希「ギャグまんが体質」
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「希」
「んー?」
「どういうつもりなの」
「…なんや、えりち。怖いカオして。せっかくのべっぴんさんが台無しやよ」
「貴方まで、私の頭を悩ませないでちょうだい」
「嫌やなあ。ウチがいつえりちを悩ませるようなことしたんよ」
「あの子たちに荷担するのはどうしてなの? どうしたって、認めるわけにはいかないのに」
「ウチは生徒会の副会長やからねえ。迷える生徒には手を差し伸べる義務があるんよーーそれに」
えい、と人差し指をぎゅうっと寄せられた眉根に立てる。
顔をしかめるものの、されるがままで避けたりはしない。
「ウチは誰よりも、えりちに笑顔になってほしいからね」
奇跡のカケラが揃うまで、後もう少し。
*** 自分が考えたものをこんなに真剣に書き上げてくれてる事に感動してる。
花束用意しておくよ めっちゃ真面目な内容なのに何でこのタイトルかと思ったらそういうことか
期待 ***
16時半。
室内には二人きり、書類をめくる音とペンを走らせる音。
ぎ、と背もたれが鳴く。
「ふう…」
「あら、希。もうお疲れ?」
「放課後からずっとやもん、そりゃ疲れるよ。平然としとるえりちがおかしいんやってば」
「慣れたのよ。もう半年にもなるもの」
「それやとウチも慣れてないとおかしいんやけどなあ」
「貴方には貴方のペースがあるんだから、それでいいのよ」
「今日はあの子らも来んしな」
「…静かで仕事がはかどるわ」
うそつき、と心の中で。
気になってるくせに。 「窓、開けてもええ?」
「どうぞ」
木々は揺れてない。
遠慮せずにガラリと開けると、湿っぽい空気が流れ込む。
心地よいとは言いがたいけれど、それ以上に窓を開けたかった理由がある。
ワン ツー スリー フォッ ファイ シックス セブン エイッ
花陽、少し遅れていますよ!
凛は走り過ぎです!
もう一回!
「なんや、元気そうやね」
ちらりと見遣る。
青い瞳は書類に落とされたままだ。 「6人になったんやってな」
「らしいわね」
「6人ってことは、部の申請ができるやんな」
カリカリ…と続いていたペン先の声が止む。
「余計なこと考えてるんじゃないでしょうね」
「ウチが部の申請をそそのかすって? そんなことせんでも、じきに来るやろ」
こめかみをぐりぐりといじめてから、えりちは生徒手帳を取り出す。
「部の申請に関する記述はどこだったかしら」
「18ページやなかった?」
「どうして即答できるのかしら」 黙読の後、心底残念そうに嘆息。
「どうしたん?」
「申請を断る正当な理由はなさそう」
「えりちはいじわるやなあ」
正当な理由がないなら認めればいいだけなのに。
難しいカオをして、再び生徒手帳を熟読し始める。
けれど、その表情からは光明を見出だせなかったことが見て取れる。
まあ、知ってるけど。
だからこそ、
「あー、でもやっぱりだめなんちゃう?」
「えっ、どうして?」
「だってもうあるやん、スクールアイドル部。すでにある部の申請はさすがにあかんよなあ」
「!」
この糸を掴まずにはいられまい。
*** ***
夕焼けに並んで歩く。
「今日は結局来てくれんかったな、穂乃果ちゃんたち」
「来たって一緒よ」
心なしか声が明るい。
「だって、申請を認めるわけにはいかないんだもの」
「…そうやね」
「残念ね。あの子たちはあの子たちで一生懸命なんでしょうけど、校則が許さないんだから仕方がないわ。部でもない有志の団体に学校の名前を背負わせるわけにはいかないし」
うんうんと頷きながら独りごつ。
珍しく饒舌なほうだけど、その言葉はどうしても自身に言い聞かせているようにしか聞こえない。
幸せそうに口角を上げて。
苦しそうに眉根を寄せて。
そんなカオ、してほしくないよ。 「じゃあね、えりち。また明日ーー」
「あ、希。なにか甘いものでも食べにいかない?」
「え? 今から? 寄り道はあかんのやなかったん?」
帰り道の分岐点で、手を振る姿を呼び止められる。
あまりに予想外の誘いに、思わずそんな風に返してしまってから、しまったーーだけど、もう遅くて。
「そ、そうよ。学校の帰りはだめ。土曜日に行きましょう」
「あ、えっと、えりち。ウチは今からでもええよ」
「…だめよ。校則でしょ」
「……うん…」
瞳は夕焼けに紅く染まり、宿す色を読み取ることができない。
また明日ね。
紅を反射しつつ翻る金髪に見蕩れるだけで、それ以上の言葉は紡げなかった。
*** ***
「失礼します!」
「失礼します」
いつにない勢いで、扉が開け放たれた。
現れたのはもちろん穂乃果ちゃんと、半歩後ろに寄り添うは海未ちゃん。
やっと来た。
「今日はなんの用?」
「部活動申請をしにきました!」
分かってたはずだろうに、その言葉を待ってから背筋を伸ばすえりち。
視線で続きを促す。
「私たち、人数が6人になったんです! だから部活動申請をしたくって!」
「校則では、『一の目的に賛同する生徒が五人以上となった場合、この目的を達するため代表の者は部の発足を申請することができる』とあります。その他の条項も満たすことを確認してきました」
「…そのようね。部活動の申請要件に不備はないようです」
「それじゃあ、」
「申請は認めません」 「ええ!? なんでですか!?」
「申請要件は満たしていると、たった今会長ご自身もーー」
「申請の要件は満たしています。けれど、承認の要件は満たされていない」
「承認の要件…ですか?」
「すでにあるのよ、この学校には。スクールアイドル部が。残念だけれど、活動目的を同じにする部を複数存在させるわけにはいきません」
「そんなあ…」
「諦めてちょうだい。これは校則で決まっているの」
「う、海未ちゃん…」
「すみません、穂乃果。まさかスクールアイドル部がすでに存在するなどとは知らず…確認不足でした」
「話は終わり? なら下がってもらえるかしら。公務に取り掛かりたいの」
「…出直しましょう。ことりたちに話をしなければいけません」
「分かった…」
「失礼しましたーー」
「ちょい待ち」 「え?」
「希!?」
「なにか…?」
「貴方、今度はなにを吹き込むつもり? この子たちを応援したい気持ちは分かるけれど、校則で決まってるの! 認められないの! 貴方だって昨日そう同意したでしょう!?」
「えりち」
立ち上がらんとする肩をそっと押さえる。
入口できょとんと立ち呆ける二人。
「確かに、もうある部の申請を承認することはできん。同じような部が二つも三つもできたってしゃあないからな」
「そう、その通りよ。だからこれ以上この件で話すことは」
「せやけど、すでにあるスクールアイドル部に入部することはできるな」
「入部…」
「希!」 「入部するということは、必ずしも私たちの思うように活動できるとは限らないということですね…」
「もちろん、どうするかは穂乃果ちゃんたちの自由や。後から入った身分で、主導権を握れるもんでもないやろうね」
「それでは意味が…」
「でも、現状それ以外にスクールアイドルの活動をする手だてはないんと違う?」
「待ちなさい。スクールアイドル部は活動休止中でしょう? いくら人数を集めて入部したからといって、そんな部の活動はどっちにしたって「活動休止中なんかやあらへんよ」
「の、希…?」
「スクールアイドル部は活動休止中なんかやあらへん。目立った功績はないかもしらんけど、部員は一人かもしらんけど、今だって活動してるよ。……ま、やからこそ、部長さんと話をつけんことにはどうにもならんけどね」
しんと静まる室内。
えりちも口を噤み、あちゃあやっちゃったかな…と思い始めるとどちらが早いか。
「行こう、海未ちゃん」 穂乃果ちゃんは迷いのない声で言った。
「スクールアイドル部の部長さんに会いにいこう」
「しかし、」
「話してみなきゃ始まらないよ。どうなるにしたって」
「そう…ですね。穂乃果の言う通りです」
「それに、一人になったって活動し続けるなんてすごいよ。きっとスクールアイドルのことが大好きなんだね。そんな人が入ってくれたら、ミューズはきっともっと良いグループになるよ!」
「ふふ、穂乃果ったら。会ってもいないのに勧誘するつもりでいるのですか?」
「希先輩、ありがとうございます! 私たち、スクールアイドル部の部長さんと話をしてきます! それじゃ!」
「あっこら穂乃果! し、失礼しましたっ」
相変わらず去り際は慌ただしく、室内には再び静寂が訪れる。 「にこっちと上手くやり合えるかなあ」
「にこ…? 思い出したわ。スクールアイドル部の矢澤にこさん。貴方のお気に入りね」
「そうそう、可愛いんよにこっち。にこにこでぷりてぃなん。もうほんまにアイドルって感じでな」
「その人とあの子たちを一緒の部に押し込めようってことね。希…貴方って人は」
「悪いことしてないやん。好きなもんが同じ者同士、手を取り合えたら力はもっと強くなる。『好き』ってそういうもんやろ」
「もういいわ。結局なにもかも貴方の思い通りに進んでいるもの。矢澤さんとあの子たちが和解する未来だって、貴方にはもうはっきりと見えているんでしょ」
「ウチにはな〜んも。ただ、カードがウチにそう告げるだけ」
「はいはい…希には敵わないわ」
やれやれと首を振って、えりちは席を立つ。
「あれ? もう帰るん?」
「ええ。頭が痛むの」
「そう…気ぃ付けてな」
「希もね」 「…私、思うのよ」
「なに?」
「貴方はあの子たちを応援してる。あの子たちが気になって仕方がないんでしょう?」
「うん。一生懸命に頑張る人は応援したなってまうよね」
「だったら」
「だったら、貴方も仲間に加わったらいいのに、って」
「…余計なお世話だったかしらね。今日は一人で帰るわ」
「…うん、また明日」
「また明日ね」
退室際、小さな小さな一言。
「きっとあの子たちは、成功するんでしょうね」
パタンと扉が閉められた。
*** ***
私たちの想いが集まれば なんとかなるかも
小さなちからだけど 育てたい夢がある
わからないことだらけ ポケットに地図なんて持ってない
少しずつでもいいんだね 胸張って進もうよ
「飽きないわね」
歌詞を合間を縫ってそんな茶々。
「なんで分かったん?」
「貴方がイヤホンしてるのなんて、ここ数ヶ月で初めてなんだもの」
「にこっちにお願いしたら入れてくれたん」
「なるほどね。希は機械の扱い苦手そうだものね」
「うん。ウチ、パソコンとかからっきし」
これを機に、とμ'sの曲を全てスマートフォンに入れてもらった。
とは言え、全部でたったの三曲だけだけれど。
プレイリストとやらに並ぶその曲たちは、どれも愛おしくなるほどに繰り返し聴いている。 「聴く?」
「ううん、いい」
片方を差し出したイヤホンは、しかし断られる。
しょんぼりと耳と尾を垂らしたようにでも見えたのか、えりちがやや慌てた様子で取り繕う。
「違うの、嫌いとかじゃないのよ。その…私も入れてるから。聴こうと思えば自分で聴けるの」
言うや、ぷいっと向こうを向いてしまった。
その事実が嬉しくて、そんな様子も可愛くて、つい頬が緩んでしまう。
「曲は、いいわね。詞も曲も、決して最高級ではないけれど、なんだか一生懸命って感じがして、つい聴いちゃうわ」
照れ臭いのか、ぽつりぽつりと捻り出すように。
パフォーマンスは?と余計なことは訊かない程度の心遣いはある。
肯定するのも否定するのも、今のえりちにはきっとつらいから。 「歌ってもいい?」
「え? いいわよ」
「♪うなずいてよ おおきく! 笑ってみて! えがおの hi hi hi だいじょうぶ 間違えることもあるけど one, two, three, four やっぱあっちです!」
「♪Something いま何か あなたの元へと Something いま何か すてきな気持ちを そう伝えたいと思う だから待ってて 楽しみがもっともっと もっともっとこれから!」
「希は気持ち良さそうに歌うのね」
「えへへ…へたっぴなもん聞かせてごめんな」
「ううん、そんなことないわ。すごく…いつまでだって聴いていたくなる歌声よ」
いつの間にかえりちは手を止め、瞳を閉じていた。
唇をぎゅうっと噛み締め、なにかに耐えるように。 一時間ほど外す
果たして著作権的なものは大丈夫なのだろうか… 「なあ、えりち」
「…無理よ」
「そんなことない。何回だって手は伸ばされてたやん。あとはえりちがその手を取るだけ」
「………」
「えりち」
「無理よ!!」
頭を抱え、金髪が振り乱される。
「今さらあの子たちにどんな顔を向けられるっていうの!? そんなの、どうしたって許されるわけが…」
「許してくれるよ。あの子たちなら」
「なんだってそんなことが言えるの。みんな真っ直ぐで良い子たちなのは知ってる。知ってるけど…」
小さく丸まる背に、想いを込めてワンフレーズだけ。
「♪だいじょうぶ 間違えることもあるけど one, two, three, four やっぱあっちです!」 だいじょうぶ。
何回間違えたっていい。
「『やっぱりあっち』が許されるんや。えりちには、これからまだまだ続いていく時間があるんやから」
「なあ? みんな」
はっと面が上げられる。
一瞬だけ交錯する視線。
その瞳はすぐに後方へ向けられーー
「絵里先輩」
「貴方たち…」
「私たちに力を貸してください。絵里先輩が必要なんです」
「………!」
ーー8人目。
その名を頂いた女神たちは9人。 「これで…後一人やね」
「何言ってるのよ」
「え?」
「貴方が9人目よ」
「…」
「希先輩」
「μ'sに入って下さい!」
「……」
「ごめんな」
「え…?」
「ウチは、何かを真面目にやる気はないんよ」
「ど、どうして!?」
「ウチの人生はね、程々でいいんだ」
「その方がみんなも、そして私も…楽しく生きていけるから…」 「そんなの…認めないわ!」
がしりと腕を掴まれる。
「この子たちをその気にさせて、私をその気にさせて、それなのに貴方がここにいないなんて…認められるわけないでしょう!? 私のーー私の隣に貴方が立たなくて、誰が立つっていうのよ!」
「……」
「希。あんた、ずっとにこのこと応援してくれてたわね。そのことにすごく感謝はしてる…でも、にこはそんなのいらなかった。ただ隣にいてほしかったわ。あんたを誘った言葉にも気持ちにも、一回だって嘘はなかったのよ」
「…………」
「希先輩。私たちがこうやってグループとして一つになれたのは、あなたがいてくださったからです。希先輩なのでしょう、私たちに『μ's』の名を下さったのは。それならば、あなたがいないこのグループを、誰がμ'sと呼べるのですか!」
「……………」
「希先輩! 私、難しいことはよく分かりません。でもこれだけは言えます…私は、希先輩と一緒じゃなきゃ嫌なんです! 私が嫌なんです!!」
「……っ!」
「…放して」
「希…」 「えりち。にこっち。海未ちゃん。穂乃果ちゃん。ありがとう」
「お礼なんかいりません。だから、」
「ウチは…ウチは、みんなの邪魔をしたくない」
ぽろぽろと。
そんなつもりはないのに、涙が零れ落ちる。
「邪魔になんかならないわ。みんな貴方が必要なのよ」
「あかん…あかん……ウチじゃだめなん…」
「希先輩…どうして」
伸ばされた手を掴みたい。
穂乃果ちゃんを始めとするみんなが一つになって、そこにえりちも加わることができて。
そこにーーいたくないわけがない。
だけど! ----パチン
卒業製作の壮大なステンドグラスを、指一本で全損させた。
----パチン
文化祭のお化け屋敷に大量のビー玉をぶち撒けて、からくり屋敷に変貌させた。
----パチン
修学旅行のバスに一人だけ乗り損ねて、旅程を大きく狂わせた。
----パチン
家庭科の調理実習で、とっても塩っぽいケーキを作り上げた。
----パチン
大掃除でワックスのバケツを引っくり返して、二時間の成果を台無しにした。 幾度となく失敗し、ことごとく人の頑張りを無に帰してきた。
なにかを為そうとするときに必ず頭の中に鳴り響く悪魔の舌打ちが、度重なる転校以上に人との繋がりを怖いものだと思わせる要因となった。
分かっている。
本当は、高校に入ってから大きな失敗がなくなったのは、決して注意深くなったからなんかじゃない。
人との繋がりを減らし、『想い』や『願い』を遠ざけ、どんな失敗が起こるか分からないなにもかもをはね除けてきたから。
ただそれだけのことだ。
今、目の前で大きな大きな『奇跡』のカケラたちが一つになろうとしている。
そこに加われば、きっと。
間違いなく。
その最も大切なときに再び悪魔が舌打ちをするだろう。
そんな恐怖にはーー耐えられない。 「9人目は、責任を持ってウチが見付ける。目星はついてるんよ。一年生の美奈ちゃんとか、二年生の優香ちゃんとか、四組の柚村さんとか、みんなと並んで立つのに遜色ない子なん。あとはきっかけさえあればみんなと繋がることができて、」
「そんなこと誰が望んだのよ!」
「ここにいる8人の心は一つ、あんたに仲間になってほしいって、それだけのことなのよ。分かんないわけじゃないでしょ」
「…えりちの言ったことそのまんまなん」
「え?」
数日前の、生徒会室でのワンシーンを思い出す。
部の申請をしにきた穂乃果ちゃんたちに対して、えりちは頷きながらも断った。
「申請の要件は満たしてるかもしらん。でも、承認の要件が満たされてない…そんな感じやね」
えへへ、と笑ってみせる。
「ウチのこのギャグまんがみたいな体質が、永遠にそれを許してくれないんよ」 やっと顔を上げられた。
言いたいことを言ってどこかすっきりしてしまったのは、一人だけずるいと言われるだろうか。
それでもいい。
たとえ同じ場所に立つことができなくても、影からみんなをサポートすることさえできれば。
えりちを始めとする誰も、なにも言わない。
呆気に取られたように、呆れたように。
湛えられた憐憫と遺憾は、必ず払拭してみせるから。
「ほな、ウチは行くね。次の曲も楽しみにしとるよ」
「待ってください。どこへ行こうというのですか」
海未ちゃんの声。
「え? どこって別に、お昼ごはんでも食べに…」
その言葉は深い溜め息にも聞こえて。
「それしきの理由で私たちからーー穂乃果から逃げられると思わないでください」 「は、はあ? それしきの理由って」
「穂乃果!」
「あいよっ!」
パァン、と海未ちゃんの手が打たれる。
「ワン ツー スリー フォッ」
「な、なにしてるん?」
「ダンスの練習です。穂乃果、半拍子ほど遅れていますよ! ファイ シックス セブン エイッ」
9人っきりの教室内。
決して広いとも言えない空間で、どこかはらはらさせる動きながらも、手拍子についていく穂乃果ちゃん。
すごいけど、これが一体なにーーと改めて抗議しようとした瞬間、 「わあああっ!」
ステーン、と穂乃果ちゃんがすっ転んだ。
「きゃあっ!」
「ちょっとこっち来ないであああもうっ!」
「あっ真姫ちゃんことりちゃん…」
「かよちん危ないよ! んにゃあっ!!」
「んぎゃなんでに"ごも"ぉぉっ!」
転んだ弾みで穂乃果ちゃんの上履きが吹き飛び、避けようとしたことりちゃんが真姫ちゃんを巻き込んでドミノ倒しに。
駆け寄ろうとした花陽ちゃんの裾を掴もうとした凛ちゃんが、なぜかにこっちの手を引いて一緒にこけて。
海未ちゃんと花陽ちゃん、それにぽかんと見詰めるだけのえりちを残して死屍累々。 「いたたた…なんなのよ、もうっ!」
「り、凛ちゃん大丈夫?」
「大丈夫だにゃ! かよちんが転ばなくてよかった〜」
「にこをクッションにしたらそりゃ大丈夫でしょうよ! 早くどきなさいよ!」
「にこちゃんクッションになんかなってないにゃ」
「どこ見て言ってんのよ!!」
「あたた…ことりちゃん大丈夫? ごめんね」
「う、うん大丈夫だよ…穂乃果ちゃんこそ足を挫いたりしてない?」
「えっと…うん、なんともないよ!」
「どうして転んだからって靴が脱げるのよ、意味ワカンナイ」
「かかとを踏んでいたようですね。穂乃果…」
「だ、だって海未ちゃんがいきなり手拍子し始めるから!」
「ちゃんと合図をしてあなたも応えたでしょう!」
「誰も怪我しなくてよかったあ…」
「本当です。誰がここまで派手に失敗しろと…まあ、これで全員無傷というのも、ならではでしょう」 「な、ならではって…」
困惑を隠せない。
転び、焦り、怒り、しかしなぜか満足そうで。
ところが、海未ちゃんはしれっと言ってのけた。
「もちろん、ギャグまんがならではです」
「ギャ、ギャグまんが…?」
「ええ。このシーンで転ぶのも、それが曲がりなりにもアイドルでありながらこうも派手であったのも、ここまで大勢を巻き込んでおきながら誰一人として怪我をしていないのも、ね」
「まったくもう…転ぶなら転ぶって言いなさいよね」
「む、無理言わないでよう真姫ちゃん…」
「そもそも教室の中でいきなり踊り出すんじゃないわよ、このノーキン」
「それは海未ちゃんがやらせたんだもん!」
「いかがですか、希先輩」
「海未ちゃん! 少しは穂乃果を気遣ってよ! 穂乃果使いが荒いんだから…」 やがて、転がっていた全員がのそのそと起き上がる。
すっかり埃まみれになって、お尻をはたきながら照れ臭そうに。
「凛」
「びしっとポーズ決めた直後に大雨に降られたにゃ!」
「花陽」
「腹筋中に練習着のお尻が破れちゃいました…」
「真姫」
「デモテープを再生するつもりが間違って録音した鼻唄を再生したわ」
「ことり」
「衣装を作ってるときに制服の袖まで縫い付けちゃったよ」
「にこ先輩は打合せ中に大きなくしゃみをしてホワイトボードを鼻水で台無しにしたことがあります」
「なんでにこのだけあんたが言うのよ!」
「穂乃果は見ていただいた通りいつでも転びますし」
「そんなにいっつも転んでないよ!」
「私は、その…考え事をしていた様子を…花陽に…」
「決めポーズ取ってるのを見られたんだよね」
「言わないでください!!」 にっ、と。
してやったりと7人が笑う。
そんなーーそんなのーー
「…ウチがおることで、いつか取り返しのつかん事態を招いたら、って…それだけは絶対に嫌で、ずっと…」
「私たちはみんな、これでもかと言うほどのギャグまんが体質なのです。そこに今さら希先輩が『いくらか似たようなもの』を持ち込もうと、たいしたことはありません」
「………!」
ずっとずっと、この体質を忌々しく思ってきた。
望みを奪い手足を縛る、外すことのできない枷だと。
だからきっと、もうなにもすることは叶わないのだと。
でも、そんなことはない…
この枷を外すことができないままでも、受け入れてくれる人たちがいる。
だったら、もうーーーー
「ウチも、みんなの隣に…立ちたい」 止めたと思ったのに。
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
再び瞳からは涙が溢れ出す。
けれど、この涙はちっとも悲しくなんかなくて。
暖かく、暖かく、頬を濡らしていった。
「よろしくね、みんな」
「よろしくな、みんな」
「「「よろしくお願いします! 絵里先輩、希先輩」」」
*** ***
その日から、悪魔は鳴りを潜めている。
幾度ものライブの日も、9人で大喧嘩をしたときも、大切な未来のことを話し合った場でも。
舌打ちは一度も聞こえなかった。
いや、本当はいつだってそこにいて、何度だって鳴らされていたのかもしれないけれど。
「さあ、行くわよ!」
「気合い入れて行っくにゃー!」
「あ〜待ってえなみんな〜! ウチまだ準備が…っとと、うわあああっ!」
「きゃあっ!」
「またですか希!」
「あたた…ごめんごめん…ってあれ、海未ちゃん。シャツ前後ろやない?」
「!?」
「あはははっ、海未ちゃん間抜け〜」
「笑いましたね穂乃果!」
「えへへっ、海未ちゃんおかしい」
「ふふ…もう、着替えてすぐに行きますよ」
「海未ちゃん待ちなんだよ〜」
「言いっこなしです!」
----パチン パチン パチン…
そんな些細な音はーー
私の大切な仲間たちが、いつだって掻き消してくれるのだ。
終わり 連投規制のために投下を最優先にしました
よっしゃあ今からみんなと会話するぞ!! >>4
タイトルと設定を下さった方ですね
きっと期待と違う部分がたくさんあったと思いますが…読んでくださってありがとうございます
しかもスレ見付けるの超早い。笑 >>25
それは自分で気にしてる…
今回はタイトルに反してこんな感じだったけど、テンポ良く書いたりギャグらしく書いたりするのがどうしてもできなくてね
地の文を入れるからかな?
でも次はギャグテイスト書いてみようかと思ってるよ! >>43
>>44
6時間も寝ちゃった ごめんね
待っててくれてありがとう! >>46
このタイトルと設定は意外性もあるしセンスを感じるよね >>64
そっか 気にすることないかな
歌詞検索してまでそのまんま書いたから… >>65
ありがとう〜
投下終了後になったけど、嬉しかったよ! >>84
まさかタイトルだけじゃなくあのセリフまで入れてくれるとは…なんか涙出てきそうになった
まさか他の八人も同系統って設定にするとは思わなかったよ、俺には絶対出てこない発想だ。
荒川UBのP子をイメージして書いてたから、こんなスタイリッシュな話に転生されて本当に驚いてる
発見したのは本当に偶然、まさか同じ様なタイミングでお互いSS投下してると思わなかったからさ
書いてくれた事、改めて感謝する
そして面白かった。乙! >>92
他のメンバーをもっと出してあげられたら、より明るい雰囲気にできたと思うんだ…
次回の課題だと思って頑張るよ! >>94
あの部分だけは変えずに使いたくて!笑
なるほど、P子でしたか それを念頭に置くとまたかなり違うテイストの話になったでしょうね
今ss投下中ですか? どれでしょう 読みたいな
しかし、その言葉を頂けたことがなによりです
書いてよかったです
素敵なタイトルと設定をありがとうございました! >>96
前に花丸と理亞の話を書いたんだけどね
せっかくだし掘り下げで花丸と理亞のデートでも書こうかなって
テンポの良いギャグテイストでね!!笑 3年の馴れ初めは死人が出るからダメだって言ったでしょ!
ボツネタスレで一番気になってたから、こんなに丁寧に書いてもらってすごく嬉しかった
乙 のぞえり加入の経緯を丁寧に書いてくれたのが何よりも良かった。乙 >>99
>>101
のぞえり加入の話、アニメで薄かったよね…
そこはちょっと残念に思ってたから、自己流ではあるけどまとめることができて自分でもよかったよ
読んでくれてありがとうね 気持ち悪いコテハン付けて気持ち悪いレスするのは自分のスレだけにして出て来ないでくれ >>106
こういうゴミ茸がいるからぬしくんはコテ必要だね ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています