この内浦という土地には独特の風習がある..
理亞はあるページのその一文に目を引かれて、ページをめくる手を止めた

理亞(へえ..風習ね..やっぱり古い土地だからそういう習わしもあるのね..)

この内浦という土地は漁業と農業を主として生計を立てていた
かつて大規模な干ばつがこの地を襲い、作物はできず、また漁も不漁で飢饉に襲われたことがあった

理亞(飢饉って..たしか歴史で習ったわね..食べ物が取れなくて人がたくさん飢え死にすることよね..?そんな悲惨な過去が内浦にもあったなんて..)

数百名にも及ぶ餓死者が出て、この飢饉の影響で当時の内浦の人口の2割ほどが死に絶えたという..

内浦の民たちは沼津の者たちに支援を求めるも、当時の沼津も苦しい状況で他の地域を助けられるほどの余力はなかった

飢えで困窮した内浦の民は死んだモノの遺体を解体してその肉を食べた