KENは、自宅の最寄り駅から3つほど離れた駅で電車を降りた。雪は降っていたが、運行に影響があるわけではない。無性に歩きたくなったのだ。

「大丈夫です。電車使いますし、駅降りてから家まで近いですから。」
「けんちゃんが言うならいいけど。気をつけて、またいらっしゃいね。」
「はい、お邪魔しました。」

今日訪ねていた家での最後の会話を思い出したKENの心は、申し訳ない気持ちで一杯だった。

「やっぱ傘借りときゃ良かったかなぁ…」

ふと言葉が漏れた。KENは、漏らした言葉が思ってもいないことであると理解していた。返すことの出来ない傘を借りるわけにはいかないのだから。

「でもなあ…」

独り言を言わずにはいられなかった。なにか話していないと、感情が溢れてしまいそうだった。
幸いなことに、周りには誰もいない。今日の天気が雪であることにKENは深く感謝した。

「ウメブラ28、覚えてるか?懐かしいよなあ。篝火で勝った時は俺本当に嬉しかったんだぞ。」

「俺はもう一度お前と…」

今日どうしても伝えられなかった、一番伝えたかった思いを言い切ろうとしたその時、KENの頬を、大粒の涙がつたった。

「あ、雨。」

誤魔化そうとして、また言葉が漏れた。実際に雪が雨に変わっていることに気づくのは、少し後のことだった。
KENは走って家に向かおうとした。走ってる間は辛いことを考えなくていいと思ったからだ。だが、そう上手くはいかなかった。


家に着いたKENは急いで体を拭き、震えた手でパソコンを立ち上げると、いつものように一番の親友にメッセージを送ろうと文章を打ち始めた。

「途中で雨に変わったからびしょ濡れwやっぱ傘」

ガタン

突如、暗闇がKENを包み込んだ。
アイツとはもう会えない。断定はずっと避けてきたのに、もう認めざるを得ないんだろうとKENは思った。

停電はすぐに収まったが、何かが視界を覆い尽くしていて、しばらく何も見えなかった。

パソコンに中途半端に打ち込まれた文章は、送信されることも、消されることもなく、永遠にそこに留まり続けていた。