梨子「蜜柑の香りと」千歌「バレンタイン!」
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◇———◇
バレンタインデー。それは女の子にとって何よりも特別な日
あなたは……あなたならどんな想いを込めますか?
私はいつも空っぽで、ハキハキと喋る千歌ちゃんに、明るく引っ張るその千歌ちゃんらしさにずっと、身を任せて流されるだけで
だから、今日こそちゃんと伝えたいの。せいいっぱいの気持ちを、誰よりも大切な千歌ちゃんに
だって私、ずうっと、そんな千歌ちゃんのことが、ずっと——
———
—
◇———◇ それは、いつもの何気ないお昼休みのこと……
曜「手作りチョコレート?」
千歌「そうなのっ!バレンタインの甘〜いチョコレート!チカねチカね!今年こそ手作りに挑戦してみたい!」
曜「なるほど〜……いいね!なんだか楽しそう!」
梨子「……」モグモグ
梨子(バレンタインデーかぁ……もうすっかりそんな季節なんだね……)
東京の高校での初めてのバレンタインデー。去年の私の教室は、温度がすっごく華やかで
思い思いにデコレーションしたチョコレートを持ち寄って、私も周りのお友達とおすそ分けして……教室のキラキラ具合と比べちゃうとなんだかちょっぴり地味かなぁって思ったりもしちゃったけど……今ではすっかり大切な思い出です
曜「でも千歌ちゃん、手作りチョコなんて作れるの?」
千歌「もちろん無理!」
曜「あうっ!」 千歌「でもだいじょーぶっ!なんと今年のチカには秘密兵器が用意されてるから!」
曜「ひみつへーき?なにそれなにそれ!」
千歌「にしししっ、それはなんと……」スタスタ
梨子「……?」
千歌「り〜こちゃん♡」
梨子「へっ!?」
千歌「お願い梨子ちゃん、チカに手作りチョコ教えてっ!!!」
梨子「わ、わたし!?」 千歌「……だめ?」
梨子「む、無理だよっ!他人に何かを教えるなんて!!私言うほどお料理上手じゃないしっ!!」ブンブン!!
千歌「え〜?そんなことないよー!梨子ちゃんの東京パワーがあればなんでもできるってば!」
梨子「そんなパワーなんてどこにも存在しないのっ!無理なものは無理なのっ!!」
千歌「え〜?じゃあやっぱだめかー……」
梨子「あ、いや、えっと、ダメって言うより、その……」
曜「そーだよ千歌ちゃん。梨子ちゃんだって秘密にしたいに決まってるもん!」
千歌「ひみつ?」
曜「うんっ!だって梨子ちゃんのことだしバレンタインデー当日にはすっごくオシャレなチョコ作ってきちゃうに決まってるもん!!手の内はばらせないよ〜」
梨子「!!?」
よ、曜ちゃんまで!!?もうっ!!これ以上ハードルあげないでっ!!!
曜「ね、梨子ちゃん?」キラキラ
梨子(あぅっ……そんなキラキラした目で見ないでよぉ……) 千歌「そっかぁ〜、なるほど……」
ポン!
千歌「でもやっぱり良くないよね、誰かに教えてもらってズルしようだなんて」
梨子「ち、違うのっ!!隠しておきたいとか、そういうんじゃなくて!」アタフタ
梨子(ただ私には、私なんかよりもよっぽど上手く教えられる人なんてきっとたくさんいるだろうし、だから、その……)
梨子「えっと、上手く言葉では言えないんだけど……」
千歌「じゃあいいってこと!!?」ガバッ!!
梨子「わっ!!」
千歌「私、梨子ちゃんがいい!!梨子ちゃんに教わりたい!!」
ギュッ!! 千歌「りこちゃ〜ん……」
梨子「……」
千歌「お願い梨子ちゃん!どうしてもっ!」
梨子「あうぅぅ…………」
千歌「りこちゃ〜ん、おねがぁい……」
梨子「………そ、そこまで言うなら、ちょっとだけなら
千歌「え?ほんとに?やったぁ〜!!梨子ちゃんありがと〜っ!」ハグッ!
梨子「わぁっ!?」
梨子(はぅぅ〜……)
千歌「じゃあ明日は朝十時にチカの家集合ね!材料は準備しとくから!曜ちゃんもそれでいい?」
曜「りょーかいであります!」ビシッ!
千歌「そうと決まれば!ちょっと購買行ってくる〜っ!!」
梨子「あっ!ちょっと待って千歌ちゃん!」
ピューッ!!
梨子「・・・」
ううっ……どうしよ、私、誰かに何かを教えてあげるなんて経験ほとんどないし、それにお料理だってただちょっとした趣味の一つってだけで、そこまで上手じゃないのに…… これは俺の好きなはわわ梨子ちゃんの匂いがしますなあ! 不安のままに迎えた二月七日
千歌「というわけで!梨子ちゃんの楽しい!カワイイ!お料理教室〜♡」
曜「いえ〜い!」
千歌「本日はよろしくお願いします!梨子ちゃんししょー!」ビシッ!!
曜「ししょー!」ビシッ!!
梨子「・・・。」
梨子(えっと……もしかしてこの雰囲気、今日ずーっと続く感じなのかな?)
初めて誰かに何かを教えるっていう経験……私の胸は不安でいっぱいでした 千歌「梨子ちゃんししょー!まずは何からやりますか?」
梨子「えっと、その……」タジタジ
カラン♪
梨子「きゃっ!」
曜「よ、っと!」ポスッ!
千歌「曜ちゃん、ナイスキャッチ!」
曜「えへへ〜♡」
梨子「あ、ありがと、曜ちゃん……」
曜「これくらいお安い御用であります!」
梨子「それと千歌ちゃん……ほんとに私でいいの?」 千歌「ほえ?なにが?」
梨子「きっと千歌ちゃんが思い描いてるような、おしゃれなチョコなんて、私、作れないし……」
たまたま東京から引っ越してきたってだけで、ほんとは何の取り柄のない、普通の地味な女の子だってこと
そんな当たり前ことを千歌ちゃんに見透かされちゃったら、なんだか軽蔑されて、今までのことも全部なくなっていっちゃうような気がしてて
梨子「だから私が教えれられるのは、普通の、去年私が作ったただの型抜きチョコレートになっちゃうんだけど……ほんとにそれでもいいのかなって」
千歌「うん!全然いいよ!むしろ教えてくれるだけでありがたいし!ね、曜ちゃん?」
曜「右に同じであります!」
梨子「そっか。じゃあ、それでもいいのなら……」
ドキドキでダイジな手順を間違えちゃったりしないか。今はそれが一番心配です 梨子「じゃあ千歌ちゃん、板チョコ出してくれる?」
千歌「はいっ!ししょー!」パッ!
曜「何からやるの?」
梨子「まずは……まな板で板チョコを細かく刻みます♡」
トントン♪トントン♪
梨子「こうやって事前に細かく刻んでおくと、後でチョコレートが溶けやすくなるんだよ?」
曜「なるほどぉ……メモメモ……」 梨子「そして次が一番大切な溶かしの工程です」
手作りチョコの失敗の多くは、チョコが上手く溶けないことにあるんです
曜「何か気を付けるべきこととかあるの?」
梨子「う〜ん……基本は水が入らないようにすることだと思うよ」
曜「水が?」
梨子「うん!」
チョコレートの大部分は油なんです。そこに水が加わっちゃうと、分離して上手く混ざらなくなっちゃうんだ 梨子「あとは温度をきちんと60℃くらいに保ちながら……」
ピピッ!
梨子「はいっ!ゆっくりかき混ぜてね?」
曜「りょーかいっ!」
ゴトッ
曜「くるくる、くるくる……♪」
美味しくなーれ、美味しくなーれ♡って、心を込めてゆっくりかき混ぜれば……♡
曜「おぉ……ちゃんとドロドロになったよ!」
梨子「あとはプラスチックのカップに溶けたチョコレートを流し込んで、冷蔵庫でゆっくりと熱をとって……」
千歌「……え?それだけ?」
梨子「う、うん。けどここからアレンジをちょっとずつ加えたら、色んなバリエーションも出てくるみたいなんだけど、そういうのは私じゃ……」
千歌「すごいすごい!さっすが梨子ちゃん!すっごくわかりやすかった!」ピョンピョン♪
千歌「やるっ!チカもやるっ!!一人でやってみる!!!」 それから、千歌ちゃんは宣言通り自分の力だけでチョコ作りにトライして……
千歌「できた!」
私の手伝いなしで手作りチョコを完成させちゃいました。すごい、私だって初めての時はお母さんに指示されながら頑張ってたのに
千歌「見てみて〜、曜ちゃん!この葉っぱの模様すっごく可愛くない?」
曜「うん!カワイイ!」
千歌「でしょ!でへへ〜♡」
千歌ちゃんはちっちゃな型にぴしっとキレイにチョコを流し込む作業にハマっちゃったみたいで、その成果を曜ちゃんに一生懸命自慢していました
梨子「……」
千歌ちゃんってば飲み込みがすっごく早くて……センスがいいって、こういうことを言うのかも。なんにでも挑戦して気づけば前に進んでる千歌ちゃんのことを、私は心から尊敬しています 千歌「ねえねえ曜ちゃん!これってひょっとしたら自分で型作ればどんなチョコでも作れるんじゃない!?」
曜「あっ、それ名案!さっすが千歌ちゃん!」
千歌「だからだから、例えば……」
曜「チョコで内浦の町を再現してみるとか?」
千歌「それいい!いつかやってみたい!大量のチョコレートで!チョコアート!」
曜「ね〜!!」
千歌ちゃんと曜ちゃんの掛け合いは、いつでも面白くて、温かくて。ずっと見てても飽きないくらいです
私はそんな二人をいつまでもそばで支えられたらなって。何ができるかわからない私だけど……せめて、せめて応援だけでもって、そう思うんです 千歌「り〜こちゃん!ありがとっ!梨子ちゃんのおかげで今年のバレンタインデーはすっごく楽しくなりそうだよっ!」
曜「ね〜!内浦だとりゅーこーとかサイセンタンとかそんなのわかんないし!さっすが梨子ちゃん!」
キラキラ
梨子「あ、いや、そんなんじゃなくて……それに今のはチョコ作りの基本の部分だから、その……」
千歌「にししし……ひょっとしたらチカ、お菓子作り系スクールアイドルで一躍有名になっちゃったりして……」
曜「まって千歌ちゃん!それならもっとすっごい技術を身につけなきゃだよ!ふわふわでキラキラしてるみたいな!」
千歌「そっか、だめかぁ……やっぱり現実は厳しいのだ……」ショボーン
曜「あ、でももしかしたら梨子ちゃんレベルのスキルがあればテレビとかに出られちゃうのかも!」
梨子「!!?」
曜「ね、梨子ちゃん?」ズイッ!
梨子「わっ!」
梨子(あぅぅ……な、なんて答えたらいいんだろう……)タジタジ 千歌「むぅ〜……都会パワーはそう簡単には身につかないかぁ……」チラッ
梨子(うぐっ!)
だから千歌ちゃん、いい加減気づいてよぉ……そんなパワーどこにも存在しないってばぁ〜……
曜「梨子ちゃんの手作りチョコレートかぁ……きっと世界一キラキラしてるんだろうな〜」
梨子(へうっ!)
曜ちゃんも、これ以上ハードルあげないで……
梨子(はうぅ……)
ど、どうしよ……どうして二人ともそんなに私のチョコレートに期待してるんだろ……
私、ほんとはただの普通の転校生なだけなんだけど…… 千歌「……よし!じゃあ決めた!」
曜「え?何を?」
千歌「私、今日梨子ちゃんに学んだことを活かして、世界に一つだけのとびっきりのチョコレートを作ってみせる!絶対!」
曜「おぉ〜!なんかよくわかんないけどかっこいい!」パチパチ
千歌「そうと決まれば特訓あるのみ!というわけで二人とも!帰った帰った!!」ズイズイ
梨子「あ、うん、頑張ってね、千歌ちゃん……」
曜「りょーかいっ!じゃあ私も負けないっ!千歌ちゃんには負けないもん!」
千歌「梨子ちゃんも!素敵なチョコレート楽しみにしてるからね〜!!」
梨子「へっ!?あ、いや私はっ!その……」
うぅっ……まるで私が千歌ちゃんと曜ちゃんにちょっぴり軽い嘘をついているみたいで……すっごく心が痛いです……
梨子(私、別にそんなすごいものが作れるわけじゃないのに……)
千歌「えへへ〜、梨子ちゃんのチョコレート楽しみだなぁ〜♡」 ◇———◇
梨子(ど、どうしよう……)
梨子「……」スッスッ
千歌ちゃんと曜ちゃんの描く私のイメージは、もうすっかり雲の上にまで届いちゃうそうな勢いで……ううっ、ホントの私はそんなんじゃないのに……
梨子「だいたい千歌ちゃんも千歌ちゃんだよぉ……ちょっと考えれば私がただたまたま東京から引っ越してきた普通の女の子だってことくらい、すぐにわかってくれるって思ってたんだけどなぁ……」
けど、私は私のなかで、少しでも千歌ちゃんの期待に応えられたらなって、そうやっていつの間にか意固地になって、自分で自分の首を絞めていて
梨子(はぁ〜……)
やっぱり私は、いつまで経ってもダメダメです…… 梨子(あ〜あ、バレンタインかぁ……)
東京に住んでいた頃は、街へ出かけたりSNSをチェックしたり。そうやって誰かを上手く参考にすることで、私でもなんとか『らしく』振舞えていたような気がしてます
けど……内浦に来て、みんなと出会って。なんにもなくても、自分たちで全部頑張っちゃうような、カッコイイ姿を目の当たりにして
梨子「ううっ、誰かに相談してみた方がいいのかなぁ……果南ちゃんとかなら、きっと……」
ああ、私もああなりたいな。千歌ちゃんみたいになれたらなって。そう思ってはいたんだけど、やっぱり私はいつまでも変われてないの
梨子「オシャレなチョコ……?オシャレなチョコってどんなんだろ……?」
スッスッ
梨子「はぁ……」
誰かにすがりたくて、何かを模倣したくて。必死に探すインターネットの海。そこで……
梨子「……?」
梨子(オランジェット……?) ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています