愛「──お前か?」栞子「ぁ、ちが、違うんです、宮下さん」
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栞子(ふぅ……今日も生徒会の仕事で遅くなってしまいました。全生徒の適性と部への振り分けをしていたらこんな時間に)スタスタ
栞子(適切な部に転部した人も、また夢を追うと言って元の部に戻ってしまったり)
栞子(どうしてでしょう。適性に合わないことをしても、悲しい未来しかそこにはないのに)
栞子(いえ。それでも私は一人でも救いたい。悲しい未来を味わってしまう人が、一人でも減らせるように)
栞子(でも、大勢の生徒から反感を買っているどころか、生徒会でも意見が分かれてしまっているのは事実です)
栞子(生徒会長と副生徒会長がいつも会議のたびに意見が割れていれば、余計に良い噂は立ちませんよね)
栞子(……いいえ、今日は少し疲れました。もう、考えるのは止めましょう。荷物を持って早く帰って──)ガチャ
栞子「え」
栞子(ロッカーに入れてあった体操服がなくなってる) 私の目の前で、今にも消えていなくなってしまいそうなほどか細い女の子と、あの時私の背中を押して拳を差し出してくれた女の子は、やっぱり同じ女の子でした。
侑ちゃんや愛ちゃん、エマさんみたいに万人に笑顔を向けられる人なんてわずかで、私だってせつ菜ちゃんに嫉妬したことはずっと記憶に新しくて。
せつ菜ちゃんだって、その身に余る大きな野望を抱えて、万人の大好きを大切にしようとする人だけど。本当は、やっぱり私と同じ、人なんだって。
「せつ菜ちゃん」
そっと、私は肩を抱き寄せました。こつんと顔をせつ菜ちゃんの頭に寄せて、もう片方の手でせつ菜ちゃんの頭を撫でます。
私が出来得る限りの、優しい撫で方で。大丈夫だよって。私はせつ菜ちゃんの気持ち、全部受け止めるよって。
この地球に生きてる人みんなの大好きを護るという不可能に近い理想を抱え、叶えようとする人だって──やっぱり、私とおんなじヒトなんだって。
誰かを好きになるのが難しい時だって、絶対にあるんだって。
「私に教えてくれてありがとう。せつ菜ちゃんの気持ちが聞けて嬉しいよ」
「そんな、嘘です!」
私からばっと距離を取るせつ菜ちゃん。その両目は潤んでいて、私よりも小さなその体が、もっともっと小さく見えました。
こんなに小さな体で、それでも気丈に振舞っていた彼女を、私はどうしてもっと早く手を差し伸べられなかったんだろう。
「嘘じゃないよ。せつ菜ちゃん、私は侑ちゃんみたいに問題を解決したり、愛ちゃんみたいに状況を好転させることもできないけど……」
私に出来ることなんて、全然なくて。でも、辛い時に、貴女の気持ち、わかるよって。一緒に居てくれるに人がいることが……どれだけ心強いかは知っているから。 「私、一緒に居るよ。せつ菜ちゃんが辛くて辛くて動けないとき、私は絶対にそこから離れたりしない」
「せつ菜ちゃんが苦しくて、悲しくて、もがいてももがいてもどうしようもない時も、私はその手を絶対に離したりしないよ」
「何もできない私だけど、優木せつ菜ちゃんを、中川菜々ちゃんのすべてを、抱きしめることはできるから」
「だから、せつ菜ちゃんの全部を私に教えて? 取り柄なんてない私だけど。せつ菜ちゃんの全部を世界中で誰より一番、肯定してみせるから」
上手い表現なんて見つかりませんでした。だから、私の気持ちをひたすら、せつ菜ちゃんみたいにまっすぐぶつけることにしました。
例えどれだけせつ菜ちゃんが真っ黒で苦しくて苦い思いを抱いていても。私が今ここに居るのは、きっとこのため。
せつ菜ちゃんに救われた私が、今度はせつ菜ちゃんを抱きしめる時。だから真っ直ぐに、ぶつかっていく。
せつ菜ちゃんが抱える光も闇も、全部受け止めて、またあの眩しい笑顔を取り戻すために。
「せつ菜ちゃんの大好きも、大嫌いも、楽しいも、悲しいも、嬉しいも、苦しいも、なにもかも。私に教えて?」
これから進んでいくせつ菜ちゃんの道は、きっと容易い道じゃないから。私に出来ることは、せつ菜ちゃんが疲れた時に自分を曝け出す場所として居続ける事。
「私はその全部を、大事にするから」
もう一度、せつ菜ちゃんを抱きしめる。今度は両腕で。私の胸に、せつ菜ちゃん顔を寄せる。今度はどれだけの力で逃げようとしても、絶対に離さないと。
強く強く、抱きしめました。あなたの味方だよっていう気持ちと一緒に。強く、強く。
「あ……ぅ……あ、ゆむ、さん……わたし……わたし……悔しいです……っ! 悔しいし、むかつくし、どうしようもなくて……!」
「でも、あの子だって悪い人じゃないってわかるから! だからよけいに、つらくて! 誰にもこんなの言えなくて!!」
「わたし、こんなっ──こんなのっ、すごくみじめでっ……ぅ、ぅあ……ぅああああああああっ!!!」 普通ならそうなるわ
スクスタのせつ菜がいい子過ぎる 大小あるけど現実だとそう思うだろうな
重要なことを書かなさすぎだよ ──────
歩夢「せつ菜ちゃん……落ち着いた?」
せつ菜「……」コクン
歩夢「ちょっとお水飲もっか。何か淹れて──」クイッ
せつ菜「ここに、居てください……」キュッ
歩夢「……うん。居るよ、ここに」ニコ
せつ菜「……」
歩夢「……」ナデナデ
せつ菜「とても、楽に……なりました。無理な笑顔を浮かべていても、本当の私の今の気持ちを知っていてくれる人が居てくれるって、わかったので」グスッ
歩夢「……良かった。せつ菜ちゃんの力になれて」
せつ菜「正直なところは……その。まだ私のこの感情をどうすればいいかわかりません。でも、歩夢さんという私の気持ちを知ってくれている人が居るだけで、私……とても、気が楽になりました」
歩夢「……せつ菜ちゃん、この事は……」
せつ菜「皆さんに話せばきっと理解してもらえるとは思います。ですが今の状況で場を乱したくはないんです。それに歩夢さんが居るだけで、私はもう十分です」
歩夢「──うん。分かったよ。せつ菜ちゃんが言うなら、私の胸の内に、秘めておくから。でも、いつでも話して? どんなに些細なことでも、私に全部話してくれればいいから……」
せつ菜「歩夢さん……ありがとうございます。私……私……!」グシグシ
歩夢「──せつ菜ちゃん、歌おう! カラオケなんだもん! 思い切り、好きなように歌おう! 今は全部忘れて、楽しいことを!」
せつ菜「はい……はいっ!!」ペカーッ ──────
────
──翌日 虹ヶ咲学園 某教室
彼方「以上が昨日の事の顛末。やっぱり勘は当たってたねぇ」
果林「あぁ……当たって欲しくない勘は当たるのよねぇ……」
エマ「果林ちゃん! はやく栞子ちゃんに話を聞いていじめなんて止めさせないとだめだよ!」
果林「エマ、憤る気持ちもわかるけど……直接本人に聞いてもまともには教えてくれないと思うわ」
エマ「どうして……? 栞子ちゃん、きっと辛くて、誰にも言えないはずなのに……私たちから聞いてあげないと……!」
果林「彼女があれを虐めとして認識していない限り、絶対に認めないでしょうね」
エマ「え……? どうして!? お弁当も、教科書も、体操服も、リボンも! 盗まれたり隠されたりして、それがいじめじゃないって、どういうこと……?」
彼方「……例えばだけど……栞子ちゃんが内罰的な子だとしたら、どうする?」
エマ「内罰的……自分を責めちゃう子って事?」
果林「物の例えよ。普通の子があんなに嫌がらせを受けて、夜も眠れないほど追い込まれて……それでもあそこまで気丈に振舞える?」
彼方「栞子ちゃん自体もともととてもストレスに強い子かもしれないけれど……それ以上に今の状況が正しいと思っているんじゃないかな」
エマ「そんなのあり得ないよ! いじめられることが正しいだなんて!!」 ぽむかすからぽむせつまでやってくれるとは・・・
最近ゆうぽむの重いぽむしか見てないからこういう純粋にいい子なぽむ見れて嬉しい
イッチには感謝しかないわ 果林「あの子の場合、現状自分の今までの行いを悔いている節がたくさんあるでしょう? つまり自分の今までの行いを悪だと思っているの」
彼方「だから虐められても仕方ない、これは耐えるべきこと……そう思ってしまえば、栞子ちゃんはどんどんそれを受けれいれちゃうって話だねぇ」
エマ「そんな……」
果林「あの子の人を不幸にさせない、悲しい思いをさせない……そういう願いの部分が強い分、あの子が人を不幸に、悲しい思いをさせていた原因だったと分かった分……」
果林「より自分を責めるんじゃないかしら」
エマ「……じゃあこのまま何もせずに……?」
彼方「いーや? 彼方ちゃん達も手ぶらで待つだけじゃないよ。手掛かりはあるよ〜。エマちゃんは覚えてる? 愛ちゃんが口止めしたのに漏れちゃったって話」
エマ「……生徒会再々選挙? そう言えばそういう話も……でもそれがどういう……?」
果林「かすみちゃんは知ってるのよ。出所を。あの人気を誇る愛のお願いを裏切るリスクを冒してでも、栞子ちゃんに不利になる情報をばらした存在が、居るの」
彼方「かすみちゃんが聞いた子は、バレー部の子」
エマ「じゃあバレー部の子に一人ずつ聞いて回──」ダッ
彼方「ちょいちょいちょいちょい待った! そんな事したら余計怪しいから……一人頼りになる人材を呼んでおります!」ガッシィ
エマ「え……?」
ガチャ
演劇部部長「遅れてすまないね。話はラインで聞いていたよ。それで私はさり気なくバレー部のホシと思われる人に接触すればいいわけだ」
果林「言質は貰ってるから、助かるわ」 エマ「部長さん!」
部長「やあヴェルデさん。いや、確かに『もし何かあれば、微力ながら君たちDiverDivaに力を貸すよ』とは言ったけど……まさかこんな羽目になるとはね」
彼方「しずくちゃんを演じた時もすごかったから、今回も演技できるよ〜」
部長「演劇をこんな風に使うのは信念に反するのだけど……まあ、しずくがスランプになった時に『演じることもしずくらしさ』という道を見つける手伝いをしてくれた同好会の……高咲さんへの恩もあるし」
部長「ここは私も一枚噛ませてもらうよ。私も反三舟さん勢力を演じればいいわけだ」
彼方「部長さんは栞子ちゃんをフォローするポジションだったけど、内心はそうでもなかった、みたいなキャラでお願いしま〜す」
部長「まあ、やり方については任せておいてよ」ニコ
果林「正直回りくどい方法かなとは私も思うんだけど……栞子ちゃんを抱える私たち同好会があれこれ動くと、もしバレー部の誰かが本当に黒だった場合、余計に手が出しにくくなる可能性があるのよね」
部長「先生に相談する、という手はないのかな?」
彼方「それも考えたんだけど、栞子ちゃんが先生に『そういうことは全然ないです』でしらを切り通されると思ったのサ」
部長「確かに。彼女は頑固……いや失礼。生真面目で先生方からの信頼も厚いときている」
彼方「そういうわけで、ここは使えるならなんでも使おうというわけなのだよ」
部長「近江さん、噂に聞いてる人とは全然違うね……?」
果林「彼方は私以上にリアリストよ」 エマ「うー……本当はすぐにでもバレー部の人たちに聞いて回りたいよ……!」
果林「気持ちはわかるわ、エマ。貴女ならきっと今の状況を我慢できるタイプじゃないって事」
エマ「……栞子ちゃんの行いは恨まれることはあるかもしれないけど……じゃあ、虐めていい理由になるの? 恨みがあるから、この子は虐めていい、ってそうなるの……? 私はそうは思えないよ……」
彼方「容認するわけじゃないけど、人の心は複雑だからねぇ。虐めは悪いことだってわかってても、この子はこんなに悪いことをしたから、それ相応に悪いことが起きても仕方ない──」
彼方「そういう詭弁を免罪符にいじめをやる、なんてよくある話だよ〜。それを許せるかどうかは、全く別の問題だけど」
果林「彼方、つくづく貴女と私が同じ年数を生きて来たとは思えないんだけど」
彼方「ふふふ、本は人を豊かにするのだよ」
果林(さりげなく私が活字を一切読まないということをバカにしてきたわね?)
エマ「部長さん、どうか、どうか犯人を見つけてください! 教えてさえくれたら、あとは私たちが……!」
部長「エマさんの気持ちは痛いほど良く分るよ。だから私もきちんと自分のなすべきことをこなそう。私だってそれなりに正義感というものもあるからね」
部長「さてと。早速行動開始としようかな。明日明後日にはきっと結果をたたき出して見せるさ」スッ
エマ「よろしくお願いします!」
果林「あ、そうそう」
彼方「もし回し者だってことがバレても、当局は一切関与しないのでそのつもりでね〜」
部長「えっ」
エマ「えぇっ!? 駄目だよそんなの!」
果林「冗談よエマ」
彼方「彼方ちゃん達が仲間を見捨てるわけないじゃないかぁ〜」
部長(……なんだろう。あの時の言葉を取り消したくなってきたな……ハハ……) ──────
────
──金曜日 虹ヶ咲学園 講堂
愛「っと……まあ挨拶としてはこんなもんだと思うんだよね。長すぎるのは性に合わないし!」
璃奈「短くてわかりやすかった。良いと思う」
侑「私もこれで良いと思うよ。ライブの時間も考えると、挨拶はこんなものだと思う」
愛「後は愛さんに任せとけってなもんよ!」
侑「この愛ちゃんの絶対的安心感! 大船に乗っちゃった感じだね!」
璃奈「でも他の部活も自由に発表できるから気合が入ってる感じがする。璃奈ちゃんボード『わくわく』」
愛「まあ愛さんが話題をかっさらうからそのつもりでいてよね!」
璃奈「それは当たり前。愛さんならきっとできちゃう」
愛「うへへへ! 流石りなりー、よくわかってる!」
侑「バカップルめ……そういえば二人が付き合ってること、栞子ちゃんは知ってるの?」
愛「え? んーん、言ってないよ。あんまり言いふらすもんでもないしさ」
璃奈「できればご内密で」
侑「あはは、了解。まあそうだよね!」
「愛ちゃん! おーい! ちょっといいかなー!?」
愛「ん? あー! バレー部ぶちょ〜! どったの!? ちょっち行ってくる!」タッ せつ菜の心情まで書いてくれてありがとう
そりゃそう思うし、それと向き合って乗り越えてこそ仲間だよな 侑「……璃奈ちゃん、ああいう人が彼女だと苦労するでしょ」
璃奈「でも、愛さんがああいう人じゃなかったら今ここに私はいないから。あの愛さんが、私の好きな愛さん」
璃奈「困ってる人を絶対に見捨てたりしない。どんな人にも平等に楽しいを振りまく人。そんな人が、私の気持ちに応えて、私だけを特別だって言ってくれる」
璃奈「だから、へいき」
侑「……青春、だねぇ……」
璃奈「侑さんも青春の真っただ中」
侑「いやこう、友情と恋慕と愛情が混じった関係が素敵だなぁって……」
璃奈「それを混ぜて青春と呼ぶのはどうかと思う……でも、気にかけてくれて嬉しい。ありがとう、侑さん」
侑「いやいや、単純に興味もあったからね!」ペッカー
璃奈「……そういうの、良くない」ジッ
侑「いいじゃんさり気なく惚気ちゃったんだからさ!」
璃奈「侑さん人が悪い……」
侑「あーほらほら、愛ちゃん戻ってくるよ」
璃奈「!」バッ
侑(そりゃこんなに可愛ければ愛ちゃんもぞっこんになるよねこりゃ……)ニマニマ >部長「演劇をこんな風に使うのは信念に反するのだけど……まあ、しずくがスランプになった時に『演じることもしずくらしさ』という道を見つける手伝いをしてくれた同好会の……高咲さんへの恩もあるし」
うん!……うん? 愛「お待たせぃ!」ニカッ
侑「お帰り、何話してたの?」
愛「んー? お互い明日の部活紹介がんばろ! って話とかだよ?」
侑「私も各部の部長さんとはそれなりに面識があるつもりだけど……愛ちゃんのレベルは面識どころじゃないもんね……」
愛「まあバレー部にも助っ人で出てるしね。戦友に近いかも」
璃奈「戦友……なんかその響き、カッコイイ……!」
愛「でもりなりーとだって仲間でライバルだから、実質戦友だぞ?」
侑「同時に恋人だよね!」
璃奈「!」バシン
侑「あうっ、ボードは叩くものじゃないよね!?」
璃奈「これも感情表現の一種」
愛「一理あるね……」ウンウン
侑「そんなぁ!?」
愛「さてさて、リハはこんなもんにしておいて……カリンたちのところに戻ろうか」
璃奈「うん」
侑「なんだかちょっとドキドキするな……明日……楽しみだ……」 ──────
────
──虹ヶ咲学園 スクールアイドル同好会部室
侑「じゃあ果林さん、最後戸締りだけお願いします! お疲れさまでした〜!」
果林「お疲れ様、侑。明日はよろしくね」
侑「こちらこそよろしくおねがいしまーっす!」バタン
果林「……ふぅ。これで皆行ったわね」
彼方「じゃあ部長さんに電話するねぇ」
エマ「……」ウズウズ
果林「エマ、気になる?」
エマ「ならないの!?」ガターッ
彼方「おぉう、エマちゃんどうどう。果報は寝て待てと言うじゃあないか」スヤピ……
エマ「……カホーは寝て待て……?」
果林「果報って確かいい知らせ、的な意味よね」
彼方「……果林ちゃん、偉いね……」パチクリ
果林(彼方をいつかぎゃふんと言わせたいわ……)
ガチャ エマ「来た!?」ガタッ
女生徒「あの……」
果林「え?」ポカーン
彼方「あり? えっと、キミは……誰かなぁ?」
女生徒「あの、わたし、朝香果林さんのファンで……」テレテレ
エマ「……」
彼方「……」
果林「……あら、私のファンだなんて……嬉しいわ。貴女のお名前、教えてくれるかしら?」カリィィィン
女生徒「あ、あの、わたしは──」バッ
エマ「!」
彼方「なんとぉ」
果林「貴女は!」
演劇部部長「演劇部部長さ。敵を騙した後は味方も、と言うだろう」
彼方「言うねぇ確かに」
果林「い、言うわね確かに」
エマ(あれ……? そんな言葉あったかなぁ?)
彼方「いや言わないから」
部長「いや言わないよ」
果林「……私もう帰って良い?」
部長「いや、すまない。つい揶揄ってしまった」
彼方「ごめんご〜」
エマ(やっぱり言わないよね……) 果林「で、どうだったの」ムッスー
部長「結果から言うとバレー部の数名が意図的にばらしたことは間違いなさそうだね。出所は完全にそこで、他部ではないみたいだ」
部長「どこにでもいるような生徒のフリをして部の子たちに聞いて回ったけど、やはり確かにそうらしい」
エマ「誰が、っていうのは解りましたか?」
部長「いや、残念ながら。そこまで聞こうとしても彼女たちも口を噤んでしまってね。箝口令が出ているみたいだ。どことの馬の骨とも知れない生徒には教えてくれなかったよ」
彼方「箝口令……言いふらすなって言えるって事は三年生だねぇ」
果林「一年、二年じゃ上級生にはそんなのできないもの。バレー部は結構上下関係厳しいし、尚更そういうのはあり得るかも」
部長「すまない。バレー部員の誰かが三船さんに嫌がらせ行為を行っているかどうかもわからなかった。ただ……」
エマ「ただ?」
部長「放課後の遅い時間に、三船さんのクラスの教室に生徒が数名居るのを見かけた子が数名いてね。全て違う日にだ。学年や何をしているかはわからなかった……という話だけど」
彼方「断定はできないけど、もっともっとに匂うねぇ」
果林「だけど誰が、を突き止めないと、手が出せないわ」
エマ「……うううっ、もどかしいよっ!」
彼方「私たちの友達に放課後とか見張ってもらう? あかりんとかくぼちゃん、まりちゃんとかなら手伝ってくれるかも……」
果林「……そこまで巻き込めないわ。歯痒いわね……」 彼方「……下手な考え、休むに似たり。今日の進歩は進歩として、一度各自持って帰ろう。月曜日にもう一回話し合って……」
果林「そうね、彼方……。でも、それで何か名案があるといいのだけれど……」
エマ「……私はやっぱり、栞子ちゃんに話して欲しいよ……。こんなの、絶対に合っていいはずないんだもん……」
部長「……」
──────
────
──深夜 愛の部屋
愛(バレー部部長から聞いた、しおってぃーの入部テストや、初耳の再々選挙の話がバレー部から漏れた、という話)
愛(ぶちょーは副部長や数名の信用を置く三年生に当時の事を相談したみたいで、そこから誰かが漏らした……という話を受けた)
愛(正直アタシの口止めなんてあくまでお願いで、あの案に反発して相談する部があるというのはわからないでもない。けれど、今回の件は──)
愛(悪評を広める為に広めた、みたいな言い方だった。もちろんバレー部部長もしおってぃーを良く思っていない人だったけれど、それでも正々堂々とした人だ)
愛(じゃあ……バレー部の中に、しおってぃーに悪意を持って悪い噂を広めようとした人が居る……?)
愛「……待て」ガバッ
愛(ぼんやりとした考えに、突然焦点が定まった。数多くの僅かな違和感のピースが、カチカチとハマっていく)
愛(リボンの付け忘れ。体操服を失くして体育を見学。頻発する忘れ物。お弁当から学食に変えたこと。急に何かを隠した素振り。知らない生徒を見て異様に緊張する姿)
愛(自分を良く思わない人間が居て当然という態度。浮かない顔で何かを探し回るように校内を歩き回る、しおってぃーの姿) 愛(これじゃあまるで、しおってぃーが誰かに虐められてるみたいで──)
愛(全身から汗が噴き出した。それも相当不愉快なヤツ)
愛「ッ!」バッ
愛(しおってぃー! しおってぃーに聞かなきゃ! しおってぃーに聞いて……)
愛「……なんて聞くんだ、アタシ。しおってぃー、虐められてるの? なんて聞くのか?」
愛「……いくらしおってぃーが恨みを買ったからって、いじめなんて……そんなの、あるわけ……」スッ スッ
愛(アタシの思い過ごしだ。急にそんなことを考えても、これは何の証拠もないこじつけかもしれない、妄想の域だ)スッ スッ
愛(……駄目だ。指が止められない。しおってぃー、出てくれ。アタシのバカな妄想なら、それでいいんだ)ピッ ピリリリリリリ
愛「……しおってぃー……」ピリリリリリリ
愛「……」ピリリリリリリ ピー
愛「……」ピッ
愛「出ない、か……」ポイッ ボスッ
愛(スマホをベッドに投げ捨て、アタシもベッドに寝転ぶ。駄目だ、考えがまとまらない。明日に備えて早く寝たいのに。しおってぃーの事が気になって仕方がない)
愛「くそ……っ」
愛(明日、何とかしてしおってぃーに聞かなきゃだ……!) おつおつ
せつ菜のところはやっぱりちゃんと書いてくれないと納得が行かんわ
公式さんよ… 今日もおつです
この徐々にクライマックスに近づいていってる感じがたまんねぇ せつ奈の心情描写が物凄く納得できたし、キャラの魅力が溢れてる おつおつ
せつ菜のフォローまでしてくれるとは
あと彼方ちゃんに抱かれたい 物語の盛り上げようが実に上手いわ
遂に愛さんにもいじめのことが伝わりつつあるが──果たして おつです
3年生組のバランス大好き
理屈では歓迎するべきでも割り切れないせつ菜、間違いを重く受け止めているから同好会を頼り切れない栞子……そうだよなあ…… なにこれ更新のたびにこの量読ませてくんの?
最高かよ、心が豊かになる せつ菜の心情まで書いてくれてまじで嬉しい…、
嬉しいんだけどせつ菜が悲しんだり葛藤してる描写を見ると改めてスクスタの脚本が憎くなってやっぱつれぇわ
本来ならこのssのせつ菜くらいに感情を抉られるような展開だったんだなって… 今更だけどアニメとスクスタの設定混在しているんだよね もうほんと続きが気になってしょうがない
たまらないぜ 生きる希望、物語にめちゃ引き込まれてます
ありがとうございますありがとうございます >>675
まぁ5chのSSだしそこら辺は肩肘貼らず楽しもうぜ このSSのおかげでもやもやとかが晴れて、どんどんキャラを好きになる。
めっちゃ期待してます。 >侑「この愛ちゃんの絶対的安心感! 大船に乗っちゃった感じだね!」
なんかメタ的なセリフがw ここまで丁寧にやればこんなにも輝くテーマなんだよな…… あゆせつのやりとりがめっちゃ心に響いた……せっつーだって人間だもんね
三年生組や演劇部部長もそうだけどそれぞれのキャラが生きてる感じがちゃんとあって本当に読んでて楽しい
続きも楽しみにしてます!!!!! むしろアニメ後にスクスタのエピソードもいくつかやって栞子騒動みたいな印象だわ 三年生の頼りになる感がハンパない。実際有能だし。
果林さんの勉強できないけど頭の回転早いの好き。 せつ菜も同好会と色々あった上での今なわけだし栞子もそこは同じだよね 追い付いた
正直スレタイで敬遠してたけど読んだらめっちゃおもろいやんけ タイトル的にギャグか作者による栞子いじめかと思って読むの後回しにしてたけど評判を聞いて一気に全部読んでしまった あんまり細かいこと行っても仕方ないけど菜々が降ろされた明確な理由が分からんな
相当うまいことやったのか栞子 >>698
>>248だな
本来は選ばれた人に同情するべきではあるんだけど、栞子の場合そもそもの理由が酷いせいで… >>697
同好会との一件見てもそうだけど生徒側からは色々叩きどころがあっただけだと思う
栞子ばかり悪く言われるけど その色々をきちんと描写してくれんと栞子は権力でゴリ推ししてるようにしか見えないし誰も得しないんだよなぁ公式の怠慢でしかない ──────
────
──翌日 虹ヶ咲学園 スクールアイドル同好会 部室
侑「愛ちゃん、どうしたの? あんまり顔色良くないっぽいけど……」
愛「……いや、実は昨日寝付けなくてさ。なんかすごい緊張してるみたいで」
侑「珍しい! 愛ちゃんでも緊張するんだね……意外だなぁ」
愛(嘘だ。結局しおってぃーに朝から会えてないのがアタシをひりつかせているんだ)
侑「まあまだ出番までもう少し時間あるし、ちょっと横になったほうが良いんじゃないかな?」
璃奈「……」ペシペシ
愛(……まあ、確かにそれもそうだ。しおってぃーに連絡は入れているし、部活紹介が終わった後でしおってぃーを捕まえることはできる)
愛「じゃありなりーの膝でちょっと休もうかな!」バッ
璃奈「ここは愛さん専用。存分に使って?」
愛「ありがたいありがたい……じゃあゆうゆ、時間になったら起こしてね〜」
侑「うん、任せといてよ!」グッ
愛(今は……今は、ライブの事だけに集中しよう……) ──生徒会室
栞子「……ふぅ、これで大丈夫」
栞子(今日までの事を思い返し、改めて宮下愛さんという存在の大きさに感嘆します。あの人が居なければ、今頃どうなっていたのでしょうか)
栞子(あのやり方を続けていれば、きっと今の私はいない。自分の行いに向き合い、考え、どういう事態を招いていたのか……それすらわからないままだったかもしれない)
栞子(悲しみのない学園生活を望んだはずなのに、私自身が悲しみの原因になっているとも知らずに、あの行いを続けていたのでしょう)
栞子「……っ」ブルッ
栞子(そう考えると寒気がします。最も忌避していた人間が自分であることに気づかず、自身は良かれと思っていて……いいえ。もう、この考えは止めましょう)
栞子(……もう、以前までの私はいない。過去の行いは決して忘れたりしない。だけど、囚われもしない。愛さんが信じている私の『優しさ』を信じて、私はやる)
栞子「──時間ですね」
栞子(私が望む世界はまだ見つからない。けれど、きっと今度こそ理想へたどり着ける道に、私は立てた。苦難の道かもしれない。決して平坦な道ではない)
栞子(けれど、確かに目の前に道は広がっている。だから私は今日からその一歩を踏み出していく。この道を、眩いほどに光を放つ太陽が照らしてくれているから)
栞子「すぅ……はぁ……」
栞子(髪飾りを結び直して深呼吸。そう。これが、これこそが私にできる事。私の願いは、ここから始まるのだから)
栞子「行ってきます」
栞子(私は静かに別れを告げて生徒会室を後にしました) ──虹ヶ咲学園 講堂 舞台袖
副会長『それでは、虹ヶ咲学園の特色の一つである部活、同好会を魅力を知ってもらうための時間として、部活紹介とさせていただきますが──』
副会長『その前に虹ヶ咲学園の現生徒会長である三船栞子より、皆さんにお伝えしたいことがあります』
侑「始まる……! 栞子ちゃんの演説……!」
璃奈「実際の内容までは詳しく知らないから、とても楽しみ……! 璃奈ちゃんボード『ワクワク』!」
愛「……しおってぃー」
愛(副会長の放送に呼ばれ、しおってぃーは壇上に姿を現した。アタシたちとは真逆の舞台袖からで、最後の最後までやっぱり会って話すことはできなかった)
愛「……」
愛(壇上に立つしおってぃーは、再選挙の時よりもずっと活き活きとした表情で、アタシが考えているようないじめとか、そんなのとは無縁のような気がした)
栞子『入学希望者の皆さん、初めまして。私は虹ヶ咲学園生徒会長の三船栞子と言います。どうぞ、よろしくお願いいたします』
愛(静かで穏やかな、けれどわずかに圧倒されるような喋り方。元々こういうことに場慣れしているのかな)
栞子『皆さんにとって部活紹介はとても楽しみな時間だとは思いますが、その前にひとつ、私から──いいえ、生徒会から皆さんにお伝えしたい事があります』
栞子『皆さんが部活や同好会に入るとしたら、どんなことを重点に置くでしょうか? 得意なことを伸ばすために。大好きだから、やりたいから入部する。様々な理由があると思います』 栞子『私たち生徒会としても、皆さんが様々な色の希望を持って部活に入ってくれることを、最良として願っています。ですが……』
栞子『やりたいことが良く分らない。部活を続ける中で、本当にこれは私のやりたい事なのだろうか。私に向いている部活ってなんだろう』
栞子『時として理想と現実の差に迷い、或いは希望を持てずに悩んでしまう人も大勢いるかもしれません。そして悩みを抱え続けたまま、後悔を、悲しみを抱き──』
栞子『卒業を迎えてしまう。そういった三年になることも、ないとは言い切れません。ですが私たちは可能な限り、皆さんには──』
栞子『楽しかった。嬉しかった。この部活に居て良かった。この同好会の仲間と活動できて楽しかった。そう言って、自身の未来に更なる希望を抱き──』
栞子『この学園から羽ばたいて欲しいと願います。だからもし、今自分に何の希望も、未来も、夢も、取り柄も──適性も。見つからない、そんなものない……そう考えている人が居るなら』
栞子『まずは、生徒会室へと是非足を運んでみてください。……私たちも万能ではなく、何一つ力になれないかもしれません。それでも私たちは──』
栞子『私たちは皆さんの為に、僅かでも力になれる、或いは皆さんの背中を押せる可能性があるのなら、私たちはそこに全力を賭します』
栞子『今迷う人たちへ、誰にも頼ることのできない不安を心に持つ人へ。私たち生徒会が居ます。いつでもその気持ちを打ち明けてもらう場所として在り続けます』
栞子『そしてやりたいことを心に決め、大好きを胸に抱き、これから待ち受ける様々な状況に期待を膨らませる皆さんへ──』
栞子『私たち虹ヶ咲学園の全部活、全同好会は、きっとその期待に恥じない活動ができるということを、約束します』
栞子『以上を以て、生徒会長三船栞子の挨拶と代えさせていただきます』 ──舞台袖
侑「おおおおおおお……っ!」
璃奈「……すごい」
愛「しおってぃー……!」
愛(どくんどくんと高鳴る鼓動。しおってぃーが目指す世界。心が震える。朗々と語るしおってぃーに、身体が震える。ああ、これが、しおってぃーの理想なんだね……!)
侑「これが栞子ちゃんなんだ……っ! すごい、すごいよっ!!」ピョンピョン
愛「いやー……ちょっと愛さんうるっと来ちゃったかも」
璃奈「愛さん、娘の成長を見守る父親みたい」
愛「せめて母と言っておくれよりなりー……」
侑「じゃあ璃奈ちゃんがお母さんかな?」クスクス
璃奈「それも悪くない……璃奈ちゃんボード『ご満悦』」
愛「ははっ! じゃあ宮下璃奈、かな?」
璃奈「っ!」カァアアア
愛「だいじょーぶ、天王寺と同じくらいいい響きだ!」
璃奈「……嬉しい。愛さん、一生幸せにする」
侑(またこれだよ……ひえーあっついあっつい……お?) しずく「侑先輩! 愛さんも、璃奈さんもお疲れ様ですっ」
侑「しずくちゃん! もうすぐ出番?」
しずく「はいっ。今回も私、舞台に立たせていただいて……」
部長「やあ高咲さん。宮下さんと天王寺さんもこんにちは」ニコ
愛「ちーっすぶちょーさん! 演劇部、もうすぐっすね!」
璃奈「演劇部の劇、とても楽しみ。今回はしずくちゃんと部長さんの寸劇?」
部長「そうだね。時間が短い分如何に観客の心を掴めるかが勝負になってくる。登場人物も話も極力絞りつつ、最高の劇を魅せたいね」
しずく「はいっ! そのための稽古は積んできたつもりです」
侑「おお……しずくちゃんカッコイイ……」
しずく「侑先輩、見ていてくださいね。侑先輩と、璃奈さんと、かすみさんのお陰で見つけられた『わたし』を、侑先輩にたくさん見てほしいので!」
侑「うんっ。見てるよ、しずくちゃん。しずくちゃんが一番輝くときは、しずくちゃんが何かを演じている時だって、知ってるから」
部長「さあ開演だよ、しずく。いつも通りでいこう」
しずく「はいっ」
愛「しずく、ここから見てるから!」
璃奈「璃奈ちゃんボード『ファイト』!」 ──────
栞子「ふぅ……」
副会長「お疲れさまです、生徒会長」
栞子「副会長」
副会長「とても良い挨拶でしたよ、会長」
栞子「……! そう、思えましたか」
副会長「ええ。……私はまだ、もしかするとあなたと分かり合えない部分があるのかもしれませんが──貴女があの挨拶の内容を遵守するというのなら──」
副会長「私も微力ながら力を尽くします」
栞子「……ありがとう、ございます」
副会長「ああ、そう言えば。会長の挨拶の最中に、宮下さんのお友達が来られていましたよ」
栞子「え? 愛さんの? どんな用事だったのですか?」
副会長「はい。なんでもここに戻ってきてからでいいので、二年生の教室に来て欲しい、とのことで……」
栞子「二年生の教室に? なんでしょうか……わかりました。少しここはお任せしますね」スッ ──────
しずく『あらベン!』
部長『やあルーシー! 今日はキミにプレゼントを持ってきたんだよ』
しずく『まあ! きれいな指輪……! こんな素敵なものを貰って良いのかしら!?』
部長『もちろんだよルーシー……。ねえ、ルーシー。僕はこれから旅行に出かけるんだけど、少し確かめたい事があって……』
しずく『確かめたい事?』
部長『そう、それはとても重要で……いや、君には重要ではないかもしれなくて……でも僕にとってはとても重要な……』
アナターノリソーノヒロインー
しずく『あらごめんなさいベン! 電話だわ! もしもし──』
──────
侑「んふっ……折角プロポーズしたいって言うのに電話ばっかりで……くふふふ……この劇めっちゃ面白いね……ぷくくくっ」
愛「これなんだっけ……どっかで読んだことある様な……」
璃奈「もとはオペラ。『電話』っていう題名。寸劇用に縮めてるみたい。愛さんは私の部屋の七色いんこを読んだから覚えがあるんだと思う」
愛「ああー! 通りでなんか記憶にあるなと思ったんだよね……ゆうゆ、大丈夫?」
侑「ぐふっ……あの部長さんが、電話にすら嫉妬してて……しずくちゃんに振り回されてて……ぐふふっ」
愛「……りなりー、アタシの出番も近いし衣装の最終確認、良いかな」 璃奈「ラジャー。……愛さん、口は回る?」イショウヨシ!
愛「おぅ! あー、あー……卵か先か鶏が先? 考え──」
璃奈「ストップ。それ以上はステージ上で」
愛「なんでさ?」
璃奈「喉の元気は残しておくべき」
愛「確かに一理あるね。ゆうゆは……おーいゆうゆ、息してる?」
侑「ヒーッ……ヒーッ……あ、あいひゃ、わたし、しぬ……ぐるじぃ……」コヒュー コヒュー
愛「喜劇で死ねたら本望かもね……」
璃奈「笑顔で死ねるならそれはそれでいいのかも。……あっ。愛さん、もう劇が終わる。演劇部の後は短い発表の部だから、すぐに愛さんの番、準備はいい?」
愛「おうさ! 軽くヘビーにブチアゲてくるよ!」スッ
璃奈「うん。ここから見てる……!」パァン
侑「あははっ、しぬ、ほんと、いひひひっ、わらっ、じぬぅ……ふっきんわれる……」ピクピク……
璃奈「……侑さんしっかりして……」 私は極力急ぎ足で指定された教室へと急ぎました。長い用事でなければ、戻って愛さんのステージが見られるかもしれませんし。
愛さんのステージ。ネットでは何度も見返した彼女のライブは、画面越しからでも凄まじい力を感じました。見る者の心を照らし、上向かせる強烈な力。
きっとそれを生で見ることが出来れば、もっともっとその魅力を身近に感じることができるかもしれない……私はそう期待して今日のライブを楽しみにしていたので……。
足取りは軽く、指定された教室の一つ前の教室を通りかかった瞬間。
ぐん、と左腕を何かに掴まれました。声をあげる暇もなく。そのまま体が左に倒れる。いいえ。倒れる、というよりも引きずられる、という方が妥当だと思ったのは。
「っぁ」
教室の床に体を投げ出され、みっともなく左半身を打ってしまったから。
何を。何が。何に。
焦りとか恐怖とか痛みとか、そういうものよりもまず困惑が私の頭の中を駆け巡り──一瞬にして視界が暗くなりました。
「いやぁッ!!!」
ようやく全身に命の危機を感じ、恐怖と緊張から金切り声が私の喉から放たれました。
けれど私の叫びも虚しく、後頭部で何かを結ばれる感覚と同時に、誰かに両手首を掴まれて──そのまま身動きが取れなくなりました。
「あ……ぁ……」
叫ぼうとして、けれど今度はもう恐怖のあまり声が出せずに、情けなく掠れた音を漏らす他にありませんでした。
「……なに? 叫びたかったら叫んでいーよ?」
「どーせ今日は生徒なんてこないし? せんせーも殆ど講堂か職員室で?」
「誰も来ないけどね」 耳に飛び込んできた三つの声。一瞬の静寂の後、何がおかしいのか三つの笑い声が耳朶を打ちました。
三人とも女子の声で、床に倒れた時に一瞬見えた制服で、学園の生徒と言う事だけは解りました。
「あんた、痕だけは残すなよ?」
「わかってるって。アタシこういうの得意だからさァ」
「ウケる! あんたカレシとこういうのヤってんの?」
三つの声。それ以外新しい声音はなく、どうやらこの教室には私を含めて四人しかいないようでした。
ただ、それが分かったからと言って視界を封じられ、両手首を締め付けられ床に押し倒された状態では、何一つこの恐怖を取り払う手掛かりにはなりません。
「な、なにが……なにを、するんですか。なにが、目的なんですかっ」
声に湿り気を隠せず、みっともなく震えた声を必死に絞り出しました。叫びたくてももう叫べない。一秒時間が経つごとに、わからないことだらけの現実に恐怖の色だけが深まっていきます。
「ちょっともう半泣きじゃん。アタシらまだ何もやってないってのに」
「いやいやいやいや、もうやってるっしょコレ。何ならもう全泣きでもおかしくないから」
二人の声音はまだおもちゃで遊ぶ子供のような色で、私は微かに息を吐きます。何か聞いて、少しでも何かを知らなければ……この恐怖に耐えられない。
「ねえアンタさ、本気で何もわかってないの?」
瞬間。吸った息が全く吐けず、代わりにおかしな声が漏れ出ました。 「な、にが……」
「アンタほんとにスゴいわ。ふつうあんなに虐められたら不登校かせんせーにチクるかの二択じゃね?」
何を言っているのでしょうか……。
「一体、何の話を……」
「虐められてもノーダメなんか? って話だよ!」
顔の近くで床を思い切り蹴りつけられ、衝撃が私の体を襲い、思わず身を縮こませます。
うなる様な床の音に、もしそれが私に振り下ろされたらと考え、全身から汗が噴き出しました。
「アンタさぁ……最近の自分のことどう思ってんの」
私の問いなど道端の小石の様で、彼女たちは口早に私に質問を浴びせます。
……最近の、自分の事。一体何の。どういう質問の意図で。何を考えて、彼女たちは。
恐怖と混乱でマヒした私の頭では、彼女たちの言葉の意味を理解することはできず。
「自分が今までやってきたことはどうなんだよ!!」
今度は床ではなく。私の後ろの机を蹴り飛ばす音がしました。
がらんがらんと机が倒れる音が異様に大きく聞こえ、私は息を呑みます。
「自分さ。ここ最近随分良い子になったみたいでよかったじゃん」
「悩みを一緒に解決しましょーって。わーい会長やさしー」
「今までの事は全部水に流して、これからがんばりまーすってかぁ?」 静寂。いえ。恐怖に支配された私の荒く浅い息だけが、教室に響いています。彼女達は。彼女達の発言の意図が──。
「ざけんなッ!」
「──っ!?」
引きちぎられる思考。耳を刺す衝撃。見えない恐怖。動けない恐怖。こわい。たすけて。
「はいよかったねで済ませられると思ってんのかよお前はさぁ!?」
ぐん、とベストを掴まれて無理矢理立たされる。全身に力が入らず、膝から崩れ落ちる。
「立てよお前ッ!!」
「うぁっ──」
胸倉を掴まれて、無理矢理に立たされる。つま先が辛うじて床に触れ、息が詰まる。
「お前がやってきたことが許されると思ってんのかよ!」
見えない視界。でもきっと、目の前で怒鳴られているということが想像できて──いいえ。想像できてしまうからこそ、余計に怖い。
「ひぁっ」
もう、気丈に振舞う力も虚勢を張る勇気もなく。私はただ恐怖に震え続けます。ただもう、いっそのこと殴られた方がまだマシだと思いながら。
「なぁ」
短い言葉。視界がない分、耳でよりその感情を捉えてしまう。三人とも、間違いなく怒りに震えている。
「お前何してんの? 愛ちゃんに何言われたか知んないけどさ。他人には無理矢理他の部に転部させて、自分は何やってんの」
「興味がある部に入ってんだ。他人が泣きながら転部させられて、それでお前は自分の好きなことをやってんのか?」
「は──、ぁっ」
上手く息ができないのは、ブラウスの襟を掴まれているからじゃない。怖くて体がまともに動かなくて、息ができない。
「なあ。お前なにも考えてないよな。全部自分の都合でやってんだろ」
自分の、都合。そんなわけが。 「結局自分の理想を他人に押し付けて満足しちゃってんだろ? 自分が正しいと思ってっからなんにも思わないんだろ?」
ちがう──。そんなつもりじゃ──。
「見下してんだろ、アタシらのこと」
そ、んな……ち、がいます……。
「さぞかし三船財閥のお嬢ちゃんは凄いんだろうなぁ。アタシらとは生まれも育ちも違うから。自分だけが正しいって思ってんだろ?」
わたしは……。
「そう考えてんならさ。あんたのその態度。分からせてあげよっか。他人にも感情ってのがあるって事をさ」
ぐっと。ベストの胸の辺りを強くつかまれたかと思うと──。
「っ!?」
布が無理に引きちぎれる音。その中に混じる、ベストを留めていたボタンが床に落ちる、乾いた音がやけに鮮明に聴こえました。
そのまま後ろ手の両手首に巻き付けられて、ブラウスとスカートだけの格好になります。
「なぁ。これから何されると思う」
何が。とも。何を。とも。
「服の下ならさ、分かんないと思うんだよね。特にブラの下とかさ」
言い終わるか終わらないか。ブラウスの隙間に手が差し込まれます。そのまま掴まれて同じようにボタンが飛んで床に落ちる音がしました。 ああ。これが、私が今までやってきた罪に対する罰なのだと、恐怖に震える頭の中でかすかに思いました。
この仕打ちを受けることは、当然の帰結。罪に罰を与えられるのは、なにも間違ったことではありません。
人を悲しませ、不幸にし、自分だけは救われようとした私に、お似合いの末路だと思いました。蜘蛛の糸など、私には存在しないのですから。
そう。初めからこれは解って居たこと。私が今まで歩んできた道は、昏く狭く、人の怨嗟を踏みにじって歩んできた道。
太陽に照らされた道の前に立っていても、今まで歩んできた道が消えるわけではない。
これは私に刻まれた罪の証。贖罪を、罪の意識を抱え、片時も幸せを望むことなど、私には許されない。
他人の夢を奪い我欲のままに蹂躙してきた大罪人には、ちょうどいい末路ではないですか。
「ぁ……ぅ」
ぽろぽろと、涙がこぼれていきます。なぜ泣くのでしょう。なぜ悲しいのでしょう。
罪人が罰を受けることは自然の道理であるから、悲しむことなんてあり得ないのに。
なぜこんなにも辛いのでしょう。何が私を辛くさせるのでしょう。これは初めから決まっていたことなのに。
「愛ちゃんに媚売れば、許されるとか思ってたんじゃねえよな!!」
愛さん。ふっと。彼女の優しい笑顔が浮かびました。
──愛さんもめっっっちゃ楽しかった!!
──しおってぃーが言い返してるのも、見たくないんだよ……。
──アタシとしおってぃーは、友達。友達が悲しんでいたら、一緒に居るのは当然なんだよ。
──どんなことがあっても、愛さんが必ず一緒に居るから。
──一緒にやって、同好会に行こう! 愛さんと一緒に楽しい事しようぜ!
あ。ああ。わたし。嫌なんだ。悔しいんだ。悲しいんだ。愛さんの隣に居たいのに。こんな風に汚されてしまったら。私。愛さんの隣になんて。立てない。 悲しい。怖い。悔しい。苦しい。辛い。自業自得でも。愛さん。どうか私を。こんなわたしを。
「……たすけて、ください──っ」
私の小さな、最後の呟きは、何一つそれを現実にすることなく、虚空へと溶けて。
突如身体も虚空に投げ出され、そして──。 ──お前ら何やってんだッ!!!!
居ないはずの──。
あの太陽の輝きを──。
昏い視界の中に、確かに私は見ました。 ──
────
──────虹ヶ咲学園 講堂 舞台袖 着替えブース
愛「ふーっ……あっちぃ……」
璃奈「愛さんお疲れ様。ライブ、最高だった。璃奈ちゃんボード『大興奮』」
愛「いやー愛さんも今日は特にブチアガったよ! 身体もいつもより良く動いたし、声も出た感じする! 入学キボーの子もだいぶノってたし」
侑「愛ちゃん良かったよーッ!! 最高、トキメキがもう止まんない!!」バタバタ
愛「おおー、久々のトキメキモードのゆうゆじゃん!」ケラケラ
璃奈「この時の侑さん、面白いから好き」
侑「ええっ!? それ私がまるでいつもつまらない人みたいな!?」ガーン
璃奈「あっ、誤解。いつもはちょっと面白い」
侑「ぐへぇ!」
愛「あははははっ、りなりーもゆうゆもテンションアガって──」
「あいあい!」
愛「あれ? かおりん? どったの?」
「いや、あいあいまだここに居たんだね?」
愛「え? そりゃ……そうだけど、何かあった?」
「ううん。ただあいあいのライブのちょい前に生徒会長とすれ違ってね。愛さんの友達に呼ばれてるーって。あいあいのライブもうすぐなのになーって」
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