曜「千歌ちゃんが記憶喪失になった……」
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千歌「ええっと……」
千歌「……あなたは、誰ですか?」
千歌「ごめんなさい。私、記憶喪失みたいで……あ、もう知ってますか? えへへ」
千歌「だから、あなたが誰かわからないけど……でも、いい人なんじゃないかって思います」
千歌「どうしてそう思うかって? それは直感です、ふふん……って、あ、あれ?」
千歌「あ、あの……どうして、そんな悲しそうな顔を……私、何かマズいことを……!?」
千歌「よ、よくわからないけど……その、落ち着いてほしいな。あなたがうつむいてるのを見ると、私――どうしたら、いいのか……」 曜「ヨーソロー! ただいま戻りました!」
梨子「曜ちゃん! おかえり」
「……」
梨子「……びっくりしたでしょう?」
曜「まあ、それは……そうだけど。でも、私は大丈夫だよ!」
梨子「……ふふっ」
曜「ええっ、笑われた!? もしかして、顔に何かついてる?」
梨子「いや……無理してるのが、ひしひしと伝わってくるなって」クスッ
曜「あ、あはは……」
梨子「もうっ、そんなに強がらなくてもいいのに」
曜「強がってるっていうか……受け入れられないっていうか」
梨子「そう……だよね」
曜「……他の子は?」
梨子「うん……えっとね、私たち以外はみんな同じ空き病室にいるの」
梨子「この病院は比較的空いてるし、事情も事情だから……病院の人が特別に貸してくれたみたい」
曜「そっか。まあ、一番最後にここについたのも私みたいだしね」 曜「でも……梨子ちゃんはどうしてここに? 他の子たちと一緒にいても良かったんじゃ……」
梨子「どうしてって……心配だからよ」
曜「え、あ〜……あはは、そっか。ありがとね、梨子ちゃん」
梨子「鈍いのね……でも、良かった」
曜「良かった? 何が?」
梨子「だって、もしいつもと全く変わらない曜ちゃんだったら……」
曜「だったら……?」
梨子「……逆に反応しづらい、というか……」
曜「ええっ……」
梨子「ふふっ。ねえ、そろそろ……」
曜「……そうだね。みんなのところに行こうか」
梨子「うん。よいしょっ……っと、と、と」ヨロッ
曜「わわっ、大丈夫?」タッ、ガシッ
梨子「急に立ったせいかな、よろけちゃった……ありがとね」
曜「……ぷっ、くく……」
梨子「そ、そんなにおかしかった!?」
曜「いや、梨子ちゃんも無理してるんだなって思ってさ」アハハ 曜「しつれいしまーす……」ガララッ
果南「……曜ちゃん、梨子ちゃんも」
ダイヤ「扉はしっかり閉めてくださいね。話し声が外に聞こえてしまいますから」
善子「曜……」
花丸「梨子ちゃん……」
ルビィ「……」
鞠莉「……二人とも……」
梨子「曜ちゃん、この椅子を使って」
曜「うん、ありがと。それで……千歌ちゃんは……」ガタッ…トスッ 鞠莉「改めて言うことになるけど……ちかっちは、記憶喪失を起こした」
曜「……っ」
鞠莉「原因は交通事故。私はその場で見ていたわけじゃないけど、看護師さんから聞いたの」
鞠莉「昨日の夜、ちかっちが一人でジョギングをしていた時……車に、轢かれて……」
鞠莉「……ちかっちは強く体を吹き飛ばされて、地面に激突したわ。出血も酷かったみたい」
曜「……頭に巻いてた包帯は、そういう……」
鞠莉「近くで見ていた人と車の運転手がすぐ対応してくれて、医者の手術もあって……一命は、取り留めたけど……」
鞠莉「……意識が戻った時には、もう記憶がなかった……」
曜「で、でも、なんで……! 千歌ちゃんの不注意が事故を起こしたの!?」
果南「……それは違うよ」
鞠莉「……これは運転手の話だけど……ちかっちはね、車に突っ込むように車道へ飛び出したの」
曜「えっ……?」
鞠莉「運転手は、ちかっちが飛び出す前にブレーキを踏んでた……猫が車道を横切るのが見えたから」
曜「……っ」
鞠莉「……ちかっちは、車に轢かれそうな猫を見てとっさに庇ったのよ」
鞠莉「ブレーキが間に合わなかった車と衝突して、頭をぶつけて、血を流しても……」
鞠莉「……猫を抱きかかえた腕だけは、緩めることはなかった……そう言ってたわ」
曜「……そ、んな……」 鞠莉「ちかっちは、今は落ち着いてるように見えるけど……最初は酷く錯乱していたらしいわ」
鞠莉「当たり前、だけどね。ここがどこか、自分が誰かすらも忘れちゃったんだから……」
鞠莉「看護師が複数人で、何とか落ち着かせた……って」
曜「……その後は?」
鞠莉「家族の方が、私たちより先に面会したわ。基本的な状況については説明したって話してた」
鞠莉「記憶喪失のことと、自分の住んでいる家、場所、自分の名前や年齢、家族構成……その辺りね」
鞠莉「それと……通ってる学校、私たちAqoursについても話してくれたって」
鞠莉「最後に……ちかっちのお母さんが『千歌をよろしくお願いします』って、私の肩をポンと叩いたの」
鞠莉「呆然と突っ立ってる私に、微笑みかけて……そのまま病院の出口へ向かって行ったわ」 梨子「私を含めて、みんなは一度千歌ちゃんと面会してるの」
梨子「曜ちゃんが最後の一人……これで千歌ちゃんは、Aqoursのみんなと顔を合わせたってこと」
梨子「ただ……私たちを覚えてる、なんてことはなかった」
梨子「そのままの意味……うっすらと覚えてる、とかもない」
鞠莉「一番最初に会ったのは私だけど……むしろ、ちかっちは怯えていたわ」
鞠莉「過去の事……記憶については、深いことは言ってない。みんなもそれはわかってるはず」
果南「……ただでさえ記憶を失くしてるのに『どうして私のことを覚えてないの?』なんて言ったら、動揺しちゃうからね」
鞠莉「幸い、私と話した後は少しずつ緊張が解けていったみたいだけど……」
曜「そっか。確かに、私が千歌ちゃんと話してた時は結構落ち着いてたように見えたよ」
曜「でも……そう見えるってだけで、心の中は……」
花丸「……千歌ちゃんは」
花丸「――千歌ちゃんは、優しいから……」 「……」
果南「……なんだか落ち着かないや。ちょっと外を走ってこようかな」
曜「果南ちゃん……」
果南「ここで黙っていても、何も進まないしね。それに……気持ちの整理もつけないと」
果南「私も……みんなもね。それじゃ」ガララッ、タッタッタッ…
鞠莉「……マリーもちょっと外に出てこようかしら♪」
ダイヤ「果南さんに追いつくのは大変そうですわね……無理はなさらない様に」
鞠莉「オ〜ゥ♪ ダイヤってば、私のことは何でもお見通し?」
ダイヤ「はぁ……これだけ一緒にいれば伝わりますわ」
鞠莉「……じゃあね。みんな、思いつめちゃダメよ?」ガラガラ…ガタン
ダイヤ「……『これだけ一緒にいれば』ですか……」
ダイヤ「千歌さんと幼馴染の、果南さんや曜さんは……」
曜「……ううん。辛いのは、みんな同じだよ」
ダイヤ「……そうですわね」 花丸「……オラ、学校の図書室に行ってこようかな」
花丸「今は夏休みだけど、今日は学校が開いてたはずだし」
ダイヤ「ここから学校まで?」
花丸「うん。散歩がてら、外の空気を吸って少しリラックスしてくるずら」
花丸「それと……図書室には本がたくさんある」
善子「ずら丸……」
花丸「果南ちゃんはああ言ってたけど……マルは、気持ちの整理なんてできないよ」
花丸「千歌ちゃんの記憶について、諦めたくない。いや……諦めきれない」
花丸「きっと、記憶喪失に関する本だって……っ……」グスッ
花丸「そうじゃないと、そうじゃないと、千歌ちゃんと過ごしてた来た時間も、思い出も……うぅ……」ゴシゴシ ルビィ「る、ルビィも行くよっ。本を探す手伝いくらいなら、出来ると思うから……」
花丸「ぐすっ……うん。ありがとう、ルビィちゃん」
ルビィ「ねえ、そ、その……善子ちゃんも、良かったら」
善子「私はここに残るわ。その……ちょっと立ち止まりたいの」
善子「あと、ヨハネよ」
花丸「ふざけてる場合じゃないずら」
善子「立ち直り早っ!?」
花丸「……」
善子「……」 ルビィ「……行こう、花丸ちゃん」
花丸「……うん、そうだね。善子ちゃん、あとは任せたずら」
善子「はいはい、任されたわ。さっさと行きなさい、しっしっ。あと、ヨハネよ」
ガタッ タッ、タッ…
善子「……ねえ、ルビィ?」
ルビィ「どうしたの?」
善子「……誘ってくれて、ありがとね」
ルビィ「……うんっ!」
ガララ…ピシャッ 「……」
善子「……ふーっ、とは言ってみたものの……」
善子「千歌の心境も、今何をすべきかも……」
「……」
善子「……さっぱり、ね」ハァ
曜「……そうだよね。鞠莉ちゃんが言ってた通り、思いつめちゃダメなのは間違いないかも」
善子「全く、鞠莉も無茶な要求してくるわ」
善子「ラブライブ!の地方予選が終わって、敗退して……」
善子「それでも『めげずに、残された夏休みも練習頑張ろうっ』って言ってたのに」
梨子「……」
善子「アンタが頑張れなくなって……どうすんのよっ……」グスッ
ガララッ
善子「っ!?」ゴシゴシ
ダイヤ「この病室に、他の方が……っ!?」 千歌「――……ここで、あってますか……?」…ガタン
ダイヤ「千歌さん!? なぜここに!」
千歌「ひうっ!?」ビクッ
ダイヤ「あっ……し、失礼しました。しかし、病室を勝手に出ては……」
千歌「ダイヤさん……ですよね?」
ダイヤ「へっ……? いや、まあ……」
千歌「そちらが梨子さんで……」
梨子「は、はい……」
千歌「そちらが、曜さん」
曜「そう……だよ……?」
千歌「あなたは……善子さん」
善子「ヨハ……そうよ」 千歌「……よかったぁ。みんな覚えられた!」
千歌「お母さん?から聞いたんです。ここのみんなは、記憶を失う前の私と友達だったって」
千歌「私と友達になってくれるって、とってもいい人たちですよね! ね!」
善子「……いいから、病室に戻りなさい」
千歌「ほぇ? いや、でもでもっ、ここでみんなと話したら、何か――」
善子「――いいから、出てってっ!」
千歌「っ!?」ビクッ
曜「善子ちゃんっ」
善子「……っ」
「……」
ダイヤ「……千歌さん、お気持ちはありがたいのですが……」
ダイヤ「病室に戻られた方が良いと思います。でないと……怒られますわよ」
千歌「あっ……そ、そうですよね! すみません、突然出てきて……」
千歌「……じゃあ、失礼します。良かったらまた、私の病室に来てくださいね」
ガララ…ガタン 善子「……最低ね、私」
善子「受け入れられないからって、一番辛いはずの千歌に当たって……」
曜「……そんなことないよ」
善子「……あるわよ」
曜「ないよ」
善子「あるわよっ!」
曜「ないっ!」
善子「……っ」
曜「誰も落ち着いていないこの状況で、千歌ちゃんと話しても……」
曜「……きっと、余計混乱してたと思う。私たちも、千歌ちゃんも」
善子「……でも」
曜「でもも何もないよ」 梨子「それに……」
善子「……それに?」
梨子「……病室を抜け出すのはホントにマズいわよ」
善子「え、いや、確かにそうだけど……」
ダイヤ「もし善子さんが追い返さなかったら、今頃大騒ぎになってたかもしれませんわね」
善子「いや、でも」
梨子「でもも何もないよ」
曜「そうそう、あれで良かったんだって」
善子「……はぁ〜……わかったわよ、そういうことにしておくわ」
善子「それにしても、勝手に病室を抜け出して私たちに会いに来るなんて……」
善子「――行動だけ見れば、メチャクチャなままね……」 鞠莉「……あ、いた! かな〜ん♪」タッタッタッ
果南「あ、鞠莉」
鞠莉「はぁ、はぁ……よ、ようやく『ロックオーン!』できたわ……」
果南「……無理してそれ言わないでいいよ?」
鞠莉「ま、全く……はぁ、はぁ……果南ったら……はぁ、ごほっ、ごほっ、冷たいんだから♪」
果南「ちょっと待ってて、酸素缶が確か……」
鞠莉「……む、無理して売り物買わせないでいいから……ぜぇ、ぜぇ……」 鞠莉「……ふーっ……」
果南「落ち着いた? ほら、これでも食べてクールダウンしておきな」トッ
鞠莉「かき氷!? もう、果南ってば気が利くじゃない!」
果南「あはは、私も食べたかったってだけだけどね」
鞠莉「じゃあ早速……はい果南、あーん♪」
果南「ん〜、ブルーハワイって結構イケるね」シャクシャク
鞠莉「……」
果南「どうしたの? 早く食べないと溶けちゃうよ」パクパク
鞠莉「もういいわ……ぱくっ。ん〜、グレイッ!」シャクシャク 鞠莉「……いい場所ね、このテラス」
果南「うん。海を眺められて、潮風を感じられて……心地いいよ」
果南「……それにしても、私のいる場所が良くわかったね」
果南「『走ってくる』って言っただけで、ここに戻るなんて一言も言ってないのに」
鞠莉「果南のことなら何でもお見通しよ♪ 『走ってくる』なんてそれっぽい言い方しても無駄デース!」
果南「走ってたのは本当だよ。ここに来るまで、だけどね」
鞠莉「もう、素直じゃないんだから♪」
ザザーン…ザーッ…
鞠莉「……ねえ」
果南「ん?」
鞠莉「……気持ちの整理は、ついた?」 果南「……ううん、そんなわけない。あの言葉は、苦し紛れに言っただけ」
鞠莉「……そっか」
果南「……最初は、夢か何かだって思ってた。記憶喪失なんて、そう簡単に起こるわけないって」
果南「でも、千歌と面会した時……私を見る千歌の目が、私を現実に引き戻した」
果南「昔から一緒にいたことも、9人でAqoursとして活動したことも、ラブライブ!の地方予選に出たことも……」
鞠莉「……」
果南「ここでみかんと干物を押し付け合って、笑ってたことも――全てが、頭の中で崩れ落ちるようだった」
果南「体を動かして、ここにくれば。少しは落ち着ける……そう思ったよ」
ザザーン…パシャッ…
果南「でも――海を眺めて、潮風に当たってるうちに……」
果南「……『やっぱり現実だった』って、今度こそ思い知らされた」 果南「まあ、実感は未だにないけどね。面会時間も短かったし」
果南「……鞠莉はどう?」
鞠莉「私も同じ。ただ、ちかっちに会ったのは一番最初だったから……」
鞠莉「あの時の、ちかっちの表情が……未だに頭から離れない」
鞠莉「……そうね。自分でも言葉にし難いけど……」
果南「けど?」
鞠莉「なんて言えばいいのかしら、その――壊れそう、だったの」
果南「……」
鞠莉「あと一歩踏み出すだけで、一つ声をかけるだけで……そう思うと」
鞠莉「……何も声がかけられなかった。踏み出すこともできなかった」
鞠莉「しばらく沈黙が続いたわ。私はどうすればいいのか、必死に考えてた。でも、思考はぐるぐる回るばかり」
鞠莉「そんな時……ちかっちが、恐る恐る口を開いたのが見えた」
鞠莉「……それで、こう言ったの」
鞠莉「『あの……何か、喋っても、いいです……よ?』って」
鞠莉「困惑したような、怯えてるような、そんな声と裏腹に――小さくだけど、笑ってたわ」 鞠莉「その笑顔を見た時……私の方が壊れそうだった」
鞠莉「大声を出して、泣いて――ちかっちに駆け寄って、抱きしめたかった」
鞠莉「……あ、これ、他のみんなにはナイショよ?♪」
果南「はいはい。それで?」
鞠莉「そうしたいのをこらえた。ごまかすように私も笑って……」
鞠莉「『何を話せばいいのかわからないけど、とりあえず声をかけて』って、そう思ったところで……」
鞠莉「看護師の人に、面会の終了を告げられたわ。何も話さないまま、終わったの」
鞠莉「記憶喪失の人相手にいろいろ話しても、混乱するどころか取り乱す可能性があるし、面会時間が短いのは必然なんだけど……」
鞠莉「終わった後、ふっと緊張がゆるんで……病室を出て、時計を見て……気付いた」
鞠莉「私とちかっちが沈黙していた時間は、実際は感じられていたものより、ずっと長かったんだって――」
「……」
鞠莉「……私は、あれで良かったのかしら。考えても仕方ないってわかってる、けど……」
鞠莉「もっと何か……ちかっちを少しでも、緊張から遠ざけられたんじゃないかって……」 果南「……ま、正解なんてないんだよ。きっと」
鞠莉「……そうよね。やっぱり、考えても仕方ないわね♪」
ザザーン…
鞠莉「……果南?」
果南「ん〜?」
鞠莉「その……ぶっちゃけトークしてもいいかしら?♪」
果南「うん、いいよ」
鞠莉「……ホントにぶっちゃけるわよ?」
果南「うん」
鞠莉「……ちょっとヘヴィーな話よ?」
果南「うん」
鞠莉「……ドン引きするかも知れないわよ?」
果南「うん、いいからいいから」 鞠莉「……ちかっちが悪い、なんて絶対に言わない」
鞠莉「だって、轢かれそうになった猫を庇ったのよ?」
鞠莉「私の知ってるちかっちなら、間違いなくそうした。それもわかってる」
鞠莉「マルの言う通り。ちかっちは……優しいの」
果南「……そうだね」
鞠莉「……でもね、ちかっちが起こした事故の話を聞いてる時、ふっと脳裏をかすめた思考が……」
鞠莉「今も……ずっと頭の中にある」
鞠莉「――『なんで?』って……」 果南「……」
鞠莉「とっさに体が動いた、とか、自分の身を捨ててでも、とか……」
鞠莉「その時、ちかっちが何故そうしたか。今となってはわからないし……」
鞠莉「……さっきも言ったけど、それは何一つ悪いことじゃない」
鞠莉「私は……ちかっちと友達になれて、一緒に活動出来て、本当に幸せ者だわ。胸を張って言える」
鞠莉「でも……」
果南「……でも?」
鞠莉「……なんで……」
鞠莉「――『なんで、自分を大切にしてくれないの?』……って、一瞬だけど、確かにそう思った」
鞠莉「……いや、思ってしまった、って言った方が正確ね」
鞠莉「……いい? 果南。もし不快に思ったら、すぐ――」
果南「最後まで聞くよ」
鞠莉「そう」クスッ
鞠莉「……その後ずっと、その思考を振り払おうとした」
鞠莉「自分の身を挺して、他の命を助けた。それで、自分の命まで落としかけた」
鞠莉「そんなちかっちに追い打ちをかけるような、こんなこと……絶対に考えるべきじゃないって」
鞠莉「そして、振り払おうとすればするほど……」
鞠莉「……その思いが、どんどん強くなっていった」 鞠莉「……猫なんて」
鞠莉「――猫なんて、どうでもいい! 生死を賭けてまで、助けるものじゃない!」
鞠莉「自分勝手、メチャクチャなのはわかってる! でも……ぐすっ、なんで、なんでよ……!」
鞠莉「なんでちかっちは自分を大切にしてくれなかったの!? うぅ……」ポタッ
鞠莉「自分の身を簡単に投げ出さないでっ! あなたを……あなたを大切に思ってた人はどうなるのよ!」
鞠莉「もっと自分を……自分を、大切にしてよっ……ぐすっ、ひっく……」
果南「……」
鞠莉「……ぐすっ。ふふっ、私……性格、悪いわね」ゴシゴシ
鞠莉「ホント、さいて――!?」ピトッ
鞠莉(人差し指が……くちびる、に……)
果南「やっぱり、最後までは聞かないでおく」ニコッ
鞠莉「……〜〜っ!?」バシッ! ブンブン
果南「そ、そんなに振り払わなくても」
鞠莉「うるさいっ!」 果南「……ねえ」
鞠莉「……なに」グスッ
果南「……鞠莉もさ、自分を大切にしなよ」
果南「考えることなんて、人それぞれだし……」
果南「私は、今の話を聞いて……自分も似たようなことを考えてたって気付かされた」
鞠莉「え、果南も?」
果南「……ちょっとね」
鞠莉「そっか」クスッ
果南「……やっぱりさ」
ザーッ…ピシャンッ…
果南「……正解なんて、どこにもないと思う」 花丸「ぐぬぬぬっ」ヨタヨタ
ルビィ「むぐぐぐっ」フラフラ
ドサッ
ルビまる「ふーっ……」
ルビィ「す、すごい量の本だねぇ……」
花丸「まあ、結構適当に見繕ったし……実際に役に立つ情報があるかはわからないずら」
花丸「何より、マルは医療とかの科学系に関してはさっぱりだし……」
ルビィ「そ、そうだよね。ルビィもその、あんまり知識は……」
花丸「……」
ルビィ「……」
花丸「……とりあえず、ページをめくってみようか」
花丸「そうじゃないと……何も始まらないよ」
ルビィ「……そうだね」 花丸「……」パサッ
ルビィ「……」ペラッ
花丸「……う」
ルビィ「う?」ペラ
花丸「うぐぅ……」ドサッ
ルビィ「ぴ、ピギッ!? は、花丸ちゃあ、しっかりして!」ユサユサ
花丸「だだ、大丈夫。ちょっと疲れただけずら。そ、そ、そんなに揺らさないで」
ルビィ「あっ……ご、ごめん」パッ
花丸「ううん、ありがと。でも……2時間もこうやってると、さすがにちょっと疲れるね」
ルビィ「そうだねぇ。花丸ちゃんもルビィも、あまり触れないような本だし……」 花丸「……ねぇ、ルビィちゃん」
ルビィ「どうしたの?」
花丸「『記憶を失う』って、どんな感覚なんだろうね」
花丸「大切だったはずの思い出も、友達も……何もかもを忘れちゃう」
花丸「今、千歌ちゃんの身に起こってることなのに……まるで、物語みたい」
花丸「きっと、千歌ちゃんは今も苦しんでると思うんだ」
花丸「……マルは、千歌ちゃんの力になりたい」
花丸「それだけじゃない。自分のためにも……みんなのためにも。少しでも、情報を集めないと」
ルビィ「……うんっ! ルビィも同じ気持ちだよっ」
花丸「とはいえ……やっぱり疲れたずら」
ルビィ「ま、鞠莉ちゃんもああ言ってたし……ちょっと休憩してもいいの、かなぁ……」
花丸「よし。じゃあ、ちょっと休憩にしようか」 花丸「えーっと……」トテトテ
ルビィ(……休憩って言ったのに、本棚の方に……)
花丸「あ、そうだ! せっかくだから、ルビィちゃんもどう?」
ルビィ「え、えっ?」
花丸「本を読む休憩に本を読むずら。ルビィちゃんも、面白そうな本を探してみたらどうかなって」
ルビィ「あ、あはは……花丸ちゃん、ホントに本が好きだねぇ」
花丸「純文学も好きだけど、本はそれだけじゃない。たまには違う本に触れるのも、面白いよ」
ルビィ「よしっ、じゃあルビィも何か探してみる!」
花丸「うんうん。せっかくだし、二人で何か本を探して読んでみようよ」 ルビィ「あっ! は、花丸ちゃん、この本とかどうかなぁ……?」
花丸「何か見つけた? えーっと、その本は……心理学?の本だね」
ルビィ「うんっ。ほら、ルビィって……その、泣き虫だったり、臆病だったりするから……」
ルビィ「少しでも、それを克服したいなぁって思って。なんとなくだけど、それっぽい本だし……」
花丸「なるほど……ルビィちゃんが選んだ本なら、良いと思うよ」
花丸「それに、心理学についてはオラも触れてみたいし……少しだけ、だけど」
ルビィ「あははっ、そうだね。この本は多分、わかりやすく書いてくれてると思うよ」
花丸「じゃあ、早速机の上で広げてみるずら!」 花丸「ふむふむ」ペラペラ
ルビィ「うゅ」ペラペラ
花丸「流し読みだけど、結構面白いね」
ルビィ「そうだねぇ。心理学をしっかり学べば、他の人が何を考えてるかとかわかるのかなぁ」
花丸「そ、それはそれで怖いね……」ペラ
ルビィ「あはは、ルビィもそうかも」ペラ
花丸「人間は、いつだって一人……それでこそ、救われてる部分もあると思うから」
花丸「……あ、長くなりそうな話に……」
ルビィ「ううん。花丸ちゃんの話は、いつ聞いても面白いよっ」
ルビィ「ルビィには、ちょっと難しく感じるけどね……えへへ」
花丸「ふふっ……そう言ってくれると嬉しいずら」 花丸「……あっ、ルビィちゃんが言ってたのはこの辺りかな?」ペラ
ルビィ「あっ、そうかも。このページは……『泣くときの心理』……について書いてある、のかなぁ……?」
花丸「な、なかなか難しいテーマだね。泣くって言っても、色々あるから」
ルビィ「そうだねぇ」
花丸「その……マルも、さっき泣いちゃったし」エヘヘ
ルビィ「……うん」
花丸「……」
ルビィ「……」
花丸「……き、休憩時間なのに暗い話になっちゃったずら……」
ルビィ「ううん。そうかもしれないけど、気にすることじゃないよっ」
花丸「……ありがと。ルビィちゃんは……強いね」 ルビィ「ル、ルビィが……? ま、まさか……そんなこと……」
花丸「でも、千歌ちゃん以外のみんなが揃った時……ルビィちゃんは、落ち着いてるように見えて」
ルビィ「……あのね。ルビィは……」
花丸「……ん?」
ルビィ「実は、その……花丸ちゃんが来る前に……」
ルビィ「……いっぱい、泣いてちゃって……」
花丸「……そっか」クスッ
ルビィ「お姉ちゃんが、慰めてくれたから……えっと、それで、ね?」
花丸「……どうしたの?」
ルビィ「ずーっと泣いてたら……なんというか、すっきりしたというか……」
ルビィ「その……少し、落ち着けたんだ」エヘヘ ルビィ「悲しかったよ? 千歌ちゃんが事故で怪我して、記憶を失って……」
ルビィ「その悲しいって気持ちは、泣く前も、泣いた後も……ずっと残ってた」
ルビィ「でも、それとは別に……冷静にもなれた」
花丸「……そうだったんだ」クスッ
花丸「……泣くことって……――涙って、不思議だね」
ルビィ「……不思議?」
花丸「悲しくて、辛くて、胸がこれ以上ないってくらい締め付けられて……」
花丸「心が、耐えきれなくなって……そのせいで、涙が流れるのに……」
花丸「――……その涙が、心を救ってくれるんだなって」
花丸「泣くことで、冷静になれるし、落ち着ける」
花丸「皮肉なことだけど……でも、切なくて、美しいなって」フフッ ルビィ「――そ、そんな話……聞きたく、ないよっ……」
花丸「っ! ご、ごめん、またわかりにくい話だったかな」
ルビィ「そんなことない、そんなことないっ! でも……」
ルビィ「聞いてるだけで……ルビィ、またっ……」
花丸「ルビィちゃん……あ、あれ……マルも、涙が……っ」ゴシゴシ
ルビィ「……ねぇ、花丸ちゃん?」グスッ
花丸「えっ?」
ルビィ「――思いっきり、泣いちゃおう?」
花丸「……ふふっ、そうだね」グスッ
花丸「この本にも、『たまには思いっきり泣くといい』って、書いてあるから……うぅ……」
ルビィ「……うわぁぁぁぁん! うぅ……どうしてっ、どうして……千歌ちゃあが……!」
花丸「んぐっ……うぅ……ルビィ、ちゃん……」ギュッ
花丸「……ぐすっ、ひっぐ……千歌、ちゃん……っ! うぅ……」ポロポロ 花丸「……ふう、この本はこれで終わりずら」パタン
ルビィ「たくさん泣いたら、その……不思議と、はかどったね」
花丸「ふふっ。やっぱり本に書いてある通り、思いっきり泣くのはいいことなのかも」
ルビィ「そうだねぇ……あっ」 <ハジメータイマーイストーリー♪
花丸「電話?」
ルビィ「お姉ちゃんみたい」ピッ
ルビィ「もしもし? ……うん、うん……わかった。じゃあねっ」ピッ
花丸「ダイヤさん、なんて言ってたの?」
ルビィ「えっと、病室にいたみんなは一旦家に戻るって」
ルビィ「果南ちゃんと鞠莉ちゃんにも伝えたって言ってたよ」
ルビィ「あと、あまり帰りが遅くならない様に……とも言ってた」
花丸「うーん、そうだね。もう夕方だし……少しだけ収穫もあったし」
花丸「ちょうど本も読み終わったから、今日はこれくらいにしておこうか」ニコ タッ、タッ…
花丸「まあ、ホントに小さな収穫だけど……ね」トコトコ
ルビィ「た、確かに……その、ルビィも考えてたことだった……かな」トコトコ
ルビィ「でも、『何か得た』ってことは……きっと、大事だと思うっ」
花丸「うん、ありがとう」
「……」トコトコ
ルビィ「……あっ」…タッ
花丸「……どうしたの? 突然立ち止まって……」
ルビィ「……ううん。夕日が――綺麗だなって」
花丸「あっ……き、気づかなかった。本当だね、綺麗……」
ルビィ「……お姉ちゃんが言ってたの。『少し、考える時間が欲しい』って」
花丸「……そっか」クスッ
花丸「善子ちゃんも言ってたけど……きっと、立ち止まることも大事なんだろうね」
ルビィ「……うんっ!」 花丸「……でも、今は早く歩かないと!」
ルビィ「ピギッ!? も、もうこんな時間!? 花丸ちゃあ、一緒に走ろう!?」
花丸「ええっ!? オ、オラは運動は……でも、ルビィちゃんの頼みなら!」
ルビィ「ありがとっ! じゃあ、早く早くっ!」ダッ
花丸「よ、よ〜し! 全速前進、よーそろー! ……ずら!」ダッ 曜「……ふうっ、ようやく一息つけた!」
曜「なんだか頭も体もバタバタして、今までずーっと落ち着かなかったけど!」
曜「……みんな、大丈夫かな……」
曜「……いやいやっ! ダイヤさんもああ言ってくれたし、みんな家に戻って少し落ち着いてるはず……」
「……」
曜(……いや……一番落ち着いてないのは、やっぱり自分自身か……)
曜(なんだか、未だにふわふわしてるみたい……)
曜「……記憶喪失、かぁ……」
曜(今まで、ずーっと一緒にいたのに……)
曜(千歌ちゃんの中では……何もかも……)
曜「……あ〜っ! 自分の部屋で自分の椅子に座ってるのに、なんでこんなに落ち着かないんだ〜っ!」クシャクシャ 曜「はあ……ベランダで夜の風にでも当たろうかな。今なら、星もよく見えると思うし!」スタッ
曜「……あっ」フッ
曜(そうだ、自分の部屋には……千歌ちゃんの写真が、ずーっと飾ってあって……)
曜(あの写真は、本当に小さい頃……二人で写った写真)
曜(あっちには……果南ちゃんと、3人で撮ったやつだ)
曜(梨子ちゃんと3人で写ってるのも……Aqoursのみんなで写ってるのも……)
曜(……ずっと飾ってある写真なのに。なんでだろ……さっきまで、まるで見えてなかったみたい……)
曜「……ふ〜っ……」
曜「やっぱり、夜風に当たった方が良いか」アハハ 曜「よいしょ……っと」ガラッ
曜「……うん、いい風。何度吹かれても飽きない」
曜「星もきっと、綺麗で……って、曇ってるーっ!?」
曜「はぁ〜、星にまで嫌われちゃったか……あれっ?」<オーモーイーヨヒトツニナレー♪
曜「着信……梨子ちゃんからだ」ピッ
曜「もしもし、梨子ちゃん?」
梨子『曜ちゃん! ごめんね、夜遅くに。大丈夫?』
曜「ううん、全然大丈夫……ふふっ」
梨子『と、突然笑って……本当に大丈夫なの?』
曜「いや、ちょっと前にもこんなことがあったから……」
曜「今みたいに、夜……ちょうどベランダにいる時、梨子ちゃんから電話がかかってきてさ」
梨子『そういえば、そうだったね』フフッ 曜「……ありがとう」
梨子『ど、どうしたの? 本当にだいじょう……』
曜「あはは、大丈夫だって。もうちょっとだけ話を聞いてよ!」
梨子『……ふふっ、いくらでも聞くよ』
曜「……あの時、私は――梨子ちゃんの電話と、千歌ちゃんの声に救われた」
梨子『……』
曜「……今もね。落ち着かなくて、心細くて……信じられなくて」
曜「でも……梨子ちゃんの声を聞いただけで、前と同じように……」
曜「不安な気持ちも、心細さも……何もかも、一気に軽くなったよ」
曜「……また、助けてもらっちゃったね」アハハ
梨子『ううん。私も、曜ちゃんの声が聞きたくて電話したの』
梨子『勿論、ちょっと心配なのもあったけど……それ以上に、私も同じように心細かったから』
梨子『……そうじゃなければ、こんな時間に電話かけたりしないよ』クスッ 曜「いやいや、気にしなくていいよっ。いくらでも話し相手になるから!」
梨子『……本当に?』
曜「もちろんでありますっ!」
梨子『……言ったわね?』
曜「二言はないよっ!」
梨子『……じゃあ、夜中の2時あたりにかけようかしら』
曜「ええっ!? う〜ん……でも、もし着信があったら頑張って起きるっ!」
梨子『じ、冗談だよ。もうっ』
曜「えっ、そうだったの!? 真に受けちゃった……!」
梨子『……でも、ありがとう。もし、泣きそうなくらい心細くなったら……かけちゃうからね?』
曜「そ・の・か・わ・り……私も深夜に電話しちゃうかもっ!」
梨子『うんっ! もし、曜ちゃんから着信が来たら……どんなに眠くても、頑張って起きるよっ』 梨子『……私ね』
曜「ん?」
梨子『明日……千歌ちゃんを学校に連れて行ってみようかなって思って』
梨子『まあ、千歌ちゃんの状態にもよるけれど……病院の人がいいって言ってくれたらの話』
曜「け、結構突然だね」
梨子『ほら、LINEでルビィちゃんが言ってたでしょ?』
梨子『"過去に記憶を形成した物事に触れれば、何か思い出すかもしれない"……って』
曜「えっ!? 全然見てなかった……」
梨子『もう……本当に大丈夫?』
曜「あ、あはは……後で確認しておくよ。でも、どうしてルビィちゃんがそれを?」
梨子『今日、花丸ちゃんと二人で本を読んでたら見つけたんだって』
梨子『あの二人も……やっぱり、諦めきれないんだと思う』
曜「……そっか。そうだよね」 梨子『……ねえ、その……』
梨子『こんなこと聞かれても、困っちゃうかもしれないけど……曜ちゃんは、どう思う?』
曜「……私は、良いと思うよ」
曜「こんなこと言ったら、無責任かもしれないけど……梨子ちゃんになら、任せられる」
曜「記憶を失う前の千歌ちゃんと、あんなに仲良しだったんだもん! きっと……」
梨子『それで何か勘違いをしていた人もいたけどね』
曜「つ、ツッコミが重すぎる……」
梨子『こ、これも冗談だって……ありがとう』
梨子『曜ちゃんがそう言ってくれるってだけで……やろうって気になれる』
曜「そっか、良かった! 少しでも力になれたなら、私は嬉しい!」
梨子『もう、何言ってるのよっ。また、勘違いばっかりっ……ぐすっ……』
曜「か、勘違い? ごめん、なんか雑音が……」 梨子『ご、ごめんなさい。ちょっと風の音が入ったみたい』
曜「ううん、大丈夫だよ。それで、勘違いって……」
梨子『……曜ちゃんと話してる間、私は……ずっと力を貰えてた』
梨子『全然、少しなんかじゃないよ』
曜「……あはは、ありがとっ! ……本当に、梨子ちゃんと話せてよかった」
梨子『……私も』
曜「そういえば、その話は他の子にも?」
梨子『うん、勿論。LINEでは、千歌ちゃんについても色々話してたから……って、本当に全く見てないのね』
曜「あ、あはは……それで、なんて?」
梨子『みんな、曜ちゃんと同じように……応援してくれた。私なら大丈夫、って言ってくれたの』
曜「そっか。みんな、同じことを思ってるんだね」
梨子『ふふっ、そうみたい』 曜「あ、ところで……今何時くらい?」
梨子『え? えーっと……わっ、もう11時!?』
曜「う、うそっ!? 早く寝ないと!」
梨子『じゃあ、そろそろ切るね?』
曜「うんっ。梨子ちゃんには明日もあるしね。私も今日は疲れたから、ぐっすり眠らないとっ」
梨子『そうだね。私も曜ちゃんも、ゆっくり休もう。おやすみなさい』ピッ
曜「うん、またねっ」ピッ
曜「さてと、ベットにダイブだっ!」ガララッ
曜「……あっ」
曜(さっきの……千歌ちゃんと梨子ちゃんと、私の3人が映ってる写真……)
曜(なんでだろ、さっきより……ずっと近くに写真があるみたい)
曜(梨子ちゃんも……同じ風に当たってたのかな)
曜「……ありがと、梨子ちゃん」ニコッ
曜「な〜んて! 歯を磨いたら、さっさと寝ようっ!」 一旦ここまでで
書き溜めてるので、早いペースで投下できればと考えてます 从/*•ヮ•§从‥
从/*•ヮ•§从‥思い出したのだ‥
从/*•ヮ•§从‥私は内浦の‥
从/*^ヮ^§从 エマ・ワトソンなのだ!!
从/*^ヮ^§从 ♪ 現状ようちかよしりこにするために都合よくとかじゃないな、よし >>53
絶対元の記憶残ってるパターンだろこれぇ! 読んでて苦しいけど、たまにはこういうのを読むのもいいよな…おうえんしてる… 梨子(……)ゴシゴシ
チュンチュン、チチ……
梨子(朝……)
梨子「……そうだ。あれ……持って行ってみようかな」
梨子("過去に記憶を形成した物事に触れれば、何か思い出すかもしれない"……)
梨子「……まあ、おまじないみたいなものね♪ えーっと、どこにしまったっけ……」
ガサゴソ
梨子「……あ、あれ、ここじゃない……」
ガサガサ
梨子「……た、大切なものだしすぐ見つかるはず……」
ゴソゴソ
梨子「ど、どこ? どこだろ……」ガサゴソ
梨子「……あ、あった! わかりやすい場所なのに、探してなかったよ……もう行かないと、っと」
梨子「お母さん、いってくるね」トントン、ガチャ
<ハーイ、イッテラッシャイ 梨子「……ここが千歌ちゃんの病室……だよね」
コンコン…ガララッ
梨子「失礼します」
千歌「あっ、梨子さん! こんにちは」
梨子「こんにちは、千歌ちゃん」フリフリ
梨子「名前……よく覚えてるのね」
千歌「勿論です、頑張って覚えましたっ」
梨子「ふふっ、ありがとう」
梨子(頑張って覚えた……か)
梨子(……裏を返せば……私のことは、やっぱり――)
「……」
梨子(……と、いけないいけないっ)
梨子「……え、えーっと」
千歌「その……」
梨子「えっ?」 千歌「――その右手につけているシュシュ、かわいいですね!」
梨子「っ!?」ドキッ
梨子「ま、まさか、千歌ちゃん、覚え……て……」
千歌「……へ?」
梨子「……あっ、いや、なんでもないの、なんでも!」
千歌「な、ならいいんですけど」
梨子「……これは、ね」
千歌「……」
梨子「――……私の、大切なものよ」ニコ
千歌「そうなんですか? ふふっ……いいですね、そういうの」 梨子「ちょっと座るね? 椅子椅子……よいしょ、っと」ガタッ、トスッ
千歌「どうぞごゆるりと!」
梨子「……結構元気なのね」
千歌「はい、大分元気です!」
梨子「そっか、良かった。その……動いたりとかは、大丈夫?」
千歌「はい、なんとか。先生からも言われたんですけど……」
千歌「少なくとも、日常的な動作については今のところ問題ないそうです」
千歌「……ただ……記憶については……」
「……」
千歌「……っとと、暗い話になっちゃいましたね」エヘヘ
梨子「もう……そんなの、千歌ちゃんが気にすることじゃないよ」 千歌「先生は『今後も検査を続けていく』って言ってました」
千歌「もしかすると、記憶を失う前には何の問題もなかった動作が抜けていたりするかもしれないし……」
梨子「……うん」
千歌「……その逆で」
千歌「――……何か、残っている記憶もあるかもしれない……」
梨子「……っ」
千歌「まあ、そう言われても、私にはさっぱりなんですけど……」エヘヘ
梨子「そう……ね」
梨子「……あ、ちょっと思ったんだけど……今日は、検査じゃないの?」
千歌「え……っと、確か検査があったと思います」
梨子「……あれ、本当に?」
千歌「えっ、そう言われると、なんだか自信が……ち、ちょっと待ってください! 確か予定を書いたノートが……」ペラペラ
千歌「……あ、ありました! 今日は……やっぱり、3時間くらい記憶や動作について検査をするって……」
梨子「……本当に?」
千歌「わ、私、そんなに信用無かったんですか……?」ウルウル
梨子「わあっ、違う違うっ! そういう意味じゃなくて、その……」 千歌「……その?」
梨子「……さっきね、受付の人にちょっとお願いをしてきたの」
千歌「お願い?」
梨子「うん……私がね、『千歌ちゃんを、通っていた学校に連れていきたい』って」
千歌「それって……」
梨子「そう。千歌ちゃんが……『記憶を失う前に』通っていた、学校の事」
千歌「ほ、本当ですかっ!?」ガバッ
梨子「わわっ!? 千歌ちゃんっ!?」ビクッ
千歌「行きたい、行きたいですっ! ……あれ、でも今日は検査が……」
梨子「それなんだけど……受付の人は『問題ない』って、言ってた、ような……」
千歌「えっ、そうなんですか?」
梨子「うん。奥に行って誰かと話してたみたいだから、受付の人の独断ってこともないだろうし……」
千歌「……って……もしダメだったら、梨子さんは一体何をするつもりでここまで……!?」
梨子「……そうね。もしダメだったら……おしゃべり、かな」クスッ ウイーン…ピシャンッ
千歌「ん〜っ! ……ふうっ」
梨子「あれから、もう一度受付の人に確認してみたけど……やっぱり、大丈夫みたいだね」
千歌「そうみたいですね。時間も、あまり遅くならなければいいって……」
梨子「千歌ちゃんの先生、本当に大丈夫……?」
千歌「なっ!? も、もう、不安になるようなことを……」トコトコ
梨子「ふふっ、冗談よ。あ、千歌ちゃん、そっちじゃなくて……っ」
梨子(……そっか、学校の場所も……)
千歌「……あっ! すみません、勝手に進んじゃって……」
梨子「……ううん、大丈夫。でも、絶対にはぐれないでね?」
千歌「そう、ですよね……気を付けます! ……あ、そうだっ」
ギュッ
梨子「っ!?」ドキッ
千歌「手を繋いでおけば、流石にはぐれようが……あれ、どうしました?」
梨子「……ううん、なんでもない。でも……繋いだからには、離しちゃダメよ?」ギュッ
千歌「もちろんっ」 「……」トコトコ
梨子「……外に出るのは……」
千歌「昨日、一回だけ。夜だったんですけど、先生に付き添ってもらって……」
梨子「私たちが帰った後? 結構急なのね」
千歌「万が一何かあった時に戻ってこれるように、パニックにならない様にって……病院の周りを見て回ったんです」
梨子「……大丈夫、だった?」
千歌「はいっ。勿論、最初は怖かったです。ただでさえ、知らない場所なのに……周りも暗かった」
千歌「でも、先生と話してるうちに……気づいたら、気持ちが軽くなってました。あの時も、こうやって手を――」
梨子(……さっきより、握る力が強――)
千歌「梨子さん?」
梨子「ひゃいっ!?」
千歌「わわっ、だ、大丈夫ですか……?」
梨子(……もう、あなたは――いっつも、周りを見て……)
梨子「……大丈夫、よ」ギュウッ 梨子(……千歌ちゃんにとっては、ここはもう……)
梨子(知らない町の、知らない場所……か)
梨子(でも……千歌ちゃんは……)
梨子「……不思議、ね」トコトコ
千歌「……ふし、ぎ?」トコトコ
梨子「記憶を失ってるはずなのに……あなたらしさ」
梨子「千歌ちゃんらしさは――不思議と、あなたの中にあるままなんだなって」フフッ
梨子「こんなこと言ったら、困っちゃうかな」
千歌「え、ま、まあ……私らしさって、良くわからないですし」
千歌「でも……先生が、同じようなことを言ってましたよ」
梨子「そうなんだ?」
千歌「はい。記憶を失っても――その人間らしい振る舞いは、失われない場合が多い……って」
千歌「これも、記憶喪失のパターンによるみたいですけどね」
梨子「……そっか」 …タッ
千歌「……ここですか? えーっと……『うらのほしじょがくいん』……?」
梨子「そう。ここが、私の――私たちの、学校よ」
梨子「……ほら、さっき買ったお茶。水分補給はしっかりしないとね」サッ
千歌「はい、ありがとうございますっ」ゴクゴク
千歌「……ぷは〜っ! ふう……結構歩くんですね、ちょっと疲れちゃいました」エヘヘ
梨子「私も疲れちゃったなぁ……あー、それでね。さらに悪いお知らせなんだけど……」
千歌「なっ、わ、悪いお知らせとは……」
梨子「この学校……冷房ないのよ」
千歌「……普通の学校には、冷房があるんですか?」
梨子「……っ」
千歌「……変なこと聞いちゃいました!?」
梨子「あっ、ううん!? そんなことないよ」
梨子「そうね……普通はあるかな」
梨子「こんな暑い中、さらに暑い室内で授業をやるわけだし……都会の学校には、普通冷房が配備されてるわね」
千歌「都会、ですか……」
梨子「そ、私たちがいるここは……田舎、かな」クスッ 千歌「……そういえば、今日って……」
梨子「今日は夏休みだけど、学校が開いてる日なの」
梨子「開いてるってだけで、実際に生徒はほとんどいないと思うけど……」
千歌「けど?」
梨子「記憶を失う前の千歌ちゃんを知ってる人が、今の千歌ちゃんに会ったらびっくりしちゃうだろうし……」
梨子「そういう意味では、ゆっくりと校舎を回れるから……今日でよかったよ」
梨子「上履きを……よいしょっと。あ、千歌ちゃんの下駄箱はそこね」
千歌「あ、ありがとうございますっ。よいしょ」
千歌「……私の名前が」
梨子「ん?」
千歌「私の名前が……私の下駄箱があるってことは、私はやっぱり……」
梨子「……そうよ。あなたは、この学校の……大切な生徒で、大切な友達よ」ニコ コツ、コツ…
千歌「校庭にも、この廊下にも……」
梨子「そうね。やっぱり、誰もいないみたい」
千歌「も、もしかして、私たちだけだったりして……」
梨子「そ、それはないわよ。学校が開いてる日は、先生が何人か職員室にいるようになってるから」
千歌「そういうもの、なんですね」
梨子「さすがに、誰もいないようじゃ危ないからね」
梨子「……えっと、まずは私たちの教室に行ってみようか」
千歌「わかりましたっ」
梨子「こっちの階段よ」
タン、タン… 梨子「ここね、よいしょ……っと」
ガララッ
千歌「わぁ……日差しが差し込んでて、なんだか綺麗ですね!」
梨子「ふふっ、そうね。ちょっと……いや、結構暑いのは困ったものだけど」
梨子「今は夏休みだけど……普段は、ここで授業が行われてるわ」
千歌「授業……ですか?」
梨子「えっ?」
千歌「あ、いや……その授業で、私はどんなことを学んだのかなって……」
梨子「う、うーん……現代文とか、数学とか……?」
千歌「そう、なんですか……私はここで、1年半くらい……ずっと通っていたんですよね」
梨子「そう、だけど……」
千歌「……現代文とか、数学とか、言葉はわかるけど……」
千歌「――……何を学んだか、何を勉強したかは……私の中には……ない、みたいです」 梨子「……っ」
千歌「あはは、困りましたね……私、卒業できるんでしょうか……」
梨子「……させる、わよ」
千歌「へっ?」
梨子「千歌ちゃんが……千歌ちゃんさえ良ければ、必ず卒業させる」
千歌「……」
梨子「今は病院での検査とかもあるし、無理だろうけど……勉強なんて、私がいくらでも教えるよ」
千歌「で、でも……」
梨子「私だけじゃない。曜ちゃんも、他のみんなも……必ず、手伝ってくれるわ」
千歌「……どうして」
梨子「えっ?」
千歌「……どうして、そこまでしてくれるんですか……?」 ビュウッ!
千歌「……わっ!? 窓から、風――」
梨子「……言ったでしょ? 大切な友達だ、って」クスッ
千歌「そん、な……」
ヒュー…
千歌「だって、私……記憶を、失ってるんですよ?」
千歌「今だって……あなたは、梨子さんは……こんなに優しくしてくれてるのに……」
千歌「私は、なに、ひと……つっ……うぅ……」グスッ
千歌「ぐすっ……何一つ、思い出せない……っ」ゴシゴシ
梨子「それでも、よ」
千歌「でもっ!」
梨子「でもも何もないの」
千歌「……っ」 梨子「……ねえ」
千歌「……」グスッ
梨子「いい風だと思わない?」
ヒュー…パタパタ…
千歌「……そう、ですね……」
梨子「私ね。冷房があったら……この風は、感じられなかったと思うの」
千歌「……」
梨子「この、気まぐれな風に吹かれながら……曜ちゃんや千歌ちゃんと、同じ教室で授業を受けて……」
梨子「休み時間にお話ししたりする時間が、とっても楽しかった」
千歌「思い出せないのは悔しいけど……そう言われると、嬉しいです」エヘヘ
梨子「……ううん。私たちの卒業まで、まだ時間はある」
梨子「流石に、ずっと高校にいるわけにはいかないけど……学校生活が続く間、これからも……」
梨子「千歌ちゃんと曜ちゃんと……みんなと。出来る限り……一緒にいたいなって」 梨子「……よいしょ、っと」トコトコ…ガタッ
千歌「……そこは」
梨子「……ええ、私の席」クスッ
梨子「千歌ちゃんも、自分の席に座ってみたらどうかな。そこの椅子よ」
千歌「は、はい……えいっ」ギィ…トスッ
「……」ヒューッ…パタパタ
千歌「私……」
梨子「ん?」
千歌「私、みんなのこと……まだよくわからなくて」
梨子「そ、それは仕方ないよ。面会時間も短かったし……」
千歌「それで、梨子さんのことも……」
梨子「……」 千歌「……でも」
千歌「今、話してて……とっても、安らぐんです」
梨子「……っ」
千歌「私のことを想ってくれてるのが、伝わってきて……だから」
梨子「だか、ら?」
千歌「――もし、私が授業に全くついていけなかったら……」
千歌「……その時は勉強、教えてくださいね」ニコッ
梨子「っ!」
梨子「……もちろん」ニコ ガララッ…ガタン
梨子「ふう……じゃあ、次の教室に行こっか」
千歌「はいっ。それにしても……卒業には、統廃合のことも絡んでたんですね」
梨子「え、ええ……勢いで卒業とか言っちゃったけど、統廃合の危機にあったのを忘れてたわ」
千歌「それで、廃校を阻止するために集まったのが……」
梨子「そう、私たち9人。『Aqours』よ」
梨子「千歌ちゃんのお母さんから、話は少し聞いたんだっけ?」
千歌「はい、結成の理由とかは聞かされなかったけど……」
千歌「記憶喪失を起こした直後、面会に来てくれた8人が、Aqoursのメンバーってことは知ってます」
梨子「……うん」
千歌「それで、私たちは……スクールアイドル、だったんですよね」
梨子「そう……ね」
千歌「……私が、アイドルなんて……プロじゃないってことを考えても……」
梨子「想像できない?」
千歌「……はい」 梨子「大丈夫よ。千歌ちゃんは立派にリーダーを務めてた」
梨子「それに……かわいかったわよ?」
千歌「なっ……もう、からかわないでくださいっ」カァッ
梨子「ふふっ」
タン、タン…
千歌「……次は、どこに?」
梨子「うーん……千歌ちゃんには、あまりなじみのないところかな?」
千歌「えっ……ちなみに、梨子さんは?」
梨子「まあまあ、かな。いったりいかなかったり……」
梨子「……っと、ここね」
千歌「『図書室』……ですか?」 ガララッ
梨子「……ここにも、誰もいないみたいね」
梨子「風に当たる者のいない扇風機が、一人虚しく動いてる……」ブオー…
千歌「……ひと『り』?」
梨子「……こほん。えーっと……ここは見ての通り、図書室よ」
千歌「ご、ごまかした……でも、なんとなくわかります」
梨子「わかる?」
千歌「はい……私はあんまりいかなそうだなって」
千歌「確かに、私にはなじみのない場所かも知れませんね」エヘヘ
千歌「こんなにたくさん本があるのに、そのどれにも触れない……っていうのは、ちょっともったいない気もしますけど」
梨子「そうね……もし気が向いたら、寄ってみてもいいかも」
梨子「色々な本があるし、落ち着けるし……そうだ。学校が始まってからなら、きっと花丸ちゃんも喜ぶよ」
千歌「花丸さん……ですか?」 梨子「ええ、花丸ちゃんは図書委員だから」
梨子「普段はこの、扇風機があるカウンター側にいて……本の貸出とか、管理とか……花丸ちゃんが担当してるの」
千歌「へ〜……そんなシステムがあるんですね」
梨子(あっ……『図書委員』って言葉、千歌ちゃんには……)
千歌「……梨子さん?」
梨子「あっ、ううん。なんでもない」
梨子「……あとは、そうね……」
千歌「なんですか?」
梨子「……放課後とか、勉強するにはうってつけかな」クスッ
千歌「な、なるほど……長い付き合いになるかもしれませんね……」ゴクリ 千歌「よ……っと」ガララッ ピシャン
梨子「そうそう、出てから言うのもなんだけど……図書室内では静かにね?」
千歌「梨子さんは、たまに行くんでしたっけ?」
梨子「ええ……本を読みにいったり、あとは花丸ちゃんとお話ししにいったりとか」
千歌「……静かにお話し、ですか?」
梨子「……図書室に他の誰もいないときはその限りじゃないかも」
千歌「な、なるほど……さすが、廃校の危機なだけありますね……」
梨子「もう……他人事じゃないんだけど」
千歌「そ、そうだった……」
梨子「ふふっ、大丈夫よ。千歌ちゃんは今、自分の事を考えないとね」
千歌「はい……ありがとうございます」
梨子「次はこっち。階段を使うよ」
タッ、タッ… タン、タン…タッ…
千歌「わあ……!」
梨子「ここが、屋上。風はまだ少しあるみたいね」ヒュー
千歌「学校って、こんな場所があるんですね!」タタッ
梨子「そ、千歌ちゃんがここに来るのも何度目かしら」クスッ
千歌「えっ……記憶を失う前の、私は……」
梨子「……ええ、何度も来てたの」
千歌「……」
梨子「それでね。ここでは……みんなで、歌やダンスの練習をしてた」
千歌「……スクールアイドルだから、ですか?」
梨子「そうね、それは勿論だけど……」
千歌「……」
梨子「『やりたいから』やってた。みんな、そうだと思う」 ヒュー…
「……」
千歌「……歌も、ダンスも……」
千歌「……私、は……」
梨子「これからやればいいだけよ」
梨子「千歌ちゃんに、その気があれば……ね」
千歌「……はい」
梨子「……ねえ。最後に一つだけ、行きたい場所があるんだけど……」
千歌「え? あ、勿論大丈夫ですっ」
梨子「ふふっ、よかった。じゃあ、屋上からは降りようか」
千歌「そうですね……」
梨子「……千歌ちゃん?」
千歌「あっ、いえ、なんでも……えへへ」
梨子(……夕日……もう、夕方だったのね……)
梨子「さ、こっちよ」
千歌「はーい」
タッ、タッ… 「……」
タン、タン
千歌「……」
梨子「……」
千歌「次は、どこへ……」
梨子「……」タッ、タッ
千歌「……梨子さん?」
梨子「えっ!? あっ、ううん。どうしたの?」
千歌「なんか、上の空だったような……」ジー
梨子「だ、大丈夫。ただ……この後のことを、ちょっと考えてて」
千歌「この後……? どこかに行くんですよね」
梨子「うん。それでね、千歌ちゃんに見せたいものがあるの」
千歌「見せたいもの……ですか?」
梨子「……いや、見せたいものというよりは……『聴かせたいもの』かな」
千歌「……ほぇ?」 タン、タン
梨子「……ここだよ」ピタッ
千歌「音楽、室……?」
梨子「そう、中に入ろっか」ガララッ
千歌「……わぁ! すごいっ、おっきなピアノですね!」タタッ
梨子「ええ」
梨子(……初めて見るみたい。でも、そう……だよね……)
千歌「ってことは『聴かせたいもの』って……」
梨子「うん。千歌ちゃんに聴いてほしい曲があるの」
千歌「じゃあ、早く聴かせてくださいっ。楽しみです!」
梨子「も、もう……大丈夫よ。ピアノは逃げたりしないわ」 梨子「よいしょ……っと」トスッ
梨子(ふう……こうして椅子に座るのも、鍵盤を前にするのも……やっぱり、少し緊張するな)
梨子(でも、それでも……私は……)
千歌「それで、どんな曲を演奏するんですか?」
梨子「……千歌ちゃんが」
千歌「え?」
梨子「――記憶を失う前に好きだった曲、よ」
千歌「……っ」
梨子「ふふっ、緊張しないで。私は、ただ……千歌ちゃんが心地よく聴いてくれれば、それだけで嬉しいから」
千歌「……そう、ですよね……わかりましたっ」 梨子「……でも、千歌ちゃん? その……」
千歌「ほぇ?」
梨子「そうやってピアノの前で凝視されると、さすがに恥ずかしいんだけど……」
千歌「えぇっ!? でも聴くだけじゃなくて、梨子さんの様子も見たいな〜って……」
梨子「ま、まあ、そうしたいならいいけれど……よし。じゃあ、始めるね」
千歌「はいっ!」
…タン…♪
梨子「……ユメ〜ノト〜ビ〜ラ〜♪」
千歌「……わあ!」
梨子「ずっとさ〜が〜し〜つづ〜け〜た〜♪」タン、タラン♪
梨子「きみと〜ぼく〜と〜の〜……」タン、タン♪
千歌「……」
梨子「つな、が……り、をっ……」タン… 千歌「っ……梨子、さん……?」
梨子「さが……ぐすっ、し……うぅ……」ポタッ
千歌「梨子、さん……」
梨子「……ごめん、なさい……私、こんな……泣いちゃ、いけないのに……!」グスッ
千歌「謝らないでくださいっ! 私は、全然大丈夫です……」タタッ
パッ…ギュウッ
梨子(っ!? ……私の、手を……)
千歌「……って、わあっ!? すみません! こんな、突然……」パッ
梨子「――ううん、ぐすっ……ありがとう。びっくりしたけど……ちょっと、落ち着けたよ」クスッ
千歌「そう……ですか。それなら、良かったです」
梨子「うん。でも……どうして、私の手を握ったの?」
千歌「えっ……と、どうしてでしょうか。梨子さんが泣いてたから……居ても立ってもいられなくなった、というか……」エヘヘ 梨子「……ふふっ、そっか」
千歌「あと、その……」
梨子「……ん?」
千歌「――手が、震えてるように見えたので……」
梨子「っ……あなたは、本当に……」
梨子「――鋭い、のね……」グスッ
千歌「そ、そんな……それより、大丈夫ですか?」
梨子「大丈夫、って?」
千歌「梨子さんの演奏は、すっごく聴きたいです。でも、また……泣いちゃうくらいなら、私は……」
梨子「……大丈夫。ごめんなさい……次は、ちゃんと演奏するわ」 千歌「だ、だから、謝らなくても……」
梨子「ううん、謝るの」
千歌「……どうして、そんな……」
梨子「……相手が一人でも、何人でも……聴きにきてくれた人に対しての……」
梨子「――……人に聴かせる演奏を、途中で止めてしまった」
梨子「……それは、簡単に片づけられることじゃないって……私は、そう思ってる」
千歌「……」
梨子「例え相手が、千歌ちゃんみたいに優しくても……ね」
千歌「……真面目、なんですね」
梨子「ふふっ、どうかしら」
千歌「ええっ、肯定も否定もしないんですか……」
梨子「……ふう。もう一回、演奏するね」タン、タン…
千歌「はいっ、お願いします!」 タン…♪
梨子「……ユメ〜ノト〜ビ〜ラ〜♪」
梨子「ずっとさ〜が〜し〜つづ〜け〜た〜♪」タン、タラン♪
梨子「きみと〜ぼく〜と〜の〜……♪」タン、タン♪
千歌「……」
梨子「……つながりをさ〜が〜し〜て〜た〜♪」タン、ポロロン♪
〜♪
梨子「……せいしゅんのプロ〜ロ〜〜ォ〜……グ〜♪」タラララ…タン♪
千歌「……す、ごい……」パチパチパチ
梨子「ありがとうございました」スタッ…ペコリ
梨子「どうだった……かな?」
千歌「う〜ん、言葉にするのは難しいけど……感動した、というか……?」
千歌「歌声も綺麗だし、ピアノの演奏も……梨子さんの言う通り、心地よく聴けました」
梨子「そっか……良かった。ありがとう」
千歌「い、いやいや! 私がお礼を言いたいですっ……ありがとう、ございます」 千歌「……いい曲、ですね」
梨子「うん、私もそう思う」
梨子「……って、この曲は千歌ちゃんから教えてもらった曲なんだけど」
千歌「え……あ、そういえば! 私が記憶を失う前に好きだった曲、でしたっけ」
梨子「そうよ。すっかり忘れちゃってるのね」クスッ
千歌「もうっ、笑い事じゃないですよっ」
千歌「……この曲、は……」
梨子「……この曲はね、『スクールアイドルの曲』……よ」
千歌「えっ……?」
梨子「それで……私の先輩さんたちが作った曲でもあるの」
千歌「そ、そうなんですか!?」 千歌「それじゃあ、この学校には……前にも、スクールアイドルグループがあったんですか?」
梨子「え、ええっと……それもそう、ね」
千歌「それ……『も』?」
梨子「……ううん、なんでもない」
梨子「この曲は、東京にある学校のグループが作った曲」
千歌「え、ええっ!? なんか、こんがらがってきた……!」
千歌「……あれ? ということは、梨子さんは……」
梨子「そ……私、東京からの転校生なのよ?」
千歌「え〜っ!?」
梨子「お、驚いてばっかりね……」
千歌「そりゃ驚きますよっ!」 梨子「……さっき、少しだけピアノの話をしたでしょ?」
千歌「はい。『ミスは簡単に片づけられない』って話……ですよね」
梨子「うん。私は……ずっとピアノをやっていたの。勿論、東京の学校にいる時も」
梨子「それでね、コンクールに出たこともあったんだけど……」
千歌「へ〜、すごいですねっ」
梨子「ううん。そのコンクールで……演奏ができなかったの」
千歌「えっ……」
梨子「さっきのとはちょっと違うけど……失敗した、って意味では同じね」
梨子「その後、この内浦にきて……この学校に転入して」
千歌「……」
梨子「それで……千歌ちゃんと出会った」
千歌「……っ」 梨子「そういえば……転入した直後は、千歌ちゃんからしつこく勧誘されたっけ」クスッ
千歌「かん、ゆう……?」
梨子「そう。Aqoursは最初、千歌ちゃん一人だけだったのよ?」
千歌「き、記憶を失う前の私は積極的だったんですね」
梨子「うん、随分と苦労したわ」クスッ
千歌「あ、あはは……お恥ずかしい限りです……」
梨子「その時、私は……『ピアノに専念したいから』って、断り続けてきた」
千歌「……」
梨子「それでも、あなたは……諦めなかったの」
梨子「……何をやっても楽しくなくて、変われない……」
梨子「そんな私に……手を差し伸べてくれた」
梨子「……さっきみたいに、ね」フフッ 千歌「……」
梨子「……どうしたの?」
千歌「……そんな大切なことを、忘れて……思い出せないのが……」
千歌「ちょっと、悔しくて……」
パッ…ギュッ
千歌「っ!?」
梨子「千歌ちゃんが、どんなに思い出せなくても……私は、絶対忘れない」
梨子「千歌ちゃんのおかげで……Aqoursのみんなに出会えて」
梨子「今までが、ずっと……楽しかった」
梨子「私を……変えてくれた」
ギュウッ
梨子「――……今度は、私が手を差し伸べる番だって思うの」
梨子「私だけじゃない。曜ちゃんも――みんなも」
梨子「きっと、こうやって……手を伸ばして……握ってくれる」 千歌「はい……ぐすっ……ありがとう、ございます……っ」
梨子「もう、泣かないの……かわいい顔が台無しよ?」
千歌「っ……ち、茶化さないでくださいっ」ゴシゴシ
梨子(……やっぱり、握る力が……強い)
梨子(そう、よね。記憶喪失を起こして……怖くないわけ、ないよね……)
梨子「……ねえ」
千歌「……はい?」グスッ
梨子「……もう一つ、聴いてほしい曲があるの」
千歌「……聴かせて、ください」
梨子「もちろん……始めるわね」トスッ
梨子「……」スウッ
梨子「――……お〜も〜い〜よひとつになれ〜♪」タン、タタン♪
梨子「こ〜の〜と〜きをま〜っていた〜♪」
タン、タン、タン、タン、タン…タタタン♪
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