善子「ねぇ、運命ってあると思う?」
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花丸「……そっか」
花丸「うん、確かに。マルもそういう話を聞いていないと言えば、嘘になる」
花丸「別に、お寺を継ぐことを強制されてるとか、そういったことはない」
花丸「だけど、継がないのなら継がないで、お寺は人の手に渡ってしまうこともあるかもしれない」
花丸「そうなったとき……というか、そうなる場合。かな」
花丸「相手の人が、その家の女であるマルを求めないとは限らないって」
花丸「もちろん、断っちゃいけないわけじゃない」
花丸「だけど」
花丸「じっちゃんもばっちゃもどんどん衰えていくずら」
花丸「別にいいよ。って、言ってくれてる」
花丸「気にしなくていいからね、って、笑ってる」
花丸「でも……今までわがままを許してくれて、あんまり恩を返せていないのに」
花丸「遺されていくお寺すら放り出して自分の好きに生きていくのは……どんなに、不孝なんだろうって」
ダイヤ「……花丸さんは、優しいのね」
花丸「違うっ」
花丸「優しいなら、優しいなら迷わずに受け入れてるずらっ」
ダイヤ「いいえ、優しいからこそ悩むものですわ」
花丸「っ」
ダイヤ「一度きりの人生を他者の願いに寄り添わせることができるのは、相手を想う優しさがあるからこそです」
ダイヤ「しかし、我を捨てその道を行くのならばそれはただの自棄でしかありません」
ダイヤ「育てて頂いた自分を大事に思い、受けた愛情を大切に感じて、返すべきであると思っているからこそ」
ダイヤ「自分の幸か、親の幸かを悩むのです」
ダイヤ「どちらが最も、親の幸福であるかを考えてしまうから」 ダイヤ「花丸さんはまだ、一年生」
ダイヤ「存分に悩んでください。気が済むまで、問い続けてください」
花丸「っ」
ダイヤ「………」
花丸(優しい。そうとしか言えない抱擁に包まれる)
花丸(姉がいたら、兄がいたら)
花丸(こういう風に抱いてもらえたのだろうかと、熱くなる)
花丸「こんなところ見られたら、噂だけではすまないずら」
ダイヤ「構いませんわ。疚しいことなどないのだから、堂々としていればいいのです」
花丸「………」
ダイヤ「………」
花丸(ダイヤさんは抱いてくれる)
花丸(限りなく優しい力で抱きしめて、そっと頭に手を置いてくれた)
花丸(大丈夫。そう言われているようで)
花丸(ちっぽけな自分が縋ってもいい、大きな人がいると感じさせられるようで)
花丸(何の気なしに手を回すと、ダイヤさんは何も言わずに受け止めてくれる)
花丸(これも、消えちゃうのかな)
花丸(この暖かさも、優しさも、思い出も)
ダイヤ「……ごめんなさい」
花丸「マルの方こそ、ごめんなさい」
花丸(ダイヤさんがなぜ謝るのか。訳も分からずに、ただ、そう返した) 花丸(放課後にはもう、ダイヤさんと二人きりによる噂は霧散していた)
花丸(結局、女の子の女の子による女の子のための愉快なお噺でしかなかったのだろう)
花丸(それは別にいいのだけど)
花丸(マルとしては少し、寂しい気持ちにもなる)
花丸(ダイヤさんとの関係が男女の恋中のようなものに発展したいとは)
花丸(あんなことがあった今も別に思うわけではないけれど)
花丸(あの温もりを、あのほほえみを)
花丸(国木田花丸が失ってしまうのは惜しい。そう、思った)
善子「なにぼーっとしてるのよ」
花丸「そんな、呆けた顔してた?」
善子「間抜けずらではなかったわよ。ずらだけに」
花丸「大丈夫?」
善子「心配そうな顔すんな!」
善子「心ない顔してるから、冗談言ってあげただけよ」
花丸「言いたいことは分かるけど、ここにあらず。って、ちゃんと言ってよ」
善子「そうね……言い返せるなら良いわ」 善子「昼休み、戻ってきてからちょっと……わけありな顔してたから」
花丸「え゛」
善子「言ったでしょ、心ここにあらずって」
善子「結構深刻そうに見えたから」
善子「さすがに、みんなも茶化したりしなかったのよ」
善子「別れ話とか、振った振られたとかそういうあれって感じでもなかったから」
善子「例の話が関係してるって思って……」
花丸「あぁ」
花丸(気づけば、誰もいない)
花丸(さすがに、噂のこともあってか)
花丸(今日はダイヤさんがいないみたいだった)
花丸「心配させた?」
善子「ダイヤの胸倉掴んで壁に叩きつけてやろうかと思った」
花丸「できもしないこと言っちゃって」
善子「やろうと思えばできるわよ。そう思わないだけで」
花丸(手のひらを見せた善子ちゃんは)
花丸(本当にできてしまいそうな余裕の笑顔を見せる) 読ませるなあ、先が気になる
>>283
亀でごめん、ありがとうございます
読み逃してたけどすごく面白かった 花丸「これはあくまで推測というのを念頭に聞いて欲しいずら」
善子「そんな物々しい話ってわけ?」
花丸「認識の相違を避けるためだよ」
花丸(実際に暗い顔していたのは、別の理由だけど)
花丸(関係ないと切り捨てるのは事実ではあれ、辛辣だし)
花丸(一応、繰り返しの件で話したこともあるし、その連携はしておく方がいい)
花丸「ダイヤさん曰く、この繰り返しには神様が関わっていない可能性があるって」
花丸「テストの内容の変動率から見て、運命による収束が行われてるとは思えないみたい」
善子「私が絶対に満点を取ることが出来ないって運命に収束してる可能性は?」
花丸「問題を変えたところで、善子ちゃんが正解できないとは限らない」
花丸「テスト範囲と全く関係ない部分から出題されるならともかく」
花丸「見た限りでは、テストの範囲内だったよね? つまり、正解は不可能ではない。と、言えると思う」
善子「……一理ある」
花丸「だから、この点に関しては、運命の関与がない。ただし、ここで一つ問題がある」
花丸「なぜ、こんな"観測者の関わらない出題"が、常に変動するようになっているのか」
善子「運命による収束の影響を受けていない。つまり、神による介入が行われていない?」
花丸「うん。そう考えられる」
善子「確かに、観測者による介入であるならともかく、まったく意図していないところでの絶対的な変化は不自然だと言えるわね」
善子「それも、同じ一週間を繰り返してるのなら、なおさら」
善子「もっとも、これがただの繰り返しではなく時間軸。あるいは世界軸レベルでの推移であるのだとしたら、不思議ではないかもしれないけどね」 花丸「繰り返しの規模かぁ……」
花丸「可能性を考えると、キリがないずら」
善子「そう。そこが問題なのよ」
善子「今回の黒魔術に関して、どの程度の規模で行われるか」
善子「ちょっとこれ見て」
善子「"鼠を食い殺す牛、偽りの輝きを持って、天へと昇る"」
花丸(何かを言いながら、善子ちゃんはメモを一枚、見せてきた)
花丸「……詠唱?」
善子「方法。この黒魔術の」
善子「まぁ、ある意味では詠唱ともいえるかもね」
花丸「善子ちゃんは、自分でこの方法を解いたの?」
善子「色々黒魔術をあさってれば分かるわよ」
善子「花丸だって、このくらいの謎解きは簡単でしょ?」
善子「特に、これに限っては日本式」
善子「分かりやすく言えば、黒魔術というよりも呪術」
花丸("鼠を食い殺す牛"、"偽りの輝きを持って"、"天へと昇る")
花丸(正直、時を繰り返すことには何の関与もなさそうな呪術に思える)
花丸(でも、ただ文字通りにとってわかるようなことじゃないんだろうなぁ) どう読んでも黒魔術でしょ
昇るじゃなく昇れで終わってライトニングブルスピアとか雷系統の魔法 花丸(鼠を食い殺す牛……はなんだろう?)
花丸(鼠と牛が関わっていて、日本式の呪術)
花丸(呪術で牛と言えば、丑の刻参りが有名かな)
花丸(十二時辰、ねーうしとらうーたつみー……)
花丸(丑の刻と来て、鼠なら子の刻だろうし、牛が鼠を食い殺す……重なるのは1時)
花丸(偽りの輝きは、何かな?)
花丸(偽りがキーポイントなら、人工灯の可能性もあるけど、呪術においてそれはない)
花丸(だとすれば、自然的な輝きでありながら、偽りの輝きということになる)
花丸(深夜一時での自然発生する輝きと言えば、星か月)
花丸(それが偽りかどうかはともかくとして、それ自身の輝きではないことを意味するのなら、月明かり)
花丸(天へと昇る)
花丸(時間の逆光の呪術なら、すでに過去の時間1時を食い殺すという逆転は起きてるけれど)
花丸(天がもしも時であるなら、時を昇っていくと言う意味になるのか)
花丸(天は天じゃなく転じる。という可能性もあるけど)
善子「別にそんな深く考えるようなことじゃないわよ」
善子「鼠と牛は子丑の食い合う時間、1時ちょうどに、外の出来る限り高い場所。まぁ、屋上ね」
善子「そこで、鼠を食い殺した牛を焼くのよ。もちろん、牛は置物で可」
善子「そんな感じの、ほんと、簡単な呪術……なんだけどね」
花丸(思ったより効果は重かった。と、善子ちゃんは困ったように笑う) 花丸「これ、善子ちゃんは初めから時間に関する呪術だって知ってたの?」
善子「いや、色々あさってたら出てきただけだから……でも、これしかないって、直観的? 本能的にそう思ったのよ」
善子「で、実際に一週間前に戻ってきた」
善子「気になって詳しく調べても情報は出てこない」
善子「ま、そうよね。下手な暗号みたいな形で伝承されてる繰り返し呪術だし」
花丸「ダイヤさん曰く、"永遠の停滞"なのではって話だよ」
花丸「死を迎える人、あるいはその親類縁者が別れを惜しんで、死ぬけど死なない時を繰り返す」
善子「……だとすれば、死ぬ人間が記憶を引き継がないのも理由はある。か」
善子「逆に、この場合は呪術師が正しいかしら? その人は、記憶を引き継がなければならない」
善子「繰り返しのペナルティ……そう。同じ時を生きることは出来ず、死を記憶し続けなければならない。的な」
花丸「うん、確かね」
善子「……ただ、そうなると花丸がどうあがいても死ぬってことにならない?」
花丸「そこが問題だってマルも思ったし、ダイヤさんも考えた」
花丸「そこで提案されたのが、呪術の中断ずら」
善子「……まだ、やってないのに?」
花丸「ううん、繰り返しの起点を日曜日の夜中に設定してる何らかの黒魔術あるいは、呪術が機能してるかもしれない」
花丸「それを、中断するずら」 善子「でも、それが何なのかは分かってないんでしょ?」
花丸「うん……だから、それを突き止めるのが先決だと思う」
善子「そうは言ったって……」
花丸(善子ちゃんは神妙な顔つきで呟いて、はっとしたように首を振る)
花丸(次で救うための情報集め)
花丸(そうやって割り切ればいいと考えるのと、もう殺したくないという足枷の摩擦感)
花丸(マルの我儘のせいだ)
善子「今日はもう夕方。絞り出しても半日」
善子「木曜日と、金曜日……でも」
花丸「マルが死ぬのは、いつ?」
善子「………」
花丸(それを聞いてしまえば、現実味が増す)
花丸(その瞬間が怖くて、何もできなくなったっておかしくはない)
花丸(大丈夫という意志をよそに、体は恐怖に正直だから)
花丸(だからかもしれないし、また、別の理由かもしれないけれど)
花丸(善子ちゃんもダイヤさんもマルに"今週末の死"であることくらいしか、知る権利はくれていない)
花丸(だけど、ここまで来たのなら。知らなければいけないこともある)
花丸「教えて、善子ちゃん」
善子「……覚悟は出来てるってやつ?」
善子「私にも覚悟するくらいの時間……なんて、そんなのはいくらでもあったか」
花丸(嘲笑。善子ちゃんの表情はそれ以外に形容できないほどに複雑で単純だった)
善子「金曜日よ。金曜の放課後……時間は結構ばらばらだけど、基本的に夜まで生きてることはなかったと思う」 花丸「金曜……」
花丸(あまりにも、近い)
花丸(金曜日である可能性も考慮はしていたけれど)
花丸(覚悟が出来ていたわけじゃない)
花丸(死ぬまでの時間が明確化して、その、あまりの余裕のなさに焦りが滲む)
善子「一度、目の届かないところで殺されたことがある」
善子「でも、それでも多分金曜日中だったはず」
花丸「そっかぁ……思っていた以上に、早いね」
善子「……ダイヤには一応、話してある」
善子「だからね。今日からしばらく部活を休むって」
花丸「マルは日常を謳歌したいんだけどなぁ」
善子「我儘でしょ。みんな」
花丸「そうだね」
花丸(咎める理由はあっても権利はないか)
花丸(今から生きたいと叫んで、それで善子ちゃん達が救うことが出来なかったら)
花丸(それはどれだけ、心を抉るのか)
花丸("生きたい"も"助けて"も。死んでも言うわけにはいかないね) 花丸「とにかく、マルが触れてしまった"呪術"を調べる方がいいと思う」
花丸「時間はないけど、やれることはやっておきたいと思うし」
善子「……達観したこと言って」
花丸「マルは、善子ちゃんに後悔して欲しいわけじゃないから」
花丸「だから、全力で取り組んで、それでもだめだったから。そんな、妥協をして欲しい」
善子「出来るわけないでしょ。そんなこと」
善子「して良いことと、しちゃダメなことがある」
善子「善悪も関係ない。それは、生きる上で諦めちゃいけないことなのよ」
花丸「マルと善子ちゃんは、結局他人なのに」
善子「だったら、今からでも恋人になる?」
善子「よくあるでしょ。恋をした相手を救うためならうんぬんかんぬん」
善子「大義名分が必要なら、作るわ」
花丸「なりふり構ってないずらね」
花丸(冗談みたいな口ぶり。でも、善子ちゃんが本気なのが伝わってくる)
花丸(恋人がどうとかじゃない。マルを救いたい。その一心なんだって)
花丸(そのための手段、理由として必要なら、自分の貞操だって捨てる覚悟もあるのかもしれない)
花丸(その本気。こんな状況じゃなければ嬉しいことなのに)
花丸(今は、胸が苦しくなるだけだ) 俺「運命はあるんだヨハネ」
ヨハネ「よ、よ、善子ちゃんよぉ〜」笑瓶兄風に 高圧的な告白は女の子の特権
やっぱ善子はレズだったんやな 花丸「気持ちは嬉しいけど、恋人にはなれない」
花丸「特に、そんな投げやりな交際は嫌ずら」
花丸(どうせなら)
花丸(死の間際、川に流れる短冊のような願いではあるけれど)
花丸(どうせなら、格好良く救って、これからも一緒に。と、決めて欲しい)
花丸(もちろん、それを口にすることはないけれど)
花丸「善子ちゃん、今日もうちに来るずらか?」
善子「告白断っておいてそう来るか」
善子「なんか、友達でいたいって言われた気分だわ」
花丸「そんな大それたことだなんて、思ってないくせに」
花丸(動揺、してないかな)
花丸(いつも通りでいられてるかな)
花丸「帰ろっか」
善子「ん。練習いかないの?」
花丸「調べもの。したいでしょ?」
善子「まぁ……させてくれるなら喜んでいくけど」
花丸(思ってたよりも近い死の刻限)
花丸(あぁ、死ぬんだな……と、実感湧く心の喧騒が耳に届きませんようにと、鞄を抱く) 俺「あるよ運命は。ほらあれ。」
花丸「このお弁当うんめいずら〜♪」
善子「それかい!」 花丸「ただいまー」
「おーお帰り〜」
花丸(ばーちゃんの少し間延びした返事にもう一度ただいまを繰り返す)
花丸(昨日も来たからか、お帰りと言われた善子ちゃんもただいまと、苦笑する)
善子「……母親は義母だけど、お祖母ちゃんも義祖母ってなるの?」
花丸「なぜそんなことを?」
善子「なんとなく?」
花丸(ニコニコする善子ちゃんと一緒に部屋へと向かおうとした矢先)
花丸(ばーちゃんはそうそう。と、思い出したように台所の方から顔を覗かせた)
「少し前に、黒澤さんが来てただよ〜」
善子「黒澤……さん?」
花丸「ダイヤさんずら」
花丸(ルビィちゃんなら、ルビィちゃん)
花丸(ばーちゃんが黒澤さんって言うなら、ダイヤさんのことだ)
花丸「ダイヤさん、何しに来たずら?」
「"特別なことなかったか〜"って聞いてきたっけなぁ」
花丸(いつもとあまり変わらなかったって答えたらしいけど)
花丸(ダイヤさんは出来れば日曜日にあったこと教えて欲しいと言っていたと、ばーちゃんは不思議そうに言った) 善子「ダイヤ、練習休んでこっちに来てたのね」
善子「あの話を調べてるのかしら」
花丸「たぶん」
花丸(日曜日に何か特別なことがなかったか)
花丸(そもそも、何があったのか)
花丸(ダイヤさんとしては、日曜日の何かがマルを呪術に引き込んだ可能性があると考えていて)
花丸(それは、マルが直接的ではなく、間接的にかかわったものである可能性も含まれているのかもしれない)
花丸「元々、このお寺にあったものである可能性もあるずら」
善子「それね……」
善子「元々家にあった何かが、外因的な理由によって効果を発揮した」
善子「確かに、ありえない話じゃないわね」
花丸(善子ちゃんは考え込みながら)
花丸(いつもよりもトーンの落ちた声で呟く)
善子「黒魔術もそうだけど、術は行使するためにそれなりの要素が必要なのよ」
善子「魔法陣しかり、人形や式神、動物を模したモニュメントしかり」
善子「時間、日付、月の満ち欠け……まぁ、色々とね」
善子「それがたまたま重なり合った。ってのは」
善子「呪術は深く知らないけど、そういう曰く付きのアイテムが集まってくるって場所には起こりやすい」
善子「特に、ここってお寺でしょ? 供養のための人形とかがあるんじゃない?」
花丸「うん、その通り……うちには供養の為に持ち込まれたものがたくさんあるずら」 善子「……蔵を見せて貰うことって出来る?」
花丸「頼めば、多分」
善子「なら悪いけど、お願いしたいわ」
善子「絶対に解明できるとは思えないけど」
善子「情報を集められるなら、集めたい」
花丸「了解」
善子「ただ、一つ教えてくれない?」
花丸「なにずら?」
善子「日曜日、蔵に入った?」
花丸「そんな覚えはないずら」
善子「そっか……消えたのか、無関係か」
善子「選択肢が増えただけだわ」
花丸「諦める?」
善子「わけ、ないでしょ?」
花丸(絶望的)
花丸(けれど笑みを浮かべる善子ちゃんの気持ちは)
花丸(その立場になる可能性のある丸にとっては、嫌なほどに分かってしまう)
花丸(そうしていなければ、泣き出しちゃうからだ) 花丸(じーちゃんばーちゃんは危ないからと入る許可はくれなかった)
花丸(供養されているものが、一般人的にはただの人形や道具であったとしても)
花丸(曰くつきの建物での肝試しが、何らかの影響を外界に与えるのと同様に)
花丸(曰くつきの人形や道具たちが、外界に影響を与えないとは限らない)
花丸(要するに、最初の国木田花丸が蔵へ入ったと言うのは考えにくい)
花丸(とはいえ、善子ちゃんが言うように)
花丸(蔵自体が、呪術における要素を満たしていて)
花丸(マルの何らかの行動がその力を引き出してしまった可能性は捨てきれない)
善子「無理に押し入る必要はないわよ」
花丸「でも」
善子「それをしたところで、どうにかなるものでもないでしょ」
善子「だったら、入れなかったってことにして考えたほうが良い」
善子「あの日の花丸がカギを盗んで入ったならともかくね」
善子「全部を知ってるわけじゃない。けど、そんなことできるような奴じゃないわよ。花丸は」 花丸「じゃぁ、どうするずら?」
花丸「蔵に入らなかった。それで?」
花丸「マルが呪術に関わった可能性はどうなる?」
花丸「情報がまた一つ減る。金曜日、なんだよね?」
花丸「どうにかなるずらか?」
花丸(言ったって、どうしようもない)
花丸(そもそも、死ぬ覚悟が出来てるんじゃなかった?)
花丸「………」
花丸(……震えてる)
花丸(手を背中に隠して善子ちゃんを見ると、善子ちゃんはマルを見てはいなかった)
善子「……約束は出来ない」
善子「でも、なんとかしたいわ。どうにかしたい」
花丸(絞り出される声が震えているのは、怒りか、焦りか)
花丸(マルと違って、しっかりとした手をした善子ちゃんは)
花丸(強く握った拳を自分の口元へと押し付けながら、ため息をつく)
善子「自分の使った黒魔術について調べてみる」
善子「明日からは、私の代わりに一緒にいてくれるようダイヤに頼んでみるから」
善子「花丸はダイヤと一緒にいて」
花丸「明日からって言っても、もう、一日半だけどね」
善子「…そうだけど」
花丸「ごめん、嫌なこと言った」
善子「いや、言っちゃう気持ちは分かるから謝らなくていい」
善子「私だって、きっと同じこと言うし」
善子「むしろ、そんなすぐに罪悪感で謝ったりできないから」
善子「その気持ちだけで充分よ」 花丸(あっという間に、木曜日)
花丸(昨日から見ればたった数時間後のことだから)
花丸(当たり前と言えば、当たり前のこと)
花丸(だけど)
花丸(遠足前の小学生、修学旅行前夜の中学生)
花丸(そんな気分ではないのだから、こぼれ落ちていくような時間の速さであって欲しくない)
花丸(だけど、嫌がることだという共通点がある以上)
花丸(早送りで消えていく過去も致し方ないのかもしれない)
花丸(そんな考えを持っちゃうのは、すでに諦念があるから。なのかな)
花丸「はぁ……」
ダイヤ「花丸さん」
花丸「っ!」
ダイヤ「……大丈夫、ですか?」
花丸「ダイ、ヤ……さん?」
ダイヤ「はい、黒澤ダイヤです」
花丸(いつものバス停、隣にいる善子ちゃんはすまーとふぉん?を弄っていて)
花丸(いつ来たのか、ダイヤさんがマルを見ていた) 花丸「ど、い、いつのまに?」
ダイヤ「つい先ほどです」
ダイヤ「ちょうど、足元の小石を見つめて動かなくなったあたり。ですわ」
花丸「………」
花丸(俯いてから。というのは分かったけれど)
花丸(自分がいつ俯いたのかは、分からない)
花丸(不意に名前を呼ばれてはっとした時に顔を上げたから)
花丸(俯いていたのは、多分そうだ)
ダイヤ「善子さん、携帯ばかり弄っていると目を悪くしますわ」
ダイヤ「何より、学校では本来不要であることを、お忘れではありませんわよね?」
善子「ん……ごめん」
花丸「ダイヤさん、マルは――」
ダイヤ「……はい」
花丸「っ」
ダイヤ「大丈夫、わたくしが……絶対に守ります」 花丸(ダイヤさんはマルを抱いてくれる)
花丸(強く温かく)
花丸(駄目だ……だめだ、だめだ、だめだっ)
花丸「っ」
ダイヤ「………」
花丸「!」
花丸(体と体の間に入れた手は、あまりにも軽い力で伸びていく)
花丸(救うなんて言葉が嘘みたいに)
花丸(だけど、ダイヤさんの顔に諦めはない)
花丸(ただただ、優しさだけが満ちる)
ダイヤ「想像は出来ても、理解は出来ない。第三者であるが故の欠点」
ダイヤ「ですから、無理強いはしませんわ」
花丸(本当は生きたい)
花丸(死にたくなんてない)
花丸(ダイヤさんはそれを……きっと……) 善子「昨日、花丸の家に行って収穫はあった?」
ダイヤ「いえ、特には」
ダイヤ「おそらく"今の花丸さんには関係がない"のかと」
花丸「今のマル?」
ダイヤ「ええ。言ってしまえば、今の花丸さんは最初の花丸さんとは別の……そうですね。別の個体。と言いましょうか」
ダイヤ「同じではあるけれど、同じではない存在なのかと思います」
善子「要するに、記憶だったり過去だったりに差違があるってことでしょ?」
ダイヤ「簡単に言えばそうですわ」
善子「本来なら関わっている部分に関わっていなかったせいで中途半端」
善子「引き継がれるべき記憶部分が置き去りになった状態……だから、別個体」
ダイヤ「つまり、その記憶が何なのか。そこで何があったのかを解明できれば」
ダイヤ「解決の糸口がつかめるのではないかと思います」
善子「……なるほど。で、方法は見つかった?」
ダイヤ「手は打ちますが、うまくいくかはその時にならなければ分からないのが現状です」
ダイヤ「不安はありますが、やるほかないかと」
善子「詳しく話せる?」
ダイヤ「いえ、知られると何があるか分からないので……すみません」
善子「良いわよ。任せる」
ダイヤ「ありがとうございます」 花丸「黒魔術の行使に中途半端にかかわったから記憶を引き継げなかったって話じゃなかったずらか?」
花丸「なのに、マルが本来のマルとは違うって、言われても……」
ダイヤ「すみません、最適な説明が思いつかなくて」
ダイヤ「あくまで、便宜上別個体という形で説明したと思ってください」
ダイヤ「花丸さんは現在、本来あるべき記憶がない」
ダイヤ「しかし、本来あるべき記憶を持った花丸さんも存在しているはずなんです」
ダイヤ「だから、二人の花丸さんがいると仮定してるだけで」
ダイヤ「花丸さんが偽物というわけでは……いえ、申し訳ありません」
花丸(ダイヤさんは説明をしながら、唇をかむように俯く)
ダイヤ「そのような説明になってしまったのは否定しようがない事実です」
花丸「………」
ダイヤ「謝罪の意味も込めて……とは言いませんが、なんでもいたしますわ」 花丸「……なら、一緒にいて欲しい」
花丸「通学路も、授業中も、お昼も、帰りも、夜も、明日も……」
善子「花丸?」
花丸「ずっと、一緒にいて欲しいずら」
善子「いや、さすがに授業中は私に任せなさいよ」
善子「二年生ならともかく、三年生だし無理でしょ」
花丸(無理なことなんて、百も承知だ)
花丸(でも、本当に助けてくれるなら)
花丸(絶対に守ってくれると言うなら……と、思う)
花丸(悪いことだと分かってはいても)
花丸(どうせ死ぬんだからという諦念があるせいか、我儘は、収まりを知らない)
花丸(なのに、なのに……)
ダイヤ「そうですわね……無理かもしれませんが、やれるだけやってみましょう」
花丸(ダイヤさんは少し考えただけで、出来ないとは言わなかった) 「……と、いうことで、今日と明日は後ろに生徒会長の黒澤さんがいるけれど、あまり気にせず授業に集中してくださいね」
善子「……マジ?」
ルビィ「冗談じゃ、ない……」
花丸(先生の説明にざわつく教室)
花丸(気にせずと言われても無理な話で、クラス中の視線が一点に集中する)
花丸(先生曰く、浦の星女学院最後の生徒会長として、各学年の授業風景などを記念として記録しておきたいから。という話だけど)
花丸(生徒会長黒澤ダイヤ、どんな手を使ったのかは闇の中……の方が良いのだろう)
花丸(ダイヤさんは特別に用意された机と椅子を借りて、一番後ろに自分の席を作っていた)
花丸「……本当に」
ダイヤ「………」
花丸「っ」
花丸(マルが振り返ると、ダイヤさんはすぐに気づいて微笑む)
花丸(マルに向けられたものだと、マルと善子ちゃんだけが察する中)
花丸(それが自分のものではないかと、黄色い声がどこからともなく)
花丸(思い込みは相も変わらず視野を狭めるものだなぁ。なんて、逃避しようと考えた) 花丸(授業の合間の休息時間)
花丸(瞬く間もなく広まったダイヤさんの話のせいか)
花丸(絶え間なく、教室を覗きに来る女の子達の山)
花丸(生徒会長という肩書、黒澤という姓、三年生という憧れ)
花丸(積み上がる人の希望にも似た象徴は)
花丸(学生という未成熟な中で、とりわけ中立に位置する高校生にはやっぱり、魅惑的なのかもしれない)
花丸(それが華々しい太陽だとすれば、マルはきっと、陰だ)
花丸(月にすら届かず、見上げる亀ですらなく)
花丸(そこに何かがあるからという理由で生まれ、気に留められることなく踏み躙られて、失われたからと消え去る)
花丸(生きる意味は? 守られる価値は?)
花丸(みんなから慕われている黒澤ダイヤという存在が)
花丸(みんなを思う優しさを持っている津島善子という存在が)
花丸(心砕かれることを分かっていながら、関わり続けるほどの何かを、マルは応えられるのだろうか)
花丸「……無理ずら」
花丸(それほど大それたものが、自分にあるとは思えない) 花丸(マルは、ただの読書が好きな女の子のはずだった)
花丸(友人も作らずただ一人ひっそりとしているのではなく)
花丸(適度に友人を作って、適度に関わりを持って)
花丸(いようがいまいが関係なく)
花丸(入学、卒業、入社、退社)
花丸(人生の節目節目で、ふと、"あぁ、そういえばそんな人がいたっけな"と)
花丸(ちらりと見かけた12ロールのトイレットペーパーを見て、そういえばもうなかったかなと思い出す程度の)
花丸(本当の意味で、物語の中でのモブとして終わるはずだった)
花丸(だけど、マルはそうならなかった)
花丸(千歌ちゃんの作ったAqoursというスクールアイドルに関わってしまったことで)
花丸(思えば、あれは重要な分岐点だったのかもしれない)
花丸(関わるか否か。黒澤ルビィという友人を作ってしまった時点で、半ば強制的に定められた分岐)
花丸(明るい道か、暗い道か。本能的に選ばざるを得ない前者を選んでしまった)
花丸(陰が陽に当たればどうなるか)
花丸(分かり切っていたその結末を、もしかしたらなどと空想して)
花丸(結局のところ、国木田花丸というモブは"もしかしたら選ばれるかもしれない"と恋願う主人公の取り巻きだったのだ)
花丸「………」
花丸(……なーんて)
ダイヤ「それは――………?」
花丸(目を向ければ、まるで未来を知っているかのようにダイヤさんはマルに微笑む)
花丸(ここにいるから大丈夫。ちゃんと見ているから。貴女のことを守るから)
花丸(それを語る青緑色の輝きは、今のマルにとっては、目の毒だ) ずるずるやってるけどなんかしらの伏線でもあるのかこのやり取りに 善子「生徒会長の権力強すぎるんじゃないの?」
ダイヤ「本来なら、こんな強引な手は使えませんわ」
ダイヤ「廃校する。というキーがあってこそです」
善子「だからって、ちょっとやりすぎなんじゃないの?」
花丸(昼休み、二年生のところに逃げてしまったルビィちゃんを除いた三人で、空き教室を占拠する)
花丸(わざわざ空き教室にまで出てくることになったのは、)
花丸(ダイヤさんがずっと一緒にいたからだ)
ダイヤ「何でもすると。そう、言いましたから」
花丸「どうして……って、聞いても同じずらか?」
ダイヤ「そうですわね」
ダイヤ「でも、あえて言葉を変えるのなら……花丸さんを救うため。と」
花丸「マルが死ぬのは明日ずら」
花丸「別に、今日は放っておかれても死なないよ」
善子「……ねぇ、花丸あんた――」
ダイヤ「希望を持たされるのが、嫌ですか?」 花丸「嫌ずら」
花丸「死なない方法があるなんて言われたら、マルは喜んでそれに飛びつくよ」
花丸「でも、それが出来る?」
花丸「運命レベルで殺し来るこの世界で、このマルの命を、救う方法がある?」
ダイヤ「ありますわ」
花丸「っ……」
花丸(断言)
花丸(逡巡さえ必要としなかった言葉は)
花丸(反射的な言葉とは思えない自信を感じる)
花丸(きっと、話すことのできない"打つ手"が、それなのだろう)
ダイヤ「あります」
花丸「なら、教えて」
ダイヤ「それは出来かねます」
花丸「じゃぁ、嘘ずら」
ダイヤ「ええ、嘘だと思って戴いてもかまいません」
ダイヤ「ですが、わたくしが救いたいと思っていることだけは信じてください」
花丸「思いだけで何が出来るずら!」 花丸(勢いよく立つと、膝が蹴り上げた机が揺れて、弁当箱が跳ねる)
花丸(机から離れたそれは真っ逆さまに床へと砕けて……飛び散っていく)
花丸「善子ちゃんは凄く頑張ったずら」
花丸「何回繰り返したのかは教えてくれてない。でも……マルの知らない善子ちゃんになっちゃうくらいに頑張ってくれた」
善子「………」
花丸「それに、思いが籠ってなかったって?」
花丸「そんなわけがない……そんなはずがないっ!」
花丸「それでも、それでもマルは死んだ」
花丸「なのに……黒澤ダイヤ一人の介入で、何が変えられるずら!」
ダイヤ「…………」
善子「花丸!」
ダイヤ「善子さん、良いんです」
ダイヤ「花丸さんの言う通りですわ」 ダイヤ「善子さんがどれほどの思いを抱き、繰り返してきたのか」
ダイヤ「わたくしの想像にないほどの大きなものでしょう」
ダイヤ「当然ながら、わたくし一人の思い如きを同列に並べるべきではないはずです」
ダイヤ「必然的に、わたくしが変えられる運命など、微々たるものでしょう」
花丸「だったらっ!」
ダイヤ「だとしても」
花丸「!」
ダイヤ「だとしても。ですわ。花丸さん」
ダイヤ「その微々たるものが未来を変えぬと誰が口にしたんですか」
ダイヤ「その小さな羽ばたきが、運命を変えられないとどうして言い切れますか」
ダイヤ「打つ手がありながら、なにゆえ諦めることが出来るのでしょうか」
ダイヤ「期待しなくて結構、信頼しなくて結構。羽虫のさざめきであると見下して結構」
ダイヤ「ですが」
ダイヤ「貴女の命を諦めろとは言わないでください」 花丸「…………」
善子「……ほんと。それよ」
善子「私が死ぬ日を言ったのは、花丸に諦めて欲しいからじゃない」
善子「希望もないし、時間もない」
善子「だけど、それでもまだ何とかなる可能性はあるんだって」
善子「そう、思ってほしかったから」
善子「なのに花丸、あんたは……」
花丸「………」
花丸(半歩下がって、椅子にぶつかった膝が折れて、席につく)
花丸(充満する弁当の匂い、まとわりつく外の世界の喧騒と)
花丸(嗚咽に近づきつつある善子ちゃんの小さな声)
花丸(目を逸らせない現実があるのに、二人はどうして諦めないのか)
花丸(それを聞くのは、それこそ、繰り返しにしかならない)
花丸「ダイヤさん、断言したずら」
ダイヤ「ええ」
花丸「本当に、それができる確証があるずらか?」
ダイヤ「頷くには心許ないですが、確実性は高いと思っています」
花丸「なら……ごめん」
ダイヤ「いえ、気持ちを吐き出したくなるのも無理はありませんわ」
ダイヤ「わたくしで良ければ、どうぞ。ご自由に」
花丸(そういったダイヤさんはやっぱり、笑顔だった) 花丸(放課後、千歌ちゃん達に今日と明日の二日間休むことを話した)
花丸(ダイヤさんに続いてマル達のお休み)
花丸(何か企んでいるのではと千歌ちゃん達に訝し気な目をされたけど、仕方がない)
花丸(死ぬか生きるかの瀬戸際なのだから……)
花丸(ダイヤさんに怒鳴り散らしていなければ、呑気な三人組に怒鳴っていたかもしれない)
花丸(余裕がない、気が急いてる。時間の流れが奇妙なほどに早く感じる)
花丸(時計の針が十倍……百倍にも感じる)
ダイヤ「善子さんは図書館に行くそうですが、花丸さんは?」
花丸「ダイヤさんは、何か調べたいこととかないずらか?」
ダイヤ「調べものは善子さんに委ねますわ」
ダイヤ「今日明日は、花丸さんの思いのままに」
花丸(笑顔。余裕。でも、なんでか少し……大丈夫な気がしてしまう)
花丸(既知か否かでこれほどに違うのかな)
花丸「じゃぁ、帰る」 ダイヤ「ルビィには、少し嫌な思いをさせたかしら」
花丸「お姉ちゃんが授業中もずっといたら、授業参観みたいで気が気じゃないと思う」
花丸(その状況を作らせたマルが言うことじゃないけど)
ダイヤ「お母様に恥は欠かせまいと、身が引き締まる思い……には、なりませんか?」
花丸「そんな孝行な高校生は世界広しと言えどそこまで多くないと思うずら」
花丸(基本的には、自分が恥をかきたくないよね)
花丸「………」
ダイヤ「………」
花丸(明日、自分g死ぬとは思えないほどに、普通の放課後)
花丸(周りの人も、行き交う車や自転車も)
花丸(何もかもが、ごく当たり前の動きをし続けている)
花丸(だけど、死ぬ)
花丸(マルは……死ぬんだ)
ダイヤ「可能性はありますわ」
花丸「え?」
ダイヤ「一つ、重要なことをお話しておきましょう」 花丸「重要なこと……?」
花丸「それを話して、影響はないずらか?」
ダイヤ「大丈夫です。これについては、花丸さんも既知の事象ですから」
花丸「………」
ダイヤ「善子さんはきっと、最後の問題を間違えます」
花丸「え?」
ダイヤ「明日返されると言う、テスト。昨日の小テストです」
ダイヤ「善子さんは今回も間違えて、満点は取れない」
ダイヤ「しかし間違えた問題は、同じ問題ではない」
花丸「それはそうずら。毎回毎回、問題が違うんだから」
ダイヤ「ええ、そう」
ダイヤ「そういうことなんです」
花丸「……なにが、言いたいずらか?」
ダイヤ「どうぞ悩んでみてください」
ダイヤ「死ぬか生きるかで頭を痛めるより、黒澤ダイヤの意地悪な問で、悩んでください」 花丸(意地悪なダイヤさんは、昨日の善子ちゃんと比べてこれと言って観察するようなこともなく)
花丸(マルの部屋にある適当な文庫本を読んでいる)
花丸(文学少女などと自称する気はないけど、どちらかと言えばその傾向にあるマルよりも)
花丸(ダイヤさんの方が似合っているように感じる)
花丸「ダイヤさん、怒ってないずらか?」
ダイヤ「いえ、まったく」
花丸「失礼なことをしたのに?」
ダイヤ「状況を鑑みれば、致し方ないかと」
花丸「……それでも、言い返すくらいはしてもいいのに」
ダイヤ「いえ……」
花丸(ダイヤさんは呼んでいた単行本を閉じると)
花丸(ゆっくりと、目を向けてきた)
ダイヤ「わたくしも花丸さんを怒らせてしまうでしょうから」
花丸(また、笑顔)
花丸(だけど、何かいつもと違う。そんな気がして)
花丸(その理由がわからなくて、もどかしくなる)
花丸(でも、もどかしいで終わらせてはいけなかった) 冗長か?花丸の心理的変化としては重要な場面だと思うが
SSとしてで言えば長いなもう少し短くて良い 花丸(金曜日は、いつもと変わらなかった)
花丸(祖母ちゃんのつくる朝食、ちょっと曇った空、鳴く鳥の声と、風の音)
花丸(いつも通りと言えないのは、隣にダイヤさんがいることくらい)
花丸(本当に死ぬのか)
花丸(本当の本当はただの冗談なんじゃないかと思えてくるような日常感)
花丸「ダイヤさん、普通に学校に行くずらか?」
ダイヤ「花丸さんはどうしますか?」
花丸(正直、本当に死ぬなら学校なんて行かなくてもいいんじゃないかと思う)
花丸(だけど……)
花丸「行く。みんなに、会いたいずら」
ダイヤ「ではそうしましょうか」
花丸(死ぬのは放課後以降)
花丸(それまでは普通の生活がしたいと、思ったから) 花丸「……忘れてた」
ダイヤ「ふふっ」
ルビィ「うぅ」
花丸(ダイヤさんは今日も、マル達のクラスにいる)
花丸(ふつうはいないから、普通じゃない)
花丸(全然いつも通りなんかじゃない)
花丸(でも、それはマルがお願いしたからで……)
花丸(本来、ありえないこと……なんだよね)
善子「来たのね、花丸」
花丸「うん……来たよ」
善子「前のあんたは、来なかったわ」
花丸「………」
善子「ねぇ花丸」
善子「ダイヤ、何か言ってなかった?」
花丸「善子ちゃんは満点を取れない。だけど、間違えた問題は同じ問題じゃない」
花丸「どう思う?」
善子「……そうねぇ」
善子「結果は変わらない。かしら」 善子「満点を取れない結果は変わらないけど、間違える問題は変わる」
善子「ただ、それだけのことでしょ」
花丸「ダイヤさんは重要だって言ったよ」
善子「……そう」
善子「つまり、今回も私は満点取れないってわけか」
善子「最悪じゃない」
花丸「諦める?」
善子「いや、まだ結果は出てないから」
ルビィ「何の話?」
花丸「今日帰ってくるテストの話」
ルビィ「あぁ……うん、そういえば、そんなのあったねぇ」
花丸(ルビィちゃんは話す間にも意気消沈して頭を抱えていく)
花丸(ダイヤさんがいるせいなのは明白で)
花丸(今までなかったであろうダイヤさんがいるテスト返却という状況に)
花丸(善子ちゃんも少し、困った顔をしていた) ゆったりとした描写も好きだよ
話はちゃんと進んでるし 花丸「………」
花丸(おめでとう、クラス一番だ。という声をかけられた善子ちゃんは)
花丸(返されたテストの点数を一瞥して、苦笑いを浮かべた)
花丸(満点だったらきっと、周りの目なんて気にせずに喜ぶはず)
花丸(……満点は取れなかったんだ)
花丸(クラスのみんなは凄いと言うけれど、事情を知ってるマルは、何も言えない)
花丸(ダイヤさんも同じく察してか、静かに見守る)
花丸(その真剣なまなざしを感じてか)
花丸(ルビィちゃんは気が気じゃない表情を見せるや否や、机に伏せってしまった)
花丸「……で、マルは」
花丸(45点)
花丸(点数は高い方だけど、満点じゃない)
花丸(最後の問題だって、間違えた)
花丸(運命は、決まってしまったのかもしれない) ルビィ「うぅ……が、頑張ったんだよ!」
ルビィ「がん、ばったけど……」
ダイヤ「赤点回避しただけ、良かったですわ」
ルビィ「へっ?」
ダイヤ「実際のテストであるならいざ知らず」
ダイヤ「小テストの50点満点で30点台なら……まぁ及第点と致しましょう」
ルビィ「え……」
ダイヤ「あら。叱ったほうが良い?」
ルビィ「ううんううん! そんなことないっ」
善子「ねぇ、ダイヤ」
ダイヤ「なんでしょう?」
善子「ダイヤは、その……」
ダイヤ「…………」
花丸(善子ちゃんの目が、一瞬だけマルを見て)
花丸(それを追いかけるように流れてきたダイヤさんと目が合う)
ダイヤ「わたくしと花丸さんが何か?」
ダイヤ「まさか、恋仲にあるのでは。とでも?」
花丸「!?」
ルビィ「えぇぇっ!?」 善子「いやいや、何言ってんのよ」
ダイヤ「冗談ですわ」
ダイヤ「もっとも、少々要らない噂をたてようとした人が、二年生にはいたみたいですが」
花丸「二年生……?」
ダイヤ「高海の千歌さんです。もしかして、などと大声で話していたと」
ダイヤ「梨子さんから」
ルビィ「そういえば、お姉ちゃんと花丸ちゃんと善子ちゃんで何か云々って話してた気がする」
ルビィ「その時は付き合ってるとかそういうのはなかったけど」
花丸「少し仲良くしてるだけでこれずらか」
花丸(もっとも、仲良くしてるだけというには、少しばかり密接な関係になりすぎてる感じはあるけど)
花丸(死が二人を分かつまで。なら、まだ物足りないかもしれない)
花丸「まったく、千歌ちゃんも物好きずらね」
花丸「……マルとダイヤさんが付き合ってるなんて、そんなことありえないのに」
ダイヤ「なら、ありえさせてみますか?」
花丸「えっ」
花丸(グィッと、手が引かれる)
花丸(自分と同じソープの香りに、少し大人びた色香の混じった匂い)
花丸(温かいのと、柔らかいのと)
花丸(自分の胸がもっと小さければよかったのにと、妬まれる悩みを覚える)
ダイヤ「"不可能と絶対"が同一ではないことを、教えて差し上げますわ」 ルビィ「おぉねっぉねっった」
花丸「ダ、ダイ……ヤ、さん?」
ダイヤ「どうしますか?」
花丸(ざわつくクラスメイト)
花丸(黄色い声に集まる他クラスと広がる噂)
花丸(慌てすぎて舌を噛んで泣くルビィちゃんと、宥める善子ちゃん)
花丸(渦中の人物のくせして、余裕そうな顔のダイヤさんは)
花丸(その表情とは裏腹に、まじめな表情)
花丸(マルに何でも付き合おうとしてくれてるのは……そういうことずらか)
花丸(授業中も一緒にいる、マルと付き合う)
花丸(不可能なんて覆せると、そう……)
花丸「付き合ったって、どうにもできないずら」
ダイヤ「一緒にいる口実にはなるかと」
ダイヤ「変に勘繰られるよりも堂々としていたほうが良いのでは?」
花丸「どうせあと半日ずら」
ダイヤ「だからこそ。してみたくはありませんか?」
ダイヤ「殿方でないのは申し訳なく思いますが、エスコート。させてください」 ルビィ「お姉ちゃん?」
ダイヤ「………」
花丸(ルビィちゃんの不思議そうな声に押し黙ったダイヤさんは)
花丸(これ以上密な話に流れていくのも。と、誤魔化すように離れていく)
ダイヤ「どうせ噂されているのなら、楽しんでみるのも一興ですわ」
ダイヤ「鞠莉さんと付き合う上では重要な諦めです」
善子「諦めって」
花丸(ルビィちゃん達は巻き込まない)
花丸(それがマル達の決めたルール)
花丸(なら、付き合うことにしたほうが、余計な邪魔も入らなくなるだろうか?)
花丸(いや、好奇心旺盛な尾行が絶対にある)
花丸「嬉しいけど止めておくずら」
花丸「それはまた、今度」
ダイヤ「その言葉、信じていいですか?」
花丸「好きにして良いずら」
花丸(ルビィちゃんがいるのにと思いながら)
花丸(やや素っ気ない対応をすると、ダイヤさんは苦笑しながら"すみません"と口にする)
花丸(雰囲気が変わったのを感じ取られたせいか、ルビィちゃんのきょとんとした視線が向けられた) ルビィ「大丈夫?」
花丸「……うん」
花丸「注目されるのは、あんまり得意じゃないだけずら」
花丸(スクールアイドルやっておいて何を言ってるのかと思うけれど)
花丸(元が図書室にこもる性分だからか)
花丸(ルビィちゃんもクラスメイトも)
花丸(何も言わずに、注視を止めてくれた)
善子「ルビィ、今日は千歌達のところ行かないの?」
ルビィ「あぁ……うん、行ってこようかな」
ルビィ「お姉ちゃん」
ダイヤ「なに?」
ルビィ「花丸ちゃんをよろしくね」
ダイヤ「フラれましたが」
ルビィ「うん、そうだね」
花丸(ルビィちゃんは駆け足気味に教室を出ていく)
花丸(詳細を分かっていなくても何かがあることは分かってる)
花丸(だからきっと、"自分はここに必要ない"、"お姉ちゃんが何とかしてくれる"そう思ったのだろう)
花丸(初めからルビィちゃんに話していたら……なんて)
花丸(もう、遅い) 善子「いくら何でも積極的過ぎるんじゃないの?」
花丸(ルビィちゃんがいなくなって、周りが配慮し始めたのを皮切りに)
花丸(善子ちゃんは訝しそうに切り出す)
善子「花丸に詰め寄りすぎだわ。ルビィでも察するくらいに」
ダイヤ「どうせあと、半日ですから」
善子「本気で言ってるの?」
ダイヤ「結果が出るまで。という話ですわ」
ダイヤ「何が出るかはお楽しみ、開けてびっくり玉手箱」
善子「ダッ……っ」
花丸(怒鳴ろうとした善子ちゃんの勢いは)
花丸(ダイヤさんの目と、周囲の人の多さが鎮圧する)
花丸(それでも歯ぎしりが聞こえた)
善子「あと半日なら、はぐらかさずに教えてくれてもいいんじゃないの?」
善子「運命にからめとられるなんて、どうせ建前なんでしょ?」
ダイヤ「いいえ、方便ですわ」
ダイヤ「……運命にからめとられると言うのは、可能性の一つです」
ダイヤ「ですが、それ一つですら馬鹿にできないのが貴女達では?」
善子「………」
ダイヤ「善子さんはどうせ、次を目指すのでしょう?」
ダイヤ「花丸さんはどうせ、無駄だと思っているのでしょう?」
ダイヤ「なら、わたくしに任せてください」
ダイヤ「どうせあと、半日。ですから」 花丸(ダイヤさんは笑顔だ)
花丸(自分のそれを心から信じているかのように)
花丸(善子ちゃんは任せると言った)
花丸(マルも信じようと思った)
花丸(なら、もう、ダイヤさんを足止めする権利はないのかもしれない)
花丸(諦めるのなら、その命を任せてみないか)
花丸(その差し伸べられた手を取ったのは、自分たちなのだから)
花丸「ダイヤさん」
花丸「マルをエスコートする話はまだ健在ずらか?」
ダイヤ「ええ」
花丸「じゃぁ、お願いするずら」
花丸「善子ちゃん。それでいいよね?」
善子「花丸がそれでいいなら」
花丸(善子ちゃんは不安そうながら、同意してくれる)
花丸(次に行くつもりだって言うのは、そうなんだろうな)
花丸(結局、遺書も用意してない)
花丸(ううん、用意しなかったのかな……)
花丸(どうせ死ぬなら、ダイヤさんに付き合おう)
花丸(死ぬ瞬間を見せるのは気が引けるけど)
花丸(そんな理由じゃ、ダイヤさんは引いてくれないだろうから)
花丸「ダイヤさん。マルの最期を、お願いするずら」
花丸(ダイヤさんは笑顔を見せるだけで、何も言ってはくれなかった) 花丸(夕方になると、善子ちゃんはすぐに教室を出て行った)
花丸(下駄箱に靴は残っていたから)
花丸(まだ学校に残ってるのは間違いないけど、何をしているんだろう)
花丸(そんなことを考える頭が、バスの揺れでダイヤさんにぶつかる)
ダイヤ「……眠いですか?」
花丸「ううん、考え事」
花丸「善子ちゃんはなにをしてるんだろうって」
ダイヤ「今回は見届けないおつもりなのでしょう」
ダイヤ「その点も含め、わたくしにゆだねて下さっているようです」
花丸「どんな死に方をするとしても、危ない追い方をするのだけは止めて欲しいずら」
花丸「例えば、轢かれて飛び散った体。とか」
ダイヤ「嫌な話ですわね」
花丸「ありえる話ずら」
花丸「ダイヤさんの導き次第で」
花丸「車か、トラックか、電車か。それとも、戸棚に潰されるか」
ダイヤ「止めてくださいな」
ダイヤ「それはどれも、これから起こり得るものなのですから」 花丸「どこが一番都合が良いずら?」
花丸「ダイヤさんの切り札」
花丸「マルが助かる可能性が最も高い死に場所に、連れて行って欲しいずら」
ダイヤ「……そういわれると、少々答えに困りますが」
ダイヤ「そうですわね。外の方が好都合ですわ」
花丸(車に轢かれたり、通り魔に殺されたり)
花丸(頭上からの落下物とか、建物の倒壊とか)
花丸(数えればきりがないけど、それは屋内も同じ)
花丸(むしろ、下手に安全な屋内の場合、病死の可能性もあるから)
花丸(少しでも危険な方がいい。かな)
花丸「じゃぁ、適当にお散歩する?」
ダイヤ「そうしましょう」 長ったらしくて冗長に感じる部分はあるけどクソ丁寧ってだけっしょ
序盤(生きたいけど嫌な思いさせたくない)
中盤(葛藤からの卑屈と希望?)←イマココ?
マジならまだ中盤なのかって感じはするが
花丸のは伏線とかじゃなく重要な過程じゃろな
むしろ伏線はダイヤの描写に隠されてるのでは? 薄々ダイヤが黒幕なのかなとか思ってたけどそうでも無いのかな。憶測は無粋か 花丸「いうべきじゃないのは分かってるけど、言っていいずらか?」
ダイヤ「何を。と聞き返しても?」
花丸(笑うようにそう言ったダイヤさんは)
花丸(冗談です。と品の有る笑みを浮かべて、先を促してきた)
花丸「この一週間、幸せだったと、多分、言える」
花丸「喜ぶようなことじゃないけど、嬉しいなんて、言っちゃいけないけど」
花丸「マルのことを本当に大切に思ってくれる親友がいると分かったから」
花丸「夢みたいで冗談だと鼻で笑いたくなるようなことを信じて、付き合ってくれる先輩がいるから」
花丸「マルは、一人ぼっちじゃなかったんだなぁ……って、分かって」
花丸(死んでもいい。その考えは安易だったんだって)
花丸(相手のことを考えているようで、思っているようで)
花丸(まったくためにならないことだったんだなって)
花丸(でも、生きたいなんて、言えないよ)
ダイヤ「善子さんは悪ふざけの多い後輩ですわ。鞠莉さんと組んで余計なこともする」
ダイヤ「本当に、手のかかる生徒」
ダイヤ「ですが、悪ふざけに死を持ち出すような人ではありません」
ダイヤ「それを信じず、振り払ってどうしますか」
ダイヤ「もしその信頼を裏切って冗談だったのなら、二度としないように叱ればいい」
ダイヤ「冗談みたいなことだからこそ、信じて、真剣に考えて、それが杞憂で終わればいいと付き合う」
ダイヤ「わたくしは、確たる証拠がなければ何もしないほど、厳格な人間ではありませんので」
ダイヤ「茶目っ気のある生徒会長だと、どうぞ笑ってください」 花丸「笑わないよ」
花丸「笑顔にはなるけど、笑わないよ」
花丸(答えながら、目を伏せる)
花丸(マルは笑顔なのかな)
花丸(本当に、そんな顔が出来てるのかな)
花丸(大切にされていて、思われていて)
花丸(すごく……すごく、嬉しくて)
花丸「ダイヤさん」
花丸(手を掴むと、ダイヤさんは止まってくれた)
花丸「善子ちゃんを、お願い」
花丸「マルにはどうにもできない。遺書を用意することすらできなかった」
花丸「苦しめたくないのに、辛い思いさせたくないのに……」
花丸「もう、善子ちゃんには会えない。声もかけられない」
花丸「だから、マルの代わりに、善子ちゃんをお願いしたいずら」 ダイヤ「申し訳ありませんが、それは出来ませんわ」
花丸「どうして?」
ダイヤ「私では、代わりになることができないからです」
ダイヤ「善子さんにとって、花丸さんは唯一無二」
ダイヤ「どれだけ繰り返し、いくつもの国木田花丸という存在を見てきたとしても」
ダイヤ「結局のところ、善子さんにとっての花丸さんはたった一人」
ダイヤ「国木田花丸の代役として、黒澤ダイヤは機能しません」
ダイヤ「幾百もの慰めの言葉を並べたとしても、善子さんを救うことは不可能です」
花丸「不可能は、ないんじゃないずらか?」
花丸「それが可能だって、見せてくれるはずじゃなかったずらか?」
ダイヤ「それは、花丸さんや善子さん、わたくしたちが生きている間だけです」
ダイヤ「誰か一人でも欠けた瞬間、可能は不可能となり、絶対は壁となる」
ダイヤ「分かるでしょう? 善子さんを失った場合のことを、考えた貴女なら」
花丸「………」
ダイヤ「だからこそ……」
ダイヤ「いえ、最期なら、もう少し楽しい話をしませんか?」
花丸(明らかに誤魔化すような切り替え方)
花丸(追及は出来る。けど、してもきっと、ダイヤさんは答えをくれないし)
花丸(喧嘩別れのような形になってしまうかもしれないのが嫌で、疑問を飲み込んだ) 花丸「楽しい話なんて、無理ずら」
花丸「覚悟してても、ダイヤさんを信頼してても」
花丸「今でさえ、いつ、嫌な音が聞こえてくるのか不安で仕方がない」
花丸「ねじの外れかけた看板の風に揺れる音、車のエンジン音、滑るタイヤの音」
花丸「走ってくる人の足音、鳥の羽ばたく音」
花丸「一つ一つ、聞こえてくるたびに心臓が痛くなる」
花丸「もう来る。まだ来ない。でもその瞬間に来るのかもしれない」
花丸「平気そうに見えて、気が気じゃないずら」
花丸(無理にでもと笑いながら顔を上げる)
花丸(ダイヤさんは立ち止まったままで、マルを見ていてくれている)
花丸(悲しそうな顔というよりは、困った妹だと言いたげな優しさに満ちた表情)
花丸(自分の胸に触れると、うるさすぎるほどの鼓動を感じる)
ダイヤ「手、握っていますか?」
花丸「………」 花丸(さっき握ったままの、ダイヤさんの手)
花丸(握られるままだったその手は握り返してきて)
花丸(困った顔は、柔らかい笑顔へと変わる)
花丸「……巻き込まれるかもしれないずら」
ダイヤ「かまいません」
花丸「マルの手だけが、残るかもしれないよ」
ダイヤ「そうならないように、引っ張ります」
花丸「一番いやな後悔を、することになるよ」
ダイヤ「後悔しない。何があっても」
花丸「っ……」
花丸(ダイヤさんは、身体ごとマルを向いて)
花丸(その身長差を埋めるために、かがむ)
花丸(見上げるだけだった顔が、真っ直ぐに見えた)
ダイヤ「約束しますわ。いえ、誓うと言いましょう」
ダイヤ「わたくしは後悔しません。巻き込まれたことに恨みも抱きません」
ダイヤ「むしろ、信じ、託してくれたことに感謝します」
ダイヤ「だからこそ、わたくしは不可能を可能にすると言いました」
ダイヤ「その信頼に報いるために、花丸さんが、善子さんが、わたくしたちが」
ダイヤ「みながみな、望む未来を得るために」
ダイヤ「わたくしが証明するとしましょう」
ダイヤ「……貴女は、生きていても良いのだと」
花丸(ダイヤさんはそう言って、急に抱きしめてきた)
花丸(強く、優しく、温かく)
花丸(嫌なことを忘れられるくらいに、包み込んでくれた) 花丸「マルが……生きていい?」
ダイヤ「そうです」
ダイヤ「善子さんも花丸さんも、花丸さんの死が運命であると考えている」
ダイヤ「ですが、もしもそうではないのだとしたら?」
ダイヤ「花丸さんは過程であって、死という結果とは別だったら?」
花丸「それは、おかしいずら」
花丸「ダイヤさんが言ったはずだよ」
花丸「マルは呪術にかかわっているせいで死ぬことになってるって」
花丸「なのに、生きていいなんて――」
ダイヤ「黒魔術の中断をする高知尾が出来れば死ななくて済む。という可能性もお話ししたはずです」
花丸「確かに、言われたずら」
花丸「でも、今から中断できるずらか?」
ダイヤ「できません」
ダイヤ「止めるには、少なくとももう一度月曜日に戻らなければならないかと」
ダイヤ「それに……」
ダイヤ「花丸さんの日曜日における何らかの接点を知らなければなりません」
花丸「なるほど。つまりダイヤさんは善子ちゃんを止める気なんてないずらね」
ダイヤ「……ええ。正直な気持ちを言ってしまえば」 ダイヤ「わたくしも、我儘なので」
花丸「……酷い話ずら」
花丸「死にゆく人の一生のお願いも聞いてくれないなんて」
ダイヤ「その死を、受け入れるつもりがないからですわ」
ダイヤ「それが、何らかの外因的なものではないのであれば、わたくし達もなくなく受け入れるしかありません」
ダイヤ「ですが、そうではない」
ダイヤ「そして何より、それを覆せる可能性があるのならば」
ダイヤ「友人が生きている未来を目指すというのは、当然でしょう?」
花丸(ゆっくりと歩き出しながら話すダイヤさんは)
花丸(時々隣を見ては、マルのことを見つめて、微笑む)
花丸(まだ生きている。まだ大丈夫)
花丸(そのことに安堵しているような笑みを見せられては、反論を並べ立てる気にもならない) ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています