アンパンマンアンチスレ
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夢の話と色恋の話くらい、聞いていてつまらないものはない。 (そこで自分は、「それは当人以外に、面白さが通じないからだよ。」 「じゃ小説に書くのにも、夢と色恋とはむずかしい訳だね。」 「少くとも夢なんぞは感覚的なだけに、なおそうらしいね。 小説の中に出て来る夢で、ほんとうの夢らしいのはほとんど一つもないくらいだ。」 「それだけまた、後世にのこらなかった愚作の数も、思いやられると云うものさ。」) 何しろお徳の口吻を真似ると、「まあ私の片恋って云うようなもの」 あいつがまだ浅草田原町の親の家にいた時分に、公園で見初めたんだそうだ。 こう云うと、君は宮戸座か常盤座の馬の足だと思うだろう。 その癖、お徳はその男の名前も知らなければ、居所も知らない。 僕たちが若竹へ通った時分だって、よしんば語り物は知らなかろうが、先方は日本人で、芸名昇菊くらいな事は心得ていたもんだ。―― そう云って、僕がからかったら、お徳の奴、むきになって、「そりゃ私だって、知りたかったんです。 だけど、わからないんだから、仕方がないじゃありませんか。 そこでいろいろ聞いて見ると、その恋人なるものは、活動写真に映る西洋の曾我の家なんだそうだ。 が、見たところ、どうもお徳が嘘をついているとも思われない。 「毎日行きたくっても、そうはお小遣いがつづかないでしょう。 だから私、やっと一週に一ぺんずつ行って見たんです。」―― 「一度なんか、阿母さんにねだってやっとやって貰うと、満員で横の隅の所にしか、はいれないんでしょう。 そうすると、折角その人の顔が映っても、妙に平べったくしか見えないんでしょう。 そりゃ恋人の顔が、幕なりにぺちゃんこに見えちゃ、かなしかろうさ。 「何でも、十二三度その人がちがった役をするのを見たんです。 大抵黒い、あなたの着ていらっしゃるような服を着ていましたっけ。」―― さっきで懲りているから、機先を制して、「似ていやしないか。」 向うが生身の人なら、語をかけるとか、眼で心意気を知らせるとか出来るんですが、そんな事をしたって、写真じゃね。」 思われない人だって、思われるようにはしむけられるんでしょう。 志村さんにしたって、私によく青いお酒を持って来ちゃくだすった。 それが私のは、思われるようにしむける事も出来ないんです。 「それから芸者になってからも、お客様をつれ出しちゃよく活動を見に行ったんですが、どうした訳か、ぱったりその人が写真に出てこなくなってしまったんです。 だのって、見たくも無いものばかりやっているじゃありませんか。 しまいには私も、これはもう縁がないもんだとさっぱりあきらめてしまったんです。 ほかの連中が相手にならないもんだから、お徳は僕一人をつかまえて、しゃべっているんだ。 「それがあなた、この土地へ来て始めて活動へ行った晩に、何年ぶりかでその人が写真に出て来たじゃありませんか。―― こう敷石があって、まん中に何だか梧桐みたいな木が立っているんです。 ただ、写真が古いせいか、一体に夕方みたいにうすぼんやり黄いろくって、その家や木がみんな妙にぶるぶるふるえていて―― そこへ、小さな犬を一匹つれて、その人があなた煙草をふかしながら、出て来ました。 やっぱり黒い服を着て、杖をついて、ちっとも私が子供だった時と変っちゃいません……」 向うは写真だから、変らなかろうが、こっちはお徳が福竜になっている。 「そうして、その木の所で、ちょいと立止って、こっちを向いて、帽子をとりながら、笑うんです。 それが私に挨拶をするように見えるじゃありませんか。 いくらYだって、まだ活動写真に惚れた芸者はいなかろう。 「そうすると、向うから、小さな女異人が一人歩いて来て、その人にかじりつくんです。 年をとっている癖に、大きな鳥の羽根なんぞを帽子につけて、いやらしいったらないんでしょう。」 それを知っている友だちは、語り完らない事を虞れるように、時々眼を窓の外へ投げながら、やや慌しい口調で、話しつづけた。) それから、写真はいろいろな事があって、結局その男が巡査につかまる所でおしまいになるんだそうだ。 何をしてつかまるんだか、お徳は詳しく話してくれたんだが、生憎今じゃ覚えていない。 「大ぜいよってたかって、その人を縛ってしまったんです。 お酒の罎がずうっとならんでいて、すみの方には大きな鸚鵡の籠が一つ吊下げてあるんです。 それが夜の所だと見えて、どこもかしこも一面に青くなっていました。 私はその人の泣きそうな顔をその青い中で見たんです。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています