ルビィ「スターチス」
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理亞(ルビィが乱れていたのは、再会したあの日だけ)
理亞(あとはそれなりに落ち着いて、曜と一緒に家の中で生活をしている)
理亞(曜曰く、一度暴れるとしばらくは大人しくなるらしい)
理亞(その後に『理亞ちゃんの力も大きいけどね』と付け加えてくれたのは、とても嬉しかったっけ)
ルビィ「あっ、理亞ちゃん」
理亞(あからさまに表情が変わるわけではないけど、どこか輝いたような顔)
理亞(会話を出来る相手が、今の彼女にはそれだけ貴重ということなのかな)
理亞(曜は自虐的に『私は敵みたいなものだから、話し辛いんだよね』と言っていたけど) 理亞「ルビィ、今日はなにしてたの」
ルビィ「本、読んだり」
理亞(彼女はよく読書をしている)
理亞(それはマルちゃん――国木田花丸が趣味にしていた行為らしい)
理亞(普段は絶対に、彼女の名前を出さないけど)
理亞(だけど行動の節々に影響が色濃く残っているらしい)
曜「ちょっとしたハンドクラフトもしていたんだけど、今は少し休憩中なんだ」
理亞(曜が私の分のお茶を持ってきてくれる) 理亞(ルビィはスクールアイドル部で衣装係を務めていて、手先が器用で手芸も趣味らしい)
理亞(そして意外(失礼)なことに、曜も似たような趣味を持っていて)
理亞(Aqoursの衣装はこの二人で作っていたとか)
ルビィ「本を読み終わったら、理亞ちゃんも一緒にやる?」
理亞「そ、そうね」
理亞(スクールアイドル時代もほとんど姉さまに任せきりなぐらい)
理亞(細かい作業は苦手なんだけど……)
理亞(器用な人は羨ましい)
理亞(二年生になってから一人になったスクールアイドルでは、結局最後まで一人で衣装は作れなかったもの) 曜「苦手なの?」
理亞(ルビィに聴こえないように、こっそりと曜が尋ねてくる)
理亞(この人は、本当に目ざとい)
理亞「うん」
理亞(私も素直に打ち明ける)
理亞(一応年上な分、私も素直になりやすい)
曜「それじゃあ、ルビィちゃんの読書が終わるまで色々教えてあげるよ」
曜「そのほうが、やりやすいでしょ」
理亞「ありがとう」
理亞(ルビィに格好悪いところを見せたくないから、とてもありがたい助け舟) 曜「それじゃあ、ちょっと道具持ってくるから。ルビィちゃんのことお願いね」
理亞(パタパタと、部屋を出て行く曜)
理亞(私は頼まれたとおり、ルビィに目を移す)
理亞(相変わらず、集中して本を読んでいる)
理亞(学校教育を受けた人間なら誰もが聞いたことのある、自ら死を選んだ作家の作品)
理亞(アイドルが好き、裁縫が好き)
理亞(そんな彼女本来の人間性からは、想像もつかないような本)
理亞(間違いなく、国木田花丸が愛していた類の物語) 理亞(ルビィは花丸を意識して生きている)
理亞(それなのに私が知る限り一度も名前を出していないのは)
理亞(意識しないようにするため)
理亞(花丸を思い出すと、衝動的に死を選択しようとするから)
理亞(だけど死を望んでいるはずの彼女が、なぜ自分にストッパーをかけているのか)
理亞(そこで引っかかってしまう)
理亞(本当は死を望んでいない?)
理亞(いや、それはない)
理亞(ルビィの国木田花丸への異常なまでの愛情、そして実際に見た行動から考えれば)
理亞(それならなぜかは私には分からない)
理亞(曜はある程度理解しているかもしれないけど、内容的に尋ね辛い)
理亞(考えてみるしかない)
理亞(自分の頭で考えて答えを導き出す。それしかない) 【善子】
善子(目を覚ますと、顔に大きなクマのぬいぐるみが張り付いている)
善子(きっと寝相の悪い私が、枕元に置いてあったこいつを倒してしまった結果)
善子「……邪魔」
善子(こんな可愛いの、全然私の趣味じゃない)
善子(ウザったい、いつも眠るときに気に障る)
善子(引きはがし、壁へ放り投げる)
善子(ちょうど古ぼけたアイドルのポスターの下へ当たり、小さな落下音が部屋へ響く)
善子「あーあ」
善子(危なかった。あと少しで代えの利かないものを破いてしまいそうだった)
善子(私じゃこれがどこで売っているかも、代わりに何を張ればいいのかも分からない) ダイヤ「ルビィ!」
善子(ぼんやりとしていると、駆け込んでくる仮の姉)
善子(心配するのはポスターだけじゃなかった)
善子(あの壁の隣は、ダイヤの部屋)
善子(数々の出来事の末に、妹に対して異常なまでに過保護になってしまった姉の部屋)
ダイヤ「ルビィ、ルビィはどこですか」
善子(かつての美貌からは見る影もない乱れた髪)
善子(荒れ果てた顔、さらに細く、骨のようになってしまった身体)
善子(まるでゾンビのような人間が、部屋を這いずり回り、最愛の妹を探す) 善子?「……ここだよ、お姉ちゃん」
ダイヤ「ああ、ルビィ。ちゃんと」
善子(声で存在に気づき、彼女は私に、黒澤ルビィに抱き着く)
善子(私はルビィだ)
善子(かつては存在した津島善子はもうこの世にはいない)
善子(ここに居るのは、黒澤家の次女で、ダイヤの妹の黒澤ルビィ)
ダイヤ「うふふ、今日も可愛らしいですわね」
善子?「ありがと、お姉ちゃん」
善子(本物のルビィは生きている)
善子(だけど私たちはそれを知るのが遅かった)
善子(そしてダイヤに伝わった時には、もうこの状態) ダイヤ「ルビィ、ルビィ……」
善子(この細い身体からは想像もできないような力で、私を抱きしめ続ける姉)
善子(絶対に放さないという、強い意志)
善子(かつて黒澤ダイヤだったものの名残)
善子(この道を選んだのは私自身だ)
善子(俳人と化していくダイヤへの贖罪から始めた行為)
善子(最初はただ、傍に居て彼女を支えるだけ)
善子(今の曜さんが、ルビィにやっているのと同じこと)
善子(私に裏切られたせいで妹を失ったのにもかかわらず、ダイヤはそれを受け入れていた)
善子(それぐらい彼女は弱っていた)
善子(というより、既に正気を失っていたのかもしれない) 善子(傍にいるにつれて、次第に、記憶が書き換えられていく)
善子(ダイヤの頭の中で、ルビィの死は否定されて)
善子(いつも傍に居た私は善子という妹となり)
善子(気づけばルビィへと名前が変化して)
善子(津島善子と、本来の黒澤ルビィの存在は、抹消されていた)
善子(私はそんな状況を受け入れざるをえない)
善子(罪悪感が、逃げることを許してくれない) 善子(そんな偽りの生活が続いたある日、果南さんが黒澤家へやってきた)
善子(密かにルビィを助け出してしまったこの人から、この状況について私は何度も謝罪を受けた)
善子(土下座と、数えきれないほどの詫びの言葉)
善子(きっと彼女は、自分を罰してほしかったんだ)
善子(それなのに私は、ただ謝罪を受け入れるだけで、何もしなかった)
善子(果南さんは、ダイヤにも真実を話した)
善子(いま彼女の傍に居るのは津島善子であること)
善子(本当の妹は、黒澤ルビィは別にいて、まだ生きているということ)
善子(だけど) 『何を言ってるのですか、ルビィはここに居るでしょう』
善子(果南さんの言葉に対して、私を抱きしめながら、冗談でも言われたかの様に鼻で笑うダイヤ)
善子(既に私は黒澤ルビィになっていたのだから、仕方ない)
善子(そしてその瞬間、私の偽りの生活は終わった)
善子(私は、黒澤ルビィは偽りではなく、真実になった)
善子(津島善子はかつて私がヨハネと呼んでいたある種の副人格、痛々しい存在と同じようなものだ)
善子(ダイヤは壊れてしまったんだ)
善子(私も、もう壊れてしまった)
善子(けどせめて、その結果で得た平穏は保っていたかった) ゲロつまんねwwwwwwwwwwwwwwwwwwww >>62
つまんねiphone生きてたのかww
ss総合でしかイキれなかったのにワッチョイついてからビビってもうこの掲示板からいなくなったと思ってたww つまんねって言ってもちゃんと戻ってきてレス読んでるあたり律儀だなって思う 評価は変わるもんだよ
現地点でつまらなくても最後には面白いSSになってるかもしれないからね あと>>64はおめでたい脳ミソしてるね
SSに面白いつまらないのレスつけるのは俺の勝手だし、こいつみたいなのに絡まれない限りはそれ以上のレスはしてないし
あのスレで過去作晒せと言われたからわざわざ晒してやったし、むしろ他にあのスレで俺にしてほしい事って何?
ちょうどあと少しで完走ってとこまで来てたから一緒に消えてやったんだが、またこうして絡んでくるの見ると俺のことが好きで好きで仕方ないんだろうね 他人のssに長文自語り書き込むやつ以外に面白いやつっていないと思うんだけど ただSS読んでる身からしたらiPhoneももんじゃも両方荒らしだから早く消えてくんねえかな わざわざ「つまらない」っていう一つのレスにキチガイみたいなレスつけてる>>64が1番やばく見える…何より>>1が可哀想 【理亞3】
理亞(ルビィの家へ通うようになってから、かなりの期間が経過した)
理亞(私のほぼ空っぽだったメッセージアプリのトーク履歴)
理亞(その渡辺曜という人間の名前が常に一番上にあった)
理亞(ルビィは携帯を持たない、だから連絡は全て曜とおこなう)
理亞(まあ、頻繁にやり取りをすると言っても、殆ど事務的な連絡だけ)
理亞(今日だってそう) 『明日、そっちへ行っていい?』
理亞(もはや定型文になって一節を送る)
理亞(これに対してすぐ、曜が『いいよ』と返すまでがお決まりのパターン)
理亞「あれ?」
理亞(だけど今日は、いつもと違った)
理亞(既読はいつもどおり素早く付いたけど、その後の返事が来ない)
理亞(別段不思議なことではないけど、彼女にしては珍しい)
理亞(何か追加で送る?)
理亞(いやでも、それも催促しているみたいで悪いかな)
理亞(だからとりあえず、素直に帰ってくるのを待つべきかも) ブブッ
理亞(あ、きた)
『私、いないかもしれないけど大丈夫?』
理亞(返事の内容は普段と違う、あまり想定していなかったもの)
理亞(曜は絶対にルビィの傍を離れないはずなのに)
『どうして?』
理亞(彼女がいなくても問題はないけど、理由は気になった)
理亞(ルビィより優先するものがあるの?)
『鞠莉ちゃんが代わりにルビィちゃんの傍に居てくれる日なの』
理亞(鞠莉ちゃん? 知らない)
理亞(いや、どこかで聞いたことがある?) 『誰?』
『あっ、分からないか』
『小原鞠莉ちゃん、私とルビィちゃんの、スクールアイドル時代の先輩で、いま住んでいるおうちの所有者』
理亞(ああ、確か名前に聞き覚えはある)
理亞(Aqoursと出会った東京の大会の後、入ったという三年生)
理亞(だけど曜がいない)
理亞(そして知らない人がいる)
理亞(人見知りの私にとって、少し辛い状況かも)
理亞(行くの止めておこうかな)
理亞(いやでも、ルビィは待っているかもしれない) 『気が引けるなら、無理しなくてもいいよ』
理亞(この人には心は隠せない。私が誤魔化す前に逃げ道をくれる)
理亞(これは正直ありがたい、ありがたい言葉だけど……)
『行くわよ、別に平気だし』
理亞(そこで引かない、強がってみせるのが鹿角理亞という人間)
『じゃあ鞠莉ちゃんには伝えておくね。金髪の大きなお姉さんだから、すぐわかるよ』
理亞(金髪、大きい)
理亞(小心者の私にはなかなかハードルが高いタイプ)
理亞(しかもお金持ち、危ない人とか?)
理亞(どうしよう、何か脅されたりしたら……)
理亞「早まったかな……」
理亞(だけどルビィの為にも、頑張らなきゃ) ※
鞠莉「いらっしゃーい」
理亞「は、はひっ」
理亞(翌日、大きな声で私を出迎えてくれた確かに色々と大きい人)
理亞(だけど想像とは全然違う、フレンドリーな雰囲気)
鞠莉「あなたが理亞ちゃんね、曜から話は聞いているわよ」
理亞(ただやっぱり、独特の雰囲気がある)
理亞(偉い人に会うとき、みたいな感じ?)
理亞(私はさしずめ、蛇に睨まれた蛙)
理亞(人見知りも相まって、まともに喋ることさえできない) 鞠莉「もー、緊張しなくてもいいのよ」
理亞(ポンポンと頭に手を置かれる)
理亞(同じだ)
理亞(曜と同じ、やさしい手のひら)
理亞「えっと、ルビィは」
理亞(待ってくれているのかな)
鞠莉「ああ、地下よ」
理亞「地下……」
理亞(それは、つまり) 理亞(それは、つまり)
鞠莉「結構暴れちゃってね、最近は落ち着いていたらしいんだけど」
理亞(二度目だ、ルビィが地下に閉じ込められるのは)
理亞(最初だけ、たまたまタイミングが悪かっただけ、というわけではなくて、やっぱり日常的に起こること?)
理亞(弱っているルビィと会うのは、ちょっと嫌かな……)
鞠莉「とりあえず、地下へ行きましょうか」
理亞「う、うん」 理亞(無言で二人並んであるいて)
理亞(地下室へたどり着くと)
理亞(そこにはぐったりしているルビィの姿)
理亞(曜の時とは違い、口にまでさるぐつわのような物を付けられている)
鞠莉「また暴れてる」
理亞(小原鞠莉も手慣れた手つきで、ルビィを正しい位置へ戻す)
鞠莉「私が来るといつもこう」
鞠莉「最近は落ち着いてると言われても、なかなか信じがたいわね」
理亞「……」 理亞(この人、嫌われているのかな)
理亞(それとも何か余計なことを話したりしちゃうとか……)
鞠莉「やっぱり、曜がいないと止められないのかしらねぇ」
理亞「曜が?」
鞠莉「あの子がいるときは比較的落ち着いているのに」
鞠莉「私が時々代わりにくると、いつもこれ」
鞠莉「そんなことを知ったら、曜はずっとルビィの傍を離れなくなるだろうから、話してないけどね」
鞠莉「私も、ルビィも」 理亞(信頼できる相手がいるから落ちつける?)
理亞(だけどこれは発作ではない。彼女は死を望んで生きている)
理亞(むしろ冷静な方が、確実な方法を選ぶことができるはずだ)
理亞(例えば私と再会した時のように、逃げ出して死に場所を探したりとか)
鞠莉「元々ね、ルビィとはそれなりに仲良くはしていたはずなの」
鞠莉「困っている二人を助けてあげたこともあった」
鞠莉「ルビィだって私のことを信頼してくれてたはずなのに、正直悲しいわね」
理亞(とても疲れた顔をしている)
理亞(きっとこの人は忙しい中の合間を縫って、ルビィに会いに来ているんだ) 鞠莉「あなたは、ルビィと仲が良いのよね」
理亞「一応、そうだと思う」
理亞(少なくとも私の中では、一番仲のいい、友達)
鞠莉「そしてルビィのことは、曜から色々と聞いて知っている」
理亞「うん」
理亞(本人からは聞けない。だけど知りたいことは曜が全部教えてくれる)
鞠莉「それじゃあ、曜のことは知ってる?」
理亞「曜の?」
鞠莉「あの子自身のこと、尋ねたりはしないでしょ」 理亞(言われてみると、そのとおり)
理亞(私が曜について知っているのは、一つ年上)
理亞(ルビィの元先輩で、何らかの事情でいつも面倒を見ている人)
理亞(たった、それだけ)
鞠莉「曜はね、とても才能に溢れていた子」
鞠莉「大きな輝きと放ち、皆を惹きつけることができる、特別な子だった」
鞠莉「こんな問題に巻き込まれなければ、もっと幸せな生活を送っていたはずの」
理亞「……」
理亞(優秀な人なのは知っている)
理亞(普段の行動のそつのなさ、才能)
理亞(なんでもできる、だけどそれを誇示したりしない) 鞠莉「やさしすぎる、自分より他人を優先してしまうような子」
鞠莉「本当は解放してあげたい」
鞠莉「でも曜がいるから、ルビィは生きてる。彼女がいないと、ルビィは生きられない」
鞠莉「今の歪なルビィは曜抜きでは考えられないの」
理亞(あぁ、そうか)
理亞(ルビィは曜を裏切れない)
理亞(だから彼女の前では、正常な判断ができる限り、死を避けようとしている)
理亞(曜はルビィを縛る鎖だ)
理亞(彼女の存在が、死の選択を躊躇させている)
理亞(だから目の前から姿が消えると、ルビィは死のうとする) 理亞(きっとここで死んでも、この小原鞠莉やその他の人間は、曜を傷つけないように、上手く誤魔化すだろう)
理亞(そうすれば曜は傷つかない)
理亞(ルビィは彼女が傷つかない場所で、死のうとしているんだ)
鞠莉「それを理解しているから、曜はここから離れられない」
鞠莉「例えルビィが望んでいなくても」
鞠莉「やさしいあの子には、それもまた辛いと思うけど」
理亞「……」
理亞(背負っている物の重さ、彼女たちの苦しみ、ジレンマ)
理亞(また少し、理解できた)
理亞(だけどもし、曜が言うように私が来るようになってから症状がさらに落ち着いているとしたら)
理亞(私もルビィを縛る鎖となれる可能性がある人間なのかもしれない) 鞠莉「こんなこと、今日会ったばかりのあなたに頼むのも変だけど」
鞠莉「二人の、ルビィと曜のこと、支えてあげてくれないかしら」
理亞「……はい」
理亞(自信はない)
理亞(大きな力になれると思い込めるほど、自分に自信はモテない)
理亞(頑張っても、二人の奥深くまで入り込めるとは限らない)
理亞(けどきっと、この人は私ならできると信じてくれている)
理亞(少なくともルビィが昔は信頼していて、曜は今でも信用している人)
理亞(信じてみる価値はある)
理亞(目標)
理亞(できたかもしれない) 【曜】
曜(目を覚ますと、外はまだ薄暗い)
曜(その光景を見て寝過ごさなかったという事実を認識し、安堵する)
曜(横で眠るルビィちゃんは静かに寝息を立てている)
曜(私は彼女近づき、腕についていた手錠を外す)
曜(この子が眠ってからつけて、起きる前に外す)
曜(あまりこういうことはしたくないけど、寝起きは特に精神状態が安定しないから)
曜(意識がある間は拘束具が付いていないのだから、ストレスは最低限、であってほしい) 曜(最低限の家事をこなし、簡単な朝食を用意して)
曜(眠り続けるルビィちゃんを横目に身支度を整える)
曜(そこまでして、あとは彼女が起きるのを待つ)
曜(今日は珍しく、大学の用事で忙しいという理亞ちゃんが来ない予定)
曜(久しぶりの二人きり)
曜(ここ数年は当たり前の時間だったはずだけど)
曜(少し緊張するかも、なんて) ルビィ「……曜ちゃん」
曜(お目覚めのお姫様)
曜「おはよう、ルビィちゃん」
曜(毎朝繰り返される、まるで恋人か家族のようなやり取り)
曜(私たちの場合、姉妹かな)
曜(死にたがりの妹と、狂った姉)
曜「朝ごはん食べる?」
ルビィ「……うん」
曜(朝ごはんは拒否されることが多いから珍しい)
曜(今日は調子がいい日なのかな)
曜「ちょっと待って。すぐに準備するから」 曜(用意しておいたのは、スプーンで食べられるリゾット)
曜(衝動的な行動に走らないよう、切れたり尖ったりしている物は使わない)
曜(この部屋も地下ほどではないけど、物が少ない)
曜(時間を潰せるように、本や安全な手芸用品は揃っているけど、せいぜいその程度)
曜(昔ルビィちゃんが住んでいた、アイドルグッズや可愛い小物で溢れた部屋とは大違い)
曜「美味しい?」
ルビィ「うん」
曜(一緒に朝食を食べて、ルビィちゃんは少しだけど笑顔)
曜(これだけで、私は幸せだったり) 曜「今日は、外に出ようか」
ルビィ「えっ、いいの」
曜「うん」
曜(幸い今日は平日で外の人も少ない)
曜(最近は状態も落ち着いているし、私の体調も悪くない)
曜(鞠莉ちゃん経由で事情をある程度把握している人がいる場所になら、問題ないから)
曜(せっかく天気も良さそうだし、最近は彼女が逃げ出した日を除いて外出していない)
曜(タイミングとしてはちょうどいい) 曜「どこか行きたいところはある?」
ルビィ「うーん……綺麗な物を見たいかも」
曜(綺麗な物……)
曜(そういえば近くに温室の植物園があった)
曜(家族で遊べる休日以外、地元の人はまず行かない)
曜(時期によっては観光客が多い場所だけど、オフシーズンの今なら人はほぼいないし)
曜(最悪外国人になら見られてもあまり問題にならないかな)
曜(あそこなら鞠莉ちゃんの顔も効いた筈) 曜「分かった。ちょうどいい場所を知ってるから、お昼になったら行こう」
ルビィ「う、うん!」
曜(あっ、また笑った)
曜(よかった、今日はたくさん笑っている)
曜(私はいつも、この子の顔を曇らせてばかり)
曜(最近家へ来るようになった理亞ちゃんは、簡単に笑顔を作らせてあげているのに)
曜(私は彼女を苦しめる原因なんだから、仕方ないけどね) ※
ルビィ「わぁ、凄いよ!」
曜(植物園に着くと、まるで子どものようにはしゃぎ始めるルビィちゃん)
曜(いつも家の中ばかりだから、こういう風景は新鮮だよね)
曜(それは私にも言えることなんだけど)
ルビィ「見てみて、このお花綺麗だよ!」
曜「うん、そうだね」
曜(花か)
曜(これで喜ぶなら、庭でなにか育ててみようかな)
曜(いや、駄目か。私に世話をする時間なんてない)
曜(でも理亞ちゃんに手伝ってもらえればできる?)
曜(……真面目に考えてみようかな) ルビィ「曜ちゃん、あっちも色々ありそうだよ〜」
曜(楽しそう)
曜(ルビィちゃん、久々に心から笑っていた)
曜(私はやっぱり嬉しかった)
曜(心の底から、ルビィちゃんの笑顔を喜んでいた)
曜(そして一緒に見る光景の美しさも頭では理解していた)
曜(それでも私は笑えなかった)
曜(必死に笑顔というものを思い出し、顔に貼り付けようとしても)
曜(それが、できなかった) ルビィ「……曜ちゃん」
曜(そんな私の様子に気づき、申し訳なさそうに俯くルビィちゃん)
曜(ああ、せっかく咲いた花を、私が枯らしてしまった)
ルビィ「……ごめんね」
曜「……ううん」
曜(ごめんね)
曜(それは私が言わなきゃいけない言葉だよ) ◆
曜(数日後)
曜(鞠莉ちゃんが屋敷にやってきた)
曜(私たちの生活を維持するために、若くして世界中を飛び回り、自らを酷使している彼女は)
曜(わざわざ私の為に、時間を見つけてはルビィちゃんの相手をしてくれる)
曜(その日だけは、私は休むことができる)
曜(休める場所は、滅多に使うことのない自室)
曜(ろくに手入れもされていないけど、寝るだけならそれで十分) 曜(一人、ベッドで横になると、次々に頭へ浮かんでくる後輩たちの顔)
曜「……ごめんなさい」
曜(花丸ちゃん)
曜(もし私が最初から動けていれば、助けられたかもしれない女の子)
曜(本が好きなのに案外やんちゃで、可愛かった女の子)
曜「ごめんなさい、ごめんなさい」
曜(私があの時、連れ出さなければ)
曜(鞠莉ちゃんを裏切ってでも、あのままルビィちゃんを支えながら普通に生きていれば)
曜(少なくとも、今みたいに毎日花丸ちゃんを想い、死を切望しながら生きる、そんな日々を送らずに済んだはずなのに)
曜「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
曜(善子ちゃんを巻き込まなければ、私一人でやっていれば)
曜(あの子は自らの存在さえ失ってしまった)
曜(それに比べれば、この日々は苦労と呼ぶことさえ許されない) 曜(私たちは皆、自分が正しいと思った道へ向かって動いた)
曜(けど、その結果がこれ)
曜(花丸ちゃんは死ぬ前に、『生きて』と言ったらしい)
曜(果南ちゃんの作り話なのかもしれない)
曜(自分を正当化したい彼女が作り出した、幻)
曜(だけど花丸ちゃんの言葉が事実だとしたら、それは間違いなくルビィちゃんへ向けたもの)
曜(本当に、大切な恋人を巻き込んでしまったことを、悔やんでのもの) 曜(果南ちゃんの気持ち)
曜(花丸ちゃんの気持ち)
曜(私はルビィちゃんを死なせるわけにはいかない)
曜(もう繰り返したくなかった)
曜(みんなが深く傷つく現実は、見たくなかった)
曜(だから私はルビィちゃんの意志を捻じ曲げてでも、彼女を生かす)
曜(自分の持てるすべての力を利用して)
曜(ルビィちゃんを苦しめ続ける)
曜「最低、馬鹿曜だ、私」 ??「そんなこと、ないわよ」
曜(ノックの音もせずに、開くドアと、聴こえる声)
曜「梨子ちゃん」
曜(『いつも』、私が壊れる前にやってくる女の子)
梨子「相変わらず、死にそうな顔をしているわね」
曜(彼女はいつも、鞠莉ちゃんと一緒に函館へやってくる)
曜(だけどルビィちゃんの面倒をみるわけではない)
曜(彼女の担当は、私だ)
梨子「曜ちゃん、おいで」
曜「……うん」
曜(そんな趣味なんて、ないはずだったんだけど)
曜(気づけば梨子ちゃんに甘えていた)
曜(まるでピアノを弾くように私を自在に操り、あらゆる快楽を引き出す彼女の指に溺れていた) 曜(人間に許された現実逃避の道具は、酒、たばこ、クスリ)
曜(だけどルビィちゃん関係を考えれば、それらを使うことは不可能だ)
曜(そうなると残されたのは性だけだったから)
曜(梨子ちゃんは私を、まるで陶器の人形のように扱う)
曜(大切に、壊れてしまわないように)
曜(その想いが、心地いい)
曜(でもそんな行為は当然罪悪感が募る)
曜(私を愛してくれていたのに、同性だからとその想いを袖にしてしまった幼馴染への) 曜(千歌ちゃんは内浦に置いてきた)
曜(ついてこようとしたのを、無理やり引きはがして)
曜(今でもしょっちゅう、手紙が来る)
曜(電子メールやSNSじゃなくて、手書きのもの)
曜(千歌ちゃん、あれで結構達筆だから。その方が気持ちが伝わるからと)
曜(綺麗な字で自分や私の家族についての近況報告をしてくれる)
曜(そして最後に『好きだよ』とか、『付き合って』とか)
曜(あげく『結婚しよう』なんて言葉が付け加えられていたこともあったね) 曜(冗談半分、本気半分)
曜(だけど、絶対に付いてくる『曜ちゃんは何も悪くない。全部投げ捨てて戻ってくるべき』という内容だけは、きっと本気)
曜(それなのに)
曜(そんな誘いは、受けるわけにはいかないから)
曜(冷たい私は、そんな千歌ちゃんの手紙にひとこと、『ごめん』と返すだけ)
曜(それでも彼女はまた、手紙をくれる)
曜(梨子ちゃんの身体と千歌ちゃんの心)
曜(その温かさだけが、私の救いだった) 【理亞4】
ルビィ「……」
理亞(今日のルビィは、大人しく本を読む日みたい)
理亞(ずっと、一冊の文庫本に夢中だ)
理亞(ルビィの鎖になる)
理亞(目標はできたけど、その手段についてはまったく思いつかないまま)
理亞(ひとまず絆を深めていくしかないと、今日も普段と同じように、三人でぼんやりと過ごしている) 理亞「ふぅ」
理亞(手に持った本を閉じる)
理亞(何かを考えながら読書ができるほど、私は器用ではない)
ルビィ「理亞ちゃん、本は嫌い?」
理亞(曜はお茶を淹れに出ていて、ルビィと二人きり)
理亞「……そんなことない」
理亞(そわそわと、落ち着かないのを見抜かれたかな)
理亞(正直、身体を動かしている方が好きだし、少なくとも本を読む習慣はもっていなかった)
理亞(楽ではないのは、確かだけど) ルビィ「本当は趣味、何だっけ」
理亞「……お菓子作り」
理亞(一応、甘味処の娘だし)
ルビィ「あはは、理亞ちゃんっぽい」
理亞「そう?」
理亞(むしろ逆はよく言われる)
理亞(そんな可愛らしい趣味、尖った私らしくはないと)
理亞(肯定的な反応を示してくれるのは、今までは姉様ぐらいしかいなかった) ルビィ「それなら今度、理亞ちゃんが作ったお菓子を食べてみたいな」
理亞「別にいいわよ、それぐらい」
理亞(どうせ作っても、姉様以外食べてくれる人なんていなかったから)
ルビィ「本当に? じゃあ楽しみにしてるね」
ルビィ「曜ちゃんもお茶菓子色々用意してくれるけど、たまには他の人の作った物も食べたかったんだ」
理亞「分かった、任せて」
理亞(そっか、普段出てくるお菓子には曜の手作りも含まれているんだ)
理亞(いつも美味しいし、あれ比較されるとなると少し不安……)
理亞(少し練習してから持ってきた方がいいかな) ルビィ「あれ。そういえば、曜ちゃんは?」
理亞「あっ」
理亞(言われて気づいた)
理亞(お茶を淹れに行ってからずいぶん経つのに、まだ戻ってきていない)
理亞「様子、見に行く?」
ルビィ「でも、いいのかな」
理亞「うーん……」 理亞(ルビィはキッチンへの立ち入りは禁止されている)
理亞(理由は刃物など、危険な物が置いてあるから)
理亞「まあ私もいるし、問題ない」
理亞(仮説的には、曜の前ではルビィが行動に出ることはないはずだし)
理亞(最悪なにかあっても、すぐに対処できるわけだから)
ルビィ「そうだよね。それよりも曜ちゃんが心配だもん」
理亞「うん」
理亞(少しだけ、胸騒ぎがする)
理亞(こんなことは今までなかったから) 理亞(部屋を出て、キッチンへ)
理亞(一応、ルビィの手をひきながら)
理亞「よう――え!?」
ルビィ「ど、どうしたの」
理亞(キッチンに広がっていた光景は)
理亞(床に零れている液体、飛び散った陶器の欠片)
理亞(そして倒れている――)
ルビィ「曜ちゃん!」
理亞(駆け寄るルビィ)
理亞「よ、曜!」
理亞(少し遅れて、私も続く) ルビィ「だ、大丈夫!?」
理亞(うつぶせで動かない身体。ルビィが声をかけながら揺する)
曜「……」
理亞(それでも返事はない)
ルビィ「曜ちゃん! 曜ちゃん!」
理亞(彼女が自らの死にかかわること以外で、ここまで取り乱しているのは初めて見た)
理亞「ど、どうしよう、救急車とか」
理亞(曜、息はしているけど明らかに変だ)
理亞(私たちだけで対処するべきではない) ルビィ「で、でも、ここに呼んでもいいのかな」
理亞(けど、ルビィの言うとおり)
理亞(ここには隠さなければならない要素が多すぎる)
理亞(少なくとも家主である小原鞠莉の許可は取らなければならない)
理亞(だけどもし、曜の状態が急を要するとしたら)
理亞(この迷いが、彼女の生死にかかわることになったら……) 曜「……もう、大げさだよ」
理亞(グルグルグルグル、混乱していると)
理亞(倒れていたはずの曜がゆっくりと顔を上げる)
ルビィ「平気なの?」
理亞(ルビィが曜に抱きつく)
曜「ごめんね、ちょっと転んだだけ」
理亞(そんなわけない)
理亞(嘘だということは、すぐに理解できた) 理亞「一度、休んできたほうがいいわよ」
理亞(どう見ても正常ではないもの)
曜「いや、それはちょっと」
理亞「いいから。私もしばらく居られるし」
理亞(誰か見ていればきっと大丈夫)
理亞(そもそも、ルビィもこの状況で、何かをしでかすことはないだろうから)
曜「……じゃあ、お願いしようかな」
理亞(それでも拒否されることを予想していた)
理亞(だけど返ってきたのは肯定)
理亞(彼女の身体には、それほど大きな異常が起こっているの?)
曜「ここの後片付けは自分でしておくから、二人は戻ってて」
ルビィ「う、うん」
曜「悪いけど理亞ちゃん、ルビィちゃんをよろしく」
理亞「え、ええ」 理亞(フラフラとおぼつかない足取りで立ち上がる曜)
曜「少し休んだら回復するだろうから、心配しないでね」
理亞(無茶を言わないでほしい)
理亞(ああそうですか、なんて考えられるわけがないのに)
理亞(だけどこれ以上ここに居るのも、ルビィの精神衛生上よくはないから)
理亞「ルビィ、いこ」
ルビィ「で、でも」
理亞(心配そうなルビィ)
理亞(離れたくないのだと、理解はできるけど)
理亞「曜も一人の方が、落ち着くだろうから」
ルビィ「……分かった」 ―――
――
―
ルビィ「よっぽど、疲れているのかな」
理亞(部屋に戻ると、ルビィはやはり心配そうに漏らす)
理亞「かもしれない」
理亞(あの曜が、ルビィな状況で傍を離れようとするなんて)
理亞(ひとまず小原鞠莉に連絡は入れたら、息のかかった医者が来てくれたから一安心ではあるけど) 理亞「曜の様子によっては、誰か代わりの人がくるらしい」
ルビィ「鞠莉ちゃん、かな」
理亞「……たぶん」
理亞(そうなったらルビィはまた、花丸の後を追おうとするのだろうか)
理亞(駄目、それは嫌だ)
理亞(それを防ぐためには)
理亞「……私、曜が起きるまでここにいる」
ルビィ「ふぇ」
理亞「ずっと起きて、ルビィを見てる」 理亞(ルビィに合わせて器用に生活するなんて真似はできないけど)
理亞(寝なければ問題ない)
ルビィ「だ、駄目だよ、そんなの。おうちの人も心配するし」
理亞「平気。姉様は分かってくれる」
理亞(それとなく、ルビィのことは話してある)
理亞(姉様は私のことを信じてくれるから、この件も認めてくれるはず)
ルビィ「大丈夫だよ。私も、曜ちゃんが寝ている間は何もしないから」
理亞(曜が寝ている間、には)
ルビィ「理亞ちゃんは人から信頼されているんだね。お姉ちゃんや、曜ちゃんに」
理亞(そんなことない。そもそも私のことを信じてくれるのは、その二人だけ)
ルビィ「曜ちゃんはね、ルビィの為に、ルビィを生かすために、絶対に目を離さなかった」
ルビィ「例えどんなに体調が悪くても、なにが起こっても」
ルビィ「抜けているところがあるから、理亞ちゃんと再会した時みたいに、隙ができるときはあったけどね」
理亞(そうやって、曜はルビィをこの世に繋ぎ止めてきた) 理亞「ルビィは、曜のことが好き?」
理亞(答えは、聞くまでもないけど)
ルビィ「……本当にやさしい人なの」
ルビィ「昔、ルビィとマルちゃんの関係を知りながら、真っ先に味方になってくれた」
ルビィ「ルビィの望みを叶えるために、自分の人生をなげうつ覚悟で逃げるのに協力してくれた」
ルビィ「本当はもう、傷つけたくない」
理亞(やっぱりそうだ)
理亞(ルビィを生かす為の鍵は、彼女のやさしさを利用すること)
理亞(その方法だけは、既に考えてある) 理亞「……それなら、死ぬ前に助けてあげれば」
理亞(私がルビィの信頼を得る為に、思い描いていた言葉)
ルビィ「助ける?」
理亞「死ぬのは、渡辺曜を救ってからでも、遅くない」
ルビィ「曜ちゃんを、救ってから……」
理亞(目から鱗、そんな反応をしている)
理亞(それでいい)
理亞(こうすれば、曜のためにルビィは生きようとする)
理亞(この子も曜と同じように、やさしい子だから) 理亞(そもそもルビィが曜という鎖に苦しんでいるなら、こちらからそれを外す方向に誘導してあげればいい)
理亞(少なくともその間、この子は自分の意志で生きようとする)
理亞(前を向いて生きようとする)
理亞(そしてこれは、そう簡単に解決する問題でもない)
理亞(時間はたっぷりできるはず。曜の鎖から解放される前に、私が新しい鎖となる)
理亞(曜を助けた後、今度は私を解放するために生きる)
理亞(そうやって繰り返せば、ルビィは生きられる)
理亞(今のように死を望み、目的を持たずにただ存在する生き方に比べれば、充実した人生が送れる)
理亞(大切な人の死なんてごめんだ)
理亞(だけど苦しんでいるこの子の姿も、私はもう見たくなかった) 【鞠莉】
鞠莉(私はいつも、大切な選択を間違えてきた)
鞠莉(自分勝手な判断で、大切な後輩たちの未来をいくつも壊した)
鞠莉(輝かしい未来が約束されていた子たちから、それを奪い取った)
鞠莉(花丸は死に、ルビィや親友だった果南とダイヤは心を病み、廃人のようになった)
鞠莉(曜はルビィ、善子はダイヤの為にその身を捧げ続ける)
鞠莉(千歌と梨子も大切な幼馴染や仲間を失った) 鞠莉(私はできる限りのことをして、彼女たちに償いをする)
鞠莉(全員が不自由なく生きる為に必要なお金を稼ぐ)
鞠莉(あらゆる手段を講じて、年中動き回っている)
鞠莉(そんな私が、少しでも時間ができればやってくるのがここ、函館)
鞠莉(だけど今日訪れるのは、いつもの屋敷ではない)
鞠莉(坂の上にある、古くから続く喫茶店)
聖良「小原さん、いらっしゃい」
鞠莉(鹿角聖良)
鞠莉(最近できたルビィの友人の姉)
鞠莉(彼女に会うのは初めてではない)
鞠莉(曜に存在聞いたあと、真っ先に挨拶へ行き、事情を説明して)
鞠莉(その時の彼女は、突拍子のない私の話を素直に聞き入れて)
鞠莉(理亞ちゃんがルビィの元に通うのを許可してくれた) 鞠莉(今日の目的は、先日理亞ちゃんに一晩ルビィの面倒をみさせてしまったことのお詫びとお礼)
鞠莉(曜が倒れるという緊急事態、あの子のおかげで乗り切れたから)
聖良「お茶でいいですか?」
鞠莉「あっ、すぐに出るからお構いなく」
鞠莉(人を使って調べさせた鹿角聖良の経歴は素晴らしい)
鞠莉(実績、カリスマ性、学歴、完璧に近い人間)
鞠莉(逆に妹の理亞は、お世辞にも出来がいいとはいえない)
鞠莉(身体能力は高い、頭も悪くはない)
鞠莉(だけど人間としてあまりにも不器用すぎる) 聖良「お忙しいのですね、相変わらず」
鞠莉「私は未熟だから効率が悪いだけよ」
鞠莉「曜や理亞ちゃんに頼ってないで、もっと函館にも来なきゃいけないのに……」
聖良「ふふっ、私たちはまだ若いのですから、未熟なのは当然ですよ」
鞠莉(確かにそのとおり、未熟なのは別段おかしなことではない)
鞠莉(だけど私は、そんな当たり前を主張できる立場ではない)
聖良「曜さんの体調は大丈夫ですか」
鞠莉「ええ。この後自分でも様子は見に行くけど、すぐに回復はしたみたい」
鞠莉(医者が言うにはただの過労)
鞠莉(本当ならもっと休んでいてほしかったのに)
鞠莉(驚異的な回復力で、もう普通に過ごせているとか) 聖良「遠慮なく理亞を使ってあげてくださいね」
聖良「あの子、ルビィさんや曜さんと出会ってから、いつも楽しそうなので」
鞠莉「いいの? 妹を危ない世界に巻き込んで」
鞠莉(冷静さを欠いたルビィがとんでもないことをしでかすかもしれない)
鞠莉(人の死を、忘れられないトラウマを目の当たりにする可能性だってあるのに)
聖良「大丈夫です、私は理亞を信じています」
聖良「あの子は強い子ですから」
鞠莉(それなのに、完璧な姉は不出来な妹を全面的に信頼している)
鞠莉(この奇妙な信頼関係は、どこから来るのだろう)
鞠莉(甘いようでどこか厳しい。私が知っている姉妹と似ているようで、違う関係性)
鞠莉(それを理解するのは、なかなか難しそう) 【理亞5】
理亞(季節は深まり、函館もちらほら白い雪が舞う季節になってきた)
曜「ヘイ理亞ちゃん、ヨ―ソロー!」
理亞(曜は一度倒れて以来、ずっとこんな感じ)
理亞(元気いっぱい、いつも大騒ぎ)
理亞(これが痛々しい空元気ではないことを願わずにはいられない)
ルビィ「理亞ちゃん!」
理亞(いや、だけどそれだけじゃない)
理亞(曜が明るくなったのは、ルビィの変化の影響もある)
理亞(この子は普段から意識をするようになった、曜に出来る限り負担をかけないようにと)
理亞(最近はずっと、いい子のルビィ) 理亞「……お邪魔するわね」
曜「ほいほい、お茶入っているよ〜」
理亞「そういえばお菓子、持ってきたから」
ルビィ「わぁ、ありがとう」
理亞(温かい室内で、三人仲良くくつろぐ)
理亞(最近はトランプみたいな、簡単なゲームをすることも増えた)
理亞(それもきっと、前進の証) 理亞(だけどまだ、ルビィは曜に対して具体的な行動を起こせていない)
理亞(その一歩を踏み出せない理由は、未だに過去と、花丸と向き合えていないから)
理亞(このままだと、元のルビィに戻ってしまうかもしれない)
理亞(曜を助けると決めた前の彼女に)
理亞(そうしないために、状況を変える方法)
理亞(私が、考えたのは)
理亞「ねえ、ルビィ」
理亞(これはリスクの伴う方法)
ルビィ「なに?」
理亞(だけど先へ進むために、必要だから)
理亞「昔、函館で会ったとき、花丸のことを聞かせてほしいって頼んだわよね」 ルビィ「……あったね、そんなこと」
理亞(覚えていたんだ、ルビィも)
理亞「教えてよ、いまから」
曜「理亞ちゃん、それは……」
理亞(口を挟もうとする曜の気持ちもわかる)
理亞(これは触れてはいけない話題、タブーのようなもの)
理亞(だけど、ルビィの今後の為に、避けることはできない) ルビィ「いいよ、花丸ちゃんの話をしよう」
曜「ルビィちゃん、無理しなくても」
ルビィ「曜ちゃん、大丈夫だから」
理亞「ルビィ……」
理亞(これで)
理亞(これで、うまくいけば)
ルビィ「初めて会ったのはね、中学校の図書室」
ルビィ「隅でアイドル雑誌を読んでいたルビィを、花丸ちゃんが発見した時」
ルビィ「見つめ合ったときからね、惹かれあって。すぐに気づいたの、この人は運命の人だって」
理亞(この辺りは、以前簡単に聞いたことがある)
理亞(ルビィが私に、駆け落ちの事情を打ち明けた時) ルビィ「マルちゃんはね、本を読むのが大好きな女の子」
ルビィ「ルビィと一緒に居ても、気づけば本の世界に入り込んじゃったりする、困った子」
ルビィ「あと食べるのが大好き。結構常識知らずで、変わってる」
ルビィ「だけどやさしくて、誰よりもルビィのことを愛してくれた」
ルビィ「隣にいるだけで温かくて、手を繋ぐと胸がドキドキして。抱き合うと顔が真っ赤になって」
ルビィ「キスをして、身体を重ねるだけで、幸せな気持ちになれて――」
理亞(言葉が止まる)
ルビィ「それで、ね」
理亞(ルビィの身体が、震えていくのが分かる)
理亞(カタカタ、カタカタと)
理亞(不規則に上下し、顔がどんどん青くなっていく) ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています