梨子「大人になろうよ」曜「オトナ?」
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高校を卒業したのは3年前のことだ。
沼津にある大学に入学してからは、留年しないように勉強に励み、サークル活動に打ち込んで、アルバイトをこなしつつ、たまに地元のボランティアにも参加なんてしてたらあっという間に月日が経ってしまった。
地元からのちじんか 高校を卒業したのは3年前のことだ。
沼津にある大学に入学してからは、留年しないように勉強に励み、サークル活動に打ち込んで、アルバイトをこなしつつ、たまに地元のボランティアにも参加なんてしてたらあっという間に月日が経ってしまった。
地元からの知人が多かったことに加えてAquorsの知名度も相まって、友人に囲まれた賑やかな学生生活を送ることができたとは思う。
だけどそこに彼女は居なかった。
高校生活の2年間、いつも一緒に時間を過ごした、あの悪友は私の隣には居なかった。 千歌「ねぇ、よーちゃん」
曜「ん?どうしたの千歌ちゃん」
春休みが明けて前期日程が始まり、私は千歌ちゃんと一緒に大学の食堂でたむろしていた。
千歌「どうしよおぅぅ、このままじゃ卒業できないよおおぅぅ」
曜「単位、まだ足りてないの?」
千歌「やばいようぅ、もう皆は取り終えてるってのにぃぃ」
千歌ちゃんを悩ませているのは大学の授業の単位数た。
卒業の条件としての最低単位数に未だ到達できておらず、前期どころか後期も授業を取らなければいけない危機的状況らしい。
曜「でもほとんど私と同じ授業取ってきたじゃん。一緒に勉強したこともあったし」
千歌「よーちゃんは取れててもチカが取れてないやつなんて沢山あるもん」
あるもん、じゃないよ。可愛いな。 千歌「留年だけは絶対絶対ゼッタイ避けなきゃいけないんだよぉ……」
曜「……まあ、単位が足りてないからまたもう1年やり直しって言うのはねぇ」
千歌「つらいのだ……」
曜「でもね千歌ちゃん、言っちゃ何だけど半分は自業自得だからね。同じ授業受けようね!って約束したのに途中から来なくなったり、せっかくプリント用意してたのにレポート書くのサボったり、思い当たる節あるからね」
千歌「しょーがないじゃん、大学生だもん」
曜「大学生とは」
千歌「あーあ、なんで卒業しなきゃいけないんだろ。ずっと大学生でいたいなあ」
曜「千歌ちゃんそれ高校3年生のときも言ってたよね?ずっと高校生でいたいって」
千歌「チカは初志貫徹なのだ」
曜「頭良さげな言葉使ってるけど根っからのサボり魔ってことだからね」
千歌「でもよーちゃんも高校のとき思わなかった?いつまでもこうしてたいなーとか、卒業なんかしたくないなーって」
曜「そりゃまあ、思ったよ」
千歌「ずっとこうして3人で居られたらいいのなぁって」
それは、どうだろうね。 私の高校生活は、中学生時代の私からすれば想像がつかないほどに、そして大学時代の私からしても絵空事に聞こえるように、劇的なものだった。
劇的で、刺激的で、衝撃的で。
千歌ちゃんと一緒に何かが出来たらそれでいいや、なんて考えていた一年生時代が空虚に思えるほど、私を人生を狂わせることになるイベントが起きた。
イベントというよりはアクシデントというべきか。
言ってしまえば不慮の事故みたいなもんなんだけど。
二年生の春に、私は彼女に出遭った。
同じ人に惹かれ導かれ、同じ人を愛することになり、同じ人の夢の為に共に走った、そんな鏡写しに遭遇した。
その恋敵―――桜内梨子は、ピアニストという夢をぶら下げながら内浦を離れていった。 あの会話は3年生の卒業式の前だっただろうか、後だっただろうか、今となってはよく覚えていない。
ピアノの音が耳に飛び込んできた私は、もしかしてと思って導かれるように音楽室に向かい、そして扉を開けた。
「あ、曜ちゃん」
彼女はドアの音に気付いてこちらを向くと、微笑みを浮かべながらそう言った。
曜「いい音だったからさ、梨子ちゃんかなと思って」
梨子「嬉しいこと言ってくれるわね」
曜「嘘つくの下手だからさ、私」
素直に思ったことは素直に言う。
彼女の前では私は素になれる。
仮面を外した本当の渡辺曜をさらけ出せる。
そしてそれは、梨子ちゃんにも同じことが言えた。
梨子「ここのピアノ、あんまり弾いてて楽しくないのよね」
曜「楽しくない?いい音だったじゃん」
梨子「いい音なんてどんなに古いピアノでも出せるの。ピアノのせいにするなんて力量不足よ」
淡々と言ってのける。音楽室の壁に反響する。 曜「でも、ひいてて楽しくないんだ」
梨子「気が乗らないって言った方がいいのかな。相性が悪いのかも」
曜「相性」
梨子ちゃんは穏健そうに見えて意外と好き嫌いがはっきりしているタイプだ。
しいたけを蛇蝎の如く嫌っていた時期や、プレリュードの溺愛ぶりを見るにそれは明らかだろう。
梨子「プロのピアニストならコンディションも相性も関係なしに、いつだってノリノリでひけるんだと思うの。結局は私が未熟ってこと」
曜「それはしょうがないんじゃない?プロじゃないんだし」
梨子「そうね」
でも、と彼女は続ける。
梨子「それでも私はプロになりたい。子供の頃から憧れだったプロのピアニストに」
いつになく真剣な目をしている。空気に気圧される。
曜「プロってことは……卒業したらどうするの?」
梨子「内浦からは離れることになるわね」
あっさりと言いのける。
梨子「ねえ、曜ちゃん」
曜「なに?」
梨子「恋敵が消えて、嬉しい?」
静寂の音が音楽室に響く。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています