不道徳教育講座 三島由紀夫
弱い者をいじめるべし

どんな強者と見える人にも、人間である以上弱点があって、そこをつっつけば、もろくぶっ倒れるものですが、
私がここで「弱い者」というのは、むしろ弱さをすっかり表に出して、弱さを売り物にしている人間のことです。
不具者や病人は、弱きを売物にしているわけではなく、やむをえず弱さに生きなければならぬ不幸な気の毒な人たちですから、ここでは除外して、
別に不具でも病人でもないのに、むやみと、「私は弱いのです。可哀想な人間です。私をいじめないで下さい」という顔をしたがる人のことに限定しましょう。
こういう弱者をこそ、皆さん、われわれは積極的にいじめるべきなのであります。
さア、やつらを笑い、バカにし、徹底的にいじめましょう。
弱者を笑うというのは、もっとも健康な精神で諸君の友だち一人、自殺志望者がいるとします。
彼がある日、青い顔をして、フラリと君をたずねて来ます。
「何だ。又自殺の話か」
「そうなんだ。僕はもうこの苛酷な生に耐えられない」
「バカヤロウ。死ぬなら早く死んでしまえ」
「そう簡単に死ねればこんなに悩まないんだが」
「死んじまえ。死んじまえ。何なら、僕の前で毒でも呑んでみないか。僕はまだ、服毒自殺っていうのを、見たことないから、ここで一杯やりながら、ゆっくり見物するよ」
「君なんかに僕の気特はわからんよ」
「わからん奴のところへどうして来るんだ」
そのうちに君は、こいつが、ひたすらいじめてもらいたくて、君のところへ姿を現わすのに気がつきます。
「貴様みたいな閑人と附合うヒマはねえや。出てゆけ。もう二度と来るな」
と追い出してやります。でも大丈夫。死ぬ死ぬというやつで、本当に死ぬのはめったにいない
彼は命拾いをし、君は弱い者いじめのたのしみを味わい、両方の得になる。
しじゅうメソメソしている男がある
しょっちゅう失恋して、またその愚痴をほうぼうへふりまき、何となく伏目がちで、何かといえばキザなセリフを吐き、冗談を言ってもどこか陰気で、
「僕はどうも気が弱くて」とすぐ同情を惹きたがり、自分をダメな人間と思っているくせに妙な女々しいプライドをもち、悲しい映画を見ればすぐ泣き、昔の悲しい思い出話を何度もくりかえし、ヤキモチやきのくせに善意の権化みたいに振舞い、いじらしいほど世話好きで…
こういうタイプの弱い男は、一人は必ず、諸君の周辺にいるでしょう。こういう男をいじめるのこそ、人生最大のためしみの一つです。

分かったか?ガイジ共