センゴク 宮下英樹 147番槍
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戦国史上最も失敗し挽回した男 その名は仙石権兵衛秀久
週刊ヤングマガジンで絶賛連載中
・センゴク 全15巻(週刊ヤングマガジン 2004年21号〜2007年45号)
・センゴク 天正記 全15巻(週刊ヤングマガジン 2008年3号〜2012年26号)
・センゴク 一統記 全15巻(週刊ヤングマガジン 2012年31号〜2015年45号)
・センゴク 権兵衛 連載中(週刊ヤングマガジン 2015年50号〜 ) コミックスは1-10巻
・センゴク外伝 桶狭間戦記 全5巻(別冊ヤングマガジン→月刊ヤングマガジン→週刊ヤングマガジン 2007年〜2010年)
センゴク 宮下英樹 146番槍
https://fate.5ch.net/test/read.cgi/comic/1523252434/ >>753
方広寺が燃えたのは天変地異だし
伏見城燃やしたのは豊臣方の西軍だから
あまり関係ないかも
豊臣方が伏見城に篭ったりしたら明治新政府も
普通に伏見城燃やしてると思う 大阪城→埋められてその上に天守だけ高く作られる
豊国神社→破壊される
京都の大仏→銅銭
せめて大仏くらいはなんとかならなかったのかねえ 大仏は普通に天変地異による破損だから無理でしょ
銅銭は残骸を利用した物だし 4代将軍ヒデキチくんか。流石に恥ずかしくなって、ボロが出ないように短文スタイルに変えたのかな? >>758
直せばいいだけだろ。あんなに普請やらせまくっていたんだから。 >>762
ん?文化財保護の考えのない人なのかな? >>761
普通にもっと大きな大仏(木像)作ってるよ
それも天変地異で焼けちゃったけど 強要とか文化財といった基本的な概念を理解してない無知ぶりは、やはりアレだな >>764
大きさ同じだぞ、しかも木造。それも途中で焼けたので再建は明治になってからと まあ人品がないものに権力持たせたらあきまへんわあ
と言ってた町人に超同意だわw 隠し字とかいうなら「秀頼」も入れればよかったのに
「家康」「政仁」だけ避諱しなかったのが悪い >>773
当時の常識からしてもあり得ない文言だわ
五山も非難するわな
10年以上執行猶予期間あげたのに未だに天下人気どりの豊家の呆けぶりが目に浮かぶわ とはいえ問題の梵鐘は鋳潰される事もなく
今も残ってる辺り内心はそれほど気にしてもいなかったんだろうな いやむしろ徳川家の正当性を担保するために残されたんじゃない そうは言うが呪詛してるとまで言ってるような代物を残してるのも変な話だ
あと右僕射 源朝臣の下りはどう考えても言いがかりだと思う あの碑文はそもそも、考案した坊さん自身が家康の名前をあえて入れたと認めてる。日本がお手本にしてきた中国の王朝で、在世中の皇帝の字(性ではなく名)を、公文書や名付けで禁忌にしてるのは常識の話。あえて改名する士大夫さえいた。
勝手に名前を使いしかも割るとか、挑戦的で不敬と誹られるのはやむをえない。もし豊臣家が気づかなかった単なる人選失敗なら、平謝りして撤回すべきだろ。 漢文っていかめしい字面に対して前後関係からこういう意味にもなるしこうも受け取れるって意外とあやふやなとこがあるね
でもこの場合は文法がどうとか関係ないどころか多数決みたいになっちゃってる 秀吉も長宗我部との手紙のやり取りで、
文面における秀吉の名前の扱いが信長の時より雑になったって
難癖つけて四国征伐してなかったっけ? >>780
いつから家康が皇帝や天皇になったんですかねえ
たかだが引退した将軍の諱を避ける風習なんてないですよ。
五山の僧侶も天皇の諱は避けるけど、庶民の諱なんて気にしたことねーよと答えている >>783
諱を使う場合に欠字をしろということ、つまり秀吉なら、「□秀吉」みたいな感じ
一字空白をあける皇族や殿上人くらいにしか使われない。
もっとも四国征伐の理由は毛利が駄々をこねたのが原因。伊予が欲しい毛利と、
阿波はあきらめても伊予までは無理の長宗我部の対立 >>784
五山の僧の意見は相国寺の僧が
「好ましくはないけどウチじゃ特別避けたりはしないです」
と述べてたり
東福寺の僧が
「庶民にはそういうしきたりはないらしいけど将軍の諱でやっちゃダメだろ」
と言ってるぐらいで概ね非常識な行為という意見だよ 複数人に叩かれたら泣いて逃げ出して
日付変わってID変わって人がいなくなってから反論かよ
こんなテンプレみたいなネット弁慶のクソオタクまだいるんだな >>786
将軍の諱を避けるような風習はそれまで日本にはないよ。
みな天皇の諱を避ける風習はあるというのは一致していたが、将軍の諱を避けたことはないとしている。
足利将軍家だと「義」の時が高確率で入るが、こんなのいちいちさけて手紙や碑文なんて書かない。
信長や秀吉の諱が避けられたというのも聞いたことないね。
ていうか秀頼は手紙などでも秀頼とそのまま書かれているし、秀吉の遺言においても大老は全員諱で書かれており。
むしろ石田などの奉行衆は官職(前田は法名)で書かれるという区別が行われている。 >>787
ほんとだよなあ、いつも最後は相手がヒデキチガーと逃げ出してつまらんのだわ、
まさに戦国無双 五山の僧は揃って「好ましい事ではない」と言ってるのに
そこは無視する辺り都合の良い頭してるなぁヒデキチくんは >>790
将軍の名前もまともに覚えてないくせに歴史通ヅラしてるような頭おかしいバカだよ?さっさと死ねばいいのにホントなんで生きてんだろうね あ、前田は徳善院だったか
>>790
難癖付ける為に家康が集めた面子ですら
碑文を書くときに避ける事はないともしているってのに面白い事いうなあお前。
当時に前将軍程度の地位で非諱された事例を挙げてほしいもんだが。
秀吉なんて今浜を長浜に変えるなんてやってるってのに、敬意を表す行為にすぎんよ。 >>791
そりゃどうでもいいからな。将軍なんてそんなものだ。
こんなの敬っているお前みたいなバカが未だにいるってのが信じられんわ。 まあ、日付が変わって直ぐにキチガイをNG出来たのは悪い事でもないか 4代将軍ヒデキチ君、馬鹿にされてるの気付かず「無双」とかwww 諱を避けるなんて実はされていなかった、碑文を書くときも避ける事はなく非常識でもなんでもなかった
それらの間違いを指摘されたために逃亡するんですね、わかります。
諱の無断使用は重罪とか言い出すバカが未だにいなくならないのがほんと困るね 前文
外施仁政
前征夷大将軍従一位右僕射源朝臣家康公
後水尾天皇の諱「政仁」まで用いてるという >>798
ここまでザルだと豊臣陣営に自殺願望でもあったかのようで草 天皇は何も文句を言ってないどころか、方広寺の開眼に元皇族である常胤法親王を指名している。
この開眼の日時は豊臣家の希望していた時期であり、家康の要求を蹴っている。
また家康の使命した人間を外して、氏名しているあたり天皇の意思が見えるね。
常胤法親王の前の座主の興意法親王も、方広寺の銘文ではなくて、棟札のほうで呪詛の疑いとか難癖付けられているんだよなあ。
彼の後任を指名するしているのも面白い。
まあ天台宗の寺に真言宗の座主を導師としておくろうとしていた家康がおかしいだけかもしれんが 難癖であり無茶振りでありそこに正当性が全くないとするなら、なおのことその要求をはね除けられない豊臣と徳川の力関係が浮き彫りになるな。 現役の大名が一人も大阪方につかなかった時点でお察し 明石って宇喜多の客商だったのになんで大名扱いなの? >>806
宇喜多家臣として家宰をしつつ、豊臣直臣でもあるから。 明石さんが生き延びたかどうかが気になるところだなー。 明石さんの子孫は大陸に渡ってロシア帝国打倒に力を貸して
台湾に渡ってそこの領主になったという伝承が >>717
水野勝成は今でも地元じゃ名君と呼ばれてるよ 明石さんは生き延びて、織田信長の手下になったんじゃなかったっけ。雑誌繋がりではw >>809
明石元二郎大佐はもっと評価されるべきお方。 >>804
豊臣を恐れず師である千利休の死出の旅の見送りをし、
大坂の陣では豊臣のために京に放火をしようとはかったが露見し切腹させられた
叛骨の大名がいたような ヤンマガ最新号(23号)昨日から店頭に並んどった
ちなみに次週(24号)はゴンベ休載じゃ >>813
功績がすでに過大評価、という説もあるけどね >>807
親会社の幹部が子会社の役職やるようなもんかー >>814
京都所司代「放火はダメだろ、ダメだろオイ」 >>818
どっちかっていうと、M&Aした子会社の中の優秀な社員を、親会社と兼任させる形かな?。 譜代がいないからって、有能な陪臣引き抜こうとするのは秀吉の癖。有力大名家の主従の堅い関係に楔を打つ目的もある。
五大老家だけみても毛利家の小早川隆景、上杉家の直江兼続、宇喜多の明石、臣従前なら徳川の石川数正、その後も本田忠勝にちょっかいかけてる。
身内でも藤堂高虎を例として秀長、秀次の家臣団に手を伸ばしてるな。
立花、鍋島辺りも 丹羽さんの所もしこたま持っていかれたよな
なななの長束君とか上田殿とか溝口さんとか そもそも皆「何某家臣」じゃなくて「朝臣」だからね
朝廷の長たる秀吉が天道を正しているだけだね 豊臣家いやその元となった織田家が実力主義の権化
有能であれば陪臣でも直臣となって出世し、無能であれば長年仕えていても失脚する 秀吉に、自分から仕えたいと思う、有能な人間が存外少なかったからかな
普通、天下人になれば使ってください! という人間が増えそうだけど
実際には、そうじゃなくて強引に家臣にした件とかが多いからね
藤堂高虎なんか、内心は嫌々だったんだろうね、徳川に急接近したあたりとか >>825
後世で「義の人」とか「忠義の人」と言われる佐吉くんも家康にすりよってるもんな。
秀吉死亡時点で反家康ってどれくらいいたのかね。畜将TERUくらいかね。 別に秀吉が嫌われてるとかいう問題でなく、秀吉が死んだ時点で家康を担ぎ上げるのが一番都合良いってのが皆わかってたんだろう。
おねさんがおおさか城を去ったのが豊臣家の最後のとどめになったんじゃないかね。 >>825
優秀な人間はまあ大概すでに他所で地位を築いてるからな
優秀な見出した下っ端を幹部まで育てるには時間がかるし、
即戦力求めればどうしても強引なことになる
>>826
五大老クラスならみんな肚に思惑はあったろ
家康が豊臣政権横領するのに闘争が始まるのははっきりしてたし 蔵入地220万石が65万石に減ったときって誰も文句言わなかったのかね >>830
そもそも家臣の加増まで家康にお伺い立ててる時点でお察し 蔵入地は元々恩賞用の予備領地でもあったからな。
貰った東軍組は文句はいわんだろ。 猿が織田家にやった事完全にやり返されてるよなw
なんていうか因果応報 >>830
文句言いそうな奴は、関ヶ原でおおむね片付けたしなw たった一日の関ケ原で文句言いそうな奴ら壊滅させた手腕は異常
関ケ原は戦略レベルでの三方ヶ原の再現だと勝手に思ってるわ
大阪が決起しても良し、そのまま権力を侵食しても良し
どっちにしても王手飛車取り、投了よ >>830
西が勝っても似たようなことしただろうし
どっちも勝てずに戦国時代再開しても、近隣大名にむしり取られただろうな カタカナで書くとナポレオンの人のに
ここで紹介されてたから読んだが予想以上だった
勝ち気な女の子たちはかわいかった 成り上がり、金と女に節操がない、沸点がわからずいつ理不尽に追放されたり粛清されるかわからない…
そんな秀吉に、積極的に仕えたいヤツは少数派なんじゃ… >>821
立花及び高橋に関しては宗麟さんが持ちかけた説が好き
無論秀吉への取り入りもあるだろうけど、孤立した筑前を二家で死守し忠節尽くしてくれて長年苦労かけた恩返しとか考えたらちょっと泣ける
秀吉も宗麟も宗茂兄弟もWinWinWinな珍しい引き抜きにも見えるんよ
あ、宗麟が息子への愛情が足りないのはもうしゃあない… 戦国時代一番のヤンデレ女って誰?
そういうの好きで集めた大名いそう 逸話レベルなら結構いるけどなあ
所詮は逸話だしアテにならん 役に立つだろ
レヴィ・ストロースによれば社会は女性の交換で成り立ってる
交換道具としては重要 >>841
やべぇ女と言えば伊達政宗の母ちゃんか。 >>848
慶次で見たわ保春院だっけ?
子や家を思うが故の歪んだ行動じゃなくてなんか些細な事で目の前で手首切ったりずっっっと主人を監視してるようなやべーやつは流石にいないか
信親の嫁さんは素質ありそうで良かったのに元親に浄化されちまったよ >>852
旦那が切り捨てた植木屋の血を浴びても
平然としていたお玉ちゃんとか? >>852
若いな
大河ドラマ独眼竜政宗の岩下志麻だろ
強烈なインパクトあったぞ >>853
お玉ちゃんは、別に普通じゃね? 戦国時代感覚では
旦那は、戦国時代水準でもアレだが…嫁が絡まなければかなりの出来人、というあたりすげぇめんどくせぇがw ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています