様子が詳しく描かれてるし、島の雰囲気もよく伝わってきて面白い
もしかして出身者? >>84,86
この辺のはしゃぎ感が年相応で最高だな
描写上手いわ こういう情景が思い浮かぶ文章を書ける人ってすごいなぁ >>70
深夜に絵描きまくってた最高級しまむら兄貴やないか… >>107
ハチコ ハチヒラ ハチノコか
丁度今くらいがシーズンだね 昔捕り行ったわ このあと果林ちゃんにそっくりの影が現れたり彼方とエマが土着信仰のヒルコ様伝説の話を聞くんだよね… ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています