希「ギャグまんが体質」
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「希」
「んー?」
「どういうつもりなの」
「…なんや、えりち。怖いカオして。せっかくのべっぴんさんが台無しやよ」
「貴方まで、私の頭を悩ませないでちょうだい」
「嫌やなあ。ウチがいつえりちを悩ませるようなことしたんよ」
「あの子たちに荷担するのはどうしてなの? どうしたって、認めるわけにはいかないのに」
「ウチは生徒会の副会長やからねえ。迷える生徒には手を差し伸べる義務があるんよーーそれに」
えい、と人差し指をぎゅうっと寄せられた眉根に立てる。
顔をしかめるものの、されるがままで避けたりはしない。
「ウチは誰よりも、えりちに笑顔になってほしいからね」
奇跡のカケラが揃うまで、後もう少し。
*** ***
「また来ます!」
「もう来なくていいわ」
「失礼しました」
駆け出していくサイドテールと、丁寧なおじぎをしてから戸を引く流れる黒髪。
対照的にも見える二人の姿は、それでもなぜか妙にしっくりと感じられて。
「や、穂乃果ちゃん。海未ちゃん」
つい声を掛けたくなってしまう。 「あ! 希先輩」
「こんにちは、希先輩」
「またえりちのとこ来とったんやね」
「はい! 私、生徒会長に認めてもらえるまで諦めませんから!」
ぐっと拳を握って見せる。
瞳には爛々と輝く強い意志。
あの冷たく燃える氷色の炎に、めげずに何度でも立ち向かえるのだから。
この子はきっと、手強いよ。
「あ! そういえば聞いてください! なんとね…」
ごそごそとポケットを探り、取り出したのは小さく折られたメモ帳。
実に見覚えのあるそれを嬉しそうにひらいて、
「じゃーんっ! グループの名前が決まったんです!」
穂乃果ちゃんは笑った。
「『ミューズ』って読むんだそうです。ね、海未ちゃん」
「はい。ギリシア神話にはあまり詳しくありませんが、読みは間違っていないはずです。芸術を司る女神たちの名だったと記憶しています」 「……へえ。ミューズ、良い名前やん」
「そうですよね!」
「うん。芸術を司るっていうんも、アイドルにはぴったりやしね」
「でも名前が書いてなくって…誰が入れてくれたんだろう」
ふと、脇に立つ海未ちゃんと目が合う。
「…あの、希先輩。私の勘違いかもしれないのですが、この名前を下さったのはもしかして、」
「あ〜っとぉ。えりち待たせっ放しなんやった。そろそろ行かなウチが大目玉喰らってまうなあ」
「あ、希先輩」
「ほな、またな〜」
「…海未ちゃんには要注意やねえ」
*** ***
「ただーいまっ」
「お帰りなさい。遅かったわね」
「そこで後輩ちゃんたちに捕まってもうてな」
えりちはチラリとこちらを見遣って、すぐにまた手元の書類へと視線を戻す。
「まあ良いわ。遅れた分しっかりと働いてくれれば文句なしよ」
「相変わらず手厳しいなあ。はいはい、今やるよ」
自席に着き、積まれた資料に目を通す。
うーん、やっぱり慣れない。
どうしても先生たちから雑務を分けてもらっているようにしか感じられない。
横目には黙々とペンを走らせる生徒会長さまの姿。
「…ま、そんな言うててもしゃあないもんな」
*** ***
鳴り響くチャイムにふと顔を上げる。
外は日が落ち始めて、赤と黒が景色を染めていた。
「そろそろ切り上げよか」
「もうそんな時間なのね。そうしましょうか」
「疲れた〜」
ぐぐーっと背伸び。
おとなりさんはこきこきと首を鳴らしている。
「アイスでも食べてく? 日が落ちても暑いなあ」
「…寄り道は禁止よ。買い食いもね」
「そうやったっけ」
こくり、と唾を飲む音。
伝う汗まで金色に見えるなんて、美人はずるいなあ。 人気の失せた校舎を、二人歩く。
口をひらき掛けては閉じる友人。
ふとして話したいことは山ほどあるのだろうに。
まだ、氷は解けない。
***
「ほなね」
「ええ。また明日」
ばいばいと手を振る。
ばいばいと、控えめな仕草。
どこか照れ臭そうに首を振り、えりちは背を向けた。
しばらくその後ろ姿を見送ってから、同じく帰路に。
私では、きっと氷は解かせない。
私では、きっと…
………………
…………
…… 「××市から来ました、ーーーーです」
ぼそぼそとした自己紹介。
初めてだった。
自分以外の転校生に出会ったのは。
その子は贔屓目に見ても、そして自分を棚に上げずに見ても、クラスからひどく浮いていた。
教室移動は一人で、休み時間は絵を描いていて、さようならの後は誰よりも早くいなくなった。
教室移動に混ぜてくれたり、休み時間に話くらいはしたり、ばいばいと言い合ったり、それくらいの相手はいたから。
それすらもないことが、ずっと気掛かりになっていた。 おはよう。
なに描いてるの?
次は音楽室だね。
また明日ね。
毎日それらの言葉を用意しては、ただただ溜め息となって消えていった。
一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月…
どれだけ日が経っても、一人は一人のままで、言葉が形を為すことはなかった。 ある日、今日こそはと決意を固めた。
演劇発表会の日だった。
半年も前から練習が重ねられてきた晴れの日に、なんの役目も与えられなかった者同士。
一言だけでもいい、話し掛けよう。
幸い時間はたっぷりあった。
隣の隣のクラス、隣のクラス、順調に演劇は進む。
やがて、何度も練習を見守った演目が開始された。
その脇で、体操座りの二人きり。 さあーー今こそ。
----パチン
ふと聞こえた気がしたそんな音が、今になって思い返すと忌々しいほどに。
「ねえ、ーーさん。私、東條のぞみ…」
「あ」
「え?」
気が付いたときには遅かった。
足元に転がっていたガムテープを蹴飛ばしてしまった。
それは端が上履きに引っ掛かった状態で、本体が走り出す。 「あ、ちょっ、待って…」
ガムテープがそんなお願いを聞いてくれるわけもなく、舞台を端から端まであっという間に渡っていった。
そして案の定。
「うわあっ!?」
どてん、と誰かが転んだ。
「きゃあっ!?」
どてん、と誰かが転んだ。
どてん、どてん、どてん、どてんーーーー
その舞台の上に最後まで立っていられた人は、一人もいなかった。
……
…………
……………… 会場は笑いに包まれ、咎められることも責められることもなかったけれど。
クラスの演目は最下位の評価を下され、もう名前を思い出すこともできないあの子と、二度と言葉を交わすことはなかった。
「…こんな日はおうどんさんやね」
なんて。
うどんを湯がく以外、ほとんどまともにできることなんかないだけだ。
またうどんなの? 栄養が偏るわよーーと、彼女は呆れながらも笑ってくれるだろうか。
いつものうどんをかごに放り込んで、レジへと向かった。
*** ***
「ねえ見た? 人数増えてたね」
「一年生がいっぱい入ったみたいだねー」
ふと、そんな会話を聞いた。
思わず口角が上がる。
見上げる空には、どこからか聞こえてくる彼女たちの掛け声。
音の発生源はーー上? 屋上?
…そうか、彼女たちは屋上で練習を。
今はまだ青く澄んだ空も、これからぐずつく季節になる。
うーん…とわずかに悩んで、よし決めた。
「もう引き合わせても大丈夫やろ」
踵を返し、一階の教室へと歩みを進めた。
*** ***
コンコン
「にーこっち〜」
内側にカーテンが引かれた窓からは、室内の様子は窺えない。
けれど。
コンコンコンコン
「にーこっち〜〜」
コンコンコンコンコンコン
「にーこっち〜〜〜」
コンコンコンコンコンコンコンコン
「にー「うるっさいわよ!!」バン!!
「やっほー、にこっち。やっぱりおったんや」
*** ***
「あんたどんだけしつこいのよ」
「だっておるやろうなーって思ったんやもん」
「応答がない時点で察しなさいよ」
「でもにこっち出てきてくれたし」
「あんたが有り得ないほどしつこいからよ!」
ハア、と溜め息一つ。
ん〜、そんな表情もやっぱり可愛ええなあ。
「今はなにしてたん?」
「デカチチストーカーの訪問に怯えてたわ」
「ナイチチにこっちに対して許せん奴やな!」
「誰がナイチチよ!」 「別に、いつも通りスクールアイドルの研究してただけよ」
「研究ってなにするん?」
「ダンス観て、歌聴いて、だめなところを書き出すのよ」
「それから?」
「書き込むのよ」
「へえ。しっかりファンやってるんやね」
「はあ? 誰がファンなのよ」
「えっ。わざわざホームページに指摘事項を書き込むなんて、相当熱心に追い掛けてるんやないの?」
「ホームページなんかに書き込まないわよ。匿名掲示板」
「…………」
ふひひ、と怪しい笑い。 けれど、知っている。
寂しさと悔しさから心を守るために、今は少し歪んでいるだけで、彼女が本当は誰よりも真摯に夢と向き合いたがっていることを。
再び立ち上がるそのためには、信頼できる仲間が足りない。
強引に闇から引き摺り上げて、なにがあっても一緒に隣を走ってくれる、そんな仲間が。
そしてきっかけが必要だ。
ほの暗い過去をぶち壊して、光と夢に溢れるステージに返り咲こうと決心できる、そんなきっかけが。
にこっちに必要なものは、だからーー
「で、あんた、なにしにきたわけ?」
目にも留まらぬ速度でカタカタとキーボードを打ち鳴らしつつ、にこっちは言った。
「そろそろ入部する気になった?」 「!」
薄暗い室内。
ディスプレイの明かりに側面を照らされただけの表情はよく見えない。
その言葉は思えば久し振りで、けれど確かな想いが込められていて。
「ウチは、」
「…なんてね」
タン、とエンターキー。 「あんたがスクールアイドルに興味ないのはよく知ってるわ」
「にこっち、」
「久し振りに聞いたら気まぐれな返事があるかなって思ったのよ。あんた、気まぐれだから」
穏やかな笑みが向けられる。
優しく、そしてーーどこか諦めたように。
その刹那、脳内を駆け巡った言葉は、ひどく単純だった。
ーーやるよ!
スクールアイドル、やるよ!
にこっちと一緒に!
その一言が、言えたなら。
「…や」 なぜその文体でギャグテイストをやろうとしたのか…
君のSSて、題材よりも綺麗に書こうとしてて硬いよ〜 「嫌やなあ、もう。ウチには向いてないって何回も言うてるやん。可愛い衣装は着てみたいけどな」
「…ふふ。あんたなら可愛い衣装も着こなせるわよ。キャラクターが変なだけで、見てくれは良いからね」
「なんやそれ〜相変わらずいじわるやなあ」
「あんたも…相変わらずね」
「え?」
ふっと笑みに陰が落とされたように見えた。
それもすぐに掻き消える。
「だったら、結局あんたほんとになにしにきたのよ」
「それは、えっと」 「最近スクールアイドルやってる子らおるやん? ほら、あの」
「μ'sでしょ」
「そ、そうそれ」
なんとか捻り出した話題に対し、あっさりとその名を口にした。
決まってからそう日も経っていない、新しい曲の発表もライブも行われていないグループの名前を。
やっぱり、気になってはいるのだろう。
「頑張ってるよなあ、あの子ら。ウチはアイドルのことよう分からんけど一生懸命やし、」
「全っ然だめね」
ケッ、と唾でも吐き付けそうな勢いで。
「ぜ、全然だめかなあ?」 「歌は下手くそ。ダンスも揃ってない。曲は…ちょっと良いけど、あんなのもう一曲でも書いたらネタ切れでしょ」
「でもほら、聞いた話やと廃校を阻止するために立ち上げたってらしいし、心意気は充分やんな」
「心意気だけでやってけるもんなら、誰もアイドルなんか目指さないわよ」
「やけど、あんなに可愛い子らが6人も集まるなんてほんとに奇跡みたいな」
「そこよ!」
「えっ」
「6人って」
ばかにしたように鼻を鳴らす。
「あかんの? 多過ぎ?」
「逆よ、逆」 「『ミューズ』っつってんのに6人じゃ完っ全に名前負けじゃないの。芸術のカミサマだかなんだか知らないけど、あと3人は夢半ばで挫折でもしたのかってーの」
ふと呆気に取られる。
「にこっち、ミューズ知ってるんや」
「は?」
「や、ギリシア神話の女神なんて知らなさそうやのに…」
「そんなん知らなかったわよ。調べただけ」
事もなげに言ってみせる。
思い出すーー彼女がまだまだ今以上に心を開いてくれていなかった頃のワンシーンを。 『あんたいっつも来るわね…どんだけひまなの?』
『あはは、にこっち見て見てこのスクールアイドル。変な名前やなあ』
『そのくそだっさい呼び方もやめなさいよ…どれ?』
『「もちピーポー」やって。可愛らしいけど教育テレビのキャラクターみたいやな』
『変なんかじゃないわよ。「ピーポー」はピープルのことで、「もち」は気持ちのこと。誰一人の気持ちも蔑ろにしない、全ての想いを受け止めるって願いを込めた名前なんだから。語呂を良くしただけでしょ』
『ほえ…じゃ、じゃあこれは? 「あわじきんちゃく」』
『淡路島出身なのは良いとして、「きんちゃく」はイメージ通りよ。大切なものを逃さない、包み込むような存在になれるようにって』
『なんでグループ名の由来なんか知ってるん? そういうものなん?』
『そういうものかどうかは知らないけど』
『どんな名前にだって必ず願いが込められてるはずなんだから、その人たちの気持ちを知るには名前を知るのが一番でしょ』 >>25
俺が書いてくれと頼んでそのままのタイトルで書いて貰ったんだ
俺のセンスが無いだけだよ 変わってない。
寂しくて悔しくて、歪んでしまって曲がってしまっても。
この人の本質は、絶対的に揺るがない。
だからこそーーあなたのことが大好きだし、あなたには幸せな笑顔でいてほしいと思う。
「にこっち」
「んー?」
「アイドル、諦めんといてな。ウチはずっと応援してるから」
一瞬だけきょとんとした後、
「当ったり前でしょ。にこが立ち止まるのは、この世の全てが笑顔に包まれたときよ」
どんと胸を叩いて笑った。
***
「…ヒトゴトみたいに言うなっての。むかつく」
*** ***
一人、生徒会室までの道を行く。
「やっぱりにこっちは最高に格好ええなあ」
『そろそろ入部する気になった?』
『久し振りに聞いたら気まぐれな返事があるかなって思ったのよ』
『…ヒトゴトみたいに言うなっての』
「…ウチには無理だよ」
適材適所。
にこっちの隣に堂々と立つ役目は、きっと誰かが担ってくれる。
それこそ、穂乃果ちゃんのような子が。
決してーー決して、
「それはウチじゃないはずや」
………………
…………
…… 中学のある年、最初の練習から本番まで、丸々参加できた体育大会があった。
ちょうど親の仕事が落ち着いており、次の転勤予定は早くとも来春と聞かされたときには、途中参加も途中退場もしなくてよい学校行事があることにひどく浮かれた。
体育の授業はほとんどが体育大会の練習にあてられ、組分けや応援練習のために他の科目の授業すら振り替えられる。
それまでは全く身が入ることのなかったそれらの時間が、嬉しくて楽しくて仕方がなかった。
ついには張り切って、応援団に志願したほどに。
はじめは少なかった練習も本番が近付くにつれ徐々に増えていき、直近一ヶ月にもなる頃には始業前、昼休み、放課後とトリプルパンチで応援練習に従事する日々が続いた。
それでも苦はない。
大きなことに参加して、自分の手で作り上げることができ、その完成を見届けることだって叶う。
中学校の体育大会というそれだけのことが、なににも替えがたいほど貴重な経験だった。
*** ***
応援団には色々な役割があった。
応援団長をはじめとし、声出し隊長、指導隊長、振付隊長と実に様々。
その中で、らしくもなく団旗係に名乗りを上げた。
応援団長の隣で大きな団旗を振り回す、非常に目立つ役。
らしくないと言えば応援団に所属した時点ですでに相当らしくはなかったけれど、そこに輪を掛けそれまでなら頼まれたってやらなかったであろうそんな役に自ら立候補したことからも、どれだけの想いで臨んでいたかを窺える。
たいした競争もなく団旗係に決定し、初めて学校行事に両親を呼んだ。
みんなと作り上げた応援を、そして初めてかもしれないほどの自身の晴れ舞台を、見てほしくて。
「必ず行くよ。希の姿を誰よりも近くで見るからね」
寡黙な父親の逞しい言葉に、気持ちはより一層引き締まった。
*** ***
体育大会、本番。
心地よい秋晴れと吹き抜ける涼風に、絶好の体育大会日和だったことを覚えている。
校庭は朝から活気に溢れ、熱い接戦が繰り広げられていた。
「走れーっ! 走れーっ!」
「青組、今何点!?」
「召集始まってるよ、急いで!」
慌ただしく過ぎていく一日。
応援団をやってはいても、競技への参加はまた別。
走り、踊り、跳び、転び。
クラスメイトと笑い合いながら体育大会は進む。
近くを通り掛かるたびに両親はいっぱい手を振ってくれて、気恥ずかしさなど少しも感じないほどに。
*** ***
大会も中盤に差し掛かり、両親と昼食を食べていると、クラスメイトが訪ねてきた。
「東條、応援団そろそろテント前に集合だってよ」
「もうそんな時間? やばいやばい」
「がんばってね希ちゃん!」
「うん、ありがとう!」
おにぎりをお茶で流し込んで立ち上がる。
クラスメイトと両親の激励を背中に受けて、気合いは充分。
テント前にはもう団員のほとんどが集まっていた。
「来たか、団旗係」
「ちょっと遅れました」
「いいよ、いいよ。それより頑張ろうな! この応援で一気に一位になろう」
「はい!」 応援は午後一発目のプログラム。
しかもかなりの点数が割り振られることになっており、どの組も円陣や掛け声で激しく盛り上がっている。
最終確認を済ませ、いざ。
衣装の長ランを身にまとい、ハチマキをぎゅっと締めれば、怖いものなどなにもなくなる。
真っ赤な団旗を見上げる。
はたはたと揺れるその姿は威風堂々、際限なく士気を高めてくれた。
「さあ、行こうか!」
踏み出した団長に、団員が続く。
お偉いさんのテントを背に、一列に並び立つ。
静まり返る校庭。
全校生徒と先生方、みんなの家族。
生唾が音を鳴らすほどの緊張に、否応でも胸は躍りーー
----パチン
そんな音が聞こえた気がした。 「そお〜れっ!!」
けたたましい音楽。
唸りにも似た応援の声。
団長を囲うようにダンスが展開され、いよいよ団旗を翻す。
ーーグッ。
「!?」
団旗が持ち上がらない。
もちろん軽く振り回せるものではないにせよ、これまで毎日毎日振ってきた。
持ち上げることすらできないなんて、そんなわけがない。
応援は進む。
すでにいくらか出遅れている。
汗で滑る手に力を込めて、渾身の力で団旗を振り抜いた。
それと同時に、後方のテントが一斉に崩れ落ちた。 「……!? !?」
声にもならないどよめきが校庭に満ちる。
団旗の先がテントの端に引っ掛かっていたという。
それを無理やり引き抜いたものだから、支えを失いテントは崩れ、お偉いさんたちは一人残らず下敷きになった。
応援は続いたものの、団長すら含めて、そんなものに集中している人は誰一人いなかった。
幸い、派手に幌を被っただけで怪我をした人はいなかったようで。
のそのそと這い出てきたうちの一人が、傍に転がっていたマイクを手に取った。
「えー…ずいぶん大掛かりな応援でしたね。ありがとう」
校庭は笑いで包まれ、おおごとにはならずに済んだ。
おろすことも忘れ高々と掲げられたままの団旗が、強く強く風になびいてはためいていた。
……
…………
……………… 他の年の体育大会などろくに記憶にないけれど、あの年だけはずっとずっと心の片隅に巣食っている。
急な事情で転勤が早まり、体育大会の数週間後にはまた引っ越すこととなった。
まるで、失敗に蓋をして逃げ出すかのようにーー
「思い返せば、ウチ失敗してばっかりやんなあ」
恥ずかしい恥ずかしい。
高校に入ってからは、かなり注意深くなったこともあって大きな失敗はなくなった。
あんな姿、えりちにもにこっちにも見られたくないもの。
「たま〜に思い出してしまうんよねえ、昔のこと」
胸がきゅうっとなるけれど、だからといってどうすることができるわけでもないのに。
「さてさてさ〜て」
ぐうっと背伸びを一つ。
どうやってにこっちとあの子たちを引き合わせようかなあ。
*** ごめん 寝るね
読んだり保守したりしてくれた人ありがとう
また明日、投下する 自分が考えたものをこんなに真剣に書き上げてくれてる事に感動してる。
花束用意しておくよ めっちゃ真面目な内容なのに何でこのタイトルかと思ったらそういうことか
期待 ***
16時半。
室内には二人きり、書類をめくる音とペンを走らせる音。
ぎ、と背もたれが鳴く。
「ふう…」
「あら、希。もうお疲れ?」
「放課後からずっとやもん、そりゃ疲れるよ。平然としとるえりちがおかしいんやってば」
「慣れたのよ。もう半年にもなるもの」
「それやとウチも慣れてないとおかしいんやけどなあ」
「貴方には貴方のペースがあるんだから、それでいいのよ」
「今日はあの子らも来んしな」
「…静かで仕事がはかどるわ」
うそつき、と心の中で。
気になってるくせに。 「窓、開けてもええ?」
「どうぞ」
木々は揺れてない。
遠慮せずにガラリと開けると、湿っぽい空気が流れ込む。
心地よいとは言いがたいけれど、それ以上に窓を開けたかった理由がある。
ワン ツー スリー フォッ ファイ シックス セブン エイッ
花陽、少し遅れていますよ!
凛は走り過ぎです!
もう一回!
「なんや、元気そうやね」
ちらりと見遣る。
青い瞳は書類に落とされたままだ。 「6人になったんやってな」
「らしいわね」
「6人ってことは、部の申請ができるやんな」
カリカリ…と続いていたペン先の声が止む。
「余計なこと考えてるんじゃないでしょうね」
「ウチが部の申請をそそのかすって? そんなことせんでも、じきに来るやろ」
こめかみをぐりぐりといじめてから、えりちは生徒手帳を取り出す。
「部の申請に関する記述はどこだったかしら」
「18ページやなかった?」
「どうして即答できるのかしら」 黙読の後、心底残念そうに嘆息。
「どうしたん?」
「申請を断る正当な理由はなさそう」
「えりちはいじわるやなあ」
正当な理由がないなら認めればいいだけなのに。
難しいカオをして、再び生徒手帳を熟読し始める。
けれど、その表情からは光明を見出だせなかったことが見て取れる。
まあ、知ってるけど。
だからこそ、
「あー、でもやっぱりだめなんちゃう?」
「えっ、どうして?」
「だってもうあるやん、スクールアイドル部。すでにある部の申請はさすがにあかんよなあ」
「!」
この糸を掴まずにはいられまい。
*** ***
夕焼けに並んで歩く。
「今日は結局来てくれんかったな、穂乃果ちゃんたち」
「来たって一緒よ」
心なしか声が明るい。
「だって、申請を認めるわけにはいかないんだもの」
「…そうやね」
「残念ね。あの子たちはあの子たちで一生懸命なんでしょうけど、校則が許さないんだから仕方がないわ。部でもない有志の団体に学校の名前を背負わせるわけにはいかないし」
うんうんと頷きながら独りごつ。
珍しく饒舌なほうだけど、その言葉はどうしても自身に言い聞かせているようにしか聞こえない。
幸せそうに口角を上げて。
苦しそうに眉根を寄せて。
そんなカオ、してほしくないよ。 「じゃあね、えりち。また明日ーー」
「あ、希。なにか甘いものでも食べにいかない?」
「え? 今から? 寄り道はあかんのやなかったん?」
帰り道の分岐点で、手を振る姿を呼び止められる。
あまりに予想外の誘いに、思わずそんな風に返してしまってから、しまったーーだけど、もう遅くて。
「そ、そうよ。学校の帰りはだめ。土曜日に行きましょう」
「あ、えっと、えりち。ウチは今からでもええよ」
「…だめよ。校則でしょ」
「……うん…」
瞳は夕焼けに紅く染まり、宿す色を読み取ることができない。
また明日ね。
紅を反射しつつ翻る金髪に見蕩れるだけで、それ以上の言葉は紡げなかった。
*** ***
「失礼します!」
「失礼します」
いつにない勢いで、扉が開け放たれた。
現れたのはもちろん穂乃果ちゃんと、半歩後ろに寄り添うは海未ちゃん。
やっと来た。
「今日はなんの用?」
「部活動申請をしにきました!」
分かってたはずだろうに、その言葉を待ってから背筋を伸ばすえりち。
視線で続きを促す。
「私たち、人数が6人になったんです! だから部活動申請をしたくって!」
「校則では、『一の目的に賛同する生徒が五人以上となった場合、この目的を達するため代表の者は部の発足を申請することができる』とあります。その他の条項も満たすことを確認してきました」
「…そのようね。部活動の申請要件に不備はないようです」
「それじゃあ、」
「申請は認めません」 「ええ!? なんでですか!?」
「申請要件は満たしていると、たった今会長ご自身もーー」
「申請の要件は満たしています。けれど、承認の要件は満たされていない」
「承認の要件…ですか?」
「すでにあるのよ、この学校には。スクールアイドル部が。残念だけれど、活動目的を同じにする部を複数存在させるわけにはいきません」
「そんなあ…」
「諦めてちょうだい。これは校則で決まっているの」
「う、海未ちゃん…」
「すみません、穂乃果。まさかスクールアイドル部がすでに存在するなどとは知らず…確認不足でした」
「話は終わり? なら下がってもらえるかしら。公務に取り掛かりたいの」
「…出直しましょう。ことりたちに話をしなければいけません」
「分かった…」
「失礼しましたーー」
「ちょい待ち」 「え?」
「希!?」
「なにか…?」
「貴方、今度はなにを吹き込むつもり? この子たちを応援したい気持ちは分かるけれど、校則で決まってるの! 認められないの! 貴方だって昨日そう同意したでしょう!?」
「えりち」
立ち上がらんとする肩をそっと押さえる。
入口できょとんと立ち呆ける二人。
「確かに、もうある部の申請を承認することはできん。同じような部が二つも三つもできたってしゃあないからな」
「そう、その通りよ。だからこれ以上この件で話すことは」
「せやけど、すでにあるスクールアイドル部に入部することはできるな」
「入部…」
「希!」 「入部するということは、必ずしも私たちの思うように活動できるとは限らないということですね…」
「もちろん、どうするかは穂乃果ちゃんたちの自由や。後から入った身分で、主導権を握れるもんでもないやろうね」
「それでは意味が…」
「でも、現状それ以外にスクールアイドルの活動をする手だてはないんと違う?」
「待ちなさい。スクールアイドル部は活動休止中でしょう? いくら人数を集めて入部したからといって、そんな部の活動はどっちにしたって「活動休止中なんかやあらへんよ」
「の、希…?」
「スクールアイドル部は活動休止中なんかやあらへん。目立った功績はないかもしらんけど、部員は一人かもしらんけど、今だって活動してるよ。……ま、やからこそ、部長さんと話をつけんことにはどうにもならんけどね」
しんと静まる室内。
えりちも口を噤み、あちゃあやっちゃったかな…と思い始めるとどちらが早いか。
「行こう、海未ちゃん」 穂乃果ちゃんは迷いのない声で言った。
「スクールアイドル部の部長さんに会いにいこう」
「しかし、」
「話してみなきゃ始まらないよ。どうなるにしたって」
「そう…ですね。穂乃果の言う通りです」
「それに、一人になったって活動し続けるなんてすごいよ。きっとスクールアイドルのことが大好きなんだね。そんな人が入ってくれたら、ミューズはきっともっと良いグループになるよ!」
「ふふ、穂乃果ったら。会ってもいないのに勧誘するつもりでいるのですか?」
「希先輩、ありがとうございます! 私たち、スクールアイドル部の部長さんと話をしてきます! それじゃ!」
「あっこら穂乃果! し、失礼しましたっ」
相変わらず去り際は慌ただしく、室内には再び静寂が訪れる。 「にこっちと上手くやり合えるかなあ」
「にこ…? 思い出したわ。スクールアイドル部の矢澤にこさん。貴方のお気に入りね」
「そうそう、可愛いんよにこっち。にこにこでぷりてぃなん。もうほんまにアイドルって感じでな」
「その人とあの子たちを一緒の部に押し込めようってことね。希…貴方って人は」
「悪いことしてないやん。好きなもんが同じ者同士、手を取り合えたら力はもっと強くなる。『好き』ってそういうもんやろ」
「もういいわ。結局なにもかも貴方の思い通りに進んでいるもの。矢澤さんとあの子たちが和解する未来だって、貴方にはもうはっきりと見えているんでしょ」
「ウチにはな〜んも。ただ、カードがウチにそう告げるだけ」
「はいはい…希には敵わないわ」
やれやれと首を振って、えりちは席を立つ。
「あれ? もう帰るん?」
「ええ。頭が痛むの」
「そう…気ぃ付けてな」
「希もね」 「…私、思うのよ」
「なに?」
「貴方はあの子たちを応援してる。あの子たちが気になって仕方がないんでしょう?」
「うん。一生懸命に頑張る人は応援したなってまうよね」
「だったら」
「だったら、貴方も仲間に加わったらいいのに、って」
「…余計なお世話だったかしらね。今日は一人で帰るわ」
「…うん、また明日」
「また明日ね」
退室際、小さな小さな一言。
「きっとあの子たちは、成功するんでしょうね」
パタンと扉が閉められた。
*** ***
私たちの想いが集まれば なんとかなるかも
小さなちからだけど 育てたい夢がある
わからないことだらけ ポケットに地図なんて持ってない
少しずつでもいいんだね 胸張って進もうよ
「飽きないわね」
歌詞を合間を縫ってそんな茶々。
「なんで分かったん?」
「貴方がイヤホンしてるのなんて、ここ数ヶ月で初めてなんだもの」
「にこっちにお願いしたら入れてくれたん」
「なるほどね。希は機械の扱い苦手そうだものね」
「うん。ウチ、パソコンとかからっきし」
これを機に、とμ'sの曲を全てスマートフォンに入れてもらった。
とは言え、全部でたったの三曲だけだけれど。
プレイリストとやらに並ぶその曲たちは、どれも愛おしくなるほどに繰り返し聴いている。 「聴く?」
「ううん、いい」
片方を差し出したイヤホンは、しかし断られる。
しょんぼりと耳と尾を垂らしたようにでも見えたのか、えりちがやや慌てた様子で取り繕う。
「違うの、嫌いとかじゃないのよ。その…私も入れてるから。聴こうと思えば自分で聴けるの」
言うや、ぷいっと向こうを向いてしまった。
その事実が嬉しくて、そんな様子も可愛くて、つい頬が緩んでしまう。
「曲は、いいわね。詞も曲も、決して最高級ではないけれど、なんだか一生懸命って感じがして、つい聴いちゃうわ」
照れ臭いのか、ぽつりぽつりと捻り出すように。
パフォーマンスは?と余計なことは訊かない程度の心遣いはある。
肯定するのも否定するのも、今のえりちにはきっとつらいから。 「歌ってもいい?」
「え? いいわよ」
「♪うなずいてよ おおきく! 笑ってみて! えがおの hi hi hi だいじょうぶ 間違えることもあるけど one, two, three, four やっぱあっちです!」
「♪Something いま何か あなたの元へと Something いま何か すてきな気持ちを そう伝えたいと思う だから待ってて 楽しみがもっともっと もっともっとこれから!」
「希は気持ち良さそうに歌うのね」
「えへへ…へたっぴなもん聞かせてごめんな」
「ううん、そんなことないわ。すごく…いつまでだって聴いていたくなる歌声よ」
いつの間にかえりちは手を止め、瞳を閉じていた。
唇をぎゅうっと噛み締め、なにかに耐えるように。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています