聖良「内浦に伝わる妖怪、うみはぐ?」理亞「ひっ」
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千歌「うん。海に住んでるんだって」
曜「なんだっけ。海から這い上がってきて女の人に抱き着くんだよね?」
花丸「抱き着いてきたが最後、そのまま海へ引きずり込んじゃう、こわーい妖怪ずら」
理亞「……ふ、ふん。そんな子供だまし、信じるわけないでしょ」
聖良「そうですね。どこにでもある、いたずらっ子を諫める目的のおとぎ話でしょう?」
ルビィ「ルビィもよく言われたかも。悪い子はうみはぐに、海へ連れてかれちゃうからいい子にしなさいー、って」
梨子「――ううん。おとぎ話じゃない。うみはぐはいるよ……この海に」
理亞「え……」 聖良「……梨子さん、出身は東京でしたよね。この辺りの伝承に詳しいとは思えないですけど」
梨子「私、実際に会ったの。……うみはぐに」
理亞「!?」
果南「じょ、冗談でしょ!?」
善子「それ、大丈夫だったの?」
梨子「なんとか。でももしかしたら、あとちょっとで海に引きずり込まれてたかも……」
果南「ひぃ……」
理亞「……っ」
ダイヤ「詳しく聞かせて頂いても? この内浦の海にそのような危険があるなんて、捨て置けませんわ」
鞠莉「そうね。生徒やホテルの宿泊客が被害にあったら大変だし、出来るなら対策したい」
梨子「うん、いいよ。……あれは、いつ頃だったかな。月のない、とても深い夜だった――」 その日はね、あんまり作曲が捗らなくて。遅い時間だったけど、気分転換に外に出てみたの。
うん、家の前だよ。だから十千万の目の前……ってことにもなるのかな。
夏だなー、蒸し暑いなーって、浜辺を歩いてた。じっとりとしてて、いつもの潮風とは何だか違う感じがしたよ。
何より違ったのは音、かな。海の音。……なんて言えばいいんだろう。すごく胸がざわざわして、落ち着かないの。
ざー、ざー、って。不安になる波の音と、山から響いてくる蝉の声が、今も耳に残ってる……。
え? 蝉って夜は鳴かないの? え……でも、確かに鳴いてた……。
あ、ううん。蝉は別にいいよね。ごめん、脱線しちゃった。とにかくいつもと違う、ちょっと嫌な空気を感じてたんだ。 しばらく浜辺を歩いてたんだけど、そんな感じだったから。もういいや帰ろう、って。家の方に振り返ったの。
――海を背にして。
音がね。……変わったんだ。
ついさっきまではね、ゆっくり、ゆっくり。ざー……、ざー……って音が。急に、ざざざ!ざざざざ!って。
膿が、私に教えてくれてた。――後ろに、なにか、居る。……って。 私、動けなくて。重たい潮風が汗を撫でていくのが、生暖かくてすごく、気持ち悪かった。
波の音と、蝉の声と、私の吐息。……よく覚えてる。それらに混じってすぐ後ろから、ぐじゅ……ぐじゅ、って水を絞り出すような音。
何かが海から砂浜へ這い上がってるんだって、すぐに分かったよ。
でもそのぐじゅぐじゅ、って音もすぐ、水が滴る音に変わった。
――うん。きっと、立ち上がったんだ。身体いっぱいに海水をあびて、濡れたままで。
ぼと、ぼと……って落ちた水を砂浜が吸い込む音……水を含んだ砂浜を踏む音……ゆっくり、近づいてきた。
私の背中に……。 私、もう訳が分からなくて。
スクールアイドルの練習してても、あんなに汗かいて、息が上がって、震えたことなんて、なかった。
練習が終わった後に足が重くなるなんてこと、いくらでもあったけど。でも、あれは違う。
恐怖ってね。心も、身体も凍らせるんだよ……初めて知った。
そんな風に震えて動けないでいるうちに、一歩一歩、その何かは近づいてきて。――止まった。
私の、すぐ真後ろ。ぴったり、くっ付くくらいの距離。その何かの息遣いさえ、耳元にかかる距離……。
とっても熱い吐息だったよ……。
その吐息でね。その何かは私に、こう言ったの。
――ハグ、しよ……?
果南「ひぃぃぃぃぃぃ!?」ハグッ
曜「むぎゅっ」 鞠莉「ちょ、果南うるさいっ。大事なところなのに!」
果南「だって、だってさぁ……」
果南「私、夜に潜ったりするんだよ!? こんなの聞いたら怖くて潜れなくなっちゃうじゃん!」ギュウゥ
曜「いっ!? いだだだだだだ!?」
千歌「果南ちゃんの場合は妖怪でも何でも倒せるから大丈夫だよ。ほら、曜ちゃんを放して」
果南「……やだ。こわい」ギュゥゥゥゥ
曜「が、がは……っ」
鞠莉「もう。ほら、代わりにダイヤをハグしていいから」
ダイヤ「えっ」
果南「うぅ……ダイヤぁ」ハグッ
ダイヤ「ちょ、お待ちくだs――ピギャアアアアアア!?」
鞠莉「さて。果南はあれでいいとして」
曜「助かったぁ」 聖良「それで、梨子さん。その後はどうなったんです? あなたが無事ということは何事もなかったんでしょうけど」
梨子「うん。無事に逃げられたよ。その声が切っ掛けだったのかな。気が付いたら走ってた」
梨子「悲鳴も上げられずに、ただ一目散に家に向かって。追いかけては来なかったんだと思う」
梨子「とにかく玄関から家の中に飛び込んで……自分の部屋のベッドに潜り込んでたかな」
梨子「しばらく経って窓から外を覗いたけど、その時にはもう何もいなかった」
善子「……姿は見てないのね」
梨子「うん。でも、海から這い出てきて抱き付こうとするってことは」
花丸「特徴がまるっきり、うみはぐずら」
ルビィ「じゃあ、もしそのまま抱きしめられてたら」
千歌「り、梨子ちゃんは今頃、海の底……?」
梨子「そうなってたかもしれない」
理亞「……っ」ゴクリ 鞠莉「アーハン……それが本当にうみはぐだったか。本当に海へと連れ去るのか。それは別としても事件には違いない、か」
鞠莉「何らかの対策は必要ね。ダイヤ、黒澤の家とも連携して対応したい、いいよね? ……あれ。ダイヤ?」
ダイヤ「」チーン
鞠莉「Oh……。あー、ルビィ。あなたのお母さんに話しておいて。小原鞠莉が海岸の警備を強化したがってるって」
ルビィ「うん!」
聖良「ふむ……妖怪ではなくても不審者がいるということなら、早く捕まえてくれるに越したことはありませんね」
千歌「聖良さんなら普通に捕まえられそうだけどね」
聖良「ふふっ……相手が妖怪でなければ、ね」 聖良「――さて。もうこんな時間ですか。そろそろ宿へ戻ります。郷土の怪談話が聞けて、楽しかったですよ」
聖良「次は函館の怪談話でもご紹介できれば……なんて。行きましょうか、理亞」
理亞「うん」
千歌「2人が戻るなら私もそうしようかな。どうせうちの旅館だし」
聖良「ええ。送迎、よろしくお願いしますね、仲居さん」
理亞「……またね、ルビィ。みんな」 ――――
――
チッ…チッ…チッ…チッ…
ザザー…ザー…ザザー…ザー…
聖良(……波と、秒針。うすぼんやりと部屋の輪郭だけが見える暗闇の中で、その音ばかりがはっきりと聞こえる)
理亞「すー……すー……」
聖良(あとは、規則正しい理亞の寝息)
聖良(まいった。目が冴えてしまって眠れませんね、どうにも……)
聖良(居心地のいい旅館なんですけどね……旅の疲れもあるのに、どうしてなんおだか。寝つきはいい方なんですけど)
聖良(散歩でも、行きましょうか)ムクッ
聖良「……」ギシッ、ギシッ ススーツ
聖良「……」 …トン
・
・
・ ザザー…ザー…ザザー…ザー…
聖良「ふーっ」
聖良「海風、やっぱり函館のものとは違いますね。暖かくて湿っていて……太平洋だからでしょうか」
聖良「それとも雨でも降るのか。……月も出ていないし、そうなのかも。夜が深くて雲の陰すら見えないけれど」
聖良「重く、蒸した空気……。残念ですね。いい天気だったなら、千歌さんの愛する海をもっと楽しめたんでしょうけれど」
聖良「まあ雨に打たれないだけマシと思うとしましょうか」
聖良「……いつ、眠くなりますかねぇ」ボーッ
ザザー…ザー…ザザー…ザー…ザザー…
ジィー… ジジジ…
聖良「でも、……いい場所ですね、やっぱり。千歌さんが自慢するだけはある」
聖良「ま、函館には及びませんけど」クスッ
ザザー…ザー…ザザー…ザー、 ザザ、ザザザ…
ジィー、…ジジジ、ジィージィー…
聖良「……? 波の音が……いえ」 聖良(波の音もそうですが。この高いノイズのような音は……これは)
聖良(蝉……?)
聖良「……まさか。この季節、この時間に蝉の鳴き声なんて」
聖良「蝉とは違う何か……? 北海道とは生息している昆虫が違うのか……」
――ざー、ざー、って。
不安になる波の音と、山から響いてくる蝉の声が――
聖良「……っ」ゴク…
聖良(十千万の……梨子さんの家の目の前の、砂浜で)
聖良(月の無い、夜。蒸し暑い、じっとりとした空気。不穏な波の音。有り得るはずのない、蝉の声――)
聖良(沼津に伝わる妖怪。女を海へと引きずり込む、その名を“うみはぐ”)
聖良「……はっ。有り得ませんね、くだらない」 聖良「21世紀に生まれておいて妖怪だ何だと……。まったく、おめでたいこと――、」
ザザ、ザ――ザパ…ッ
聖良「……っ!?」
聖良(な、波打ち際で何か、うごめいて……)
グジュ、ジュ…ズル、ズチュ…
聖良(冗談、でしょう……!?)
聖良(暗くてよく見えない……。でも、確実に何かが、居る……!)
聖良(人間ほどの大きさの何かの影が――這い寄ってきている!!)
聖良「はーっ、はーっ」 聖良(……いえ。いいえ。落ち着きなさい、鹿角聖良。妖怪なんて有り得ないんです)
聖良(人間ほどの大きさの何かということは――普通に考えればあれは、人間なのでは……?)
聖良(だとしたら海難事故……? それなら救助しないと。でも、けれど――)
聖良(今夜は本当に蒸し暑くて。汗が全身から噴き出して。――手足が、自由に動かない)
ズル、グ…グググッ、グラ…
聖良(!? お、起き上がろうとしている……。影の形は――)
聖良(手があって、足があって。頭も――やっぱり! あれは人間です!!)
聖良(救助しないと! 無事を確認して、それから旅館の人たちを――、)
聖良「……ッ!!」
聖良(――気が付くと。影が、顔をあげてこちらを見ている。長い髪の隙間に覗く、その顔は……)
∫∫( c||^ヮ^||
聖良「……え、あ」 聖良「あ、あはは……。なんだ、果南さんじゃないですか。驚かさないでくださいよ、もう」
聖良「あなたなら、まさか溺れるわけありませんよね? まったく、趣味の悪いことをしてくれまね」
∫∫( c||^ヮ^||
聖良「……あの。果南、さん……?」
∫∫( c||^ヮ^|| ハグ、しよ?
聖良「え? あ、あー。いや」
聖良「果南さん、びしょ濡れじゃないですか。さすがに、その状態では勘弁してもらいたいんですけど」
∫∫( c||^ヮ^||
∫∫( c||^ヮ^|| ……
聖良「え、っと」 ∫∫( c||^ヮ^|| さびしいなーん トボトボ…ザプーン
聖良「あ……。潜ってっちゃいました、ね……」
聖良「ちょっと冷たかったでしょうか……でも海水まみれは避けたいですし」
聖良「うーん。まあ、明日謝るとしましょうか。それからは、ハグでも何でも」
聖良「……しかし、それにしても」
聖良「ハグしよ、ね。――ふふふっ。妖怪の正体見たり、タレ目花……なんちゃって」
・
・
・ 聖良「……」ススーッ ギシッギシッ…
理亞「ん、んぅ……姉様……?」
聖良「おっと。起こしてしまいましたか。ごめんなさい」
理亞「どこ行ってたの……」
聖良「寝付けなくて。少し、外へ散歩に」
聖良「あ、そうそう。起こしたついでに。――さっき、うみはぐに会いましたよ」
理亞「えぇっ!?」ガバッ 理亞「え、ね、姉様大丈夫なの!?」
聖良「何の問題も。危険どころかむしろ、寂しがり屋で可愛らしい妖怪さんでしたよ」
理亞「え……」
聖良「さて。そろそろ眠るわね、ようやく眠くなってきたから……」
理亞「ちょ、姉様!? さっきのどういうことなの、ねえ!?」
聖良「おやすみなさい……zzz」
理亞「姉様っ、姉様ぁ!」
千歌『……ねえ果南ちゃん。そろそろ電話切りたいんだけど、いい?』
果南「だ、ダメ! 私の家、海のすぐそばなんだよ!? いつうみはぐが出て来るか分からないじゃん!」 千歌『それは千歌んちも同じだよー……。ふわぁ……もういいよね、切るよー』
果南「待って待って! お願いだから待って!」
千歌『んもぅ。眠れないなら、いつも通りに海にでも潜ってればいいじゃん』
果南「あんな怖いこと聞いて潜れるわけないでしょ!? うぅ……これからしばらくダイビングできないよ……」
千歌『乾いて死なないようにね……。それじゃ、おやすみ〜』
果南「待って! 千歌、待ってよ、待っ――、」ブツッ
ツー、ツー、ツー…
おしまい これにておしまいです
読んで頂いた方、ありがとうございました
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