http://pag-japan.jp/bio.htm
シェルダン・ナイドルは1946年11月11日ニューヨーク市生まれ、バッファロー *1(ニューヨーク州)で育ちました。
彼の最初の地球圏外生命およびUFO体験は、彼の誕生直後に始まり、幼年期を通じて様々な形での
コンタクト現象に彩られました。それには、地球外生命体の訪問は言うに及ばず、光の姿を顕現する存在との
コミュニケーションや、宇宙船に搭乗した上での教育/学習セッションも含まれます。その生涯の大部分を通じて、
彼はテレパシーでのコミュニケーションや「コアとなる英知」の直接挿入(エーテル体および物質的なインプラント)
を楽しみ、これは現在も続いています。シェルダンは、少年期を通じて宇宙船を目撃し、肉体をともなってこれに
搭乗する経験もしています。

14歳の頃、シェルダンは、シリウス星人とその「光の銀河連邦」同盟者たちに対し、彼とのコミュニケーションを
中止するよう要求しました。彼らからの科学的知識と彼がここ地球で学ぶことの間に、どうしようもない摩擦を
経験していたのです。彼らシリウス星人とその「光の銀河連邦」同盟者たちは、こう言い残して彼のもとを去りました・・
・惑星地球とその住人のため彼自身の使命を完遂すべき時が来たら、彼らは必ず戻ってくると。高校では、
彼は、物理や化学および微積分のような科目分野で、上級科学コースに編入されました。

シェルダンは、1968年、バッファロー大学から政治学の文学修士号を取得し、さらに、1970年にはオハイオ大学
から東南アジア政治学の文学修士号、後には南カリフォルニア大学からアメリカ政治学および国際政治学の
文学修士号を取得しました。南カリフォルニア大学では博士号の教育課程(1974-76)にも従事しています。
1970年代、彼はシンタール・プロダクションの副社長を務め、その科学プログラムを指揮していました。ここでは、
ニコラ・テスラ *2の生涯と業績に関してドキュメンタリーを共同制作しています。1970年代から1980年代中頃に
かけては、彼は電気エネルギー源の代替に関する科学研究に従事していました。そして1980年代半ば、彼に
対する地球圏外生命からのコンタクトが再開します。現在、シェルダンは「光の銀河連邦」の代理人であり、
講演活動も行っています。そして1997年11月、プラネタリー・アクティベーション・オーガナイゼーション
(惑星活性化協会)(Planetary Activation Organization:略称PAO)を設立しました。