権兵衛に豊臣家の滅亡の責任を問うような、あるいは裏切りをしたみたいな言い方は結果論と権兵衛への過剰評価が過ぎるのではと思わなくもない

織田家の一武将だった頃ならともかく、
もはや諫言が刺さって方向転換するほどの距離感でも規模感でもなさそうだし
気分一つで粛清ができちゃう独裁者の気を害する言葉なんて内部から言えないのは現代にあてはめても多分に心当たりある話
粛清されない範囲で動く意思があったのならそれでもう十分じゃない?