●「黄巾の乱」の首領・張角は「白馬寺が派遣した男」である可能性が高い。張角は太平道の開祖であり、太平道は道教の
一派。天帝や北斗真君や南斗星君等は「道教の神々」である。つまり、中国歴代王朝末期に必ず起こる「民衆の反乱」は
「白馬寺が黒幕」なのだ。自ら乱を起こして、「それを嘆いてみせ」、次代の英雄の登場を促す。「革命は痛みを伴うもの」とは
いえ、その非情さには慄然とするばかりである。
●因みに「北斗真君」は「醜悪な老人」の姿で「死」を司り、、「南斗星君」は「美麗な青年」の姿で「生」を司る。「北斗の運命
の道士」はここから来ている。
●三家拳に皇帝守護の任を譲ってからは「源流である北斗神拳」自体は三国志時代に「孫家拳の呉」の寧波に拠を構え、
泰聖院を開いてここで修行していた。だから「鎮魂の塔(勾玉内蔵)」にも北斗神拳伝承者の霊が憑依していたのである。空海
の時代に北斗神拳は日本へ渡る事になり、泰聖院は劉家拳に譲った。泰聖院が「劉家拳の菩提寺」に替わったのはこの時で
ある。この時、「北斗神拳に伝承者なくば劉家拳より出す」という掟や「天授の儀」の決まりも上の方の話し合いで決められた。
空海の時の3人はあくまで伝承者候補。船上には映っていなかったがこの当時の正統伝承者も空海と共に日本に渡った。
正統伝承者は「シュケン系直系の一族の男」で「霞家の祖」。末弟は「正統伝承者とリュウオウ系の母の間の子」で、次期正統
伝承者となる。上2人は父母共にリュウオウ系で、末弟とは異父兄弟だが、やがて日本で朽ち果てる。歴史は繰り返すので
ある。歴代統一王朝の皇帝守護の任は実際は洛陽の「白馬寺と曹家拳」が担当していた(因みに曹操の死と漢王朝滅亡は
同じ年の出来事)。源流である北斗神拳は「王朝が変わる時の、皇帝になる前の英雄」守護の任に当たり、更に、曹家拳でも
手に負えない時の切り札的存在とされていた。北斗神拳が日本に渡ってからは、その役目は劉家拳が担った。次の英雄は
白馬寺の占いで判明した。「皇帝制の終焉」で英雄守護の役目を終えた劉家拳の正統伝承者である宗武が「世界の英雄
抹殺」に走ったのは皮肉としか言い様が無い。