歩夢「世界旅行」
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夕焼けがオレンジ色に世界を染める。私は境内の外に居て鳥居の先を眺めている。
そこには幼い子供が三人いて何かをして遊んでいるみたい。
よく見ると一人は幼い頃の私。おかっぱの着物の女の子ともう一人の女の子は髪を二つ結って男の子みたいな格好をしている。
これは夢だ。今までも時々あった。夢の中でこれは夢だと自覚する事が。
そう言う時、目を覚まそうと強く思えば簡単に夢から抜け出した。
けど、今回に限っては夢の中を少し冒険してみようなんて思ってしまったのだ。 とにかく私は目の先の子供達が気になったから鳥居をくぐって彼女達に近づいた。
どこからか「とおりゃんせ」が鳴り響く。歩行者信号で使われているあのメロディがそのまま。
私は辺りを見回したけど近くに信号はない。こう言った脈絡のない事象も夢っぽい。
ふと、気がつくといつの間に先程のおかっぱの女の子が目の前に立っていた。
顔はよく見えない。正確には見えているんだけど認識出来ない。これも夢っぽい。
「歩夢」
彼女は私の名前を口にした。懐かしい声。私を呼んでいる様だった。 「歩夢」
彼女は繰り返す。
歩夢「なあに。どうしたの?」
と私は尋ねる。彼女は鳥居の方を指差した。とても真っ直ぐ鋭利的に。
「あのね歩夢。ここから鳥居をくぐって歩いていればいずれ帰れるよ。けどね、道はいくつにも分かれててどこに繋がっているのかは私にも分からないの」
彼女は続ける。
「これだけは忘れないで。どこに居ても歩夢は歩夢なんだよ」
表情が読み取れないその顔はとても穏やかな顔していた。 私は「ありがとう」と伝えて彼女の言う通り引き返す事にした。
鳥居を潜る前に振り返るともう誰も居なかった。幼い頃の私も二つ結びの女の子も、おかっぱのあの子も。
気づけば辺りは暗くなっていた。これもまた夢ならでは。 鳥居を潜って木に囲まれた細い細い道をただひたすらに歩く。
歩夢「私はどこへ行くんだろう」
夢にしては随分と味気ない時間が経過している。いっそ目を覚ましてしまおうか。
しばらく歩いているといくつにも分岐した別れ道に突き当たった。
歩夢「どの道を行けばいいんだろう」
夢の中で呟くのは何だかおかしい。 まだ、「とおりゃんせ」のメロディがどこからか流れている。
まるで、一度行ったら引き返せないぞと言わんばかりに。
ここで手をこまねいていれば誰かが助けてくれるのだろうか。
そんな事を考えるのも面倒くさくなって私は真っ直ぐ目の前の道を進む事にした。
ひたすら黙って前に進む。相変わらず道は木々に囲まれていて一向に拓ける気配がしない。
もうやめようか。そう思っていると目の前に扉が現れた。
歩夢「さっきまでなかったのに」 道の先に扉がポツンと。どこかへ繋がって居るのだろうか?
例えばこれが現実であればどこかへ繋がっているのは物理的におかしい。どこでもドアじゃあるまいし。
けれど、これは夢の中なんだし物理法則なんて考えるだけ無駄と言うもの。
見るからに怪しいけど何かあったら夢から目覚めれば良いだけ。
私は躊躇なく扉のノブに手を伸ばした。 気がつくと私は見知らぬ天井を見上げていた。どうやらベットの上にいるらしい。
ブー ブー ブー
スマホが遠くで震えている。
私は身体を起こしてスマホに手を伸ばすでもなくカーテンを開いて窓の外に身体を突き出した。
歩夢「はあ。やっぱり夢だ…」
どうやら私は夢を見ていたらしい。けど、どんな夢を見ていたのか、その記憶は吐き出した息と一緒にどこかへ飛んでいってしまった。 歩夢「なんだか不思議な夢だった様な気がするな」
そんな事を呟いて物語のヒロインの様に気取っていると隣の部屋の窓がパタッと開いてひょこっと私と同じ様に誰かが身を放り出して来た。
歩夢「侑ちゃん?」
口が勝手に動いてた。私は今なんて言ったんだろう? 「おはよう〜。って言うか侑ちゃんって誰?」
隣の窓から身を突き出していた彼女は私の呟きが聞こえた様だった。彼女?ん?あれ?
歩夢「やだ、私。寝ぼけてた?」
「みたいだね。早起きの歩夢ちゃんにしては珍しいね」
と彼女はケタケタと笑っていた。
「そんな事よりまだパジャマみたいだけど準備しなくて良いの?」
準備?何の事だろうか?
「学校…遅刻しちゃうよ?」
あーーーー。私は完全に我にかえった。 歩夢「行ってきまーす」
私はそっと玄関を閉めてエレベーターへ向かった。
エレベーターは一階を指していて、急いでいる時程マンション住まいを恨む事はない。
なかなか来ないエレベーターにイライラしていると
「珍しく慌てて居るね」
と後ろから声を掛けられた。
「今日は朝から寝坊はするし大変だね〜」
歩夢「別に寝坊じゃないよ。ちょっと寝ぼけていただけで」
私は顔を赤くして否定する。 歩夢「そんな事言って結局私と同じ時間に家を出てるじゃない」
私は反撃を試みた。
「まあね。けど、東雲は虹ヶ咲と比べて登校時間が遅いからね。問題ないんだよ」
とどうやら反撃は失敗した様だった。ん?
歩夢「東雲?」
「うん。ど、どうしたの?」
言われてみれば東雲学園の制服を着ている。
歩夢「東雲学園に通って居るの?」
「そうだよ。今更何言ってるの?変な歩夢ちゃん」
チンっとエレベーターの到着ベルが鳴った。エレベーターの扉が開くと彼女は困った様な顔をして乗り込んでいった。
おかっぱの髪が身体に合わせて揺れていた。 マンションを出て二人で歩いて途中で別れた。私は虹ヶ咲学園で彼女は東雲学園に通うから当然なのだけど。
「じゃあね。なんか今日の歩夢ちゃんぼーっとしてふから気をつけてね」
歩夢「うん。ありがとう。頑張ってね」
凄く心配そうな顔をしていた。
小さく手を振った手を下ろした私はなんだかどこへ進めばいいのか分からなくなってしまって、取り敢えず学校へは向かうのだけれどそれが正しいのかも分からないと言った心持ちだった。 見慣れた通学路も一人で歩いて居るとまるで違った様に感じる。
一人トボトボと歩いて居ると目の前に見知った顔を見つけた。
派手な金髪に腰に巻いたカーディガン。いわゆるギャルファッションの彼女。
歩夢「愛ちゃーん」
なんだかホッとして私は彼女に向かって大きく声を掛けた。
愛「え?」 歩夢「おはよう!」
愛「おはよう…」
愛ちゃんはなんだかキョトンとしていた。この表情…さっきもどこかで見た様な。
歩夢「あの…愛ちゃん?」
愛「えっと…バドミントン部?」
愛ちゃんは何やら訳の分からない事を言い出した。
愛「あ〜…違う?あっ!実習か何かで一緒だったとか?」
嫌な予感が私の頭の中を駆け巡っている。 愛「えっと…ごめん。誰だっけ?」
そう言うと片目を瞑って顔の前で手を合わせた。
歩夢「え…」
上手く言葉が出なかった。ズキンと心が痛む音が本当に聞こえていた様な気がする。
そんな私を見て可哀想に思ったのか
愛「あのさ、改めて名前聞いて良い?」
愛ちゃんに友達が多い理由が分かった気がする。
歩夢「歩夢…上原歩夢…」 自分が学園では有名人だと自覚してるからというのもあるんだろうな 愛「歩夢ね。ごめん。もう二度と忘れないから」
私は力なく首を振って、それから二人で学校へ向かった。
愛「でもさ〜こう見えて一度会話した相手って忘れた事ないんだけどなぁ。歩夢と私ってどこで出会ってる?」
歩夢「私と愛ちゃんはね…」
私は愛ちゃんと出会った時の事を思い返していた。そこでおかしい事に気がついた。
愛ちゃんとの出会いを思い出せない。
愛「歩夢?大丈夫?」 確かに愛ちゃんと過ごして来た日々を私は実感として覚えている。
けど、何一つ具体的な出来事を思い出す事が出来ない。
思えば朝から何だか変だ。
愛「歩夢?大丈夫?凄い顔してるよ?」
大丈夫と言いたかったけど声が出てこなかった。
私はどうかしちゃったのだろうか。 頭の中で何かがグルグル、グルグルと回っている。
きっと思考が定まっていないんだな。
愛「歩夢!歩夢ーっ!!」
愛ちゃんの声が頭の中で響いて何かが弾けた。
そうだ!私は愛ちゃんと一緒にスクールアイドルをやっていたんだ。
歩夢「スクールアイドル!愛ちゃんはスクールアイドルを知ってる?」
愛「スクールアイドル?」
なんだそれはと言いたい様な顔をしていた。 確かにスクールアイドル同好会に所属していた。私と愛ちゃんとそれから…それ以外は思い出せないけど。
でも愛ちゃんはスクールアイドルを知らないみたいだしなんなら私の事も知らなかった。
例えば今目の前に居るのは私の知ってる愛ちゃんじゃない?
そんな突拍子もない考えを口にしたら愛ちゃんは余計心配するだろう。
歩夢「ねえ。愛ちゃん」 愛ちゃんはじっとこっちを見ている。
歩夢「ううん。何でもない」
私は何を聞こうとしたんだろうか。頭の中だって整理出来てる訳でもないのに。
愛「さっき言ってたスクールアイドルって。学校の部活でアイドルをやるってやつだよね?」
歩夢「うん。そうだよ」
愛「そっか。もしかして勧誘だった?」
歩夢「え?勧誘?」
思ってもない言葉だったので思わず聞き返してしまった。 愛「うん。なんとなくね。歩夢もスクールアイドルなんでしょ?」
歩夢「あ、うん」
なんとなく曖昧に答えてしまった。
愛「ごめんね。勧誘だったら遠慮しておくよ」
すまなそうな顔をして愛ちゃんは続ける。
愛「部活には入らない事にしてるんだ。本気じゃない人間が居たって迷惑掛けるだろうしさ」 歩夢「そんな事は…」
思わず反射的に答えようとしてしまった。
愛「考えてもみてよ。どんなに才能があったって本気じゃない人間が本気でやってる人の邪魔をしちゃダメでしょ?何をやったって本気になる事なんてないんだから」
何も言い返す事が出来なかった。
愛「スポーツは体育の時間で十分楽しめるから。それでいいんだ」 この話はこれで終わりと言わんばかりに愛ちゃんは顔を背けてしまった。
愛ちゃんのあんな表情を見るのは初めてかもしれない。
胸を焦がしそうなのは日差しのせいだろうか。肌にまとわりつく汗が蒸発しそう。セミの声がうるさい。
そう言えば夏だったんだなと今更に思った。 放課後、わたしは迷っていた。
家に帰ろうか、部室に行けばいいのか、昨日はどうしたっけ?
トボトボと廊下を歩いていると私の目線の先には愛ちゃんが居た。なにやら複数人に囲まれている様だった。
愛「いや、だからさ。何度も言うけど私は部活はやらないんだ」
「どうして?あなた程の人間がスポーツをやらないなんて宝の持ち腐れだよ?」
どうやら勧誘されている様だった。相手の子の格好を見る限りバスケ部? 頑なに断る愛ちゃんと食い下がる部員たちの様子を私は見てた。
愛「あっ」
それに愛ちゃんは気が付いた様だった。
愛「おー、歩夢!ごめん、ごめん。待ったよね〜」
と言ってこちらに向かって大手を振って来た。
歩夢「え?」
愛「と言う事でさいくら言われても部活はやらないし人を待たせてるからさ。ごめんね」
そう言って愛ちゃんは私の方へ走って来た。 愛「いや〜助かったよ」
と言って私の両肩に手を置いて溜息をついた。
歩夢「…大丈夫?」
愛「おかげさまでね。ありがとう。本当助かった。お礼するよ」
お礼なんて。私は何もしてないんだけど。
愛「この後何かあるの?」
何かあるのかと聞かれたら何もないはずなので私は首を横に振った。
愛「じゃあ、ファミレス行こう!愛さんが奢っちゃうよ!」 海浜公園から歩いてすぐにあるイタリアンのファミリーレストラン。いつもお店の窓から見える警察署から出てくる人達はこれからレインボーブリッジを封鎖しに行くのかなぁなんてぼんやりと思ったりしていた。
愛「歩夢は何食べる?」
歩夢「え?あ、じゃあドリンクバーで…」
割りかし財布に優しい価格設定と評判のお店でも高校生にはそれなりだから奢ってもらうのは気が引ける。
愛「いや、他に。ドリンクバーはありきだから。遠慮しないで」
私の考えを察知した様に愛ちゃんは促してくる。
歩夢「えっと…じゃあ…」
苺のフルーツパフェ、750円。
愛ちゃんはじっと私を見ている。
歩夢「じゃあ、ミルクジェラートで」 愛「フルーツパフェでしょ?苺の」
あっ、と思わず声を出してしまった。人の事をよく見ている。
愛「遠慮は無しって言っただろぉ。お礼なんだからさ」
とは言っても750円。繰り返す様だけど高校生には大金だ。
愛「ま〜でもあれか?気を遣って食べるパフェは美味しくないかぁ。うん。じゃあ、間を取って苺のパンナコッタにしとく?苺が好きなんでしょ?」
高校生とは思えない気の利き方。人生何周目すればこの歳でこんな風になれるのだろうか。 最終的に私は愛ちゃんのご厚意甘えて結局苺のフルーツパフェを頼んだ。
愛「美味しい?」
凄く美味しかった。苺の酸味とアイスの甘味が非常にマッチして大袈裟じゃなく頬っぺたが落ちそうだった。
愛「ふふっ。喜んでくれて良かったよ」
と愛ちゃんも嬉しそうにしていた。
愛「なーんか楽しいなぁ。歩夢とは初めて一緒に遊ぶのに10年来の友達の感覚だよ。なんでかなぁ?」 目を薄めて私を見つめる。だって私達はずっと前から友達だったんだよと言いたかった。
愛ちゃんからさっきの様な言葉をもっと聞きたいから私は嫌な質問してしまう。私は本当に性格が悪い。
歩夢「でも愛ちゃんは友達沢山いるでしょう?」
気付いたら愛ちゃんは窓の外を見ていた。
愛「どうだろう。一緒に遊ぶ仲間はいっぱいいるけどね。友達ってなんなんだろうね」
さっきまでとは別人の様な顔をしていた。気がつくと窓の外はすっかり雨に変わっていた。 なんだか一瞬で気まずい空気になってしまった。
私はそれに耐えきれず、目線を下げると愛ちゃんのスクールバックにぶら下がった某ネコの女の子のぬいぐるみが可愛かったのでおもむろに褒め出した。
歩夢「そのぬいぐるみ可愛いね」
なんて風に。少々無理矢理だけども。
愛「あ〜これ?」
歩夢「うん。凄く可愛いなって」
愛ちゃんはふ〜んとだけ言った後少し黙った。あれ?何か間違えたかな。
愛「だったらこれあげるよ」
スクールバックからぬいぐるみを取外し私に差し出して来た。パフェを奢って貰った上にぬいぐるみまで貰うのはいくら何でも、いくら何でもだ。 歩夢「そう言うつもりで言った訳じゃないの」
愛ちゃんはニコッと笑っていた。
愛「別にいいのに。いくつも同じの持ってるし」
とボソッと言い放った後にはもう笑顔は消えていた。
結局私は受け取らなかった。 後日、愛ちゃんは学校を辞めた。
愛ちゃんは部活棟のヒーローと呼ばれていて校内では有名人だったらしい(そう言えば私もそんな話を聞いた事あった様な気がする)
そんなヒーローの突然の突然の退学。
表向きには自主退学となっているけど事実は異なる様だった。
あの時、私が受け取らなかったぬいぐるみのキーホルダーはお店から盗んだ物だったらしい。
私の知ってる愛ちゃんはそんな悪い事はしなかったと思う。
そもそも私がどれだけ愛ちゃんの事を知っていたのかはもう分からないけど。
万引きは犯罪だけれど犯罪を犯す人間が全員悪い人間なのだろうか。
あの時、私がぬいぐるみを受け取らなかった時、愛ちゃんはどんな表情をしていたっけ。
窓に映る愛ちゃんを雨が濡らしていた。 いくつも持ってるってそういうことか…
意外すぎる展開だ 私は扉の前に立っていた。
あの扉の前だ。
また夢を見ているのだろうか。
しばらくボーッと扉を眺めていると背後から
「歩夢」
と声を掛けられて。私が振り向くとそこにはおかっぱの女の子が立っていた。 「歩夢。大丈夫?泣かないで」
と私に呼びかける。見えないけどその顔は酷く悲しい表情をしていた。
「ごめんね。歩夢にばっこりこんな思いをさせて」
こんな思い?私は泣いているの?なんで?
そうだ。私は悲しかったんだ。悔しかったんだ。あの時、愛ちゃんを救えなかった事が。
「ごめんね。ごめんね」
彼女はひたすら謝っている。
私は大丈夫と言って彼女の頭を優しく撫でる。
「ずっとどこに居ても歩夢は優しいね」
と言った。優しいだけじゃ何も救えないのに。
「でも、その優しさに救われる人だって居るんだよ」
まるで私の心を見透かす様だった。 「もう、やめる?」
一体何をやめると言うのだろうか?
けれど
歩夢「やめない」
それが私の答えだった。
「じゃあこっちに来て」
と私の袖を引っ張って彼女は歩きだした。
しばらく彼女に身を任せて歩く。相変わらず味気のない道が続く。 どれだけ歩いただろう。10分の様な気もするし1時間だった様な気もする。
「ここ」
辿り着いたのはまた扉の前。
私は何も聞かない。
歩夢「じゃあ行ってくるね」
とだけ告げる。
「どこに居たって歩夢は歩夢だよ」
扉を開けた。もう彼女の表情は読み取れなかった。 気がつくと私は汗でびっしょりだった。
それもそのはずで炎天下の中、私はアスファルトの上に立っていた。この暑さ、焼かれる様だった。
歩夢「愛ちゃんに会えるかな」
と無意識に呟いていた。私は何かを理解している様だった。それこそ無意識のうちに。
さて、私はこれから何をしようとしていたんだっけか。誰かと待ち合わせしていたのかな?そんな事を考えていると
「ちょっといいですか?」
と背後から声を掛けられた。聞き覚えのある声だった。 愛さんルートをやり直すわけじゃないんだな
みんなが良い結末とは限らないってことか 誰だったかな?そんな事を思っていると再度声を掛けられた。
「聞こえてますか?聞こえてますよね?」
いけない。考え込んで無視してしまった。私は声の主の方へ振り返る。
歩夢「ごめんなさい。無視した訳ではないんです」
やはり見覚えのある顔だった。
かすみ「や、別にいいんですけどね。ちょっとそこで撮影をしたいのでどいて貰えないかな〜って思っただけで」
後輩の中須かすみちゃんだった。 歩夢「かすみちゃん」
思わず名前を呼んでしまった。どんな反応が返ってくるのだろうか。
かすみ「え!かすみんの事知ってるんですか?」
やはり愛ちゃんの時と同じ反応だった。
かすみ「いや〜かすみんもここまで有名になったんだなぁ。かすみんのファンですか?」
ここまでが予想の範囲内だった。取り敢えず私は話を合わせてうんと首を縦に振った。 かすみ「やっぱり〜いつも配信を見てくれてありがとうございます」
配信?配信ってもしかしてスクールアイドルの?
歩夢「あの…かすみちゃんはえっと…スクールアイドルなんだよね?」
と私が尋ねるとかすみちゃんはキョトンして
かすみ「スクールアイドル?なんですかそれ?」
と答えた。
かすみ「かすみんのファンなんですよね?」
歩夢「あ、うん。もちろん」
かすみ「かすみんが普段どんな活動してるか…知ってますよね?」
なんだか私の事を疑っている様な感じだった。 歩夢「えっと…たまたま…かすみちゃんの配信動画を見て…まだファンになってから日が浅いから。でも可愛いな〜と思って」
かすみちゃん相手にしどろもどろになってしまった。誤魔化せただろうか?
かすみ「ふ〜ん。なるほど。そう言う事ですか」
どうやら誤魔化せたみたいだった。
かすみ「もしかしたら、ゆうぽむさんかと思ったんだけどなぁ」
ゆうぽむ?なんかこれも何処かで聞いた事のある様な語感。
かすみ「まあいいです。えっと…」
歩夢「歩夢」
かすみ「歩夢さんもかすみんのチャンネルをフォローしといて下さいね。じゃあ急いでいるので」
そう言うとかすみちゃんはチャンネル名も告げずに行ってしまった。 歩夢「なんだろう。かすみんチャンネルとかかな?」
検索してみると正にかすみチャンネルでヒットした。
登録者数15人。15人って…そんな事あるんだ。
そのうちの一人はゆうぽむと言うフォロワーだった。
歩夢「なるほど。そう言う事か」 取り敢えず私はこれからどうしよう。この場に立っていると流石に熱中症になってしまいそうなので私近くのカフェに入る事にした。
そこで私はアイスココアを頼み窓際の席でスマホをいじっていた。
『かすみんチャンネル』で配信されている動画を再生してみた。
かすみ「はーい。こんにちは。かすみんで〜す。えっと〜今日はどうしようかなぁ。歌でも歌っちゃおうかなぁ」
こんな調子で10分くらい続いていた。正直、登録者に納得してしまった。
歩夢「スクールアイドルはやらないのかな」
私はココアを口に含んだ。 歩夢「スクールアイドル…」
何となくスクールアイドルと検索してみた。ヒットしたのはおおよそスクールアイドルとは関係の無いものばかりだった。
歩夢「スクールアイドルが…存在しない?」
そう言う事なのかな?前の愛ちゃんはスクールアイドルの存在自体はしっていたけど。
じゃあ、だからかすみちゃんもスクールアイドルを知らなかったんだ。
スクールアイドルがあればかすみちゃんなら絶対にやってるはずだし。 登録者少なくても楽しそうに撮影してるかすみん想像したら応援したくなった かすみ「あれ?さっきの…えっと歩夢さんじゃないですか!!」
急に声を掛けられたのでビックリした。
歩夢「かすみちゃん。あれ?さっき急いでるって…」
かすみ「あ〜はい。ここで新作スイーツを食べてみたを撮影しようと思ったんです」
新作スイーツを食べてみた…。何番煎じ何だろうか。
私の考えが読み取れたのかかすみちゃんは急に黙ってしまった。黙って私の事をジッと見ている。
いや、ジッと言うか上から下からと。
かすみ「歩夢さんも結構可愛いですね。私ほどじゃないけど…。コラボすれば話題になるかな」
いや、コラボって有名人通しがするから盛り上がるのでは? >>76
楽しいばかりじゃないんだろうけど応援したくなるね。そこはスクールアイドルのかすみんと同じかも そんな私の思いとは裏腹にかすみちゃんはやる気満々だった。
かすみ「みなさんこんにちは〜。皆んなのアイドル!中須かすみ事、かすみんで〜す。そして今日はなんとーーーゲストを招いていま〜す」
ゲストってバラエティ番組じゃないんだから。
歩夢「こんにちは、上原歩夢です。今日はかすみちゃんのチャンネルにお邪魔させて貰ってます」
仕方ないので軽く挨拶をすませていたら、何故かかすみちゃんが意外そうな顔をしていた。
かすみ「なんか慣れてますね」 それはまあ散々練習はしたから。
かすみ「もしかして同業の方々だったとか?」
歩夢「え、あっ、違うよ。えっと…うん。凄く緊張したよ」
かすみちゃんはそうですかと言った後に嬉しい誤算だとも言っていた。
結局、撮った内容は二人で新作スイーツを食べるだけの動画だった。多分、再生回数も伸びないだろうな。 かすみ「私の見立てですけど歩夢さんって人前に出るの結構向いてると思うんですよ」
歩夢「そ、そうかな?」
かすみ「そうですよ」
かすみちゃんは自分の意見を強調する様にうんうんと首を縦に振った。
かすみ「どうでしょう?もうちょっと二人でやってみませんか?一人だと結構限界で。お願いします、歩夢先輩」
どうしようか。断る理由もないと言えば無いし。って言うか今歩夢先輩って呼ばなかった? かすみ「あっ、だって先輩ですよね?胸のリボン、2年生ですよね?その制服、虹ヶ咲の制服でしょう?」
なるほど。そう言えば制服を着てたんだっけ。
かすみ「いや〜かすみんも虹ヶ咲に行こうか悩んでは居たんですけどね。色々と足りなくて…」
歩夢「え?」
食い気味に聞き返してしまった。
かすみ「いや…ですから…成績が足りなかったんです!!言わせないで下さい」
と口を膨らませて怒って居たけど私が聞きたいのはそこじゃない。
歩夢「かすみちゃんはどこの高校に通ってるの?」
かすみ「え?聞いても知らないと思いますよ?秋葉原の方の高校です」 てっきり私はかすみちゃんは私と同じ虹ヶ咲学園に通っていると思っていたので凄くびっくりした。
そんな話をしている最中にかすみちゃんのスマホがピロリンと鳴った。
かすみ「あっ!見て下さい!早速コメントが来ましたよ!」
と言ってかすみちゃんがスマホの画面を見せて来た。
かすみ「どうですか?初めてコメントを貰う感想は?」
そうは言われても、正直もう投稿したのか、と言うか編集とかしないんだなぁと言うのが一番の感想だった。 かすみちゃんが見せて来たスマホの画面にはさっき彼女が言っていたゆうぽむからのコメントが映っていた。
そのコメントはやや不可解な内容だった。
『かすみんと私?』
と書いてあった。『かすみんと私』。配信された動画に映っているのはかすみちゃんと私、上原歩夢。
まるで心臓が耳の横にあるかの様にバクバク高鳴る。
かすみ「このゆうぽむさんって私達と同じくらいの歳なんですよ。ずっと前からかすみんの事を応援しててくれて会った事はないですけど何度かコメント欄でもやりとりした事があるんです」
一生懸命説明をしてくれるかすみちゃんに私はさらに説明を求める。
歩夢「やりとりしたの?どんな人かは知ってる?」
かすみ「ですから私達と同い年くらいの女子高生なんですって」 歩夢「それで?名前とかは?」
かすみ「そんなのネット上のやり取りで聞く訳ないじゃないですか。暗黙の了解ですよ」
確かにかすみちゃんの言う通りではある。
かすみ「あっ、でも自分の名前じゃなくて幼馴染のお名前をニックネームに使わせて貰ってるって言ってました!幼馴染の方と仲良しなんですね」
確信を得た様な気がする。
かすみ「何にせよずっと応援してくれてたのでいつかはゆうぽむさんとお会いしたいですね〜」
かすみちゃんとゆうぽむを会わせる訳には行かない。
だって、ゆうぽむって多分私だと思うから。 ゆうぽむってHNで歩夢だったりしてと思ってたらそのまさかだった。どうなるんだろう 考えても居なかった。私以外の私の存在なんて。
そうなると私はどうすればいいのだろう。家に帰る訳にはいかない。私と鉢合わせしてしまうかもしれないから。
気が付いて良かった。けれど、疑問が増えた。前回、私は自分の部屋で目を覚ました。その時、そこに私は居なかった。
一体どうなっているのだろう。既に非現実的な事が起きているこの状況に理屈を求める事自体ナンセンスなのかもしれないけど。
考えていると頭の中がグルグルとしている。 そもそも私はここで何をすればいいのだろうか。考える事が多過ぎる。
かすみ「歩夢先輩、大丈夫ですか?」
かすみちゃんの声でハッとした。
かすみ「急に黙り込んで。ビックリしちゃいましたよ」
歩夢「ごめんね。何でもないよ」
かすみちゃんはそうですかと言っていたけど納得はしていない様子だった。 かすみ「まあいいですけど。それより今後の事を考えましょう。チャンネル名はかすみんチャンネルのままで行くとして…」
そうか。取り敢えずかすみちゃんの手伝いをしていようか。きっと、その為にかすみちゃんとここで出会ったのだろうから。
けど、引き続き動画に出続ける訳にはいかないのは確かで、じゃあどうするか。
歩夢「あの、かすみちゃんのお手伝いはさせて欲しいんだけど。出来れば裏方でやらせて欲しいな」
そう伝えるとかすみちゃんは割とあっさりとオッケーをくれた。 さて、あとは私はどこで寝泊まりをすれば良いのだろうか。
この後、かすみちゃんと別れた私がどうしたかと言えば学校で寝泊まりをしていた。
私の通う学校はかなり広く設備も充実している。
当然、警備もしっかりしているけど今は夏で部活の合宿で学校に寝泊まりしている生徒が多数いる為堂々としていると案外バレもしない。
流石に着替えは欲しいので家へ行き隙を見てこっそり自分の部屋から着替えを拝借した。なんだか気が引けるけど相手は自分だしちゃんと洗って返せばと思った。
やはりと言うかその時私は私を目撃している。家から出て行く自分を目撃している。
その隙を見計らって私は自分の家へ侵入した。 こんなにあっさりともう一人の自分の存在を認める事になるとは思わなかった。
歩夢「やっぱり私だな。服の趣味も一緒だ」
なるべくもう着ないだろうと思われる服を数着選んで袋に詰めた。
作業が終わりふと私は部屋を見回した。
部屋もレイアウトはほんの少し違うだけで私の知ってる部屋とほぼ一緒。
ふと、机の上に置かれた写真立てが目に入った。
写っているのは私と幼馴染の女の子。
歩夢「侑ちゃん」
気がつくと私は誰かの名前を読んでいた。 そんなこんなで私はかすみちゃんのお手伝いをしている。
かすみ「と言う事で今日はお絵描きをして来ました〜」
もちろん裏方で。ちなみに、この間私が出演した動画は期間限定と言う扱いで削除して貰った。再生回数もそんなに伸びなかった様だし。
このまま続けていけばずっとそうだろう。何事も大成するのは簡単な事じゃないのだ。
歩夢「かすみちゃん。あの…もう少し企画内容も考え直してみないかな?」
かすみ「なんでですか?」
歩夢「なんでって。これじゃあ…ちょっと。あまりにも捻りがないと言うか」 オブラートに包んで伝えたつもり。それでもかすみちゃんの顔はみるみる赤くなっていった。
かすみ「だって他のアイドルだって似た様な企画やってますよ?ただ、しりとりするだけだったり下手な歌歌ったり」
歩夢「いや…それは向こうは芸能人で元々固定のファンがいて」
かすみ「かすみんにだって固定のファンは居るもん。歩夢先輩が知らないだけだもん」
上手くいかず色々溜め込んでいたんだろう。一度吐き出したかすみちゃんは止まらなかった。
その気持ちは分かるから私はかすみちゃんを止めなかった。けど、それがいけなかった。 今日は生配信だったのだけれど、撮影が終わったのに接続を切るのを忘れていたの。
つまり、先程のかすみちゃんと私のやり取りが全て放送されてしまったのだ。
たまたまその部分を見た視聴者が面白がってSNSで拡散してしまった。
燻っている女子高生配信者の本音はネットでウケ、いわゆるバズっていた。
頑張っている姿を応援したいとか前向きな感想もあったのだけれど、主にウケたのはかすみちゃんの素の口の悪さの方だった。
かすみちゃんも最初は思わぬ反響に困惑していた。
かすみ「思っていたのと違う。かすみんはもっと可愛い感じで行きたかったのに」
けれど、それでも登録者数が増えていくのは嬉しかった様だった。今までどんなに頑張っても思う様にいかなかったのだから当然と言えば当然なんだけれど。 だから、かすみちゃんもより一層気合いを入れて頑張っていた。もっと可愛い自分を皆んなに見せるんだって。
かすみ「はーい。皆さんこんにちは!今日はかすみんがコッペパンを作っちゃいまーす」
けれど、かすみちゃんが求められていものは違った。
『パンなんていいから他のアイドル悪口よろしく』
『猫被ってももうバレてるからwww』
世間が、いや世間なんてそんな広いものじゃない、一部の人間が求めたのは先出の生配信の様な内容だった。
当然、動画の評価も低いまま。
彼らは可愛いかすみちゃんには用はなかった。 そして、いつからかかすみちゃんは彼等の要求に応える様になった。
かすみ「かすみんの方が絶対に可愛いのにちょっと芸能事務所に所属してるからって調子に乗ってるし。動画の内容もつまらないのに」
そうすると確かに彼等にはウケた。話題にもなった。
けど、良いことばかりじゃない。
『性格悪すぎwww』
『自惚れ乙』
コメント欄は殆ど荒らしやアンチと呼ばれる人々で溢れかえっていた。
気にしている様だったけれどそれでもかすみちゃんはやめなかった。 いつしか炎上系と呼ばれる様になり私はそれを苦々しく思っていた。
だって、確かに素のかすみちゃんは口も悪かったり悪巧みしてみたりする。
けれど、私の知っているかすみちゃんは可愛いのが大好きで、徹底して可愛さを追求するスクールアイドルだった。
私達はそんなかすみちゃんが大好きだったんだから。
歩夢「もうこんな事はやめよう、かすみちゃん」 かすみ「は?なんでですか?こんなに人気が出てるのに?」
いつもより声のトーンが数段低かった。いや、最近はずっとこんな感じだったかな。
歩夢「かすみちゃんがやりたかったのはこんな事じゃないでしょ?」
かすみちゃんは眉間に皺を集めた。
かすみ「やりたい事じゃ上手くいかなかったんですよ。それが今じゃこんなに人気も出た!!」
歩夢「けど、コメント欄を見るたびに傷ついてる!!!」
かすみ「そんなの見なきゃいいんです」
どんどん声が大きくなっていく。 かすみ「本当は気付いてました。私は言う程可愛くないんでしょ。10年に一人のレベルだし、学年でだってせいぜい3番か4番だって」
自身をどう見積もっていたのかは分からないけどそんな事はどうだっていい。
歩夢「前に固定のファンが居るって言ってたよね?今、その人コメント欄には居ないよ」
かすみ「ゆうぽむさん…?」
当然だ。彼女も私なんだからきっと同じ様に思っているだろう。
歩夢「汚いものなんて全部蓋をしちゃえばいいよ。私は可愛さを追求するかすみちゃんを見ていたい。アイドルのかすみちゃんを見たい」
かすみちゃんは驚いていた。
かすみ「アイドル…?私が?」
歩夢「うん」
かすみ「アイドルなんてなろうと思ってなれるものじゃないでしょ」 >10年に一人のレベルだし、学年でだってせいぜい3番か4番
自己評価が高いのかそうでもないのかどっちなのかすみん 歩夢「なれるよ」
かすみ「なれませんて。お金だって掛かるんですよ?無責任な事言わないで下さい」
かすみちゃんはまた眉間に皺を寄せた。
歩夢「だったら自分で始めればいいよ」
かすみ「自分で?」
歩夢「そう。今日からあなたは配信者じゃない。スクールアイドルの中須かすみだよ」
かすみ「スクールアイドル…」
彼女は小さな呟いた。 気がつくと私はまた扉の前に立っていた。
「おかえり歩夢」
また背後から声を掛けられた。振り返るとおかっぱの少女が立っていた。
歩夢「ただいま」
私はにっこりと返す。
歩夢「大丈夫かな?」
「何が?」
分かっている様な顔をして彼女は呟く。 歩夢「ううん。何でもない」
そうか。と言いながら彼女は私の袖を引っ張った。
あれ?また制服に戻ってる。
私は彼女に引かれるがまま歩き出す。引き返しているのか進んでいるのか分からない。
歩夢「あの一つ聞いていい?」
歩きながら私は彼女に問い掛ける。 途中つらかったけど希望もありそうで愛さんほどのバッドじゃなくてよかったわ 彼女は頷く。
歩夢「今置かれてる状況に納得した訳じゃないけど理解はしてるの」
再び彼女は頷く。
歩夢「でも、分からない。私は何者なの?」
掴んでいた私の袖を離し彼女は立ち止まった。
歩夢「扉の向こうには私が居た。もしかしたら最初の時も居たのかもしれない。その世界の私だとしたら、じゃあ今ここでこうしてる私はなんなの?ねえ、侑ちゃん」
彼女はゆっくりとこっちを振り向いた。
「言ってるでしょ。歩夢は歩夢だって。それに私は侑じゃないよ」
そう言って再び歩き出す。私はそれに着いていく。 私達はまた扉の元に到着した。
「ごめんね。続きはまた帰っきたら話そう」
そう言って私を扉の前へと促す。
私は促されるまま扉を開いた。
「行ってらっしゃい、親友」
そう聞こえた。 チリンチリンと風鈴の音が鳴り響く。
目の前には庭園が広がっている。私は縁側に腰を下ろしていた。
歩夢「ここは…どこだろう」
まるで政治家のお家みたい。私の横にはお団子が置いてあった。私は客人として招かれているのだろうか?
「そのお団子。美味しいですよ」
その声は聞き覚えのあるものだった(今までもそうだったのだけれど)
お団子から声の主へ視線を移す。
「歩夢さんが甘い物が好きと言っていたので。きっと気に入ると思います」
声の主は桜坂しずくちゃんだった。 いきなり、しずくちゃんはクスクスと笑い出した。
しずく「歩夢さんったらボーッとお庭を見つめて。まるで私の事を忘れてるんですもん」
私は反射的にごめんと謝った。しずくちゃんは良いですよと言ってお団子に手を伸ばした。
歩夢「あの…しずくちゃん。私の事分かるの?」
お団子を頬張っているしずくちゃんに私は尋ねた。 質問の意図が伝わらなかった様でしずくちゃんはキョトンとした後またクスクスと笑い出した。
しずく「も〜寝ぼけてる?ボーッとしてると思ったらもしかして寝ていたんですか?」
どうやら、私としずくちゃんは元々友達らしかった。
けど、分からない。愛ちゃんの時は自宅で目を覚まし、かすみちゃんの時は気がつく街中にいた。
二人とは面識は無かったけど、かすみちゃんの時は私じゃない私が存在していた。
で、今回のこれだ。まるで統一性がないし謎が深まるばかり。 しずく「さて歩夢さん。そろそろ休憩はお終いにしましょうか?」
そう言ってしずくちゃんは立ち上がりスゥと息を吸った。
しずく「たとえこの恋がどんなに悲しいものであったとしても、あなたが私の青春だった事に違いはありません。きっと、どこかですれ違ってもあなたは気が付かないのでしょう。だから、私も振り返らない。ありがとう、さようなら」
突然、しずくちゃんが語り出した。そうか、しずくちゃんは演劇部に所属しているのだから演技の練習をしているんだ。私は一人で納得していた。
しずく「どうしたんですか?歩夢さんの番ですよ」
歩夢「え?私の番?」 戸惑っているとしずくちゃんはちょっと待っててと言い部屋の中へ戻り、私は言葉通り待っているとしずくちゃんは台本の様な物を手に戻って来た。
しずくちゃんは数ページ開いてから、ここっと指差し私に読む様に促して来た。
歩夢「えっと…今思えば私はどうすればいいか分からなかったのです。暗いこの道をあなたの手を引いて歩く自信がなかったのです」
私が読み始めるとストップと言ってしずくちゃんに止められた。
しずく「どうしたんですか?調子悪いですか?」 歩夢ちゃんも演劇部な世界か。その世界での設定全く知らされないで行くの怖いな そんな事を言われても私も初めての経験だから(とは言っても学芸会でやった事くらいはあるけれど)答えに困ってしまう。
しずくちゃんは何故か小さく微笑んだ。
しずく「変に上手くやろうなんてしなくても良いんです。もちろん、いい加減にやれって事じゃないですよ?最初に言った通り気持ちを込めて演じれば見ている人には伝わります。それはスクールアイドルだって同じ事だと思うんです」
今、しずくちゃんはスクールアイドルと言った?一生懸命に私に指導をしてくれている所申し訳ないのだけれど私はそればっかりが気になっていた。 私はしずくちゃんに変に思われる事を承知で聞いてみる事にした。
歩夢「あの…私ってやっぱりスクールアイドルなのかな?」
私の問い掛けにやはりと言うべきかしずくちゃんはまたキョトンとしていた。
しずく「それは…言葉通りの質問ですか?それとも何か哲学的な答えを求めていますか?」
なんとか上手く誤魔化しながらやり取り出来ないだろうか。
歩夢「あの、私は本当にスクールアイドルなのかなって」 私の言葉にしずくちゃんは一瞬悲しそうな顔をした。
しずく「やっぱり同好会に顔を出せない事を気にしていますか?私が無理に歩夢さんを助っ人に頼んだから」
話を聞くとどうやら私は同好会の一員みたいだった。しずくちゃんに頼まれて同好会を一時的に休部し何故か演劇部の助っ人をしている様だった。
私はもう一歩質問してみることにした。
歩夢「しずくちゃんはどうして私を誘ってくれたの?」
我ながら良い質問だったのではないかな。
しずく「かすみさんから同好会に素晴らしい表現力の持ち主が居ると聞いたからですよ。それでもいきなり代役を頼むのは難しいかなとも思いましたけど歩夢さんのライブの映像を観て決めたんです」 となるとしずくちゃんは同好会のメンバーじゃないって事かな。けれど、同好会のメンバーであるかすみちゃんと交友関係にあって私の話を聞いたと言う事。
しずく「ですから、あんな素晴らしいライブをやってみせた歩夢さんですから。きっと素晴らしい演技も出来るはずだと思っています」
しずくちゃんは力強くそう言っていた。
一体この世界の私はどんな凄いライブをやったのだろう。 さて、何となく自分の置かれた状況は理解出来たけれどではどうすればいいのだろう。
愛ちゃんやかすみちゃんの時とは違う様に思える。ただ、舞台を成功させれば良いのだろうか?
そんな事を思っているとしずくちゃんが私の手を取り
しずく「歩夢さん。部長に一矢報いる為にも。改めてお願いします」
と言った。まるで、私の心の声に反応するかの様なタイミングだった。 世界設定だけじゃなくて、歩夢の存在まで毎回異なるのはきついね ただ、部長に一矢報いるとはどう言う事だろうか、聞いた方がいいのか悩んでいるとしずくちゃんは堰を切ったように喋り出した。
しずく「部長は全然私の事を認めてくれないし。頑張ってるのに…そりゃあ、部員は私だけじゃないし忙しいのも分かるけど…もう少し…」
話し続けるしずくちゃんを横目に私は台本に手を伸ばした。
物語の舞台は戦後の日本。学生運動が盛に行われるT大で激しい時代の波に呑まれていく男女の青春群青劇。
端の折れたページを捲ると
「あなたは違うと言うけれど、こうして手を伸ばしてみれば、あなたにちゃんと届いているではないですか」
の文章に蛍光ペンでなぞってるのを見つけた。
しずくちゃんはまだ喋り続けている。私ではない何かを見つめて時に嬉しそうに時に寂しそうに頬を赤らめて、目を潤ませて。
そうか。一矢報いると言っても、それはしずくちゃんから部長への不器用に想いを綴った矢文なのだと、その時私は気が付いた。 その日の夜、私はしずくちゃんの家へ泊まる事になった。元々そう言う約束だったらしいのだけれど。
夕飯をご馳走になりしずくちゃんに手を引かれやって来たのはお風呂場だった。家庭のお風呂とは思えない広さで驚いた。流石に旅館とまではいかないけど。
しずく「やっぱり!仲を深めるには裸の付き合いですよね」
それは私もそう思う。そんなに知らない仲でも不思議と一緒にお風呂に入ると距離が縮まるものだ。
二人並んで隅々まで身体を洗い、私は一足先に少し先に終えて湯船へと向かった。
足を伸ばしてもまだ余裕がある。湯が全身を包み込む。疲れが一気に落ちる様でとても気持ちいい。檜の香りが一段と心を落ち着かせる。 リラックスした頭で今後どうすれば良いのかを考えた。
しずくちゃんは部長の事が好きなのだと言ってしまえば単純だけど簡単に事が済むとは思えない。
向こうがしずくちゃんの事を恋愛対象として見ているのかと言えばきっとそうじゃないだろう。
だいたいにして、しずくちゃん自体がこれを恋として認識しているのだろうか?そもそも私の勘違いじゃないだろうか?
考えてれば考える程頭の中がぐるぐると回る。私って考えるのが苦手なのかな。
これ以上考え込むとのぼせてしまいそうだった。 私から出ているのか湯船から出ているのか湯気の向こうに見えるシルエットが段々と近づいて来た。
しずく「失礼しますね」
そう言うとしずくちゃんが隣に座り込んだ。
しずく「ん〜五臓六腑に染み渡りますね」
意外とおじさんみたいな事を言うな。
手に掬ったお湯を肩に掛けてそっと一息付いた後しずくちゃんは口を開いた。 しずく「気づいちゃってますよね?」
思わずドキッとしてしまった。私は静かに頷く。
しずく「まあ、あれだけ露骨に思いの丈を喋り倒せば気が付かない方がおかしいですよね?」
歩夢「あはは、うん」
私は笑うので精一杯だった。
しずく「ですよね。あ〜あ〜相手が歩夢さんみたいにちゃんと気が付いてくれる人だったらなぁ」
またドキッとしてしまった。 恋愛に限らず外野の方がよく気付くというのはあるしね しずく「キッカケは舞台だったんです。部長が主演で私は部長に恋をする役でした」
それってと言葉に出そうとした所でしずくちゃんは頷いた。
しずく「最初は私も役に入り込んでしまっただけだと思ってたんです。そのうち、この想いは消えるだろうって思っていました。けど、日を追うごとに想いは強くなって心を締め付けるんです。胸が痛いんです。これを恋心と言わなければ何を恋と呼ぶのか」
私はこれほど恋と呼ぶにふさわしい事はないと思った。
しずく「だから私はこの舞台を成功させて部長が私をちゃんと見てくれた時初めて告白しようと思っています」
私はしずくちゃんの背中を押す為にここに来たのだなと改めて思った。 それと同時にきっとこの恋は実らないのだろうと思っていた。
それでも、しずくちゃんはこの大勝負に全てを賭けるつもりでいるのだろう。
ただ、失恋するであろう彼女が夢を追場所まで失う事は避けたい。
しずくちゃんは演技をするのが何よりも大好きなのだから。 こういう展開好き
もしかしてパラレルワールドの作者さんだろうか? だから、その時は私が支えなければいけない。その為に私は来たのだと思った。
思っていたのだった。
その為にはやはり、舞台を成功させなければ。
私の特訓の日々が始まった。
平日は学校で練習をし、休日はしずくちゃんの家に寝泊まりして練習をする。
なんだか、しずくちゃんとこんなにずっと一緒に居るのは初めてかもしれない。
それくらい私は練習に打ち込んだ。
「歩夢はコツコツと努力するのが得意だもんね」
昔、そんな事を言われた様な気がする。 気がつけば、本番まで残す所あと一週間となった。
しずく「いよいよ来週ですね」
桜坂家の縁側で腰を下す私の背中にしずくちゃんが語りかける。
私が振り返ると彼女はお盆を持って立っていて上には麦茶の入ったコップとチューペットアイスが置いてあった。
しずく「アイス食べますか?」
そう言って私の隣に座りお盆の上に置かれたチューペットアイスを手に取ってそれをボキッと二等分し渡して来た。
しずく「懐かしいですよね。食べた事ありますか?」
確かに懐かしい。
歩夢「うん。私も昔はよく食べたなぁ」
と昔を懐かしんだ。けど、私の記憶はどこか曖昧でそれがいつのものなのかハッキリとしない。 しずく「私が言うのもなんですけど。同好会の方は大丈夫ですか?」
私は首を縦に振った。
先日、私は同好会に顔を出してみたのだ。その時、そこにいたのは
愛「あれ?歩夢ー!しばらく同好会の方は休むんじゃなかったの?」
宮下愛ちゃんと
かすみ「もしかしてしず子のスパルタについて行けなくなっちゃったんじゃないですか?」
中須かすみちゃん。
「歩夢さん。私達は大丈夫ですから今は桜坂さんの力になってあげて下さい」
それから、もう一人。この丁寧で柔らかい口調。その子の事を知っているはずなのに何故かイマイチぼんやりとしている。まるで、靄がかかった様な感じだった。
他のメンバーが同好会に所属しているのかは分からなかった。 しずく「歩夢さん。アイスが溶けちゃいますよ」
しずくちゃんの声でハッとした。手に持ったアイスを見ると少し溶け始めている。
しずく「これだけ暑いと溶けるのもあった言う間ですね」
歩夢「そうだね」
私は慌ててチューペットアイスを口に運んだ。急に食べた物だから頭がキーンとして思わずイタっと呟いてしまった。それを見てしずくちゃんは笑っていた。
懐かしい味。やっぱり昔を思い出させる。
そう言えば、侑ちゃんは?
ふと、私は侑ちゃんの事を思い出した。そう言えばここに来てから一度も会っていない。
他の子ならともかく家が隣に同士の侑ちゃんと一度も顔を合わす事が無いと言うのはどう言う事だろう?
そもそも私はなんでそれを今まで疑問に思わなかったんだろう? あえて情報を集めず分からないままにしておくのが探索じゃなくて旅行って感じがしていいね ここでは私と侑ちゃんは幼馴染じゃないとか?だとすれば、辻褄は合うかもしれないけど、それはなんだか嫌だな。
そんな事を考えながら私はアイスを食べる。
しずくちゃんはとても優しい表情で私をただ黙って見つめていた。
その時、なんだか違和感を覚えた。
蝉の声が辺りに鳴り響く。汗が肌に纏わりつく。
あっという間に夏は最高潮に達する。 7月某日。生憎、梅雨はまだ明けていない。
会場には次々と人が席を埋めていく。
私はそれを舞台の袖から見ていた。思わず固唾を飲んでしまう。
しずく「緊張しますか?」
そんな私の姿を見てしずくちゃんが声を掛けてきた。
私はコクリと頷く。スクールアイドルを始めて人前に慣れたつもりでも演技の世界に飛び込むと思うとやはりそれは別だった。 しずく「手、貸してください」
そう言ってしずくちゃんは私の手を取り、掌の真ん中ら辺をグッと親指で押した。
しずく「これ、緊張をほぐすツボです」
そう言って彼女は微笑む。ツボ押しの効果か彼女の笑顔がそうさせるのかほんの少し緊張が和らいだ気がした。
そんな私達のやり取りを遠巻きに見ながら笑ってる人が居る。
中性的な顔立ちで宝塚歌劇団に所属していると言われても頷いてしまう。
彼女は私達の方やって来て
「今日は観客として楽しませて貰うよ」
とだけ言って私の肩を叩き舞台から出て行ってしまった。 しずくちゃんの方を見ると少しムッとした様な顔をしていた。
私からしたら部長は安心して私達に任せてくれたんだなぁくらいに思えるけど、やはりしずくちゃんからそうではなかったみたいで
しずく「部長ってば随分と余裕なんだから。歩夢さん、今日の舞台で部長をあっと言わせてやりましょう!」
しずくちゃんは再び私の手を取りそう言っていた。 開演時間が迫る中、私は時計の針を気にしている。
カチ、カチっと針が動くたびに開演に近づく。
時計の針が開演時刻を指す前に会場が暗くなった。
ブーっと開演を知らせるブザーが鳴り響く。
あぁ、遂に始まってしまう。
気がつくとしずくちゃんはもう横には居ない。
再び、ブザーが鳴り響くと辺りがじんわりと明るくなり緞帳が上がる。 そこにはしずくちゃんがただ一人立って文字通りスポットライトを浴びている。
しずく「あの時、貴方は言いました。貴方は見合い結婚以外は考えて居ないと、そうおっしゃいました。それでも貴方は私に手を差し伸べてくれた。もう一度お聞きします。貴方に取って恋は全て偽物だったのでしょうか?」
しずくちゃんの演技を袖から見ていて全身の鳥肌が立った。これが本物の演技。
何度も一緒に練習していたけれどやはり本番は別物なのだと感じた。彼女は女優なんだ。 思わずしずくちゃんの演技に見惚れていると自分の出番を忘れそうになってしまった。
暗転したタイミングで私は急いで舞台の中央に移動する。
再び辺りが明るくなると観客の多さに圧倒されてしまい、セリフが遅れてしまいそうになる。
歩夢「あ・・・僕は学者ですからね。見合い結婚以外は考えて居ないのです。サラリーマンの様に外面的束縛に身を任せて居ればいいのなら恋愛もいいでしょう。しかし、学者はそうはいかない。自分で自分を律しなければならないのです」
こういう時反復練習がモノを言うのだろうか。頭が真っ白になりながらもセリフは自然と口から出た。 ホッと息を吐く間も無く私のセリフは回ってくる。舞台上では余計な事を考えている暇などない。考える程余裕もないけど。
歩夢「恋愛と言うものは反秩序的なものです。相手が自分の中で何よりも大切なものになると言ったプラトニックな感情は秩序から抜け出し自由になりたいと言う願望の現れではないでしょうか。もし、学者で恋愛をしている人が居るとしたら、それはその人にとって学問か恋愛かどちらかが偽物であるはずですよ」
これも練習の成果なのか長々としたセリフも一回も噛む事なく言う事が出来た。 私としずくちゃんが同じ場面で演技をするのは舞台が始まってから20分くらい経ってからだった。
お互いに見つめ合い言葉を交わす。
しずく「ねえ。駅前の映画館に、映画を観に行かない?」
そうして、しずくちゃんは私の腕を取る。
私達はまるで本物の恋人同士の様に腕を組み舞台上から姿を消す。
その瞬間からしずくちゃんの事が愛おしくて愛おしくてたまらなく思えて、ああ、これはしずくちゃんの気持ちも分かるなぁと思った。 舞台が終盤に差し掛かる頃には自分が上原歩夢だと言う事を忘れそうになっていた。
終盤にはしずくちゃんが演じるヒロインに別れを告げるセリフがある。
歩夢「やはり僕たちは一緒には居られない。君と生きていく理由が見つからないから」
そのセリフを涙を堪えながら私は口にした。 この歩夢の場合は文字通り一緒にはいられなくなるしね。切ない そして、しずくちゃんが手紙を読み上げる場面を終え舞台は幕を閉じた。
舞台は成功だった。
控室に集められて私達に部長が労いの言葉をくれた。
「皆んな、よくやってくれたね。期待以上の出来で私達も鼻が高いよ」
部長はとても満足といった顔をしていた。
横のしずくちゃんを見ると少し強張った表情をしている。
それもそうで、しずくちゃんにはまだ大勝負が残っているのだから。 「それじゃあ解散。各々帰る準備をして」
部長がそう言うとしずくちゃんが彼女の元へ行き二人でどこかへと消えて行った。
ああ、ついに勝負に出るのだな。
私は自分の荷物をまとめ、ここで待つ事にした。 しばらく経って、私は控室に一人。他の皆んなは先に帰っていた。
だいたい30分くらい経って控室の扉が勢いよく開く。
やはりと言うかしずくちゃんは泣いていた。
部長は私の方へと近づいて来た。
「何となく、いつかこうなるんじゃないかと思っていたんだ。後は任せるよ」
そう言って申し訳なさそうに部屋から出て行った。 しずくちゃんは部屋の隅の方で丸くなり啜り泣いている。
私はカバンからハンカチを取り出しそっと差し出した。
しずくちゃんは静かに顔を上げた。
しずく「予想はついていたんですけどね。ダメですね。泣かないつもりだったんですけど・・・どう足掻いても惨めですね」
私は黙ってしずくちゃんの涙を拭った。
しずくちゃんは泣き腫らした目で私を見つめる。
しずく「歩夢さんは優しいですね」
ああ、これは不味いと思った。
ずっと考えていた。私がここに来た理由を。 失恋したしずくちゃんを支える為だと思っていた。
しずくちゃんは鼻声で私に話し続ける。
しずく「歩夢さん・・・私。節操が無い女と思われるかもしれませんけど・・・ずっと一緒に練習をしてた時から迷ってて」
潤んだ目で私を見つめる。
私はこれを言う為にここに来たんだ。
私は涙を一生懸命堪えていた。
歩夢「ごめん。私にはしずくちゃんと一緒に生きていく理由が見つからない」 私はまた元の場所へと戻って来ていた。
「お帰り、歩夢」
歩夢「ただいま」
私は小さく答える。
彼女は心配そうに私に近づく。
「辛かったよね」
歩夢「あれで良かったのかな?」
「愛情って言うのは色々な形があるから」
幼い姿をした彼女にそんな事を言われてもなんだか笑ってしまう。
「あれ?今、歩夢笑った?」
見えないその顔は少しムッとしている様だった。 私は立ち上がると彼女の頭を撫でた。
歩夢「そろそろ行こうか?」
子供扱いされた事が気に入らなかったのか彼女は私の手を払い除けた。
「じゃあ、案内するよ。それと、言っておくけど私達は歩夢と同い年なんだからね?」
もう一人?同い年?そう言えばもう一人の子はどこへ言ったのだろう?色々疑問はあったけど聞かない事にした。
聞くと混乱しそうだったから。 私達はまた扉の前へと辿り着いた。
「次はここだよ」
歩夢「うん。ありがとう」
「ごめんね。歩夢にばかり任せてしまって」
以前も似た様な事を言っていた。だいぶ気にしているのだろう。
歩夢「それじゃ、行ってくるね」
私は彼女に手を振り扉を開いた。 目の前にはいくつもの本棚の前に居た。
ここが何処なのかを考えて居るといきなりバサッと頭の上に何かが落ちて来て当たった。
歩夢「痛っ。痛ぁい」
地面に落ちたそれは本だった。角に当たらなくて良かった。
「あっ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
声の方へ目をやると小さな脚立から本を落としたであろう女の子が降りて来た。
「すいません。手が滑ってしまって。お怪我はありませんか?」
今回は彼女らしい。
歩夢「栞子ちゃん」 栞子ちゃんはキョトンとしていた。これもお決まりの反応だ。言わなければいいのだけどついつい言ってしまう。
栞子「あの、どこかでお会いしましたか?」
歩夢「え?ああ、ううん。ほら!栞子ちゃんって有名だから!」
栞子「有名?私が?」
つい、適当な事を言ってしまった。栞子ちゃんは訝し気な顔で私を見る。
と言う事は栞子ちゃんは生徒会長ではないのだろう。 私は足元に落ちた本の事を思い出した。本のタイトルは『悲しみよこんにちは』だった。海外の作家の本だ。私は本を拾うと栞子ちゃんへ渡した。
栞子「ありがとうございます。本当に申し訳ありませんでした」
そう言うと栞子ちゃんは本を抱えて行ってしまいそうだったので私は彼女を呼び止めた。
歩夢「あの・・その本って面白いの?」
どうにか栞子ちゃんと関係を築かなければと思ったからだ。その為に私はここへ来たのだろうから。 栞子「気になりますか?」
少し食いついた様だった。
栞子「もし気になるのなら・・お詫びと言う訳ではありませんが。お先にどうぞ」
歩夢「あの、そうじゃなくて。えっと、最近読書を始めようかなと思っていて。あっ!あれだったらお詫び、私と友達になってよ!」
我ながらたいぶおかしな事を言ったと思った。
案の定、栞子ちゃんも驚いている。
これはしまったと思った時に栞子ちゃんが笑い出した。
栞子「ふ、ふふっ。変な人ですね」 この反応は好感触だと思った。
栞子「いきなり友達と言うのはちょっと」
そんな事はなかった様だった。
栞子「ですが、お話をするくらいなら」
結局は結果オーライだった。 話をするのにここでは迷惑になる為、私達は場所を移す事にした。
虹ヶ咲学園の食堂。食堂とは言ってもこの学校のは商業施設のフードコート並みの大きさをしている。
私達は飲み物を手に窓際の席に着いた。
歩夢「二年生の上原歩夢です。えっと・・・」
思わずスクールアイドル同好会所属と言ってしまいそうになった所を飲み込んだ。万が一私が同好会に所属して居なかったらやや残した事になるかもしれないから。
栞子「三船栞子、一年生です。よろしくお願いします」 さて、何を聞いたものか。
歩夢「最近暑くなって来たね。今年も暑くなるのかなぁ」
当たり障りのない事から聞こうと思ってつい世間話を始めてしまった。
栞子ちゃんはまたキョトンとした表情を見せた。
栞子「今年も暑かったですけど。もうだいぶ涼しくなりましたよ。もう秋ですし」
言われてみれば移動する最中涼しかった様な気がする。
以前までが夏だったからてっきり今回かも夏かと思っていた。私はなんて馬鹿なのだろう。 歩夢「そうだよね。もう、秋だもんね・・・」
栞子「歩夢さんって結構天然ですか?」
あぁ、不名誉な称号を手に入れてしまった。
歩夢「と、所で栞子ちゃんは何か部活をやっていたりするの?」
私は慌てて会話を変えた。
栞子「部活ですか?私は今は特に」
今はという言い方に引っ掛かった。
歩夢「今はって事は前に何かやってたの?」
予想は的中した様で栞子ちゃんは黙ってしまった。 一瞬気まずい空気が流れた。
過去に部活関係で何かあったのだろうか?
栞子ちゃんが器用な性格ではない事は知っている。
優しくて誠実な子だと言う事も知っている。
もし、何かあったと言うならきっとボタンの掛け違いの様な物だろう。
とすると私がここに来たのはそれを解消する為なのだろうか? どうやら沈黙に耐えられなかった様で栞子ちゃんが口を開いた。
栞子「歩夢さんは何か部活をやられているんですか?」
しまったな。なんて答えようかと悩んでいると入り口の方で誰かが手を振ってるのが見えた。
ぐんぐんと近づいて来る。
かすみ「歩夢先輩!こんな所でなにしてるんですか?」
かすみちゃんだった。 ルート後だと認識できてそれ以前だと>>158の栞子ちゃんみたいにわからないのかな 歩夢「かすみちゃん。どうしたの?」
私が尋ねるとかすみちゃんは鼻の穴を大きく広げて捲し立てる様に話し始めた。
かすみ「それはこっちのセリフです。歩夢先輩を探してたんですよ。これから練習だってのに同好会には顔出さないんですか?って言うかその子誰ですか?なんでお茶してるんですか?」
一回で質問が多い。しかし、どうやら私は今回も同好会に所属している様だ。
栞子「歩夢さん。何かの同好会に所属しているんですか?」
栞子ちゃんが割って入るとかすみちゃんが彼女の顔を覗き込んだ。
かすみ「で、この子誰なんですか?」
栞子「あっ、すいません。一年生の三船栞子と言います」 栞子ちゃんは軽く会釈をした。
かすみ「ふ〜ん。お二人はどう言ったご関係ですか?あっ、もしかして勧誘中?」
かすみちゃんの言葉を受けて栞子ちゃんはハッとした顔した。
栞子「そう言う事だったんですか?」
私は何故だか慌ててしまった。
歩夢「あ、違う違う。そうじゃないよ。本当に栞子ちゃんと仲良くなりたかっただけ」
これが余計良くなかった。栞子ちゃんは疑いの眼差しをこちらに向ける。
栞子「歩夢さんって何をされてるんですか?」 かすみ「スクールアイドルだよ!」
私が答える前にかすみちゃんが勢いよく答えた。
栞子ちゃんは口を固く結んでいた。じっと見ていたけどどうやら「スクールアイドル」と言う単語に反応していた様だった。
かすみちゃんはそれに気が付いていない様子だった。
かすみ「ねえ。折角だから同好会を覗いていきなよ」
すっかり勧誘モードになっていた。同好会は今、部員を募集しているのだろうか? 栞子ちゃんは首を横に振る。
私は何となく察していた。
私の知っている栞子ちゃん、部活関係で何かあったであろう過去、そしてスクールアイドルに反応した事。
この栞子ちゃんは過去に、例えば中等部でスクールアイドル活動をしていたのではないかと思った。
だとしたら、私がやるべき事は栞子ちゃんが再び部活を始める事が出来る様に背中を押す事なのだろうか。 栞子ちゃんは俯いている。かすみちゃんも空気を察したのか苦笑いしながら黙っている。
私は栞子ちゃんの魅力は笑顔だと思っている。だから、彼女のこんな表情は見たくなかった。
私はかすみちゃんに目配せした。それに気が付いたかすみちゃんは軽く挨拶をしてその場離れた。
私は栞子ちゃんに声を掛ける。
歩夢「ごめんね、栞子ちゃん。こんなつもりじゃなかったの」
栞子「こんなつもりじゃなかったと言う事はやっぱり最初から勧誘目的だったんですか?最初から私の事を知っていましたもんね」
どうしてこうも私は迂闊なのだろう。私の軽い言葉が裏目、裏目へと出る。 返す言葉を探していると栞子ちゃんは席を立とうしていた。
私は引き留めなければと思ったのだろう。
歩夢「私は栞子ちゃんが笑っていてくれればそれでいい」
なんて事を言ってしまった。これじゃあ栞子ちゃんが言った事を認めた様なものだ。
栞子ちゃんはその場を離れる事なく立ちつくしている。
彼女の目がみるみると潤んでいく。
栞子「こんな事言われたのは初めてです」
何が琴線に触れたのだろうか?それは分からないけど私は彼女のこの表情を笑顔に変えたいと心の底から思った。 唐突な会話の流れが>>203の通りゲームっぽいね。今回は正解か 栞子ちゃんは再び席に着いた。私は鞄からハンカチを取り出し栞子ちゃんの涙を拭った。
こんな何度も人の涙を拭う事になるとは思わなかった。
栞子「もう一度聞いて良いですか?歩夢さんは私の事を知っていたのですよね?」
私は頷いた。
栞子「では、こうして私達がここにいるのは偶然じゃないと言う事なんでしょうか?」
私は首を横に振る。栞子ちゃんは続ける。
栞子「そうですか」 栞子ちゃんはそう言うと飲み物に手を伸ばした。本当はずっと喉が渇いていたのだろう。
その時、栞子ちゃんが飲み物に手を伸ばした時、私は彼女の頭越しに見覚えのある顔を見つけた。
私だ。向こう側の席に私が座って居た。いつから居たのだろう?幸いこっちには気が付いていない様だったけど思わず、あっと声を上げてしまった。
当然栞子ちゃんも私の視線に合わせて振り向く。
栞子「え?どう言う事ですか?双子?」
私は栞子ちゃんの問いに答える事なく彼女の手を取った。
歩夢「ごめん。出よう」
栞子ちゃんは戸惑っているが強引に連れ出した。 バレない様に進捗に店から出て食堂から離れる様にひたすらに歩いた。
頭がパニックになってしまい、誰か知り合いに会うリスクも考えず校舎の中に入ってしまった。
校舎の中を何も考えず歩いていると栞子ちゃんが足を止めた。手を握ったままの私はバランスを崩してしまい、その場で尻もちをついてしまった。
歩夢「いてて」
栞子「あ、ごめんなさい」
歩夢「大丈夫」
そう言って顔を上げると音楽室が目に入ったので、私は立ち上がり音楽室の扉を開けて栞子ちゃんを手招きした。
歩夢「良かった。鍵は閉まってなかったみたい。栞子ちゃん、こっち来て」
栞子ちゃんは少し戸惑っていたが音楽室へと入った。 私は音楽室の扉を閉めて鍵を閉めた。流石に栞子ちゃんは問い詰める様に私に言う。
栞子「どう言う事ですか?説明して下さい」
ただでさえ栞子ちゃんから見れば謎の多い私が、変に誤魔化す事で余計に怪しまれるかもしれない。
一か八か私は賭けてみようと思った。
歩夢「さっき食堂で私に瓜二つの人が居たでしょう?」
栞子「はい。ご家族ですか?」
普通はそう思うのだろう。 歩夢「あれ、私!」
少しポップに言ってみた。
栞子「は?」
栞子ちゃんの顔をみると失敗だったみたいだ。
栞子「ふざけているのですか?」
そう言われても仕方ないのだろう。 歩夢「ごめんなさい。どこから説明すればいいのか。でも、さっき言った事は本当だから。本当に私」
栞子ちゃんは訳の分からないと言った様な表情をしている。
歩夢「信じろって言うのも無理があるよね。でも、本当なの。私は別の世界から来た上原歩夢なの」
栞子ちゃんの表情はいつしか怯えたものに変わっていた。無理もない。私だって栞子ちゃんの立場なら変な人に目を付けられてしまったと思うだろう。 しかも、個室で鍵を閉められて。軽くホラーだ。
歩夢「えっと、どうしよう。私が栞子ちゃんの事を知っていたのは、別の世界の栞子ちゃんを知っているからであって。その・・・信じられないよね?」
栞子ちゃんは頷く。
歩夢「でも、信じて欲しい。私は栞子ちゃんの力になりたい」 栞子ちゃんの心境と怯える姿を想像したらちょっとゾクゾクする 私が言うとやっと栞子ちゃんは口を開いた。
栞子「そんな事を言われても・・・信じろと言う方が無理があります」
栞子ちゃんは一度、喋るのをやめ何かを考える様に右手を額に当てた。
栞子「そんなSFの様な話を信じる事は出来ません。けど、それでも、私はあなたの好意を受け入れたいと思ってる。あなたの目が嘘を吐いている様には思えないから。こんなに感情が行ったり来たりするのは疲れますね」
そう言うとやっと笑顔を見せてくれた。
栞子「もし、あなたのその目すら嘘だったら。きっと、詐欺師の適性がありますよ」
だとしたら私には詐欺師の才能はないだろうなと思った。 その日、私は栞子ちゃんの家にお泊まする事になった。
まさか、泊めてくれるとは思わなかった。経緯はこうだ。
この日はもうすっかり日も暮れ始めていたので取り敢えず帰る事になったのだ。
歩夢「ありがとう。信じてくれて」
栞子「まだ半信半疑ですけどね」
歩夢「そっか。ふふっ、取り敢えず、今日はもう遅いし帰ろか」
そう言った時に気が付いた。私はどこに帰れば良いのだろう?また学校に泊まるか?
そんな事を考えているのが顔に出ていた様だ。
栞子「どうしました?」
そう聞かれてつい正直に答えてしまった。
歩夢「いや、あの…今日、どこに泊まろうかなって」 栞子「家に帰らないのですか?」
歩夢「あの・・・さっきも言った通り家にはもう一人の私が居て」
私の言葉を聞いて栞子ちゃんは少し笑っていた。
栞子「ブレませんね。そうですか。しかし、帰る家が無いのは困りますね」
そうなのだ。凄い困るのだ。どうしたものかと考えていると栞子ちゃんがこう言うのだ。
栞子「仕方ありませんね。今日は私の家に泊まりますか?」
思ってもない申し出だった。だって、栞子ちゃんからすれば今日会ったばかりなのに家に泊まるなんて。
歩夢「い、いいの?」
栞子「流石に女子高生を野宿させる訳には行かないですもんね」
との事だった。願ったり叶ったりだけど正直驚いている。それも顔に出ていたみたいだ。
歩夢「でも、私がこんな事言うと色々とおかしいんだけど。栞子ちゃんからしたら今日出会ったばかりでしょ?」
栞子「本当ですよね。不思議です。でも、もうこれ以上考えるのは疲れましたしね」
栞子ちゃんはそう言ってまだ笑っていた。 綺麗に整理された部屋には彼女の几帳面さが見て取れる。それにしても、しずくちゃんと言い広い部屋だ。掃除も大変そう。
私達は布団を並べて二人で寝ている。ベット以外で寝るのも久しぶり。しずくちゃんの家に泊まった時は広いベットに二人で寝ていたし。
明かりを消して暫く経つけど栞子ちゃんは寝息の一つも立てて居なかった。まだ、起きているのだろう。
そんな事を思っていると栞子ちゃんが唐突に喋り出した。
栞子「誰かを自宅に泊めるのは随分と久しぶりです」
私は栞子ちゃんの方へ振り向く。栞子ちゃんはこちらに背を向けたままだった。 栞子「私、幼馴染が居るんです」
私は何も答えず、けれど栞子ちゃんは続けた。
栞子「昔はよく泊まりにも来ていました。その子、とても自分勝手でわがままでいつも自分の考えが正しいと思い込んでいる様な子なんですよ。きっと、彼女の事を嫌っていた人も居たんじゃないですかね。私もあの性格には随分と振り回されました」
栞子ちゃんのその口調はまるで遠い昔を思い出すかの様だった。
栞子ちゃんが私の方へ振り向く。
栞子「でも、良い所もあるんです。なにより、私にとって彼女は親友でした。ワガママで自分勝手でも私はあの子が好きでした」
私は口を開く。
歩夢「分かるよ。私にも居るから」 栞子「中学二年生の時、彼女にスクールアイドルをやらないかって誘われたんです。虹ヶ咲には中等部にもスクールアイドルは存在していて、私はアイドルには興味は無かったし既にいくつか習い事もしていのですが、彼女の事を放っておく事も出来ず一緒に入部したんです」
そう言う事だったのか。栞子ちゃんがどう言った経緯でスクールアイドルに関わっていたのか気になってはいた。
栞子「最初こそ興味はありませんでしたが、気が付いたら夢中になっていました。素晴らしいですよね、スクールアイドルって。誘ってくれたあの子に感謝していたんです」
していた?栞子ちゃんは引っ掛かる様な物言いをする。 私は想像していた。楽しそうにスクールアイドル活動をする栞子ちゃんを。
栞子「けど、私は彼女を裏切ったんです」
栞子ちゃんがそう言った時、私は既に何があったのか分かっていたと思う。
栞子「当時、部員は5人居たのです。最初こそ仲良く活動していました。けど、少し経って彼女は自分の意見を他の部員に押し付ける様になっていったのです。しかも、悪気がなく相手にとってもそれがベストだと思い込んでの行動ですから余計タチが悪くって。段々と他の部員と彼女の間に溝が出来ていったんです」 栞子ちゃんの声が段々と震えていくのが分かる。
栞子「当然、私もそれに気が付いていたし、あの子に思う所もありましたから、私は彼女の味方をしなかった。それが彼女の為とも思いました」
だいぶ暗闇に目が慣れて来て、栞子ちゃんが目に涙を溜めているのが見えた。
栞子「結果、彼女と他の部員の溝は埋まる事はなく彼女は孤立したまま、大好きだったスクールアイドル部を去ったのです」
栞子ちゃんの声は大きく震えていて、今にも泣き出してしまうんじゃないかと思った。 栞子「今でもあの子の考えが正しかったとは思いません。けど、それでも、私一人くらいは彼女に寄り添ってあげても良かったんじゃないかって。スクールアイドルを教えてくれたのはあの子なのに。親友だったのに」
栞子ちゃんは自分を責め続けた。
栞子「退部してすぐに彼女は外国へ行ってしまいました。別れ際に彼女がなんて言ったか分かりますか?」
私は首を横に振る。
栞子「頑張れって。恨み言を言うでもなく」 そんな事を言ったんだ。
歩夢「嵐珠ちゃんらしいね」
私がそう言った時、栞子ちゃんは驚いた表情をした。
私は栞子ちゃんが何に驚いているのか分からずにいた。
栞子「嵐珠をしっているのですか?」
ああ、そう言う事か。私はつい聞いていないはずの彼女の幼馴染の名前を口にしてしまったのだ。
栞子「どうして歩夢さんが嵐珠事を知っているのですか?」
私の方も栞子ちゃんの勢いに驚いてしまい口籠ってしまった。 これで信じてもらえそうだけど歩夢の知ってるランジュはどんなか聞かれても答えにくそう そこで、栞子ちゃんはピンと来た様だった。
栞子「いや、まさか。でも、そんなSF映画みたいな事が現実に。でも、そう考えれば辻褄も合うし」
栞子ちゃんはブツブツと一人呟いた後再び私の方を見て
栞子「今日言っていた事、本当なんですか?」
私は頷く。
栞子「そんな事が。まさか」
栞子ちゃんはだいぶ混乱している様だった。 しばらくして、栞子ちゃんは疲れたのか寝てしまった。
私も目を閉じて栞子ちゃんの話を思い返す。
もし、自分が栞子ちゃんの立場だったらどうだろう?
きっと悔やんでも悔やみ切れないだろうな。
歩夢「侑ちゃんならどうする?」
私は思わずここに居ない幼馴染に問いかけていた。
その時、一つふと頭の中で疑念が生まれた。
侑ちゃんと嵐珠ちゃん。私の記憶の中で二人は関わり合いがない。と言うか同時に存在していない。
二人との関係性を考えればそんな事はあり得ない事なのに。
侑ちゃんとの思い出、嵐珠ちゃんとの思い出、それぞれに記憶しているのに。
私はこの違和感に恐怖を覚えながら気が付けば眠りについていた。 2期でランジュ達がどうなるかわからないから
ある意味今しか書けない展開かもな 次の日、目が覚めると栞子ちゃんの姿は無かった。どこかへ行ってしまったのかと一瞬思ったがここは栞子ちゃんの家なのでそんな心配をする必要は無かった。
よく見れば栞子ちゃんが寝ていた布団が綺麗に畳まれている。
私は自分が寝ていた布団を畳んで栞子ちゃんが畳んだであろう布団の横に並べた。
部屋の時計を確認すると6時だった。栞子ちゃんは何時に起きたのだろう。
栞子ちゃんの部屋で一人立ち尽くしていると勉強机の上に置かれた一冊の本が目に入った。
歩夢「栞子ちゃんが借りていた本だ」
タイトルは悲しみよこんにちは。一体どんな話なのだろうか。本を手に取りパラパラとめくっていると部屋の襖が開いて栞子ちゃんが顔を覗かせた。
栞子「おはようございます」
歩夢「おはよう」
栞子「まだ寝てても大丈夫なのに。あっ、これ。良かったら来て下さい」
そう言って栞子ちゃんはシャツとワイシャツを私に差し出して来た。
歩夢「え、いいの?」
栞子「いくら涼しくても2日連続は嫌ですよね。流石に下着まではお貸し出来ませんけど」
そこまでまとめたらバチがあたる。
私は栞子ちゃんにお礼を告げて着替えを受け取った。 私は栞子ちゃんから借りたパジャマを脱いで栞子ちゃんから借りた服に着替えた。
隣で栞子ちゃんが制服に着替えながら私に問いかける。
栞子「所で、学校はどうされるんですか?」
学校へ行けばもう一人の私と出会すリスクがある。
けど、私は学校へ行こうと思っていた。
歩夢「行くよ。授業は受けないけど学校へは行く」 栞子「そうですか」
そう言った後、栞子ちゃんは視線を机の上に合わせた。
栞子「その本。やっぱり気になりますか?なんでしたら先に読みますか?授業を受けないのであれば時間を持て余すでしょう?」
そう言って栞子ちゃんは本を手に取って私に差し出した。 栞子ちゃん家で朝食をご馳走になり、身支度をして私達は学校へと向かった。
登校中、私は常にもう一人私と出会わない様に気をつけていた。
その様子を見て栞子ちゃんはクスクスと笑っていた。
学校に着くと栞子ちゃんと校門で別れ、放課後は図書室で待ち合わせする事にした。
私は図書室に直行し、そこで栞子ちゃんから借りた本を読む事にした。 栞子ちゃんから借りた本(とは言ってもこの図書館の本なのだけど)はフランスの作家、フランソワーズ・サガンと言うの代表作らしい。
有名な本らしいのだけど、この世界だけかもしれない。ページ数は197ページなのだけど決して本を読むのが得意では無い私では読み終えるのにどれくらい時間が掛かるだろうか。
歩夢「まあ、いいや。取り敢えず読もう」
私は一人黙々と読書を始めた。 この時間、生徒は皆んな授業を受けているのでこの部屋にはほぼほぼ人が居ない。
かと言って授業中に私がここで本を読んでいても注意される事なかったのは、良くも悪くもマンモス校であるこの学校のその生徒数の多さと自由な校風も理由の一つだろう。
それでも、なるべく人目につかない奥の席に座っていた。
だいたい、読み終えるのには3時間くらい掛かった。
悲しみよ、こんにちは。もしかしたら、栞子ちゃんはスクールアイドルを見るたび、聞くたびにそんな心境だったんじゃないだろうか。
私はそんな事を思った。 気がつくともう正午だった。また、食堂へ行くと私と出会してしまうのではないかと思っていたら栞子ちゃんがやって来た。
栞子「お昼ご飯どうされるのですか?」
歩夢「多分、私なら食堂は使わないと思うけど、昨日みたいな事もあるし。食堂に行くのはやめておこうかなと思って」
栞子ちゃんはそれならと言ってお弁当を差し出して来た。
栞子「一緒に食べましょう。多めに作って来たので」
なるほど。だから朝早く起きていたんだ。 私達は人の居ない空き教室で食事をする事にした。
栞子「あまり自信はないのですが」
と言って栞子ちゃんはお弁当を並べた。
歩夢「いただきます」
栞子ちゃんは笑顔でどうぞと言った。やっぱり、笑顔が良く似合う。
歩夢「本、読んだよ。ありがとう」
私はカバンから本を取り出し栞子ちゃん渡した。
栞子「もう読み終えたんですね」
歩夢「やる事なかったし」 歩夢「私、思ったんだ」
栞子「何をですか?」
栞子ちゃんは首を傾げる。
歩夢「栞子ちゃんはまたスクールアイドルを始めるべきだと思う」
私がそう言うと栞子ちゃんは少し動揺した。
歩夢「私は栞子ちゃんにはスクールアイドルを好きでいて欲しい。だから、また始めるべきだと思う」
栞子ちゃんは噛み締めていた唇を開いた。
栞子「昨夜も言ったじゃないですか。私は嵐珠から大好きなスクールアイドルを奪ったんですよ。それなのに私だけのうのうと続けるなんて」
栞子ちゃんは立ち上がった。
歩夢「違うでしょ。本当に嵐珠ちゃんの為なの?思い出すからじゃないの?スクールアイドルをやっていると自分の犯した過ちがチラつくんじゃないの?」 栞子ちゃんは視線を落とした。
歩夢「嵐珠ちゃんがスクールアイドルを辞めろって言ったの?恨み言一つ言わなかったんでしょ?」
栞子「それは・・・」
栞子ちゃんはギュッと身を縮めた。
歩夢「このまま、ずっと悲しみに打ちひしがれてるつもり?何も変わらないよ。そんなの逃げてるだけだよ」
栞子ちゃんは顔を再び上げて私に問い掛ける。
栞子「良いのでしょうか。私がスクールアイドルをまた始めても」
私は栞子ちゃんの手を取る。
歩夢「良いんだよ。いつまでも過去に囚われてちゃダメなんだよ。同好会に行ってごらん。きっと皆んな受け入れてくれるから。ね?栞子ちゃんにはスクールアイドルの適性があるんだから」
私が言うと栞子ちゃんは笑って、そして頷いた。
歩夢「それじゃあ、ん〜かすみちゃんを探して」 一瞬、目の前が真っ暗になった。
「お帰り、歩夢」
歩夢「え?」
私はまた扉の前へ戻って来てしまった。
歩夢「なんで?だって、まだ栞子ちゃんを同好会に」
「彼女はもう大丈夫だよ」
それならいいけど。彼女が同好会に所属する所を見届けたかった。
歩夢「あ、でもいきなり私が居なくなって栞子ちゃんは大丈夫なの?」 今まで何も疑問に思わなかったけど私が居なくなった後、どうなっているのだろう。
「そこら辺は心配しなくても大丈夫みたい」
みたい?随分と曖昧な物言いだ。
「ちゃんと辻褄が合う様になってるらしいからね」
歩夢「なんで?人が一人いきなり居なくなるのに?」
「なんでと言われても。そう言う物だからとしか」
これ以上は聞いても無駄の様だった。
歩夢「そっか。分かった。割り切るしかないんだね」
「うん。そう言う事だね」
と彼女は言った。 「少し休憩しようか?」
歩夢「休憩?」
「心身共に疲れたでしょ?少し休憩しよう」
そう言って彼女はその場に座り込んだので私も同じ様に座り込んだ。ちょうど、聞きたい事もあったので良い機会だった。
歩夢「聞きたい事があるの」
なあにと彼女は首を傾げる。 歩夢「私にはいくつも記憶があって。幼馴染の侑ちゃんの過ごした記憶がある一方で、栞子ちゃんや嵐珠との記憶。でも、私の記憶の中に侑ちゃんと嵐珠ちゃんは同時に存在しないと言うか。えっと、まるでこの扉みたいにいくつもの記憶がある様な」
上手く説明が出来ない私の話に彼女は理解した様だった。
「なるほどね。そっか。渡り歩いて来たからね。正に歩夢が言った通りだよ。いくつもの世界の記憶が歩夢の中にはあるんだよ」
彼女はそう言った。じゃあ、私の本来の記憶は?じゃあ、私は一体。
歩夢「私は一体何者なの?私の帰る場所はどこにあるの?」
彼女は少し息を吐くと立ち上がった。
「歩夢は歩夢だよ。前にも言ったでしょ」
そう言うと彼女は歩き出した。
「さあ、次に行こうか」 見慣れた天井を見上げていた。どうやら自室のベットで寝ていたらしい。
なんだか、この部屋も随分と久しぶりの様な気がする。枕元に置いてあるスマホに手を伸ばし画面を開いて時間を確認した。
歩夢「まだ6時かぁ」
今日は8月3日。夏休み中だろう。
私は体を起こしベットから降りると窓の方へ向かいカーテンを開いた。
太陽の光が差し込む。どうやら、外は晴れらしい。
窓を開けるとセミが元気よく鳴いていた。 しばらく、私は窓の外に体を出して太陽の光を浴びていると隣の部屋の窓が開いて私と同じ様に部屋の主が身を乗り出すと、私の方を向いた。
侑「おはよう!」
そう言うと彼女は大きな欠伸した。
歩夢「おはよう。大きな欠伸だね。夜更かしでもした?」
侑「ちょっとね。動画見ててさ〜」
侑ちゃんとこんな会話をするのもなんだか久しぶり。 侑「それより今日は何か予定はあるの?」
予定は特になかった。と言うよりも分からないと言った方が正しいのだろう。
侑「もし予定がないのなら。ちょっと午後から付き合ってくれない?行きたい所があるんだ」
断る理由もないし、侑ちゃんと出掛けるのは好きなので誘いを受ける事にした。 侑ちゃんの行きたい場所とはふ頭公園の近くに新しく出来たと言うパンケーキのお店だった。
お店は繁盛している様で私達は順番待ちをしていた。
侑「ここのパンケーキが美味しいって評判なんだ。ハワイに本店があるんだって!生クリームがこうタワーみたいに乗っててさ〜」
侑ちゃんは笑顔で語っている。楽しいな。
しかし、私はここで楽しんでいていいのだろうか?やるべき事があるのではないか? そんな事を考えながらお店の横の駐輪場で番号が呼ばれるのを待っているとこちらを目掛けてバイクが走って来た。
どうやら駐輪場に停めたかった様で、そのバイクは私達の前で停車した。
バイクに跨っているのは女性なのが、フルフェイスのヘルメットから出ているロングヘアと華奢で小柄な体格から分かった。
女性はバイクから降りると私達の目の前でヘルメットを脱ぐと、それは見覚えのある顔で私は思わずその名を呼んでしまった。
歩夢「せつ菜ちゃん!!」 せつ菜「え?」
彼女は驚いた様にこちらに振り向く。それを見て侑ちゃんは私に尋ねて来た。
侑「知り合い?」
どうやら、この世界のせつ菜ちゃんとは交流がない様だった。私が黙っているとせつ菜ちゃんは私に言った。
せつ菜「どこかでお会いしました?今、せつ菜と言いましたよね?」
そこで私は気がついた。彼女の本名はせつ菜ではなく菜々なのだと。 私は首を横に振る。しかし、せつ菜ちゃんは納得がいっていない様子だった。
せつ菜「確かにせつ菜と。どこでその名を」
まるで、独り言の様に呟いく。どうしたものか考えていると店内から店員さんが出て来て私達の番号を読み上げる。
私はせつ菜ちゃんに軽く会釈をして逃げる様に店内へ入った。せつ菜ちゃんは不思議そうに私の方を眺めていた。 店内へ入ると私達は奥の窓際の席へと通された。
歩夢「綺麗なお店だね」
と私は言った。しかし、侑ちゃんはそれに答える事なく先程の事を聞いて来た。
侑「さっきの人知り合いなんでしょ?変な空気だったけど」
ここで何でもないと否定すれば余計に怪しいだろうと思った。取り敢えず、私は侑ちゃんに聞いてみた。
歩夢「あのさ、侑ちゃんはうちの高校の生徒会長を知ってる?」
侑ちゃんは「えっ」と呟く。
ここでまた私はやってしまったかと思った。だって、この侑ちゃんは虹ヶ咲学園に通っていないかもしれない。
私は何度似た様な失敗を繰り返すのだろう。けど、そんな臨機応変になんてなかなか出来ない。 しかし、その心配も取り越し苦労だった様だ。
侑「うちの生徒会長って中川菜々さんって子だよね?」
侑ちゃんは知っている様だった。
歩夢「そう。その子」
侑「で、生徒会長がどうしたの?」
歩夢「その、さっき人とうちの生徒会長って似ているなと思って」
と私は言った。すると侑ちゃんは想像する様に目を閉じた。
侑「ん〜そんなマジマジと見た事は無いからなぁ。でも、眼鏡を取れば似てるかも!」 そんな話をしていると私達の後ろの席にせつ菜ちゃんが店員さんに案内されて来た。
せつ菜ちゃんは私達に気が付いた様だった。
私の反応で察したのか侑ちゃんは振り向きせつ菜ちゃんを確認する。二人は見つめ合い暫く沈黙した後、侑ちゃんが口を開く。
侑「あっ、先程は」
するとせつ菜ちゃんも同じ様に軽く会釈をして
せつ菜「いえ。こちらこそ」
と言った。すると、何を思ったのか侑ちゃんがせつ菜ちゃんに尋ねた。
侑「あの、違ったらすいません。中川菜々さんですか?虹ヶ咲学園の生徒会長の」
するとせつ菜ちゃんは驚いて固まった後、口をパクパクさせていた。 せつ菜「あの、えっと、人違いでは?」
と言葉と言ったものの随分慌てている様で、それを侑ちゃんも察していたのかそれ以上は聞かなかった。
侑「そうですか。ちょっと似ているなと思って。失礼しました」
侑ちゃんは軽く会釈をすると体を元に戻した。けれど、私は位置的にせつ菜ちゃんと目が合ってしまう。
せつ菜ちゃんは完全にこちらを警戒している様だった。 侑ちゃんと会話をしていてもせつ菜ちゃんが気になってしまう。目を逸らそうとすればする程に見てしまう。それは向こうも同じ様だったし、侑ちゃんもそれに気が付いていた。
この空気に耐えられなくなったのか、せつ菜ちゃんが立ち上がり私達の席へとやって来た。
せつ菜「ごめんなさい。おっしゃる通りです。私は中川菜々です」
そう言って頭を下げる。別に謝る必要はないのに。
せつ菜「それで、やっぱり気になって。あの、私の事をせつ菜と呼んだ事。どこで、その名を聞いたのですか?」
もうこれ以上は話を逸らせそうになかった。では、何と言って誤魔化そうか。 取り敢えず、侑ちゃんが店員さんを呼びせつ菜ちゃんは私達のテーブルに移動する事になった。
侑「それで、そのせつ菜って言うのは?」
せつ菜ちゃんが話始める。
せつ菜「その・・・何から説明したらいいのか。私はアニメや漫画が好きなんです」
それを聞いて侑ちゃんは意外だと言った顔をしていた。
せつ菜「で、アニメの影響でバイクに興味を持ったんです。けど、うちの親はちょっと厳しくて。アニメとか漫画も許してもらえない様な感じで、バイクも当然許してくれないと思います」
なんだか既視感を覚える。
せつ菜「でも、諦められなかったから貯金を切り崩してこっそり教習所に通いました」 侑「こっそりって、教習所って親の許可とか必要ないの?」
せつ菜「免許証を取得するだけなら大丈夫なんです」
侑「それでもバイクを購入したら結局バレるんじゃないの?」
私もそれは思った。
せつ菜「はい。だから、バイクはレンタルで月に数回乗るだけなんです」
なるほど。それなら親にバレるリスクもないのか。
せつ菜「去年の話です。バイクに乗っている時に他のバイク乗りの方に話し掛けられる様になって。その時にせつ菜と名乗って居たんです。その名が一人歩きしてしまって。何がどこで間違ったのか、せつ菜は神出鬼没の伝説のバイク乗りなって居たんです」
一体どんなバイクの乗り方をして居たんだろう。
せつ菜「もちろん危険運転はしていませんよ!」
分かってはいるけど、せつ菜ちゃんはちょっと暴走する所があるから。 侑「そう言う事だったんだ。好きな事を制限されるのは辛いよね」
せつ菜ちゃんはコクリと頷くき俯く。
侑「安心しなよ。私も歩夢も言いふらしたりしないから。ちなみにせつ菜ちゃんの乗ってバイクってなんてバイクなの?」
侑ちゃんが聞くとせつ菜ちゃんは勢いよく顔を上げた。
侑「ああ、ここではせつ菜ちゃんの方がいいでしょ?で、どんなバイクに乗っているの?」
せつ菜ちゃんの表情がみるみる明るくなっていくのが分かった。
せつ菜「今日私が借りたバイクは所謂絶版車で、スズキから発売されたGSX400インパルスと言うバイクなんですけどね」
気がつくとせつ菜ちゃんはもう満面の笑みで話していた。これぞせつ菜ちゃんと言った感じだ。 その後、一時間近くせつ菜ちゃんのバイク語りは続いた。キラキラした瞳はあの時、スクールアイドルを語っていたあの瞳と同じだった。
せつ菜ちゃんはそのままツーリングに行くと言うので私達はその場で連絡先を交換して別れる事になった。
侑「バイクの話をしたい時はいつでも連絡して来て!」
歩夢「私もいつでも聞くよ!」
せつ菜「はい。侑さん、歩夢さん。とても楽しかったです」
せつ菜ちゃんはバイクに跨りエンジンを掛けると、暫くすると音を置いて走って行った。 せつ菜ちゃんを見届けて侑ちゃんの方を見ると私に向かってにかっと笑った。
侑「楽しそうだったね、せつ菜ちゃん」
私は侑ちゃんにそうだね、と返した。
すると侑ちゃんは私に顔をグイッと近づけ呟いた。
侑「ダメだよ歩夢。あんまり不用意な発言をしちゃ」
そう言われて私は一瞬何の事か分からなかった。 歩夢「どう言う事?」
私は聞き直す。侑ちゃんは何も答えずに回れ右をして歩き出してしまった。
不用意な発言と言えばやはりアレだろう。しかし、それを侑ちゃんに注意されるのもなんだか違和感がある。
歩夢「侑ちゃん待って!」
私は先に歩いて行ってしまった侑ちゃんを呼び止めた。侑ちゃんはそのままピタッと止まった。
侑「なあに?」
歩夢「不用意な発言って何?侑ちゃんは何か知ってるの?」
私がそう聞くと侑ちゃんはくるっと振り返りクスッと笑う。
侑「それが不用意な発言なんだよ。私が何も知らなかったらどうするの?皆んなが皆んな栞子ちゃんみたいにはいかないよ」 栞子ちゃんみたいに?どうして侑ちゃんがその名前を?私は考える。目を閉じて考える。
そう言えばあの時、神社の境内で遊んで居たのは幼い私とあの子と、それから侑ちゃんだった。
歩夢「もしかして侑ちゃんも?」
侑ちゃんは右手で小さくピースをした。びっくりして思わず大きな声を出してしまいそうだった。
侑「私も初めての事で驚いたよ。途中で確信に変わったよ」 夏の日差しのせいなのか動揺しているのか。大量の汗が噴き出している。
歩夢「どう言う事なの?説明して、侑ちゃん」
侑ちゃんは頭をポリポリとかき、あからさまに悩んで見せた。
侑「説明って言ってもなぁ。歩夢と一緒としか言い様がないよ。ここに二人居るのは偶然」
イマイチ釈然としない侑ちゃんの説明。侑ちゃんがどこまで知っているのかも分からない。けど、私が一番気にしていたのはそれじゃなかった。
歩夢「侑ちゃん。それはこの際そう言うものだってもう受け入れるよ。でも、私が気にしているのはそれじゃないの」
侑ちゃんは首を傾げる。
歩夢「私と侑ちゃんの関係って何?私はもう自分の存在がなんなのか分からなくて。記憶も今では取って付けた様に感じるの。もしかしたら私達は幼馴染でも何でもないの?それって凄く嫌だ」
すると侑ちゃんはこちらに向かって手を伸ばし、私の頬を撫でた。
侑「幼馴染だよ。歩夢は私にとって大切な幼馴染。これはどこに居ても変わらないよ」 侑ちゃんの手は相変わらず暖かくて落ち着く。私はこの感覚を五感で覚えている。そうなんだ。侑ちゃんの言う通り。私達は幼馴染なんだ。
そう思うとなんだか涙が出て来た。変だな、嬉しいのに。
侑ちゃんは私の頬を触れたその手で涙を拭ってくれた。
侑「泣き虫は卒業したんじゃないの?あゆぴょん」
泣き虫は卒業した。だから泣かない。
歩夢「あゆぴょんはやめて」
これは汗が目に入っただけだから。全部夏のせいだ。 あの後、私は侑ちゃんと私の部屋で今後の事について話していた。
侑「まあ、十中八九せつ菜ちゃんだと思うんだよね」
侑ちゃんは机に置かれた麦茶に手を伸ばした。
侑「けど、せつ菜ちゃんが抱えてる問題って何だろう?」
歩夢「やっぱり好きな事を好きって言えなのって窮屈だよね」
侑「じゃあ、せつ菜ちゃんがバイクやアニメが好きって事を公言出来る様な環境にしてあげれば良いって事?」
そう言うと侑ちゃんは麦茶を飲み干してコップを机に置いた。 歩夢「うん。そうなのかな」
私も思い付くのはそれくらいしかなかった。
侑「じゃあ、せつ菜ちゃんが好きな事を好きって言える様に私達は後押しよう」
そう言って侑ちゃんは再びコップに手を伸ばすが中身が空だった事に気が付いて途中で戻した。
歩夢「まだ飲む?入れようか?」
侑「あ、ごめん」
私は侑ちゃんのコップを持って台所へと向った。 麦茶を入れて台所から戻ると侑ちゃんはスマホのアプリで誰かと連絡をとって居た。
歩夢「誰と連絡してるの?」
侑ちゃんは私の声に気がつくとスマホを机に置いた。
侑「せつ菜ちゃんだよ。グループ作ったから歩夢にも行ってるはずだよ」
私は侑ちゃんに麦茶を渡すとスマホの画面を開いた。画面にはグループの招待が通知されている。私は通知をタップしてグループに参加した。
グループ名はチームニジガク。さっそく、せつ菜ちゃんからメッセージが届く。 ちゃんと免許取っててたまに借りて走らせるくらいならスクールアイドルよりはカミングアウトのハードル低そう 「そうですね。欲しいバイクは沢山ありますね」
どうやら私がグループに参加する前に侑ちゃんとやりとりしていた様でその前の会話は私のスマホからは見れなかった。
それにせつ菜ちゃんも気がついた様で再びメッセージが来た。
「歩夢さん!よろしくお願いします!ちなみに今侑さんと今度バイク屋さんに行く約束をしていた所です」
私が麦茶を入れに行っているこの短時間でもうそんな約束をしていたのか。二人のコミュニケーション能力には驚かされる。
私は侑ちゃんの方を見ると侑ちゃんは笑いながら言った。
侑「と言う事で来週の明後日一緒に行く事になったからさ」
どうやら明後日行く事になった様だ。 そうして当日。私達は午前10時に東京テレポート駅に集合した。電車に乗っている間、せつ菜ちゃんはずっとソワソワしていた。それを見て侑ちゃんが微笑む。
侑「やっぱりバイク屋さんに行くのは楽しみ?」
せつ菜ちゃんは大きく頷く。
せつ菜「もちろん楽しみです。それになにより友達と一緒に行けるのが嬉しくて」
せつ菜ちゃんはまるで太陽の様な満面の笑みだった。
なんだかこっちまで嬉しくなる。 私達は大井町で降りて駅からしばらく歩くと大型バイクショップへ辿り着いた。
バイクショップを見つけるなりせつ菜ちゃんは走り出して店舗の入り口でピョンピョン跳ねながら私達に手招きした。
せつ菜「ここです!ここ!都内で有数の大型店舗!旧車から現行の新車まで揃ってる正に夢の様な場所です!」
それを見て私も侑ちゃんも笑っていた。
せつ菜ちゃんに手を引かれ中に入ると数え切れない程のバイクが並んでいる。
せつ菜ちゃんの方を見るとやはり目を大きくしていた。 せつ菜「わ〜凄い。見て下さい!」
せつ菜ちゃんに促され展示されているバイクを眺める。
せつ菜「これ!Z400GPですよ!展示品ですけど買えばこれくらいはしますよ!」
と言って右手で2を作った。特にバイクの相場が分からないので私は適当に答える。
歩夢「20万円?」
せつ菜ちゃんはクスクス笑いながら首を横に振り
せつ菜「その倍です」
と言った。
歩夢「え?200万円?バイクってそんなにするの?」
侑ちゃんも同じ様に驚いていた。 侑「へ〜バイクって高いんだね」
せつ菜「旧車ですから。玉数が少ないのでプレミアが付いているんですよ。予想ですからもっとするかもしれませんよ?」
なるほど。そう言う事なのか。それにしたって200万円はびっくりした。
せつ菜「あっ!こっちのバイクなんてもっとしますよ!もちろん展示品ですけど」
せつ菜ちゃんは隣に置いてあったバイクを指差してはしゃいだ。 せつ菜「Z750RS。通称ゼッツーと言われるバイクです。1973年に川崎重工業から発売されたオートバイです。私も展示品以外で見た事はありませんが非常に人気の高いバイクなんです」
せつ菜ちゃんは本当に楽しそうだ。
侑「せつ菜ちゃんはどのバイクが欲しいの?そのバイク?」
と侑ちゃんが尋ねる。
せつ菜「流石にこのバイクを現実的じゃないですからね。私が欲しいバイクは・・・」
せつ菜ちゃんは辺りを見回した。
せつ菜「あっちの方にありそうですかね」
と言って私達を手招きして奥の方へ歩いてく。 せつ菜ちゃんに案内された場所には何台も同じバイクが置かれていた。
せつ菜「私が欲しいのはこれですね!カワサキ・ゼファーX。これはファイナルですね。玉虫も良いけどやっぱり火の玉カラーがいいな」
せつ菜ちゃんは恍惚とした目でそのバイクを眺めていた。けど、これだって65万円。高校生にはなかなか手が出ない。
侑「バイクって高いんだね」
せつ菜「そうですね。年々価格は高騰していきますね」 じゃあ、このバイクもあと10年もすればさっきのバイクくらい高くなるのかな?
せつ菜「お二人はカッコいいな〜と思う様なバイクはありましたか?」
突然、せつ菜ちゃんに聞かれたので私は咄嗟に目に入ったバイクを指差した。
歩夢「え?あれかな〜?」
せつ菜「SRですか。歩夢さんっぽいですね」
とせつ菜ちゃんは笑うが私っぽいのかは分からない。
それを見て侑ちゃんがどれどれ〜と言って確かに歩夢っぽいねと笑ったので
歩夢「じゃあ侑ちゃんはどれなの?」
と尋ねる。侑ちゃんは店内を歩きだし、シルバーのバイクの前で止まりこれっと指差した。 侑「私はこれがビビっと来たな〜」
侑ちゃんが指差したのはなんかちょっと珍しい形をしたバイク。
せつ菜「なるほど!カタナですか。これまた名車ですね!ファンにはたまらないバイクですね」
との事だった。私はイマイチピンと来なかったけど人気のあるバイクらしい。
せつ菜「ちなみにこれは昔の型ですが新型も販売されていますよ」
とせつ菜ちゃんは言っていた。 私達はバイクショップに2時間くらい居たと思う。とても広いお店だったのでゆっくり回るとそれくらい経ってしまった。
私達はお店を後にして近くの喫茶店へ入った。
せつ菜ちゃんはカフェオレを飲みながら呟く。
せつ菜「本当に今日は楽しかった」
せつ菜ちゃんの嬉しそうな顔を眺めながら侑ちゃんはオレンジジュースの入ったコップのストローを口に挟んだ。
侑「せつ菜ちゃんはバイクの話をしてる時の顔が一番可愛いね」 侑ちゃんがそう言うとせつ菜ちゃんの顔がみるみる赤くなっていった。
でた。侑ちゃんお得意の天然のタラシだ。
せつ菜は口をパクパクとさせて
せつ菜「可愛いなんて言われたの初めてです」
と言っていた。生徒会長で何かと一目置かれる彼女にそう言った言葉を掛ける人間は珍しいのだろう。
更に侑ちゃんは畳み掛ける。
侑「私はもっとせつ菜ちゃんのその顔みたいな」
これも多分天然だ。 するとせつ菜ちゃんは小さくため息を吐いた。
せつ菜「私だって本当はそうしたいです。でも、以前言った通り両親が許してくれないでしょうから」
せつ菜ちゃんはさっきまでの笑顔が嘘の様に悲しそうな顔をした。それを見て私がせつ菜ちゃんに尋ねる。
歩夢「ご両親には話した事があるの?」
せつ菜ちゃんはハッとした顔をして
せつ菜「いえ、ありませんが」
と言ったので私は続けた。
歩夢「そっか。まだ反対された訳じゃないんだね」
私がそう呟くとせつ菜ちゃんは何か考える様な素振りを見せた。
いつの間にか空になったコップをストローで掻き混ぜるとカランと静かに氷の崩れる音がした。 物語が進むのはそれから二週間後。私達はせつ菜ちゃんと定期的に会ってはいたけどやはり生徒会長は夏休みも忙しいらしく頻繁に会う事はなかった。
急にせつ菜ちゃんから電話が掛かってきたのだ。
電話越しのせつ菜ちゃんは涙声だった。
何かあったのか。電話よりも会って話した方が良いと思ったので私達は外で会う約束をした。 燃える様な太陽を睨みながらコンビニの駐車場でせつ菜ちゃんを待っていると向こうの方からバイクが走って来た。なんだか見覚えのある形だった。
バイクは私の前で停車した。なるほど、せつ菜ちゃんだ。
せつ菜ちゃんはヘルメットを脱ぐと涙で腫らした瞳が目に入った。
歩夢「何があったの?」
私が尋ねるとせつ菜ちゃんは座り込んだ。
せつ菜「聞いて下さい。歩夢さん」 せつ菜ちゃんは話し始めた。
せつ菜「この間、三人でバイクショップに行った後に、どうしても気持ちが抑えきれなくなってしまって。バイクを買ってしまったんです」
歩夢「えぇ。そうなの!!?」
私は驚いた。親御さんにバイクが好きな事を告白する様に発破をかけたつもりでは居たけどバイクを購入するなんて。
歩夢「って言うか買えたんだ?お金あったの?」
せつ菜「はい。高校生はローンを組めませんから。ずっと子供の頃からお小遣いやお年玉を貯金していたのを使って購入しました」
なるほど。そう言う事か。しかし、じゃあ何故泣いているのだろう。 せつ菜「両親に黙って購入したんです。でも、ちゃんと話すつもりで。順番が前後したのは購入してしまえばもう許して貰えるんじゃないかって」
歩夢「そしたら反対されたんだ」
せつ菜ちゃんは頷いた後そのまま俯いた。
せつ菜「怒られました。姑息な手だと分かっています。けど、そうでもしないと許して貰えないと思って。バイクも没収だって。そんなのあんまりじゃないですか」
せつ菜ちゃんはそう言うとまた泣きだした。 せつ菜ちゃんはしばらく啜り泣いている。私はせつ菜ちゃんの頭を撫でてあげる事しか出来なかった。だって、こうなったのは私があんな事言ったから。
するとせつ菜ちゃんはいきなり立ち上がった。
せつ菜「もう耐えらない」
私は思わずえっと聞き返す。
せつ菜「あの家を出ていきます。何でもかんでも私の好きな物を取り上げて」
私はこんな風になるとは思わなかったらどうすればいいのか分からなかった。まさか家出をするとは。
せつ菜「歩夢さん。来てくれてありがとうございました。少し気分が晴れました」
そう言うとせつ菜ちゃんはバイクのエンジン掛けてヘルメットを被った。
バイクに跨りまた少し会釈をしてせつ菜ちゃんは行こうとするのを私は咄嗟に止めた。
歩夢「待って。せつ菜ちゃんが行くなら私も連れて行って」
私は何を言っているのだろう。 男はともかく女の子がバイクは心配で反対する親も多いだろうな そういや高校ん時バス通学だったんだが、目の前で女ライダーがタンクローリーの車輪に巻き込まれた事故を見てバイク絶対乗らんって思った。 私はせつ菜ちゃんのバイクの後部座席に跨り海沿いを走っている。
だいたい一時間以上は走ったのか。せつ菜ちゃんがヘルメットをもう一個持っていたので私はそれを被っていた。いつか、友達を乗せる為用意していたらしい。
私はせつ菜ちゃんの身体に腕を回して自身の身体をピタッとくっつける。
せつ菜ちゃんの香りと潮の匂いが風に混じって香る。
せつ菜ちゃんの鼓動が伝わる様に彼女に伝わっているのかな。
歩夢「どこまで行くの?」
風に負けない様に大きな声で尋ねる。
せつ菜「自由になれる所に。誰も邪魔しない場所」 自由になれる所ってどこだろう。誰も邪魔をしない場所ってどこだろう。
そんな所あるのだろうか。
歩夢「自由な所ってどこ?」
私の声は風に掻き消されたのかせつ菜ちゃんは答えない。
空を飛ぶ鳥は自由なのか。海を泳ぐ魚は自由なのか。
海を眺めながらぼんやりと考える。
自由って一体何なのだろう。それを本当に理解している人はどれだけ居るのだろうか。 自由には責任が伴うものだとこの間読んだ小説の登場人物のセシルにアンヌが言っていた。
じゃあ、責任さえ果たせば自由なの?
私はそうは思わなかった。何かにとらわれている内は自由とは呼べないと思った。
だったらきっと、このままどこへ行ってもせつ菜ちゃんは自由になんか一生なれないだろう。 そもそも、自由なんてあるのかな。きっと私はこの先も何かに囚われて生きていく。誰しもがそうなんじゃないのか。
家族に恋人に友人に社会に仕事に学校に夢にお金に趣味に、時には自分自身に囚われて人間は生きていく。
この広く窮屈な世界でもがきながら悩みながら、時にはそこで幸せを見つけて自由になれず生きていくのだろう。
でもそれは案外悪くないのではないだろうか。
私は何かにとらわれて生きていきたい。
なんてね。
海の上にはカモメがヒラヒラと飛んでいる。
歩夢「いいな。カモメは自由で」
私はそう呟いてみた。 私はギュッとせつ菜ちゃんに回した手を強める。
歩夢「帰ろう、せつ菜ちゃん。どこへ逃げったって自由なんてないよ」
せつ菜ちゃんは返事をしない。カチャンと言う音と共にバイクは少しずつ速度を落としていった。
やがて、バイクは走るのをやめた。
せつ菜ちゃんはヘルメットを脱ぐとバイクのハンドルに項垂れる様に突っ伏して
せつ菜「そうですね」
と力なく言った。 後日、私は侑ちゃんと例のパンケーキのお店に来ていた。
侑「自由か。そうだね。逃げてる時点で自由なんかじゃないもんね」
侑ちゃんはパンケーキの上に乗った生クリームをスプーンですくって口に運んだ。
歩夢「結局、私は何もしてないんだよね。何出来てない」
私はコップの中をストローでカラカラとかき混ぜてみる。
侑「私達が居るのはほんのキッカケ作りだから」
侑ちゃんはまだ生クリームに夢中になっている。 侑ちゃんの口振りからすると歩夢より回数を経験してるのかな 歩夢「って言うか侑ちゃん。なんでこのお店を知ってたの?」
私が侑ちゃんに尋ねるとスプーンですくった生クリームを私の方へ差し出したのでパクっと咥えた。
侑「美味しい?」
私は頷く。
侑「簡単な話だよ。歩夢よりちょっと先に来てたからだよ」
なるほど。確かに簡単な話だった。 ふと、私が店内の外を見るとせつ菜ちゃんがこちらに向かって手を振っていた。
歩夢「あっ!せつ菜ちゃん?」
せつ菜ちゃんは満面の笑みで店内に入って来た。
せつ菜「歩夢さん。この間はご迷惑をお掛けしました」
そう言うとせつ菜ちゃんは頭を下げた。
歩夢「ううん。よくこの場所が分かったね?」
侑「私が連絡したんだよ」
侑ちゃんは得意げに言った後パンケーキを口に運んだ。 せつ菜「それで。お二人にご報告がありまして」
歩夢「報告?」
せつ菜ちゃんは申し訳なさそうにけど嬉しそうな表情だった。
せつ菜「あの日、歩夢さんに言われて逃げずに両親とちゃんと話してみようと思って、ちゃんと私の思いを告げたんです」
歩夢「うん」
せつ菜「自分が本当はバイクやアニメが好きだと言う事を私の言葉で伝えました。やはり、黙ってバイクを購入した事や免許を取りに行っていた事は叱られました。けど、私の熱意は伝わったみたいで。お母さんも子供の頃キャンディキャンディが大好きだったて。お父さんも若い頃はバイクに乗っていたらしくて、気が付いたら私のゼファーをどうカスタムするか談義していました」
せつ菜ちゃんは髪をかき上げてニコッと笑った。
せつ菜「思えば私は最初から言葉が足らなかったのだと思います。言わなきゃ伝わらないのに。これも歩夢さんのお陰です。ありがとうございました」 コミュニケーション不足なのはスクスタでもアニメでも同じだよね。毒親みたいにいう人いるけど決してそんなことない せつ菜ちゃんの好きなおかずを弁当に入れてくれる親だしね そんなお礼を言われる程私は何もしていないのだけれど、それでも私は素直にそれを受け取ろうと思う。
あの日、海を眺めながら聞いたバイクの排気音と風の音。潮の香りとせつ菜ちゃんの温もり。
本当の所、少しの間のツーリングだったけど私はとても楽しかった。
だから、私の方もありがとうなんだよ。せつ菜ちゃん。 いつもの様に気が付くとまたあの場所へ戻っていて、彼女が出迎えてくれる。
「お帰り、歩夢」
歩夢「ただいま」
辺りを見回すと侑ちゃんは見当たらなかった。
歩夢「侑ちゃんは?」
私が尋ねると彼女は笑った。
「せっかちだよね。歩夢が来るまで待っていれば良いのに。歩夢なら待つのにね」
どうやら侑ちゃんは私を待たずに行ってしまったらしい。私なら絶対に待つのに。
「まあ、いつでも会えるしね」 そう言うと彼女は私に手を差し出した。
「それじゃあ行こうか」
次に行くところではまた侑ちゃんに会えるかな。
そんな事を思いながら私はまた次に進む。 目の前に見える白いモヤモヤが私の吐いた息だと気が付いた。辺りは色鮮やかに光り輝き目がチカチカとする。店頭に置かれたパンダの人形がリズムよくハンドベルを鳴らしていた。
街の慌ただしさが師走の時を知らせてくれた。
目的もなく歩いていると背後から声を掛けられた。
「ケーキの予約受け付けてまーす。って歩夢ちゃん」
私の名前を知っていた。振り返るとそこに居たのはサンタクロースの格好をしてチラシを配るエマさんだった。
歩夢「こんばんは」
エマ「こんばんは歩夢ちゃん。今日は一人なの?」
一人なのだろうか、一人なんだろうな。 侑ちゃんは来ているのだろうか。何も分からない私は曖昧に返事をする。
歩夢「今は一人で」
エマさんは特に気に留める事もせずそうなんだと納得していた。
エマ「これ。そこのお店でクリスマスケーキの予約が始まったから良かったら」
歩夢「あっ、はい。ありがとうございます」
彼女は胸に抱いたチラシを私に渡してウィンクをした。
エマ「それじゃあ、バイト中だから。じゃあね」
そう言うと人混みの中へと消えて行った。
どうやら私とエマさんは顔見知りらしい。私達は同好会に所属しているのだろうか?しずくちゃんのケースもあるから何とも言えない。 私はその場で考えていると向こうの方から愛ちゃんが手を振りながら近づいて来た。
愛「ごめん、遅くなって。待った?」
愛ちゃんは顔の前で手を片目をつぶって見せた。その素振りから私達は待ち合わせをしている様だった。
歩夢「私も今来た所だよ」
と適当に私は話を合わせる。
歩夢「それより今エマさんと会ったよ。ケーキのチラシを配ってた」
愛「エマっちが?」
私は試す様に愛ちゃんにエマさんの話をした。どうやら愛ちゃんもエマさんの事は知っている様でホッとした。 愛「でも、エマっちバイトなんてしてても良いのかな?」
歩夢「どうして?」
私は愛ちゃんの言っている事の意図が分からなかったので聞き返した。
愛「だってこの時期大事じゃん?まぁでも、エマっちはしっかりしてるからね。ちゃんと考えてるんだろうね。アタシ等もウカウカしていらんないけどね」
愛ちゃんは要するに受験の心配をしていた様だった。
歩夢「そっか。じゃあなかなか同好会にも顔を出せないよね」
私がそう言うと愛ちゃんは
愛「同好会?」
と首を傾げて言った。 愛「え?同好会って何?何か始めたの?」
再び尋ねて来る愛ちゃんにこれはどうやら逃げられないと思った私は
歩夢「えっと、アイドルの同好会を」
と言ってしまった。
愛「あれ?歩夢もアイドル好きだったの?知らなかったな」
愛ちゃんは笑って言った。 私は何とかこの状況を利用して自分の置かれた立場を把握できないかと考えていた。
歩夢「アイドルが好きって言ってなかったね」
愛ちゃんはそうだねと言って頷く。
歩夢「そう、言ってなかったんだよね。愛ちゃんは覚えてるかな?私と初めて出会った時の事」
私はわざと意味ありげな言い方をした。すると愛ちゃんは直ぐに口を開いて
愛「覚えてるよ。一年の時でしょ?登校中に歩夢が声を掛けて来たんじゃん。いきなり名前を呼ばれたからあの時は驚いたよ」
と言った。私はそれを聞いてかつて愛ちゃんを救えなかった事を思い出す。 愛ルートで退学しなかった世界みたいな感じか。すごいな 愛「あれから結構一緒に居るけど。まだまだ知らない一面があるんだなぁ。でもさ、エマっちやせっつーがアイドルの話をしてる時に何で混ざんなかったの?それこそ、かすかすがアイドルグループを結成しようって言った時賛成しなかったじゃん?」
愛ちゃんはまるで私の思惑を理解した様様に次々と情報をくれた。この世界で私はせつ菜ちゃんやかすみちゃんとも親交を深めている様だ。
愛「いつから好きなの?アイドル」
歩夢「えっと。好きなったのは最近なの」
これでどうにか誤魔化せるかと思ったが
愛「ふ〜ん、そうなんだ。それで?歩夢と出会った時の話は何か関係あるの?」
と話を軌道修正されてしまった。 私は
歩夢「別に何でもないよ」
と言って無理矢理話題を終了させた。愛ちゃんは
愛「なんだそりゃ」
と言って笑うだけだった。 その後、私と愛ちゃんが向かったのは小さな飲食店だった。私達が店内に入るとせつ菜ちゃんが大きく手を振って迎えてくれた。店内にはせつ菜ちゃんの他にかすみちゃんとしずくちゃん、それから果林さんが居た。
せつ菜「待ってましたよ」
愛「ごめん。ちょっとアタシが遅くなっちゃってさ」
そう言って愛ちゃんがせつ菜ちゃんに向かって顔の前で手を合わせる。するとせつ菜ちゃんの背後からしずくちゃんがひょっこりと顔出して
しずく「他の皆さんは用事があって来れないみたいです」
と言った。それを聞いてかすみちゃんは
かすみ「三年生は受験で忙しいですからね」
と言って果林さんの方を見る。果林さんは
果林「そうよ。あっという間なんだからかすみちゃんも覚悟しておきなさい」
とかすみちゃんに言い返した。 私はコートを脱いで(いつの間にか着ていたのだけど)ハンガーに掛けると席に着いた。
せつ菜「何か頼みますか?」
とせつ菜ちゃんがメニュー表を差し出して来た。
メニュー表を見るとどうやらここは洋食屋で特にビーフシチューを推しているらしかった。愛ちゃんは一通りメニューに目を通すと私に目配せして来たので、私は頷いた。
愛「すいませーん」
愛ちゃんが店員さんを呼ぶとやって来た店員さんは私達と同じ歳くらいの子だった。私はビーフシチューを頼み、愛ちゃんはオムライスを頼んだ。
せつ菜「歩夢さんはここのビーフシチューが本当にお好きですよね」
そうせつ菜ちゃんに言われた。どうやら私達はここに頻繁に通っているらしかったが、そもそも同好会に所属していない私達はどうやって出会ったのだろうか。学年も学科もバラバラでスクールアイドルでない私達の出会いのキッカケはなんだったのだろう。
私は皆んなの顔を見渡す。するとふとさっきの事を思い出した。
歩夢「あっ、そう言えばさっきエマさんに会ったよ!バイト中みたいだったけど」 私がそう言うとかすみちゃんが
かすみ「えっ!!?エマ先輩、バイトしてるんですか?この時期に?」
と大袈裟に反応した。
かすみ「果林先輩は知っていました?」
とかすみちゃんが果林そんに聞くと
果林「知ってたわよ。別に驚く事じゃないでしょ。彼方だって三年生だけどやってるし。そんな事よりかすみちゃんは自分の心配をしなさい。もうすぐ期末よ」
と言ったのでかすみちゃんは大きくほっぺを膨らませた。 それを見て皆んなが笑う。それが何だかとても懐かしく感じて涙が出てしまった。隣に座っていたせつ菜ちゃんがそれに気が付いて
せつ菜「歩夢さん?泣いているんですか?」
と言った。他の皆んなもそれで気が付いた様だった。
しずく「どうしたんですか?何かありました?」
愛「どこか痛いの?」
いきなり私が泣くものだから物凄く心配していた。私は変に言い訳をするのをやめて
歩夢「ううん。凄く楽しいなと思って」
と言った。私が泣いたせいかその場には感傷的な雰囲気が漂う。
しずく「そうですね。ずっとこんな毎日が続けば良いのに」
としずくちゃんは言っていた。 すると果林さんが口を開いた。
果林「そんな訳にはいかなでしょ。私達は大人になって行くんだから」
果林さんの言葉はよく言えば冷静でその場の空気をピシャリと変えた。かすみちゃんは果林さんの言い方が不満だった様で
かすみ「そんな冷たい言い方しなくてもいいじゃないですか」
と反論していた。果林さんはそれでも冷静に
果林「だって本当の事じゃない。大人になれば会う回数も減ってくる。自然と疎遠になっていくわ。それは仕方ない事でどうしようもない事なのよ」
かすみちゃんは何か言いたそうだったけど言葉が出なかったのかただ足をジタバタさせていた。 それを見かねて愛ちゃんが
愛「でもさ〜学年も学科も趣味も性格もバラバラの私達がこうやって集まって仲良くやってるんだよ?そりゃあ大人になれば頻繁に会う事はなくなるかもしれないけど・・・それだけで疎遠にはならないと思うな。ね?かすかす」
とかすみちゃんの事をフォローした。すると果林さんは無言で立ち上がり鞄から財布を探り、財布から千円札を取り出すとそれを机の上に置いた。
せつ菜「果林さん?どうしたんですか?」
せつ菜ちゃんが立ち上がり果林さんに投げかける。果林さんは無言のまま店を出ようとした。
果林「別に」
とだけ言って店を出ようとした。 するとタイミングよく店の扉が開いた。外の冷たい空気が入り込み一気に店内に広がった。元を辿って外を見るとエマさんが立っていた。
果林「エマ・・・」
果林さんがそう呟いたのが微かに聞こえた。表情は私の方からは見えない。エマさんは何も言わずにただその場に立っている。
果林さんは何も言わず店内に異様な空気だけを残して出て行ってしまった。
エマさんは少し困った様な表情をして店内に入って来た。 エマ「さっき連絡来てるの気が付いたの」
と言って上着を脱ぎさっきまで果林さんが座っていた席に着いた。エマさんは私の方を見て
エマ「さっき言ってくれれば良かったのに」
と笑って言った。私は笑って返したが周囲はそんな空気ではなかった。明らかにエマさんと果林さんの間に異様な空気が流れていたのをその場に居た皆んなが感じ取っていたからだ。エマさん本人もこの空気を感じ取っては居るはずだ。 エマさんはメニューに目をやると手を挙げて店員さんを呼んだ。
店員さんの元気の良い声が店内に響く。場の空気に耐えられなくなったのかかすみちゃんが口を開いた。
かすみ「エマ先輩がこうやって顔出すの久しぶりの様な気がしますけどその間何かありました?」
エマ「何かって?」
かすみちゃんがエマさんに尋ねた。ちょうど店員さんがやって来てエマさんはグラタンと飲み物を頼むとそっとかすみちゃんの方に目をやった。
エマ「何かって言うか。私ね、この高校を卒業したらスイスに戻るんだ」 エマさんがそう言うと驚いたのかかすみちゃんが
かすみ「えっ!!?」
と大きな声を出した。他の皆んなも驚いてはいた様で
しずく「スイスに帰っちゃうんですか?」
愛「向こうで進学するって事?」
と一斉にそんな事を口にした。私は
歩夢「それ果林さんは知ってるんですか?」
と尋ねた。多分、果林さんのあの態度はこれが関係しているのだろう。他の皆んなもよく聞いたと言った顔をしていた。 エマさんは困った様に少し笑うとコクリと頷いた。するとかすみちゃんが
かすみ「なんでですか?日本が嫌いになっちゃったんですか?」
と騒ぎ出した。エマさんは首を横に振って
エマ「大好きだよ」
と言った。かすみちゃんは目に涙を溜めながら
かすみ「だったら日本で進学すればいいじゃないですか。なんで帰っちゃうんですか。帰っちゃったらもう簡単に会う事は出来なくなっちゃうんですよ」
と言っていた。それをせつ菜ちゃんが宥めて
せつ菜「かすみさん。寂しい気持ちは分かりますけどエマさんが決めた事ですから」
とかすみちゃんの頭を撫でた。かすみちゃんはせつ菜ちゃんにしがみ付き啜り泣いている。 少しだけ沈黙が続いた。やっと、かすみちゃんは泣き止むとエマさんの方を真っ赤になった目で見つめ
かすみ「絶対に、あっちに戻っても宇宙一可愛いかすみんが居たって事忘れないで下さいよ。私達の事忘れないで」
と言って小指を差し出した。エマさんもそれに応える様に
エマ「当たり前だよ。皆んなに会いにだって来るよ」
とかすみちゃんの小指に自分の小指を絡めた。 かすみちゃんは暫く指を離す事なく、それどころか他の皆んなも二人の小指に自分の小指を重ねていた。
かすみ「絶対に絶対ですからね。約束ですよ」
やっとかすみちゃんは笑った。エマさんが頼んだグラタンが来たので私達はそれぞれ指を離した。その時、ふと下を見ると鍵が落ちているのに気が付いた。
私は手を伸ばしその鍵を拾った。
歩夢「誰か鍵落とした?」
私が皆んなに尋ねるとエマさんが
エマ「それ、果林ちゃんの部屋の鍵だよ」
と言った。
愛「え?って事はカリン部屋に入らないじゃん。電話しようか?」
と愛ちゃんが言った。そうするしかないのだけど果林さんも戻って来にくいのではと思った。 愛ちゃんはスマホを取り出し果林さんに電話を掛けたけど繋がらなかった。仕方がないのでメッセージを送ろうとした時、店の扉が開いた。
果林さんは自分からやって来た。
果林「鍵を忘れたみたい。置いてなかった?」
とまるで先程の事は無かったかの様だった。私は手に持った鍵を差し出した。
歩夢「机の下に落ちてました」
果林「あらそう。歩夢が見つけてくれたの」
私が頷くと果林さんはありがとうと言って帰ろうとした。 それを見てたかすみちゃんが立ち上がり
かすみ「果林先輩は知ってたんですか?エマ先輩がスイス帰っちゃう事」
と聞いた。果林さんはくるっと振り返り
果林「知ってたわよ。それが何か?」
と言った。かすみちゃんは口籠もり座ってしまった。 沈黙を埋める様にしずくちゃんが
しずく「寂しくなりますよね」
と言うと果林さんは
果林「仕方ないんじゃない?」
と言った。なんだか無関心と言うよりはそれを装っている様だった。しずくちゃんが困った様な表情を浮かべているとエマさんが
エマ「果林ちゃんは大人だから」
と呟く。果林さんは一切エマの方は見ずに
果林「そうよ。行かないでって泣きついて欲しかったかしら?」
と返した。エマさんは何も答えない。 果林さんも何も答えずに鍵を強く握りしめていた。
果林「じゃあ私は帰るから」
と言って果林さんは出て行ってしまった。
シーンとした空気の中、愛ちゃんが口を開いた。
愛「カリンのアレきっと本心じゃないよ。本当は寂しいけど態度に出さない様にしてるだけだよ。ああ見えて不器用だから」
それはその場に居た誰しもが気が付いて居たと思う。もちろん、エマさんだって。
エマ「知ってるよ」
エマさんはそう呟いた後ため息を吐いた。
エマ「けどね、言葉しなきゃ伝わらない事だってあるよ」
エマさんはギュッと身を縮める。
エマ「私はただ、離れて居てもずっと友達だって言って欲しいだけなのにな」 こういうのって一方的に歩み寄るだけじゃダメだろうしね 絵里や鞠莉と違って留学生だから
帰国する可能性も高そうだよね 翌日、私は愛ちゃんに手を引かれ生徒会室でお昼休みを過ごしていた。
栞子「そんな事があったのですか」
どうやらここでは栞子ちゃんが生徒会長を務めているらしい。
栞子「難儀な性格をしていますね。私が言えた事ではありませんが」
と栞子ちゃんは何かの書類に目を通しながら言った。
愛「二人ともちょっと素直になればいいだけなのにね。エマっちだってカリンの気持ちは分かってるんだよ?」
そう言うと愛ちゃんはお弁当のおかずを口に運んだ。 栞子ちゃんは書類をファイルに収めると遠く見て
栞子「私達は魔法やテレパシーを使える訳ではありませんからね。どんなに分かり合っていても言葉にしなければ不安は募りますよ」
と言った後に続けて
栞子「まあ、なんでもかんでも自分の気持ちを言葉にするのもそれはそれで周りの人間は振り回されますけどね」
と付け加える様に言ってクスッと笑った。 栞子ちゃんは
栞子「さて、私もお昼にしましょう」
と言って立ち上がった。愛ちゃんはぼんやりと栞子ちゃんを見て
愛「しおってぃーも大きくなったね」
と言うと栞子ちゃんは首を傾げて
栞子「成長期だからと言ってそんなに変わりませんよ」
と返した。意外と栞子ちゃんは天然な発言も多かったりする。私と愛ちゃんは顔を見合わせた笑った。 それに気が付いたのか栞子ちゃんは
栞子「なぜ笑っているのですか?何か変な事を言いましたか?」
と困惑していたが私と愛ちゃんはただ笑っていた。
栞子「何ですか?言って下さい!言葉にしないと分からないと言ったばかりでしょう」
と栞子ちゃんは不服そうだった。 昼食を終え私もは愛ちゃんと別れて自分の教室に戻った。私は自分の席に着き何となくスマホを確認するとメッセージが一件通知されていた。私はスマホの通知をタップしてそれを確認した。
『歩夢ちゃん。元気にしてる?もうそろそろ戻るから待っててね!』
と書いてあった。メッセージの送り主の名は何故だか読む事が出来なかった。
何か返事をしなければと考えているとチャイムが鳴り教師が教室へやって来て授業が始まってしまった。 この日の午後の授業は数学から始まる。高二の冬は、生徒も教師も受験を意識しているのか授業中の空気が一年生の頃のそれとは全く違っている。
そんな中私はうわの空で先生の話も聞かずに他の事を考えていた。
栞子ちゃんが言っていた事、言葉にする事は大事だと言う事。確かにそれは最もだと思った。 そうする事が出来ればどんなに楽か。私はそう言う時言葉にするのが怖かった。壊れてしまうのが怖くて目を逸らしてしまう、そんな事はいくらでもあった。
果林さんもエマさんもそうなんだろうか。
数学の様に方程式があれば良いのに。
歩夢「はあ・・・」
私のため息は授業の終了を告げるチャイムの音に掻き消された。 授業が終わり先生は教室から出ると同時に私に手招きをした。
授業中話をまるで聞いていなかったのがバレたのだろうか。私は席を立ち恐る恐る廊下へ出た。
「何かありましたか?」
先生が私に言った。先生は恐らく40代くらいで後ろで長い髪を束ねている。女性にしては背丈は高く左手の薬指に指輪をはめていた。
「授業中ずっとうわの空だったでしょう?」
やはり私の授業態度が引っ掛かっていた様だ。 私は頭を下げてその場をやり過ごそうとした。すると先生は私に向かって
「数学と違って真実は一つと言う訳ではありませんからね」
と言って職員室へと戻ってしまった。私は先生の言っている事が理解出来ずに居た。 放課後、私は再び愛ちゃん達と栞子ちゃんの居る生徒会室に居た。
栞子「何度も言いますけどここは溜まり場じゃないんですよ」
栞子ちゃんは生徒会室へ集まった私達へ嗜める様に言った。
かすみ「溜まり場にしようなんて思ってないよ。しず子の仕事が終わるのを待ってるの」
とかすみちゃんは得意のほっぺを膨らませた。
二人のやりとりを見て愛ちゃんは笑って居た。そして私の方を見て
愛「それにしても先生も歩夢の事をよく見てるね」
と言った。私は先生に言われた事をここで皆んなに話していた。 愛「歩夢ってさ真実は一つしかないって思い込むタイプでしょ?」
愛ちゃんが言った事を聞いて栞子ちゃんが
栞子「私は真実がいくつもあっては困ると思いますけど」
と口を挟んだ。かすみちゃんは未だほっぺを膨らませたまま
かすみ「そんな事よりエマ先輩と果林先輩の事はどうするんですか。このまま放って置くんですか?」
と言った。
歩夢「ううん。放って置く訳にはいかないよ」
そう言って私は首を振る。
かすみ「果林先輩が一言言えば丸く収まるのに」
かすみちゃんがそう言うと栞子ちゃんが
栞子「果林さんだけの問題でしょうか?私はその場に居ませんでしたがエマさんだって意地になっている様に思えます」 コミュニケーションツールはどんどん発達しても気持ちを伝える難しさは変わらないね と言ったのだった。
栞子「自分は気持ちを隠したままなんてムシが良過ぎると思います」
栞子ちゃんの言葉に一瞬その場が静まり返った。
かすみ「しお子は厳しい事言うね」
かすみちゃんが栞子ちゃんにそう言うと栞子ちゃんは
栞子「そうでしょうか?ではエマさんは果林さんに伝えたのでしょうか?離れていたってずっと友達だって。エマさんがそうだった様に果林さんだってその言葉を待っているのでは?」
と返したのだった。 栞子ちゃんの言葉に誰も反論出来ないでいると生徒会室の扉が開いた。
しずく「かすみさんお待たせ」
扉を開けたのはしずくちゃんだった。
栞子「待ち合わせ場所に生徒会室を使わないで欲しいです」
しずく「ごめんね。かすみちゃんがどおしても栞子さんも一緒にって言うから」
栞子「そうだったんですか」
かすみ「そ、そんな事言ったっけ?」
しずくちゃんと栞子ちゃんの会話にかすみちゃんが顔を赤らめる。
愛「あの二人もカスカスみたいなら良いのにね」
と愛ちゃんが笑って言った。
愛「で、三人はこの後どこか行くの?」
しずく「はい。璃奈さんのお家に」 カスカスみたいに素直に離れたくないと
泣いちゃうエマかりか…。悪くない どうやら一年生組はこの後璃奈ちゃんのお家へ行くようだ。そう言えばここに来てから璃奈ちゃんも彼方そんも姿を見かけていない。
愛「そっか。りなりーの家に行くんだ」
栞子「はい。璃奈さんが学校に来なくなってからもう三日になりますから」
しずく「心配だよね」
何やら不安な事を言い出した。エマさんや果林さんだけではなく璃奈ちゃんにも何か問題が起きているのだろうか。
そんな私の心配をよそに
かすみ「全く。いくら好きだからって学校休んでまで機械をイジるってどう言う感覚してるんだろう。りな子は」
とかすみちゃんがネタバラしをしてくれた。なんだ、趣味に没頭して学校を休んでいるだけなんだ。それはそれで問題の様な気もするけど。 その後、栞子ちゃんが生徒会の仕事を終えると一年生組と私達は学校で別れ、かすみちゃん達は璃奈ちゃんの家へと向かった。
愛「で、あっちに着いて行かない理由があるんだよね?」
愛ちゃんの問い掛けに私は頷く。
愛「カリンとエマっちの所へ行くの?」
歩夢「うん。色々考えたんだけどね。私もあの二人に思いを伝えようと思って」
愛「なんを伝えるの?」
歩夢「二人がギクシャクしたままは嫌だって。だって私はあの二人の事大好きなんだよ」
愛「そっか。私もだよ」
愛ちゃんはニカッと笑った。 2人ともお互いの気持ちがわからないわけじゃないだろうし良い切っ掛けになるといいな 私はスマホを取り出し果林さんに電話を掛けた。プルルと電子音が鳴り響くが一向に切り替わる気配はない。ただ、ひたすら呼び出しのコール音が鳴っているだけで、ついにプツッと切れてしまった。同時にエマさんに電話を掛けていた愛ちゃんの方を見ると
愛「ダメだね」
どうやらエマさんも電話に出ない様だった。こうなったら探し出すしかないのだけど、なんせこの学校は広い。手掛かり無しに人を探すのはかなり骨が折れる。
愛「そもそも校内にいるとも限らないんだよね。でも取り敢えず寮に行ってみようか」
しかし、果林さんもエマさんも共にこの学校の寮生だった。 2人とも当人同士だけじゃなくて他の子とも話したくない心境か 寮は校舎から少し離れた所にあった。とは言っても学校の敷地内にあるので寮生は通学時間はほぼゼロ。しずくちゃんや彼方さんが羨ましがっていたのを思い出す。
愛「寮に来るのって初めてに近いんだよね」
寮生以外が寮に近づく事はあまり無いので私も数回しか訪れた事はなかった。
私達はエントランスで守衛さんに用件を伝えて
歩夢「朝香果林さんとエマ・ヴェルデさんに用事があって来たんですけど」
と尋ねた。流石に守衛さんも個人単位で把握出来ていない様でファイルを取り出して二人の部屋番号を調べてくれた。 愛「どうする?エマっちの部屋から先に行こうか?」
歩夢「うん。そうだね」
私達は下の階で暮らしているエマさんの部屋から尋ねる事にした。
愛「居るといいんだけどね」
愛ちゃんはエレベーターの前に立つと4階のボタンを押した。
エレベーターは6階から降りて来て、途中5階で止まりその後ノンストップで1階で停止した。
チンッとベルが鳴ると同時にエレベーターの扉が開くとそこには果林さんが立っていた。
果林「・・・あなた達」
果林さんはいきなり現れた私達に驚いたのか目を丸くしていた。 しかし、直ぐに冷静になりエレベーターから降りて
果林「どうしたの?寮生でもないのに。誰かに用事?」
と目を細めて言った。するとすかさず愛ちゃんが
愛「カリンに会いに来たんだよ」
と果林さんに向かって言った。果林さんは何故私達が尋ねて来たのか分かっていた様で
果林「そう。わざわざ悪いわね。この間の事でしょう?空気を悪くしてしまってごめんなさい。反省してるわ」
と言うのだった。 もちろん反省してるのは本当なのだろう。彼女の言葉を聞いて私はつい
歩夢「果林さんは大人なんですね」
と口にしてしまった。もちろん、それは言葉通りの意味ではなく、それが果林さんにも伝わった様で琴線に触れたらしい。果林さんは
果林「それ、何が言いたいの?」
と先程までの冷静な口調とは違った静かだけど明らかに怒りのこもった言い方をした。
まずいと思ったのか愛ちゃんが間に入り
愛「別に喧嘩しに来た訳じゃないんだよ」
と果林さんを宥め様とした。 けれど、せっかく愛ちゃんが間に入ってくれたのに私は
歩夢「果林さんはエマさんの事が嫌いなんですか?スイスに帰っちゃうの寂しくないんですか?」
と畳み掛ける様に果林さんに迫った。果林さんは気がつくと眉間に皺を寄せていて
果林「どうして好きとか嫌いとかそう言う話になるのよ。エマがスイスに帰るからって何よ」
と段々と口調も激しくなって来た。
果林「いい加減大人になりなさいよ。泣いたって前には進めないの」 歩夢「じゃあ、果林さんはこのまま前に進めるんですか?」
果林さんに引っ張られる様に私も口調が強くなる。
果林「前に進めるかどうかじゃなくて。進まなきゃいけないのよ」
果林さんは更に語気を荒げる。すると私と果林さんのやりとりを静観していた愛ちゃんが口を開いた。
愛「よく言うよ。寂しいって顔に書いてある癖に。そんな顔して偉そうな事を言われても説得力ないよ」
と私よりもキツい言葉を吐いた。 果林さんはギュッと拳を握りしめた。
果林「じゃあ、どうすれば良いのよ!!?私が泣きついてエマの決心が揺らいだらどうするのよ?私だって寂しいわよ!!!!親友なんだから・・・親友だからそこ私は・・・」
そしてやっと本音を吐いた。その声は震えていた。私は果林さんの手を取った。
歩夢「今言った事をそのまま伝えれば良いと思います」
果林「だから、寂しいなんて私が泣きついたら・・・」
歩夢「違うよ果林さん。そうじゃないよ。果林さんとってエマさんは親友だって伝えれば、それだけで良いじゃないですか」
果林「え・・・」
果林さんのさっきまで握りしていた拳が力なく開いた。 歩夢「本当は分かってたくせに。それが自分が一番欲しい言葉だって事も」
そうなんだ。果林さんもエマさんに言って欲しかったはずで、ずっと待っていたんだろう。だからあの日、果林さんは否定して欲しくて大人になれば疎遠になるとかそんな事を口にしたのだろう。
栞子ちゃんが言っていた事は結局正しくてエマさんもまた気持ちを言葉にして伝えていなかったからすれ違ってしまったのだ。 果林「私は・・・」
果林さんが何かを言おうとした時
「お待たせしました」
と聞き覚えのある大きな声が遮った。入り口の方を見るとそこにはせつ菜ちゃんとエマさんが立っていた。
果林「エマ・・・」
果林さんが呟く。するとエマさんは果林さんの方へ駆け寄って エマ「果林ちゃん。私、高校生にもなって自分で起きれないのってどうかと思う」
エマさんは果林さんの朝に弱いと言う欠点を指摘し始めた。いきなりだったので果林さんは驚いていた。
私がせつ菜ちゃんの方を見たら、どうやら予想外だった様で驚いていた。
エマ「部屋はすぐ散らかすし地図読めなくて道に迷うし凄く心配だよ」
とエマさんはさらに続けた。
エマ「でもね、心配だけど果林ちゃんと離れ離れになるけど、寂しいけど私はスイスに帰るね。だから果林ちゃんも私の事は気にしなくていいよ」
果林さんは俯いている。
エマ「でもね、これだけは言っておくね。遠く離れて居ても私と果林ちゃんはずっと友達だよ」
そう言ってエマさんは果林さんに向かって両手を広げた。果林さんは人目もエマさんに抱きついた。
果林「ごめんね。強がっていたけど本当は凄く寂しいの。けど、私も行かないでなんて言わない。ただ一言、離れて居てもずっと親友だから」
いつしか二人とも人目も憚らず泣き出した。 愛「全く。あれだけ泣かないって言ってた癖ね」
と愛ちゃんは笑った。
せつ菜「まあ雨降って地固まるって所でしょうか?まだ、涙は乾かないみたいですけど」
とせつ菜ちゃんも笑った。
愛「所で、せっつーは随分タイミング良かったけど」
歩夢「確かに。よく分かったね?」
愛「栞子さん達がバイト中のエマさんに偶然あったみたいで。私の所にも連絡があったんです。後はお二人と一緒です」
とせつ菜ちゃんは言うけど何故この場所が分かったのか。せつ菜ちゃんは
せつ菜「それは勘です」
とイタズラに舌を出した。 歩夢「所で一年生組は?」
せつ菜「璃奈さん家です。だって三年生はカッコつけたがりでしょ?」
愛「全く。世話のやける三年生だね」
私達はお互いに顔を見合わせて再び笑った。
果林「所でエマ。ずっと気になっていたんだけど。どうしてバイトなんて始めたの?」
果林さんは涙を拭って尋ねた。
エマ「だってもうすぐクリスマスでしょ?」
そうか。明日はもうクリスマスなんだ。 私達はまた薄暗い森の中を歩いていた。
歩夢「ねえ。これっていつまで続くの?」
私の問いに彼女は横に首を振る。
歩夢「じゃあ他の質問。私は誰なの?」
彼女は足を止めた。そして私の顔をじっと見つめる。
「何度も言ったよ。歩夢は歩夢だって」
彼女は要領の得ない返事をする。
歩夢「私は私?じゃあ、どこの世界の上原歩夢なの?」
「ここ」
とだけ口にして彼女は再び歩きだし。 「じゃあ私も帰ろうかな」
一番最初に耳に入って来た言葉だった。
私は辺りを見回すとどうやらここは同好会の部室だった。横を見ると彼方さんが座っていた。
彼方「歩夢ちゃんは帰らないの?」
私は咄嗟に
歩夢「まだ、用事が」
と答えてしまった。彼方さんは立ち上がり
彼方「大変だねぇ。じゃあ戸締りだけよろしくね」
と言って出て行ってしまった。 とは言っても私は鍵を持っていなかった。どうすれ良いか分からず部屋の中をぐるぐると回っていると勢いよく部屋の扉が開き
侑「あれ?まだ残ってたの?先に帰ってて良かったのに」
と侑ちゃんが入って来た。私は侑ちゃんの元へ近づこうとして足を止めた。
侑ちゃんは私の知っている侑ちゃんなんだろうか。それを自然に確かめる方法はないか考えていると
侑「音ノ木坂まで行って来たんだけどさ。なかなか決まらないね」
と話し出した。秋葉原にある音ノ木坂学園まで出向いていたらしい。侑ちゃんの話では音ノ木坂学園のスクールアイドルと合同ライブを行う様だ。しかし、打ち合わせは難航しているらしい。
侑「まあ、まだ時間はあるし焦ってもしょうがないからね。今日はもう帰ろうか」
と言って侑ちゃんは帰り支度を始めた。 侑ちゃんは制服のポケットから鍵を取り出すと部室の施錠をした。その時、侑ちゃんは何かを思い出した様な顔をした。
侑「今日うちの両親帰ってくるの遅いんだった」
歩夢「そうなの?夕飯は?」
侑「自分で作るよ。帰りにスーパーに寄っていい?」
と言うので私は自宅に侑ちゃんを招こうと思った。けれど万が一があるといけないのでそれはやめておく事にした。 通学路の途中にあるスーパーで侑ちゃんは野菜と睨めっこしている。
侑「カレーに茄子って必要だと思う?」
それは人それぞれの好みだろうけど私なら入っていれば嬉しい。
侑「ん〜どうしようかなぁ」
野菜の陳列棚で悩んでいると
「あれぇ?どうしたの?」
と背後から声を掛けられたので振り返るとそこに居たのは彼方さんだった。 エプロンに三角巾のその姿はこのスーパーの従業員の格好だった。
彼方「歩夢ちゃんはさっきぶりだねぇ」
そう言うと彼方さんはショーケースの茄子に手を伸ばして
彼方「彼方ちゃんだったらカレーに茄子入れるなぁ」
侑「さっきの会話聞いてたんですか?」
彼方「えへへ。まあね〜」
と言った。どうやら私達の会話を聞いていたようだ。 彼方「侑ちゃん自炊するんだねぇ」
侑「今日は両親の帰りが遅いので」
彼方「なるほどねぇ」
彼方さんは侑ちゃんに茄子を渡した。 私達は世間話を少し交わしていると、彼方さんの背後で男のが腕を組んで立って居るのに気が付いた。
「何サボってんの?」
彼方さんは声のする方へ振り返り
彼方「遥くん〜ごめんごめん〜」
と背後で仁王立ちしている男の子に返した。顔立ちが幼く中学生くらいに見えるけど、その姿は彼方さんと同じくスーパーのロゴが入ったエプロン姿だったので恐らく高校生だろう。
しかし、そんな事よりも彼方さんは彼の事を遥くんと呼んだ。 これはすごく予想外。遥ちゃんが弟になってるとは。ブラコンの彼方ちゃんなのかな 彼方さんと言えば妹が一人いてその子の名前は近江遥。この瞬間、私は考えた。例えば、この世界では彼方さんには妹とではなく弟が居るとか。
しかし、今まで変化があったとしてもそれは立場とか関係性とかそう言ったもので性別や年齢、身体的特徴の変化はなかったはずだ。
なんとかして確かめたいけど、また下手に聞くとボロが出るかもしれない。
そんな事を思っていると侑ちゃんが
侑「バイトの後輩?妹の遥ちゃんと同じ名前なんですね」
と彼方さんに言った。
彼方「そうなんだよぉ。しかも、遥ちゃんと同い年で名字も同じ字でおうみって読むんだよ」
侑「え〜凄い偶然ですね」
成る程。そう言う事か。決して遥ちゃんの性別が変わった訳では無かった様だった。それにしても奇跡の様な偶然だ。 彼方「そうなの。他人とは思えないんだよぉ。ねえ?」
と彼方さんは遥くんに向かって笑い掛けた。遥くんは
遥「手の掛かる妹が出来た感じだよ。ほら、バイト中なんだからお喋りしないで仕事しなよ」
と彼方さんを嗜めた。彼方さんはポリポリと頭をかきながら
彼方「と言う事で仕事に戻るね。ごゆっくり〜」
と仕事へと戻っていった。遥くんも軽く頭を下げて彼方さんと行ってしまった。
侑「ごゆっくりって」
侑ちゃんはそう呟いた。 スーパーで買い物を終えて私は自宅に荷物を置いて侑ちゃんの自宅へ向かった。
せっかくだから侑ちゃんと一緒に晩御飯を食べ様となったのだ。
自宅に戻った際、この世界の私が同時に存在していないか心配だったがどうやら取り越し苦労の様だった。
そしてもう一つ私は確認したい事があった。 侑ちゃんの家の台所で二人並んで夕食の準備をしている時、私は侑ちゃんに尋ねた。
歩夢「侑ちゃんは・・・その、私に何か言う事とかない?」
侑ちゃんはジャガイモの皮を剥きながら
侑「言う事?なんかあったかな〜?」
歩夢「特に何もないならいいの」
多分、目の前居る侑ちゃんはこの世界の侑ちゃんなんだろう。 侑「なになに?なんか気になるじゃん」
と侑ちゃんは私の事を小突いた。
歩夢「いや・・・そう言えばびっくりしたね!スーパーで。彼方さんの妹の遥ちゃんが男になっちゃったと思ったよ」
侑「いやいや。普通思わないよ。歩夢は天然だなぁ」
と侑ちゃんは笑った。 侑「でも凄い偶然だよね。読み方は違うけど全く同じ字を書くんだよね?」
歩夢「そうだね。凄いよね」
侑「あっ!もし二人が結婚したら同姓同名の夫婦になっちゃうだ!」
侑ちゃんは皮を剥いたジャガイモをまな板の上に乗せ包丁で切り始めた。
侑「なんかそんなアニメが昔あったね。大人の階段の〜ぼる〜って。ちょっと違うか」
侑ちゃんはなんだかご機嫌でリズム良くジャガイモをカットしていた。 歩夢「そう言えばライブの打ち合わせってどんな事話し合ったの?難航してるんだよね?」
私は再び話を変えた。
侑「うん。穂乃果ちゃんや絵里さんとも何度も話し合いを重ねてるんだけどね」
歩夢「穂乃果ちゃんって・・・高坂穂乃果ちゃん?」
侑「そうだよ。なんで?」
私が世界を渡り歩いてから穂乃果ちゃんや音ノ木坂の名前を聞くのは初めての様な気がする。 侑「穂乃果ちゃんがほら!突拍子もない事言うからさ
。それについつい乗っかっちゃうんだよね」
歩夢「あはは。そうなんだ」
私はきっと苦労しているんだろうなと絵里さんの心配をしていた。
侑「あっ!明日も午後から打ち合わせあんるだけど。歩夢も来る?練習休みだし」
練習休みだったのか。私はこの世界の私のスケジュールを把握していなかったので助かった。
歩夢「うん。行こうかな」
と私は頷いた。 翌日、私と侑ちゃんは音ノ木坂学院に来ていた。
希「あら?今日はせつ菜ちゃんじゃないんやね」
侑「せつ菜ちゃんは今日生徒会の幼児で抜けられなくて。そっちこそ絵里さんは?」
穂乃果「絵里ちゃんは妹の亜里沙ちゃんが熱を出したって」
希「そっ。だから今日はうちが代役を務めるよ」
どうやらいつも打ち合わせは侑ちゃん、せつ菜ちゃん、穂乃果ちゃん、絵里さんの四人で行われていたらしい。
希「じゃあ、よろしくね。歩夢ちゃん」 そう言って希さんは私に向かってウィンクをした。
侑「じゃあ早速。会場をどうしようか」
穂乃果「そうだね。うちの方でも色々意見は出るんだけどなかなか絞り切れないんだよね」
希「なんたって28人だからね」
歩夢「28人!!?」
私は思わず声を出してしまった。てっきりうちと音ノ木坂の合同ライブだと思っていたから。
侑「28人でしょ?μ'sが9人、Aqoursも9人。で、うちが10人だもん」
歩夢「そ、そうだよね」
Aqoursも参加するのか。Aqoursとは静岡の学校の子で結成されたスクールアイドルグループだ。
しかし、何か既視感がある。 穂乃果「来週から千歌ちゃん達も合流するんだけど、それまでにある程度は決めておきたいんだよ」
穂乃果ちゃんは頭の後ろに手を回しながら椅子をクルクルと回転させた。
侑「こうも会場の候補が多いとね。かと言って妥協したくないしなぁ」
同じ様にクルクルと椅子を回転させながら侑ちゃんが呟く。
会場候補のリストを見て私は既視感の正体が分かった。
歩夢「候補多いんだったら全部でやればいいのに」
私はどこかで同じ様な局面に当たっていた。そして、その時私達は複数の候補を全てライブ会場として使ったのだ。 侑「ちょっと待って。全部って?」
侑ちゃんがそう言うと
穂乃果「そっか!そうだよね!別に絞る必要ないんだよね!全部でやればいいんだよね!」
と穂乃果ちゃんが大きな声を出した。
歩夢「うん。3グループ28人も居るんだから不可能じゃないと思うよ」
そう。私達9人でも出来たのだから。
歩夢「ただ、これだけあると許可取って周るの大変かな?」
すると希さんが立ち上がって
希「こう言う時は人海戦術やろ?」
と言って携帯を取り出した。 とは言ってもその場で連絡をする事はなかった。
穂乃果「いやぁ。ナイスアイデアだね。歩夢ちゃんが来たら直ぐに解決しちゃったね」
と穂乃果ちゃんは褒めてくれたけど私は過去の経験から意見しただけなので少し申し訳なかった。
穂乃果「そしたら別の課題に移ろうか」
そう言って資料をめくる穂乃果さんの横で希さんが私の方をジッと見ていた。 打ち合わせが終わって帰り際。希さんが私にこう呟いた。
希「歩夢ちゃん。なんだか変わった?」
不意の言葉に私はドキッとして口から心臓が飛び出そうだった。
歩夢「な、なんか違いますか?」
私は明らかに動揺していた。
希「なんて言うか・・・若干オーラが違う様な」
希さんの鋭い指摘に心臓がバクバクと鳴り響く。別にバレちゃいけないなんて誰も言ってないのにどうしてこんなに焦るんだろう。
すると私の心音を打ち消す様に
穂乃果「え〜希ちゃんオーラ見れるの?ね!私のオーラ何色?」
と穂乃果ちゃんがはしゃぎ始めてくれたのでこれ以上の追求はなかった。 その光景を侑ちゃんは笑いながら見ている。長い付き合いの侑ちゃんでも気が付かないのに、希さんは流石スピリチュアルガールと言った所だろうか。
音ノ木坂学院の門を出る時、希さんは耳元で
希「歩夢ちゃん。やっぱりなんか変わったやろ?」
と耳元で呟くので私は足早に音ノ木坂を後にした。 秋葉原から電車を乗り継いでお台場海浜公園駅に到着する頃には日が沈み始めていた。
侑「それにしても歩夢。今日は本当に助かったよ。ありがとう」
夕陽をバックに私の前を歩く侑ちゃんが振り返りながら言った。私は首を横に振る。
侑「謙遜しちゃって。歩夢らしいや」
と言うのでその言葉に私はなんだかホッとした。
そんな感じで二人で歩いていると前の方から見覚えなある男の子が歩いて来た。ちょうどすれ違うくらいの時に彼は私達に気がつき
「あっ、こんにちは」
と丁寧に頭を下げた。昨日、彼方さんのバイト先のスーパーで会った遥くんだった。 遥くんは若干、昨日よりも大人びた印象を受ける。それは整髪料で髪を整えて服装も大人っぽく決めているからだろう。
侑「こんにちは。どこかの帰り?」
侑ちゃんが遥くんに尋ねる。
遥「はい」
遥くんが頷くと
侑「そっか。もしかしてデートとか?」
と侑ちゃんが茶化した。昨日知り合ったばかりの子によくそんな事聞けるなと思いながら遥くんの方を見ると、遥くんは顔を赤らめていた。どうやら図星だったらしい。
侑ちゃんは誤魔化す様に笑って頭をポリポリとかいた。 遥くんは顔をあげ何か言おうとするとどこからか
「お〜い。遥く〜ん」
とこれまた馴染みのある声がした。私は振り返ると彼方さんが走って来ているのが見えた。そして手を振りながら近づいて来た。
彼方「あれ?侑ちゃんと歩夢ちゃん。どうして遥くんといるの?」
彼方さんは首を傾げる。侑ちゃんが
侑「偶然ここで会って。ほら!音ノ木坂と打ち合わせに行った帰りだったんです」
と説明した。なるほどと彼方さんは手を叩くと
彼方「これからね〜遥ちゃんとご飯に行くんだよ」
と言うのでデートの相手が彼方さんだと言う事が分かった。 しかし、どうやら彼方さんはそうは思っていないらしく
彼方「遥くんが美味しい洋食屋さんを見つけたって言うからね。あっ、良かったら二人も来る?」
と言い出した。遥くんの方を見ると俯いている。
どう考えても行くなんて言える状況じゃない。侑ちゃんもそんな顔をしている。
私が断ろうとした時遥くんが顔をあげ
遥「せっかくだからぜひご一緒しましょう! と言ったのだった。どう考えても無理してるのは分かった。
私は彼方さんと遥くんの二人に
歩夢「ごめんなさい。今日は帰って侑ちゃんとやる事があるから」
と伝えた。侑ちゃんも頷いている。すると遥くんは
遥「そうですか。残念です」
と言った。その顔は本当に残念と言う顔をしていた。残念なのは私達が行かない事ではなく、彼方さんがデートだと思っていない事だと思う。 切ない表情をする遥くんを見ているとなんだかこっちまで泣きそうになって来るので、私は侑ちゃんの袖を引っ張ってこの場を離れようとした。
別れる際、彼方さんは私達に
彼方「今度は一緒に行こうね〜」
と手を振りながら歩いていた。私も小さく手を振り返していたが段々と姿が小さくなっていき、私は手を下ろした。
侑「ちょっと可哀想だったね」
と侑ちゃんが呟いた。私は小さく頷く。 侑ちゃんは
侑「本当に気が付いてないのかな?」
の続けた。
侑「だってさ、どんなに鈍感でも気がつくと思うんだけどな」
確かに。侑ちゃんの言う事も一理ある。彼方さんは気が付かないふりをしているだけかもしれない。 何の為に?私なら関係を壊したくないからだ。その気持ちは分かる。ぬるま湯に浸かった様な関係は楽なんだろう。けど、それって遥くんにとっては凄く残酷な事だと思った。
では、私がこの世界に来たのは二人の関係を後押しする為なのか?それもなんだか釈然としない。
二人が付き合えばハッピーエンドなのだろうか。そもそも、彼方さんはスクールアイドルだし。 今までの世界もそうだけど目的がはっきりしないのがもどかしいけど面白いね 彼の気持ちを考えると心がギュッと締め付けら様だった。
私と侑ちゃんはそれから特に喋る事もなく歩き出した。
途中、すれ違った親子は子供が浴衣姿で会話の内容からして今日は花火大会があるらしい。
遥くんもきっとそれを知っていたんじゃないかな。
私は心の中で遥くんを応援していた。 翌日、私はしずくちゃんと水の広場公園にいた。
しずく「ここでライブをやるとなると何処に問い合わせすればいいんですかね?」
歩夢「この公園自体は都で運営してる様だけど管理は委託会社が行ってるみたいだね」
昨日、音ノ木坂で打ち合わせした内容を同好会のメンバーに報告した所、早速手分けして会場の下見と手配の準備をする事になった。
内心、彼方さんと行動を共にしたかったけど侑ちゃんが適当に振り分けて私はしずくちゃんと行動する事になったのだった。 しずく「この噴水。なかなかライブ映えしそうですね」
歩夢「うん。実際にライブをやる時は噴水のタイミングを曲に合わせて貰ったりする必要があると思うけど」
そんな話をしていると突然、ポツポツと雨が降り始めたのだった。
しずく「え?今日、雨なんて言ってなかったのに」
しずくちゃんの言う通り天気予報では晴れと言っていたはず。当然傘も持っていないかったので私達は慌てて近くのコンビニへと走った。 コンビニの中に入ると冷房がガンガンに効いていて、雨のせいか汗のせいかだいぶ肌を冷えた。
しずく「びっくりしましたね。急に辺りが暗くなったと思ったらこの雨ですもんね」
歩夢「そうだね」
そんな事を店内で話していた。すると店内にピロリロリ〜とメロディが流れ出した。ふと自動ドアの方に目をやるとそこに居たのはずぶ濡れの遥くんだった。
まさか、また出会すとは思わなかった。なんと言う偶像。これは以前も感じた事だけれど、まるで仕組まれているのではないかと思った。 遥くんは私を見つけると一瞬気まずそうな顔して会釈をした。それに合わせて私も
歩夢「こんにちは」
と挨拶をする。しずくちゃんが不思議そうに私の顔を覗くので
歩夢「彼方さんのバイト先の子」
と説明した。しずくちゃんはへ〜っと呟く。
遥「3日連続なんて奇遇ですね」
歩夢「そうだね。ビックリだね」
私達はわざとらしく世間話を始めた。
遥「今日はどうされたんですか?」
相変わらず遥くんは礼儀正しく歳下とは思えない。
歩夢「あの…今日は私達部活で…」
と言いかけると
遥「あぁ、スクールアイドルの」
と遥くんは呟く。どうやら私達がスクールアイドル活動をしている事を彼方さんから聞いているらしい。 遥「他校と合同でライブやるってあの人から聞いてます。応援してるので頑張って下さい」
そう言うと彼はその場から離れようとしたので
歩夢「あの、ライブは再来週の日曜日に開催されるから。良かったら見に来てくれないかな?」
と私は彼に伝えた。
歩夢「きっと彼方さんも喜ぶと思うよ」 彼は困った様に微笑んで
遥「はい」
とだけ返事をする。何かまずかったのか遥くんの表情は見る見る曇っていく。
遥「俺、すぐに顔や態度に出ちゃうので。もう気が付いてると思いますけど」
私は頷く。
遥「昨日、俺の気持ちを伝えたんですけどね、好きって」
私は横目でしずくちゃんの方をチラッと見たら顔を赤くしていた。
遥「ちゃんと言ったんですよ俺。そしたらあの人なんて言ったと思いますか?」
なんと言ったのだろう?今はスクールアイドルに専念したいとかそんな所だろうか?
遥「私も好きだよって。俺の事大事な大事な弟だって言うんですよ。最悪ですよね」
遥くんは無理矢理笑ってみせたけどそれが余計痛々しかった。 私はなんて答えて良いか分からず固まってしまった。
遥「まあフラれた訳じゃないんで」
自分に言い聞かせる様にそう呟く。
遥「ライブは行きます。楽しみにしてます」
と言って彼は傘もささずに外へと出て行ってしまった。 雨はまだ止む気配は無かった。窓に映るしずくちゃんと目が合うと
しずく「事情は分かりました。彼方さんは残酷な事をしますね」
彼女はそう言うと着ているジャージのチャックを一番上まで上げた。
歩夢「せめてちゃんとふってあげればいいのに」
私がそう言うとしずくちゃんはコクリと頷いたのだった。 私達が学校へ戻ると部室には彼方さんとエマさん、栞子ちゃんが先に帰って来ていた。
エマ「お帰り〜。急に雨が降って来て大変だったでしょ?」
そう言ってエマさんは立ち上がるとコーヒーを淹れる準備を始めた。エマさんの膝を枕にしていた彼方さんは仕方なく立ち上がると大きく伸びをする。
彼方さんは私がジッと見ているのに気が付き
彼方「どうしたの?何かあった?」
と言って来たので
歩夢「さっき遥くんに会いましたよ」
と私は答えた。 すると少しの間場が静まり返った。何の事か分からないエマさんと栞子ちゃん、ギョッとっした目で私を見るしずくちゃん。
彼方「よく会うね。3日連続じゃない?」
彼方さんが沈黙を破った。
歩夢「うん。私もビックリしちゃって。昨日の今日でまた会うなんて。昨日は・・・」
私が話し始めるとしずくちゃんが近づいて来て私の服の袖を引っ張り、耳元で
しずく「何を言う気ですか?首を突っ込むのは野暮ですよ。歩夢さんらしくないです」
と囁くのだった。 一球しか持たないなら打たせて取るしか勝てないのか。どの競技なら勝てるんだ しずくちゃんの言う通り首を突っ込むのは野暮なのだろう。けれど、私は野暮な事をしにこの世界に来ているはずで、もちろん、皆んなの前でいきなり核心に触れる様な事はするつもりはないけど黙って見ているつもりもなかった。
私はしずくちゃんに目配せをした。するとしずくちゃんは安堵の表情を浮かべる。
歩夢「昨日は花火は観れましたか?」
私はしずくちゃんの隙をついて彼方さんに投げ掛けた。
彼方「観れたよ〜。凄く綺麗だったよ〜」
彼方さんは嬉しそうに答えた。 私達の会話を聞いて栞子ちゃんが
栞子「遥さんって彼方さんの妹さんですよね?」
と彼方さんに言った。
彼方「ん〜遥ちゃんは私の妹だけど昨日一緒に花火を観たのはバイト先の後輩だよぉ。遥ちゃんと同じ名前なの。性別は違うけどね」
それを聞いてエマさんが
エマ「え?じゃあ、彼方ちゃんは男の子と花火を観に行ったの?デート?」
と身を乗り出して生き生きとした表情で彼方さんに問いただす。
彼方「へへん、まあね〜。とは言っても遥くんは弟みたいなものだけどね」
彼方さんは弟と言う言葉を妙に強調していた。それを聞いて私はなんだか胸を締め付けられる気持ちだった。しずくちゃんも似た様な表情をしていた。 冗談を言った後の様に彼方さんは笑って居たけど、その時の彼方さんの本心は私には分からなかったし、その後、同好会のメンバーが続々と集まって来たので、これ以上はその話をしなかった。
同好会のメンバーが全員揃うと侑ちゃんとせつ菜ちゃんが指揮をとってこれからの予定を話し合った。
侑「μ'sの皆んなも一通り下見は終えたみたい。明日以降は使用許可を取る為に歩夢には走り回って貰うけど良いかな?」
歩夢「私?」
寝耳に水だったので思わず聞き返した。だって、こう言うのはいつも侑ちゃんとせつ菜ちゃんがやっていたから。
侑「案を出したのは歩夢だからね。歩夢は穂乃果ちゃんと私は絵里さんと一緒に回って貰う予定。せつ菜ちゃんには他の細かい事を頼むから結局一番大変かもしれないし、他の皆んなもフォローを頼むね」
侑ちゃんは一通り喋ると私に近づいて肩に手を置いた。 翌日、私は学校の食堂で穂乃果ちゃんが来るのを待っていた。スマホを取り出し時間を確認する。約束の時間は過ぎているのだけど穂乃果ちゃんは来ない。
私が電話をしようか悩んでいると
穂乃果「歩夢ちゃんごめーん。電車で寝過ごしちゃって」
と大きな声で謝罪をしながら穂乃果ちゃんが食堂に入ってきた。私はなんだか恥ずかしくて慌てて穂乃果ちゃんにしーっとジェスチャーをした。
穂乃果「いや〜ごめんなさい。本当にごめんなさい」
穂乃果ちゃんはひたすら謝っていた。
歩夢「大丈夫だよ。それより喉乾いてない?何か飲む?」
と私が尋ねると
穂乃果「渇いた〜ジュースあるかなぁ」
と言ってカウンターの方へ歩いて行った。なかなかマイペースだなぁ。 穂乃果ちゃんはジュースを持って戻って来ると席に着くなりいきなり本題に入った。
穂乃果「じゃあ今日のスケジュールだけど。このジュース飲んだら先ずはこの虹ヶ咲の敷地の使用許可を取りに行こうか。自治体関係には午後から行く様にアポを取ってあるから」
歩夢「この学校に許可を取るのはせつ菜ちゃん一任した方が効率が良かったんじゃないかな?」
穂乃果「歩夢ちゃん達だけでライブを行うならそれでも良いかもしれないけど私達も使わせて貰うんだからさ。足を運ぶのが筋じゃない?」
歩夢「なるほど。そうだね」
まるで穂乃果ちゃんは先程までとは別人に様に説明し始めた。
歩夢「なんか穂乃果ちゃん慣れてるね」
μ'sの活動を通して場慣れしてるんだろうか。活動期間も私達より長いだろうし。
穂乃果「まあね。生徒会長 をやっていた事もあったしね」
歩夢「生徒会を?穂乃果ちゃんが?」
確かに音ノ木坂の生徒会は絵里さんが会長で希さんが副会長だった様な。穂乃果ちゃんも役員だったのかな。 そっちの意図じゃないんだろうけど歩夢の反応がちょっと失礼で草 私が穂乃果ちゃんをジッと見ていると急かされたと思ったのか穂乃果ちゃんはジュースを急いで口に含んだ。
穂乃果「いや〜やっぱり虹ヶ咲はオレンジジュースも美味しいね!」
市販のオレンジジュースを出しているだけだと思うけど私は特にそれに関して何か言ったりするのはやめた。
穂乃果「じゃあ、早速だけど行こうか?」
歩夢「そうだね」
私達はコップをカウンターに返して食堂を後にした。 虹学はマンモス校だからジュースも1ランク上かもしれない 学校の許可はすんなり得る事が出来た。なるべく生徒の自主的活動を支援する方針に加えて新旧生徒会長が在籍している事、予め栞子ちゃんが話を通して居てくれていた事が大きかったのだろう。
各自治体や管理会社などの関係各所への話もスムーズに進んだのは穂乃果ちゃんの存在が大きかった。
穂乃果ちゃんは決して話が上手と言う訳ではないけれど何か人を惹きつける所がある。
これは以前から思っていた事だけれど、穂乃果ちゃんは飛び抜けた美貌を持っている訳でも歌やダンスが特別上手い訳でもない。しかし、穂乃果ちゃんには圧倒的カリスマ性を感じる。これはアイドルなら誰しも喉から手が出る程欲しがる能力だと思う。
私が知る限りではこれを有しているのは穂乃果ちゃんとせつ菜ちゃんの二人だけ。 侑ちゃんやAqoursの千歌ちゃんの様な人たらしとは似て非なる天性の能力。(とは言え穂乃果ちゃんにはだいぶ人たらしな一面もあるけど)
それが穂乃果ちゃんには備わっている様に思える。
今目の前で穂乃果ちゃんがしてる様に私が身振り手振りを交えて説明をしたら、このいかにも堅物って言った様なおじさんは許可してくれただろうか?
もしかしたら許可してくれたかもしれないし、ダメだったかもしれない。
ただ、穂乃果ちゃんなら何とかしてくれると思える。 歩夢「穂乃果ちゃんは少年漫画のヒーローみたいだよね」
海沿いの道を二人で歩きながら私は穂乃果ちゃんに言った。穂乃果ちゃんは笑いながら
穂乃果「ヒーローなんかじゃないよ。失敗だって多いし救えない事だって沢山あったよ」
と言った後頭を掻いた。
穂乃果「まあ、結局諦められなくて何度でもチャレンジしちゃうんだけどね」
その時、私は穂乃果ちゃんの話を聞いてふと思ったのだ。何度もチャレンジ。まだ救えないままの人が居る。もう一度チャレンジする事は可能なのではないだろうか? 私は愛ちゃんの事がずっと心の中で引っ掛かっていた。
穂乃果「歩夢ちゃん?」
歩夢「あっ、ごめん」
穂乃果ちゃんの声にハッとした。
穂乃果「歩夢ちゃんは今何を考えていたの?」
急な質問に私は答えられないでいると
穂乃果「何か悩んでいる事があるんじゃないの?」 かすみも途中がキツかったけど最後はいい感じだったから大丈夫そうか
最初の方が歩夢も上手くやれなかったんだな 歩夢「悩んでる事?どうして?」
私はとぼけて見せたが穂乃果ちゃんは真面目な顔して
穂乃果「だって所々で深刻な顔して黙り込むじゃん?アレだったら話聞くよ?」
と言った。顔に出ていたんだ。
歩夢「もし、友達が道を踏み外してたらどうする?」
穂乃果「話を聞いて必要なら叩いて、抱きしめるよ」
穂乃果ちゃんは真剣な顔をしている。
歩夢「退学してどこかへ行ってしまってても?」
穂乃果「探し出して話を聞いて抱きしめるよ」
歩夢「助けてくれってサインを出してたのに気が付かなかったんだよ?どんな顔して会いに行くの?」
穂乃果「いつも通りの顔して会いに行くよ。だって友達だもん」 愛さんのリベンジありそうで良かった。まずはこの世界をクリアしないとだけど 穂乃果ちゃんは言い切る。言葉にブレがない。
穂乃果「野暮でお節介な人間ってのもこの世には必要だって今は思うんだ」
穂乃果ちゃんはウィンクをすると
穂乃果「あっ!もしかしたら歩夢ちゃんにこれを言う為に私はここにやって来たのかな?」
と言って走り出した。私は穂乃果ちゃんが何を言ってるのか理解出来ずにいたけど少し背中を押して貰えた様な気がする。
やっぱり穂乃果ちゃんはヒーローみたいだ。 穂乃果ちゃんと別れ私は一度学校へ戻った。部室の扉を開けると彼方さんが机で寝ていてしずくちゃんがその横で本を読んでいる。
しずく「おかえりなさい。侑さんは遅くなる様です。さっきまた出て行きました」
しずくちゃんは読んでいた本を閉じると鞄にしまった。
歩夢「しずくちゃん。私、やっぱりちゃんと言うべきだと思うの」
しずく「何をですか?」
しずくちゃんは首を傾げる。
歩夢「彼方さんに。余計なお世話かもしれないけど他人じゃないでしょ?私達」
しずく「そうですけど」 しずくちゃんが口籠っていると隣で寝ていた彼方さんがむくっと顔を上げた。
しずく「起きてたんですか?」
彼方さんはコクリと頷くと
彼方「そんな何時間も眠れる訳ないじゃん」
と言って少し笑った。
彼方「計らずも首を突っ込む事が出来た訳だね、歩夢ちゃん。ちゃんと聞くから座りなよ」
彼方さんは隣の空いてる椅子を引くと私に座る様に促した。 私が椅子に座ると彼方さんがどうぞと言わんばかりに凝視して来る。
歩夢「単刀直入に言います。遥くんの事ちゃんとフッてあげて下さい。分かってるんですよね?」
私の言葉に彼方さんは一瞬眉をピクッと動かした。
彼方「本当に単刀直入だね。遥くんが失恋する事が前提で話が進んでるけど」
歩夢「だってその気はないでしょう?」
彼方さんは頷く。 しずく「少しもないんですか?告白されて今後気持ちが変わる様な事もないですか?」
割って入って来たしずくちゃんの言葉に彼方さんは考える素振りも見せないで口を開く。
彼方「ないよ。しずくちゃんに弟が居るとしてキス出来る?それ以上の事を出来るかな?出来ないよね?」
しずくちゃんは顔を赤くして首を振った。
彼方「好きってそう言う事だよ。キスしたいとかエッチしたいとか思うのが自然なんだよ。遥くんとそんな事は出来ないよ。だって遥くんは弟だもん」
彼方さんは言い切った。けど、私は納得出来ない出る。 歩夢「遥くんは弟じゃないですよ」
私の言葉に彼方さんは一瞬眉を顰める。
彼方「弟だよ。どこまで言っても遥くんは弟だよ」
歩夢「弟じゃありません。他人です。だからふってあげて下さい」
私は引き下がる事をせず、彼方さんも段々と口調が強くなっていく。
彼方「歩夢ちゃんに彼方ちゃんの…私と遥くんの何が分かるの?ハッキリと振ったらもう遥くんとは一緒に居られなくなるかもしれないだよ?」
歩夢「恋愛なんてそんな物でしょう!恋なんて叶わない限り綺麗に終わる事なんてないんだから」
思わず大声を出してしまった。彼方さんもしずくちゃんも目を大きくして驚いている。 歩夢「他人て便利な言葉だと思います。会わなくてもいいんだから。家族だとそうはいきませんからね」
彼方さんはそっと顔を上げると
彼方「でも、ツラいな。遥くんと会えなくなるのは」
と呟くので
歩夢「振られる方はもっとツライですよ。それにいつか遥くんの事を恋愛対象として見る事が出来るかもしれませんよ」
彼方「それは想像出来ないなぁ。でも、そうだね。そう言う事もあるのかなぁ。他人って便利だなぁ」
彼方さんは立ち上がると鞄からスマホを取り出した。
どうやら、遥くんに電話を掛ける様だった。 しずく「決めたんですね。でも、歩夢さん凄いですね。実は恋愛経験豊富とか?」
しずくちゃんが私を見てそう言ったので
歩夢「恋愛経験なんてないよ。しいて言えば友達の恋愛相談に乗ってあげたくらいかな?」
と意味ありげに言ってみた。もちろん、しずくちゃんに真意は伝わらないと思うけど。
しずく「そう言えば歩夢さんは彼方さんの事他人じゃないって言ってましたけど、言葉の定義で言えば私達は血の繋がりがないから友達でも他人ですよね?」
イタズラっぽく笑いながら私に詰め寄る。
歩夢「便利でしょ?」
私もしずくちゃんに笑って返してみせた。 その日、彼方さんは遥くんを呼び出してちゃんと思いを告げた。
彼方「ごめんね。遥くんの気持ちに気付いてたのに」
彼方さんの方が泣いていてどっちが振られたのか分からない感じだった。
意外だったのは遥くんは今のままの関係を続けたいと言ったのだ。
遥「でも別に諦めた訳じゃないよ。今は弟でもいつか好きと言わせてみせるさ」
遥くんは私が思っていたよりもずっと大人なだった。
思わずこっちの方が惚れてしまいそうだ。 気が付けばまた私はここへ帰って来ていた。
「お帰り。疲れたでしょう」
例によってまた彼女が出迎えてくれた。
歩夢「うん。でも、やり残した事あるんだよなぁ。ライブ、上手くいったかな?」
私が呟くと彼女は
「また行けばいいよ」
と言ったので私はすかさず聞き返す。
歩夢「行けるの?また同じ所に?」
「扉がある限りは」
私は彼女の両肩に手を置いた。
歩夢「私、行きたい所があるんだけど」
次に行く所は私が決める事になった。 ジメジメとした空気が肌に纏わり付き気持ちが悪い。私はどこかのコンビニの前に立っていた。辺りを見回すと駐車場でいかにもと言った出立ちの人達がたむろしている。私は急いで目を逸らしたけどその中の一人が私に気が付いた様だった。
「あれ?歩夢じゃん?」
嫌な予感がした。聞き覚えのある声だったから。
「久しぶりだね。覚えてる?」
歩夢「覚えてるよ愛ちゃん。会いたかったよ」
私に声を掛けたのは愛ちゃんだったのだ。 遥くんメンタル強いな
でもこれくらいじゃないと彼方ちゃんを狙う資格ないか 愛ちゃんは立ち上がり私の元へ駆け寄って来る。
愛「会いたかった?そっか・・・ごめん。連絡しなくて」
愛ちゃんは目の前で手を合わせてウィンクした。その姿はいつもの愛ちゃんと変わらない様に見えた。
私が何を話せば良いのか分からずにいると愛ちゃんと一緒に居た人達の中の人が立ち上がり
「誰?愛の友達?」
と大きな声で聞いて来た。大柄でダボダボの服を着た例えるならラッパーみたいな男の人で私が一番苦手なタイプだった。
愛「ちょっと怖がってんじゃん。前の学校の友達だよ。これ私のカレシ」
彼氏・・・。愛ちゃんの彼氏。そうは言われても怖い。 「あ〜ニジガクのね。可愛いじゃん。こんな可愛い子居るんだったら教えろよ」
そう言ってカレシさんは愛ちゃんの肩に手を回した。
愛「あんた達なんて紹介できる訳ないじゃん」
とケタケタと笑いながら愛ちゃんは言った。すると後ろの方で煙草を吸っていた男の人が
「ヒッデェ事言うな」
と大声で笑いながら言った。何で皆んな声がこんなにデカいのだろう。と言うかどう見ても未成年に見えるのだけど。 ルートの最初からというわけじゃないんだね。愛さん退学後からか 煙草を吸っていた男の人は短髪にピアス、一人だけ学ラン姿で(しかも今時見ない裾が短いヤツ)、しかし幼く綺麗な顔立ちをしていた。
愛ちゃんのカレシさんはピアスの彼に向かって
「お前は当分女は作らないって言ってたろ。え?」
と唾を飛ばした。それが癇に障ったらしく置いてあった空き缶を蹴飛ばして近くに停めてあったバイクに跨り行ってしまった。
それを見て愛ちゃんの彼氏さん達はゲラゲラと笑う。 私はどうすれば良いのか分からずただ立ち尽くしていた。それを察したのか愛ちゃんは私の手を取り
愛「久しぶりだしもっと話そうよ。近くのファミレス行こう!」
と言ってくれた。それを聞いて彼氏さん達が
「いいね!俺達もいくべ!」
と言うのでドキッとした。愛ちゃんが
愛「あんた達が居ると落ち着いて話せないから着いてこないでよ」
と言ってくれたので助かった。 こうして愛ちゃんとファミレスに来るのは随分と久しぶりの様な感じがする。
愛「何食べる?奢るよ」
私は首を横に振る。すると愛ちゃんは悲しそうな顔をしたので私はしまったと思った。以前と同じ事を繰り返している。
愛「驚いたでしょ?下品な連中で」
歩夢「そんな事は・・・」
と言い掛けて言葉が詰まる。
愛ちゃんは笑いながら
愛「気を遣わなくていいよ」
と言った。
愛「言いたい事は分かるし」 愛ちゃんは頬杖を突いて窓の外を眺めながら呟く。
歩夢「愛ちゃん。今楽しい?」
愛「随分と単刀直入に聞くね」
なんかつい最近似た様事を言われた気がする。依然、窓の外を見たまま
愛「どうだろうね。楽しいのかな?」
と言った。
歩夢「彼氏さんの事は好きじゃないの?」
愛ちゃんはさあと言うだけだった。 歩夢「じゃあ、どうして愛ちゃんはあの人達と居るの?」
私が聞くと愛ちゃんは窓の外から視線をこちらに向けて
愛「一緒に堕ちてくれそうだからかな?歩夢は堕ちてはくれないでしょ?」
と言った。私は何も返せなかった。
愛「なんて冗談だよ」
愛ちゃんはそう言って席を立ちドリンクバーへと向かった。 愛ちゃんが何かを抱えているのは知っている。けれど、それが何なのか私は知らない。
だって愛ちゃんは一見恵まれている様に見えたから。
文武両道で人望があって毎日キラキラしている様に見えた。愛ちゃんは何が不満だったのだろう。
そんな事を考えて居ると愛ちゃんがドリンクバーから帰って来た。愛ちゃんは席に着くと
愛「そう言えばスクールアイドル活動は順調なの?」
と聞いて来た。私は思い出した。そう言えば私は愛ちゃんをスクールアイドル活動へ誘っていた。 歩夢「うん。上手くいかない事もあるけど何とかやってるよ」
愛「そっか」
暫く沈黙が続いた。
愛「じゃあ、こうして一緒に居るのはまずいね。ほら?私、不良だから」
そんな事はない。すぐに否定するべきなのに言葉が上手く出て来ない。
愛「帰ろうか」
レシートを手に取り愛ちゃんは席を立つ。
歩夢「私も不良になる」
愛ちゃんを引き留める為私はとんでもない事を口にしてしまった。 私と愛ちゃんは再び先程のコンビニの前へと戻って来た。
「仲間になりたいって?」
愛ちゃんのカレシさんは大きな声で聞き返して来た。
歩夢「はい。仲間に入れてください」
なんか昔見たアニメ映画を思い出すやりとりだ。
愛「歩夢。辞めといた方がいいよ」
愛ちゃんは止めるけど愛ちゃんが何に悩んでいるか知る為にはやっぱり側に居るのが一番良いに決まってる。 「別に良いんだけど。人には向き不向きって物があるんだよ?歩夢ちゃんだっけ?不良は向かないと思うけどなぁ」
愛ちゃんの彼氏さんの隣で煙草を吸っているオールバックの髪型に眼鏡を掛けた細身の男の人が私に言った。
「なんでそんなに俺等の仲間になりたいの?」
彼は鋭い目つきで私を凝視る。
歩夢「愛ちゃんと一緒に居たいからです」
私がそう言うと彼等は大きな声で笑った。私は真面目に言ったのに。思わず顔が赤くなる。 暫く笑った後、愛ちゃんの彼氏さんが
「別に良いんじゃねーの?一緒にいるくらい」
と言ってくれた。
「じゃあ、俺は前田優作。で、このメガネのインテリぶってる奴が中間ヒロシ。先にバイクで帰ったのが鎌田龍二」
歩夢「上原歩夢です。不良はまだ分からないけど勉強します」
我ながら凄い事になったと思う。愛ちゃんは何とも言えない顔をしている。
前田「ハンパな事は禁止だから。何か言いたい事はあるか?」
歩夢「取り敢えず。ここでたむろするのは迷惑になります。私有地ですから」
彼等はまた大きな声で笑った。 それから、私は彼等と一緒に行動する様になったのだ。
意外と言うと失礼な話だけど彼等はそんなに悪さを働いたりはしなかった。(もちろん、未成年者の飲酒や喫煙はいけない事だけど)
それどころか割と早い段階で打ち解ける事が出来た。
ある時、私が彼等の乗っているバイクの名称を言い当てると言う出来事があった。
歩夢「これ、ゼファーってバイクですよね?」
前田「歩夢ちゃんバイク分かるの?」
前田さんが乗っているバイクは以前別の世界のせつ菜ちゃんが乗っていたバイクと同じだった。
歩夢「バイクを好きな友達が居て教えて貰ったんです」
バイクの話をしている時の彼等はいつも目をキラキラと輝かせまるで子供の様だった。 彼等はどこかへ行く時も基本的にバイクで移動する。
前田「俺の後ろは愛が座るから歩夢ちゃんは龍二に乗せてもらいな。ヒロシは女は乗せねーから」
歩夢「そうなんですか?」
私は中間さんに尋ねると
中間「心に決めた女が居るからな」
との事だった。見かけによらず一途な人だ。
前田「こいつμ'sの園田海未が小学生の頃から好きなんだよ」
これは意外だった。まさかここでμ'sの名を聞くなんて。 しかし、違和感があった。このグループの年齢は全員17歳の高校2年生(同い年と聞いた時はビックリした)
で、じゃあ中間さんが小学生の頃から海未ちゃんの事が好きだったと言うのはおかしくないか?
だって、海未ちゃんは同い年のはずなんだから。それともこの世界では歳上なのか?そんな事もあるのだろうか。
そんな事を考えているとバイクのエンジン音が鳴り響いた。
鎌田「乗んねーの?」
歩夢「ごめんなさい。乗ります」
私は急いで鎌田さんのバイクの後部座席に座った。 鎌田さんは私が後部座席に座ったのを横目で確認するとアクセルを開いた。バイクはゆっくりと走り出し次第に加速していった。私は振り落とされない様に鎌田さん腰に手を回した。ほのかに煙草の香りがした。
国道をひたすら走っていると神奈川県に入る。暫くすると潮の匂いがして来て、どこかで見た景色だなと思っていると、なるほど、しずくちゃんの住んでる家の近くを走っていた。
歩夢「気持ちいいですね」
私は呼び掛けても鎌田さんの耳には届かない様だった。仕方ない、風がビュンビュンと鳴って居るのだから。 それにしても風が気持ちいい。彼等と行動を共にして毎日ツーリングに出掛けたり、彼等もそんなに悪い人達じゃないと思うとこんな毎日も悪くないなぁと思い始めて来た。
愛ちゃんだって毎日楽しそうにしている様に見える。
けど、私は思い出す。愛ちゃんの言った言葉。
「一緒に堕ちてくれそうだから」
彼等は不良と呼ばれているけどそうは思えない。彼等もいつかは今を思い出にして大人になって行く様に思える。
じゃあ、愛ちゃんは今何を思っているんだろう。本当に毎日楽しいのか。 後部座席でそんな事を考えていると急にバイクが速度を落とし最終的に止まってしまった。
歩夢「どうしたの?」
鎌田「わかんね。急に止まった」
ちょうど近くにガソリンスタンドがあったので鎌田くんはバイクを押してそこまで運んだ。しかし、前を走っていた愛ちゃん達は私達に気が付かず先に言ってしまう。慌てている私に鎌田くんは
鎌田「大丈夫だよ。ケータイだってあんだし。行き先分かってるし」
と言ってくれた。高校生にしては落ち着いているし頼りになる感じがする。 鎌田「やっぱりオールドバイクはこういう時困んなぁ。キャブか?」
ガソリンスタンドで工具を借りてバイクを直している姿を見ていると素人からすればまるでプロの様だ。私はただ見てることしか出来ない。
鎌田「上原、お前さ。本当はなんで俺達に近づいて来たの?」
鎌田くんはバイクをイジりながら私に尋ねて来た。
鎌田「宮下と一緒に居たいだけって言ったたけど別に俺等の仲間になる必要はねぇだろ?お前真面目だし。本当は他に理由があるんじゃねぇか?」 歩夢「別に。他に理由なんて・・・」
鎌田くんは手に持っていたドライバーからペンチに持ち直すと器用にペンチを使いタンクに接続されたチューブの先に付いているクリップの様な物を外した。
鎌田「宮下から聞いたんだけどお前スクールアイドルやってるらしいじゃん。そんな奴が俺達に近づいてくるなんておかしくないか?」
鎌田くんはなかなか鋭い事を言う。
歩夢「鎌田くんは・・・将来の夢とかあるの?」 私は鎌田くんの質問を無視して逆に質問を返した。すると何がおかしいのか鎌田くんは急に笑い出した。
鎌田「あははは。なんだよ急に」
歩夢「なに?私、何か変な事言ったかな?」
鎌田「上原って朝ドラのヒロインみたいな奴だよな」
朝ドラのヒロイン?某局の朝の連続ドラマの事か。
鎌田「ま〜夢なんて大それたものじゃないけど。バイクに関係する職に就きたいと思ってるよ。だから、あいつらのバイクをいじったりしてるのも勉強かな」
鎌田くんは私が思っている以上に将来へのビジョンがしっかりしていてビックリした。私なんかよりよっぽどしっかりしている。
鎌田「上原はアイドルだろ?」
どうだろう?私はスクールアイドルが好きだけどアイドルになりたいのだろうか? 本当にいい加減なだけの人達なら愛さんもつるまないだろうし 歩夢「将来の事は・・・まだ分からない。今は目の前の事で精一杯かな」
適当にそれっぽい事を言ったつもりだけどこれは本音だ。
鎌田「そうか。だったら宮下の事ちゃんと見といた方が良いよ。あいつはよく分からないけど危ういんだよな」
何か心臓をギュッと掴まれる感覚だった。
歩夢「愛ちゃんとはいつ出会ったの?」
鎌田「二ヶ月前に転校して来たんだよ。クラス一緒でたまたま席が近かったからだよ」 一緒に堕ちてくれそう。愛ちゃんは不良と呼ばれる彼等にその可能性を感じたのだろうか。
鎌田「まあ何にせよ、俺は宮下の事がむかついしょうがないよ」
歩夢「え?」
むかついてる?鎌田くんは愛ちゃんの事が気に入らないの?
鎌田くんは工具を置くと缶コーヒーに手を伸ばした。
鎌田「上原みたいに想ってくれる友達がいるのに世界で一番孤独みたいな顔してさ。優作だってあれでマジに惚れたんだぜ?あいつはこれ以上何を求めるんだよ」
鎌田くんの言葉が私の胸に突き刺さる。だって私は愛ちゃんを拒否した。 歩夢「私、愛ちゃんの事を拒絶したんだよ」
私は以前愛ちゃんとの間であった出来事を鎌田くんに話した。
鎌田「それで上原がキーホルダーを受け取らなかったからあいつはあんな顔してるのかよ?なんだよそれ」
歩夢「この間、愛ちゃんにどうして前田くんと付き合ってるのかって聞いたら。愛ちゃん、一緒に堕ちてくれそうだからって」
鎌田くんはため息を吐きながら下を向くとポケットの煙草に手を伸ばした。 私は鎌田くんに指でバッテン印を作る。けど、鎌田くんはお構いなしに煙草を口に咥えた。
鎌田「違和感の正体が分かったよ。宮下の期待には応えてられない。俺もあいつ等もバカでサイテーかもしれないけど、クズじゃねぇ」
その通りだと思う。だから、それに気が付いた愛ちゃんは新たな場所を求めて彼等の前から姿を消すかもしれない。
鎌田「何がそんなに気に入らないんだろうな」
鎌田くんは口から煙を噴き出すと空を見上げた。 歩夢「龍二くんは良い人だね」
鎌田「え?」
私がそう言うと鎌田くんは空を見上げたまま聞き返して来た。
歩夢「だって龍二くん、愛ちゃんの事ムカつくって言っててもちゃんと心配してるんだもん。でも、法律は守らなきゃダメだめだよ」
鎌田「そうじゃなくて」
龍二くんはそのまま煙草の火を消すとそっぽを向いてしまった。 歩夢「ねえ?照れてるの?」
鎌田「こっち来んな」
きっと照れてるのだろう。私が鎌田くんの向いている方へ回り込むと鎌田くんは俯いてしまう。
そんなやり取りをしていると鎌田くんのスマホが鳴り出した。
鎌田「ちょっと待って、優作からだ」
鎌田くんはスマホを取り出し画面を確認すると通話ボタンをタップした。 鎌田「もしもし。悪い、なんかバイクがかぶっちまったみたいで。あん?なに?宮下が?」
鎌田くんが珍しく大きな声をだした。愛ちゃんに何かあったのだろうか?私は鎌田くんのスマホに耳を寄せる。
『愛のやつ。ちょっと目を離した隙にバイク事どっかいっちまいやがって。免許も持ってないくせ』
前田くんは焦った口調で捲し立てている。
鎌田「いつから居ないんだ?そこに到着したのは20分前なんだな?じゃあ、まだ遠くまで行ってないだろ。ヒロシのスティードで追いかけろよ。俺等も向かうから」
鎌田くんはスマホの通話を切ると急いで工具を片付けてバイクに跨った。
ブルルルン ボボボボ
鎌田「ちっ、調子悪いな」
どうやらバイクはまだ本調子じゃないらしい。 鎌田「歩夢、早く乗れよ」
歩夢「あっ、うん」
急に下の名前で呼ばれたので思わずビックリしてしまった。
私が後部座席に座ると鎌田くんしっかり掴まってろと言いアクセルを徐々に開いていった。
鎌田「せめてスティードの方に乗っていけば良かったのに」
私達はガソリンスタンドを後にした。 愛さんは頭いいから表面上はそう見せなくても内面はすっかり自暴自棄になってるみたいだね 私達は国道134号線を走っている。潮と煙草の香りが風に混ざって匂ってくる。
私は飛ばされない様に後部座席から鎌田くんに抱きつく様にギュッと手を回す。
鎌田「歩夢。カーブでは怖がらずに俺に身を任せろよ」
歩夢「うん」
鎌田くんがそう言うので私はカーブの前でより強く密着する様にした。これだけ強く抱き付くと鎌田くんの鼓動の音が聞こえる様だった。 歩夢「愛ちゃん、追いつくかな」
鎌田「え?なに?」
私は鎌田くんに話し掛けるけど彼ほど大きな声が出ないので風に掻き消されてしまう。
鎌田「歩夢ってさー」
歩夢「何?」
鎌田「歩夢って本当にスクールアイドルやってるの?」
歩夢「駆け出しだけどねーー」
鎌田「そっか。今度さ、歩夢の歌を聞かせてよ」
私はワザと聞こえないふりをした。心臓の音が鎌田くんに聞こえてないか、その時そんな事が凄く気になって仕方なかった。 暫く走っていると鎌田くんのスマホが鳴ったので彼は近くのコンビニを見つけるとウィンカーを出して駐車場へと入った。
歩夢「前田くんから?」
鎌田くんはコクリと頷きながら通話画面をタップする。
鎌田「もしもし。うん。宮下見つかったのか?江ノ島で?」
どうやら、江ノ島で愛ちゃんを見つけたらしい。鎌田くんは分かったと一言言うと通話をやめた。
歩夢「龍二くん、愛ちゃん見つかったの?」
鎌田くんはスマホをポケットにしまいながら説明を始めた。
鎌田「江ノ島で追いついたらしい。宮下が初心者で良かったよ」 そっか、愛ちゃんはバイク初心者だったんだ。と言うか無免許運転ではないだろうか?
鎌田くんは少し飛ばすと言ってヘルメットを再び被るとアクセルを開いた。 2ケツの経験だけでバイクをある程度乗りこなせてしまうのはさすがだ 愛ちゃんは江ノ島にある市営駐車で前田くん達と一緒にいた。
歩夢「愛ちゃん!」
私は鎌田くんのバイクから降りると愛ちゃんの方へ駆け寄った。
歩夢「愛ちゃん!どうしたの?どうして急にこんな事したの?」
愛「ごめん。ちょっとバイクを運転してみたくてさ」
私の問いに愛ちゃんはニカッと笑いながら答えた。もちろん心からではないと思う。 歩夢「嘘だよ。本当の事を言ってよ。再開した時に私に言った事と何か関係あるんじゃないの?」
私がそう言うと愛ちゃんの顔からみるみると笑顔が消えていった。
愛「ウザったいんだよね。ヤンキーのくせにキラキラしちゃってさ」
愛ちゃんの凄く冷たい表情に前田くん達は驚いていた。
鎌田「お前は何が不満なんだよ。普段ニコニコしてるくせに腹の中では何を考えてるか分からなくて気持ち悪いんだよ」
歩夢「龍二くん!!」
私は鎌田くんのストレートな言い様を咎めた。すると、愛ちゃんが私を一瞥して
愛「鎌田っちと随分と仲良くなったんだね、歩夢」
と茶化す様に、でも冷たくいった。 歩夢「愛ちゃんがさっき言った事は本音なの?」
私は愛ちゃんに問いただす。
愛「本音だよ。全部本音」
愛ちゃんの抑揚のない言葉に私は納得がいかない。だって、あの時、困っている私に愛ちゃんは優しくしてくれたじゃない。
歩夢「愛ちゃんは何を考えてるの?何を思って姿を消そうとするの?あの時も私の前から姿を消した」
愛「姿を消したって?万引きがバレて退学になったんだよ。知ってたでしょ?会いたかったとか言ってたけど、だったら会いに来れば良かったじゃん?本音じゃないくせ心配する様な言葉だけ並べないでよ」
私だって会いに行きたかった。でも、その時私はもうこの世界には居なかった。 歩夢「愛ちゃんがさっき言った事は本音なの?」
私は愛ちゃんに問いただす。
愛「本音だよ。全部本音」
愛ちゃんの抑揚のない言葉に私は納得がいかない。だって、あの時、困っている私に愛ちゃんは優しくしてくれたじゃない。
歩夢「愛ちゃんは何を考えてるの?何を思って姿を消そうとするの?あの時も私の前から姿を消した」
愛「姿を消したって?万引きがバレて退学になったんだよ。知ってたでしょ?会いたかったとか言ってたけど、だったら会いに来れば良かったじゃん?本音じゃないくせ心配する様な言葉だけ並べないでよ」
私だって会いに行きたかった。でも、その時私はもうこの世界には居なかった。 歩夢「心配だったよ!!!心配だからこうしてここに居るんじゃない!!!」
私が怒鳴った事に愛ちゃんも他の皆んなも驚いたのかいっせいに私の方を見た。
歩夢「困ってるんなら話してよ。一人で悩んでバカみたい。孤独になんかさせない、どこに行こうと何度でも探し出すよ」
私の言葉に続ける様に鎌田くんが喋り出す。
鎌田「話してみろよ、宮下。話すだけでも何か変わるかもしれないだろ」 すると諦めた様に愛ちゃんは語り出した。
愛「あたしは子供の頃から何でも出来たんだ。運動も勉強もたいして努力しなくてもすぐ一番になっちゃうくらい」
前田「恵まれてるじゃねぇか」
前田くんが口を挟むと愛ちゃんはキッと彼を睨んだ。
愛「何でも出来ちゃうと何をしても楽しくないんだよ?それどころか恨まれる事だってあるし。アタシが参加したばかりにレギュラー落ちした子に恨まれる事もあった」
鎌田「そんなの逆恨みだろ」
愛ちゃんは首を横に振って否定する。
愛「鎌田っちはあの眼を知らないからそんな事言えるんだよ」 愛ちゃんは視線を落とす。
愛「本気で恨めしそうに睨むあの眼を」
愛ちゃんは下唇を噛むと震える様に屈んだ。
愛「だからアタシは部活をするのをやめたんだよ。夢を見るのもやめた。それなのに世間は相変わらず夢を追い続けるでしょ。皮肉だよね、やればなんでも出来るのに」
正直、私は贅沢な悩みだと思った。ふざけるなとも思った。けど、可哀想だと思った。 贅沢な悩みだけど愛さんはある意味誰よりも優しくて繊細なんだろうな でも、可哀想なままじゃいけない。
歩夢「愛ちゃんは何でもなんか出来ないよ。それは自惚れだよ」
私がそう言い放つと愛ちゃんはピクッと眉を顰める。
歩夢「愛ちゃんは自分の出来る範囲で一等賞を気取ってるだけだよ。いや、一番かどうかも怪しいよ。井の中の蛙だよ」
愛「歩夢がアタシの何を知ってるんだよ」
愛ちゃんの怒鳴り声は初めて聞いた。
歩夢「スクールアイドルは?」
愛「は?」
私の言葉に愛ちゃんは一瞬固まった。
歩夢「スクールアイドルをやってみなよ。きっと簡単に一番なんかになれないよ。私だって負けないし」 愛ちゃんは意味が分からないと言った顔をしている。
愛「なんでそうなるの?アタシがスクールアイドルをやりたいなんて言った?」
歩夢「言ってない。でも試してみたら?何も行動しないで自暴自棄になって万引きするよりよっぽど良いと思うよ」
なかなかキツイ事を言ったと思う。
愛「アタシがスクールアイドルなんて。前科だってあるのに・・・」
鎌田「ごちゃごちゃ考えてないでやってみればいいじゃんか。やりたい事なんて意外とそうやって見つかるもんだぜ」
愛ちゃんはいつの間にか握っていた拳を開いて、静かに頷いた。 そして、後日談。
愛ちゃんはスクールアイドルを始めた。なんと愛ちゃんが転校した先の学校には既にスクールアイドル部が存在していたのだ。
愛「やっぱり変じゃないかな?アタシがアイドルなんて」
歩夢「似合ってるよ。ね?」
鎌田「うん。良いんじゃないか?」
私達が褒めると愛ちゃんは照れ臭そうに笑いながら舞台裏へと駆けていった。 私達が居るのは小さな市民ホール。そこで愛ちゃんが所属するアイドルグループのライブが開催されるのだった。
歩夢「結局、落ち着く所に落ち着いたって事だね。やっぱり愛ちゃんはスクールアイドルが似合ってるな」
私が呟くと隣の席の鎌田くんが私に
鎌田「歩夢はいつ歌うの?」
と聞いてきた。そう言えばもう随分と歌って居ない様な気がする。
鎌田「俺は歩夢の歌を聞きたいな」
そう言って真っ直ぐに私を見つめてきた。その視線で火傷してしまいそうだ。 鎌田「あのさ、こんな所で言うのもなんだけど」
何となく鎌田くんの言う事は想像出来た。
鎌田「俺、お前の事を好きになっちまったみたい」
鎌田くんの目は私に答えを求めている。私は正直鎌田くんの事を嫌いじゃない。けれど私は
歩夢「ごめん。気持ちには応えられない」
だって、私はここから居なくなるのだから。 いつも通り扉の前で彼女は私を待っていた。
「良かったの?歩夢だって憎からず思っていたんじゃないの?」
私は首を振る。
歩夢「良かった。もっと好きになる前で」
そうだねと彼女は頷く。 もし、あれが恋心だとして私がそれを抱くのは初めてのはずだった。けれど、頭の片隅に過去にも同じ感情を抱いた記憶がある。相手は・・・侑ちゃん。あり得ない事なのに。この記憶は何なのだろう。そもそも、私の記憶はいつどこの何の記憶なのだろう。何度も疑問に思った事だけど再び私は考える。
考えて考えて私は思い出した。
私はこう言った事を何度も繰り返し行なっている。何度も扉を開けてはその世界に干渉してを繰り返している。
そうだ。だから私は同好会のメンバーの事も侑ちゃん事もμ'sやAqoursと言った他のスクールアイドルの情報も同時に記憶しているのだ。
どうして今まで忘れていたのだろう。 侑と歩夢が繰り返すことになった理由も明らかになってくるのかな 「思い出した?」
彼女の問いに私は頷く。
歩夢「全部じゃないけど。ずっと前から私はこんな事を繰り返していたんだね」
そうだよとだけ言って彼女は歩き出した。私はその後に続いた。 「歩夢先輩聞いてますか?」
歩夢「わあ!!?」
気がつくと私は部室に居ていきなり呼ばれたので思わず大きな声を出してしまった。
歩夢「ごめん、かすみちゃん。なんだったっけ?」
かすみ「やっぱり聞いてない。どうするんですか?あの璃奈って子」
かすみちゃんは机をバンバンと叩きながら喋る。
歩夢「えっと・・・璃奈ちゃんがどうかしたの?」
かすみ「どうかしたじゃありませんよ!何聞いても頷くだけで喋らないし。生徒会長直々のお願いですから面倒見てますけど」
かすみちゃんは明らかにイライラとした口調だった。 かすみ「だいたいせつ菜先輩もホイホイと拾って来て。子犬じゃないんですよ!面倒見るのはいつもかすみんなんですから!」
話がイマイチ把握出来ないでいるけど、こう言うかすみちゃんを上手く転がす方法は知っている。
歩夢「せつ菜ちゃんもかすみちゃんだから信頼して任せられるんだよ」
そう言うとかすみちゃんはまあそうですけどと満更でもない様な表情を浮かべた。やはり、かすみちゃんはどこに居てもかすみちゃんだ。今までで一度もブレがない。 歩夢「それで璃奈ちゃんはどこに居るの?」
辺りを見回しても璃奈ちゃんはどこにも居ない。
かすみ「今日はもう帰りました。居たってどうせかすみんの練習をじっと見てるだけなんだから」
そう言うとかすみちゃんはほっぺを膨らませた。 逆にいえばかすみちゃんがYouTube始めたらどの世界でもかすみルートみたいになってしまう可能性もあるってことか。スクールアイドルやれててよかったな ある程度状況が掴めた所で私はカマをかけてみる。
歩夢「他の皆んなにも協力して貰えばいいのに」
私がそう言うとかすみちゃんは口を尖らせて
かすみ「他の皆んなって誰ですか?しず子は演劇部行っちゃうし、彼方先輩はすぐ寝るし、唯一お願い出来そうな人は帰省中だし。かすみんと歩夢先輩しか居ないじゃないですか!」
と言った。なるほど、同好会の事情は何となく掴めた。
かすみ「可哀想だとは思います。けど、そもそも子供の手に負える内容じゃないんですよ」
なにやらこの世界でやるべき事は私が思っているよりもずっと深刻な事なのかもしれない。 その時、ガチャっと扉の開く音がしてせつ菜ちゃんが入って来た。
せつ菜「確かに私達は子供で未熟ですが、同年代の私達にしか出来ない事もあると思いますよ」
かすみちゃんの弱音とも取れる言葉がタイミングよく聞こえたのかせつ菜ちゃんは入ってくるなりそんな事を話した。
かすみ「やっと来ましたね。遅いですよ」
そう言ってかすみちゃん発言せつ菜ちゃんに詰め寄る。
せつ菜「ごめんなさい。生徒会の仕事が終わらなくて」 ネグレクトは国によっては刑罰対象なくらいだしね
リアルで考えるならかすみちゃんの言うことに一理ある せつ菜ちゃんは自分の経験もあるからまた違った考えがあるんだろうな せつ菜ちゃんはそう言うと結っていた髪をほどいて眼鏡を外した。
歩夢「今回のこの件も生徒会の仕事?」
私がそう言うとせつ菜ちゃんは少し驚いた様な表情をした。私がこんな事を言うとは思わなかったのだろう。けも、もう少し自分が置かれた状況を知りたかったので、そうするには踏み込んで話をするしかないと思った。
せつ菜「生徒会長をやっていなければ彼女が苦しんでいる事にも気が付かなかったと思います。だから、私は生徒会をやっていて良かった」
せつ菜ちゃんはそう言った。目の前で困っている人が居たら手を差し伸べると言う事だ。 かすみ「けど、問題を抱えているのはあの子だけじゃないですよね?この学校にどれだけの生徒がいると思ってるんですか?不登校の生徒だって他にも沢山居ますよ。その全員に手を差し伸べるんですか?」
かすみちゃんの問い掛けにせつ菜ちゃんは頷く。
せつ菜「必要であれば。救えるのであれば一人でも多く私は救いたい」
かすみちゃんの言う事は間違いではないのだろう。それでも、せつ菜ちゃんのその真っ直ぐな瞳にかすみちゃんは根負けした。
かすみ「ちょっと聞いてみただけです。せつ菜先輩がそう言う人だって事は分かってますから。あの子の事はかすみんも出来る限り力になります。それでも、私達に出来る事は限られてると思いますよ」 せつ菜ちゃんはかすみちゃんの手を取りありがとうございますと頭を下げた。
せつ菜「ただ、かすみさんの言う通り事は簡単じゃありません。学校に来れなかった原因がなんなのか分かっていませんから」
かすみ「けど、せつ菜先輩が尋ねて行ったらすんなり来る様になったんですもんね?学校が嫌って訳ではないんですよ」
そうだったのか。璃奈ちゃんは不登校でその原因も分かっていないのか。でも、私は知っている。私の記憶の中の璃奈ちゃんも人知れず悩んでいたから。 これは二人と共有するべきだろう。
歩夢「あの璃奈ちゃんと同じクラスの子から聞いたんだけどね」
かすみ「歩夢先輩一年生に知り合い居たんですか?」
歩夢「あっ、うん。ちょっとしたね」
かすみちゃんの質問を私は適当に誤魔化した。
歩夢「璃奈ちゃんクラスで孤立していたみたい。もちろんイジメとかあった訳じゃないんだけど。感情を表に出すのが苦手な子だから」
二人に私の知っている情報を伝えると
かすみ「それは知ってますよ。それだけじゃないから困っているんじゃないですか」
とかすみちゃんに言われてしまった。 璃奈ちゃんの場合は根本的な解決となるとかすみちゃんの言う通り子供だけでは難しいな しかし、かすみちゃんが言ったそれだけじゃないとはどう言う事なのだろうか?どうやら少し本人から探ってみる必要がある様だ。
かすみ「私にはあの子が何を求めてるのか分からないんですよね」
かすみちゃんはそう言うとその場は沈黙してしまった。 翌日、授業が終わり部室へ行くとかすみちゃんとしずくちゃん、そして璃奈ちゃんが先に部室へと来ていた。
かすみちゃんはホワイトボードの前にしずくちゃんと璃奈ちゃんを座らせて何やら講義らしきものをしている。夢中になっているのか部室に入って来た私には気が付かない。
かすみ「いい二人共!アイドルって言うのは笑顔を見せるのが仕事じゃないんだよ!皆んなを笑顔にするのが仕事なの!だからほら!かすみんを見たらニコニコしなきゃいけないの!」
どうやら、かすみちゃんが二人にアイドルのいろはを教えている様だった。
しずく「かすみさんがやってるのは笑顔の強要だと思うけど・・・」
しずくちゃんが鋭く突っ込む。突っ込まれた事が悔しかったのか下唇を噛むとチラッと私の方を見た。
かすみ「あっ!歩夢先輩来てたんですか!言って下さいよ」
かすみちゃんはしずくちゃんの突っ込みを誤魔化す様に私の側へやって来る。 歩夢「精が出るね」
私は適当にかすみちゃんに言葉を掛けると璃奈ちゃんの隣へと座った。
歩夢「どう璃奈ちゃん?同好会は楽しい?」
璃奈ちゃんはコクリと頷く。
歩夢「そっか。アイドルは好きなの?」
すると璃奈ちゃんは私の方を見て
璃奈「興味は無かったけど今は少し」
と辿々しくではあるけれど答えてくれた。 かすみ「え!スクールアイドルに少しは興味を持ったの!!!」
かすみちゃんは嬉しそうだった。やはり、根っからスクールアイドルが好きなのだろう。
かすみ「これは教えがいがありますね。そうだ!スクールアイドルの歴史から学んでいきましょう!先ずは第一回ラブライブ東京予選でのμ'sの伝説の・・・」
これは長くなりそうだったので璃奈ちゃんの話を聞きたい私はどうにか誤魔化そうとしたけれど、璃奈ちゃんの方を見ると割とちゃんと聞いているので私も黙って聞く事にした。 最初にかすみが名前出してないから愛さんはいないか未所属なのかな かすみちゃんの話は30分くらい続いた。しずくちゃんは少し退屈そうにしていた。
30分ですんだのはせつ菜ちゃんが来たからだ。
せつ菜「何やら楽しそうですね」
てっきり、この手の話にはせつ菜ちゃんも乗ってくるのではと思ったけれど、彼女は手を叩きながら
せつ菜「練習をしましょう」
と言ったのだ。これにかすみちゃんは
かすみ「遅れて来たくせに〜」
と不満気だった。どうもせつ菜ちゃんは昨日今日だけではなくここ一週間練習に不参加だったらしい。
せつ菜「やっと生徒会の仕事が落ち着きました」 かすみ「じゃあ、暫くは同好会の方に集中出来るんですね!」
何だかんだ文句は言ってもかすみちゃんは嬉しい様だ。
せつ菜「では、早速練習の準備をしましょうか。璃奈さんも練習着に着替えて下さい」
璃奈ちゃんはコクリと頷きスクールバックに手を伸ばした。璃奈ちゃんが練習に参加するのは初めての様でこれは良い流れだと思った。けど、一筋縄ではいかないと私の直感が言っている。 璃奈ちゃんはどんな気持ちでかすみんの講義を聞いてたんだろう この日の練習は璃奈ちゃんが初参加と言うこともあり基礎体力向上を目的としたランニングと筋トレがメインだった。
かすみ「もっと歌って踊る練習がしたいです〜」
地味な練習が嫌いなかすみちゃんは不満そうだった。
璃奈ちゃんはと言うと体力は無いものの(私も人の事は言えないけど)言われるまま素直に練習メニューに取り組んでいた。
しずく「璃奈さん大丈夫?キツくない?」
璃奈「うん。大丈夫」
必要最低限ではあるけれどコミュニケーションも取ろうとはしている。後は時間に任せれば解決するのか? それから一週間。璃奈ちゃんは毎日練習に参加した。
やはり、一緒に汗を流すと言うのは抜群の効果があるらしくこの一週間で璃奈ちゃんは同好会のメンバーと仲を深めていた。
かすみ「これならもっと早く練習に参加させれば良かったですね」
休憩中にかすみちゃんがそう呟いていた。
私は隅の方でスポーツドリンクを飲む璃奈ちゃんの隣に座る。
歩夢「もうだいぶ皆んなとも仲良くなれたかな?」
私が璃奈ちゃんにそう言うと
璃奈「同好会の皆んな良い人ばかり」
と呟く。 歩夢「そうでしょう」
と私は返す。璃奈ちゃんは遠くを見つめたまま
璃奈「私は皆んなの優しさに甘えるだけ。自分から思いを伝えた事は一回もない」
と言ったのだった。今思えばこれは璃奈ちゃんからの私達へのSOSだったのだろう。 璃奈ちゃんの問題は根深いしカウンセラーでもない歩夢達がクリア条件満たすのは大変そうだね 翌日の事だった。この日は基礎練から少しずつダンスの練習を再開していた。
せつ菜「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー」
手を叩く音が辺りに鳴り響く。同好会には顧問やコーチが居ないのでせつ菜ちゃんが先陣を切って練習を仕切ってくれている。
この世界の同好会では私が今まで所属していた同好会とは違って「ラブライブ」と言う、謂わばスクールアイドルの甲子園と呼ばれる大会で優勝を目指していたのだ。
せつ菜「彼方さんテンポが遅れてる。かすみさんもう疲れましたか?」
せつ菜ちゃんはなかなかスパルタでかすみちゃんはブーブー言いながら練習をしている。 せつ菜「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー」
璃奈「あっ!!?」
せつ菜ちゃんの手拍子に合わせてターンをした時に璃奈ちゃんはバランスを崩しその場に倒れてしまった。
せつ菜「璃奈さん大丈夫ですか!!!」
慌てて皆んなが駆け寄ると璃奈ちゃんは大丈夫と言って立ちあがろうとした。しかし、転倒した際に足を捻ったらしく上手く立ち上がれない様だった。
すかさず、せつ菜ちゃんが肩を貸すと保健室へと向かった。 ラブライブ目指すことにした世界か
繰り返すたびに世界自体も広がっていってる感じがする かすみ「りな子、大丈夫かな?」
かすみちゃんが口にする。他の皆んなも心配している様だった。本当だったら皆んなで保健室へ行きたい所だったけど大勢で行くとかえって邪魔になってしまうので私達は部室で待機していた。
璃奈ちゃんとせつ菜ちゃんが帰って来たのはそれから30分後だった。せつ菜ちゃんいわく
せつ菜「軽い捻挫で骨に異常は無さそうです」
との事だった。璃奈ちゃんは練習が中断してしまった事に引け目を感じたらしくその場で頭を下げた。 璃奈「ごめんなさい。迷惑を掛けて。ごめんなさい」
璃奈ちゃんは何回も謝っていた。場の空気を和ませようとかすみちゃんが
かすみ「そんなに謝らなくていいんだよ。悪いのはスパルタ過ぎるせつ菜先輩なんだからぁ。ね〜?」
とせつ菜ちゃんの方を指差して冗談を言ったのだったけど、努力虚しく余計に場は冷えてしまった。
せつ菜「怪我は大した事はありませんでしたが暫く安静にしてましょう。ご両親にも私の方から謝罪のご連絡をしたいと思うのですが」
せつ菜ちゃんがそう言った時、璃奈ちゃんはその場に座り込んでしまった。 璃奈ちゃんは座り込んで顔を伏せたまま喋り出す。
璃奈「連絡なんて付かないよ」
歩夢「え?」
一瞬何の事か分からず思わず聞き返した。
璃奈「うちの両親は仕事が忙しいの。自分の子供が不登校になっても気が付かないくらい」
璃奈ちゃんの言葉にその場に居る誰もが何も言う事が出来なかった。 璃奈の場合は親にも親の事情があるというレベル超えてるしな 私は、いや、私達は思い違いをしていた。璃奈ちゃんが抱えていた問題は私達が思っているよりももっと根深いものだった。
思っても居ない状況にかすみちゃんは涙を流している。
璃奈ちゃんの近くに居たせつ菜ちゃんが彼女を抱き寄せた。
せつ菜「ごめんなさい。璃奈さんが何に苦しんでいるか全く分かって居ませんでした」
璃奈ちゃんは首を横に振る。 せつ菜「私は璃奈さんの味方です。ずっと味方で居ます」
せつ菜ちゃんは強く璃奈ちゃんを抱きしめる。
璃奈「頭の中では分かってるの。お父さんもお母さんも家族の為に仕事を頑張ってるって。でも、夜一人でご飯を食べてる時に思うの。・・・居て欲しい時にいつも居ない。どうして私の家だけ違うの、それが辛いし悲しい・・・」
初めて璃奈ちゃんは本音を話してくれた。涙は流さなかったけどきっと心では泣いているはずだった。 何も出来ないのが歯痒い。どうすれば良いのかも分からない。ただ、黙って話を聞いたあげる事しか出来ない。私はなんて無力なんだろう。
あの時かすみちゃんが言った言葉が今更になって頭の中をグルグルと駆け回る。
私達は無力で子供だ。 もう誰も喋らない。ずっとただ沈黙が続いている。
そんな沈黙を破ったのは意外な人物だった。
ランジュ「だったらラブライブで優勝するしかないんじゃない?」
虹ヶ咲学園の理事長の娘、鐘嵐珠だった。意外な人物の登場に皆んな驚いている。
かすみ「ど、どなたですか?」
かすみちゃんがランジュちゃんに尋ねる。どうやら、皆んなランジュちゃんの事を知らない様だった。 ただ、せつ菜ちゃんだけは知っている様だった。
せつ菜「この方は鐘嵐珠さん。虹ヶ咲学園の理事長のお子さんです。私が生徒会の仕事で忙しかったのは彼女の転入絡みで・・・」
せつ菜ちゃんがそう説明するとランジュちゃんは胸に手を当てて
ランジュ「そう。私は鐘嵐珠よ。私が来たからにはラブライブ絶対優勝するわよ!」
と今までの空気を無視する様にハイテンションで話し始めた。 それに納得いかないかすみちゃんが
かすみ「いきなり来て何なんですか?今それ所じゃないんですよ」
と文句を言う。ランジュちゃんはやれやれと言った様肩をすくめると
ランジュ「それ所じゃないですって?ここは何?スクールアイドル部でしょ?」
とかすみちゃんに対して言い放つ。かすみちゃんも他の皆んなもいきなり現れて自分勝手に話す彼女に不快感を示していた。
しかし、ランジュちゃんはそんな事は意に返さない。
その場に座り込んだ璃奈ちゃんに向かって
ランジュ「これから練習はもっと厳しくなるんだから悩んでなんていられないわよ。心の隙間なんて忙しくて直ぐに埋まっちゃうんだから」 普通のやり方じゃ解決の糸口も見えないからランジュみたいな強引なタイプが来るといいのかも 璃奈ちゃんは顔を上げてランジュちゃんを見つめる。
ランジュ「まあそれにラブライブで優勝すれば一躍有名人よ。両親にだって嫌でも届くわ」
璃奈「うん」
ランジュちゃんの言葉を受けて璃奈ちゃんは小さく頷いた。
ランジュ「じゃあ早速練習よ!」
かすみ「なんで勝手に仕切ってるんですか!」
根本的な解決は私達には出来ないかもしれない。私達に出来る事は璃奈ちゃんの心の隙間を埋めてあげる事だけ。それに私達はスクールアイドルだ。思いを乗せて歌うが出来る。それがいつか両親の心に届くかもしれない。
璃奈ちゃんの表情は心なしか少し晴れている様な気がした。 いつも気がつくと私はこの場所に戻って来ている気がする。
歩夢「私、璃奈ちゃんの力になれてないんだけどな」
私が呟くと目の前にいる彼女は
「そんな事ないよ」
とだけ言ってくれた。その言葉でどれだけ救われるか。
「さあ、歩夢。次でひと段落なんだけど」
歩夢「うん」
私は小さく頷いた。 侑「違うよ。私が歩夢に話したいのはもっと先の」
歩夢「いやぁ」
目の前で私が侑ちゃんを押し倒している。
歩夢「お願い。私だけの侑ちゃんで居て」
侑ちゃんの足に自分の足を絡めながらそう呟く。
この場面を見せられるのはなかなかツライ。と言うかこれはどう言った状況なのだろう。 あまり何もしてないけどこれはこれで後味いいかも
最後?は歩夢自身か 目の前に居る私と侑ちゃんは私の存在に気が付いていない。私は目のやり場に困り顔を背けると視線の先に侑ちゃんが居た。
侑「あはは。なかなか言葉に困る現場だね」
私は再び視線を元に戻す。その先には私に押し倒されている侑ちゃんが居る。
侑「初めてのケースだね。私と歩夢の存在が見えてないんだ」
冷静に現状を口にする侑ちゃん。それに比べて私はとてもじゃないけど冷静ではいられない。穴があったら入りたい状況だ。 侑「見えないだけで物に触れたりはするみたいだね」
侑ちゃんは部屋に置いてあったピアノの鍵盤に触れた。ポロンとピアノの音が部屋に鳴り響く。
歩夢「ちょっ、侑ちゃん!!?」
侑ちゃんの大体な行動に私は思わず大きな声を出してしまった。 それを見て侑ちゃんはケラケラと笑っていた。目の前の二人、仮にアユムとユウとして彼女達には聞こえていなのか反応はない。二人はそのまま動かない。
私の足元にはユウのスマホに重なる様にしてアユムのスマホが落ちている。突然、ピロリンとスマホが鳴った。
ユウ「どいてアユム」
アユムは無言で立ち上がると床に落ちているスマホに手を伸ばした。
アユム「お母さんからだ。今日はもう・・・帰るね」
そう言うとアユムはそのまま部屋を出て行った。 部屋に取り残されたユウは天井を見つめたまま動かない。
侑「何を考えてるんだろうね」
侑ちゃんは呟いた。
歩夢「なんでさっきあんな事したの?」
と私が侑ちゃんに尋ねると
侑「キッカケが欲しいかなと思ったんだ」
との事だった。侑ちゃんの言うキッカケとは先程のスマホの着信と同じ意味なんだろう。 あの時、私からは見えていた。鳴ったのはアユムのではなくユウのスマホだった。
侑「何があったんだろうね?喧嘩したのかな?」
侑ちゃんはもう一人の自分を見つめながら言った。
侑「そう言えば私と歩夢は喧嘩もした事なかったね」
言われてみれば確かに侑ちゃんとは喧嘩らしい喧嘩をした事はなかった。意見が違えても何となくどちらかが先に折れていた。
歩夢「喧嘩には見えなかったけど。それでもよっぽどの事があったのかな」
そうじゃなきゃ、大好きな幼馴染の前から逃げる様にその場を去るなんて事はしないだろうから。 その後、私と侑ちゃんも部屋を後にした。と言うのも流石にあの部屋で過ごすのは侑ちゃんとしても避けたかった様だ。同じ様に私も私の部屋で過ごすのは避けたいので私達は今晩の寝床を探す事にした。
なんとなく学校の方へ向かいながら二人で歩いている。侑ちゃんは何か考えている様な表情をしている。
歩夢「そう言えば。この世界の侑ちゃんはピアノを弾くんだね」
私が何気なくそんな事を言うと侑ちゃんは
侑「そうだね。ピアノ弾けるんだね、私」
と言った。 姿どころかピアノの音も聞こえないようなら今までの世界とは関わり方が全く違ってきそう この世界のユウちゃんがピアノを始めたキッカケはなんなのだろう。私はそれが凄く気になっていた。いくら考えても答えは出ないのだけど。
グゥ〜。
考え過ぎてエネルギーを使い過ぎたのかお腹が鳴ってしまった。
侑「あはは。お腹空いた?」
侑ちゃんは笑うので顔が熱くなってしまう。
侑「ちょっとコンビニでも寄ってみようか」 私達は近くのコンビニに立ち寄る事にした。
テレテレテレ〜テレテレテ〜。
自動ドアが開くと同時に店内に軽快なメロディが流れ、それに気がついた店員がやる気がなさそうにいらっしゃいませと口にする。
侑ちゃんは先に店内に入ると買い物カゴを手に取った。
歩夢「待って侑ちゃん」
私は侑ちゃんを引き止めた。違和感を感じたからだ。
侑「どうしたの歩夢?」 侑ちゃんは特に気にしてないみたいだ。
歩夢「あのね。あの店員さん、私達を見ていらっしゃいませって言ったよ」
侑ちゃんは一瞬考え様な素振りを見せた。
侑「それって私達の事が見えてるって事?」
そう。私はてっきりこの世界では私達の姿は誰にも見えないものだと思っていた。
歩夢「姿が見えないのはこの世界の私達だけって事かな?」
私がそう言うと侑ちゃんは右手の親指で唇に触れる素振りをする。
侑「こうなって来るとそれも分からないね。変に決めつけずに進捗にいこうか」
侑ちゃんの言う通りだろう。 他の人からはそっくりさんがいるように見えるのかな
それもそれで怖い 侑「ここからは常に周囲に気を付ける事を心掛けよう」
侑ちゃんは店内を歩きながら適当に買い物かごに商品を入れていく。
侑「やっぱり売ってる商品も違うんだね。こんなの初めて見るもんね」
侑ちゃんがスイーツを手に取って私に見せて来るので私もそれに気が取られてしまった。
ガタッ。侑ちゃんの持っていた買い物カゴが何かに触れて地面に落ちた。どうやら他のお客さんと接触した様だ。
「ごめんなさい」
聞き覚えのある声。言ったそばから私達は気を抜いていた。
栞子「大丈夫ですか?」
私達は栞子ちゃんと出会ってしまった。 彼女は落ちた商品を買い物カゴに戻すとそれを侑ちゃんに渡した。
栞子「本当にごめんなさい」
再三頭を下げた後、私と数秒目が合った。
侑「大丈夫。気にしないで。ごめんね」
侑ちゃんがそう言うともう一度だけ頭を下げて栞子ちゃんはカウンターへと向かって行った。
侑「今の栞子ちゃんだったよね?」
侑ちゃんは小さな声でそう言った。
歩夢「うん。目が合ったけど私達の事知らないみたいだね」 アニガサキ世界にも栞子いること確定したからな
ここがそうかはわからないけど この世界の私達は栞子ちゃんと出会って居ないのだろう。
侑「栞子ちゃんで良かったね。私達の事知ってる相手だったら面倒な事になってたかも」
侑ちゃんがそう言うと私は頷いた。
侑「ところで歩夢・・・」
侑ちゃんの声のトーンがやけに低い。
侑「私、財布持ってないけど・・・歩夢は?」
私はゆっくりと自分の体を見回す。私も財布を持っていなかった。それどころか何も持っていない。 今までの世界ではその辺ふわっとしてたけどどうにかしてたんだな 歩夢「私も持ってないよ。それどころか携帯もないし」
侑ちゃんは買い物カゴの中身を棚に戻すとため息を一つこぼした。
侑「今までもこんな事はあった?」
考えてみると今まではその世界の私になりかわっていたり、何故か気がつくとスクールバックを持っていたりした。
困ったねと侑ちゃんは苦笑いしている。本当に困ったもので意識すると余計にお腹が空いてくる。コンビニの時計をチラッと見ると短針は9を指している。 侑「結構困った事になったね」
侑ちゃんの額に薄らと汗が流れている。私はハンカチを差し出そうとしたけど持ち合わせていない。空腹も数時間なら耐えられるだろう。けど、それ以上は生死に関わる。一瞬良からぬ事が頭を過った。それはダメだと自分に言い聞かせても命には変えられないと心の中で本音を叫ぶ。チラッと侑ちゃんを見ればいつの間にか深刻そうな表情に変わっていた。
軽快な音楽が流れる店内で私と侑ちゃんは見るからに怪しい異様な空気感をさらけ出している。不幸中の幸いだったのは店員さんがやる気の無さそうなバイトだった事。
そんな私達を我に返したのは買い物を終えた栞子ちゃんだった。
栞子「あの・・・大丈夫ですか?」
彼女は心配そうな顔をして私達の元に駆け寄って来た。 さすが栞子ちゃん
でもこの世界で怪我したり亡くなったらどうなるんだろう 同世代とはいえ知らない子達に手助けするために声をかけられるのは勇気がある ただ、私達は不意の声掛けに何も答えられず数秒固まってしまった。そんな私達の様子を見て心配そうに私達を見ていた顔が段々と訝しげな表情へと変わっていった。それを見てまずいと思ったのか
侑「あ、あの・・・栞子ちゃん、これは・・・」
と侑ちゃんが彼女の名前を口にすると栞子ちゃんはいつしか怯える様な表情を見せた。侑ちゃんの顔にはしまったと書いてある。私はなんだか既視感を覚えていた。
栞子「どうして私の名前を知っているんですか?」
勇気を振り絞る様に栞子ちゃんは侑ちゃんに尋ねた。
侑「そりゃあうちの学校じゃ有名人だもん。あの名門三船家の御令嬢だし」
侑ちゃんはなんとか言い訳振り絞るも努力虚しく栞子ちゃんの表情はまだ強張ったままだ。
よく見ると栞子ちゃんはまだ制服姿でこんな時間まで何をしていたのだろうか。 普通なら名前知ってるだけなら下の名前呼びじゃなくて三船さんだろうしね 歩夢「学校帰りなの?」
私が尋ねると栞子ちゃんは一瞬私を見たが答えてくれない。警戒されている様だ。それどころか彼女は少しずつ後退りを始めた。
歩夢「待って栞子ちゃん。私達別に怪しい人間じゃないの」
いかにも怪しいセリフを言ってしまった。
栞子「栞子ちゃんなどと呼ばれる間柄ではないと思いますが」
もう完全に私達の事を怪しい人物だと認識している。こうなったらあの時と同じ事をするしかないと思った。
歩夢「分かった。全部話すから聞いて」
栞子「え?」
私がそう言うと栞子ちゃんは足を止めた。侑ちゃんも驚いた顔で私を見ている。
歩夢「取り敢えず店内は迷惑になるから一回外に出ない?」
そんな怪しい人物からの提案を栞子ちゃんは渋々受け入れてお店の外へと出た。 栞子「ここで話しましょう」
栞子ちゃんは店の外へ出るとわざわざ場所を指定した。栞子ちゃんは誘う様に視線を店の軒下へと向けた。
栞子「それで?全部話すとは?」
侑ちゃんが心配そうに私を見つめている。
歩夢「私は上原歩夢。こっちが幼馴染の高咲侑ちゃん。単刀直入に言うね。私達は別の世界からやって来たの」
私がそう言うと栞子ちゃんはキョトンとしていた。予想の斜め上だったのだろう。 相変わらずこの歩夢ちゃんは度胸があるというか思い切りが良すぎる 栞子「言いたい事がよく分からないのですが」
当然の反応だろう。信じろと言う方が無理がある。
歩夢「言葉の通りだよ。私達はこの世界を変える為に他の世界からやって来たの」
私が説明を続けると栞子ちゃんの顔は次第に引き攣っていくのが分かった。
栞子「申し訳ありませんがそう言った話なら私は結構ですので」
栞子ちゃんは今にも帰りたいそうにしている。私達に声を掛けた事を心底後悔しているのだろう。 ここからどうやって栞子ちゃんの信頼を勝ち取る事が出来るだろうか。次の言葉を考える私の横で侑ちゃんが口を開いた。
侑「いきなり変な事言ってごめんね。こんな話を信じろと言う方が無理だと思う。けど、歩夢の言った事は本当なんだ」
侑ちゃんがそう言っても栞子ちゃんの表情は変わらない。
侑「証明させてくれないかな?」
栞子「証明?」
侑ちゃんは栞子ちゃんの目を真っ直ぐと見つめる。
侑「明日の学校で会えないかな?そうだな・・・昼休みに屋上でどうかな?」 何歩か引いた提案を侑ちゃんは提示したがそれでも栞子ちゃんの表情は変わらない。完全に私達を怪しい人物だと認識している。
栞子「ごめんなさい。もう帰らないといけないので」
歩夢「待って栞子ちゃん」
引き留め様とした私の腕を侑ちゃんが掴んで止めた。
侑「もう夜も遅いもんね。ごめんね」
栞子ちゃんは逃げる様に帰っていった。 栞子ちゃんを見届けるとくるりと侑ちゃんが私の方を向いた。
侑「なんであんな事を言ったの?」
侑ちゃんの問い掛けに一瞬間を開けて私は答える。
歩夢「別の世界でね同じ様に栞子ちゃんに正直に打ち明けた事があったの。その時は上手く信じて貰えて」
私がそう言うと侑ちゃんは、そっかとだけ呟く。私は頷く。
歩夢「けど、今回はベストなタイミングじゃなかったよね。前の時はもう一人の私を栞子ちゃんと目撃したり、そう言う事もあったから信じて貰えたの。なのに、ごめんね、先走っちゃって」
侑ちゃんは少し笑いながら私の頭に手を置いた。
侑「気にしない。そもそもは私が先に墓穴を掘ったんだからさ。それよりも今日の心配をしよう」
侑ちゃんは私の頭を撫でた後くるりと回り歩き出したのだった。 私も後を追いかける様に歩きだした。ただ、特に目的地もない。お金もなければ寝床もない。何だか喉も渇いた。今は夏の様で汗も気持ち悪い。セミの鳴き声が耳障りだ。
侑「家に戻るにしても鍵もないもんね。学校も開いていないだろうし」
その時、ふと私は閃いた。
歩夢「寮はどうかな?もし、果林さんやエマさんが私達と面識あれば泊めて貰えたりしないかな?」 こっちの自分達と同時に見られなければ短期間ならどうにかなりそうか 私が言うと侑ちゃんは歩くのをやめて振り返る。
侑「それって危ないと思うよ。今日をやり過ごせたとしたって明日には違和感に気がつくよ」
侑ちゃんの言いたい事は分かる。リスクもあるだろう。
歩夢「私は案外大丈夫だと思うよ。次の日、果林さんやエマさんがこの世界の私達と会って違和感を覚えたとして、まさか別の世界の私と侑ちゃんが居るなんて思わないよ」 口裏合わせとかできないしすぐばれると思ったけど確かに歩夢ちゃんの言う通りだね。普通はそんなこと考えもしない 侑ちゃんは目を瞑って何かを考えている様だった。
侑「手をこまねいて居ても仕方ないもんね」
そう言って再び歩き出す侑ちゃんの後を私は追いかけた。侑ちゃんの背中を眺めながら私はこれからの事を考えていた。 虹ヶ咲学園寮。ここには滅多に来る事はない。私達は受付でエマさんか果林さんを呼び出して貰おうと思っていた。しかし、受付には誰も居ない。
侑「この時間だと受付の人も居ないみたいだね」
広いエントランスで呆然と立ち尽くしているとエレベーターが開いた。エレベーターには寮生が乗っていた。エレベーターから降りてくるとこれはチャンスだと言わんばかりに侑ちゃんが話しかける。
侑「こんばんは。少し良いですか?」 いきなり声を掛けられた寮生の彼女は驚いていた様で少し身体を退け反らした。
侑「いきなり話しかけてごめんなさい。ここの寮生で朝香果林さんとエマ・ヴェルデさんって居ると思うんですけど。二人が何号室かご存じありませんか?」
彼女は少し戸惑った表情だったが、侑ちゃん越しに私と目が合うと何か納得した様だった。
「あ〜あなた達スクールアイドルの。連絡つかないの?」
侑ちゃんはスマホの充電が切れて連絡取りたくても取れないと嘘を吐くと寮生の彼女は何も疑わずに部屋番号を教えてくれた。 どうやらこの世界では二人とも三階に住んでいるらしい。私達は寮生の彼女にお礼を告げるとエレベーターへと乗り込んだ。
エレベーターは学生寮の物とは思えない広さで随分と居心地が悪い。侑ちゃんが室内のボタンを押すと扉が閉まり始めた。エレベーターの扉越しに先程の寮生の彼女が私達に向かって小さく手を振っていた。
ほんの数十秒前まで警戒していたのに、少し素性が分かっただけでこうも簡単に人間は安心してしまうのだ。現に私達は嘘を吐いている。まあ別に悪さを働こうと言う訳ではないけれど。
エレベーターは一回動き出すと途中で停止する事なく三階まで私達を運んでくれた。 セキュリティ的にどうなのと思ったけどスクールアイドルの知名度のおかげだな エレベーターから降りると侑ちゃんが
侑「どうしようか?どっちの部屋を訪ねようか?」
と聞いて来た。正直どちらでも良かったのだけれど喋りながら歩いているうちにエマさんの部屋の前に着いてしまったので、私達はエマさんの部屋を訪ねる事にした。
寮とは名ばかりで殆どマンションと変わらない。部屋にはそれぞれインターホンが設置されている。侑ちゃんはインターホンを押しすと暫くしてそのスピーカーからエマさんの声が聞こえて来た。
エマ「あれ、侑ちゃん、歩夢ちゃん?どうしたの?」
インターホンのカメラから私達の姿を確認したらしい。
侑「こんばんは。ちょっとお願いがあって来ました」
侑ちゃんがそう言うと玄関に近づく足音とチェーンと鍵が解除される音がして扉がゆっくりと開いた。 中からエマさんがひょっこりと顔を出す。
エマ「ビックリしたよ。来るなら連絡くれれば良かったのに。取り敢えず中に入って」
エマさんの手招きに導かれて私達は部屋の中へと入っていった。
エマ「適当な所に座って。麦茶でいいかな?」
私達はエマさんが用意してくれた座布団に腰掛ける。侑ちゃんが小声で
侑「エマさんと顔見知りで良かったね」
と言った。侑ちゃんは栞子ちゃんの様なパターンを危惧していたのだろう。 あとで怪しまれる以前に今までの世界だとほとんど交流のないパターンも多かったから実は結構な賭けだった気も エマさんは麦茶の入ったコップをお盆にのせて運びならが
エマ「よく入って来れたね」
と言った。私はコップを受け取って
歩夢「ちょうどエントランスで寮生の人と会ったので部屋番号を聞いたんです」
と説明するとエマさんは少し不思議そうに顔をした。
エマ「エントランスにも鍵がないと入れないと思うけどその子に入れて貰ったの?」
私達は首を横に振る。エントランスへは特に何をする事もなく入る事が出来たからだ。そう説明するとエマさんはそれ以降特に気に留める様子もなかった。 2人にはクリアのために良い意味でご都合が機能するのかもしれないね しかし、私はこんな都合の良い事があるのだろうかと気になっていた。今回だけじゃない。思えば今までも私にとって都合の良い様に出来事は多々起きている。
偶然と言ってしまえばそれまでだけど、そんな偶然が何度も起こるのだろうか?
エマ「それでお願いしたい事って何?」
エマさんは改めて私と侑ちゃんに問いかける。
侑「えっと、私と歩夢を今晩泊めて貰えませんか?」
侑ちゃんがそう答えるとエマさんは
エマ「私の部屋に?どうして?泊めるのは全然構わないんだけど何かあったの?」 そもそも世界を渡り歩くこと自体が普通はあり得ないことだしな 当然だけれど理由を聞かれた。親と喧嘩して、そんな事言えばエマさんは心配をするだろし下手したら大事になるだろう。そんな事を考えながら横目で侑ちゃんを見る。
侑「いや〜実はうちの親と歩夢の親が一緒に旅行に行ってて二人で留守番してたんですけど、調子乗ってホラー映画なんて観ちゃったから怖くなっちゃって。こうしてエマさんの所を尋ねたんです」
よくそんな作り話がペラペラと出て来るなと思ったし、穴だらけじゃないかなとも思った。
だから案の定
エマ「だったら連絡してくれれば良かったのに。それに手ぶらだよね?」
とエマさんに突っ込まれしまった。 侑ちゃんは固まっている。もちろん何か理由を考えているんだろうけど沈黙が長くなればそれだけエマさんに不信感を抱かせる。なんとか言い訳をしなければと
歩夢「その・・・私と侑ちゃんの住んでるマンションはオートロックなんですけど鍵を忘れちゃったから締め出されちゃって」
と重ねて穴だらけの嘘を吐いてしまった。当然エマさんは
エマ「じゃあ部屋の鍵は開きっぱなしだよね?それ危ないと思うよ」
と言われてしまった。もうこうなってしまったら何を言っても不自然だろう。私達は二人して黙ってしまった。 そんな私達を見てエマさんは優しい微笑むと目を細めて
エマ「分かった。何か訳があるんだね。何も聞かないよ。二人が真面目で良い子だって事は知ってるから」
と言ってくれた。まさにエマさんが天使に見えたのは言うまでもなく私達は立ち上がって頭を下げたのだった。
しかし、エマさんの部屋のベットはダブル三人で寝るには少し狭かったのでエマさんは果林さんに連絡して侑ちゃんが果林さんの部屋に泊めてもらう事になった。(当然、果林さんにも経緯を説明したがエマさんと違って渋々と言った感じだった) 侑ちゃんが思い切りがいいのか冷静なのかよくわからないな 私と侑ちゃんは着替えや歯ブラシ等も用意して貰い、夕飯もご馳走になった。
夜中、エマさんのベットで二人で横になっているとエマさんが
エマ「明日は一度家に帰るんだよね?」
と聞いて来た。確かに手ぶらで来ているのだから一度家に帰らないと不自然だ。制服も無いし登校できない。
エマ「練習は8時からだけど私は果林ちゃんを起こさなきゃいけないから5時に起きるの。歩夢ちゃんもその時間で平気?」
私は大丈夫と応える。練習は8時から。私はこの世界では朝練は8時からなんだと思っていた。けれど違った。今は夏休みだったのだ。この時、私はまだその事に気が付いていなかった。 日付のチェックとか基本そうだけど怠ってるのは今までそこまで気を付けなくても
クリアできてたからなんだろうな 次の日、早朝にエマさんが起き上がる音で私も目覚めた。部屋の時計に目をやると四時半を示している。おはようございますとエマさんに挨拶をすると
エマ「あっ、おはよう。起こしちゃったね」
と申し訳なさそうに言った。
エマ「身支度したら果林ちゃんを起こしに行くけど歩夢ちゃんはどうする?」
と聞かれ私は少し考えて
歩夢「私も侑ちゃんを起こしたら一度家に戻ります」
と答えた。エマさんは流しに向かいポットに水を入れた。
エマ「歩夢ちゃんも朝は早いの?」
そう聞かれたので私はいつもはもう少し遅いと答える。エマさんはそうなんだと答えるとインスタントコーヒーの粉をカップに入れた。 私はエマさんとコーヒーを飲みながら少したわいもない話をして時間が経つのを待った。意外と言うか違う世界の者同士でもやはり友達だから話ははずむ。
6時になる頃には二人とも身支度を終えて侑ちゃんと果林さんを起こしに部屋を出た。エマさんは果林さんの部屋の合鍵を持っていて自由に出入りする事が出来る。部屋に入るとやはり二人ともまだ寝ていた。
侑ちゃんはすんなり起こす事が出来たけど大変だったのは果林さん。なかなか起きないし、起きた所で動かない。低血圧なのだろうか。 果林さんが完全に動ける様になったのはそれから30分以上経った時だった。私達が寮を出るのは更にそれから30分後の7時。急いで家に帰って準備してなんとか8時の練習に間に合う時間。
きっと、この後の練習に悠然と部室を訪れる私達を見てエマさん達は驚くのだろう。(それどころか二人より先に部室に居るかもしれない)そして、噛み合わない会話を繰り広げるのだろうと想像すると少し申し訳なくなった。 普段なら噛み合わないでは済まないだろうけど
今はそれどころじゃなさそうなのが救いかな 学生寮から自宅へ戻る最中、細心の注意を払いながら私達は歩いていた。下手したら自分達と鉢合わせになるかもしれないから。ただ、その後のアユムとユウがどうなったのか確認はしたかったのでリスクはあるけれどワザと通学路を歩いていた。
侑「普段あれだけ冷静に振る舞っていても、いざ不都合が訪れるとパニックになるものだね。場数をこなして慣れたつもりだったけど。準備不足でその場しのぎ。そのうち痛い目に遭いそうだな」
歩きながら侑ちゃんは昨日の反省をしている。
歩夢「準備って言っても何もない状態から始まるんだし。あのままじゃどこかで倒れてたかもしれないよ」 その可能性は大いにあったのだから今はこうして元気よく歩けている事を良しとしなければ。
そんな事を考えていると前の方から見覚えのある二人が歩いて来るのが見えた。この世界の自分達だ。
侑「やっぱり来たね」
私と侑ちゃんは絶対に見つからない様に近くの建物の柱に身を隠した。前から歩いて来る二人の間に会話はなさそうだった。ユウは遠くを見つめ、アユムは俯きながら歩いている。
ただ、セミの声が煩い。この日は朝から酷く暑かった。 2人が動いた結果違う展開になっていくのか知ってるエンドに向かっていくのか楽しみ 二人の背中を見送り私達は自宅へと向かった。私達のマンションはエマさんに話したと通りオートロックだ。ただ、本当はマンション内に入るのに鍵は必要なくて、私はエントランスに設置された機械のテンキーに暗証番号を打ち込んだ。もしかしたら、この世界では暗証番号が違うかもしれないと思ったけど、それは取り越し苦労で済んだ。
私達はそれぞれ自宅へと一度戻った。当然、母親と顔を合わす事になったけど、忘れ物をしたと説明したからか特に何を疑われる事もなかった。(ただ、なぜ私服姿なのかは聞かれたけど)
私は自室(と言っても私の部屋ではないけれど)に戻ると昨日からずっと着ていた服を脱ぎ、クローゼットの中の服を手に取った。やっぱり、服の趣味は一緒でどれも似た様な服を持っていた気がする。
着替えを終え、勉強机へ向かうと私はそこ置いてある貯金箱に手を伸ばす。
歩夢「ごめん、私。ちゃんと返すから」
と呟いて私は中身を少し取り出した。 思いの外罪悪感はあった。私とは言え別の個人のお金だから当然と言えば当然だ。
私は罪悪感から逃げる様に自室を後にする。お母さんの目を盗んで脱いだ服を洗濯機に放り投げると一応
歩夢「行ってきます」
と小声で言って家を出た。すると同じタイミングで隣の扉から侑ちゃんが飛び出して来た。侑ちゃんもまた服を着替えていた。 私服なことを深く追求されなかったのは普段から親の信頼があったからなんだろうな 侑「趣味悪いよね。この世界の私」
と私の方を見て苦笑いをする。私からしたらいつもの侑ちゃんの服装と何も変わらないけど本人にしか分からない拘りがあるのだろう。
侑「さあ、気を取り直して学校へ向かおうか」
そうして、私達は再び学校へと向かった。 歩夢「朝練が8時からだとろくに練習も出来ないよね」
学校に向かいながら私はそんな事を口にする。
侑「授業が始まるのが9時ならね」
この世界ではそうじゃないのだろうか。
侑「それにしても凄い暑いね。まだ朝だってのに」
侑ちゃんはそう言って足を止める。侑ちゃんは何かに気が付いた様だった。
侑「今ってさ、夏休みなんじゃない?」
侑ちゃんの言葉に私はハッとした。なるほど、だとしたら練習時間が8時からなのも納得出来る。 侑「だからと言って何がどうって訳ではないけど」
侑ちゃんはそう言うけれど私は好都合だと思った。夏休みであれば授業もないのでアユムやユウに接触しやすいのではないかと思ったのだ。私はその考えを侑ちゃんに伝えた。
侑「確かに本人に聞くのが現状を把握するのに一番の近道なんだろうけど。そうなるとまず二人を引き離さなきゃいけないね」
二人を引き離す。それはそんなに難しい事ではないと私は思った。 本人達には認識されてないみたいだけどどう接触するのか楽しみ 学校に到着したのは10時過ぎだった。遅くなったのには理由があって侑ちゃんがお腹が空いたらしくコンビニで朝食を済ませていたのだった。(私はエマさんに菓子パンを貰って軽く済ませていた)
侑「ちょっとゆっくりし過ぎたかな」
侑ちゃんが反省を口にする横で私は木の影に隠れる様にしていた。
侑「それ余計に怪しいと思うけど」
校庭でランニングをする同好会のメンバーを眺めながら侑ちゃんは苦笑いを浮かべた。
侑「引き離すとなるとやっぱり校内放送で呼び出すとかしないとかな」
歩夢「うん。私もそれを考えてた」
二人の考えが一致していたのはちょっぴり嬉しい。私達は二手に別れる事にした。私はここで同好会の監視を、侑ちゃんは放送室へ向かう事にした。 暫く、私は同好会の活動を眺めていた。ランニング終わって小休憩をしいている。せつ菜ちゃんに話しかけられるユウを少し離れた所から見ているアユム。ここからハッキリと表情が見える訳ではないけれどアユムとユウの間には少し心に距離がある様に思えた。
アユムは一体何を思っているんだろう。二人の間に何があったのだろう。心がズキズキと痛むのは文字通り他人事とは思えないからだろう。
校内放送が流れたのは小休憩が終わる頃だった。
『スクールアイドル同好会の高咲侑さん。至急、南棟二階第三進路指導まで』
いつもより低い声色で自分を呼び出した侑ちゃん。放送に気が付いたのかユウがそそくさと動き出した。バレない様に私も後を追いかける。それにしても第三進路指導室なんて初めて聞いたな。 校内放送って簡単に外部の者でも使えるようになってるのかな
それとも何か力がらたらいてるのか 夏休みだから忍び込んだんだろうけど寮みたいになぜか鍵が開いてたのかも それもそのはずで南棟の第三指導室なんてこの学校には存在しない。それでもユウが疑わなかったのは生徒も教師も把握しきれない程の圧倒的な校舎の広さと部屋の数のお陰だ。三年間学園生活を過ごした三年生でも校内で迷う事もある。
ユウも南棟に着くなり案内掲示板に設置された校内地図を確認している。そして、あるはずもない第三指導室を探して首を傾げる。
ユウに話し掛けるなら今がチャンスなのだろうか。そもそも、ユウは私の事が見えるのだろうか。
歩夢「ユウちゃん!!」
私は彼女の名前を呼んでみる。すると、ずっと地図を眺めていた彼女はゆっくりとこちらを振り返る。
ユウ「練習はどうしたの・・・歩夢」
声が届いた。ユウは私を真っ直ぐ私の目を見ている。ちゃんと私の事が見えている。じゃあ、昨夜も本当は私達の事が見えて居たのだろうか?そんなはずはないだろう。 歩夢「さっきの放送手違いだったみたいだから呼びに来たんだよ」
私がそう言うとユウちゃんは完全に体をこちらに向け直して
ユウ「手違い?何をどう間違えたって?」
と聞いて来るので私は黙って首を横に振る。
ユウ「理由聞かなかったの?」
今度は静かに頷くと、その後沈黙が生まれた。 歩夢「ユウちゃん・・・昨日の事なんだけど」
私が切り出すとユウは黙って私を見つめたまま。
歩夢「昨日の事をユウちゃんはどう思ってるのかなって」
ユウ「どう思ってるのかな?」
ユウは私の言った言葉を繰り返し口にした。 ユウ「昨日の事は忘れてって今朝言ったよね?」
それはアユムが言ったのかユウが言ったのか、彼女の言い方では判断出来ない。
ユウ「困惑してるよ。昨日あんな事言ってたのに今朝になったら何事もなかった様にみせて。それなのに今また昨日の事をどう思ってるか聞かれて。私が逆に聞きたい。歩夢は何を考えてるの?」
逆に聞かれてしまった。状況を把握するどころか追い込まれた形だ。 素晴らしいSSは台詞がちゃんと中の人の声で再生されるからすごい 下手な事は言えないので即答は出来なかった。けれど、それをユウは許さない。
ユウ「何も言わないんだね。ずっと一緒だったのに今じゃなんだか歩夢が遠い存在に感じるよ」
その時私の中で何かがはじけた。
歩夢「私だって分からないよ。本当に意味分からない事ばっかり。頑張ってるのに・・・もう全部面倒くさい・・・」
なんでそんな事を言ってしまったのかは分からない。疲れていたのかもしれない。追い込まれて気持ちが溢れ出たのかもしれない。
こんなはずじゃなかった。こんな事言うつもりはなかった。
無口になったユウの瞳が怖かった。 今すぐにでもこの場から居なくなりたい。私は一体何でここに居るのだろう。
ユウ「これだけは聞かせてよ」
黙っていたユウが口を開く。
ユウ「昨日言った事。私が音楽科に転科するって話しを聞いて歩夢は本当はどう思ったの?」
昨日、そんな話をしていたんだ。こんな状況でも尚、私はまだ律儀にアユムを演じようとしていた。
歩夢「驚いたけどユウちゃんの選んだ道なら」
と当たり障りのない言葉を選んで口にした所、ユウが私の言葉を遮る。
ユウ「昨日、歩夢にはまだ音楽科を受ける事は伝えなかったよ」
ユウが何を言っているのか理解が追いつかなかった。
ユウ「あなたは誰なの?」 歩夢も世界を渡り歩くというあり得ないことを繰り返してるから
精神的に疲弊してても不思議はないからね 誰なのって、歩夢だよ。私は上原歩夢。けど、あなたは私の事を知らないし私だってあなたの事は知らない。こんなつもりじゃなかったし別に何も考えてなしって訳ではなかった。こんな事聞かれるなんて想像してなかったし。情報収集の為に仕方なかったんだよ。だいたいちょっと矛盾が生じてたって、どんなに鋭くたって普通そんな事考えないでしょ?あっ、言葉通りの意味じゃなかったり?だからって私はどう返せばいいの?分からない。ここからどうすれば良いの?
なんだかお腹が痛くなって来てしまって私はその場にうずくまる。頭がグワングワンとする。もうやだ帰りたい。どこに?
誰かが私の頭に手を置いた。
侑「もういいよ歩夢」
今、私の目の前には侑ちゃんが二人いる。 ユウ「誰・・・?」
侑ちゃんを見てユウは呟く。人間は目の前に急に自分が現れるとそれを自分だと直ぐには理解出来ないらしい。
歩夢「侑ちゃん・・・」
侑ちゃんを見て私がそう呟くとユウは
ユウ「あっ・・・そっくりだ。え、私?」
ととても驚いた顔をしている。 今度は認識できるのか。これでもう流れは大きく変わりそう じわりじわりと理解しているらしい。目の前にいるのが自分だと言う事に。ユウは私と侑ちゃんを交互に見る。ただ、あまりの衝撃にあれ以上言葉が出てこない様だった。私もイマイチ思考が定まらず動けない。すると、背後から
「驚きました。近くで見比べても本当に瓜二つ」
と聞き覚えのある声がした。
ユウ「・・・誰?」
とユウが言葉を振り絞る。
侑「これで信じてくれた、栞子ちゃん?」
栞子「どうでしょう?双子と言う線もありますから」
声の主は栞子ちゃんだった。 次から次へと転回する状況に目が回りそうだ。
侑「栞子ちゃんとは放送室に行く途中に会ったんだ」
栞子「あれを会ったと言うのは言葉の誤りでは?あなたがボランティア部に来て無理矢理手を引いたのでしょう?」
私とユウを置いてけぼりにして二人は話す。
歩夢「ごめん。ちょっと待って。説明してよ」
私は侑ちゃんに説明を促す。
侑「だから放送室の鍵を借りるのに栞子ちゃんに協力して貰ったんだよ。栞子ちゃんなら教師からの信頼があるから」
歩夢「待ってよ。栞子ちゃんは信用したの?昨日の今日だよ?」
私が栞子ちゃんにそう聞くと
栞子「どうしても嘘を吐いてる様には見えなかったので。何かがハッキリするのなら協力してみようと思っただけです」
と答えたのだった。 栞子「そんな事よりこんな所で同じ顔が並んでいると目立つのではありませんか?」
と栞子ちゃんは侑ちゃんと置いてけぼりにされているユウとを交互に見比べて冷静に指摘した。
侑「そうだね。ここじゃ目立つよね。えっと・・・悪いけどもう一人の私。少し付き合ってくれる?」
色々言いたい事もあったのだろうがユウは黙って頷いた。私達は栞子ちゃんの案内でボランティア部の部室へと移動した。 今日はたまたまボランティア部の活動はお休みだったらしい。栞子ちゃんはたまたま用事があったから学校へ来たと言っていた。どんな用事があったのかは敢えて聞かなかった。
侑「聞きたい事あるよね?」
侑ちゃんがそう言うとユウが口を開いた。
ユウ「全然頭が追いついていかないんだけど。私なんだよね?」
侑ちゃんは頷く。ユウは私の方を見て
ユウ「歩夢も?思えば着てる服も違うし」
と言った。侑ちゃんと同じ様に私も頷くと栞子ちゃんが
栞子「あなた達が別の世界から来たと言う話を信じるとして、ではどうやって何の為に来たのですか?」
と私と侑ちゃんに問い掛ける。 侑「私達が拠点としてる場所にいくつも扉があってそれをくぐると気がつくと別の世界に居るんだよ。何の為に来たのかは詳しくは分からないけど・・・多分、人助け」
侑ちゃんの説明に栞子ちゃんはいまいちピンと来ていない。
栞子「どうも抽象的ですね。扉がいくつもあると言う事はいくつも世界があると?」
歩夢「うん。私も侑ちゃんもこの世界以外にも何度も別の世界に行ったりしてるの」
私がそう説明すると栞子ちゃんは少し呆れた様子で
栞子「何度も?その割にはあまりにもお粗末な行動が多い様に見受けられますが」
と言った。返す言葉も無かったが、別の世界でやり過ごす難しさは実際にやってみないと分からないと思う。 作中の栞子からも行き当たりばったりに見えるんだな
栞子は入念に準備するタイプだろうし ユウ「二人が別の世界から来たのは分かったよ。現実目の前に私が居るし歩夢の言動もおかしかったし受け入れるしかないのは分かった所で聞きたい事が二つあって。まず、二人は何の為にここに来たか分からないって言ってたけど、じゃあ何でわざわざ私に干渉して来たの?」
ユウの質問に侑ちゃんは答える。
侑「詳しくは分からないって言ったけど昨晩の出来事を私と歩夢は少しだけ見てるんだ」
具体的には言わなかったけど昨晩の出来事でユウには伝わったらしい。
侑「何でか私達の姿はこの世界の私にもアユムにも見えてなかったみたいだけど。リスクを冒してまで君にわざわざ干渉したのは状況を詳しく知りたかったからだよ。昨晩のアレは何がどうしてああなったの?」
逆に侑が問うとユウは俯いて首を横に振る。
ユウ「私にだって分からないよ。歩夢がどうしてあんな事を言ったのか」
そう言うとユウは遠くを眺める様にしていた。 物語の冒頭も夢の中なのかという描写もあるから
どこか感覚が麻痺してる部分もあるんじゃないかなと妄想 話してくれるかはともかく事情を聞くのは歩夢だと良かったね 栞子「要するにこの世界のユウさんとアユムさんは現在仲違いをしていてその仲をお二人は取り持ちたいと言う事ですか?」
痺れを切らす様に栞子ちゃんは話を総括して私達に確認する。私も侑ちゃんも曖昧に頷く。
栞子「どうもあなた達の態度もハッキリしませんね。どうしたいのですか?そもそもどうして声を掛けたのが私なのかも聞いてませんでしたね」
栞子ちゃんにどう返したものか考えていると今度はユウが口を開いた。
ユウ「私も気になってたんだ。三船さんだっけ?三船さんとはどう言った経緯でこう言う関係になったの?聞きたい事のもう一つがそれなんだけど」 栞子ちゃんがいてよかったね。第三者として話をまとめてくれる適性がある そう言えば栞子ちゃんの事をユウに説明していなかった。
歩夢「栞子ちゃんは別の世界では私達と一緒にスクールアイドルをやっているんだ」
私がそう言うと栞子ちゃんは驚いていた。
栞子「私がスクールアイドルを?信じられない。本当ですか?」
歩夢「嘘なんて吐かないよ。だからこの世界でももしかしたらスクールアイドルをやってるのかなって思ったんだけどね」
栞子ちゃんはまだ信じられないと言った顔で私を見ている。 栞子「それじゃあ最初から計画的に私と接触したという事ですか?」
栞子ちゃんの問い掛けに私は
歩夢「それは偶然だよ。たまたま栞子ちゃんが話しかけてくれただけ」
と答えた。するとユウが
ユウ「都合良く偶然が起こるんだね」
と呟く。やはり側から見てもそう感じるのだろう。 冷静に考えると偶然入ったコンビニに偶然知ってる子がいて偶然話しかけてきたわけだからな 規制なら規制で、浪人買って書かないとな
ここまで書いたんだから 今続き書くよりだったら、一度落として、焦らしてから新規で立てた方が読んでもらえるからな
小賢しいSS作者がよく使う手や
マジメに書き溜めてから最後まで書く作者にはかなり失礼でひどい方法だけど、この方が信者がついてきてくれるから、頭のいい方法だよな SIMが保守してるから書かないとか糞みたいなこと言ってる作者のSSはここですか? >>996
ここじゃないよ
多分このSSだと思う
【しずく「侑先輩が大事にしてる、歩夢さんとのお揃いのマグカップを割ってしまいました」】 不思議な世界観でどういう結末になるか知りたかったな このスレッドは1000を超えました。
新しいスレッドを立ててください。
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