>>98
箕島あたりではもう先に住民は逃げ去っていたのだが
元軍は壱岐対馬で遭遇した「精強な日本軍」の記憶に浮き足立っており2週間以上も前からもぬけの殻になった誰もいない島相手に
・味方機の爆撃による煙を日本軍の対空砲火と誤認。
・野生のキツネが動き回っているのを日本軍兵士と誤認。
・陣地の位置関係を誤認し陣地が移転していると指揮官に誤報告
・この島の気まぐれな天候によって視界が悪くなるたびに同士討ちが発生。日本軍は1人もいないのに100名の戦死者が出た。
・さらに、日本の軍医が撤退前に、兵舎に「ペスト患者収容所」と書かれた立て看板を置いておくと言う悪戯を施していた。これを見た元軍は驚いてパニックに
という醜態を晒してしまいこれが後の撤退に繋がったそうな