>>302
もし「代弁で断る」という言葉に意味が無いならば、
もちろん「代弁で断るという理屈」も「代弁で断る」という行為も存在しない。
存在しないどころか、存在するかしないか考察不可能だ。

「何月何日に誰と誰が何を話した」という再現ドラマの台本に出来るような一連の状況が表現されて初めて、
そのような状況が「○○が代弁で断る」と言えるかどうかが考察可能になり、
そのような状況が現実世界に起こり得るかどうかが考察可能になる。

「代弁で断るという理屈自体が、あるか無いか」という言葉だけでは、
「とんがった丸はあるか無いか」と同じく、問い自体が考察不可能で無意味で無価値だ。