安倍晋三、菅義偉、小泉進次郎…なぜ日本人はかくも小粒になったのか [potato★]


平成時代に首相として誕生した小泉純一郎氏。全盛期の勢いは凄まじかった。その後、安倍晋三氏は第2次政権以降、在任日数では憲政史上最長を記録。

彼らが政権在任中に成した改革の内実とはいかなるものだったか。

国民は何を得て、何を失ってきたのか。そしていまは小泉進次郎環境大臣の言葉に象徴される「言葉の軽さ」。

中身のない話をじつに勿体ぶってもっともらしく語るその「文体」に国民はもうすでに気づいている。

初選集『福田和也コレクション1:本を読む、乱世を生きる』(KKベストセラーズ)を上梓した文芸評論家・福田和也氏は平成の時代に、すでに令和で目にするような政治・社会現象をまるで予言するかのように語っていた。

■戦後、わが国は人物を育てようとしてきたか


 大きい人がいなくなりました。
 人物というべき人がいない。
 日本中、どこを探しても。
 一体全体なぜ、人材がいなくなってしまったのか。
 その原因はいくつもあるでしょうが、一番の理由は、育てて来なかったから、明確な意識をもって育てようとしてこなかったからにほかなりません。
 人物を、人材を育てようとしてこなかった。
 勉強のできる人、健康な人、平和を愛する人は育ててきたけれども、人格を陶冶(とうや)するとか、心魂を鍛えるといった事を、まったく埒(らち)の外に置いてきた。
 その、戦後教育の結果が、このざまです。
 政界、官界、財界、どこを見回しても人物というほどの代物はいないではないですか。
 言論界も同じようなものです。
 わが国から、人材というほどの存在が、きれいさっぱり払底(ふってい)してしまったわけです。
 国の借金が一千兆円、などという話を聞くと暗澹(あんたん)としはしますけれど、それでも人がいないという事に比べればたいした事がありません。
 いくら金があったって、人がいなければどうしようもないからです。
 バブル期以来、どれだけのお金を日本人が無駄に使ってきたか。
 みんな人を得なかったからではありませんか。
 人材は、何よりも大事なものです。
 お金がなくたって、国は、企業は立ちゆくけれど、人がいなければ、どうしようもありません。
 人がいれば、金がなくたってなんとかなるのです。