歩夢「世界旅行」
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夕焼けがオレンジ色に世界を染める。私は境内の外に居て鳥居の先を眺めている。
そこには幼い子供が三人いて何かをして遊んでいるみたい。
よく見ると一人は幼い頃の私。おかっぱの着物の女の子ともう一人の女の子は髪を二つ結って男の子みたいな格好をしている。
これは夢だ。今までも時々あった。夢の中でこれは夢だと自覚する事が。
そう言う時、目を覚まそうと強く思えば簡単に夢から抜け出した。
けど、今回に限っては夢の中を少し冒険してみようなんて思ってしまったのだ。 彼は困った様に微笑んで
遥「はい」
とだけ返事をする。何かまずかったのか遥くんの表情は見る見る曇っていく。
遥「俺、すぐに顔や態度に出ちゃうので。もう気が付いてると思いますけど」
私は頷く。
遥「昨日、俺の気持ちを伝えたんですけどね、好きって」
私は横目でしずくちゃんの方をチラッと見たら顔を赤くしていた。
遥「ちゃんと言ったんですよ俺。そしたらあの人なんて言ったと思いますか?」
なんと言ったのだろう?今はスクールアイドルに専念したいとかそんな所だろうか?
遥「私も好きだよって。俺の事大事な大事な弟だって言うんですよ。最悪ですよね」
遥くんは無理矢理笑ってみせたけどそれが余計痛々しかった。 私はなんて答えて良いか分からず固まってしまった。
遥「まあフラれた訳じゃないんで」
自分に言い聞かせる様にそう呟く。
遥「ライブは行きます。楽しみにしてます」
と言って彼は傘もささずに外へと出て行ってしまった。 雨はまだ止む気配は無かった。窓に映るしずくちゃんと目が合うと
しずく「事情は分かりました。彼方さんは残酷な事をしますね」
彼女はそう言うと着ているジャージのチャックを一番上まで上げた。
歩夢「せめてちゃんとふってあげればいいのに」
私がそう言うとしずくちゃんはコクリと頷いたのだった。 私達が学校へ戻ると部室には彼方さんとエマさん、栞子ちゃんが先に帰って来ていた。
エマ「お帰り〜。急に雨が降って来て大変だったでしょ?」
そう言ってエマさんは立ち上がるとコーヒーを淹れる準備を始めた。エマさんの膝を枕にしていた彼方さんは仕方なく立ち上がると大きく伸びをする。
彼方さんは私がジッと見ているのに気が付き
彼方「どうしたの?何かあった?」
と言って来たので
歩夢「さっき遥くんに会いましたよ」
と私は答えた。 すると少しの間場が静まり返った。何の事か分からないエマさんと栞子ちゃん、ギョッとっした目で私を見るしずくちゃん。
彼方「よく会うね。3日連続じゃない?」
彼方さんが沈黙を破った。
歩夢「うん。私もビックリしちゃって。昨日の今日でまた会うなんて。昨日は・・・」
私が話し始めるとしずくちゃんが近づいて来て私の服の袖を引っ張り、耳元で
しずく「何を言う気ですか?首を突っ込むのは野暮ですよ。歩夢さんらしくないです」
と囁くのだった。 一球しか持たないなら打たせて取るしか勝てないのか。どの競技なら勝てるんだ しずくちゃんの言う通り首を突っ込むのは野暮なのだろう。けれど、私は野暮な事をしにこの世界に来ているはずで、もちろん、皆んなの前でいきなり核心に触れる様な事はするつもりはないけど黙って見ているつもりもなかった。
私はしずくちゃんに目配せをした。するとしずくちゃんは安堵の表情を浮かべる。
歩夢「昨日は花火は観れましたか?」
私はしずくちゃんの隙をついて彼方さんに投げ掛けた。
彼方「観れたよ〜。凄く綺麗だったよ〜」
彼方さんは嬉しそうに答えた。 私達の会話を聞いて栞子ちゃんが
栞子「遥さんって彼方さんの妹さんですよね?」
と彼方さんに言った。
彼方「ん〜遥ちゃんは私の妹だけど昨日一緒に花火を観たのはバイト先の後輩だよぉ。遥ちゃんと同じ名前なの。性別は違うけどね」
それを聞いてエマさんが
エマ「え?じゃあ、彼方ちゃんは男の子と花火を観に行ったの?デート?」
と身を乗り出して生き生きとした表情で彼方さんに問いただす。
彼方「へへん、まあね〜。とは言っても遥くんは弟みたいなものだけどね」
彼方さんは弟と言う言葉を妙に強調していた。それを聞いて私はなんだか胸を締め付けられる気持ちだった。しずくちゃんも似た様な表情をしていた。 冗談を言った後の様に彼方さんは笑って居たけど、その時の彼方さんの本心は私には分からなかったし、その後、同好会のメンバーが続々と集まって来たので、これ以上はその話をしなかった。
同好会のメンバーが全員揃うと侑ちゃんとせつ菜ちゃんが指揮をとってこれからの予定を話し合った。
侑「μ'sの皆んなも一通り下見は終えたみたい。明日以降は使用許可を取る為に歩夢には走り回って貰うけど良いかな?」
歩夢「私?」
寝耳に水だったので思わず聞き返した。だって、こう言うのはいつも侑ちゃんとせつ菜ちゃんがやっていたから。
侑「案を出したのは歩夢だからね。歩夢は穂乃果ちゃんと私は絵里さんと一緒に回って貰う予定。せつ菜ちゃんには他の細かい事を頼むから結局一番大変かもしれないし、他の皆んなもフォローを頼むね」
侑ちゃんは一通り喋ると私に近づいて肩に手を置いた。 翌日、私は学校の食堂で穂乃果ちゃんが来るのを待っていた。スマホを取り出し時間を確認する。約束の時間は過ぎているのだけど穂乃果ちゃんは来ない。
私が電話をしようか悩んでいると
穂乃果「歩夢ちゃんごめーん。電車で寝過ごしちゃって」
と大きな声で謝罪をしながら穂乃果ちゃんが食堂に入ってきた。私はなんだか恥ずかしくて慌てて穂乃果ちゃんにしーっとジェスチャーをした。
穂乃果「いや〜ごめんなさい。本当にごめんなさい」
穂乃果ちゃんはひたすら謝っていた。
歩夢「大丈夫だよ。それより喉乾いてない?何か飲む?」
と私が尋ねると
穂乃果「渇いた〜ジュースあるかなぁ」
と言ってカウンターの方へ歩いて行った。なかなかマイペースだなぁ。 穂乃果ちゃんはジュースを持って戻って来ると席に着くなりいきなり本題に入った。
穂乃果「じゃあ今日のスケジュールだけど。このジュース飲んだら先ずはこの虹ヶ咲の敷地の使用許可を取りに行こうか。自治体関係には午後から行く様にアポを取ってあるから」
歩夢「この学校に許可を取るのはせつ菜ちゃん一任した方が効率が良かったんじゃないかな?」
穂乃果「歩夢ちゃん達だけでライブを行うならそれでも良いかもしれないけど私達も使わせて貰うんだからさ。足を運ぶのが筋じゃない?」
歩夢「なるほど。そうだね」
まるで穂乃果ちゃんは先程までとは別人に様に説明し始めた。
歩夢「なんか穂乃果ちゃん慣れてるね」
μ'sの活動を通して場慣れしてるんだろうか。活動期間も私達より長いだろうし。
穂乃果「まあね。生徒会長 をやっていた事もあったしね」
歩夢「生徒会を?穂乃果ちゃんが?」
確かに音ノ木坂の生徒会は絵里さんが会長で希さんが副会長だった様な。穂乃果ちゃんも役員だったのかな。 そっちの意図じゃないんだろうけど歩夢の反応がちょっと失礼で草 私が穂乃果ちゃんをジッと見ていると急かされたと思ったのか穂乃果ちゃんはジュースを急いで口に含んだ。
穂乃果「いや〜やっぱり虹ヶ咲はオレンジジュースも美味しいね!」
市販のオレンジジュースを出しているだけだと思うけど私は特にそれに関して何か言ったりするのはやめた。
穂乃果「じゃあ、早速だけど行こうか?」
歩夢「そうだね」
私達はコップをカウンターに返して食堂を後にした。 虹学はマンモス校だからジュースも1ランク上かもしれない 学校の許可はすんなり得る事が出来た。なるべく生徒の自主的活動を支援する方針に加えて新旧生徒会長が在籍している事、予め栞子ちゃんが話を通して居てくれていた事が大きかったのだろう。
各自治体や管理会社などの関係各所への話もスムーズに進んだのは穂乃果ちゃんの存在が大きかった。
穂乃果ちゃんは決して話が上手と言う訳ではないけれど何か人を惹きつける所がある。
これは以前から思っていた事だけれど、穂乃果ちゃんは飛び抜けた美貌を持っている訳でも歌やダンスが特別上手い訳でもない。しかし、穂乃果ちゃんには圧倒的カリスマ性を感じる。これはアイドルなら誰しも喉から手が出る程欲しがる能力だと思う。
私が知る限りではこれを有しているのは穂乃果ちゃんとせつ菜ちゃんの二人だけ。 侑ちゃんやAqoursの千歌ちゃんの様な人たらしとは似て非なる天性の能力。(とは言え穂乃果ちゃんにはだいぶ人たらしな一面もあるけど)
それが穂乃果ちゃんには備わっている様に思える。
今目の前で穂乃果ちゃんがしてる様に私が身振り手振りを交えて説明をしたら、このいかにも堅物って言った様なおじさんは許可してくれただろうか?
もしかしたら許可してくれたかもしれないし、ダメだったかもしれない。
ただ、穂乃果ちゃんなら何とかしてくれると思える。 歩夢「穂乃果ちゃんは少年漫画のヒーローみたいだよね」
海沿いの道を二人で歩きながら私は穂乃果ちゃんに言った。穂乃果ちゃんは笑いながら
穂乃果「ヒーローなんかじゃないよ。失敗だって多いし救えない事だって沢山あったよ」
と言った後頭を掻いた。
穂乃果「まあ、結局諦められなくて何度でもチャレンジしちゃうんだけどね」
その時、私は穂乃果ちゃんの話を聞いてふと思ったのだ。何度もチャレンジ。まだ救えないままの人が居る。もう一度チャレンジする事は可能なのではないだろうか? 私は愛ちゃんの事がずっと心の中で引っ掛かっていた。
穂乃果「歩夢ちゃん?」
歩夢「あっ、ごめん」
穂乃果ちゃんの声にハッとした。
穂乃果「歩夢ちゃんは今何を考えていたの?」
急な質問に私は答えられないでいると
穂乃果「何か悩んでいる事があるんじゃないの?」 かすみも途中がキツかったけど最後はいい感じだったから大丈夫そうか
最初の方が歩夢も上手くやれなかったんだな 歩夢「悩んでる事?どうして?」
私はとぼけて見せたが穂乃果ちゃんは真面目な顔して
穂乃果「だって所々で深刻な顔して黙り込むじゃん?アレだったら話聞くよ?」
と言った。顔に出ていたんだ。
歩夢「もし、友達が道を踏み外してたらどうする?」
穂乃果「話を聞いて必要なら叩いて、抱きしめるよ」
穂乃果ちゃんは真剣な顔をしている。
歩夢「退学してどこかへ行ってしまってても?」
穂乃果「探し出して話を聞いて抱きしめるよ」
歩夢「助けてくれってサインを出してたのに気が付かなかったんだよ?どんな顔して会いに行くの?」
穂乃果「いつも通りの顔して会いに行くよ。だって友達だもん」 愛さんのリベンジありそうで良かった。まずはこの世界をクリアしないとだけど 穂乃果ちゃんは言い切る。言葉にブレがない。
穂乃果「野暮でお節介な人間ってのもこの世には必要だって今は思うんだ」
穂乃果ちゃんはウィンクをすると
穂乃果「あっ!もしかしたら歩夢ちゃんにこれを言う為に私はここにやって来たのかな?」
と言って走り出した。私は穂乃果ちゃんが何を言ってるのか理解出来ずにいたけど少し背中を押して貰えた様な気がする。
やっぱり穂乃果ちゃんはヒーローみたいだ。 穂乃果ちゃんと別れ私は一度学校へ戻った。部室の扉を開けると彼方さんが机で寝ていてしずくちゃんがその横で本を読んでいる。
しずく「おかえりなさい。侑さんは遅くなる様です。さっきまた出て行きました」
しずくちゃんは読んでいた本を閉じると鞄にしまった。
歩夢「しずくちゃん。私、やっぱりちゃんと言うべきだと思うの」
しずく「何をですか?」
しずくちゃんは首を傾げる。
歩夢「彼方さんに。余計なお世話かもしれないけど他人じゃないでしょ?私達」
しずく「そうですけど」 しずくちゃんが口籠っていると隣で寝ていた彼方さんがむくっと顔を上げた。
しずく「起きてたんですか?」
彼方さんはコクリと頷くと
彼方「そんな何時間も眠れる訳ないじゃん」
と言って少し笑った。
彼方「計らずも首を突っ込む事が出来た訳だね、歩夢ちゃん。ちゃんと聞くから座りなよ」
彼方さんは隣の空いてる椅子を引くと私に座る様に促した。 私が椅子に座ると彼方さんがどうぞと言わんばかりに凝視して来る。
歩夢「単刀直入に言います。遥くんの事ちゃんとフッてあげて下さい。分かってるんですよね?」
私の言葉に彼方さんは一瞬眉をピクッと動かした。
彼方「本当に単刀直入だね。遥くんが失恋する事が前提で話が進んでるけど」
歩夢「だってその気はないでしょう?」
彼方さんは頷く。 しずく「少しもないんですか?告白されて今後気持ちが変わる様な事もないですか?」
割って入って来たしずくちゃんの言葉に彼方さんは考える素振りも見せないで口を開く。
彼方「ないよ。しずくちゃんに弟が居るとしてキス出来る?それ以上の事を出来るかな?出来ないよね?」
しずくちゃんは顔を赤くして首を振った。
彼方「好きってそう言う事だよ。キスしたいとかエッチしたいとか思うのが自然なんだよ。遥くんとそんな事は出来ないよ。だって遥くんは弟だもん」
彼方さんは言い切った。けど、私は納得出来ない出る。 歩夢「遥くんは弟じゃないですよ」
私の言葉に彼方さんは一瞬眉を顰める。
彼方「弟だよ。どこまで言っても遥くんは弟だよ」
歩夢「弟じゃありません。他人です。だからふってあげて下さい」
私は引き下がる事をせず、彼方さんも段々と口調が強くなっていく。
彼方「歩夢ちゃんに彼方ちゃんの…私と遥くんの何が分かるの?ハッキリと振ったらもう遥くんとは一緒に居られなくなるかもしれないだよ?」
歩夢「恋愛なんてそんな物でしょう!恋なんて叶わない限り綺麗に終わる事なんてないんだから」
思わず大声を出してしまった。彼方さんもしずくちゃんも目を大きくして驚いている。 歩夢「他人て便利な言葉だと思います。会わなくてもいいんだから。家族だとそうはいきませんからね」
彼方さんはそっと顔を上げると
彼方「でも、ツラいな。遥くんと会えなくなるのは」
と呟くので
歩夢「振られる方はもっとツライですよ。それにいつか遥くんの事を恋愛対象として見る事が出来るかもしれませんよ」
彼方「それは想像出来ないなぁ。でも、そうだね。そう言う事もあるのかなぁ。他人って便利だなぁ」
彼方さんは立ち上がると鞄からスマホを取り出した。
どうやら、遥くんに電話を掛ける様だった。 しずく「決めたんですね。でも、歩夢さん凄いですね。実は恋愛経験豊富とか?」
しずくちゃんが私を見てそう言ったので
歩夢「恋愛経験なんてないよ。しいて言えば友達の恋愛相談に乗ってあげたくらいかな?」
と意味ありげに言ってみた。もちろん、しずくちゃんに真意は伝わらないと思うけど。
しずく「そう言えば歩夢さんは彼方さんの事他人じゃないって言ってましたけど、言葉の定義で言えば私達は血の繋がりがないから友達でも他人ですよね?」
イタズラっぽく笑いながら私に詰め寄る。
歩夢「便利でしょ?」
私もしずくちゃんに笑って返してみせた。 その日、彼方さんは遥くんを呼び出してちゃんと思いを告げた。
彼方「ごめんね。遥くんの気持ちに気付いてたのに」
彼方さんの方が泣いていてどっちが振られたのか分からない感じだった。
意外だったのは遥くんは今のままの関係を続けたいと言ったのだ。
遥「でも別に諦めた訳じゃないよ。今は弟でもいつか好きと言わせてみせるさ」
遥くんは私が思っていたよりもずっと大人なだった。
思わずこっちの方が惚れてしまいそうだ。 気が付けばまた私はここへ帰って来ていた。
「お帰り。疲れたでしょう」
例によってまた彼女が出迎えてくれた。
歩夢「うん。でも、やり残した事あるんだよなぁ。ライブ、上手くいったかな?」
私が呟くと彼女は
「また行けばいいよ」
と言ったので私はすかさず聞き返す。
歩夢「行けるの?また同じ所に?」
「扉がある限りは」
私は彼女の両肩に手を置いた。
歩夢「私、行きたい所があるんだけど」
次に行く所は私が決める事になった。 ジメジメとした空気が肌に纏わり付き気持ちが悪い。私はどこかのコンビニの前に立っていた。辺りを見回すと駐車場でいかにもと言った出立ちの人達がたむろしている。私は急いで目を逸らしたけどその中の一人が私に気が付いた様だった。
「あれ?歩夢じゃん?」
嫌な予感がした。聞き覚えのある声だったから。
「久しぶりだね。覚えてる?」
歩夢「覚えてるよ愛ちゃん。会いたかったよ」
私に声を掛けたのは愛ちゃんだったのだ。 遥くんメンタル強いな
でもこれくらいじゃないと彼方ちゃんを狙う資格ないか 愛ちゃんは立ち上がり私の元へ駆け寄って来る。
愛「会いたかった?そっか・・・ごめん。連絡しなくて」
愛ちゃんは目の前で手を合わせてウィンクした。その姿はいつもの愛ちゃんと変わらない様に見えた。
私が何を話せば良いのか分からずにいると愛ちゃんと一緒に居た人達の中の人が立ち上がり
「誰?愛の友達?」
と大きな声で聞いて来た。大柄でダボダボの服を着た例えるならラッパーみたいな男の人で私が一番苦手なタイプだった。
愛「ちょっと怖がってんじゃん。前の学校の友達だよ。これ私のカレシ」
彼氏・・・。愛ちゃんの彼氏。そうは言われても怖い。 「あ〜ニジガクのね。可愛いじゃん。こんな可愛い子居るんだったら教えろよ」
そう言ってカレシさんは愛ちゃんの肩に手を回した。
愛「あんた達なんて紹介できる訳ないじゃん」
とケタケタと笑いながら愛ちゃんは言った。すると後ろの方で煙草を吸っていた男の人が
「ヒッデェ事言うな」
と大声で笑いながら言った。何で皆んな声がこんなにデカいのだろう。と言うかどう見ても未成年に見えるのだけど。 ルートの最初からというわけじゃないんだね。愛さん退学後からか 煙草を吸っていた男の人は短髪にピアス、一人だけ学ラン姿で(しかも今時見ない裾が短いヤツ)、しかし幼く綺麗な顔立ちをしていた。
愛ちゃんのカレシさんはピアスの彼に向かって
「お前は当分女は作らないって言ってたろ。え?」
と唾を飛ばした。それが癇に障ったらしく置いてあった空き缶を蹴飛ばして近くに停めてあったバイクに跨り行ってしまった。
それを見て愛ちゃんの彼氏さん達はゲラゲラと笑う。 私はどうすれば良いのか分からずただ立ち尽くしていた。それを察したのか愛ちゃんは私の手を取り
愛「久しぶりだしもっと話そうよ。近くのファミレス行こう!」
と言ってくれた。それを聞いて彼氏さん達が
「いいね!俺達もいくべ!」
と言うのでドキッとした。愛ちゃんが
愛「あんた達が居ると落ち着いて話せないから着いてこないでよ」
と言ってくれたので助かった。 こうして愛ちゃんとファミレスに来るのは随分と久しぶりの様な感じがする。
愛「何食べる?奢るよ」
私は首を横に振る。すると愛ちゃんは悲しそうな顔をしたので私はしまったと思った。以前と同じ事を繰り返している。
愛「驚いたでしょ?下品な連中で」
歩夢「そんな事は・・・」
と言い掛けて言葉が詰まる。
愛ちゃんは笑いながら
愛「気を遣わなくていいよ」
と言った。
愛「言いたい事は分かるし」 愛ちゃんは頬杖を突いて窓の外を眺めながら呟く。
歩夢「愛ちゃん。今楽しい?」
愛「随分と単刀直入に聞くね」
なんかつい最近似た様事を言われた気がする。依然、窓の外を見たまま
愛「どうだろうね。楽しいのかな?」
と言った。
歩夢「彼氏さんの事は好きじゃないの?」
愛ちゃんはさあと言うだけだった。 歩夢「じゃあ、どうして愛ちゃんはあの人達と居るの?」
私が聞くと愛ちゃんは窓の外から視線をこちらに向けて
愛「一緒に堕ちてくれそうだからかな?歩夢は堕ちてはくれないでしょ?」
と言った。私は何も返せなかった。
愛「なんて冗談だよ」
愛ちゃんはそう言って席を立ちドリンクバーへと向かった。 愛ちゃんが何かを抱えているのは知っている。けれど、それが何なのか私は知らない。
だって愛ちゃんは一見恵まれている様に見えたから。
文武両道で人望があって毎日キラキラしている様に見えた。愛ちゃんは何が不満だったのだろう。
そんな事を考えて居ると愛ちゃんがドリンクバーから帰って来た。愛ちゃんは席に着くと
愛「そう言えばスクールアイドル活動は順調なの?」
と聞いて来た。私は思い出した。そう言えば私は愛ちゃんをスクールアイドル活動へ誘っていた。 歩夢「うん。上手くいかない事もあるけど何とかやってるよ」
愛「そっか」
暫く沈黙が続いた。
愛「じゃあ、こうして一緒に居るのはまずいね。ほら?私、不良だから」
そんな事はない。すぐに否定するべきなのに言葉が上手く出て来ない。
愛「帰ろうか」
レシートを手に取り愛ちゃんは席を立つ。
歩夢「私も不良になる」
愛ちゃんを引き留める為私はとんでもない事を口にしてしまった。 私と愛ちゃんは再び先程のコンビニの前へと戻って来た。
「仲間になりたいって?」
愛ちゃんのカレシさんは大きな声で聞き返して来た。
歩夢「はい。仲間に入れてください」
なんか昔見たアニメ映画を思い出すやりとりだ。
愛「歩夢。辞めといた方がいいよ」
愛ちゃんは止めるけど愛ちゃんが何に悩んでいるか知る為にはやっぱり側に居るのが一番良いに決まってる。 「別に良いんだけど。人には向き不向きって物があるんだよ?歩夢ちゃんだっけ?不良は向かないと思うけどなぁ」
愛ちゃんの彼氏さんの隣で煙草を吸っているオールバックの髪型に眼鏡を掛けた細身の男の人が私に言った。
「なんでそんなに俺等の仲間になりたいの?」
彼は鋭い目つきで私を凝視る。
歩夢「愛ちゃんと一緒に居たいからです」
私がそう言うと彼等は大きな声で笑った。私は真面目に言ったのに。思わず顔が赤くなる。 暫く笑った後、愛ちゃんの彼氏さんが
「別に良いんじゃねーの?一緒にいるくらい」
と言ってくれた。
「じゃあ、俺は前田優作。で、このメガネのインテリぶってる奴が中間ヒロシ。先にバイクで帰ったのが鎌田龍二」
歩夢「上原歩夢です。不良はまだ分からないけど勉強します」
我ながら凄い事になったと思う。愛ちゃんは何とも言えない顔をしている。
前田「ハンパな事は禁止だから。何か言いたい事はあるか?」
歩夢「取り敢えず。ここでたむろするのは迷惑になります。私有地ですから」
彼等はまた大きな声で笑った。 それから、私は彼等と一緒に行動する様になったのだ。
意外と言うと失礼な話だけど彼等はそんなに悪さを働いたりはしなかった。(もちろん、未成年者の飲酒や喫煙はいけない事だけど)
それどころか割と早い段階で打ち解ける事が出来た。
ある時、私が彼等の乗っているバイクの名称を言い当てると言う出来事があった。
歩夢「これ、ゼファーってバイクですよね?」
前田「歩夢ちゃんバイク分かるの?」
前田さんが乗っているバイクは以前別の世界のせつ菜ちゃんが乗っていたバイクと同じだった。
歩夢「バイクを好きな友達が居て教えて貰ったんです」
バイクの話をしている時の彼等はいつも目をキラキラと輝かせまるで子供の様だった。 彼等はどこかへ行く時も基本的にバイクで移動する。
前田「俺の後ろは愛が座るから歩夢ちゃんは龍二に乗せてもらいな。ヒロシは女は乗せねーから」
歩夢「そうなんですか?」
私は中間さんに尋ねると
中間「心に決めた女が居るからな」
との事だった。見かけによらず一途な人だ。
前田「こいつμ'sの園田海未が小学生の頃から好きなんだよ」
これは意外だった。まさかここでμ'sの名を聞くなんて。 しかし、違和感があった。このグループの年齢は全員17歳の高校2年生(同い年と聞いた時はビックリした)
で、じゃあ中間さんが小学生の頃から海未ちゃんの事が好きだったと言うのはおかしくないか?
だって、海未ちゃんは同い年のはずなんだから。それともこの世界では歳上なのか?そんな事もあるのだろうか。
そんな事を考えているとバイクのエンジン音が鳴り響いた。
鎌田「乗んねーの?」
歩夢「ごめんなさい。乗ります」
私は急いで鎌田さんのバイクの後部座席に座った。 鎌田さんは私が後部座席に座ったのを横目で確認するとアクセルを開いた。バイクはゆっくりと走り出し次第に加速していった。私は振り落とされない様に鎌田さん腰に手を回した。ほのかに煙草の香りがした。
国道をひたすら走っていると神奈川県に入る。暫くすると潮の匂いがして来て、どこかで見た景色だなと思っていると、なるほど、しずくちゃんの住んでる家の近くを走っていた。
歩夢「気持ちいいですね」
私は呼び掛けても鎌田さんの耳には届かない様だった。仕方ない、風がビュンビュンと鳴って居るのだから。 それにしても風が気持ちいい。彼等と行動を共にして毎日ツーリングに出掛けたり、彼等もそんなに悪い人達じゃないと思うとこんな毎日も悪くないなぁと思い始めて来た。
愛ちゃんだって毎日楽しそうにしている様に見える。
けど、私は思い出す。愛ちゃんの言った言葉。
「一緒に堕ちてくれそうだから」
彼等は不良と呼ばれているけどそうは思えない。彼等もいつかは今を思い出にして大人になって行く様に思える。
じゃあ、愛ちゃんは今何を思っているんだろう。本当に毎日楽しいのか。 後部座席でそんな事を考えていると急にバイクが速度を落とし最終的に止まってしまった。
歩夢「どうしたの?」
鎌田「わかんね。急に止まった」
ちょうど近くにガソリンスタンドがあったので鎌田くんはバイクを押してそこまで運んだ。しかし、前を走っていた愛ちゃん達は私達に気が付かず先に言ってしまう。慌てている私に鎌田くんは
鎌田「大丈夫だよ。ケータイだってあんだし。行き先分かってるし」
と言ってくれた。高校生にしては落ち着いているし頼りになる感じがする。 鎌田「やっぱりオールドバイクはこういう時困んなぁ。キャブか?」
ガソリンスタンドで工具を借りてバイクを直している姿を見ていると素人からすればまるでプロの様だ。私はただ見てることしか出来ない。
鎌田「上原、お前さ。本当はなんで俺達に近づいて来たの?」
鎌田くんはバイクをイジりながら私に尋ねて来た。
鎌田「宮下と一緒に居たいだけって言ったたけど別に俺等の仲間になる必要はねぇだろ?お前真面目だし。本当は他に理由があるんじゃねぇか?」 歩夢「別に。他に理由なんて・・・」
鎌田くんは手に持っていたドライバーからペンチに持ち直すと器用にペンチを使いタンクに接続されたチューブの先に付いているクリップの様な物を外した。
鎌田「宮下から聞いたんだけどお前スクールアイドルやってるらしいじゃん。そんな奴が俺達に近づいてくるなんておかしくないか?」
鎌田くんはなかなか鋭い事を言う。
歩夢「鎌田くんは・・・将来の夢とかあるの?」 私は鎌田くんの質問を無視して逆に質問を返した。すると何がおかしいのか鎌田くんは急に笑い出した。
鎌田「あははは。なんだよ急に」
歩夢「なに?私、何か変な事言ったかな?」
鎌田「上原って朝ドラのヒロインみたいな奴だよな」
朝ドラのヒロイン?某局の朝の連続ドラマの事か。
鎌田「ま〜夢なんて大それたものじゃないけど。バイクに関係する職に就きたいと思ってるよ。だから、あいつらのバイクをいじったりしてるのも勉強かな」
鎌田くんは私が思っている以上に将来へのビジョンがしっかりしていてビックリした。私なんかよりよっぽどしっかりしている。
鎌田「上原はアイドルだろ?」
どうだろう?私はスクールアイドルが好きだけどアイドルになりたいのだろうか? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています