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「花粉症になんて絶対負けない!」
 そう息巻いて舞元啓介は畑へ向かった。
 数時間後、家中に響き渡るほど大きな音をたてて、乱暴に玄関ドアが開かれる。入ってきたのは舞元であった。息荒く、巨体に似合わぬ涙を目端に溜めている。よほど慌てているのか、いつもは綺麗に揃えるサンダルも、宙に舞ってバラバラに転がる。
 リビングに入って、ようやく一息つく。じゅる、っと粘度の高い水音が鳴った。鼻の最奥を通り過ぎ、粘液が喉に侵入する。生暖かいソレが、咽頭をゆっくりと伝ってくる嫌悪感。舞元は鼻口に手を宛がって、息を止める。
 縦横に視線を巡らしソファの上にティッシュ箱を見定めると、舞元は大股で近づき飛びついた。首にかけていたタオルが滑り落ちる。タオルに染み込んだ汗が、ソファの色を暗く変色させた。
 数枚のティッシュを抜き取って、豪快に鼻をかむ。丸めて床に捨て、繰り返す。何度も繰り返す。床に散乱する使用済みのティッシュは十を超えたが、奥から分泌される粘液がとどまる気配はなかった。
 真っ赤になった目元から涙が零れた時、舞元は悟った。自分は花粉症に敗北したのだと。今年も苦汁を飲まされる日々が始まるのだと。